愚浄化

創作表現上、グロテスクな描写があります。

猫が鼠を銜えて私の所にやってきた。

この猫は、私が長年飼っている黒い毛に金の瞳をした、ごく一般的な黒猫だ。
以前は雀やら虫やらを銜えてきては、私の机に置いていく。

恐らくは、獲物を獲ったことを誇示したいのだろうが、はた迷惑な話だ。
根気よく躾けた結果、それを一切やめたというのに、今日になってまた始まった。

私は猫の目の前で燃え盛る暖炉に鼠を放り投げる。

猫の視線が鼠へ、そして暖炉へと移行した。燃えて獣の燃える
なんとも言えない臭気が、部屋に薄く染み渡っていく。

不意に猫の金の瞳が怪しく輝いて、私を睨んだような気がしたが、
私は気にせず猫の襟首を掴んで書斎から追い出した。

なぜ猫はこのような事をするのだろう。
己が優秀だという誇示なのだろうか。馬鹿馬鹿しい。
優越感に陶酔し、声高らかに我が身を宣伝する馬鹿を私は沢山見ている。
鼻につく、嫌なやつらだ。
対して仕事もできない割に、小さな仕事をまるで大事業を成し遂げたように
したり顔で私に自慢をし、そして説教を垂れる。
成績は変わらないのに、とにかく認めてもらいたいのか優越感がほしいのか
解らないが、私にはどうでもいいし寧ろうっとおしいので消えてほしいと願っている。

そう考えている最中、また猫が入ってきた。
私の膝に飛び乗り、机にまた小さな物体を置いた。また鼠だ。
当の猫はというと、小首をかしげて目を輝かせていた。

ほめて
ほめて
賞賛して
認めて
素晴らしいでしょ
褒めろよ
お前は私よりも劣る
認めろよ
認めてそしてひざまづけ

私は気づくとその猫と鼠を暖炉に放り込んでいた。
猫の断末魔と、溶けゆく目玉と焦げゆく体毛と、みちみちと音を立てて
炙られ筋肉繊維がプチンプチンとちぎれて燃えていく様をじっと見つめる。

そんな時に今度は妻がやってきた。

なにをしているの、猫に何の罪もないじゃない!
貴方最近おかしいわ、デュークに成績を追いぬかれてから
いつも書斎にこもって仕事もしないでぶつぶつ何か言っていて。
あの人が心配して電話をしてきているのになんで出ないの。
仕事仲間じゃない、なんで貴方はいつもそうなの。

いつも
いつも
金も入れず
引きこもり
私につらい思いをさせて
お前は私よりも劣る
認めろよ
認めてそしてひざまづけ

私は気づくとその妻を暖炉に蹴り入れていた。
妻が這い出てこようとするのを、私は火かき棒で額を殴った。
1回目で頭蓋が割れた。2回目で脳漿が見えた。3回目で豆腐が潰れる音がした。
そこでやっと妻が焼かれた。鼠や猫どころではない、胸糞悪い臭気が部屋に充満した。
溶けゆく目玉、蕩ける脳髄、火ぶくれで破裂する唇、みちみちと音を立てて
炙られ筋肉繊維がブチブチとちぎれて燃えていく様をじっと見つめる。

なんだこれは。
皆優越感の為に人を痛罵し、見下すことしか出来ないのか。
哀れすぎる。実に哀れだ。

ふいに私は気づいた。

私も猫や妻に優越感を持ちたいがゆえに黙らせたかった事を。
それを思った途端、怒りが湧き始め、半生の猫と妻を火かき棒で
引きずり出した後、私は怒りのままに炎の中に飛び込んだ。


ほめて
ほめて
賞賛して
認めて
素晴らしいでしょ
褒めろよ
お前は私よりも劣る
認めろよ
認めてそしてひざまづけ


燃え盛る炎の中で、醜い自分が浄化され
黒い人々が拍手喝采で私を讃えた。

愚浄化

愚浄化

自己顕示欲が生み出す人間の狂気を書いた短編

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-09-07

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