輪廻終了99の現場

首代奏次《しゅだいそうじ》は27歳にして極悪人だった。

小学生の時、同級生を学校の旧校舎から突き落とした事から端を為し、
人を蹴落とす事に至上の喜びを見出す男だった。

勿論司法の手に掛かるようでは、より沢山の人間を蹴落とすなど出来はしない。
だから奏次は自らの手を汚さず、尚且つ自分が無関係であるように装い、
標的を人生の奈落まで突き落とし、標的自らが落命する事を
全きの楽しみにしていた。

そんな首代奏次であるが、あと一人で100人目の標的殺害に至る前に、
スキルス胃がんであっさりと落命した。

奏次は死後、鬼ではなくスーツを着た背の高い男たちに両脇を抱えられ
基督教会の懺悔室に酷似したそれに突然放り投げられた。

「それじゃ始めますか」

抑揚のない声で、黒縁眼鏡で黒スーツの痩身長駆の男が言う。

彼の前で古びた木の椅子に腰掛け、同じく古びた机を挟んで
奏次に投げる視線はあまりにも空虚で無関心だった。

「は?何を」

奏次は立ち上がりスーツの男にメンチを切ったが、彼は全く意を介さず
ただ事務的にその長い手を上げ、奏次に対面の椅子を勧める。

「どうぞ」
「どうぞじゃねえよ、お前何様だ」
「私は神様です」

一足す一は二、誰でも当たり前にする即答。
まさしくそれと同じ抑揚で、スーツの男は自分を神と名乗り、奏次に椅子を勧める。
対して奏次は、己の死さえもいまいち掴みきれていないのにも関わらず
丹波なんたらや、水木なんたらだとかが唱えていた、霊の世界とは程遠い
奇妙な場所に困惑し、尚且つ明らかに事務方のような男に神と名乗られ
ただただ、困惑と不可解だけが脳内を交錯していた。

「椅子に座りたくなければそれでもよろしい。後がつかえています」
「おい、冗談だろ。お前みたいなのが神様って、ありえねーだろ!」
「ご期待に添えず申し訳ない。では、審議を始めます」

悪態をついても全く動じない自称神様は、いきり立つ奏次の前ファイルを開いて、
一つの黒いB4サイズの封筒を取り出した。

「てめえ!人をからかうのも大概に…っ!」

奏次は腕を振り上げ、男の頬に少年時代に空手で鍛えた拳を食らわせようとしたが、
彼はその拳を白い手袋をした手で受け止め、そのまま奏次の手首を掴んで90度に
腕を振り上げる。

「あァっ?!」

奏次の体は宙に舞い、自称神様がその腕をまた元の位置に戻した事で、
傷んだ木の床に無様に叩き付けられた。

「職務遂行の邪魔をなさらないで下さい。あ、雑言はご勝手に」

淡々と告げる男が神かどうかは解らないが、明らかに人では
無いことに奏次も納得し、木の床で尻をついたまま、黒い男を見上げた。

「シュダイソウジ。貴方には2つ選択肢があります」

黒い封筒から2枚の紙を取り出す。
一つは水色、一つは赤色の紙で、よくある羊皮紙ではなくどう見ても
色上質紙の類である。

「どうせ、どこの地獄かを選ぶんだろ」

自分の悪行くらいは自覚していたので、奏次は精一杯に神に悪態を付く。

「地獄も天国も輪廻を終えたものが行くところです」
「あ?」
「貴方の輪廻は終わってません。シュダイソウジ、選んで下さい」

抑揚なく、機械のように奏次の台詞に答え、神は2枚の紙を彼に突きつけた。

不可解と不条理のオンパレードに、この奇妙な空間から出て自由になりたい
奏次は2枚の紙を見上げ、そこに書かれた文字を見た。

水色の紙には【痛みも苦しみもなく死に続ける輪廻】
赤色の紙には【激痛と恐怖と苦悩を生き続ける輪廻】

「…そんなもん。こっちがいいに決まってるだろ」

奏次は水色の紙を奪い取って翻し、神に紙を提示した。

「輪廻決定は99回に1回です。それが99回続きますが、良いですか?」

神は赤い紙を黒い封筒に仕舞い、奏次から水色の紙を受け取った。

「いいも何も、誰も辛くて苦しいなんて選ぶかよ!さっさと終わらせろ!」

もう沢山だ!奏次は叫んで木の床に拳を叩きつけ、神を睨む。

「委細承知しました。ではいってらっしゃい」



奏次が目覚めた時に初めて目にしたのは、自らと同じ大きさをした巨大な包丁だった。

『な、なななな?!』

声を上げる暇もなく、奏次の体に包丁が食い込み、彼は絶叫する。

『おい、話が違うだろ!痛みも苦しみもないはずなのに!』

ぐりぐりと包丁は奏次の体を抉り、裂き、捌いていく。
暫くその状況に絶叫していた奏次だが、ふと、事実に気づく。

痛くない。

包丁の重みと何かが食い込むという感覚はあるものの、苦痛は無い。

『なんなんだ、なんだこれは』

奏次は首を左右に振るわせてあたりを見回すと、そこは厨房のようで
自分はそこをよく知っていた。

「おい、板さん。できたかい?」

知っている声に奏次は顔を上げる。
喪服姿のその男は、自分が蹴落とし殺害するはずだった記念すべき
100人目の予定の男-買収したホテルの持ち主だ。
奏次はこのホテルを買収し、リゾート地にする計画を立てていたが、
構想の時点で死んでしまった。計画は頓挫し、持ち主は首を括らずに済んだ。

「憎たらしい奴とはいえ、筆頭株主だからな。葬式の馳走はしっかりやってくれ」

事業主は、いかつい面構えの男の肩を叩いて人の良さそうな微笑みを返し
そしてまた奏次の方を見返して、自信満々に、頷きある言葉を紡いだ。
その言葉を聞いた奏次は、己の選択があまりに浅はかであった事に気付かされる。


「しかし、旨そうな魚の活け作りだなぁ」



オートメーション化した常世では、特に善悪の天秤が大きく傾かない限り
本人が気づかぬ前に転生工場に発送され、ランダムに振り分けた
現世コンベアに乗せて終了になる。
だが悪に傾きすぎた場合に限り、その魂には死ぬ直前に
魂の輪廻終了宣言【99】キイ・ワードを伝達し、神が手作業の選定を行う。

が、年々手作業が増えてきて、神も少々疲労が溜まってきていた。

「どうせいつも彼らは水色を選ぶのだし、99の意味もその頃には忘れてしまうし」

またもサービス残業になった神は、深く溜息を付いてからタイムカードを押した。

「手作業処理不要を会議に提案しますか」

神は眼鏡を外してポケットにしまいこみ、現世の告解室に似せた作業場を後にした。

輪廻終了99の現場

輪廻終了99の現場

極悪人が見た、常世での奇妙な一端。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-09-07

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