背徳の薔薇農園

「薔薇はいかがですか」

おとうさんはうめました。
おかあさんはいどのなか。
にいさんねえさんわらのなか。
おとうといもうとだんろにくべた。

今年も見事に咲き誇りました。
私の薔薇は毎年見事に咲き誇ります。
買い上げて下さる方は皆満足してくれます。
丹精込めた私の薔薇。

買い上げてくださる方は、皆言います。
あなたの薔薇は病的だが鮮やかで見るものを嘆息させると。
あなたも同じくだが、と。
私は花を売りますが、そちらの花は売りませんよ?と
馬鹿な冗談をお客様と交わして談笑します。

私が己の色の花は売るには、年も行き過ぎているし、みすぼらしすぎます。

今だからこそ、迷惑をかけなくなった私ですが、
父親譲りの癇癪もちであった為に大変に人様に迷惑をかけました。

あまりに目に余るため、私は父とともにここを追われ、
酒とあらそいと精液を這いつくばって啜りながら、
時には、父とともに金を奪い、金の匂いがする上等な肉を
食らっていました。

そんなある日、私たちを追い出した母と父は再婚しました。
ええ、両親は私が物心付く前に離婚しておりました。
再婚をした時、私は15歳でした。

母には私の他に子供がいました。
みな知らぬ子供でしたが、いきなり兄弟になりました。

さて、身についた悪徳と退廃は漱ぐことは非常に難しいものです。

共に暮らし始めてから、私も父も放埒に、農園の仕事一つせずに
昔と変わらぬ生活を致しました。
母は文句ひとつ言わず、兄弟たちも能面顔で私達を見ていました。
そんな時私は、持ち前の癇癪で兄弟たちと母を、土を耕す馬を叩く鞭で
打つのでした。


そのような毎日が続き、あくる日に酒と栗の花の匂いを染みつかせた私が
家に帰ると、豚の鳴き声がしました。

やかましい豚がキイキイ鳴いています。

見てみると、豚小屋から抜け出したのか、あちらこちらでつがっています。
何事かと、私は怒りに任せて追い出しました。
小さい豚は何もせず隅で震えていましたけれど、
それは掴んで外に放り投げました。

しかし何より一番邪魔なのは、大きな体でいびきをかく豚でした。
涎を垂らして臭い息を吐き、怒鳴っても起きやしない。兎に角汚い豚です。

仕方ない、と私は木小屋から鉈を取り、その豚の首を落とし、屠殺しました。
余りに臭い豚なので食用になるはずもなく、重いのを我慢して引きずって
薔薇園に埋めました。

あくる日から母の態度が豹変しました。母は突然強気になり、
私を馬の鞭で打ち、罵詈雑言を浴びせます。
父に報告しようと、いつも寝ている部屋に行きましたが父はいません。
母の罵詈雑言と折檻を考えると、どうやら追い出されたのでしょう。
それと、どうやら豚を屠殺したことで、母は怒り狂っているようでした。
丸々と肥えていたから、売り出したかったのかもしれない。
それをダメにしたと怒りを顕にしている。私はそう感じました。

しかし私も生来の癇癪と、生きてきた悪辣の果てで、
罪業を幾ら負っても、悔恨という感情は麻痺して凍結していました。

馬鞭を持つ樫の木のような硬く茶色い醜い母の手を握り、
私は仕返しとばかり打ち据えました。
癇癪が収まった時には、母は樫の枝になっているではないですか。
怒り狂いすぎて、私は逃げた母に気づかずに樫の木を打ち据えていたのでしょうか。
どうやらアブサンを飲み過ぎて、ツーヨンが頭を蝕んで
馬鹿になっているのかもしれません。
取り敢えずこの樫の木は邪魔なので、井戸に捨てました

薔薇の世話をするものが一人減った為に、食いでを得るには人手が足らず、
私も仕方なく働くことにしました。

しかしそこで、悪辣の短気な私は、花を育てる素晴らしさを知りました。
花は素直で真っ直ぐで、私の手がなければ生きられない。
奇妙な征服欲と庇護欲を満たす物です。
そんな私を能面の兄と姉が邪魔をしはじめました。

彼らは私に嘘を教えます。

剪定していた時でした。

私を呼び出し彼らは言います。

『樹液を取って接げ』と。

意味がわからずしかし技術の拙い私は、言われるままにやりました。

「薔薇の世話は誰がするの?」
「いいから!」と、彼らは口々に言うのです。

採っては接ぎ、採っては接ぎ、まだですかと問うても、
兄姉たちはまだだもっとと、よこします。

飽きないのだろうかと思いながらいうことを聞いていましたが、
体が持ちません。
荒い息を継ぐ彼らは、求めてきます。
私は嫌になり、兄姉の言いつけを無視し、藁で接ぎ木を巻きました。

――窒息する程に。

その行為にあきれ果てたのか、いつの間にか兄と姉達は居なくなりました。
それによって困ったのは、働き手の更なる減少です。
残されたのは無駄に駄々広い農園と、幼い弟と妹達。

働くことの出来るのは私しか居ないので、私は外に働きに行きます。
薔薇の世話は丹精込めて集中してやらなければなりません。

幸いあの醜い豚を埋めた土が、その養分だけを吸い上げて薔薇に
良い影響をもたらしました。
井戸から汲む水も、樫の枝から滲み出る滋養が溶け込んで、
成長を促します。

とは言え堆肥は必要です。私は重い藁を焼き、その灰を巻きます。

一人での重労働は途轍もない労苦を招くものでしたが、
それ以上に、悪徳の限りを生きてきた私が初めて多幸感を得たのです。

ああ、これが天職という物なのでしょうね。
私は初めての充足感に、日没後に襲い来る凶暴な徒労にさえ
感謝を込めて眠ることが出来ました。

明くる日、ふと気づいてみると、リビングに泥炭が転がっています。
幼い弟と妹達のいたずらでしょうか。
私が薔薇を育成している間に悪戯の限りを尽くしていたのでしょう。
キッチンに言ってみると、べっとりと冷蔵庫や床に無数の泥炭の山。
困ったものです。これは叱らねば、と周囲を探したのですが、
どこに隠れたのでしょうか。農園じゅうを探し回りましたが
見つかることはありませんでした。

泥炭を片付けながら私は失踪した兄と姉達を思い出します。
彼らが不甲斐ない私では、弟と妹達を養いきれないと
迎えに来たのかもしれない。そう私は結論づけて納得することにしたのです。

綺麗になったリビングに、どこから持ってきたのかは知れないけれど、
暖炉の火を灯すのにはうってつけの材料です。
なによりわざわざ材木業者から薪を買わずに済むようになりました。


それから私は広い農園を売りに出し、小さな家を買いました。
しかしそこそこ大きな庭で、丹精込めて薔薇を育てて売っています。

白い家で、白い部屋で、白いものに囲まれて。
質素な食事を終えて、日の当たる時間に外に出て
毎日薔薇を育てます。


ごきげんいかがと、白い服のお客様に問われて私は笑顔で返し、

「薔薇はいかがですか」

そう言って商売をするのです。それが私の仕事ですから。


薔薇農園事件 1899年10月12日

元少年男娼ヘンリー・マーウィーベル(16)が、
起こした大量尊属事件。
父であり麻薬売人であったダガーの首を斧で斬殺後に薔薇園に埋める。
それに気づき、抵抗した母マリーンを柄で撲殺後井戸に捨てる。
そしらぬ振りで残った兄弟で薔薇農園で働いていたが、
あらゆる策を使い、異父兄弟達を殺害。藁の中に隠す。
幼い弟妹たちの世話を放棄し放置。
警察が踏み込んだ際には腐敗が進んでおり、泥のようになっていた。


逮捕後、精神鑑定を掛けた結果、現実との乖離が逸脱しており
リベッション医療少年更生施設にて更生中だが、
治療の目処は立っていない。

背徳の薔薇農園

背徳の薔薇農園

美しい薔薇を丹精込めて作る薔薇農園。美しい薔薇は何で出来ているのだろう?

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-09-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted