キャッチボール(1)
一回表・裏
真実はどこにある。そんなものはどこにもない。だから、僕たちは、四方八方に真実という名のボールを投げ続ける。空に、地面に、壁に、そして、あなたに。ボールを受け止めたあなたは、他の誰かにパスをする。ナイス、ボール。ナイス、キャッチ。
一回表
「あれっ、あんなところで、何か光っているぞ」
晴れた日の夏の夜、星の観察のため夜空を見上げていると、北斗七星のひしゃくの柄の端に、かすかな輝きを見つけた。今、まさに生まれた星かな?新星だったら、北斗七星が、北斗八星になるな。僕が、幸運にも、この星を世界で初めて見つけたのなら、僕の名前をつけられるかなあ?それとも、もう既に、他の誰かが見つけて、名乗りを上げているかもしれない。まてよ、あの輝きは、新 星じゃなくて、謎の未確認飛行物体、UFOかもしれないぞ。
僕は、ポケットの中から携帯電話を取り出し、デジタルカメラモードに切り替え、何万、何十万、いや、何百万もの、数え切れない程の星がまたたく夜空にかざした。カメラ越しに見るUFO星は、どんどんと明るさを増し、膨張している。そんな、不思議なことがあるものかと、僕は、カメラから目を離し、自分の目で確認しようとした。
その間にも、星はずんずんと大きくなって、間違いなく、僕の方に向かって飛んできている。やっぱり、UFOか?それじゃあ、UFOは、一体何の目的で、地球にやってくるんだろう。ひょっとしたら、人類を征服するため、実験材料として、僕を捕まえに来ているのだろうか。まさか、六十億人が住んでいるこの地球で、年賀状の宝くじの切手シートさえ当たったこともないこの僕が、選ばれるわけなんてありえない。そんな話は、テレビや映画の中の世界のことだと思い、UFO説を全面的に馬鹿にしながらも、否定しきれない自分がいる。
不安をかき消すため、さっきよりも両目を飛び出んばかりに大きく見開き、自分の方に向かってくる謎の物体の正体を確かめようとした。あれ、何か、丸い形をしているぞ?星でもなく、UFOでもなく、球形だ。鳥の卵か?まさか、巣に帰ろうとしていたカラスやハトの雌が、急に産気づいて、飛びながら空中で卵を産んだのか?いやいや、謎の物体は、卵型じゃない。まん丸だ。
サッカーボールか、バスケットボールか、それともドッジボールなのか?旅客機の中で、暇を持てあました子どもがボール遊びをしていて、あまりに強く蹴りすぎたため、ボールが機内の窓ガラスを突き破り、外に飛び出したのだろうか?まさか、そんなに簡単に、飛行機のガラスが割れるわけはないし、ボールは、当然、機内に持ち込み禁止だろう。それじゃあ、謎の物体の正体は何?
遥か彼方からの旅行者の存在は、接近するに従って、大きさと形がはっきりとしてきた。謎の訪問者の正体は、まさにボールだった。それも、バレーボールでもなく、ハンドボールでもなく、野球のボールだ。
どうして、野球のボールが、空から降ってくるのだろう?僕の通っている家の側の小学校のグラウンドで、夜間開放の時間に、野球の練習している大人たちの誰かの打球が、僕の家まで飛んできたのかな。それなら、特、特、特、特大ホームランだ。普通の人のレベルでは、こんなに遠くまで、ホームランは届かないはずだ。
今、アメリカの大リーグで活躍している僕の憧れの井松選手なら、間違いなく打てる。もしかして、井松選手が、日本に帰ってきているのかな。ここ数日の、スポーツ新聞には、帰国のニュースは取り上げられてはいなかったけれど、マスコミには内緒なのかも知れない。何か、秘密の目的があって、密かに帰国したのだろうか。
それなら、今すぐにでも、小学校のグラウンドに駆けつけないと。できれば、今着ているTシャツか、愛用のボールやバットにサインをしてもらいたいし、ホームラン王に輝いた井松選手の黄金の左手と握手をしたい。それも適わないのならば、せめて素振りしている姿だけでも、間近で見てみたい。
井松選手の打撃フォームを目で盗み、僕の頭の中でイメージトレーニングを積み重ね、来週の練習試合で試してみよう。井松選手仕込みの打撃フォームならば、それこそ、月まで、北斗七星まで届くホームランが打てるぞ。
そう思う間もなく、ボールは、僕の家にあとわずか。僕は、勉強部屋をからバルコニーに出て、手すり越しに腕を伸ばす。あと、少しだ。このボールを捕球したら、直ぐに、学校に駆けて行き、井松選手にホームランボールをサインをてもらおう。自分が打ったボールだから、サインは断らないだろう。ほら、あと、もう少し。
このバルコニーには、僕のほかに誰もいない。お父さんもお母さんも、隣の部屋で眠りについている。だけど、気ばかりがあせり、爪先立ちで、体を精一杯伸ばして、ボールを捕球しようとする。北斗八星のうち、地球に落ちてきた夢の星は、僕が掴むんだ。井松選手のように、プロ野球の選手に、そして、日本で活躍した後、大リーグの選手なるという夢を!
一回裏
「スリーアウト、チェンジ」
主審の声がする。
僕は、セカンドフライを、がっちりと両手で掴むと、ボールをピッチャーの大山君に返球した。
僕たちの周りには、いつも、野球のボールが転がっていた。僕たちは、キャッチボールで、お互いの 心を通わせていたのだろう。
今日の調子はどうだい。
肩のことかい。体のことかい。
結構、いいボールが走っているじゃないか。空中に線路があるわけじゃないのに、コン
トロールは抜群だね。
ありがとう。今日は、肩がエンコしないで、僕の言うことを聞いていてくれるのを願うだけさ。君だって、なかなか調子がいいじゃないか。
ボールが返球される前に、折り返し、お褒めいただいた言葉に対し、お礼を言うよ。ありがとう。
永遠に続く、言葉のキャッチボール。親から子へ、子から孫へ、友人から知り合いへと。世代を超え、地域を越え、ボールは永遠に転がり続ける。ライク・ア・ローリング・ストーンズ。「あきらめ」という感情を削ぎ落とし、「夢」という願いを膨らませながら。
キャッチボール(1)