トートロジー

 越すことになった杏と周りの環境。それはあまりにも理不尽で。残酷な世界に立ち向かう少女の、愛と未来の物語。


 人気のない道を、あたしはゆっくりと歩いていた。辺りは暗くて、静まり返っている。小さく息を吸ってみると、生温かい空気を感じた。やっぱり、まだ夏は残ってるんだなあ。そんなことを考えながら、十字路を右に周る。銀杏並木のある坂道に入った。もうすぐ、臭い季節。いや、銀杏がつぶれてしまう、はかない秋の中旬。あたしは溜息をついて、月夜の下でコンビニ袋を強く握った。なんか、素敵な風景だよね。絵にかいたような、少女と銀杏並木。後でスケッチブックに書いておこうなんて、思う。友人の寧々が笑みを零すのが、目に見える。
 体育祭の練習が億劫だ。体を動かすことが、子どものころから大嫌いなのだ。苦手なのではなく、嫌い。出来るけれど、嫌い。あたしはそういう種類の人間だ。体育祭に参加するのは今年で二年目である。去年よりも大きな仕事が増えた。さぼろうとさえ思う。そして、体育祭に反感すらも、抱いている。
 女子はダンスをして、男子は長繩をする制度がある。如何だろう。どうして、分けたのだろう。男子がダンスをしてはいけないのか、女子が長繩をしてはいけないのか、あたしにはさっぱりわからない。あたしは、ダンスの練習で、女の子だからかわいいダンスをしなさいと言われることが、億劫で堪らない。そもそも、体育祭とは、命をかけるほどのものなのであろうか? 鼻息を荒げて、そんなに怒るものなのであろうか?
 コンビニ袋に入った炭酸水と梅の菓子が、月に照らされた。課題やってないなあ。ふいにそんなことを思いだし、ふっと笑う。関係ないか。どうせ、あたし、もうすぐ越すんだし。そう考えれば、ダンスを踊るのも、体育祭の練習をするのも、あたしにとっては無駄な気がする。そうだよ、うん。
「あーあ……」
 やり残したことなんて、あるだろうか。一年半通っていた中学校は、輝いていただろうか。いや、そんなはずはない。少なくとも、あたしは、この中学校で学んだことなんて、数えるくらいしかなかった。やり残したことはあっても、また、次の学校で頑張れば良い。新しい自分になるために、走らなければならない。
「寧々達、バスケ部のみんな、美術部のみんな。……大河」
 仲の良かった友人の名を上げてみる。正直、これくらいしか友人がいない現実が悔しい。あたしは再び溜め息をついて、長く先に続く銀杏並木の銀杏を見上げた。去年の銀杏は、臭かったっけ。寧々はどんな顔をするのだろう。あたしはまだ、彼女たちに、自分が越すことを伝えていない。だって、ブーイングとかお断りだし、泣かれるのも何だか不快だからだ。何も告げず、心で悟ってもらうことが、いちばん望ましいのだ。星空が輝いた。寧々は、ショックで言葉を失うと思う。いつもクールな彼女だけれど、仲の良いあたしに対しては本性を見せてくれていたから。バスケ部の奴らは、何故か、あたしを、「バスケ部のマドンナ」と呼んでいた。たぶん、その部活のキャプテンである大河があたしを好きだったから。彼らは面白い男の子だった。キャプテンの大河は素敵な男の子だ。優しくて、背の高い、シャイな男の子。あたしだって、好きだった。今も大好きだ。それから美術部の皆。不愛想なあたしを、いつも温かく見守ってくれた。ああ、十分じゃない。あたし、それだけに愛されているじゃない。そう思って、結果オーライだと首を振る。
 だが、やはり、大河のことは心残りかもしれない。あいつだけは、あたしのことを、ものすごく好きだった。寧々達以上に、彼はあたしを愛していた。いわゆる、どはまり。錯覚なのに、あたしのことを、世界で一番可愛いなどと褒めたたえていた、らしい。褒めることで、彼は満足なのだ。両想いの関係にあったけれども、あたしが消えれば、彼もそのうち恋愛には冷め、忘れるだろう。少し複雑だけれど、しょうがない。仕方のないことなのだ。あたしも、他の男の子を探そう。
 ふいに涙が込み上げてきた。慌てて、垂れさせまいと上を向く。今日は、月明かりが酷く美しい。
 

トートロジー

 あとでかく。

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あとでかく。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-09-08

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