9月7日の日記

もしもし?…………。

 自分が書いたものに対して自信が持てなくなっている。書くことに対して興味が薄くなってきている。薄くなってきている。そこはかとなくそう感じる。文章を日常的に書き始めて三年になる。三年続けるということは一つの節目になるだろう。よく聞く話だ。日本拳法も三年で馴染んだ。変化が自分の中に生じるんだ。こと文章を書くことにおいて、内面的な変化は生じたのだろうか?一段乗り越えたような、手ごたえのようなものを感じてはいないだろうか?ああ、手ごたえはあることにはある。既に自分が書くことに対して諦めを抱いているという確かなものが。9月が始まり、涼しい風が吹いて、もう夏が終わったのを何となく感じるように、感じている。夢が終わったことを。
 今日は午前11時にお客様が来る。技術屋様だ。我が家のインターフォンは客観的にみて壊れている。それを修理してくれるのだ。そう、インターフォンが壊れているんだ引っ越した当初からこの家は。このインターフォンには何かと苦しめられることがあった。一つは呼び出し音が異常に大きいこと。その音量で殺されるかと思ったことがある。続いて通話中に、相手の声がその二割程しかこっちに届かないこと。それっぽっちの途切れ途切れな情報で分かることは、相手がこっちのドアを開けたがっていることだけだ。
 
 お客様は約束の時間よりも10分早くやってきた。前触れもなく、けたたましい音を立てて、インターフォンが鳴った。ちょうどその時、私は穴を拭いていた。来る直前に電話で一報入れると、昨日約束していたので、携帯電話を足元に置いていたが、着信無だった。気が変わったんだろう。大急ぎで私は受話器に辿りついていた。ちょっと不安になるくらい時間が掛ってしまっていた。受話器を取って耳を当てる。もしもし?…その先には、全くの静寂が横たわっていた。私は開錠ボタンを押した。何の反応も無かった。
 私は少し落ち着かなくなり、部屋を歩き回り、飲みかけていたコーヒーミルクに気が付いて、それを一口含んだ。やがて、エレベーターが上がってくる振動が部屋に伝わった。8階で止まり、しばらくしてドアがノックされた。私は走ってドアを開ける。お客様は男だった。うっすらと肉付のいい、大人しそうな男で、メガネをかけてた。青い作業服を着ていた。
 彼を家に招き入れ、問題のインターフォンの前に連れて行く。彼は足音を立てないような、慎重な歩き方をしていた。分厚い靴下をはいていた。先ほどに呼び出しの後、一階の声は聞こえましたでしょうか?と彼。いいえ、まったく聞こえませんでした、と私。やはりそうでしたか、といった感じのことを彼は言って作業を始めた。インターフォンを根こそぎ取り外す。生き物の背骨の神経のような配線が見えた。プラスチックの小さな部品も。しばらく彼の後ろに立って何をしているのか確かめていたが、そういうことされると気が散るものだよなと気が付いて、彼からは見えないところに移動した。椅子に座りジッとした。『世界の美しい城』という本を取り出して読み始めた。
 彼の作業が終わり、何度か二人でテストをした。私は8階にいて、彼が1階に行ってこっちを呼び出す。私が受話器を取る。声が聞こえるか確認をする。もしもし!もしもし。グッドだ。ハッキリ聞こえる。開錠ボタンを押してくださいと彼。私は言われた通りにした。同じことを3回繰り返した。確認が終わると、彼はエレベーターに乗った。これからそっちに行きますとか一言もなかったので、私は暫くの間、置いてきぼりを食らった。振動が伝わり。ドアがノックされた。私は走ってドアを開ける。
 一通りに説明を賜った。
 ご覧のように、非常に古い機種でして、呼び出しのボタンが劣化して故障しています。残念ながら代わりの部品が無いのですが、調整をすることで引き続き使えるようにしました。以前も同じような対応をさせていただいたことがあります。(私が引っ越してくる前のことだろう。つまり、2年強以上前だ。)しばらく問題なく使えると思いますが、また何かありましたらご連絡ください。それでは。
 それでは、と私。

9月7日の日記

9月7日の日記

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-07

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