パン屋さんと紫の煙

苦艾たまき

森と湖が美しい豊かな国にある大きな山のふもとに、 おいしいパン屋さんがありました。


働き者のパン屋さんは、まだ暗いうちに起きだして
山の麓のきれいな水をくみます。

小麦をその水で捏ねて、森でとれた木を暖炉にくべて
その火でパンを焼きます。

おいしくなあれ、おいしくなあれ

ふっくらふんわり出来上がったおいしいパン。

店頭に出せば、人々が笑顔で買いに来ます。

「いつもおいしいパンだね」
「子供が大好物なのよ」
「明日はもっといっぱい作って」

沢山声をかけられて、パン屋さんは笑顔でうなづきながら
毎日毎日パンを焼きます。


そんな毎日が続いたある日、国で大きな地震が有りました。
パン屋さんももちろん被害にあいましたが、機材は全部無事でした。

ただ、地震で山の頂上が割れ、その割れ目から
よくわからない紫色の煙を吐くようになりました。

気味の悪い煙で、国中の人間が不安になった時、
まずいパン屋が有ることを思いつきました。

山のふもとのパン屋さんにお客を取られて貧乏だった
まずいパン屋は、新聞屋にお金を払い、
国じゅうにあるウワサをまき散らしました。

【あの紫色の煙がかかったものは、くさって死んでしまう】

紫色の煙がなんなのか判らなかった人々は、
その話を聞いて、煙の出る山の近くにあるものを全て遠ざけはじめました。

山のふもとのパン屋さんはいつもどおり、きれいな川の水を汲み、
森の木をくべて、美味しいパンを作ります。
不気味な紫色の煙をながめては、いつもと変わらぬ
森と川のせせらぎを聞きながら。

そして、いつも来ていたお客さんが、その日を境にぱったりと
来なくなってしまいました。

国の中心で暮らしていないパン屋さんは、煙の噂を知りません。
おかしいな?と思いながら、いつもどおり次の日もパンを作りました。

この日はお客さんがやって来ました。
もちろん笑顔で出迎えます。

けれど、お客さんは今日は笑っていませんでした。

「お前のパンを食べてから具合が悪い」
「毒のパンを食べさせやがって」
「人殺し」

お客さんは大挙してパン屋のパンを踏みつけ、暖炉を壊し
パン屋さんを殴りつけて帰って行きました。

パン屋さんは踏みつけられた一生懸命作ったパンを見て泣きました。

「僕は毎日自分のパンを食べているけど、なんでもないのに」

何がなんだか判らなかったパン屋さんは、うちから少し離れた
雑貨屋さんで新聞を買いました。

そこで初めて煙のこと知って驚きました。

そこでパン屋さんは、みんなが安心して食べられて美味しいものを作ろうと、
山から遠く離れた水を何時間もかけて、汲みに行きました。
薪もそこで拾いました。
何時間も前より時間をかけて、ていねいに作りました。

煙の届かない場所のものなら、きっと皆食べてくれると信じて。

そうして開店した時、また人々は怒った顔でパン屋さんを
なじりました。

パン屋さんは人々に、煙の届かない場所の材料で作ったと言いました。
けれど人々は言います。

「山のふもとが毒まみれなのだから、意味が無い」

そう言ってまたパン屋さんのパンを踏みつけて、
パン屋さんを殴り、かえっていきました。

変わって皆が買い求めたのは、あのまずいパン屋でした。
少しまずくても、山のふもとの毒パンよりは安全だと思いながら。

まずいパン屋は怠け者ですから、近くの汚い川の水で捏ねて、
安い泥の炭で作った、臭くてまずいパンを高く売りつけます。

それでも、安全だと思った人々は行列でパンを買います。
まずいパン屋は大儲けです。

「あの煙のおかげで楽して大儲けだ。感謝しないとな」

新聞屋も、まずいパン屋から、お礼の金貨をたくさんもらい
二人で笑いました。


さて、山のふもとのパン屋さんはすっかりやる気を無くしてしまい
店の奥で泣いていました。

そんな時に店の扉を叩く音がします。
また人々が襲ってきたのではないかとパン屋さんは
すっかり怯えていましたが、扉を叩く音とともに
小さなかすれ声が聞こえてきます。

「パンの切れ端でいいんです。恵んでくれませんか」

恐る恐る扉を開くと、そこには白髪の老人が膝をついて
疲れきった顔をしてうなだれていました。

「私は隣の国から、あの山をおりてきたものです。
その時、盗賊にお金や服を取られてしまいました。
おとといから何も食べていないのです」

パン屋さんは気の毒の思いましたが、パン屋さんは
毒の煙の話をして、自分のパンは毒があるかも知れないからと
いいました。

老人はその話を聞いて目を丸くして首を傾げます。

「あれは毒の煙ではありませんよ」

老人は隣の国の博士でした。

「あの煙は吹き出した時は毒だけれど、空気にふれて紫色なると
毒ではなくなるんですよ」

「ええ、そんな」

「この国は研究が進んでいないから仕方ないけれど、事実です」

と博士は語りました。

「ですからパン屋さん、パンを恵んでくれませんか」

首をかしげながら、パン屋さんはパンをこねて、
けれどおいしくなあれ、と、いつもどおりに思いながら
博士に焼きたてのふわっふわの白いパンをごちそうしました。

「これはうまい!こんなうまいパンは食べたことがない」

老人は夢中になって、カス一つのこさずパンを平らげました。
その姿を見て、パン屋さんはうれしくてほろりと涙を流しました。

「ああ、また、みんなにも食べてもらいたいなあ」

しかしみんな、自分がパンを作れば怒って殴ります。
しょんぼりしているパン屋さんに事情を聞いた博士は
困った顔をしました。

「私はこの国の王様に、その事を伝えに来たのです。
でもパン屋さんがこの様子では、この国の人達は聞いてくれないだろうな」

確かに皆みんな、安全だとうったえても聞いてくれません。
いくら自分が健康でも、自分は病気になったと起こります。

「それは思い込みか、別の病気ですよ。煙が怖くて煙のせいにしているんです」

博士は悲しそうに言ってから、そうだ、と声を上げました。

「パン屋さん、私の国に来ませんか」

「え?」

「私の国はこの国の丁度ちょうど反対側で、川の水も同じです。きっと同じ物が作れますよ」

パン屋さんは悩みましたが、さすがにパンを売らなければ暮らしていけません。
すでに、博士に作ってあげたパンの材料で、もう小麦粉や卵を買ってパンを作る
お金はなくなってしまっていました。

この国を愛していましたが、背に腹は変えられません。
パン屋さんは、博士と一緒に隣の国に行くことにしました。

パン屋さんは家のもの全部を売り、それを金貨に変えて
博士と一緒に馬車で隣の国に向かいました。


その道すがら、博士はパン屋さんに、この国に来た目的を話しました。

「本当は、あの煙よりも深刻な問題があの国には有るのだよ」

「そうなんですか?なんだろう」

「でもパン屋さんの話を聞くと、多分私のようなただのおいぼれでは
聞いてもらえないだろう。だからうちの王様にお願いして、王様同士で
話し合ってもらおうと思ったよ」

「ううん。そうですね。みんな王様の言うことならきくと思います」

パン屋さんは博士の話を聞きながら、大好きだったあの国を心配しましたが、
そんな優しい、山のふもとのパン屋さんが閉店した事を、
国の人々は気づきもしませんでしたし、むしろ、ざまあみろと拍手する人もいました。


そんなパン屋さんは隣の国の山のふもとで、助けた博士の協力で
すぐにパン屋を開くことが出来ました。
博士は隣の国ではとても有名な人で、隣の国の新聞屋や偉い人に
パン屋さんのパンの美味しさを教えると、またたく間に人気のパン屋さんに
なりました。
毎日パン屋さんは大忙しになり、お弟子さんをたくさんとって
おいしいパンの作り方を教えて手伝ってもらいながら、
隣の国の人々の笑顔に支えられて、おいしいパンを作ることを
再開できたのでした。



さて、あの国の人々ですが、あの山のふもとのパン屋さんが
引っ越してすぐ、紫の煙がぴたりと止まった頃でした。

何故か何の問題もないはずなのに、人々が高熱を出して
たちまち死んでしまう病気になっていきました。

国の人々は口々に紫の煙が国中に回ったせいだと噂しましたが、
しかし、王様は隣の国の王様に紫色の煙は関係ないことを
伝えられていたので、それは関係ないと人々に伝えました。

病気の原因は国の中心の川の汚い水と、皆が暖炉にくべる
泥の炭の色のない白い煙が体に毒なのだと。

紫の煙は、色は不気味だが、安全の証拠だったのだと。

焦ったのはまずいパン屋です。そのパン屋は言いました。

「隣の国は嘘つきだ。うちの王様は国を売ろうとしている!」

人々はまずいパン屋さんの言葉を信じました。
だって色のない白い煙の方が毒だなんて、誰も思いませんでしたから。

怒った人々は、王様の城を破壊して王様を殺してしまいました。

まずいパン屋はホッと胸をなでおろして、そのまま毒入りパンを
売り続けます。


数年経って、山のふもとのパン屋さんは、昔住んでいた国の人々が
病気と飢えに苦しみ、滅びかけていると聞きました。

そしてすべての原因は、もう吹き出しもしていない、
紫色の煙のせいにしていると。

パン屋さんは懐かしそうに、そして悲しそうに、
反対側の山のふもとから故郷の国を想いました。

パン屋さんと紫の煙

パン屋さんと紫の煙

山のふもとに住んでいるパン屋さんは、凄くおいしいパンを作ることで有名です。 そんなパン屋さんが住む国で大きな地震。山の一部が壊れて、割れ目から不気味な 紫色の煙を吹き出すようになりました…。 子供向けの童話です。

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