practice(2)



 ブリキの摩耗が信じられない予備のブリキの『ボク』は油差しにカチャカチャとカラダをぶつけて,寝起きしている荷物袋の中から相談事みたいな不平を言った。ブリキの踵はヒトが思うより大事なんだと,言いたいことの趣旨は其処にあるらしい。語尾に金属音を残して,ブリキのおもちゃの一つである『ボク』はブリキのおもちゃとして言葉を紡ぐ。そういや踵の部分の調子が良くなかったことを思い出して私は,人としてそれを聞きながら足早に歩く。
 秋に遅れず,工具を手にして,『渡れない鳥』が丁寧に削った分だけ窓口は綺麗な半円の形をとっている。そこの『係りのもの』は決まり事を大事にした忠実な仕事をして,季節の傾きの中で窓口における次の季節に使うための表現の手続きを受け付ける。そこの案内人,訪問者の,無機物と有機物との区別を気にせずに燕尾服が似合いそうな体と,喩えれば人柄にあたる一羽としての深い眼差しを向けてフクロウは実際に羽を伸ばして声を掛けるのが常だ。「困ったことはありませんか。フクロウにでも,お聞き出来ることはありますよ。」と。
 その時期になると密になって多様になる,環境としての草原の中でスクスクと元気に育って夕陽に映えてる,首を垂れた稲穂の群れを掻き分ける足早な私と気配を合わせるように流れるススキは音もない風に乗って配る心を調えながら残す。そうして染み渡るような低音というものを試みてる。そこを,秘して進む野鼠の子は地面をケラケラ笑うけれどその理由は,勘違いに気付いていない揶揄なのだと野鼠としての親も気付けていないから何一つとして教えられたりしない。喉を潤すように,立ち止まれば水滴になった水に流れに世界はきちんと見えるということもただ立ち尽くして,大きく呼吸をするだけだ。もう少しすれば深いものになると分かるように。
 (擽られる踝に気を取られて,)向かっていた方向は窓口から外れて大きくなった。頭上を超えて,三回鳴るうちの二回を鳴り終わらせた案山子の古びたトランペットが矢印みたいなシルエットになって,目の前の原っぱにある。昼間の仕事を終えたようにのんびりと,その帰路をはっきりと辿っていたツバメは秋に似合いそうな長袖に羽と尻尾を上手に通して,足取りをゆっくりにしていた私と目があった。迷うことのないその目に,迷子になっていた私は足取りをゆっくりにして近付いて聞く。
「申し訳ない。窓口は,どこの方向になるのでしょうか。」
 ツバメは翻るような口調で言う。
「申し訳ない。実は私も分からないのです。」
 私は直ぐに返事を返す。
「ああ,それは申し訳ない。そこで働いていると,思ったものですから。」
 するとツバメは翻って言う。
「いえ,働いてはいるのです。あなたが思ったとおり,私はそこで働いています。今も仕事の帰りで,帰路の途中です。」
 それを聞いた私は,聞きたいことを短く返す。
「では,何故?」
 聞きたいことがすでに思い当たったツバメは,答えるべきことを直ぐに返した。
「朝は気まぐれで,風のようにその向きを変えるのです。陽とともに営業する窓口はそれに見事に合わせなければいけない。だから道はそこの一つとお教えすることが叶わないのです。その事情はもうじき陽が暮れるという今もその通りで,私が通って来た道はもう別の道になっているでしょう。だから,やはり申し訳ない。実は私も分からないということしか,私は教えられないのです。」
「では,もう辿り着くのは無理なのでしょうか。」
 ツバメの話を聞いて,思い当たったことを私はツバメに聞いた。秋に遅れる訳にはいかないのだ。予備のブリキの,『ボク』もカチャッと鳴らして荷物袋の中から聞き耳を立てている。
「いえ,機会はあると思います。何せまだ陽は暮れずにいるのですから。振り返って,進むのが妥当でしょう。最もオーソドックスで,確実なものですから。あとはもう運です。それしかありません,残念ながら。」
 徹頭徹尾,ツバメは嘘を一言も嘴から吐いたりしていない。だからツバメの「残念ながら。」には諦めも何もなく,素直に聞ける力があった。窓口への道がもう分からないツバメは明日,朝の陽とともにある道を行くだけだ。窓口に着くかどうかは私にも分からない。そして,ツバメにもやっぱり分からない。



 礼は,会釈をともなうことになって振り返った私は前を進んだ。案山子の古びたトランペットがまだ暮れない陽に真っ正面から照らされて,やっぱり矢印みたいに見えた。案内している方向は私が足早に向かおうとしている方向と噛み合っていないけど,安心はするものだ。古くても良いと思える一曲が聴けるというなら尚更に良い。背景と遠くに見える,灯りが季節の窓口に思える。
 掻き分ける,蜜になって多様になった環境の中の原っぱの真ん中で多くなって来た『暗がり』は意外とおしゃべりで「まあ,頑張れや。」とか「最善ってやつは,尽くすもんだぜ。」など,気持ちを浮かした励ましをよく贈った。「うるさい!」と言いたげに,ブリキの『ボク』がガチャガチャといってたけれど,悪い気はしてなかっただろう(喜んで,あるいは嬉しがっているようにも聞こえる,「ブリキの紡ぎに言葉を乗せて」と。)
潜めて,歌う歌と足早に歩む私の耳に合わせて,首を垂らした稲穂と一緒にススキはついさっきの出来事を教える。試みたことによるものかは分からないけれど水滴は,とても美しく浮いたそうだ。丸か四角か定まらない,動的な形状で出発点をココとするように発ったらしい。それは本当についさっきの,出来事だそうだ。ススキは繰り返す。それは本当についさっきの,出来事だそうだ。
 そのことに「見たかった。」ということと,「見れるように戻って来る。」ということをススキの最後に告げてから足早にしていた歩みを止めた,私は息を整えた。 半円の,綺麗な窓口から漏れる灯りは橙色で前に座る『係りのもの』を暗くして,影はやっぱり,鳥みたいに見えた。
 フクロウの案内人は私を見て,陽の暮れ具合を確かめてから無機物と有機物との区別を気にせずに燕尾服が似合いそうな体で一礼をして喩えれば,人柄にあたる一羽としての深い眼差しを滑らかな首の動きとともに私に向けた。荒い息を隠して私は目を合わせ,フクロウもそれを確認する。予備のブリキの『ボク』は多分に聞き耳を立てていた。それは私も同じだった。
  そうしてフクロウは言う。
 「困ったことはありませんか。フクロウにでも,お聞き出来ることはありますよ。」と。
 

practice(2)

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-05

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