占い中毒

占い中毒

『おはようございます! さぁ、時刻は朝5時50分、今日の占いのコーナーです!』
 アナウンサーのこの言葉が、毎朝僕を目覚めさせる。
 早朝のニュース番組内でやっている占いコーナーを見ることが僕の日課だ。
『さぁて、1位は……おめでとうございます! 1位は乙女座! 何をやっても大成功でーす!』
 元気溢れるアナウンス。
 今日は何をやっても成功を収めるという。ちょうど今日はスピーチがある。その演説も大成功するだろうか。
 ベッドから起き上がるとまずは服を着替える。今日のラッキーカラーは青だから、青いTシャツを探してそれを着た。念のために靴下も青いものにしてみた。着替えが終わったら今度は朝食。朝はサラダと牛乳のみ。小食なのだ。
 軽くモーニングを済ませると、洗顔、歯磨きをし、最後に髪を整えてから家を出た。




 僕は元々占いのような非科学的なものは信じない人間だった。『現象には必ず理由がある』。ドラマで聞いた台詞を真似して、開運グッズやら心霊写真やらをアピールしてくる友人達に対抗していた。
 しかし、高校3年の夏、僕に転機が訪れた。
 その当時、なかなか成績が上がらず僕は悩んでいた。勉強もやっていた。1日9時間も。それなのに模試の偏差値はなかなか上がらない。当然順位も真ん中を行ったり来たり。こんな調子で志望校に合格することが出来るのだろうか? 不安が増幅すると、同時にやる気が出なくなってしまった。
 そんな僕の前に現れたのが、ある占いだった。
 勉強も手に着かず、ネットサーフィンをしていると、とある記事に目が止まった。【今年のあなたの運勢は・・・】。普段なら全く見ないようなサイトなのだが、このときの僕は、この不安をかき消してくれるものなら何でも良いと思っていたのだ。
 ページを開くと3つの大きな丸が現れる。丸の中にはそれぞれ【占星術】【9星】【タロット】という文字が。占いにはあまり詳しくなかったが、1番簡単に結果がわかりそうな【占星術】を選んだ。その名の通り、これは生まれたときの星座で占いをするものである。
 占星術のボタンを押すと、次のページに移動し、今度は12の文字が現れた。牡牛座から山羊座までの12の星座が並んでいる。僕は乙女座なので、獅子座の下にある文字をクリックする。すると次は今年の運勢の解説ページに移動した。



《乙女座の運勢》

 今年のあなたの運勢は、残念ながら良いものとは言えません。ですが、改善の余地は多いにあります!
 あなたは今、何かとても大きな悩みを抱えているようです。ですが、それは本当に大変なことですか? あまり深く考えないでください。そして、自分に自信を持ってください。そうすれば自ずと幸運がやってきますよ!

《ラッキーカラー:青》

《ラッキーアイテム:アクセサリなどの小物》



 これが、そのとき書かれていた内容だ。あれから何年も経ち、もうこのページは存在していない。
 今思い返せば、あれは普通のことを言っているに過ぎなかった。でも、当時の僕に希望を与えるのには充分だった。
 僕が占いに目覚めたのはこのときだった。その年は出来るだけ青いものを持つようにし、アクセサリも買ってバッグにつけた。そして、自分に自信を持つようにした。どんなときでも、自分は何でも出来ると心の中で唱え、無理矢理自信をつけた。するとどうだろう。停滞していた成績がある日グンと伸び、一気に学校のトップになった。そのまま成績を維持し、第1志望の大学に現役で合格することが出来たのだ!
 占いだ。占いのおかげで、僕は幸運を手に入れることが出来たのだ。



 それから僕は占いにのめり込んでいった。片っ端から占いサイトを見まくり、それに従って行動した。このときに占いの種類について色々知ることが出来た。カードを捲るタロット、特殊な石を使ったルーン占い、生年月日、名前などからナンバーを割り出す数秘術。世の中には色んな種類の占いがあった。
 それもそうだろう。古来、人間は自然現象を全て神的存在によるものだと考えていた。それ故どの地域でも占いが行われてきたが、それらも地域ごとに種類が違う。今日多種多様な占いが存在するのはそのためだろう、と僕は考える。
 しかし、数々の占いサイトを閲覧していて、僕はあることに気づいた。それぞれの占いはタイプが違うのだから、当然その結果にも違いが出て来るのだ。そうなると、あるサイトでは良しとされたものが、違うサイトではやめた方が良いという結果が出たとき、いったいどちらを信用すれば良いのだろうか?
 また、同じ形式の占いを行っていても、全く違う結果が記されているサイトも幾つもある。こうなるともう何処を信じれば良いかわからない。
 そんなときに出会ったのが、これらの占いとは別の形式の占いだ。その名も、手相占い。自分の手のひらに刻まれた線から運勢や潜在能力を知ることが出来る。線が意味する事はどこでも共通している。これなら迷うことも無い。
 早速占ってみることに。僕は生命線が長い。ということは長生きする筈だ。頭脳線は、まぁまぁか。感情線もそこそことして……あ、運命線がある! しかも何だ、隣にもうっすらと似たような線があるぞ。そうか、2重運命線か! でも、それにしてはもう1本が薄すぎやしないか?
 自分では判断出来ない線が多々出てきたので、駅前なんかに座っている占い師に見てもらうことにした。地元の駅前を適当に散策していると、如何にもそれらしい服を着た中年男性が、目を細めて座っていた。学校にあるものに似た机があり、その前にパイプ椅子が置かれている。僕が歩み寄ると、占い師は
「待ってましたよ」
 と言ってきた。あたかも初めから、僕が来ることを予期していたかのように。
「あの、僕の運勢はどんな感じですか?」
「どれどれ……ん? これは危険だ! 間もなくあなたに災難が降り掛かるという暗示が出ています!」
「ええっ?」
 戸惑う僕の目を見て、占い師が更に続ける。
「ははぁ、あのことで悩んでいるのだね?」
 思わず目の前の男の顔を凝視した。その反応に、男は満足げに笑みを浮かべた。このとき気づくべきだった。彼が使ったのは、占い詐欺師が使う常套手段だったと。
 それに気づけなかったのにはワケがあった。何を隠そう、このとき僕はある悩みを抱えていたのだ。それは、恋の悩み。
 占ってもらった日の1週間前。僕は付き合っていた彼女に対してある不安を抱いた。僕に飽きているのではないか、という不安だ。付き合ったばかりの頃は僕が話したことを熱心に聞き、そして笑顔で答えを返してくれていた。ところが、ある日突然彼女の態度が冷たくなった。こちらは不快なことは何もしていない。浮気もしていない。なら考えられることはただ1つ。僕に飽きてしまったのだ。
 すぐに認めることが出来ない。しかし直接聞くことも出来ない。そこで僕はまた占いにすがったのだ。
 占い師にその話をすると、
「うーん……その彼女とは離れた方が良いな」
「つまり、別れろってことですか?」
「うん。彼女の気と君の気は、本質的に合わないものなんだよね。だから、一緒にいると互いの気を相殺しちゃって、互いの運が下がっちゃうの。わかる?」
 まさかそんなことが起きるなんて。占いの世界は奥が深い。
「でも、何て言えば良いでしょう?」
「それは君が決めなさいよ。良いかい、君が近くにいることは、彼女のためにならないんだよ」
 ショックだった。彼女は僕のタイプの女性だし、優しい人だったから、出来れば別れたくなかった。逆の言葉を貰いたかった。「そのまま一緒にいるべきだ」という言葉を。
 だが結局、占い師は望んだ答えを出してくれなかった。
 後日、僕は彼女と別れた。付き合って8ヶ月後のことだった。一緒にいたら、君を台無しにしてしまう。それが、僕が選んだ言葉だった。
 心残りはあったが、これで良かったのだと何度も自分に言い聞かせて、早く忘れようとした。が、忘れるまで約半年かかってしまった。



 それから3年後、僕は大学を卒業し、所謂1流企業に就職した。
 このときもまだ僕は占いにのめり込んでいた。就活の前も占いサイトを見て対策を練った。どのような服を着れば良いか、どんなことに注意すれば良いかなど。それらに従って行動すると本当に上手く行くのだから驚きだ。中には当たらないこともあったが、それでも最も就職したかった会社に入ることは出来た。
 占いは当たる。そんな思いはますます強くなっていった。それは僕の私生活にまで大きく影響した。
「昼、あの店行かないか? この前美味かったろ、あの中華料理」
「中華料理……」
 僕はスマホを取り出してタロットのサイトを開き、その選択が正しいか否かを聞く。結果は、中華料理は避けた方が良いというものだった。
「ごめん、また今度な」
「ええ? ああ、わかったよ」
 どの料理を食べるべきか、どんな人と付き合うべきか。自分で考えれば良いことまで、僕は占いに頼っていた。企画を考える時も、まずは占いでソレが成功するか否かを聞く。企画に関してはまだ当たったことは無いし、食事や人間関係も何が正しい形なのかわからない。でも、コレに従っていれば必ず最高の人生を送れると思い込んでいたため、なかなか占いを私生活から切り離すことが出来なくなっていたのだ。
 何でもかんでも占いをしてから決めるものだから、僕の周りからは徐々に人が寄り付かなくなって行った。上司も僕と話すときは面倒くさそうに対応するようになった。
 あのときと同じだ。前に付き合っていた彼女も、段々僕に対する反応が冷めていったのだ。もしかしたら、ソレと同じ現象が起き始めているのかもしれない。占いをしてみると、やはり答えはYes。そう、この会社にいたら、僕も、そして社内の人間全員が幸運を逃すことになるのだ。
 そんなわけで、僕はこの会社を去ることに決めた。周りの人間は驚いていたが、これが自分にも彼等にとっても最善の方法なのだ。
 会社を辞めた僕は、ずっと家に籠っていた。この年は物事が上手く行かない年だったので、それなら出なければ良いと考えた故の行動だった。何をするのかと言えば、それは勿論占い。学生時代の友達から何度か誘われたことがあったが、全て欠席した。テレビをつけて番組の占いコーナーを見て、更にネットでも運勢を見る。それでも不安な時は、お金はかかったが電話で占い師と会話した。
「僕はこれから、どうすれば良いでしょう?」
「そうね……まずは、自分の気持ちを信じることね」
「自分を、信じる?」
「そう。それから何をやりたいのか考えなさい」
 何というアバウトな診断。だが、ほんの数分の会話が僕の心を救ってくれた。
 礼を言って電話を切り、床の上にごろんと寝っ転がる。電気もつけず、おまけにカーテンも閉め切っているため部屋は暗い。隙間から差し込む外の光も、夕方になると弱くなってゆく。テレビを消し、静かになった部屋。このまま眠りについてしまおう。それなら運勢は明日のものに切り替わる。このまま、ゆっくりと……。
 ウトウトしていた僕を、インターホンのけたたましい音が無理矢理起こす。いったい誰だろう、宅配便を頼んだ覚えは無いのだが。
 眠い目を擦りながらドアを開けると、そこには学生時代の友人が立っていた。友人は僕を見ると笑顔で声をかけた。
「お前、何だよこの部屋!」
「だって占いで……」
「占いって、お前これは異常だぞ? 真っ暗だし、中は滅茶苦茶だし、テーブルの上は汚いし」
 ここ数日、僕はカップラーメンや買い溜めしておいたパンなどで腹を満たしていた。外になかなか出ないため、半ゴミ屋敷状態だった。
 手で座るスペースを作ると、友人はそこにあぐらをかいて座った。
「会社辞めたって、本当か?」
 風の便りに聞いたらしい。それで心配になって僕の所に来てくれたそうだ。
「ああ」
「何でだよ? あんなに入りたがってた会社だったのに」
「一緒にいたら、互いの運が下がるだけだ」
「運? お前、まさか占いで決めたんじゃねぇだろうな?」
 大当たり。あらゆることを占いで決めている。
 そう答えると、友人は怒りの形相で僕の両肩を鷲掴みにし、体を揺さぶった。
「おい! いい加減にしろよ! そんなもん宛にならねぇだろうが!」
 彼は何を言っているのだろう? 占いは当たる。そのおかげで今の自分がいるのだ。今もこうして健やかに生きているのだ。
 無反応の僕を見て、彼はとうとう手を離し、深いため息をついた。そして、ある話を僕にした。
「前に別れた彼女、覚えてるだろ?」
「え? うん」
「お前にフラレてからな、あの子泣いてたんだぞ」
「え?」
「あの子、お前のために誕生日のプレゼントまで用意してたんだぞ? それなのにお前に変な理由でフラレて……今、あの子すっかり元気無くしちまってる」
 そんな馬鹿な。
 別れれば互いの運を守れると、あの占い師が言っていたではないか。友人の話が本当なら、彼女の運は前よりもひどくなっているということではないか。
 そのことを告げると、友人は立ち上がって帰る準備を始めた。
「まぁ、お前がこれから先もくだらない占いに頼るって言うなら俺は止めない。お前の人生だからな」
 そう言って、彼は部屋から出て行った。
 立ち上がって、自分の部屋を見回す。すると、今まで全く気にならなかった汚さが、部屋の暗さが溜まらなく嫌になってきた。そして、そんな部屋にいた自分が溜まらなく気味の悪いものに思えてきた。
 すぐに掃除を始めてゴミを処分し、久しぶりに部屋の明かりをつける。帰ってきた。そんな感じがした。片付けが終わると今度は腹が減ってきた。何か食べよう。手元にあった未開封のパンを開け、ソレを頬張った。美味い。本当に美味い。何度も何度もパンを噛み締めた。
 気づかなかったが、ここまで占いに頼らず、自分の意志だけで行動していた。しかし何も悪いことは起こらない。むしろ良いことばかりだ。
 自分は今まで、そんなものに振り回されてきたのか。危なかった。友人がいなければ、僕は今でも占いに縛られたままだっただろう。
 そうだ、これは自分の人生なんだ。自分のことを自分で決められないでどうするのだ。他人の診断なんかよりも、もっと信じるべきものがあるではないか!
 そんな単純なことに、この日ようやく気づいた。



 それから今に至るまで、僕は占いと言うものに頼ることはなくなった。あくまで遊び程度に考えるようになった。
 以前別れた彼女にはもう1度連絡をとった。彼女は既に新しい相手を見つけていたが、別に復縁を望んでいたのではない。謝れればそれで良かった。初めは戸惑っていた彼女も、笑顔で僕を許してくれた。
 人生は1度切り。自分の思い通りの人生を歩んだ方が楽しいに決まっている。今年、某有名企業の部長になった僕は、「自分を信じる」というのを座右の銘にしている。
 何故なら、「自分のことを信じなさい」と、あの占い師が言っていたから……。

占い中毒

主人公は、いつになったら中毒を克服出来るのやら……。

占い中毒

占いは諸刃の剣。希望を与えるときもあれば……。

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted