雲の友達~たいせつなさがしもの~

如月瑞希(きさらぎみずき)

もとはpart1だったんだけど続きが浮かびにくくなってきたので放り投げるのです。

それは、
少し春の盛りを過ぎ、けれどまだ夏はこない暖かな晴れの日。
そろそろ新しい教室にも、先生にも慣れてきた頃のことです。

退屈な黒板を見ることを諦めて、キツネが嫁入りをした後の青空を眺めていた私は、ひとつの雲を見つけました。
あ、知ってます?空は晴れているのに雨が降る、そんな天気の事を「狐の嫁入り」って言うんですよ。
その雲は周りの雲がくるくると形を変えてゆく中、一つだけ一向に変わらない形を保って漂っていました。
それも他の雲のように風に流されているんじゃなくて、あきらかに空中をさまよい歩くように、近くの雲に寄っては離れ、離れては寄ってを繰り返しています。
まるで迷子みたいに。
「どうしたの?」
雲がずいぶん近くに来た時、私は呼びかけました。
もちろん声に出してなんかいません。そんなことをしようものなら、黒板を撫でるチョークがこっちへと向かってくることがたやすく想像できます。
当然、雲から返事は返ってきません。だって、雲ですもの。どこの誰が、雲がしゃべるなんて想像するでしょう。
自分のしていることのくだらなさに気づきながらも、私は続けて声をかけました。
「なにしてるの?」
この先生の授業中、めったなことではざわめきは起きません。
とても怒りっぽい先生で、何かおかしなことをしようものなら、すぐにチョークその他もろもろを飛ばしてきます。あ、学期のはじめ頃には、ときどき運悪く黒板消しで粉まみれになる人もいました。
でも、正直この先生の授業、退屈なんです。
だから、こんな風につまらないことだって平気で出来ちゃう――
「さがしているの。」
声がしました。
声がしました!
私の声じゃありません。先生の鷹のような目が教室のどこかへ向けられることもありません――つまり、教室の誰もしゃべってなんかいないってことです。
心細げな声のせいでしょうか、なぜだか安心した私は、雲に向かってたずねました。
「だれを?」
なぜでしょう、私はそのとき、それが雲の声だということに疑問を持たなかったのです。
でも、返事は返ってきませんでした。
今更ながら呼びかけられた事に戸惑ったのか、雲は慌てるように窓を離れ、遠くへ行ってしまったのです。
雲の消えたほうを眺めながら、「雲の声ってこんななんだ。男の子かな、女の子かな。」とか、「誰を探してたんだろう。やっぱりお母さんかな」なんてことを考えていました。
怒号と一緒に、センセのチョークを頭に食らうまで。

次の出会いはその日の昼休み。
私は迷子の雲――じつのところ、本当に迷子なのかどうかは知りませんでしたけど――を探しに校舎を離れ、あちこち捜し歩いていました。
それは申し訳程度に植えられた木々に若葉が繁る、初夏の中庭を歩いているときでした。
私の耳に、もしかすると警戒しているのでしょうか、さっきよりも更にかぼそく、震えた声が届いたのです。声のしたほうを振り返り、木々の葉の裏側を見上げました。太陽の光の当たらないそこに、私はさっきの雲を見つけました。
「なあに?」
聞き取れなかったさっきの言葉を、と私はもう一度尋ねなおしました。
「あのね」
雲がふるりと身動きをして、雨に濡れたように艶めいた葉が数枚、舞い落ちてきました。
「大切なものをなくしたの」
迷子の・・違った。迷子じゃなかった雲は答えました。
探していたのはお母さんじゃないみたい。でも、じゃぁ雲の大切なものってなんでしょう?
「それは何?」
「なんて言うもの?」
多分あのあたり、と周りよりも濃く葉の繁る常緑樹の下に当たりをつけて、視線と疑問を向けます。けれど、
「たいせつなもの」
「たいせつなもの」
震えた声で、でも確かに返ってくる答えは同じ言葉ばかり。
もしかしたら。
ふと、思いました。
もしかしたらそれには名前がないのかも知れない。
「それはどんなの?」
「それはどんな色?」
「それってどれくらいあるの?」
いつの間にか、それが何か、に強く心魅かれていた私は問い方を変えて試してみましたが、
「わからないの」
返ってくる答えからはちっとも形が見えてきません。そればかりかむしろ、どんどん判らなくなって行きました。
どうして自分の探しているものの事を何も知らないのか。
大切なものだとは知っているのに。
どうして。
「どうしてそれを探しているの?」
聞きながら、それを探しまわる自分が見えた気がしました。
「それが」
・・キーンコーン
鳴り始めた予鈴に消えそうになりながら答えます。
「それが、大切なものだから」

中庭に、涙の雨が降りました。

雲の友達~たいせつなさがしもの~

雲の友達~たいせつなさがしもの~

童話の序章。雲たちに名前はなく、それゆえにしがらみもない。そんな世界にあこがれて。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
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