がまぐち

日常の不条理?こんなことがあったら気が狂うかも?どんなもんでしょう?感想を下さい。

がまぐち

   がまぐち     育田知未
 俺は昼下がりの空席の目立つ電車に乗っていた。どうも今日は調子が出ない。アルバイトをしても身が入らない。注文は聞き間違えるし、客に水は水をかけるし、会計も間違えてしまった。何をやっても上手くいかない。考えていても仕様がない。今日は午後のバイトを休ませてもらって家に帰ろう。・・・と、こうして電車に乗っている。周りを見回す。子ども連れの若いお母さんと営業途中のサラリーマン位しか居ない。下校する高校生すら乗っていない電車だ。閑散としている。上手くいかない時はこいつ等はどうやって気持ちを切り替えるんだろう。などと、ボーッと周りを眺めていた。俺はポケットに手をやった。ポケットにはプリティーな緑色の蛙を模ったがまぐちが入っている。蛙の口を開けてみる。俺の全財産の一万円札が一枚、そこには大事に折り畳まれて入っていた。そう言えば昼食も取ってない。どうりで、腹の虫がさっきから鳴っている訳だ。とりあえずはこれで腹ごしらえしよう。駅で降りたら家に行く前に近所のコンビニで弁当でも買おう。などと考え、俺は軽い眠りに就いた。
俺は駅で降りると早速近所のコンビニに行ってみた。陳列ケースには、弁当やサンウィッチ、おにぎりが並んでいる。昼下がりの割には品数も豊富である。気分を盛り上げるためだ。少し贅沢してもいいだろう。デラックス幕の内弁当でも買おう。俺は、ずっしり重い弁当を手にした。
「いらっしゃいませ。デラックス幕の内弁当が一点。よーいお茶が一点。合計で七百四十八円になります。」
おれは早速がまぐちを開けて、代金を払おうとした。おや、札がない。あるのは五円玉一枚だけだ。いやいやいや。さっきはたしかに一万円札があった。俺はこの両の目で確かにそれを確認したのだ!・・・お札が五円玉に化けた?・・・なぜ?俺はがまぐちをひっくり返して、裏返して、ゆすって見たが、一万円札はどこにもない。待てよ、反射的にポケットにでも入れたか?俺はポケットを、ズボンだけではなく、あるはずのないTシャツのポケットまで探した。ウーン、もしかして既にカウンターで店員に手渡しているとか?俺は店員の方を見たが、そこには、まだか!と言わんばかりの目で俺に冷たい視線を投げかける店員の姿しか無かった。そんなこんなのうちに俺の後ろには、五人以上の客が並んだ。店員の早くしてくれと言わんばかりの表情は益々冷たさを増して来た。こりゃいかん。
「やっぱりいいです。買うの止めます。」
店員の視線に耐えられなくなった俺は、そう言って弁当とお茶を陳列ケースに戻した。俺は顔から火が出るかと思うほどに顔を赤くしながら、コンビニを出ていった。
 参った。何でがまぐちに五円玉しか入ってないんだ。俺は改めてポケットというポケットを探した。でも、千円札どころかレシート一枚入っていない。うう、どうしようも無い、なんてこったと思う。きっと電車で寝た時に落としたに違いない。と感嘆しながら、がまぐちを再度開いてみる。
すると、どういうことか?一万円札らしきものが目に入って来た。俺は恐る恐るそれを広げてみた。なんと、諭吉様がこちらに向かって微笑んでいるではないか。その代わり、五円玉は姿を消していた。おかしい。・・・目の錯覚かいな?と思ったが、そんなことを考えている場合ではない。俺の腹は減りすぎていて、今にもお腹と背中がくっ付きそうなのだ。かといってさっき行ったコンビニにはさすがに入りづらい。俺は道端でしばらく考えた。車にクラクションを鳴らされても気がつかない位に考えた。そうだ、駅のエキナカショップに行ってサンドイッチと牛乳でもいい、とにかく何でも良い、直ぐに食べよう。そう決めると、俺は駅へとダッシュで向かった。
エキナカショップで早速俺はデラックスカツサンドウィッチと牛乳を買うこととした。がまぐちには、大事な、大事な一万円札が折り畳んで仕舞ってあるのは確認済みだった。
エキナカショップのおばちゃん、
「五百五十円になります。」
愛想のない声で代金を要求して来る。だから、俺はエキナカショップが嫌いだ。まあいい、今日は空腹につき勘弁してやる。俺はがまぐちを開けた。おお、やっぱりこんどはちゃんとお札が入っている。俺は釣りはいらないと言わんばかりに勢いよく札を渡した。
「お客さん。これなんなの?」
店員のおばちゃんは明らかに不機嫌そうに言うと、こちらに札を見せた。そこには、チョビ髭を生やした福澤諭吉がにやけていた。しかも、額面はゼロが一つ多い。十万円札!・・・高額紙幣だ。だが、しかし、今の日本では残念ながら十万円札は発行されていない。残念!いかん。どうしよう。このままでは俺はまるでニセ札作りの犯人にされてしまう。さっきから、エキナカのおばちゃんはこっちを見ている。何か言い訳を考えねば。
「スイマセン。どうやら、家で遊んでいた生涯ゲームの十万ドル札を間違えて持って来ちゃったようで。大変失敬!また今度!ごきげんよう!」
俺は訳のわからない敬語を繰り返し言うと、十万円札をひったくり、一目散にその場を去った。俺は訳が分からなくなった。とにかく落ち着きたい。空腹を抱えたまま急いで自宅に帰ることにした。家に着いた俺はすぐさま水道の蛇口を捻りコップを差し出すと、異様に渇いた咽に水を流し込んだ。落ち着きを取り戻した俺はベッドに座って考えた。俺は恐る恐る緑のがまぐちを開いた。まだ、例の札は入っている。札を広げてみる。すると、何の変哲もないありふれた一万円札、福澤諭吉が遠くを眺めていた。その視線は少し俺を馬鹿にしている様にも見えた。
 なんかおかしい、なんか変だ。このままでは俺は気が狂ってしまう。俺は何も悪い事はしていない。ちょっと朝からやる気がなかっただけだ。それなのに何という仕打ちだ。神様はとっても残酷なことをなさる。などとにわかクリスチャンの様になった。信仰心の欠片もないくせに多少の懺悔をすればこの事態もなんとか収まるかって、正に溺れる者は藁をも掴む。困った時の神頼みってところか。その時俺はハッと閃いた。そうだ、この家には預金通帳とキャッシュカードがあるじゃないか。少しぐらいバイト代の残りが入っている筈だ。なけなしのお金を下ろせば飯代ぐらいにはなるだろう、そうすればこんながまぐちに頼らなくてもいいんだよ。と気がついた。おれは今となっては憎き一万円札をこれまた憎きがまぐちに仕舞ってポケットに押し込むと、文字通り箪笥預金となっている通帳とキャッシュカードを探し出し銀行へと急いだ。
 三時前の銀行は異様にごった返しており、ATMコーナーも長蛇の列だった。こんな人ごみは早く脱出して家に帰って遅い昼飯でも食おう。待つこと十分ようやく俺の番が回って来た。そうだ、金を下ろす前に預金額を確認しておこう。それで、出来るだけ下ろしてしまおう。ちなみに記帳前の残高は567円。見ているこっちが寒くなってくる。この後、バイト代が入って、五万円を下ろしている筈だから、数千円の金は入っている筈だ。運が良ければ親から仕送りが入ってるかも!と考えると嬉しくなって来た。まずい。後ろに並んでいる客の視線が痛い。早く下ろして自分に順番を回して欲しいと訴えている。そう急がなくても直ぐに帰りますよー。と心の中でつぶやきながら、俺は通帳を記帳した。通帳が出てくる。と、ガーーン。びっくり仰天、通帳には数字が並んでおらず、「@*%&#」といった記号のみが並んでいるではないか?何のこっちやぁ?俺は立ち眩みがして来た。冷静な状態の自分であったならここで店員を呼んで抗議をしたかもしれない。だが、その時の俺は疲れていたことや、後ろの客の視線に耐えられなかったこともあり、その場を直ぐに離れてしまったのだった。
 銀行からの帰り道、俺はもう訳が分からなくなっていた。俺には直ぐに頼れると思える仲間が居なかったのだ。田舎も遠く、しかも真昼間のこの時間、電話をしても両親が出てくれるとは思えなかった。とぼとぼと歩く俺の前に一つの看板が目に入った。「スーパーマーケット・ジャンボ」俺はもう腹も減っていたので、そのまま、その店の中に入ってしまった。また、五円玉になっていたら困るが十万円札にでもなっていたら、
「これ新しい紙幣なんですよ、知らないんですか?」
などとごまかしてでも弁当をゲットしようと考えていた。入店する前に俺は恐る恐るがまぐちの口を開けて見る。すると、なんと、一万円札が五千円札になって入っていた。え?なんのこっちゃ。でも、これで何か食いもんが買える。と思うと俺は無性に嬉しかった。俺は五千円札が変化しないように手に握りしめながら、目をそらさないようにして、周りも気にしながら、弁当売り場に向かった。この時の俺は周りから見たらさぞかしおっかなびっくりと滑稽な歩きかたをしていたに違いないだろう。弁当売り場には夕食前ということもあり、多彩な品ぞろえで弁当が置いてあった。俺は幾つも弁当を買いたい衝動に駆られた。が、ちょっと待て。今はこの五千円しか俺は持っていない。次にいつ金が手に入るか分からない。無駄遣いは出来ない。と、本能的に思って立ち止った。俺は半ば何かに導かれるように、半ばそうしなければいけないと考え、食糧品売り場に向かった。そして、米と塩とふりかけとたまごと缶詰をかき集めた。しめて二千五百円ちょっとだ。これで数日間は食べられる。そう、贅沢をしなければ良いのだ。
 俺はお札が変わらないうちに、レジに向かった。愛想の悪いおばさんがレジ打ちをしていた。
「合計2523円になります。」
愛想悪く言った。俺はこれ以上札が変わってませんようにと祈りつつ、札をトレーの上に置いた。おばちゃんは俺にお釣りを手渡した。・・7477円。・・・
「おばさん、お釣り間違ってない?」
俺は思わず尋ねた。
「何言ってんだよ。お客さん。確かに一万円札預かってますよ。」
と、言うと、おばちゃんは俺が渡した札を広げて見せた。確かに、一万円札だった。俺はなぜか嬉しくなり、その場で泣いてしまった。おばちゃんは何が起きたのか訳が分からなかったらしい。泣きじゃくる俺に同情して、使いかけのポケットティッシュを俺に差し出してくれた。スーパーマーケットジャンボには暫く俺の啜り泣きと鼻をかむ音だけが響いていた。
 なんか、不思議なことってあるもんだな。でも、俺はこの出来事を深く考えない様にした。今日起きたことは俺がいくら説明しても他人にとっては空想にしか思えないだろうし、誰がなんといっても俺にとっては事実なんだ。要は俺がどう考えるかなんだ。という具合である。それにしても、たまには自分で料理するのも良いもんだ。なかなかいける。今度は大学の同級生でも呼んで料理でも披露してやるか。俺は部屋でたまご粥をすすりながらそう思った。

がまぐち

こんなことは絶対ない!だけど、似たようなことはある?パニックにならないように平常心・平常心。

がまぐち

ふしぎながまぐち。こんなことは絶対にありません。本人の気持ちの問題です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-05

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