京子京都物語

みなみ

それは突然の事だった。
恋人の待つ家に帰ると…
「これがもぬけの殻ね…
ちくしょーーー!」
恋人に逃げられていたのだ。しかも、家具もいくつか持って行かれていた。
しかもしかもだ、その日は会社がクビになり、
あぁー苦しいなー。でも、悪いことがあれば良い事もあるよね。
と、自分を励ましていた矢先の出来事だったのです!
そんな、24歳ただいま独身のプー太郎の 瀬戸 京子は、実家に帰ることに決意した!

「in 京都駅ー!」
京都に降り立った私は、第一声を発して周囲から冷めた目をあびている。
うん…恥ずかしい。
実家は京野菜を作っている農家である。実家を飛び出した私を母と父は、果たして受け入れてくれるのだろうか?

「うち東京に行く。
こんな土臭いとこかなへんわ。
ほなさいなら〜。」

などと旅行気分で東京に行き、2年弱で帰ってきてしまった私。
「でも、いく宛もないしな…
よし!お土産でも買って行こうか!」

「あほとちゃうのあんた。何しに帰ってきたんや。」
2年弱ぶりの我が子に言う第一声が、少しばかり傷つく…
「あははは…ちょっと向こうでいろいろありましてね。
あっ、でもほらお土産!」
お土産と言うと母の目は、私のお土産袋をジトーっと見た。
そして、私から袋を奪い中を見た。
「はぁー?何で、京都の名産京バームがお土産なんよ。
こ・れ・は京都のお土産やろ。
東京に脳みそ置いて帰ったんとちゃう?東京バナナ買いに行くついでに取りに帰り。」
酷い!久しぶりの母の言葉はトゲトゲしていて、私の心のグローブが粉砕しそうです。
お土産を買って帰ろうと思いついたのが京都駅だったんだから、仕方ないじゃない!
「まぁ、これは有難くもうときます。
ほんでや、この家に住むならきっちり家賃もらいますから。」
「えぇー。そんなー。」
「土臭い家やけど堪忍して下さいね。」
母の記憶力に驚いた。

翌日
わたしは、瀬戸家の家賃を支払はないといけないので、早急にバイトを探していた。
「バイト探しはフロムB〜
バイト探しはフロムB〜」
京都御所の敷地内の隅のベンチでCMの歌を歌いながら…

鎌倉時代中期から明治時代初期まで歴代天皇が住んでいた宮殿、京都御所は、宮内庁の管理となっているため、普段は事前に参観申し込みが必要なのですが、春と秋の年に2回、申し込み不要の一般公開がされます。
宜秋門から入門し、清所門から退出する順路で御所内を無料で入ることができるのです!
小さい時に予約をして母と御所を見学したことがあり、案内人に沿って見学するのですが、関西人の笑いを交え、歴史的な建造物と意外と知らない現在の皇室との関連などについて説明してくれましたが、当時の私は自由に動けないことに不満を抱き、中は警備が厳しく、立ち入り禁止のところにうっかり近づいてしまい、
物々しいアラームが鳴り響きびっくりした嫌な思い出がありましたが、
高校生になってもう一度訪れた時は、
季節は春で、しだれ桜、八重桜、山吹などが咲いていて御所はとんでもなく広く、回るのに約1時間かかりました。左近の桜に右近の橘や
清涼殿に紫宸殿、狩野派の襖絵など貴重なものを拝見でき更に殆どが撮影OKでした。
御所の歴史ある建造物達から重みのある雰囲気を感じ、いにしえに時をはせるひとときを過ごしました。

そんな、思い出のある京都御所を私は大好きで、気づいたら今日もここにいました。
「ねぇ、あの人かっこ良いよね?」
「うん。和服男子だし。」
ん?イケメン⁉どこに?
ジャリジャリ
京子は、秋の空の下、和服姿の凛々しい男性を見つけた。
わぁーかっこ良いー
和服姿の日本男児風イケメンは、京子に気付き手を振りながら歩み寄ってきた。
「あれ?もしかして、京子ちゃんやない?」
「どえぇっ?」
和服姿の日本男児風イケメンが、私に話かけてきた。しかも、名前まで知っている様子だ。
「あはは、忘れてしもたかな?
小・中と、学校一緒やったんよ。」
そう言って、日本男児風イケメンは微笑んだ。
小・中一緒の日本男児風イケメンと言えば、記憶上1人しか思い当たらない
「和成くん?」
「おん。正解。」
私の初恋だった 山城 和成(やましろ かずなり)くんに遭遇した。しかも、すっごくイケメンになって
「えーっ!和成くん⁉
びっくりしたー何年ぶりかな?
えーっ!凄くカッコ良くなったね。」
「おおきに。そない言うてくれると嬉しいよ。
京子ちゃんこそ女性らしくならはったね。」
「いやー照れるよー
そんなこと言われると。」
京子は手でパタパタと火照った顔を扇いだ。
京子は、今までのことを和成に話した。
「そっか、いろいろ大変やったんやね。」
「うっ…和成くんだけだよ〜
そー言ってくれるのは。」
「元気だして京子ちゃん。
そうだ僕で良かったら、お店紹介するえ。」
「えっ!本当に!」
「おん。ほんまに。」

和成くんに誘われ連れていかれた場所は、京都の下町の風情ある街並みに立たずむ、大きな呉服屋であった。
「こっ…これは…」
「ここの女将さんと仲ようさせてもろてね、人出に困ってる言うてはったから。」
「ははっ…作用で…
立派な呉服店ですねー。」
「入ろか。」
和成は、呉服屋の暖簾を手で避けて店に入った。
「すんまへん。秋月はんおられますか?」
「はいー。」
お店の奥から現れてきたのは、
綺麗な着物をまとった40代半ばの目がキリッとした、綺麗な女性である。
「和成はんやおまへんか。
お久しゅうございますなぁ。
あら?そちらのお連れ様わ?」
急に京子に会話が振られ、京子はたじろいだ。
「あっ、えっと。」
「秋月はん、人出が足りへん言うてたはったから、彼女を紹介します。
瀬戸 京子はんどす。」
和成は、そっと京子の背中を優しく押した。
「あっ…あの…山城さんからご紹介預かりました
瀬戸 京子です。未熟者ですがよろしくお願いします。」
京子は秋月に頭を下げた。

「ここで働くんやったらまず、
知識を持ってもらわなあきまへんな。
私が今から西陣織について言うさかい、紙に書くでも耳できくでもして、覚えるんやで。」
「えっ。待って…」
「西陣織の名前の由来は、
話は応仁の乱までさかのぼります。
応仁の乱は、1467年から11年間京都を中心に続いた戦争のことどす。
その戦争の際、戦乱を避けるべく、京都の織物職人たちは都を離れ各地に散らばったんどす。
やがて、戦争が終いを告げると、各地に散らばっとった織物職人たちは再び都、京都に戻り織物業を再開しました。
その再開した場所が西軍の陣地やったことから、西の陣、すなわち西陣であり現在の西陣織と呼ばれるに至ったわけどす。
西陣織と呼ばれるまで500年余りの歴史があるわけどす。
西陣織の歴史は、
京都は元々、平安時代以前にもたらされた帰化人の豪族、秦氏(はたし)の技術によって、平安時代から絹織物業が盛んであり、宮廷文化を中心に発展してきました。
明治時代に、京都府からの派遣により佐倉常七ら3名が欧州に留学し、フランスからジャガードなどの洋式技術を取り入れ、日本の絹織物業の近代化に繋げたんどす。
次は西陣織の特徴を説明します。
西陣織の最大の特徴はあらかじめ染色した糸を用いて、紋様を織り出す織物どす。
これを先染めの紋織物とええます。
ほんでその殆どは絹で織られています。
これでちょっとは知識が増えましたか?知識を増やすだけやなく、それを活かすのがうちらの仕事どすよ。」
すっ…凄い…

京子京都物語

京子京都物語

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-09

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