ロールワールド 〜エピソード・オブ・イスマイル〜
蒸し暑い、狭い空間の中で彼女は朦朧としていた。目を開けると、暗すぎて何も見えない。外からは、嵐のような、凄まじい音が聞こえる。自分は漂流しているのだろうか…?今にも途切れそうな意識の中で、そのようなことを考えた。そして外の音が止んだ時、気力を振り絞りドアのようなものを開けた。しかし、またすぐに波は高くなり、荒れ狂う海へと放り出されてしまった。
知らない世界
ここはどこだろう。
口の中がじゃりじゃりする。どうやらここはどこかの海岸のようだ。
目を開けようとすると、異常なほどに明るい太陽が目を焼き付けた。とても開けていられない。
耳からは、穏やかな波の音が聞こえた。それと同時に、幼い、複数人の子供が自分の周りでヒソヒソと話している。どうやら、5人いるようだ。そのうち、女の子と思われる子供が、自分に声をかけてきた。
「あの、だ、大丈夫ですか?」
自分は一瞬戸惑った。何故なら、自分が話すべき言葉が見つからなかったのだ。自分は男なのか…女なのか…。「僕は」というべきか、「わたしは」と言うべきか…。自分の性別が分からなかったのだ。そうして少しうつむいたとき、すぐに分かった。自分には胸があった。
「え、ええ。私は大丈夫よ。ありがとう。」
まぶたを無理矢理開きながら言った。だんだん慣れてきたようだ。しかし、言葉遣いは何故かぎこちなく、慣れない感じがした。
「あの〜よかったらこれ着てください。」
………‼ なんてことだ‼今の今まで気がつかなかった…いや、胸があるということがわかった時に気がつくべきだった…。しかし、何故気がつかなかったのだろうか…。まるで私には、直ぐに服を着なくてはならない、という概念がなかったかのようだ。しかし、今はそんなことは言ってられない。女の子から服とタオルを貰うと、直ぐに体を拭いてその服を着た。
私はどうやら記憶喪失のようだ。綺麗さっぱりと言っていいほど何も覚えていない。名前すら思い出せなかった。
私はどこかに行くあてもなく、「あの、少しお礼がしたいから、あなたのお家に案内してくれるかしら?」と尋ねた。すると、隣にいた男の子から、予想外の返事が帰ってきた。
「おい‼お前失礼だぞ‼誰に向かって口を聞いてんだよ!」
「あ、あら、ごめんなさい。私は別に怪しい人じゃ……」
「俺たちは大天使だぞ‼仮にも人間がマクリーの家に行こうだなんて…」
私は耳を疑った。天使⁉……まさか、本気ではないだろうと思った。しかし、彼がマクリーだという彼女は、
「そ、そんな、やめてよ!ルーシー。私はまだそんな天使じゃないし……。それに、私
の家では無くても、イヴン婆様の館になら案内してあげても…」
私は益々混乱した。…私はもうすでに死んでいるのかな…まぁ、それはないか。子供達の遊び心だろう。でも、とりあえず家に行けるというなら早く行きたい。私は今にも泣き出しそうだった。心の底から湧き上がる孤独感を押し殺した。
「……じゃあ、案内してもらえるかしら?」
イブン婆様という人の館へ向かっている途中、私は自分のことよりも、自分が今いる場所のことについて考えていた。何故こんなところに来てしまったのだろう……考えてもキリがない。というか、何も思い浮かばない。
マクリーと名乗る彼女が言うには、まだかなり歩くらしい。私はとにかく、怪しまれないようにしながら慎重に様々なことを聞いた。彼らは、とても素直に答えてくれる。例外はいるが。もしかしたら、わざわざ慎重にならなくても良かったかもしれない。しかし、念のためだ。
リブ「で、名前はなんていうの?」
しまった……なんて言おうか……。いきなりの質問で言葉が詰まってしまった。もう正直に話そうか。リブと名乗る彼は何かを察したのかそれ以上何も言わなかったが、思い切って言ってみることにした。
「ごめんなさい。実は私…何も思い出せないの。ここがどこかも分からなくて…」
小さな子ども相手に何を話しているんだろう。若干話したことを後悔していたら、リブと名乗る彼の反応はとてもしっかりしていた。
リブ「そうなんだ。じゃあ、呼ぶ時に困るし、皆で名前考えてあげようよ!」
ライア「別に館についてからでいいんじゃないの?」
ライアと名乗る彼は落ち着いた雰囲気で答えた。確かに、それなら私にも都合がいいような気がするが……
リーファ「なんかお腹空いたなぁ。早く行こうよ!」
この子は何だかせっかちでマイペースのようだ。
他にも色々名ことを話していくうちに、私は彼らのことを、心の底から好きになった。
彼らは疲れた様子を見せなかったが、私はくたくただった。やっと館に着いたようだ。…しかし、本当にこれで館と言えるのだろうか。外壁はくずかかっており、蔦も固着している。見たところ一戸建だが、とても人が住んでそうにはなかった。海岸沿いを歩ってきたのだが、この館の目の前には広い海と砂浜、そして後ろには木々が生い茂っている。……館と周りの雰囲気が全然一致しない。
リブ「失礼しまーす‼イブン婆さん‼」
「…おじゃましまーす」
玄関に入ると、初めからくるのが分かってたようにお年寄りが私を迎え入れてくれた。腰が曲がっていて、身長は140cm程に見える。変わった装飾が施されている杖を使って歩み寄りながら言った。
「よく来たねぇ。寒かったろうに。さっ早く上がりな。スープが温まってるよ。……ああ、挨拶が遅れたね。私はイブンと言うものだよ。その子達から聞いているだろう?」
私はそのお婆さんに言われるがままに、子供達と一緒に部屋へと案内された。そこは色とりどり(やけに暗い色や、不気味なものばかりだが)の装飾品で埋め尽くされていて、狭い部屋だった。何に使うのだろうか…?そんな疑問を思い浮かべていると、イブン婆さんが
イブン「済まないねぇこんな部屋で。まぁ、ゆっくりくつろぎな。」
まるで心を読まれたかのようで、ドキッとした。子供たちは手渡されたスープを手に取ると、ゆっくりと口へと注ぎ込んだ。
イブン「ほら、あんたも飲みなさい。」
私はそんなに腹は減ってなかったが、折角もらったのでいただくことにした。そしてスープを飲み終えた瞬間、ドッと頭が重くなり、まぶたが自然に閉じていった。
イスマイルと過去
狭い部屋のフカフカのベットの上で目覚めると、ちょうどイブンと名乗るお婆さんがその部屋に入ってきた。
イブン「どうやら目覚めたようだねぇ。あの子らはまだぐっすりと寝ておるよ。」
「あ、あの、すいません…。」
イブン「ヒッヒッヒッヒ‼お礼くらいは言えるようだねぇ。」
そう言うと、ベッドの隣においてあった古びた木のイスに腰掛け、私の顔をじっと見つめ始めた。私は話しかける言葉も見つからず、少しうつむいていた。すると、突然私に話しかけてきた。
イブン「お前さんは今日から イスマイル と名乗るがいい。それがあんたの名前だ。分かったね?」
「…イスマイル……何故急にそんな……?」
イブン「ヒッヒッヒッヒッ‼心配しなさんな。あたしゃ夢占いしだよ。」
やけに甲高い声でそう言った。私はまだ頭がぼーっとしているせいか、妙に頭に響いた。
イブン「済まないねぇ。あんたを眠らせたのも、あんたの過去を見るためだったんだよ。さぁて、何から話そうかねぇ」
そう言っておもむろに戸棚の上にあった水晶を取り出した。お婆さん顔と同じ位の大きさだ。お婆さんは、その水晶に手をかざしながら言った。
イブン「まず、あんたはこのロールワールドに住むものではないようじゃな。ワシらのご先祖様と同じものを感じる。それにお前さんはついさっき産まれたばかりかのような感じじゃのう。深層心理はしっかりあるようじゃが、お前さんにはまるで過去がない。不思議じゃのう。ヒッヒッヒッ!」
混乱しそうな頭がますます混乱しそうになった。それはつまり、私の記憶については何も分からなかったということなのだろうか。
私は今のお婆さんの話で気になったことを聞いてみることにした。
イスマイル「あ…あの、ロ…ロールワールド?」
イブン「この世界のことじゃよ。ワシらはそう呼んどる。」
驚いた……まさかここは地球では無いというのか。私は急に不安になってきた。
イブン「安心せい。お前さんが何かのはずみでこの世界に来てしまったのなら、また元の世界に戻れるはずじゃ。まぁ、骨は折れると思うがの。ヒッヒッヒッ!」
イスマイル「…それで、あの、私が御先祖と同じ感じがするというのは…?」
イブン「それはワシにも分からん。何となくじゃよ。何となく。」
イスマイル「はぁ…。あと、私が生まれたばかりというのは一体どういうことなのでしょうか…?」
イブン「それはワシが聞きたいくらいじゃよ。本当に不思議なことじゃ。お前さんには、守護霊すらもおらんからの。」
イスマイル「…そうですか…。」
結局私が理解できたのは、私はちゃんと元の場所に戻れるということだ。そこに辿り着けさえすれば、何かは思い出すだろう。
そういえば、まだ気になっていることがあった。
イスマイル「そういえば、あの5人の子供達は一体何者なのでしょうか?あの子達は天使と名乗っていたのですが…。」
イブン「あぁ、あの子らは別の星にある、天界の住人じゃよ。天界に行ったら敬意を払うようにな。」
イスマイル「…別の星の…天界…?」
イブン「まぁ、今は知らんでええ。」
イスマイル「はぁ…。」
お言葉に甘えることにした。
イブン「とりあえず、今日はゆっくり休むがええ。」
そう言ってイブンお婆さんは狭い部屋の電気を消した。
ほとんど眠れなかった。カーテンの下から漏れる光が一向に暗くならない。それに若干息苦しい。ここら辺は大気が薄いのだろうか。
昨日(本当は時計が無いので何時かは分からないが)イブンお婆さんがテーブルの上に起きっぱなしにして行った大きな水晶玉から光が放たれている。これは一体何なのだろうか。触ってみようと思い、手を伸ばそうとしたら物音がしたので慌てて手を引っ込めた。
イブン「ヒッヒッヒ!その水晶玉が気になるかい?それは光の輝きで時を告げる水晶なんじゃ。不思議じゃろう?」
私はしばらくの間その水晶玉の輝きに見とれていた。水晶玉は静かに輝きを増したり、時には消えそうなほど弱くなったりしていた。この輝きをどのように見れば時間が分かるというのだろう。…と、その前に私はこれからどうすればいいんだろう……
イブン「安心せい。ついさっき御告げが聞こえた。イスマイル、これから海を渡ってアトランティス大陸に向かうんじゃ。あとはこの袋に入っている水晶が導いてくれるじゃろう。」
イスマイル「す、水晶…ですか…」
…また心を読んだのだろうか。些細なことでも読み取られそうで怖い。
それにしても、これから何をすればいいのか分かったのはいいが、酷く曖昧だ。アトランティス大陸というのは、確か伝説上の大陸だったような気がするが……なるべく気にしないようにした。
イスマイル「水晶が教えてくれるって、どうみれば良いのでしょうか…?」
イブン「ヒッヒッヒッ!心配しなさんな。いずれわかる。この館の前の海岸に小舟を用意しておいた。あとは自然に任せておけばいい。」
イスマイル「そうですか…何から何までありがとうございます。あの、それからあの子達にもお世話になったって伝えてください。」
イブン「おや、もう行くのかね。この水晶は絶対になくすんじゃないよ。いつか必ずお前さんの力になる。それとあの子らはいつもお前さんと一緒にいる。どうやらお前さんのことがとても気に入ったようじゃの。」
イスマイル「そ、そう…ですか…。じゃあ、ありがとうございました。」
いつものことだが、話の内容がさっぱり分からなかった。でもまた心を読まれそうなので深く考えないようにした。とりあえず今の私にはどうすることもできないので、お婆さんの話を信じて行くしかない。
海岸に出ると小舟が浮かんでいた。どうやって準備したのだろうか。まず一人で運べる大きさではない。
とりあえず船に乗り、帆を下ろした。木でできている為か、足を動かすたびにギシギシと音がなる。そして海岸と小舟を繋いでいたロープを外すと、舟がゆっくりと前へ動き出した。その瞬間、いきなり後ろから強い風が吹き、舟を思いっきり前へと動かした。こんなにうまくいくものなのだろうか…?
イブンお婆さんの言葉を信じて、古くボロボロになった館を見つめた。
……しまった……食糧も着替えも用意するのを忘れてしまった……。まぁ、イブンお婆さんを恨むわけにもいかない。
後悔と期待と不安を胸に残し、無事に大陸に着けるよう、心の底から祈った。
ロールワールド 〜エピソード・オブ・イスマイル〜
初投稿でこの「ロールワールド〜エピソード・オブ・イスマイル〜を読んでいただきありがとうございました。まだまだ文章の構成力がないせいか、少々ダラダラとしたストーリーになってしまいましたが、続編ではしっかりまとめますので、次回もよろしくお願い致します。