海の見える村に於いて

友人と、同じテーマで掌編を書いて見せ合う遊びをしたときに書いたものです。ちなみにテーマは「自動販売機を登場させる」
少し前にまた別な友人と、インターネット上の小説や携帯小説は文章という形をとらずに単語の羅列や改行を多用する特徴がある、という話になったことがあり今回実際に試してみました。よって、視点を細かく入れ替えたり、そのたびに改行を入れたり、文体を変えるという工夫をしてみました。慣れない試みでうまくいっているかどうか分かりませんが、読んでいただけると幸いです。

海の見える村に於いて

 ――よう、久しぶり。
 自動販売機の前に立つと突然声をかけられた。辺りを見回してもそれらしい人影はない。
 ――ここだよ、こっち。
 その声には聞き覚えがあった。恐らく、学生時代の友人だ。声は自動販売機の裏から聞こえる。私はそろりと裏へ回る。
 ――そっちじゃない、中だ。内側だ。
 中。内側。
 ――俺、自販機のバイトしてんだよ。
「意味が分からない」
 ――自販機の中で飲み物出したりお釣り計算したり。
「手動なのか」


 私は海辺の集落に来ていました。周囲を山で囲まれて、古い漁船が数隻つなぎ止められていて、堤防のセメントは風化していました。その集落には宿屋が一軒あって――なんでも、その集落の端から見える岩の形が奇妙なもんだから、観光客はそれなりに来るそうです――私はしばらくそこに滞在していました。何泊もしてゆく人は珍しいようでした。


「計算力に手先の器用さ。要求される技能、相当なものですね」
 私の言葉に担当者は苦笑しながら答えた。
「まあ、需要がありますから」
 需要。
「手動化することに?」
「いえ、中に入ることにですね。あなたのような方、結構いらっしゃるんですよ」
 私自身、もっとまともで生産的な仕事があるだろうと感じる。
「で、仕事の話になります。初めは人の少ない、地方への配属となります」
 わかりました、と頷いて私は契約を完了させた。


 私はいつも、午後になると散歩へ出掛けます。海に面した大雑把な作りのコンクリの道を、サンダルで歩きます。天気がいいので少し陽に焼けますが、素肌を晒して歩きます。
 バスの止まる駐車場の近くに売店があり、そこでは土産物やら煙草やら、平凡なものばかりが並んでいます。私はその横を通りすぎて売店の裏、一台の自動販売機へ向かいます。


 バスに揺られ見えて来たのは、海辺の小さな漁村だった。田舎であることを覚悟はしていても、些か心細い。
 ――最初の三ヶ月は虚しいぜ。ほとんど人なんか来ない田舎に配属されるからな。
 自販機のバイトをしていた友人の声が蘇る。
 私は小さくため息をついた。


 ここに来るのは四日目になります。私は昨日、一昨日に倣って遠慮がちに、こんにちは、と声をかけました。自動販売機へ声をかけるというのはとても奇妙で、何だかくすぐったいような心地がします。
 私は百円硬貨と五十円硬貨を自動販売機の中へと落とすと、緑茶のペットボトルを買いました。


 最初に訪れたのは、女性だった。麦わら帽に白いワンピースを着て、少し陽に焼けた女性だった。
 彼女は五百円硬貨を自動販売機へと落とすと、首を傾げた。私はどうやって外に投入金額を表示するのかわからずに、戸惑っていたのだ。しばらくして彼女は取り消しのレバーを引いた。


 ――毎日、来るんだね。
「ええ、日課になっているんです」
 私はその場でキャップを開けてさらさらとした緑茶を飲みます。
 ――そう。
「迷惑でしょうか?」
 ――少しね。
 その返答は少し意外でした。自動販売機の中にいる方は、いつも少し淋しげでしたから。


 五百円硬貨を取り出し口に落とさなくてはならない。しかし、焦った私は思わず「すみません、少々お待ちを」と言ってしまった。彼女は相当戸惑っているようだったが「ええ、待ちます。冷たい緑茶の大きいのをください」と微笑んで見せた。私が「もう、大丈夫。ボタンを押して下さい」と言うと、笑って緑茶のボタンを押した。


「迷惑、でしたか」
 ――まあ、少しだけ。どちらかと言うと、一人になりたくてやってる訳だからね。
「どうしてなんでしょう?」
 ――自分の価値が知りたかった訳だよ。簡単に言えばね。
 私にはなんとなく、自動販売機の中にいる方の気持ちが分かる気がしました。


「自分の価値が知りたかった訳だよ。簡単に言えばね」
 彼女は四日間、毎日顔を見せた。
「僕はね、恐らくそんなに影響力のある人間じゃない。それだから寧ろ、きっぱりと自分には価値がないと言う証明が欲しかったのさ」
 彼女はいまいち要領の得ない顔をした。
「宙ぶらりんな状態がね、一番辛いんだよ」


 どうやら、自動販売機の中にいる方は自分にそれほどの価値が無いと感じているようでした。私には、その気持ちが痛いほど分かります。私がこの集落へ来た理由も凡そ似たようなものでしたから。


 ――私も感じていました。その気持ち、分かりますよ。
 ――じゃあ、普通の自動販売機だと思って使ってくれるかな。
 ――いえ、あなたは単に自己満足に浸っています。それを知るべきなんです。
 ――意味が分からない。
 ――私はここへ来て初めて、人の存在意義を知ったつもりです。
 ――それは君の自己満足だね。
 ――そうでしょうか。私は恐らくあなたに本質的に必要とされています。そして、その事象全体が私には必要だった訳です。
 ――妙な告白だね。いい迷惑だ。
 ――告白ではなく、単なる事実です。きっとあなたはこんな仕事、辞めるべきなんでしょう。
 ――やれやれ、僕は君を本質的に必要としていて、こんなことすぐ辞めるべきだ、と。君は不思議なことを言うんだね。
 ――そうですね。
 ――ああ、僕は自動販売機になった意味を見失ったよ。
 ――それでいいんでしょう。
 ――もしかすると、どこかでまた会うかもね。
 ――ええ、或いは会わないかも知れません。
 ――そりゃ、残念だ。
 ――そうでしょうか。会う必要はないんだと思います。この世界にはあなたを必要とし、あなたが必要とされている人がいる。それが大事なことです。
 ――そうかも知れない。僕はこの三ヶ月が済んだら、自動販売機を辞めることにするよ。
 ――ありがとうございます。
 ――こちらこそ。


 私は自動販売機から離れました。
 或いは、
 私は自動販売機から離れた。

海の見える村に於いて

海の見える村に於いて

友人と、同じテーマで掌編を書いて見せ合う遊びをしたときに書いたものです。ちなみにテーマは「自動販売機を登場させる」

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更新日
登録日
2013-09-03

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