百物語

初めて投稿してみます。

「午前零時を過ぎたとき」
栗岡隼人は長い茶髪をかきあげる。彼のそれは声色を意識して変えていることがあからさまだった。
佐和達昭は口にこそ出さなかったが、目線で皆川沙紀に合図を交わした。
沙紀は少し眉毛を垂れ、鼻息を一つ置いた。
沙紀の右隣に座る三原桃奈は隼人の怪談に入り込んでおり、目を見開き、時折黄色い声を発する。
その声色もどこか調子はずれで、自意識がにじみ出ているように聞こえた。
達昭も軽く鼻息をもらす。
何かの含みを確認するかのように、しばし、沙紀と目線を合わせる。
隼人は零時を過ぎた後で山が消えてしまった、というようなオチで話を締めくくった。
我々は百物語を行っていた。

百物語を誘ったのは栗岡隼人だ。
一度でいいから幽霊を見たい、という理由だった。
半ば目に涙を潤ませながら懇願してきた様相から察するに、その願いは隼人のたっての思いなのだろう。
幽霊を見たことがないことで周りの友人にバカにされてしまうだとか、幼い頃の夢をふと思い出してみたとか、なにかしらのドラマがこめられていることが達昭には想像できた。
「隼人、俺だけは、幽霊を見ていないからといって、お前を差別するようなことはしないぞ」
隼人の肩に手を乗せると、彼は難しそうな顔をした。
「それって、結局、幽霊、見させてはもらえるんだよな?」
「善処はしよう」

部屋の四つ角に蝋燭をおき、ライターで火をつける。
「蝋燭に火をつけたのって中学生以来だな。あ、その時は花火をしたんだけれど、風で消えること多くて、最近じゃあチャッカマン使うことのほうが便利だったりする」
沙紀はワンピースにシースルーの羽織を重ねていた。
わざわざ、ひらひらするものを持ちこむところが、皆川らしかった。
「だよね。垂らした蝋を土台に蝋燭を立てるの今でも苦手で、よく倒してしまう。親父がコンクリの上に旨いこと立ててたのを思い出すな」
隼人が感慨深げに言う。言いだしっぺの彼は今回遅刻をした。格好も簡素だ。
「今なら花火キットの中に土台もついてるだろ」
「それもそうか」
「ただ、雰囲気は出るよね。私も父親にやってもらったことあるから分かる」
沙紀は羽織を手で押さえて、蝋燭に顔を近づける。「それは脇においておけ」忠告はしたつもりだった。
「こうしてみるとなんかおかしな気分になるよね。ぞくぞくするというか」
「部屋の中にある炎は淫靡なものがあるよね。後ろめたいというか」
桃奈が沙紀に同調する。
「台所の火って管理されている火だし、外で扱う火も基本安全を確かめて用意する」
「電気社会の裏づけだよね。今の子供って炎自体なじみがないもの」
「もともと炎って怖い側面も持っているけれど、だったらよりいっそう恐れを増幅させるよね」
「やがて火を怖がる人間が誕生するな」
「進化したというか、退化したというか」
「俺は百物語の舞台を整えること自体恐怖を呼び覚ますものだと思うんだ。炎が燃え移らないかってすごく心配だもん」
「だから、水を敷いたお盆を置いてあるんでしょ」
「それでも心配だよ。蝋燭がお盆の中に倒れるとは限らないもの」
「佐和君は心配性なんだから」
炎は風がないはずの部屋の中にあっても、ゆらゆらと時折体をくねらせた。

舞台を用意するため、我々は蝋燭の買出しに向かい、ネットなどを駆使してこの日のために怪談のネタを温めた。
場所を提供してくれたのは五月だった。
白川五月。彼女の父親は吾妻寺という小さな寺で住職を行っている。
さすがに境内で行うことはしなかったが、寺と地つなぎに建立されている五月の家の客間を使わせてもらった。
五月の家は古びた日本家屋というよりは、現代的な3階建ての家だった。
フローリングの床に、やわらかい印象を与える白濁色の壁。
窓はマジックガラスとの二重構造になっており、日光より照明の光が際立っていた。
ブーツが並ぶ玄関に仏具関係のものは見当たらなかった。
我々の期待はいい意味で裏切られることになった。
客間だけは日本風の造りで、障子窓に畳といった組み合わせになっていたからだ。
我々は客間の部屋を締め切り、
「百物語をさせていただきますので」
と、拝借しながらも既に我がもの顔な旨を伝えた。
五月の母親はふくよかな体格の健康そうな人だった。
始終笑顔を絶やさず、
「あらあら」
と、我々の好みに気を使ってくれたのだろう、お茶と和菓子と洋菓子の用意までしていただいた。
「じゃあ、五月ちゃんは」
五月の母親は含みのある笑顔を残して客間を離れていった。
五月ちゃんは。
このあとにどんな言葉が続くのだろう。
我々は本人に尋ねてみたが、五月は特にこれといったことは話さなかった。
「ぶるっときた」
隼人が大げさに言う。
「ちょっとやめてよ。ねえ、白川さん、あれってお母さんの悪戯よね」
沙紀が五月の手を取るけれど、五月は腕をつかまれたことが不思議なようで、首をひねっていた。
「沙紀は霊感あるものね」
桃奈がホホホと笑う。
「自分が霊感ないからって他人事みたいに」
沙紀は洋菓子をひとつ口に運んで、お茶で流し込んだ。
「そういえば、トイレの場合って」
「あなたたちは幽霊を見たいのでしょ? それならトイレも先に済ませておいた方がいい。なにがあっても途中で部屋を出てしまうことは禁物だから」
五月は顔色一つ変えずに淡々と言う。
百物語のやり方を教えてくれたのも五月だった。
彼女はその鉄面皮と冷静な性格、時折発せられるオカルト系の雑学と現実味を帯びた怖い発言から、ある意味では神がかった存在として噂されていた。
生家が寺であるというのももちろんその材料の一つに含まれていた。
「やっぱりお前は本物だな」
配慮を欠いた隼人の言葉に、
「そう。ここには偽者の私はいない」
と、五月は隼人の背筋を刺激する。
「ここには? ここにはって、どこかにはお前の偽者がいるのかよ。お前が一番怖いよ」
五月は再び首を傾げ、
「私よりも怖いものはたくさんいるよ」
これも無表情だった。
五月は真面目に答えているだけなのだ。
自分よりも核兵器のほうが怖いよ。国家の陰謀のほうが怖いよ。ライオンのほうが怖いよ。そういうことをいいたいのだ。
達昭は自分に言い聞かせる。
「やっぱりあれなの? 五月ちゃんの家お寺だから、そういう怖い話ってたくさん聞かされているものかしら?」
桃奈は和菓子を手にとった。頭に三菱の文様がある栗饅頭だった。
つられて同じ栗饅頭を食べる。
「そういう質問はよく聞く。でも、私にとって父から聞いたのは全部普通の話。人が死ぬ。その死の背景には誰しもが抱える物語がある。それは当たり前のこと。違うの?」
我々は声を枯らして黙った。
五月にとっていえば、百物語で騒ぐこと自体馬鹿らしいことなのかも知れない。
でも、俺はやるぞ。百物語をしにきたんだ。幽霊を見るんだ。
隼人が大声で宣言する。
「こら迷惑だよ。いい子だから」
桃奈があやす。
五月が初めてちょっとだけ笑みを零した。

当座の五月だけが、顔色一つ変えず隼人の語りに耳を傾けていた。
こいつは瞬きというものをしっているのか、と五月の瞬きの回数を数えてみたりする。
30秒に1回というペースだろうか。
ひょっとすると、こいつ自体幽霊に一番近い存在なのかもしれない。
ただし、五月曰く、偽者ではない。

「零時。零の数字が霊を髣髴とさせるから生まれた怪談。駄洒落に近い。四を死と連想させるのと同じ。あるいは日付の変わり目が不思議なことを呼び起こすことを髣髴させた。境界線。彼岸」
隼人の怖い話の後、五月が言った。
「怖い話のパターンは大きく分けて連想と境界の二つのファクターに結びつく」
「白川解説ありがとう。でもそういうのって雰囲気が壊れてしまわないかな」
隼人がぼやく。
「でも、とても怖かったから」
怖いんかい。達昭は思わずつっこんだ。
だからといって五月の表情が変わることはなかった。
本当に何を考えているかわからない。
「あーつまり、説明付けることで心を落ち着かせようとしてたんだね。あるよね」
沙紀が言う。
「そういえば、隼人君、この前人魂見たときあれはプラズマなんだって叫んでた」
「いやいや、プラズマだから。すべての超常現象は科学で証明出来るから」
「だったら、なんでこんなことやろうって言い出したの。怖いのでしょ?」
桃奈は隼人を見つめる。
「ばか、そんなんじゃねえよ」
「でも、五月でも怖いことあるんだね。てっきりそういうの全然平気だと思ってた」
「日付って人間が考え出した概念でしかないのに、それがもとで自然がざわつくのって恐ろしい。まるで自然すらもコントロールできるんだって思いあがっているようで」
今日は失敗かもしれないぞ。達昭が隼人と桃奈、沙紀の三人とアイコンタクトを取った。
我々は百物語を続ける。
「じゃあ、次は誰の番だ?」

「波の音を思い出して。潮の匂い、かもめの声、遠くに見える岩山。砂は波にもまれ、茶色のしみをつける。色づきながらもそれら一粒一粒は乾いた黄土ののしら粒である。
地球に吹く風は常に一定ではないように、波のリズムも一定ではない。けれど、今現在思い出すことのできる波の音は規則的で永久に乱れることがない。
もう一度波の音を思い出してみる。こんどは不規則な波の音を。けれども、長短のリズムの違いしか見出すことができない」

我々は百物語を続ける。

〈aoto/ホラー〉(2012/04/10 19:44:31)

百物語

百物語

一度でいいから幽霊を見たい。その一言で「百物語」をすることになった。言いだしっぺの彼はやっぱり遅刻をした。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-11

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