【掌編幻想譚】Prediction
二
二
夢を、見ている。
私は一人、伯母の家で絵を描いていた。
居間の畳の上で、赤いクレヨン、黒いクレヨンを使って描いているのは、大好きな怪獣。
電気のついていない部屋は、少し薄暗い。
開け放した玄関から、外の明りが入ってきている。
新しい畳の蒸した匂い。
肌にまとわりつくぬるい風。
外でキャッキャと騒ぐ子供の声。
かまわずに画用紙をクレヨンでこすっていた。
気がつくと、そばには女の子がいた。
座って、僕の描く絵をじっと見ている。
近所の子かもしれない、と思った。
「ねぇ、何をかいてるの?」
「ゴジラだよ」と僕は答える。
そしてまた、色をぬる。
その子は、それをずっと見ている。
「ねぇ」とその子は声をかける。
「いこうよ」
「いくって、どこに?」
「いこうよ」
とその子は、僕の手を取る。
「ええ」
「いこうよ。いいところがあるんだよ」
通りは、コンクリートに日ざしが反射して、ぜんぶが白く見える。
吸い込んだ熱い空気で、鼻の奥がカサカサとかわいていく気がした。
ボールをけって遊ぶ子たちを通りすぎて、
ほえる犬も通りこして、
手をつないだまま。
「どこにいくの?」
「いいところ!」
やがてその子は、ビルとビルのすき間に入ろうとする。
それはよこ向きになってやっと入れるほどの細い、細い路地で、
「ねぇ、ねぇ」
もう路地に入り込んでいるその子は顔をこちらに向ける。
「ここ、通るの?」
「そうだよ」
路地の中は、ひどく暗い。
「ねぇ、怖いよ」
「でも、ここを通らないと、行けないんだよ」
「ねぇ」
するとその子は、路地から外へ出てくる。
そして手をにぎったまま、僕の目をじっと見つめる。
大きな目。
そして見通される。
「大丈夫だよ、行こうよ」
とその子は言う。
「ゆっくり、いくよ」
僕の手を引く。
そうして、僕らは路地へと入っていく。
まわりが暗くなる。
手をにぎられ、そろそろ、そろそろと歩く。
そこはひんやりと冷たい。
通りぬける空気の音が反響して、耳に届いてくる。
つかんだ手ばかり汗ばんで、僕はそれをぎゅっとにぎっていた。
その子は何も言わず、ゆっくりと先をすすんでいく。
前にいるその子の体温だけが、あたたかい。
その髪の毛が、柔らかそうに見える。
その時、カサカサ、という音が聞こえた。
その子が、ビニール袋をふみつけた音だった。
そして僕の足が、空き缶をけりつけた。
ガンガンガンガン、となった。
カンカンカンカン、ところがった。
ワンワンワンワン、とひびいて、
最後に、闇が降ってきた。
僕は、動けなくなった。
「ねぇ、もうすぐなんだよ」とその子は言う。
僕の目を見て、
「ほらあそこ」
指さした先に、路地の出口が見えた。
そこには雲が流れていた。
道は、なかった。
空が、あった。
「ねぇ、もうすぐなんだよ」とこっちを困ったような顔で見て、その子は言う。
「ねぇ、いこうよ」
僕は、その子について行きたかったけど、もう、動けなかった。
その子の困ったような顔が、悲しかった。
「そっか」
とその子は言った。
「いいよ。じゃあ、今日はここまでだね」
と言って、にっこり笑った。
「あ」と声をあげた。
目を覚ますと、彼女がいた。
まだ、夜だった。
「何か、怖い夢でも見たの?」と彼女は言った。
彼女の手を、握っていた。
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