【掌編幻想譚】Prediction

 夢を、見ている。

 私は一人、伯母の家で絵を描いていた。
 居間の畳の上で、赤いクレヨン、黒いクレヨンを使って描いているのは、大好きな怪獣。
 電気のついていない部屋は、少し薄暗い。
 開け放した玄関から、外の明りが入ってきている。
 新しい畳の蒸した匂い。
 肌にまとわりつくぬるい風。
 外でキャッキャと騒ぐ子供の声。
 かまわずに画用紙をクレヨンでこすっていた。

 気がつくと、そばには女の子がいた。
 座って、僕の描く絵をじっと見ている。
 近所の子かもしれない、と思った。
「ねぇ、何をかいてるの?」
「ゴジラだよ」と僕は答える。
 そしてまた、色をぬる。
 その子は、それをずっと見ている。
「ねぇ」とその子は声をかける。
「いこうよ」
「いくって、どこに?」
「いこうよ」
 とその子は、僕の手を取る。
「ええ」
「いこうよ。いいところがあるんだよ」
 通りは、コンクリートに日ざしが反射して、ぜんぶが白く見える。
 吸い込んだ熱い空気で、鼻の奥がカサカサとかわいていく気がした。
 ボールをけって遊ぶ子たちを通りすぎて、
 ほえる犬も通りこして、
 手をつないだまま。
「どこにいくの?」
「いいところ!」
 やがてその子は、ビルとビルのすき間に入ろうとする。
 それはよこ向きになってやっと入れるほどの細い、細い路地で、
「ねぇ、ねぇ」
 もう路地に入り込んでいるその子は顔をこちらに向ける。
「ここ、通るの?」
「そうだよ」
 路地の中は、ひどく暗い。
「ねぇ、怖いよ」
「でも、ここを通らないと、行けないんだよ」
「ねぇ」
 するとその子は、路地から外へ出てくる。
 そして手をにぎったまま、僕の目をじっと見つめる。
 大きな目。
 そして見通される。
「大丈夫だよ、行こうよ」
 とその子は言う。
「ゆっくり、いくよ」
 僕の手を引く。
 そうして、僕らは路地へと入っていく。
 まわりが暗くなる。
 手をにぎられ、そろそろ、そろそろと歩く。
 そこはひんやりと冷たい。
 通りぬける空気の音が反響して、耳に届いてくる。
 つかんだ手ばかり汗ばんで、僕はそれをぎゅっとにぎっていた。
 その子は何も言わず、ゆっくりと先をすすんでいく。
 前にいるその子の体温だけが、あたたかい。
 その髪の毛が、柔らかそうに見える。
 その時、カサカサ、という音が聞こえた。
 その子が、ビニール袋をふみつけた音だった。
 そして僕の足が、空き缶をけりつけた。
 ガンガンガンガン、となった。
 カンカンカンカン、ところがった。
 ワンワンワンワン、とひびいて、
 最後に、闇が降ってきた。
 僕は、動けなくなった。
「ねぇ、もうすぐなんだよ」とその子は言う。
 僕の目を見て、
「ほらあそこ」
 指さした先に、路地の出口が見えた。

 そこには雲が流れていた。
 道は、なかった。
 空が、あった。

「ねぇ、もうすぐなんだよ」とこっちを困ったような顔で見て、その子は言う。
「ねぇ、いこうよ」
 僕は、その子について行きたかったけど、もう、動けなかった。
 その子の困ったような顔が、悲しかった。
「そっか」
 とその子は言った。
「いいよ。じゃあ、今日はここまでだね」
 と言って、にっこり笑った。
「あ」と声をあげた。

 目を覚ますと、彼女がいた。
 まだ、夜だった。
「何か、怖い夢でも見たの?」と彼女は言った。
 彼女の手を、握っていた。

【掌編幻想譚】Prediction

【掌編幻想譚】Prediction

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-09

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