風の祈り Ⅰ~出会い~

風の祈り Ⅰ~出会い~

 
 のんびりマイペースに、作品を掲載していきたいと思っています。
たまに存在を思いだしてくれると、ありがたかったりします。
 

 軽くキャラ紹介

  エメリア  18歳(→24歳)
 女主人公。大剣”アネモイ”を扱う。栗色のセミロング、星空の瞳。
 風を操る一族の末裔。訳あって、ある一つの国を滅ぼそうとしている。

  カイ    17歳(→23歳)
 男主人公。剣術が得意。黒の髪、藍色の瞳。
 冷静な様で意外と感情的。学校での成績はトップ。

  ハリス   17歳(→23歳)
 カイの親友。体術が得意。金の髪、深緑の瞳。
 荒っぽいけど面倒見がいい。成績は、カイについで次席。

  ルイ    12歳(→18歳)
 カイの弟。まだまだ剣術は見習いレベル。黒の髪、藍色の瞳。
 素直で正直。兄のカイに憧れを抱いている。

  イリス   15歳(→21歳)
 ハリスの妹。魔法が得意。金の髪、淡い緑の瞳。
 ツインテールのフワフワ思考。魔法については学校一。

  アンナ   16歳(→22歳)
 イリスと親友。召喚術が得意。銀の髪、銀の瞳。
 大雑把に編んだ三つ編みでしっかり者。名のある召喚師の一族。

プロローグ

 
 午後の風が吹き渡る、草原の丘。 
 その丘の上に、一人の少女が立っていた。

「…祈りよ、届いていますか?」
 
 彼女は己の、栗色のセミロングを軽く押さえ、会える筈のない彼らに問いかける。

「私と彼らの友情は、永遠に輝いていますか?」

 得られる事のない答えを、澄み渡った蒼い空に求めて、
 
「…私は、彼らとの約束を胸に、」

 記憶の中の彼らの笑顔を想って。

「今を、生きていてもいいですか…?」

 星空の瞳をもつ少女は、ただ祈り続ける。


 そして、彼らは。

「俺たちは、忘れない」
 ある少年は、王宮で。

「彼女との約束を、いつまでも心に刻んでおく」
 ある少女は、神殿の中で。

「あの時の彼女を、」
 ある少年は、兵舎で。

「彼女との友情を信じる」
 ある少女は、外交館の中で。

「俺たちは、あの時の彼女の笑顔と涙を、必ず守る」
 ある少年は、世界の渦の中で。
 彼らは、少女の祈りに応え続ける。


 この物語は。
 国を一つ潰して世界を救った少女、エメリアと、彼女を支えた5人の少年少女の、3か月のお話である。

Ⅰ 出会いは爆煙と業火の中で

 Side After

 初夏の爽やかな風が吹き込む、草原の丘の上。
 午後の陽光を浴びながら、私はそこに立っていた。のんびりとした、この風のように穏やかな気持ちで、遠くの山々を眺める。
 しばらくすると、と言った間はなく、私の背後に鎧姿の兵士が1人やってきた。約2メートルの距離をもって、兵士は右後ろに控える。特に用はないが、私は声をかけてみた。口調は、無表情そのもので。

「…少し位、放っておいてくれてもよかったんじゃないの?」

「そうはいくか。お前を監視するのが役目。少しでも1人にしたら、この監視網を破って逃げ出すかもしれない。それを止めるのも、」

「役目って訳ね。ハイハイ、お仕事お疲れ様」

 軽く手を振って、こちらから会話を打ち切る。そもそもとして、彼ら兵士達には、何の信用も友情も期待していない。誰が好き好んで自分を24時間365日監視している連中とつるみたいと思う?…まぁ、ここ数年、ずっとこうやっているから、多少の会話なら成立する様にはなった。大抵は私から始めて私から終わるけど。今みたいに。
 息をつきながら、風になびく自分の栗色の髪を右手で押さえる。どうしても長く伸ばす気にはなれず、髪の長さはセミロングのままだ。
 …彼らと出会った、その時のまま。
 無意識のうちに首もとのチョーカーに触れる。そこには、私の名前、“エメリア”という文字と共に、小さな星形のペリドットがついている。
 ペリドットの宝石言葉は…ええっと、”信じる心”。
 彼が、私にくれた時に教えてくれた。そういう宝石言葉だと。私と、彼らにふさわしい宝石言葉だと思う。
 不意に、兵士が私の隣に来た。手を伸ばせば触れられる距離で、兵士は草原に腰を下ろす。
 今まで、兵士たちがこんな近い距離に来たことはなく、だからこそ、私はその行為に対しての反応が遅れた。慎重に兵士の動きを見つつ、話しかけてみる。

「…なんか用でもあるのかしら?」

「ん?…あれ、何かダメだったか?」

 いやダメって訳じゃぁないけど、と小さく返し、そういえば、と思い出す。
ここ最近、私の監視を担当しているのは、この(多分10代の)若い兵士一人だ。いつもなら、数ヵ国の兵士が5人以上で担当しているのに、この兵士が来てからというもの、誰も見ていない。
 何かあったから、私の監視担当にまで兵を回せなくなったのかしら、と考えたが、すぐに却下した。数ヵ国が一気に人員を回せなくなるなんてことは、まず無い筈だ。
 …じゃあ、なんでだろう。
首を軽く傾げて考えてみたけど、分かりそうになかったので、すぐに思考を放棄。とにかく、兵士の動きには警戒しておこう。
 そう思い、息を吐くと、

「…なぁ、お前。お前って、確か大罪人なんだよな?」

「は?いきなり何よ。大罪人だからアンタ達に監視されてんでしょうが。と言うか、事情ぐらい兵士なんだから知ってるでしょう?」

 唐突に、兵士が問いかけてきた。私が大罪人と言われている所以の事件を、知らない人間がいる筈…

「いや、俺、その事件のときはガキだったし、あんまり気にしてなかったんだよな。それよりもゲームの中ボス攻略の方が重大だったし」

 …知らない人間がこの場にいた。
 ツッコミを入れるべきかほんの少し迷い、話を進めることを選んだ。

「…1つ、先に言っておくと、アンタ、当時の人たちにそれ言ったらフルボッコよ?ありえないから。4歳の子でも知ってたことだし」

「あー…。当時のうちに聞いときゃよかったなぁ。まぁ、後悔しても遅いけどよ」

 そうね、と返し、ふと、この話題を持ち出された意味を考えた。
 …要するに。

「当事者から聞きたいな、ってことかしら?」

「ん、頼む。監視している人間が、本当に監視されなければならないほどの人間なのか、確かめたいから」

「…ま、いいわ。教えてあげる。今日は気分もいいし」

 風になびく髪をおさえながら、私は過去のことに想いふけった。
…あれからもう、6年が経ってるのか。

「そうね、まずは彼らとの出会いから、かしらね」

 

       -…物語は、6年前にまでさかのぼる。



                               *

 ロディニア王国 辺境の村 

「っ痛ぅー…」
「はい、カイ兄ちゃんの勝ちー。3対0」
「ここまでにしとくか?ハリス」
 木剣の剣先を下ろし、地面に転がっている親友に手を伸ばす。ハリスは頭をさすりながら俺の手を取り、手首を掴んで、
「なっ!?」
「よっと!!」
 起き上がりざまに俺を地面に投げつけた。受け身を取れる程構えていなくて、もろに背中から叩き付けられる。
「くぁー!いった、ハリスお前な…」
「ここまでにしとくか?カイ」
 深緑の瞳を勝ち気そうに細め、ハリスは俺に手を伸ばした。さっきと立場が逆だけど、彼みたいな芸当は出来ない。
軽くため息をついて、差しのべられた手を素直に取った。土ぼこりを払い、落とした木剣を拾う。
「カ、カイ兄ちゃんたち、3対1?」
「おぉ、そうだn「いや、カウントしなくていいぞルイ。さっきのは、ただのじゃれあいだ」…カイひでぇ」
 不意打ちだったのが悪い、と思い、外しておいた腕時計をルイから受け取る。時間はちょうど昼時になる前だった。
「そろそろ帰るか。アンナとの約束もあるしな」
「おー、もうそんな時間か。イリスもちゃんと来るかねぇ?」
「ハリス兄ちゃんの妹だからねぇ…。でも、ハリス兄ちゃんよりはしっかりしてるかな」
「待ておいルイ。俺そこまでダメか?」
「うん」
「即答!?」
 いつも通りギャーギャーとやり始めたハリスと弟を放っておき、一人で帰路につく。
しばらくしてからようやく2人が置いて行かれたことに気づき、
「うおおカイ!一人で行くな!てか置いてくな!」
「兄ちゃん、ハリス兄ちゃんはともかく僕まで放って行かないでよ!」
 慌てた様子で走ってきた。

                     *

 村の外れにある、こじんまりとしたレンガ造りの家。
そんなアンナの家の前に着くと、何やらおいしそうな匂いと何だか怪しげな匂いが漂ってきた。
思わず、と言った具合にハリスが表情を引きつらせる。
「…なぁ、カイ?アンナが昼飯食いに来ないかって誘ってくれて、じゃお言葉に甘えてって事で来たけどよ?は、入るのか?なぁ」
「おーい、アンナ?入るぞー」
「ぅおおおおいっ!?」
 ハリスとルイが涙目で止めてくるのに構わず、木製のドアを押し開ける、と。
「…あっ、お兄ちゃん、カイ兄にルイも!おかえり~」
「いらっしゃい、3人とも。もうお昼できるから座ってて?」
 金髪のツインテールを楽しげに揺らすイリスと、銀髪の三つ編みを一つにまとめているアンナが台所にいた。2人とも食器に料理を盛り付けている最中らしく、慌ただしく動いていた。ハリスが慌てたように入ってくる。
「お、おい!イリス!?」
「ん?なぁに、お兄ちゃん。ちょっと手が離せな…」
「おおお、お前まさか昼飯作ったのか!?作ってしまったのか!?なぁ!」
「何でそんなに動揺してるの?ちゃんとアンナと一緒に作ったもん!ねーアンナ」
「ふふっ、そうだね。レシピはイリス通りに作ったけど」
 結論としてイリスが昼飯を手伝った事が発覚し、ハリスが絶望して床に膝をついた。ルイは呆れた様に肩をすくめ、俺と共にテーブルの席に着く。そうしている間にも、彼女たちのよって料理が運ばれてくる。
「ねぇハリス兄ちゃん。もう全部揃うよ?早く座れば」
「…お前たちは恐ろしくないのか。俺の妹の作った昼飯が。村長に食べさせたら一口で3日間寝込ませたカレーを作った、俺の妹の!」
「もう、今はそこまでひどくないもん!…たぶん」
「おい、小さく付け加えた言葉もう一回言ってみろイリス!」
 ギャーギャー騒ぎ始めたハリス・イリス兄妹の音声を全面シャットダウンし、俺は弟と、席に着いたアンナとで先に食前の祈りを済ませた。さて。
 …メニューは、グラタンにシーザーサラダ、あとオニオンスープとデザートに林檎か。多分だけど、イリスが作ったであろう明らかに焦げているグラタンを、一口食べた。ハリスが悲鳴を上げる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?おいカイ、大丈夫か、めまいや吐き気はないか、てか正気か!?」
「…落ち着けハリス。食事中だぞ」
「おっ、おぅ、無事か。いや本当に大丈夫か気ぃ狂ってないよな?」
「お、お兄ちゃんは騒ぎすぎだよ!でも、カイ兄、本当に大丈夫…?」
 淡い緑の瞳を憂い気に曇らせながら見てくるイリスと共に、ルイやアンナの心配そうな視線も受ける。
 俺はとりあえず、精一杯笑顔を作り、
「うん、おおおおおおいしかたとおおもうよ」
「表情が隠しきれてないし何か台詞バグってるぞ。おいマジで平気か!?」
「きゃーーー!?ごめんなさいカイ兄!い、今すぐお薬…」
「に、兄ちゃん!しっかりしてよ!」
「カイ!」
 朦朧としてきた意識の中、皆がギャーギャーと声をかけてくれるのを聞きながら、俺は小さく笑った。
 このまま、この仲間たちと時間を過ごしたい、と。

 一か月後に、俺とハリスは首都のロディニア王国軍に入隊する。
先週、合格通知が届いて、村を上げての宴となった。
”2000年の歴史がある誇り高いロディニア王国を近隣諸国の魔の手から守る”という事で、ご老人方は俺たちに熱を込めて「ロディニア兵士たるものは」を教えてくれたが、正直そこまで仰々しい志がある訳ではない。身近な大切な人を、自分達の手で守りたいと思っただけだ。
 両親を早くに亡くしたハリスは特にその思いが強いらしく、合格通知と共に来た成績表には、俺よりも良い数字を示していた。
 俺も、お人好しな両親と弟のルイを守れる様になりたいと思って、志願したけれど。
…入隊すると、ほぼ確実に村には戻れないんだよな。
 この村周辺に基地も駐屯地も無いので、故郷に戻ることは99,9%ない。出来ない、と言ってもいい。いや、別に文句はないけれど。
 こうして、幼なじみである皆と騒げるのは、もう無いかと考えると、妙に寂しく感じるのだ。
 イリスもアンナも、春になったらそれぞれ別の学校の寮に入るそうだし、ルイも軍幼年学校に来年入学する予定。
 案外、あっさりと離れ離れになるんだな、と思っていた。
 本当に、一緒に居られる時間は少ないんだ、と。
 俺は、俺達は、思っていたんだ。

              *

 目を覚ますと、アンナの家の天井が見えた。
俺はベッドに寝かされていて、視線を横に向けると、心配そうに微笑むアンナがいた。彼女はそっと水の入ったコップを差しだしてくれて、
「気分はどう?」
「ありがとう、まぁ、そこそこ?」
 そう、と小さく吐息して、彼女は肩から力を抜いた。コップを受け取り、一口飲む。
「アンナ、他の皆は?」
「イリスはハリスにお説教されてて、ルイはその仲裁してる。今ちょうどオヤツ時だから、そろそろ休戦するんじゃないかな?」
「あぁ、そっか、俺気絶してたのか…。でも、3日間寝込まなそうで良かった。オヤツはもちろんアンナが作ったんだよな?」
「うん、ついさっき出来たの。クッキー、食べられる?」
 銀の瞳が細められ、アンナが笑顔で言う。とりあえず、食欲はあるし体も動けそうだし、
「食べるよ。皆も呼ぼうか」
「分かった。先にテーブルに着いてて。3人とも外にいるから、呼んでくる」
 アンナを送り出し、ベッドから起き上がる。伸びを一つして、軽く息を付いた。
「…後、1ヶ月、か」
 それまでは目一杯楽しむか、と思い、俺はリビングへと向かった。

             *

 夜。
 日課である剣の素振りを終え、シャワーを浴びて部屋に戻ると、机の椅子にルイがいた。
「どうした?言っとくけどお前の寝相悪いから一緒には寝ないぞ?」
「まだ寝る時間じゃないよ。ちょっと…、頼みたいことがあって」
 ルイはそういうと、かなり言いづらそうに俯いた。…何だか珍しいな。いつも夜に来るときは、ホラー系の本やラジオを聴いた後ぐらいなのに。
 とりあえずちゃんと聞くか、と思い、俺はベッドの端に腰かけた。弟の藍色の瞳を見つめ、
「どうしたんだ?」
「ええっと…、俺、来年軍の幼年学校に入学するだろ?兄ちゃんも行ってたとこ」
「あぁ、そうだな」
「で、俺、そこで一番の成績取りたいんだ!誰にも負けないくらい強くなって、エイユウになりたい!
それで、兄ちゃんに残り一か月で剣術つけてもらいたいんだけど…」
「?それくらい、いつものことだろ?何だって改まって言うんだよ?」
 言うと、ルイは俯いて、小声で何かを呟く。
「…おい、ルイ?どうしたんだよ」
「だって、兄ちゃん…、来月にはいなくなるだろ。もう会えなくなるに等しいじゃないか」
「…」
 そう言われると、何も言えなかった。たまには家に帰ってこれるとも、その時にも教えてやると。
 来年には、ルイも、村を離れて寮で暮らすのだ。そうなると、互いに故郷に帰る日程が同じとは限らない。それこそ、二度と会えないかもしれない。
 連絡手段は手紙と特別な魔術しかないし、魔術を扱えない俺達には、運ばれる途中で紛失される可能性の高い手紙しかやり取りが出来ない。
 いつ途絶えるとも分からない。
だから、今、目一杯一緒に過ごしたいと。ルイの言葉には、そんな切実な願いが込められていた。
 軽く息を吐き、俺はさっき使っていた木剣を手に取る。ルイの頭を剣先で小突き、
「ほら、行くぞ。」
「え、良いの?」
「言ってきたのお前だろ。いつも以上にしごいてやる。残り1ヶ月、ちゃんとついてこいよ」
「…うん!」
 ルイは嬉しそうに頷き、傍らに置いていた自分の木剣を手に取り、俺と一緒に部屋を出た。
 リビングを通って玄関に向かう途中、ふと両親の姿が無いことに気付いた。シャワー浴びる前までは居た気がするんだけどな。
「なぁルイ。母さん達は?」
「さっき、兄ちゃんがシャワー浴びてる最中にお隣さんが来て、村の大人は全員、村長の家に集まるようにって言われて、出掛けていったよ」
「へぇ…。何か、珍しいな。緊急の用事か?」
 こんな夜遅くに何だろな~、と呑気に思考した、その時。

 ドン!!!と言う凄まじい爆音と共に、窓の外でオレンジと赤の光が爆ぜた。
 地面も揺れ、思わずと言った具合にルイがこける。

「なっ…何だ!?」
 爆音と、何かが燃える音が続く。玄関を飛び出し、外に出ると、村の中央部…村長の家がある地区から、炎が上がっていた。
 呆然と立ち尽くしていると、俺の隣にルイが来て、同じ様に炎を見た。ルイは手にしていた木剣を取り落とし、地面に膝を突いて、俺の袖を引っ張る。
「に、兄ちゃ、ん…。母さんは、父さんは、…村の、皆は」
「…っ。ルイ、家の中に居ろ。俺が見てくる。誰が来ても家に入れるな。答えるな。…大丈夫、だな?」
「いっ、イヤだっ!兄ちゃん、俺も行く!置いてかないで…!」
 今にも泣き出しそうな表情で、ルイは立ち上がった。ため息をつき、落とした木剣を拾ってやり、俺は一度だけ弟の頭を撫でた。…少しは、落ち着いたかな。
「それじゃ、行…」
「おーーーーいっ!!カイッ、ルイッ、無事か!?」
「ハリス!!」
 炎の上がっていた方向から、見慣れた金髪の少年が走ってきていた。ハリスは俺達の前まで来ると、肩で息をしながら、こう言った。
「はぁっ、はぁっ……。国王軍、だ」
「え、何、何が」
「このっ、爆発…っ。国王軍が、俺達の村に、火を放ったんだ!!!」

              *

 村外れの山にて。
「…っ!遅かった」
 眼下で燃え上がる村を見て、私は舌打ちをする。…せっかく、私と同じ者達を見つけたのに、国王軍に先回りされた。
 これじゃ、私の村と同じじゃないか。
「…。救える命が、あるのなら」
 私は、あそこに行くべきだ。
そう思い、背中に装備した大剣を抜く。
「“アネモイ”。解放(リベラトーレ)
 スカートの裾を一度払い、視線を暗闇に向けて、
「“ノトス”」
 風と共に、私は山を駆け下りた。

              *

 ハリス曰わくだが、村の大人達が村長の家に集まっていたのは、国王軍がいきなりやってきたからだったらしい。首都を守る国王軍第一部隊が突然訪問してきたので、村長は相当焦っただろうな、と他人事の様に思い、話を続ける幼なじみの言葉を聞く。
「俺、いつものランニング途中に村長の家の近くを通って…、何か、怒鳴り声とか、喚いてる声がするなって…、ちょっと気になったから、村長の家、話し合いするデカいリビングあるだろ、その窓の下に寄ったんだ、そ、…そしたら」
「国王軍が、いきなり銃を発砲して、大人達を…」
 …皆殺しに。
その事実を、言葉にしたくなくて、でもハリスは俺の否定したかった事を頷いて肯定した。隣でルイが泣いている。
 目の前が眩んで、足下がふらつく感覚に襲われた。額に右手を当て、ふとハリスに問う。
「ハリ、ス…アンナは?イリスは?」
「イリスにはすぐ伝えて、アンナを迎えるように言った。アイツは俺の妹だ。足の速さなら、信頼できる、が…」
「流石に、大勢の国王軍相手じゃ無理だろ。…い、行くぞ」
 一度、足に拳を降ろして力を入れる。ルイの肩を優しく揺らし、
「ルイ、来れるか?」
「…う、うん」
 よし、と俺とハリスは目を合わせ、アンナ達と合流しよう、となった。
「ハリス、待ち合わせ場所は決めたのか?」
「あぁ、村の南側に山あるだろ、その麓の池!」
 爆発音の響く中、俺達3人は麓へと向かった。

            *

 まだ燃えていない、国王軍に燃やされていない住居の陰を選びながら、俺達は進む。途中、知り合いの家や近所の家にいる人がいないか見たけれど、いないか撃ち殺されているかのどちらかだった。
 撃ち殺したのは、言うまでもなく、きっと。
「…っ」
 アンナ達は上手く逃げ切れているだろうか。国王軍に見つかっていない事を祈った。
…そもそも、何で、国王軍が。国民を守るべき、近所の爺ちゃん達が自慢していた誇り高き、国王軍が。
 どうして今俺たちの村を焼き払っているのだろう。
そう考えていると、前方、麓の池が見えてきた。まだイリスやアンナの姿は無い。
ハリスが震えた声で呟く。
「…イリス」
 先に逃げてきていて欲しかった2人がいない事に、俺達の走る足が止まった、その時。
「…!…ぃゃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 背後、炎の壁が築かれつつある村の方で、甲高い悲鳴が上がった。
イリスの声で。
 ハリスが血相を変えて後ろを振り返り、俺が持っていた木剣を奪い取ると、
「っおい!ハリスッッッ!!!」
「すまん、先に麓に行っててくれ!すぐ戻る!2人を連れてくるから…」
 無茶だ、とすぐに思った。炎の壁の奥、見慣れた2人の少女がいるのが見えた。その2人を取り囲むように国王軍が立っているのも。
 ざっとみて、20人位の国王軍だ。木剣で対抗出来るわけが無いし、そもそも立ち向かえる隙が無かった。
 ハリスが8歩を踏み込んだ時、国王軍の1人がこちらに気づいた。すぐさま数人の兵士がこちらに銃口を向けてくる。
「ハリスッ!!!」
「ハリス兄ちゃんっ!!!」
 …待って、待ってくれ。何でこうなった。俺達が何か間違えたのか。どこを、いつ、どうして。頼むから、頼みますから、神様、
「助けてくれよ…!!!」
 何も出来ず、俺は弟を庇うように前に出て、目を強く瞑った。
数瞬後に来る銃弾に覚悟を決めた、その時。

「アネモイ、“ゼピュロス”!!」

 凛とした少女の声が背後から来た。振り返るよりも先に、俺の横を風が物凄い速さで通り抜けた。そして、炎の壁の方を見ると、
「…だ、誰だ、あの人?」
 国王軍20人相手に、銀の大剣を振るう少女がいた。ハリスが呆然として立ち止まる。
たった数分の間で、いきなり現れた少女は国王軍を斬り伏せて、俺達の方を見る。
 彼女は、救出したイリスとアンナの肩を支えながら、こちらを見て、
「…生き残りの子!?私と一緒に、来てくれる!?」

 茶髪を風になびかせ、銀の大剣を持ち、星空の瞳を煌めかせながら立つ少女は、
 風を従えてそこに存在していた。

 それが、俺達と、エメリアとの出会いだった。
 3ヶ月の物語が始まる。


           to be continued.

 
 
 

風の祈り Ⅰ~出会い~


表紙は友人に頼みました。友人感謝。

風の祈り Ⅰ~出会い~

「私は、彼らとの約束を胸に、今を生きていてもいいですか…?」 国を一つ潰して世界を救った少女、エメリアと、彼女を支えた少年少女5人。 これは、彼女たちの、3か月の物語である。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. プロローグ
  2. Ⅰ 出会いは爆煙と業火の中で