ネット作家の素顔

設定は基本的に架空のもので、実在する人物や団体との関連はございませんが、一部例外として、作中に実名で登場する出版社小学館様、および実名の表記はございませんが登場する<セカチュウ>担当編集者様につきましては、ご迷惑になる取り扱いがなされているとは思えず、「売れた文芸書」への敬意を表するものと判断いたしまして、事実に基づかない創作箇所もそのままにして投稿いたしますが、本作を転載して利用されるなどの場合は、利用者様において取り扱いをご判断ください。

(1)
 親愛なる久太郎様
 お元気ですか? 広末晴樹です。
 毎日、暑いですね。身も心もアイスクリームのように溶け出して、なんだか少しベタベタしています。
 掲示板に感想を書いてくださって有難うございます。僕はここに、あまり書き込んだりはしないのだけれど、皆さんの文章はいつも拝見しています。ニンマリしたり、おいおいって思ったり。久太郎さんの魚のように優しい文章には癒されました。もぐら稼業が長いんで、不意討ちの優しさにはレバーを抱えてただただ蹲るのみです。
 このサイトの玄関にぶらさげてあるあの駄文を、ご親切にもごスイキョウにも読んでくださり、そしてご感想を残してくださった38人目のゲストが久太郎さんです、有難うございます。登場人物「カオリ」を好ましく受け止めてくださって、その点も有難うございます、「カオリ」もきっと喜ぶことでしょう。照れながらピースサインしてるはずです。僕も「カオリ」が好きです。有難う有難う。
 暑さ厳しき折、ビールの飲みすぎにはくれぐれもご注意ください。お腹のウエストポーチに脂肪を溜め込みすぎると、それはちょっと具合が悪いですから(笑)。
 それではまた、星の時計が重なる夜に。
 良い夢を。広末晴樹でした。2008/7/25

「さて、こんなもんかな・・・・・・」とか呟きながら、私はEnterキーを押し、そして大きく伸びをする。
 首のあたりを左手の腹でコシコシと擦りながらPCの電源を落とす。ノートPCを畳んで、無意味にあたりををキョロキョロと見回し、これまた無意味に掛け時計を見上げて「うん、1時17分だな」とか確認する。だからなんなんだって言われると困るけど、「1時を周った、もう1時を周ってしまったよー」とか、アタマの中でヒジョーに無意味に反復しながら、タラタラと立ち上がる。
 台所に行って冷蔵庫を開ける。「お、そうだった、今日は隣の青山さんからいただいた山椒の実があったんだっけ」。嬉しくなって山椒の実の入った青いタッパーを冷蔵庫から取り出す。青磁の小皿にそれを移す。続いていそいそと、当然冷酒も出してしまう。そして本日この夜に相応しいぐい飲みをひとつ、茶ダンスの中から選び出す。晩酌セットの一式を盆に並べて、つつつとテーブルへ運ぶ。
「さあさあ乾杯しようよ!」飲む前からの上機嫌で、私は明るく独り言を言ってみたりする。
「しようしよう、何に乾杯する?」別の誰かのフリをしてまた独り言を言いそうになる。痛いな、コレはさすがに痛いよ、やめよう。
 かれこれ一人暮らしだ。耳を澄ますと月の欠ける音がする。ような気がする。
 テレビはないし新聞もとっていない。だもんでCDを掛ける。ジャズがこぼれだす。
 ふんふふん、なんて肩でリズムを取りながら、ハンドメイドのゴツゴツとした木製テーブルの上に転がっていた梨の皮を、ビクトリーノックスで剥く。

(2)
 さて、で、次の日。
 アメリカの東向きファミレスを思わせるような、強烈な朝日に叩き起こされて、私はムックリ起き上がる。寝室にカーテンはない。だからうちには目覚まし時計もない。カーテンがないと無用心なんじゃ? なんて思われる方もいらっしゃいますか? いえいえ大丈夫なんです、うちからお隣までは50メートルも離れているし、野良猫や、ときにキツネやゴキブリなんかが覗いていたりはするけれど、こんなバラック小屋に勤労意欲をかきたてられるドロボーさんはまずいないし、ってか、そもそも1車線のデコボコで、雨降ったらビショビショの、こんなショボい国道(一応国道らしいんです)をトボトボと歩いて、家庭訪問してくださる人間様が、まあまずはそもそもいないんですから。
 ここは自由の別天地! ここに越してきてから、自分に強くそのように言い聞かせております。
 てなわけで、寝室を出た私は台所に行き顔を洗います。「今日は、ええと、何をする日だったっけなあ」なんて本日午前中のプランに思いを巡らしますが、思案しましたところ、特に予定らしい予定は入っておらず、「なるほど本日もまた自由な佳き日であったか」などと口のはしっこで微かに笑い、「よし、では今日は大好きな図書館に行っちゃったりしようかなあ」なんて私は考えます。
 そして朝のシャンプーをいたしますため浴室へと向かうのですが、浴室に向かう途中は所謂「汲み取り式」のトイレットとなっておりまして、しかるがゆえに私は、トイレでパジャマを脱ぎ、そこからアコーディオンカーテンひとつで仕切られた洗濯機に、ホイホイとパジャマを放り込んだりするのであります。このへんの朝の儀式を、私はいたく気に入っていたりするのですが、それはたぶんここに引っ越してきてからまだ日が浅いからなのでしょうね、「モノ珍しさ」ゆえの悪趣味なんですよ、きっとそうに違いありません、だって不便なんだもん! 
 なんてウダウダと思いながら、朝日の差し込むお風呂場で歯磨きしながら体を洗います。そして今日もまた不思議なドアについて考えます。お風呂場奥の突き当りにはアルミのドアがあるのですが、開けるとそこは外なのでした。うーむ、このドア、一体なんのために!? 海水浴場じゃなくて林の奥の一軒屋なんです。そのバスルームに、外へと開くトビラがあるのはなぜだ!? 前のオーナーさんが設計したものらしいのだけれど、そのセンスには謎が秘められています。
 まあせっかくなんで、少し歪んだ立付のよろしくないドアをギリリと開いて外に出てみます。裸ですけど構うもんですか、どうせ誰もいないんだから。ドアを開けると、地面には小さな小さな白い花。夏の日の朝の土の匂い(「の」が4つも!)がホワンと香って幸せな気持ちになります。
 なんて贅沢な朝でしょう。前のオーナーを呪った自分を恥ずかしく思いました。
 こうしてまた素敵な一日が始まるのです。なんて思っておいてすぐまた思います。素敵かな? これって・・・・・・。
 ともあれともあれ。私は庭(庭? どこまでが庭?)に駐車しているホンダの軽ワゴン車に乗り、愛すべき笠間市立中央図書館へ向けて出発するのでした。

(3)
 午後1時、我が家の中央、リビングルームのゴツゴツとしたテーブルに私はいる。図書館から借りてきた本、新潮文庫ヘッセ著「シッダールタ」の、ティファニーブルーな表紙を横目でチラチラと眺めながら、大根をおろしていたりする。暑いよなあ、やっぱりクーラーは必要かなあ。大根おろしはハードワーク。「二の腕が痛い・・・・・・。二の腕? なんで二の腕? どこが一の腕?」なんてくだらないことを呟きつつ、熱心に作業に励む。胸の筋肉にかなり効いている。これはもしやバストアップな運動かも。そんな思い付きを励みに、作業をまっとうする。
 ぶっかけうどんを作ったのだ。冷やしておいたうどんに、大根おろしをドバッとかけ、きざんだミョウガもドバッと、ちぎったシソもドバッと、さらにパックの鰹節もドバッとかけちゃう。彩りを考えて紅生姜も、これはパラパラと。作り置きの秘伝のタレをかけて、さあさあ食べるぞ! 5分で食べ終わる。
「ふう、美味しかったなあ」なんて誰にともなく言ってみる。ふう。
 ヘッセと一緒にこのまま、少しは涼しくなったであろうベッドルームに転がり込みたい欲求は、この日はまあ一応なんとか抑える。
 洗い物を済ませた私は「さて・・・・・・」なんて呟いて伸びをする。「仕方ない、仕事するかな」
 てなわけで、リビングの北に位置する我が工房に、イヤイヤを自分に悟られないよう、軽く口笛なんかも吹きつつ移動する。
 工房への移動は、幅20センチの縁側によって行われる。縁側は自分で作った。日曜大工は私の目下の趣味なのだ。なぜ20センチ幅なんてモノを作ったのか、なぜせめてもう10センチ長い板を購入しなかったのか? この縁側をつたって毎日出勤するであろう労働者の気持ちを、なぜに考えてやれなかったのか? 激しく後悔し自分を呪ったが、いまさらどうにもならない。だから、ま、いいか、なのである。
 「次の締めまでにティーカップ100個!」なんて声に出して予定を読み上げ、腕をまくる。
 私は焼き物屋。名刺には陶芸作家だなんて謳っている。うちの場合は陶器ではなく磁器なので、土ではなく石の粉を生地にする。空気が入らないようによくこねた生地を、ろくろを使ってたちあげていく。たちあげながら、中央に親指をめり込ませる。これはとても気持ちがいい。生地の確かな硬さと、変化の柔らかさ。私の手の中で<形>が生まれてゆく。
4年前母を亡くし、思うところあって笠間に単身で移住をした。2年間、製陶所に通わせていただき技術を学んだ。最初は指がボロボロになった。10本の指のすべてにバンドエイドが巻かれていた。でも「この手で作る」ことは楽しかった。「形を作る」ことが楽しかった。生地の硬さと柔らかさ。初めての体験でこの手が学んだその感触は、今でも新鮮に再現される。その後独立を機に我が家を、すなわち窯付きの一戸建てを、前のオーナーより譲り受け現在に至る。
 にしても暑い、仕事場は暑い、窯は熱いのだけど。一方冬は凍えるほど寒い。去年の冬、たまりかねて仕事場の屋根裏に這い上がり一面に断熱材を敷き詰めた。いくらか暖かくなった。
 ボーッと、考えるともなく考えつつ(どっちだよ?)ろくろをひいていると、傍らにちじこまっていたネズミのような携帯がブルンと震えた。ほいほい、とネズミに手を差し伸べる。メールを受信したようだ。最近近所にもdocomoの新しい鉄塔が立って、受信感度は良好。私はエプロンで手を拭い、ついでに額の汗も拭い、それからメールを開いてみる。
[どうもども、チロタンです。暑いですねえ、東京なんか鉄板ですよ、笠間は土鍋かな? 急なんだけど、明後日の月曜日、仕事がなんだか休めそうなんで、また笠間の空気を吸いにお邪魔しちゃってもよろしいでしょうか? 先生のお仕事のお邪魔はいたしません。新鮮なトウモロコシのひと粒でも分けていただければそれで満足。どうかなどうかな? 2008/7/26]
 いいですよ、と私は思った。チロタンとは私がつけた名前だ。むかし飼っていた銀色の魚のチロタンに、彼はどことなく似ていたから。彼とは先月、私の個展で知り合った。個展。ああ、なんで私はあのとき個展なんて引き受けてしまったのだろう。
 私の焼き物は、「蛍光灯」だなんて、焼き物仲間の内ではそう呼ばれている。毎年開催される陶芸祭りの日、私たち焼き物屋はそれぞれの店を出すのだけれど、私の店ときたらとにもかくにも真っ白なのだ。いや真っ白というのは正確ではない。私の器を、「白い」と最初に見た人はまずそう言うけれど、でもよくよく見ると実は青いのだ、仄かに。だからまさに蛍光灯。だもんで会場の店先に並んだ私の作品は、蛍光灯の大群のような印象を人に与えるらしい。割と目立つのである。
好んでよく片口を作る。ラーメンどんぶりの左右をギュッと潰してレモン状にして、レモンの片側の先端を注ぎ口にしたような形。これに花を活けてくださる方もいる。自分で言うのもなんだけど評判はいいようだ。
「あなたの器には透明感がある。ラインが女性的に柔らかく、かつ繊細にうねっていて、実に個性的で、とても美しい」
銀座のギャラリーはそんな表現をまじえて個展を薦めてくださった。「いえいえ、ただのパルックです」だなんて応えるわけにもいかず、曖昧な微笑を浮かべ、首を傾げてみせる。するとギャラリーさんはこう付け加えた。「あなたの器は、そしてエロティックです」
 地元のギャラリーも、様々に勧誘してくださる。「あなたの作品には個性がある。作品があなたを語っている。あなたの名前とあなたの顔を、この美しい芸術作品のシンボルとして展開してゆきましょう」なあんて。
 エロティック。今までにも何度か言われた。「不定形に波うつ縁取りや、柔らかく伸びたかと思うと、反転して繊細にしぼりこまれてゆくその形に、肉感的な官能性ではなく、精神的な官能性を感じます」だなんて言われたこともある。悪い気はしない。
 でも嫌なのだ。私は、個展とか作家先生とか、そういうのは苦手なのだ。「なぜですか?」と10回くらい訊ねられた。
なぜだろう? 
わからない。でも、とにかく私の器はノーブランド。星の数ほどいる名もなき陶芸家のうちの、一対の手によって生まれた器。それで十分。器が完成したところで、もう<この手>の仕事は終わっている。あとは器そのものの仕事。器が自らを表現する。言い換えれば、その器を実際に手にしてくださる方が、そこに何かを自由に読み取ってくださる。それでいいのだ、とバカボンのパパのように私はそう言いきりたい。
 なのになのに、六月の個展を引き受けてしまった。紫陽花の花を飾ってみたかったのだ、銀座の街並みの中で、私のエロティックな蛍光灯に。
 個展の会場に彼がいた。熱心に器を見てくださっていた。会場の片隅に、作家先生はチンマリと腰掛けている。お客様の様子をモナリザの微笑みで見守る。正直いってしんどい。私はすっかり退屈していたのだ。そしたら彼が声をかけてきた。解放されたような気分でにこやかに応対した。
「あなたが作者さんですか?」と彼は言った。作者さん、という表現に私は笑った。
「そのようです、私が作者さんなのですね」なんて私はおどけてみせた。
「入り口の、素敵な紫陽花に誘われて入ってみたんです。」とか、彼は言った。「綺麗な器ばかりのスペースで、楽しくなって喜んでいたら、その奥にさらに綺麗な方を見つけて、僕は嬉しい」
「綺麗な方?」
私は、私の後ろを振り返ってみせる。
「リヤビューもまた美しい」と彼。
 六月の、小雨のそぼ降る日曜日だった。紫陽花は本当に美しかった。淡いブルー、濃い紫、煙るようなピンク、そこに柔らかな雨。そうした舞台背景の中を進んできた彼は、正直、紫陽花に劣らず美しかった。軽口の割には繊細な、少女のように白く細い彼の様子を見て、私は感じた。可憐。
 そんなふうにして私は可憐な友人を得た。
 [笠間は佳いところです。車の運転に十分気をつけて、ゆっくりといらしてください。待っています。2008/7/26]私は彼にそのように返信する。
「さて夕飯までにもう少し、頑張りましょうか?」と声に出して自分をはげまして、また作業台に向かう。

(4)
 こんばんは、初めてここにお邪魔いたします、コカコアラと申します。
 こちらのサイトの経典(?)『インナーダイバーズ』を拝読いたしました。よくわからなかったので、3回ほど読み直しました。そしたらなんとなく、まあわかってきました。つまりコレはアレですね、眠っているイレブンさんの中に、アキ、カオリ、有田、太郎、広末の5人がいて、5人が葛藤したり、調和したり、いろいろと関わることで、5つの角度が統合されて、イレブンさんはイレブンさんの心の中心に近づいたよ、ってそういうお話なんですね? カオリたちの世界が9割を占める物語なので、カオリたちがすっかり実在の人物であると僕は思い込まされていたんですね、いやあ騙されましたよ。
 それからフィンランドでの焚き火の夜、カオリの夢に現れた外人さんたちについて、僕はあることに気がついちゃいましたよ。
 アリー=有田正巳
 カトリーヌ=高鳥(たかとり)アキ
 ロン=バーテン太郎
 ですよね、韻を踏んでいますね。カオリの夢の中でも、5つの角度が暗示されていたわけですね。心の中でも外でもどのレベルでも、ものごとは相似的に成り立っている、っていう、これは、そのことの暗示なわけですね。
 あと、フインランドに行く飛行機の中、墜落しそうな機内で、カオリが波の音を聞いたり、プールサイドでアキがヒロに「南の島にいるみたいによくビールを飲むのね」だったかそんなふうに語ったことは、結局、夢見の主体であるイレブンが、南の島に幽閉されているってことを匂わせていたわけですね。
 まだまだ他にも織り込まれている仕掛けがありそうで、僕もこのサイトに、しばらく、ちょくちょく顔を出そうかな。
 ひとつよくわからないのが、この作品の語り手は誰だったのか? ってことです。普通に読めば、全てはイレブンさんの夢の中のできごとで、だからこれは、イレブンさんとミルさん、ただ二人の登場人物しか登場しないお話、ってことになるわけで、そしたら語り手は当然イレブンさんなわけだけれど、でも作者さんのお名前がわざわざ広末晴樹、とあるでしょう? 広末が語り手の読み物なのかな? そうすると、僕の読み方は誤解ということになる。そのへんがよくわからない。もう少し潜ればわかるのかな?
 僕の名前は、コカコアラ。以後お見知りおきを。2008/7/26

 コカコアラさん
 こんばんわ?、カオリです。
 当サイト[INNER DIVERS ON LINE]にようこそ!
 それから経典(笑)を読んでくださっての感想も有難うございます。
 ここには他にも、アキさんが管理する[広末語録]と[飼育日記]、それから、へたっぴで恥ずかしいけれど私の[ダイアリー]なんかも置いてあるので、よかったらそちらも覗いてみてくださいね。
 ところでところで! 『インナーダイバーズ』の感想についてなんですけど、「ガーン!」ってカンジ、あんまりだよ、何かとんでもない勘違いをしているよ。私やアキさんが、イレブンさんの<夢の中の人物>だなんて。私たちはちゃんとこうやって、現実に生きて生活してますよ。私とアキさんと、太郎くんと正巳くんとで、このサイトは運営されています。最初のところに掲示してあるでしょ。[インナーダイバーズ活動の目的=広末晴樹の捜索、発見]って。
 よ?く聞いてくださいね、あのですね、『インナーダイバーズ』の途中までに書いてあることはすべてがすべて、ほんとうの出来事なんです。私や正巳くんは広末を捜してモルジブに行ったんです、ほんとうなんです。あの文章を最後まで読んでくださったならわかると思うけれど、私たちはあの日、ベタ凪の海に潜ったでしょう? そう、あそこまでは現実のことなんです。一部に現実とは思えない表現があるけど、でもそれも現実なんですよ。っていうか、どこまでが現実でどこまでが催眠現象なのか私たちにもいまだにはっきりとはわからないのだけれど。とにかく! 私たちは断固! 劇中人物なんかじゃありません! あの日のダイブから戻って、なぜか私たちはものすご?くクタクタで、で、コテージに帰ってから、次の朝まで死んだように眠ったのです。起きると、私と正巳くんのサンセットルームのPCに、あの文章があったのです。私たち4人のうちの誰かが、一晩でアレを書いたか、または、それまでちょっとずつ書き続けていた文章を、あの夜こっそりとPCに移して、さらにラストのフィクション部分だけを、夜中にそこに書き加えたのだろう、ってコレは正巳くんの説です。どう思いますか? 
 みんなは私が怪しい、っていうんです。だって、私のことをあそこまで知っているのは、私しかいないからだって。でも、私はあんなに難しい漢字なんて知らないし。アキさんが怪しいかもなって思ってたら、正巳くんは、私とアキさんの共犯だとか言っちゃって、でもってアキさんに蹴られてた。
 とにかくそんなわけで、私たちは経典を解読しつつ、ここで情報を集めて、皆さんのお知恵や想像力をお借りして、広末晴樹の捜索を続けているわけです。
 コカコアラさんは、イレブンさんのこととか、すごく分析していて、あと焚き火を囲む外人さんのことだとか、経典の中のコトバどうしの関連性だとか、色々詳しく読み解いていて、とてもとても頼りになります。正巳くんは最初「ここに自分の描いたイラストを載っけるんだ」なーんてハリキッていたけど、サーバーが重くなるんでダメってアキさんに言われて、フテくされて、今は悪戯メールとかを撃退する雇われチンピラみたいなことだけを担当してます。正巳くんより、コカコアラさんのほうが頼りになります。ダイバーズのメンバーになってください。よろしくお願いいたします。
 なんて長々と勝手に書いちゃってすみません。あの経典を誰が書いたのかは私たちとしても大変気になるところです。新しいことがわかったら是非ここで教えてくださいね。
 いらしていただいてほんとうにどうも有難うございました。
 カオリ。2008/7/27

 窓の向こうを見上げると、ほんのりと淡く、傘をさしてる下弦の月。「明日は雨かな」なんて呟きながら、私はPCの電源を落とすのであった。ふう。

(5)
 昨夜の雨がつくった水溜り。そこに青い空と白い雲が映っている。蝉の声。夏だなあ。
 朝食を済ませると私は庭(庭? どこまでが庭?)に出て、両手を後ろにまわして腰に組み、プラプラとあたりを歩き回った。白いTシャツに短パン、ゴムサンダル、肩にはタオル、そして麦藁帽。濃密な緑の向こうに青い空、モクモクと積乱雲、それに、向日葵。茎が私の親指くらいもある、立派な向日葵。指でファインダーをこしらえて、そこから世界を覗いてみる。
「お、お、いいないいな」指式ファインダーが切り取った風景は、青、白、緑と黄色。これはいい、鮮やかだ。あとで車を走らせて画材屋さんに行こう。この夏の色を描いてみよう。「いいこと考えついちゃった?」話し相手に人間を持たない私は、白い雲に向かってそう呼びかける。そのままズンズン行進する。家の前にはフキが自生している。なんとなくフキをとる。とっているうちに面白くなって、そのままドンドンとり続ける。汗がふき出す。ふう。
 午後から軽くひと仕事。息抜きに洗濯物を取り込んだら、もう仕事場には戻りたくなくなってしまった。風通しのよい居間で、扇風機をかけて涼んでいたら眠くなった。蝉の声。そうだ、トウモロコシがあったっけ。あれを茹でておやつに食べよう、甘いといいな、なんて考えながら、ノートPCを開き、ほとんど無意識に電源を入れる。

(6)
 キモ! うぜーから死ねよ、バーカバーカ! 2008/7/27

 やだ、またこんなの来てる。[INNER DIVERS ON LINE]の掲示板に嵐の予感。

 旦那ぁ出番ですよー! こんなときは有田正巳に任せるのだ。有田が書いた返信を、私は読まない。だって下品なんだもん。ネット禁止用語ってないのかなぁ。ふう。

 もうひとつ、来てる。

 突然失礼いたします。私は小学館で編集の仕事をしている者です。このサイト、実は前から気になっていました。『インナーダイバーズ』を今、読み終わったところです。コレ、なかなかですね。深く考えさせられました。それに割とポップだし。作者さんにも興味を持ちました。いきなりで、なんなんですけど、どうでしょう、一度お会いしてお話をうかがうことはできませんか? こちらからご指定の場所に出向きます。てなわけで、よろしければ、作者様のご連絡先と簡単なプロフィールをお知らせください。取り急ぎ、↓に書いていただければと思います。因みに私は、セカチュウも担当したのだけれど、この作品には少し似た匂いを感じています。突然のお話で恐縮ですが、よろしくご検討ください。2008/7/27

 「えー? これってどうよ? ニセモノでしょ?」なんて私は首を傾げる。ふーむ、なんて思っていると、ダンダンと勝手口を叩く音。
「はい、お待ちくださーい!」と言いながら立ち上がる。誰だろう? 久しぶりに人間と会話できる。嬉しい。私の声が弾んでいる。
 サンダルをつっかけて、勝手口の扉を開くと、そこにはお隣(50メートル向こう)に住む、青山さんちのおばちゃんが立っていた。
「あっついねー」とおばちゃんは顔をくしゃくしゃにして笑う。
「本当に暑いですねえ」と応える。
「いえねー、うちの実家はほら、北海道なんだけどねー」茨城独特のゆっくりとした口調でおばちゃんは話す。「でさー、なんかこんな、ほら、ホタテとかさー、たくさん送ってきちゃってねー。でも、うち、明日からヒロシんとこ出かけちゃうしさー、だから、どう? 少しもらってくんない?」おばちゃんはそう言いながら、抱えた発泡スチロールを、私に向かって突き出した。
 見ると、おっきなホタテだ、魚も。
 嬉しくなった。そうだ、明日チロタンが来るから、これ冷凍しといて、お酒と一緒に出してあげよう。うん、ナイスタイミング。
 ジャスコで買える野菜は新鮮だけど、魚はまあそれほどでもなくって、だから、こういう差し入れは助かる。俄然気持ちが明るくなってきた。
「あ、青山さん、ちょっと待って」と言い置いて私は台所にひっこみ、午前中に煮出しておいたフキを持って、勝手口に戻る。「これ、なんか今朝、フキとりまくっちゃって。煮物がたくさんできちゃったんですけど、よかったら晩のおかずの飾りにでも・・・・・・」
 フキなんてそこらじゅうに生えてるんだから、青山さんにとってももちろん珍しくもなんともないんだけど、そこはそこ。笠間での生活はギブ&テイク。郵便局に行ったって、牛乳をくれたり、お煎餅2枚をくれたり、ときにはチョコボールを2粒くれたり。気持ちですよ、要は助け合う気持ち。
「ああ、ありがとねー。おいしそうだー」そんなふうにおばちゃんは、気持ちを気持ちよく、にこやかに受け取ってくださった。
 笠間ではこのように、人と人とが助け合って生きています。そういうところを、私は気に入っているのです。問題はこのご近所にあんまり人がいないってことですが・・・・・・。それは笠間のせいじゃない。焼き物屋の宿命ってやつだ、うんそうだ、なんてことを考えながら、風呂を沸かすのであった。夕暮れが近づく気配の中に、雨の匂いが混ざっている。ひと雨くるな、なんて思っていたら、蝉の声がボリュームを落とし、案の定いきなり降ってきた。夕立ちだ。少しは涼しくなりそうだ。雷なんかが鳴ってもいいな、そのほうが風情があるよ。
 耳を澄ませながら、夕飯の支度をはじめる。
 食後もろこし茶を手に縁側に腰掛けて、夜空を流れゆく雲とその合間で閃く遠くの雷を、しばし眺めた。

(7)
 juneさん
 こんばんは、広末晴樹です。
 素敵なご感想を有難うございました。ご指摘いただいた点について、少し語ってみたいと思います。
 まず思い浮かべてみてください、氷山です。
 どうですか? 氷山。熱帯夜に想像するものとして、そう悪くはないでしょう? うまく想像できましたか? あ、ペンギンまでは想像しなくても、はい大丈夫です。
 ともあれ氷山。
 ここは南極です、氷山が浮かんでいます、あっちにも、こっちにも、たくさん浮かんでいますね。陽光に照らされてキラキラと、宝物みたいに綺麗ですね。
 それではそれでは、少し潜ってみませんか、ザブン!
 どうですか? そう、水面下の氷山、大きいですね。少しは涼しくなりましたか? え? 寒いですか? じゃ想像上のウェットスーツを着込んで、続きを読んでくださいね。
 カイセツしちゃうとですね、海面より突き出た部分、それがすなわち<日常的な僕ら>です。僕らはいろんな形をしています。あっちやこっちに分散して存在しています。ごくごく日常的に感じられる僕らは、そのように存在しています。
 タラタラ書いてしまってすみません、眠くなっちゃいますよね、続きは眠りながら読んでください。
 水面下に潜る、ということは、いってしまえば、眠る、ことです。あるいは、眠りに近い状態。
 juneさんからの感想にありましたね、意識をもつものは、男も女も、猫もネズミもカナブンもみな孤立していて、それぞれが自分の現実(だと認識する世界)を生きている、ってアレ、アレは海面に浮かぶ氷山についていえば、まさしくそのとおりなのでしょう。ちょっと寂しいですね。
 キーワードは[意識]です。[意識]があるから、人は寂しいのですね、自分が自分であるから孤独なのだと思います、形があるから有限だともいえます。
 もし、ひとつになりたかったら、もし、神様に会いたかったら、潜ることです。
 意識の下に潜ってゆきましょう。
眠ってしまいましたか? いや失礼、まだ起きていますか? そのカンジ! それをキープすることが潜水のコツです、意識を保ちながら意識下に潜るのです。
 さて水深5メートルの氷山の印象は、そう「こんなに大きかったんだ!」って、それですよね。
 もう少し潜ってみましょうか?
 何が見えましたか?
ここは僕らの無意識です。見上げると、水面を通して日常の光が見えるでしょう?
綺麗ですね、でもあの光は、もう向こう側の世界のもの。
 青い闇へと、ゆっくり潜ってゆきましょう。
 かなり潜ると、ほらね、僕らは繋がっている。昼間の光の中では意識できなくても、僕らはちゃんと、深いところで繋がっているんです。僕はキミだし、キミは僕です。
 どうです? 気持ちがいいですか? 僕らはひとつですよ。重なってるんじゃなくて、融合している。
 このくらいにしておきましょうか、酸素の残りが気になりますね。 
戻るときは、そう、ゆっくり浮上してください。朝がくれば、また明るい日常に戻れます。
 神様に会いたかったら、次回はもう少し深く潜ってみることです。青から闇へ。深く深く潜るとわかります。分からなくて、解るのです。そこではもう、時間も流れていません。過去の僕も今の僕も、未来の僕も、繋がって、ひとつです。
 それでは、よい夢を。
うまくいけば、夢がダイブを助けてくれるでしょう。
 ではまた、一緒に潜れる夜を、心待ちにしています。
 広末晴樹でした。2008/7/29
 
 窓の外に目を遣ると、月齢26くらいの三日月が、薄く冷たく笑ってる。これから日一日と月は欠けてゆく。闇の夜が近づいているのだ。ふう。
「会いたいな」と私は呟く。

(8)
 新しい朝が来た。希望の朝かどうかは自信がないけど、新しい朝だ。妖艶なラジオ体操でもしてみるか・・・・・・。って、アレ? 「妖艶」ってなにかな? ま、いいか。なんて寝ぼけながら、無意識は意識にその座をあけわたした。
 窓を大きく開け放つ。緑の香り。マイナスイオンな空気。水溜りがさらにいっそう増えている。丹頂鶴でも舞い降りてきそう。
 朝食の後、歯を磨きながら思い出した。そうだ、昨日の出版化の件。
 104をダイヤルして、株式会社小学館の代表電話番号を教えてもらった。時計を見ると9時半。編集者に電話するには早すぎるかな、とも思ったが、まあいいさ構うものか。
 ええと東京03の・・・・・・、と小学館の代表に電話を掛ける。
「はい小学館です」とお姉さんの綺麗な声。
「あ、あのですね、ええと読者の者なんですけど・・・・・・」
「はい」
 アキさんなら、なんて言うだろう? こんなときにはアキさんだ。「実はですね、御社より刊行されている大ベストセラー作品、あの『セカチュウ』に関してなんですけど・・・・・・」
「はい」
「法に抵触しかねない、ちょっとした確認事項があってですね・・・・・・」
「は、はい」
「この電話を、担当者に繋いでいただけませんか?」
「え、あ、はい、少々お待ちくださいませ・・・・・・」
 やったね、アキさんはさすが情報誌の編集者、蛇の道はなんとかってやつだね。なんて、賢きダイバーに私は感謝する。
「お待たせいたしました。文芸の担当者にお繋ぎいたします。どうぞ」
 よしよし。
「もしもし、私が担当ですが」と思ったよりも若そうな男の声。
「はじめてお電話させていただきます、ワタクシ、高鳥アキと申します」
「はい、どうも。ええと、なんですか、『セカチュウ』に関して、法に抵触するような確認事項があるだとか」
「あのですね」
「類似タイトルの件ですか? それでしたら・・・・・・」
 タイトル?
「いえいえ、タイトルがどうだとかそういうことではなくてですね、『インナーダイバーズ』って、お読みになりましたか?」
「は? なんですって?」
「インナーダイバーズ」
「あ、いえ、すみません勉強不足で、読んでませんが、それがなにか?」
「あ、ご存知ない、でしたら結構です。御社とはなんの関係もないシロサギが一羽、うちのサイトに舞い込んできたみたいで」と私は笑う。
 事の顛末を話すと、電話の向こうで担当氏も楽しそうに笑った。「そうでしたか、それはそれは失礼いたしました。『セカチュウ』ってのは、なにせ日本で一番売れた文芸作品ですからね、その名も悪用されやすいんですよ、きっと」
「こちらこそ朝のお忙しいお時間にとんだ失礼をいたしました。それでは・・・・・・」と私が電話を切ろうとすると、担当氏は意外なことを言った。
「待ってください、これもなにかの縁ですからね。『インナーダイバーズ』でしたっけ? その作品を是非読んでみたいな。なんていうサイトに載ってるんですか?」
 なんと! 
と私は思う。そして少し考えてから応える。「有難うございます。でもなんかそれじゃあ、まるで出版社に自分の原稿を売り込む、新手のクロサギみたいじゃないですか」
「あ、いや、ほら、ウソから出たマコトってこともあるじゃないですか。本当に出版化できたりしたら、それはそれで素敵なことじゃないですか?」
 なんとなく気が進まない。「本当に有難うございます。でも天下の大ベストセラー作品の担当さんに読んでいただくなんて、あまりにおこがましくて」
「そうですか」
「お忙しいところご面倒をお掛けいたしました。有難うございました」そう言って受話器を置く。ふう。

(9)
 ぐしゃぐしゃぐしゃ。
 エンジン音に続いて、なんともよろしくない、カッコ悪い音を発しながら、チロタンの車が到着した。
「やあどうも、久しぶり」と車を降りてチロタン。「でもこの車庫なんとかなんないの? 水溜りのないとこからも、水が染み出てるし」開口一番、男は不平を漏らした。
 でもまあ仕方ない。このあたりは特別に地盤がゆるいのだ。
「駐車場じゃあないですもん。湿原ですから、そこは」笑ってそう言いながら、彼を迎える。
 でも可愛そうに、車のタイヤも彼のスニーカーもドロドロだ。
「ま、それはそれとして」と彼は言いながら靴を脱ぐ。「あ、これ、途中で買ってきた日本酒。好きでしょコレ、久保田の翠寿、それと紅寿も」
 私は日本酒が好き。翠寿と紅寿、あと浦霞の禅、最近では飛露喜なんかも特に好き。「わー有難う。私も日本酒用意してたのよ、地元の酒蔵から。ほら、東海。でもこれは甘いの。私の考えが甘かった。やっぱり辛口のお酒と夏野菜、ですよね」
「今夜は大宴会だねえ」と言いながら彼はテーブルに座る。「それにしても相変わらず白いねー、この部屋は」あたりをチロチロ見回しながら、紫陽花の青年はそう呟く。
「壁、ペンキで白く塗ったから。家具も白く塗ったし、お風呂場のすのこも白く塗った」
「ペンキで?」
「そう、ペンキで」
「自分で?」
「そう、自分で。そうそう、あのチェストも、そのサイドボードも私が作ったのよ」
「つくづくハンドメイドな人だなあ」
 サイドボードといっても、白く塗ったブロックに、荒く分厚い天然木をそのまま渡したシンプルなものだ。その上にCDや写真集、鉢植えなんかを置いている。
「魔法の手の持ち主なんだ」と彼。「なんでも作っちゃう」
「頭を使うより手を使うほうが好き」
「テクニシャンなんだ」
「あなたは手を動かすより、口を動かすほうが得意みたい」
「バレてます? 口から生まれたチロタロウってのは僕のことです」
「陶芸っていうのはね」と、テーブルの上にあった小鉢を手にとり私は言う。「形を作ることなの。土や火や、水や風で、形を作ることなの」
「キミが作るんだ」
「いいえ、違うの、私が作るんじゃなくて、私の手が作るのよ」
「同じことだろ?」
「違うことなの」
 彼は複雑な顔をする。そしてすぐに紫陽花の顔に戻り言う。「キミの手には、なんというか、表情があるね、今見てても、実によく動く」
 うにょうにょ、と私は指をくねらせてみせる。
「キミの手って、まるで」と彼。
「白魚のようだ、ですか?」と私。
「イソギンチャクのようだ」
 isogintyaku? 
なんだか指の形容ではないような。妖艶なカンジでは、まあ、あるかな。
「その指で、願わくば」と彼。
「なに?」
「アタマをシャンプーしてもらえたら、キモチいいだろうなあって」
 はっは、と私は笑ってしまう。水槽のはしっこで、目だけを動かしてこちらをうかがう魚のチロタン。彼のこの表情は、まさにチロタンそのものだ。
 
(10)
 太陽は西に傾き、蜩の鳴く声が、チチチチチチと響く。夏の日の、この時間を私はとくに好きだ。なんだかほっとする。新しい夜がやってくる。風が、私と彼との間を、優しくすり抜けていった。
 夜。リビングは間接照明と、小さな白い5つのテーブルキャンドルとで、優しく静かに照らされている。部屋の隅でレモングラスのお香を焚いた。
 枝豆をつまみにビール、から始まって、ジャコとミョウガの冷奴あたりですでに東海の封を切り、茄子と小松菜の煮びたしあたりから紅寿が加わり、ホタテの刺身にいたって翠寿も投入。彼も強いが、私は滅法強い。酔わない。「酒のまなくても、普段から酔ってるせいだろ」なんて人に言われる。一理ある。アルコール程度の力で潜れるのは、せいぜい水深3メートルの浅瀬までだ。私と彼は浅瀬をともにシュノーケリングする。彼の中の一部が私に溶けて、私の中の一部が彼の前に漂う。でも、そこまでだ。
「チロタンが笠間に来たのって、これで何回目だっけ?」と私は訊く。
「実に3回目。常磐自動車道を、時速140キロメートルの矢になって、今、2往復半したところ」と彼は答える。「そろそろ、かな?」
「そろそろ?」
「天の岩戸が開くのは」そう言って彼は私の寝室を指差す。「今夜も鍵をかけますか?」
 来るたび呑んで、来るたびお泊りのチロタン。私は私の寝室に鍵をかけ、チロタンには、4畳半の和室をチロ小屋だよ、とか言って与えてきた。
「あっちの寝室には入っちゃいけないのよ」
「誰か機でも織ってんの?」
「あっちの寝室にはエッチなことする人しか入れないのです」
「あ、僕、及ばずながら全力で尽くします」
「チロタンは違うでしょ? チロタンは女の子なんだから・・・・・・」
「いえ、男の子です」
「メスだったよ、チロタン」
「それは魚のチロタンで、僕は人間のチロタンです」
「どっちでもいっしょでしょ」
「いっしょじゃないよ。これだけ通ったのにまだトビラを開けてくれないだなんて、ここは笠間のキャバクラかっての!」
 私は笑ってしまう。紫陽花が狼の皮をかぶってる。
「私たちは仲のよいガールフレンド同士でいましょうよ」
「なぜ女の子扱いをする?」と彼は軽く膨れてみせる。わあ、可憐じゃないの。
「あなたが紫陽花の精だからよ。あなたは美しい人なの」
「よくわかんないけどさ、でもまあとにかくキミのほうがずっと綺麗だよ。ナチュラルに美しい。今なんか、その白いヒラヒラの服、まるでテルテルボーズみたいだし、化粧もなしですっぴんで、なのに胸がきゅんきゅんするほど、僕は感じちゃう。なんだっけ、コンサートとかで裸足で唄ってるアーチストがいるじゃん、彼女に少し似てるね」
「誰かしら? 私ね、いろんな芸能人に似てるって言われるの。たぶん、ルックスに特徴がないからだと思うわ。にしても何よ、ひらひらのテルテルボーズって。すっぴんで失礼しましたね」と言って鼻にシワをよせてみせる。
「いや、いいんだ。ありのまま美しいのが、一番いいんだ」
 ありのまま。
「ありのまま?」思考が口をついて出る。
「そう、服なんて結局、脱いじゃうんだからさ、化粧だってお風呂あがりは、もうしないでしょ、裸のキミが美しければ、僕はそれで満足なのさ」
 どうも言ってる次元が異なるようだ。
「もし、あなたにとって私が美しく見えるなら、それはあなたが美しいってことなんだと思うわ。私、側にいる人の鏡になっちゃうみたいだから」
「僕、美しい?」と彼。
「あなたは可憐だわ。六月の紫陽花をね、あなたが映した、ってことなのかもしれないけれど」
「よくわかりません」
「人はね、他の人や、ものごとや、そんな環境に染まって形を変えるものなの。あなたは六月の雨と紫陽花に染まって可憐な人になったのよ」
「そうなの?」
「そう。私にはあなたが紫陽花に見えるもの。あなたが私を美しいと感じるのは、あなたの紫陽花を、私が映しているだけなのよ」
「ええと、ってか、待って。男の子としてはですね、あんまり、可憐とかそーゆー形容詞はですね・・・・・・」
「いいじゃない、男でも女でも。そんなの、忘れちゃいなさいよ」
「えー、やだよそんなの。女どうしじゃあっちのお部屋にいけないじゃん」
「そうかしら? 女の子だったら、私、少し考えてもいいかな」
「ガーン! ひょっとして・・・・・・」
「ではなくて。でも、それもありかな、抱き合うなら女の子とのほうがまだ・・・・・・」
「ひゃーん、マジすか? 男ダメなの?」
「てゆーか、セックスがダメなのかも」
「なんですとー!? ここは笠間の尼寺だったのか!」
「てゆーか、生殖がダメなのかな?」
「生殖?」
「赤ちゃんができちゃうじゃない? セックスって」
「まーかせて。ちゃんとするから」
「そうではなくて。赤ちゃんの誕生に繋がるような行為がね、うん、怖くてできないの」
「だからさあ」
「あなたはわかってないのよ」私は他人の声のように、自分の声を聞く。「どんなに抱き合ったって、どんなに絡まったって、決してひとつにはなれないってことの、その哀しさを」
 私が寝た男。実はこれまでにたった一人だけの男。18歳から20歳までの2年間、彼は私とともにいた。彼も私も内気なほうで、はじめてキスをしたのは、付き合ってから半年経った夏だった。一度体が触れ合ってしまうとそれからは、火がついたように抱き合った。彼は私に浸透し、私は彼に浸透した。深いところで混じりあい、トロトロに溶けて、見分けがつかないまでに融合した。形なんていらない、と私は思った。二人で一つの形を作るために、私はすすんで溶解した。違う景色が見えた気がした。生まれてきた意味さえわかった、と思った。私は彼で彼は私で、二人は二人の世界の中で一つだった。なのになのに。どんなに近くにいても、どんなに抱き合ってみても、決して私は彼にはなれないし、彼もまた私にはなれない、そのことに気がついた。夏の終わり。永遠に生まれてくることのない私たちの赤ちゃん。もしももしも生まれていたら、今はもう小学校にあがっていて・・・・・・。彼は、私とは違う世界を生きていた。私も私の世界を、私独りで生きていたんだ。彼は今、フィンランドにいる。年に2度ほど絵葉書が来る。私はもう、彼を私と思い違えることもない。
「ねえ、泣いてるの?」と訊ねるチロタンの声は掠れている。私が自分の思いに沈んでいる様子を彼は誤解したのだろう。
「ごめんね」と私は謝る。「私はもう、ひとりに戻る苦しさを味わいたくないの。だから私はひとりで生きるの。そのために笠間に来たんだ」
 4年前に母を亡くして、私は単身ここに来た。母は事故死で、補償金が出た。定年を待たずに亡くなった父の、遺族年金にこれを足すと、それは結構まとまったお金になった。これならなんとかひとりでやっていけるかもしれない、と私は思った。切り詰めた生活をすれば、細々ながらも十分生きてゆけるはずだ。私は誰の鏡でもない本当の私になりたかった。
「わかったよ。僕らは仲のいいガールフレンド同士でいよう」と彼。
「有難う」と私。
「さて、では次のニュースです」と彼。「僕が編集してる雑誌で今度、陶芸の特集をやるんだけどね・・・・・・」
「あれ? あなたも編集者だったっけ?」
「他に誰かいるの?」
「あ、いや。で?」
「うん、『サライ』のニセモノみたいな雑誌を作ってるんですよ、僕は。で、そこで陶芸を特集するんで、この家と窯とキミの写真を撮らせてくれないか? ってそういう話」
 この家を? この私を?
「宣伝になると思うよ。作家としての箔も少しはつくしさ。キミの顔はフォトジェニックだから、作家の顔として十分売り物になるよ」と彼。
 うーん、と私は考える。チロタンのためなら協力してあげたい気もするのだけれど・・・・・・。
「明日考えるわ」と私。「今日はもう寝ましょう。はい、チロタンはチロ小屋にどうぞ。ふかふかのお布団、きっとお日様のいい匂いがしますからね」
「ウソツキ。ジメジメ湿った雨の匂いがするに決まってる」
「あら?」
「でも、よいのです。それもキミの一部だから、僕にとってはいい匂い」
「私がカビ女であると?」
「いえいえ、そのような意味では、めっそうも」なんてじゃれあいながら、シュノーケリングを終えた私たちは、お手々つないでビーチに戻ったのち、それぞれのコテージにお隠れになるのでありました。

(12)
 寝室にこもって。さて、ここからが本当の潜水だ。今夜は会えるだろうか?

 皆さん、こんばんは、高鳥アキです。
 私が管理している[広末語録]のコーナーに新たな書き込みがあったので、一部をこちらでご紹介いたします。
[広末語録2008/7/29更新版より抜粋]
・太陽の独自性と月の変幻性。魂の配置。
・「ひとつになるためになすべきこと」は「自分を消すこと」ではなく、「無意識的につながっていることを互いに意識化すること」である。
・「自分の殻を破れ!」って[全日本体育会系語録]に載っていたけど、自分の殻を破るだなんて絶対にイヤだな。
・月はホントを炙り出す。服着て潜ると危ないよってこと。
・確固とした意識、不確実な感情。不確実な意識、確固とした感情。
・知る必要はない。とうに知っていたのだということに、気がつくだけで、それでよい。
・ホントウのことは語ったとたんにウソになる。だから、饒舌なる沈黙家その人自体が、ホントウの表現である。
 よかったら[広末語録]のコーナーにも遊びにきてくださいね(いっしょに月でもかじりますにゃ)。ではまた! 情報待ってます! 高鳥アキでした。

 Hello,Hello,Mr.Rosy 
 POPな書き込みを有難うございました。広末晴樹です。最近僕もよく書き込んでいます。
 そうですか。そんなにひどい雨だったのですね(憂鬱なるスパイダー♪ってやつですね)。地球は温暖化してるらしいし、世界が水に呑みこまれてしまわないか、ちょっと心配です。モルジブはすでに半分呑まれています。うーむ。
 先日、juneさんがここに書きこんでくださったアレ。「ネットの中には神がいる」ってあの話。アレに、Rosyさんがいたく興味をお持ちのようで。で、それに関連して、今夜はここで、あるサイトをご紹介しちゃいます。「作家でごはん!!」というサイトです。顕在的な小説家になるための、潜在的な小説家によるコミュニティ、なんですけど、おすすめですよ。サイトのロゴマークとかもなかなかおしゃれなんです。誰がどのような目的で運営しているサイトなのか、僕はよく知らないのだけれど、善良なサイトのようです。そのサイトの中にですね、「鍛錬道場」という、ちょっとなかなかな名前のコーナーがあるのです。作家志望の方々が各々の作品をそこに掲載しつつ、かつ各々の作品に対して互いにそこで感想を述べ合う、みたいなルールでまわっている、そこは、そんなところです。
 去る25日、このサイトを偶然発見した僕は、昼から夜に切り替わる時刻、薄暮な風にまぎれてこっそりと、そこへの上陸を果たしたのです。サイトの片隅にテントをはり、おずおずとダイバーズの旗を掲げてみました。すると、どうでしょう。一夜のうちに、なんと何通かの感想が届いているではありませんか! むむむ、と唸りました。そうか、それならば感想返しだ。僕は白ヤギさんでも黒ヤギさんでもないので、食べる前に内容をよく読んで、咀嚼して、おまけに反芻して、しかるがのちに、お返事を書きました。すると、なんとしたことでしょう。その感想についてまた別の感想がついたりするのです。これには黒ヤギさんもビックリです。僕は嬉しくなって、少し自信もつき、サイトのあちこちを経めぐりました。踏査した、といっても過言ではありません。他の方のテントを訪ねて、夜中にこっそりと、不細工なじゃがいもを置いてきたり、また、ときには他の方のテントにそっとしのびこみ、留守中誰かが置いていったじゃがいもを、テントの主より先にムシャムシャとむさぼり食ってしまったり。そんなふうにして、そこで数日を過ごしたのです。
 まもなく、そのサイトに住む人々の顔がわかってきました。陸上にて映る顔ですから、ミストサウナの影のように曖昧で、正確なところはわかりません。でも、住所・氏名・年齢・性別・職業・学校名なんてそんな迷彩のない、海抜ゼロメートルのサイト内でのこと、陸上にしてはハッキリと、各人の顔を見分けることができたのです。誰かの夢に出てくる世界と、いってしまえば相似的に、そのサイトの中にはいろいろな方がいらっしゃいました。新参者に手を差し伸べてくださる親切な方、警戒して遠くから双眼鏡で偵察を試みる方、サイトの歩き方を指南してくださる方、まったくもって無関心を貫く方。
 一方で、文章にも文章の顔があります。形がないぶん、表情はよりはっきりと、個性化されて認識されるのです。太陽に照らされながらつくウソも、月の光に晒されてホントになります。表現されたものは、ウソをつけずに、表現者の意図とはまた別に、ホントウのことを炙り出すわけです。すなわち、表現とはダイブの一形態なのだと思います。
 ひとり歩きをはじめる表現たち。サイトのあちらこちらで、表現たちの、様々な角度が作られてゆきます。対立、緊張、自覚、調停、調和。サイトのうちの誰かが僕の思いもしなかった表現をすると、そのうちいつのまにかその表現を僕は[思い出します]。僕がサイトの誰もが思いもしなかった表現をすると、そのうちいつのまにかその表現をみんなが[思い出します]。表現たちは互いに互いの角度を保ちつつ、同時にその角度を統合して、集合的に新しい表現を生み出してゆきます。
 言葉は形を持ちません。表現は誰のものでもありません。境目なんてないのです。表現を作品という名の箱に入れ、商品という名で綺麗にラッピングしたとき、はじめて表現は誰かの所有物としてビーチにうちあげられるのです。この自分とあの自分を隔てる壁と同じような壁が、そこにいたってはじめて築かれるわけです。表情を持つ個性化された表現たち。個性化されているにもかかわらず、それは陸上のなにものにも属してはいない。陸上世界とは無関係に自律している。
 サイトの中で交わされる言葉は、心の中で交わされる言葉に似ています。まるで、モノローグ。誰かのモノローグ。
 伝わっていますか? 僕が感じたのは以上のようなことです。
 文章を書いているとき、こんなふうに思ったことはありませんか? 今、この文章を書いているのは誰だろう? って。
 それでは、Rosyさんの夢がよい夢でありますように。
 おやすみなさい。広末晴樹でした。2008/7/30

 空には月齢28の瞳がその形を細めている。
 明日は新月なのだ、と心のうちで呟いて、私はひとり、目を閉じる。

(13)
「で、昨日の話考えてくれた?」と玄関で、靴をはきながらチロが言う。
「うーん、ごめんなさい、今回は見逃して」
「どうして? 名前を売るチャンスだぜ」
「白日のもとに晒される勇気はないの」
「なんだって?」
「お肌のカーブがせまってブレーキを踏んでるとこなのよ」
「デジタルだから消せるよ」
「そういう意味ではなくて」
 私の言葉は水中の言葉なのだそうだ。「もっと普通の言葉で話して」とか人によく言われる。
「そうか、了解。野に咲く花は摘まずに眺めることといたします」とか彼。「じゃ、またね」と言いながら少し歩いて立ち止まり、クルリと振り向きまた言う。「ねえ、もうすぐ盆休みじゃん。なんか予定は入ってるの?」
 彼は今、逆光の位置にいる。
「海外にいるわ」と、太陽に向かって私。
「海外?」
「そう、アメリカ」
「ホント?」
「ホントにホント」
「そうなんだ」
「うん」
「OK、じゃ、またいつか」と彼。「この空の下で」
「待ってます」と私。
 ハッチバックのプリッとしたお尻を見送って、私は踵をかえす。
(ひろーい、こうやにー、ぽつーんと、いるよでー)なんて唄ってる心の呟きを聞きながら、玄関をくぐろうとしたそのとき、アルミをハンダづけして作った郵便受け(といっても、時代遅れのロボットの胴体みたいに寸胴なシロモノだけど)の裏側に、封書を1枚発見した。
 「あらまあ」とか思いながら封書を救出し、「危なかったわねえ、このまま発見されなかったら、あなたは笠間の藻屑となって消え去る運命だったのよ」なんていうふうに、雨に濡れて少しグッタリしているその子を撫でてやった。
 リビングに戻って、ペーパーナイフで開封したその中から出てきた文面は、なんとも凄まじいものであった。
 こんな文章。

 延滞金の計算
 延滞金については、納期限の翌日から納付の日までの期間の日数に応じ、税額(1,000円未満の端数は切り捨て、全額が2,000円未満の場合は全額を切り捨てる。)に年14.6%(当該納期限の翌日から1月を経過する日までの期間については、年7.3%(当該期間のうち平成12年1月1日以降の期間については、各年の前年の11月30日を経過する時における日本銀行法第15条第1項第1号の規定により定められる商業手形の基準割引率に年4%を加算した割合が年7.3%に満たない場合は、その年中においては当該商業手形の基準割引率に年4%を加算した割合))の割合(この場合における年当たりの割合は、閏(じゅん)年の日を含む期間についても、365日当たりの割合とする。)を乗じて計算した金額となります。

 自分の読解力を疑いながらもう2回ほど読み直してみた。わからない。深呼吸ののち、精神を集中してもう一度ゆっくり読み直すと、おぼろげながらも、なんとかやっと理解ができた。
 自動車税を請求する手紙がかつて、おそらくは笠間の藻屑と化して消えたのであろう。今回救出してやったコイツは、その後継ぎで、あろうことか恩人である私に向かって、「自動車税さっさと払えよ、延滞してんぞ、延滞金つけて払えよな」などと催促しているのである。しかもその延滞金とやらを、「この文章に詳しく計算方法を書いてやっから、自分で計算して払えよな」って、そういうこと。
 しかし、なんという文章。世の中にはこんな文章も存在するのだ。ものすごーくわかりにくい文章のその終わりのほう、なぜか閏(うるう)年のとこに(じゅん)って、きっぱり(より、わかりにくく)ルビをふっているあたり、これは、タダゴトではない。お役所さま、おそるべし! っていっても、笠間の役所が悪いんじゃないんだよ、私が車庫証明をとった前の住所の担当役場が、ええ、なんというか、おそるべし(笠間は悪くないのだ)。
 吐き気をこらえながら、私は数学に取り組んだ。

 私の納付期限は6月2日とある。ということは、
・6/3から7/2までの期間=30日÷365日×7.3%に、私の車の税額Aを掛けた金額Bと、
・7/3から本日までの期間の日数÷365日×14.6%に、私の車の税額Aを掛けた金額Cを、
合算した金額が延滞金となる。
 小数点以下6桁まで算出された金額を、小数点以下で四捨五入してでてきた延滞金の金額は、わずか数百円だった・・・・・・。

 これが現実というものだ。日の光の中を、正しく明るく進んでゆくということは、自動車税の延滞金を、このような文章を参考にして算出しなければならない、ということなのだ。ふう。

(14)
 [2008/8/9?15 アリゾナツアー 持ち物リスト]
・サイフ=現金(5万円、内2万円をドルで)・NEXチケット・パスポート
・機内持ち込みのカメラバッグ:日程表・メモ帳とペン・CM?7・コシナレンズ・レリーズ・800、400、100のフィルム・ミニライト・バンドエイド・風邪薬・生理用品・化粧ポーチ・ケータイ
・機内預けのスーツケース:寝袋・三脚・レジャーマット・折りたたみチェア・下着ほか着替え・目覚まし・サングラス・歯ブラシ・梅干

 メモ帳に以上を書き込んで、ホッと息をつく。出発までには日があるけれど、買い足さなきゃならないものもあるし、早めに一覧表を作っておくにこしたことはない。
 旅行会社主催のツアーなので、航空券は出発日当日に空港で受け取る。一人参加だし、まあ気楽な旅だ。
 アリゾナ州のモニュメントバレーに、流星群を見にいくのだ。夜空に向けたレンズで、地球の自転にともなって回転する星々の動きと、そこに交錯するイレギュラーな流星とを、同時にフィルムに焼き付けたい、とそう思った。同心円を切り裂く直線、そのような光の軌跡。光の前景となる風景として、モニュメントバレー。これはいい。すごくいい。と思ったので、雑誌記事でツアーの紹介を目にしてすぐに参加を決めた。
 お盆休みに帰省する実家もないし、ともに出かける彼氏もいない。エサを気にするペットだっていない。お墓参りは帰国後でいいや。モニュメントバレーを抱く空の下、寝袋にくるまって一晩中星を見るのだ。私っぽい。浮世離れしている。
 陶芸仲間にアリゾナ行きを話したら、バカみたいだって言われた。勤め人でもないくせに、わざわざ混み合うお盆の時期に、高額な料金を払って出かけるだなんて、焼き物屋の風上にもおけない、とも言われた。わかってないよなあ。この日程じゃなきゃだめなのだ。空には空の予定がある。この流星群は毎年お盆の時期にのみやってくるのだ。正確にやってくるのだ。神様がそう決めたのだ。星の時計を知らないなんて、そのほうが焼き物屋の風上にもおけないわよ。
 そうか、と突然気がついた。チロタンにウソを教えてしまった。器を作るのは私の手であって私ではないと、そんなふうにチロタンに言ってしまったけれど、それもどうやら間違いだ。器を作るのは私ではない。私の手でもない。器を作るのは、笠間の火であり土であり風であり水なのだ。火や土には、火や土の予定がある。だから私は、火や土の予定に自分を合わせなくていけないのだ。そのことを私は知っている。ってことはだから、火や土や風や水が<私の手を使って>器を作るのだ。うん、そうであったか。
 そしてまた連想的に思い出した、大学生だったころのことを。ある朝私は、学生掲示板に自作の童話を貼り付けたのだった。なぜそんなことをしたのか覚えていない。でも確かにあの童話は私が書いて、私が貼り付けた、ような気がする。タイトルはなんだっけ? たしか『ほほほい!?まっくろひつじのものがたり』とかそんなやつだった。登場するひつじの内で、まっしろひつじのなかよしグループの合言葉が「ほほほい!」だったのだ。ひとりぼっちのまっくろひつじは、まっしろひつじたちに混じって、一緒に「ほい!」ってやるんだけど、なぜだかうまくいかなくて、しっぽが「ぷい!」とかなっちゃう。まっしろひつじは善意の群れなんだけど、とにかく、まっくろひつじはそこにとけ込めない。仕方がないので丘にのぼって、月や星と語らうのであった。まっしろひつじが輪になって、「朝日に感謝だ、ほほほいほい!」とかやってるのと対照的に、まっくろひつじはお月様をにらんで、「ぷいぷいぷい!」みたいにして過ごしていた。でもそのうち秋が来て、牧場に食べ物が少なくなると、まっくろひつじは「ぷい!」とかしながらも、それでもみんなを救うのだ。まっしろひつじの群れがぞろぞろと、まっくろひつじの後をついてくと、そこには木の実があったりする。丘の上からは森が見えたのだった。群れは飢えをしのぐことができた。みんなが感謝した。それでもまっくろひつじは、一緒に「ほい!」ってやれなくて、やっぱりひとりで丘に戻るのだ。冬が来て木の実もなくなって群れがまたお腹をすかせていると、丘の上から降りてきたまっくろひつじは、今度は民家にみんなを案内する。丘の上からは民家からたちのぼる煙が見えたのだった。群れは民家でおにぎりをもらってお腹をふくらませることができた。まっしろひつじは「ほほほい!」と感謝の踊りを踊る。でもまっくろひつじは踊れない。どうしてだか一緒に踊れないのだ。まっくろひつじはまたひとりで丘に戻る。やがて本格的に寒くなって、枯れ葉がふるえて池もこごえて、月も沈黙してしまう。ついには雪も降ってくる。森にも、牧場にも、そしてもちろん丘の上にも。積もりに積もって、そりゃもうあたり一面、とことんまっ白けになってしまう。まっしろひつじはみんなでくっつき合って寒さをしのぐのだけど、まっくろひつじは丘の上で月を見ながらひとりでふるえている。
(まっくろひつじは一体どうなっちゃうんだろう!?)って私は、自分で書いてる話なのに、気が気じゃなかった。そしたらそのとき、誰かがなにかを囁いたんだ、私の中で。その言葉を私は、童話に書きとめたはず。なのになぜだろう、その言葉が思い出せない。あれから黒ひつじは、どうなってしまったんだっけ? 黒ひつじの背中にも真っ白な雪が積もって、積もって・・・・・・それから・・・・・・。もしや雪化粧でもって「黒ひつじも白ひつじになっちゃいました、めでたしめでたし」だとか、そんなオチだった? いやいや、そんなんじゃなかったんだよなあ、エンディングには、もっとなにか全然<別の何か>が関与していたような気がする、<外側からの何か>が。そこには許しや解放をイメージする<強烈な何か>があったはずだ。
 覚えているのは、そのころキャンパスの構内で「ほほほい!」って挨拶が流行ったってこと。あの童話を私が書いただなんて、友達はぜんぜん知らなくて。学校で出会うと私たちは、ただ当たり前のように「ほほほい!」って挨拶を交わしていたっけ。童話の最後の一行は、まちがいなく「ほほほい!」で、そこには春の匂いがあった。そうだ思い出した、あのころ友達はこう言ってたよ、「最後にまっくろひつじも、ホイってやれてよかったね」って。そうか、そうだった、まっくろひつじも最後の最後には仲間になれたんだ!
よかったね。
そう思って私はホッとした。  
 はて、それにしてもなぜ今突然、あの童話のことなんて思い出したのであろうか?
ま、いいか。曖昧なものが曖昧なうちは曖昧なままにしておきましょう。
 ともあれ、アリゾナだ。買出しに行こうぞ!
 今日も夏空が広がっている。
 ホンダのエンジンキーを回して、私はジャスコに向かうのであった。イェイ。

(15)
 月のない夜。
地下へと続く階段を、影のようにひっそりと下った。
「いらっしゃいませ」
 店長の温かな声が迎えてくれた。
 カウンターに腰を下ろし注文をする。「ベルギービールを。ギロチンはあったかしら?」
 店長兼バーテンダーの彼は黙って頷いて、店の奥に消える。
 Bar Blueの暗さを私は好む。流れているのはアルゼンチンタンゴ。
「ひさしぶりですね」とバーテン太郎は笑う。
「そうね、締め切りにちょっとだけ追われていて」と私。「こちらはどう? 変わりはないかしら?」
「相変わらずですよ、お客は少ないし、静かなもんです」と太郎。「陶芸家でいらっしゃいましたっけ?」
「そう、そういうことになってるわね」と言いながら私は丸いグラスを傾ける。ギロチンビール。ヘビィでダークなアルコール。
 他に客はいない。「ここって確かに、賑わってたことないわね」
「ええ、でも今夜は新月だから」
「新月だから?」
「はい」
「だから何?」
「いえ、べつに」と彼は、人のよさそうな笑顔を浮かべて首をすくめる。
 カウンターには丸く、5つの照明が落ちている。席ふたつぶんにひとつずつの照明。5つの、丸い光。それを見ていると、忘れていたいろんな記憶が蘇ってきそうな、そんな気がして。軽く目を閉じる。めまいに耐えるような数秒間を経て、また目を開ける。
「ねえ」と私。
「はい?」
「太郎くんはさ、本とか読む?」
「本ですか」と彼は笑い、軽く胸をそらすような仕草をした。「本は好きですよ、よく読みます。それに・・・・・・」
「それに?」
「こう見えても僕、恥ずかしながら小説家とか、目指していた時期もあるんです」
「あら?」
「あるんです」
「そうなの、それじゃあさ」と言いながら彼を見ると、彼の眼鏡に私が映っている。幽霊のように、ぼんやりと映っている。「<一人称多視点の表現>って、なんのことだか教えてくれる?」
「一人称多視点?」
「そう」
 彼はグラスを拭く手を休めて、しばらく考えてからのち応えてくれた。「よくわからないけれど、たぶん・・・・・・」
「たぶん?」
「一人称ってのはアレでしょ、つまり[僕]だとか[私]だとか[俺]だとかって、そういう主観の人称、英語で言う「I」。[キミ]とか[あなた]とか[名前のある誰それ]とかじゃなくて、主観を語る語り手のことでしょ?」
「そうね」
「ってことはつまり<一人称多視点で語られる物語>っていうのは、[僕]とか[私]とか「俺」とか、自分の主観を独白する主語が、複数出てくる物語、ってことじゃないですかね?」
「なるほど」
「でもね」と彼は続けた。「でもそういう物語ってのは、けっこう読みにくい物語だと思いますよ」
「そう?」
「だってそうでしょ、主観を語る主語ってものに、どうしたって読者は自分を重ねてしまいますからね、なりきるわけですよ、その主観の語り手に、読者は、その物語世界を読みすすめるうちに」
「ふんふん」
「憑依する、といってもいい。語り手が読者にのりうつるわけです」
「コワいわね」
「でしょ、そんなコワい主観的主語がワラワラと出てきちゃったりしたら、読者はそのたび違う誰かに憑依されなきゃならないわけで」
「アイデンティティの危機ってわけね」
「ですね、ただし・・・・・・」と彼は言う。「読者のアイデンティティを揺さぶることを意図するなら、その手法は極めて効果的だって、逆にそういえるんじゃないでしょうか、読み手のアイデンティティをズタズタに引き裂いたあと、例えば新たなアイデンティティを提示する、とかそんなふうな物語になら、ふさわしい手法かもしれない」
「ふうん」と私。「なんとなくわかったわ、有難う」
「すみませんでした、偉そうな講釈をたれてしまいまして」と彼。「リラックスしに、せっかくいらしていただいたのに」
「いいのよ、私が訊いたんだから、それにしても太郎くんて博学ね、さすがは東大出身だ」
「言いましたっけ、お恥ずかしい」
「私なら・・・・・・」とグラスの中の琥珀を飲み干してから言う。「私ならね、一人称多視点の物語じゃなくって・・・・・・」
「はい」
「一人称内多視点、の物語を書くわ」
「・・・・・・内多視点?」
「そう」
「どういう意味ですか?」
「地下で言葉を交わすのもまた私だってことよ」
「すみません、幼稚園から僕、やり直します」
「東大は国立なんだから、幼稚舎なんてないわよ」と私は笑う。「あるいはね・・・・・・」
「あるいは?」
「第4人称が語る物語、だとか」
「それ、SFでしょ?」
「かもしれないわね」
「まあなんでもありですよ、お酒何か、おかわりしますか?」
「うん」と私。「ロシフォールにするわ」
「酔うつもりですね」
「ええ」
「それがいいです」と彼。「今夜は新月ですから」
「ねえ、ひとつだけわかったことがあるの」と厨房の奥に消える影を見送りながら私は告げる。「私が器を作っていたんじゃない、私が器だったんだ」
 
(16)
 音楽が聞こえる。
 ああ、もう少し音量下げてほしいなあ、隣の部屋・・・・・・。
 隣の部屋?
 覚醒しながら、手を伸ばし、ネズミを捕まえる。
「もしもし?」と男の声。
「あ、もしもし、なんだ電話か・・・・・・」
「なんだ電話か、じゃないよ、まだ寝てたの?」
「うん、昨日は飲みすぎたかな、よく寝た、今、何時?」
「もうお昼だよ、おはようさん、いったい何時まで夜遊びしてたのさ?」
「うん? 夜遊び? してないよ。ここをどこだと思ってんの? 笠間の辞書に夜遊びなんてコトバはないわよ、ところでアンタ、誰よ?」
「あ、誰よ、はひどいな、チロタンですよ、あなたの、かわいいガールフレンドのチロタンですよ」
(ああ、チロタン)と私は思う。やっと目が覚めてきた。ベッドの上に体を起こし、猫のように伸びてみる。「チロタンか、ごめんごめん、寝ぼけてた、どうしたの?」
「あのさ」と携帯電話の向こうでチロタンは声のトーンを変える。「どうしたのってのは、こっちのセリフだよ、大丈夫なの?」
「大丈夫よ、今、起きたとこ、寝ぼけてただけよ」
「昨日はなんで、あんなとこにいたの?」
「あんなとこ?」と考える。おかしいな。「ずっとここにいたわよ」
「うそばっか。都内を歩いてたじゃん。こっち来てるなら、一声かけてくれたらよかったのに・・・・・・」
 都内?
「もしもし?」と私。
「もしもし」と彼。
「都内になんて出てないわよ、ずっと笠間にいたもん」
「だって僕、夜、見たよ、キミだった、白いテルテルボーズな服着てさ」
「私じゃないわ。いくら私でも、そんな寝巻きみたいなカッコで街を歩いたりはいたしません!」
「え?」と今度は彼が考える番で。
「人違いでしょ、私って特徴がない顔だから」と言いながらベッドを降りて、タンクトップを脱ぎ捨てる。少し汗かいちゃった。電話を切ったらまずはお風呂だ。「似た人なんてそこらじゅうにウヨウヨいるわよ」
「そうか・・・・・・、なら、よかった。心配したんだ、あんな時間にひとりで歩いてて・・・・・・」
「ありがとね、チロタン」と言いながら下着も脱いだ。寝汗を掻くなんて久しぶりだ。このきつい直射日光の中、よく昼まで眠れたもんだと、カーテンのない窓を見て思う。
「でもね」とチロタンはまだ心配しているような声で言う。「気をつけてね・・・・・・」
「うん?」
「アクタガワリュウノスケって知ってる?」
「直接は知らないけど、聞いたことはある」
「そのアクタガワはさ」と、せっかくの冗談にも反応せずに彼は続ける。「いるはずのない遠く離れた場所をスタスタと歩いてるところを知人に目撃されてね・・・・・・」
「うん」
「それからまもなく死んだんだ」
 ・・・・・・ちょっと涼しくなったよ、チロタン有難う。裸の自分を片手で抱いて私は少し震える。
「やだな、おどかさないでよ、大丈夫だって。アクタガワがどうだったかは知らないけれど、私なんて平凡な顔した平凡な人間だもん、そっくりさんなんてゴマンといるわよ」
「うん、かもね。いやでも、あまりに似てたからさ・・・・・・。いやごめん、寝起きに変な電話かけて悪かったね。昨日はそこでひとりで飲んでたんだね。お、やべ、チャイム鳴ってる。昼休み終わったから仕事に戻るね」
「うん、有難う」
「どういたしまして」と電話は切れた。
 ふう。朝から、ってか昼からだけど、変な電話だった。ひとりで飲んでたんだねって、まるで私が毎晩酔っ払ってるみたいなこというじゃないの、昨日は一滴も飲んでなんかないわよ、さて・・・・・・。
 鏡の前に立つ。裸の全身が映る。私の顔。特徴のない顔。いろんな人に似てるといわれる顔。中肉中背。特徴がない。肌は黒くもなく、格別に白いわけでもなく。毎日のろくろ作業にも関わらず、なんてことのない胸。太くもないけど、細くもないウエストと手足。これが私だ。服を脱いだらとことん無個性になる。それが私。もっとも逆に、どんな服でも似合うわねって言われたりもする。服装で私は、私を、私らしく見せているのかな? 手を見る。手。これはしかし、個性的だとよく言われる。手ダレにならないか? なんて誘われたこともある。手ダレっていうのは、手専門のモデルだ。実際に、商品撮影のときの手として借り出されたこともあるけれど、評判は大変よかった。長い指、短い爪。すこし間接が太い。対照的に付け根は細く締まっている。女性的な手じゃないかもしれないけれど、個性的な手であることは確かなようだ。
 そうか<私は手であったか>。なんて思いながら、いつものようにトイレを経由しお風呂場へと向かうのであった。

(17)
 [INNER DIVERS ON LINE]に風が吹いたのはその夜のことだった。

 広末晴樹様
 こんばんは、広末晴樹です。
 至急でお目にかかりたいと思います。
 どこにでもうかがいますので、ご都合のよい日時と場所をご指定ください。
 よろしくお願いいたします。
 ではでは、例によって、よい夢を。広末晴樹でした。2008/8/2

(18)
 翌朝、私は考える。昨夜のアレはなんだったのだろう? 
 普通に考えれば悪戯だ。先日の出版化に続いて舞い込んだ、新たなサギの一羽だろう。このまま無視して過ごしてもなんの問題もないだろう。でも、何かがひっかかる。ひとつには、タイミングだ。直感的にいって、このタイミングは絶妙だ。もうひとつは、この悪戯によって悪戯をした者が受ける利益は、具体的にも、抽象的にも、なにもないということ。私たちが受ける損失も、むろんない。単なる撹乱か? なんのために?
 自信たっぷりな、このセンテンスがひっかかる。[どこにでもうかがいますので、ご都合のよい日時と場所をご指定ください。]
 私の居場所を訊ねているのではない。私の素性を求めているのでもない。私の位置を知っているのか? 私の顔を知っているのか?
 邂逅の時空の1点を、任意に指定できる権利、それを与えらえた。そこに彼は現れる、という。しかも至急で?
 世の中には<物好き>という輩が存在するのだ。なんて思ってみる。でも洗い物をしながら茶碗を落として割ってしまった。お風呂場で転んだ。ろくろをひいて仕上がる形は、エロティックどころかサイケデリック。
 ダメだ、と私は思う。どうしても気になる。無視できない。そんなこんなを思いながら、煮たかぼちゃをつまみに、先日飲まずに三分の一ほど残った翠寿の四合瓶をひとりで空けてしまった。

(19)
 深夜。
ディスプレイを睨んで考える。
 [INNER DIVERS ON LINE]の掲示板に書かれた様々な文章を読み返す。
 7月20日のガーコさんへの返信、これ、この文章は私が書いた。と思う。うん、間違いない、たぶん。25日の久太郎さんへの返信あたりも私が書いたんじゃないかな? juneさんへの返信、これについては記憶がない。コレ、ほんとに私が書いたの? 待てよ、Rosyさんへの返信・・・・・・。この文章は誰が書いたんだろうか? 飲みすぎたのか、アタマがまわらない。なにもかもがあやふやに思える。IDだとかIPだとか、なにか書き込みを特定する番地のようなものがあるらしいのだが、そのへんのことを私はよく知らない。サイトを立ち上げたのは、エーゲブルーのプジョーを駆る、聡明なる友人だ。インターネットとかパソコンとかそういうデジタル関係に、私はまったく弱いのだった。
 ともあれ気になるのは<広末晴樹からの>通信だ。[どこにでもうかがいますので、ご都合のよい日時と場所をご指定ください。]
 悪戯だろうか、悪戯だろうな。
 だったらいいよね、悪戯返しだ。

 広末晴樹様。
 こんばんは、広末晴樹です。お誘い有難うございます。
 僕も是非お会いしてお話をさせていただければと思います。
 2008年8月13日未明の3時、合衆国アリゾナ州モニュメントバレー、ナバホ族公園ビジターセンター内の、「東ミトン」ビュートを真正面に臨む場所、にてお待ちしております。
 夜行性のワイルドキャットに齧られないよう気をつけて。
 それでは、今夜もよい夢を。広末晴樹でした。2008/8/3

(20)
 8月9日の朝。
冷蔵庫にマグネットでとめた夏のスケッチを眺める。青い空と白い雲、濃い緑と向日葵の黄色。青と白とはいうまでもなく仲良しで、緑と黄色も仲良しだ。青と黄色は仲がいいけど、緑と青とはちょっと、どうかな? 向日葵が明るく元気に咲いたのは、青と緑に仲良く手をつないでもらうためだったに違いない。2008年のそんな夏。
「さてと」と夏のスケッチに声をかける。「行ってくるね、留守番よろしく!」
 スーツケースをホンダに積んで、私は笠間を後にする。

(21)
 ノースウェスト028便は、サンフランシスコでのトランジットを終え、一路フェニックスを目指した。トランジットの空港で食べたサンドウィッチがあまりに巨大で、胃は消化に苦しみ、そのため少し気持ちが悪い。牛肉の味、ピクルスの味が交互に下から喉を襲う。こんなときには眠るに限る。羊のかわりに熱帯魚の数を数えた。だってラムやマトンを連想すると、今は少しウェッとくるから。おやすみなさい。

(22)
 フェニックスからフラッグスタッフまでの移動は大型バスだ。旅行会社主催の旅は楽チンか、と問われたら、そうでもないよ、と答えたい。<笠間の時間>は私が決める。好きなときに好きなことして、好きなところへ移動する。だけどツアーは団体行動。私の苦手科目だ。とはいえモニュメントバレーで野宿するなんて、いくら私でもひとりじゃ怖い。それに、どうやって許可をとっていいのかわからない。今から英語を学ぶくらいなら団体行動に紛れるほうを選ぶ、ってそういうことだ。
 ガイドさんは、アリゾナのサボテンについてのひととおりの説明を自己紹介にかえたあと、ツアー客である私たちに確認事項があると伝えて、ひとりの青年を紹介した。
「皆さん、はじめまして、僕はビデオ制作を趣味にしているアマチュアです。実は僕、今回の流星ツアーをムービーで撮影して、ビデオ作品に構成したいと、そう考えておりまして、つきましては皆さんに撮影の許可をいただきたいと、そういうわけなんです。皆さんの中で、どうしてもムービーに映りたくないという方はいらっしゃいますか?」青年はそう言ってバスの中を見渡した。
 別に構わない。肖像権なんて主張しない。私の顔なんてそこらじゅうにありふれているもの。知ってる誰かが見たって、他人の空似。他の参加者からも特に反対の声はなく、青年はツアーの間の四六時中、一脚片手にあちらこちらを撮影する許可を得た。「有難うございます。完成したビデオ作品はいずれ、旅行会社を通じて皆さんのご住所宛に、お礼の印として発送させていただきます」と青年は結んだ。
 なんだか修学旅行みたいだな。

(23)
 フラッグスタッフのホテルにチェックインして荷物を置くと、夜のオプショナルツアーが案内された。23時くらいからローウェル天文台への車が出るという。ローウェル天文台といえば、冥王星を発見した実績を持つ老舗の天文台。私も名前は聞いていた。
「参加します」と私は手を挙げた。
 冥王星、と思う。ちょっと前まで太陽系の一番外側をまわる惑星だった。小学校の頃そう習った。でも今は、偉い人たちが会議した結果、惑星の仲間から外されている。そのニュースを聞いたとき、なんて面白いんだろう、と私は思った。人間の会議で星は、惑星になったり、ならなかったり、その資格を剥奪されたりするのだ。なんとまあ人間都合なことであるか。所詮世界は人間の認識の中にある。惑星ひとつを、その存在そのものを、なかったことにできるのが人間なのだ。
 冥王星への想いを胸に、ローウェルの巨大望遠鏡で、宇宙をそっと覗き見た。

(24)
 翌日もまた快晴のハイウェイを集団行動のバスは走った。ホントはホンダで走りたかった。ホンダもきっと走りたかっただろう。「今度いつかまた一緒に来ようね」と、日本で待つハチ公に呼びかける。午後になってバスが止まったのはバリンジャー隕石孔の淵。すごい。クレーターだ。地球のクレーター。とんでもなくでかい。隕石があけた、どでかい穴のその脇に、小さな我々はアリンコのようにたたずんでいる。
 こういうのを見てるとホントに思うよ。私なんて<ないに等しい>。私の主観なんて<どこにもない>。

(25)
 夜。
ホテルの部屋。
熱いシャワーを浴びた。お湯がたくさん出る。圧力も十分。笠間暮らしに比べてホテル暮らしは、なんて快適なんだろう。
 ホテルの近所のスーパーで買い出したカップヌードルを食べる。世界共通の味がする。味も量も笠間と変わらない。普遍的、と思う。カップヌードルは偉大だ。
 カップヌードルに比べたら、私なんてなんと局所的な存在であることか。旅に出るといつも思う。世界は広い。自然は圧倒的に実在する。もっと感じたい。たくさん旅をしたい。そのためにはもっと稼がなきゃな、と思う。贅沢はしないで、ちゃんと節約して、頑張って稼いで、貯金はなるべく減らさずに。そうして何年かに一度くらいは世界を旅するのだ。
 旅に出ると、私の月は沈んで太陽が昇る。昇った太陽の眩しさに思わず目を細める。悪くない。そんな私も悪くはないのだ。予感がする。こうしていれば、この先を行けば、会えるのではないか、誰かに、または<ホントウの私>に。私の月も太陽も、目指す場所は同じ、それは心の中心点だ。
 梅干ひとつを口に入れ、ベッドに潜る。今日はどんな夢を見るのだろうか。
 おやすみなさい、皆さん、どうかよい夢を。

(26)
 モニュメントバレーのナバホ公園。
赤くてどでかい山のような岩(ビュート)が、広大な敷地に累々と点在している異世界だ。アリゾナハイウェイをひた走ってきたバスは、ここに辿り着き、エンジンを止めた。途端に静かになる。照りつける太陽の音、ビュートを浸食する風の音が、小さいけれどはっきりと聞こえる。ような気がする。バスのタラップから一歩を踏み出す、圧倒的な景色のただ中に。これは小さな一歩だけれど。心の中でアポロを真似てみる。空気を吸い込む。熱のある空気。小さな砂粒が混じっているのに違いないと喉が告げる。でも悪くない。コノスルの味わい。タンニンのきいた、重くてパサパサな、ざらつきのある赤ワインの味わい。私の連想がフレンチでもイタリアンでもなくチリ産のコノスルであるのは、ひとえに予算の関係だ。よくできた、重くて、十分に渋い、チョークの粉のような赤ワインなら、どんなワインを思い浮かべてもらってもそれで結構、とにかく空気はレッドワインなのであった。
 ビジターセンターの駐車場にバスは泊まる。誤字ではない。「停まる」でなく「泊まる」のだ。ビジターセンターは通常夜には閉鎖される。今回のツアーは、例外的に20名のツアー客をこの公園内に滞在させる、そういう特別の許可を得ているのだった。つまり我々20名以外には、この夜誰もいなくなる。ビジターセンター内のすべての灯りも、10時には完全に消灯する。人工的な光は皆無だ。世界は闇に包まれる。手足の指の数と等しい、ごくごく少数のスカイウォッチャーのみが、ここに残って闇を見詰めるのだ。ツアーのスタッフも夜にはホテルに引き上げてしまう。宇宙を見詰めるのにこれほど適した環境はない。
 日が沈むまでに、まだほんの少しの時間がある。赤く淡く染まる3つの象徴的なビュート[向かって左から西ミトン(手ぶくろのような形をしてるからミトンと呼ぶんだって)、中央に東ミトン(西ミトンを左手に見立てるなら、こちらは右手用の手ぶくろだ)、その右側に特に名前のないビュート(って言い方は可愛そうかな、匿名希望のビュート)]を前に、手近な岩に腰掛ける。
 ツアー中に仲良くなった小学二年生の太陽くんが、私の隣に来て腰掛ける。名前はリアルに太陽くん。北海道からお父さんとの二人連れで参加している。星好きなお父さんが子供につける名前はやっぱり星の名前だったりするんだなあ。それにしても<太陽>とはね、なかなか大きく出たもんだ。
「ねえ」とささやくように言う太陽くんを見るが、ニコニコ太陽みたいに笑っているかといえば、そうではなくて、月のようにはにかんでいる。
「なあに?」
「お姉ちゃんはさ、ひとりぼっちなの?」
 ひとりぼっち?
一人参加ということかな?
「そうよ、ひとりで来たの」
「好きなひと、いる?」
 そうくるか、小学二年生くん。
「うーん」なんて割りと真剣に考えてから、「内緒、それはヒミツだよ」と自分が小学生だったころの調子ではぐらかす。「太陽くんは?」
「え?」
「好きな人いるの?」
太陽くんの横顔が赤く、太陽に染まった。
「お母さんがね、好きだったんだ」
太陽は影をつくる。
「・・・・・・そう」
よくないところを突いてしまったのかもしれない。
「死んじゃった」
「そう・・・・・・」
「星になった」
「・・・・・・そう?」
「今日ね」
「うん」
「会いに来たんだ」
「そうなんだ・・・・・・、うん、会えるといいね」
「会えるかな?」
「どうかな? ・・・・・・会えるかもね、うん、だって見てごらん、こんなにここはすごいところじゃないの、何が起きたって不思議じゃないわよ。太陽くんのお父さんも私も、頑張って真面目に働いて、高いお金払って、特別に許可をもらって、今夜じゅうずっとここにいるのよ、こんなにちょっとの人間しかいない、特別の夜なんだもの、神様だってほんの少しズルしたって、望みをかなえてくれる・・・・・・かーもしれないでしょ?」
「そうだね」と太陽くんの表情に日が差して、「これ」とウェストポーチの中から何かを取り出した。
「お母さんに買ってもらったんだ」
小さな車のおもちゃだった。
「ミニ四駆じゃないの、カッコいいじゃん」と私は言った。「私が子供の頃にもコレ流行ったよ、今またブームなの?」
「幼稚園の頃に買ってもらったんだ・・・・・・」
風が吹いた。
「そうなんだね、ずっと大事にしてたんだね」
「うん」
「走るの?」
「走るよ!」と小さな太陽は力強く輝いた。「新しいアルカリ電池、入れたんだ」
「よし、走らせてみよう!」と私。
「ここで?」
「そうよ、大丈夫、ミニ四駆が速いの、私だって知ってるんだから、ちゃんとキャッチできるわよ、そのカーブしてる壁に沿って走らせてみようよ」
「うん」
ミニ四駆のガイドローラーを壁につけて、太陽くんはマシンを発進させた。
距離を置いて私は待つ、彼のマシンが届くのを。
<手は>受け止めるだろう。
太陽から届くもの。
影は消え、闇が訪れ、星は流れる、しかしまた朝は来る。そしたら「おはよう」だ。待ち人は、確かにやってきたのだった。私の中からではなく、私の外から。
私が何なのか、彼が誰なのか、やっとわかった。

(1)
 白いビーチに、白い舟を浮かべた。白い椅子に座って、白いテーブルの上の白いカップにコーヒーを注ぐ。カップはふたつ。向かいの椅子にキミが座ってくれるのを僕は待っている。コーヒーを1杯ずつ飲んだら、ふたりで舟を出すのだ。


■参考文献
『インナーダイバーズ』©広末晴樹2008
『夜を航る、そして』 ©広末晴樹2008
■取材協力
笠間「火地風水の会」
作家でごはん!鍛練場(一部に同サイトにて懇意にしてくださった方へのオマージュを含みます)

ネット作家の素顔

ネット作家の素顔

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-28

Public Domain
自由に複製、改変・翻案、配布することが出来ます。

Public Domain