ルナの冒険1章~始まりの物語~

ルナの冒険1章~始まりの物語~

≪プロローグ≫
ここはエストレア王国。作物は豊かに実り、自然が美しいこの国は世界でも有数の平和な国である。
代々王族が民を魔法の力によって統治していることでも有名だ。
そして現第15代の王には2人の息子と1人の娘がいた。
母親である王妃はすでに亡くなってしまっていたが、この者たちは誰もが羨むような幸せな生活を送っていた。
…そう、あの事件が起こるまでは。

1話~悪夢~

「光があるところには必ず影がある…。
そのことを決して忘れないこと。…それから…」

…その後の言葉は忘れてしまったけど、
亡くなったお母さまは私によくそう言っていた。

でも私は、そうは思ってない。
だってこの国はとっても平和で犯罪もとても少ないもん。
光のようなこの国に、影なんかないと思う。

国民はみんな優しいし、食べ物も美味しいし…
なにより私のお父様、お兄様、そして弟が毎日、
国のため、民のために毎日一生懸命だもの。

国を統治するための魔法の力を高めたり、
難しそうなことを話し合ったり、
本当にいつも忙しそうだこと。
私と遊ぶ暇もないんだから…。

一応姫である私、3人の役になりたいけど…何もできないのよね。
これじゃあ、可憐な姫君失格だわ。
まあ、いつかは3人と力を合わせられる日がくると思うし。
なんとかなるよね!

私は自分の部屋の窓の横にある椅子に座り、
城下にある素晴らしい我が国を眺めながら、
穏やかな風に吹かれていた。

まあ、今はもう夜中の10時だから…暗くてほとんど見えないのだけれど。
小さな明かりが町を照らしている。
それに…なんて気持ちいい風でしょう。
夜風って病気になるって言うけど、こんなに気持ちいいなら、
別に少しくらいいいかなって思っちゃうわね。

「ルナ様、失礼いたします。」

美しい声がし、ノックとともに入ってきたのは侍女
…というか私のお世話係やお目付け役でもあるレイヤ。
レイヤは小さいころからの幼なじみなのだけど、
家が貴族で親に言われたからなのか、
最近は昔みたいに「ルナ」って呼んでくれなくて…ちょっと寂しいわ。

長い黒髪の美人で、女の私でもうっとりする。
金髪で癖っ毛のこの髪を持つ私の、永遠の憧れよね。
そんな私の気も知らないで、レイヤは続ける。

「ルナ様、今日はもう遅い時間でございますよ。そろそろ眠られた方がよろしいですわ。」

と、笑顔で窓を閉める。

「夜風にあたるのも、
毎回やめてくださいと言っているのに…」

と、いつもの口癖。
その素敵な微笑みと妙な迫力に押されそうになる。

い、いいえ!
…今日はそういうわけにはいきません!

「私、今日はどうしてもやらなくてはならないことが…。」

決意を込めて強い口調で、
レイヤの目をまっすぐひたすら見て、目で訴えた。
レイヤは数秒私の目を見て、
それから「ああ、成程」というようにうなずく。

嫌な笑い方。
まるでパズルが解けた子供みたい。

「では、あまり遅い時間になりませんよう、
ご注意をしてくださいませ?
…喜んでもらえるといいですわね。」

最後の言葉はいやにバカにしているように聞こえる…。
まあ、悪意はないのだろうけど。
無意識のうちに私をいじめるのを楽しんでる…?

レイヤは再び部屋の中をぐるりと見回し、
あるものを見つけ追い打ちをかけるようにクスリと笑った。

「な、なによ!言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!」

思わず顔が赤くなる。
もう!
この意地悪…。

「ハッキリ、申し上げてよろしいのですか?」

「え、ええ!もちろんよ。そのように意味もわからず笑われるのは不愉快だわ。」

「そうですね、申し訳ありませんでした。
明日はルナ様のお兄様であるヒカル様の20歳の誕生日でもあり王位継承の日。
きっとルナ様もお祝いのプレゼントを考えている。
でも恥ずかしがり屋の姫様はわたくしにそれをいうのが嫌なのでしょう?
だから内緒にしようとしてるのですかね?
すみません、もう分かってしまいました。」

何も、言い返せない…。

「プレゼントはそのベッドの下に隠されている、その黄金の剣といったところ。
先日、特別に職人に作らせていらっしゃりましたし。
ヒカル様は剣をお持ちにはなりませんけど、お守り代わりにとお渡しになるのですか?
…きっと、ヒカル様もお喜びになりますね。」

そうよ!
どうしてそこまで詳しくわかるのよ。
17才にもなってそんなことをするのはやっぱり幼稚かしら。
…全部図星さされて、私はそっぽをむいた。

「わかりますとも。ほかならぬルナ様のことですから。
そしてそんなルナ様の様子を見てつい、楽しくなり笑ってしまったのですよ。」

ベッドを整えながら、いつもどおりほほ笑む。

私だってレイヤと5年間過ごしているのに。
どうしてそんなに私のことがわかるのよ。
頬をふくらましてレイヤを見る。

しかし、

「では、わたくしは仕事の続きがありますので。
どうぞ、ごゆっくり。」

レイヤったら言いたい放題で、出て行ってしまった。

まったく、敵わないわね…。
でも、負けっぱなしなんて絶対にいやよ。
いつか私がレイヤに言いたい放題言ってやるんだから!

あ、でも!
さすがのレイヤもこれには気づかなかったでしょうね。
私は椅子から降りて、ドレッサーの中からペンダントを取り出した。
月と太陽がかたどられている、これは王位継承の儀式に欠かせないものなの。
丸い円盤上で、金色をしているから
部屋の電気の光を浴びてキラキラしていて…本当にきれい。

真ん中にはめてある石は魔法石。
魔法石というのは、石ごとにある一つの魔法の力を蓄えることができる、希少なもの。
炎の魔法を教えればこの透明な石は赤く、
水の魔法を教えれば青くなるらしいわ。
透明なままだから、これはまだ何の価値もないのだけれど。

その魔法石のなかには太陽と月の模様。
端っこには周りを囲むように、
5つの透明な小さな石が埋め込まれている。
神秘的な形だから、見ているだけで吸い込まれちゃいそうだわ…。

そんな素敵なペンダント。
実は私、これをこっそりと持ち出してきたの。

だって、ただプレゼントを渡すだけではつまらないじゃない。
だから私が考えた方法は0時の鐘と同時に渡すこと。
そしてプレゼントを渡すとき、
私が首にこのペンダントを掛けてあげること。

お兄様のきれいな黄金の髪にきっと似合うわ!
我ながらロマンチックで素敵な考え。
レイヤが「ヒカル様もお喜びになりますね。」って言っていたけど
喜ばせるだけなんてつまらない!
驚かせちゃうんだから!

そして、私はペンダントを箱にしまい、
ベッドの下から剣をとりだして見つめた。

もちろん、私は剣なんて使えないから、
鞘から剣を出したりはしない。
でも、お兄様は剣術に優れてらっしゃるから
…ピッタリ、のはずなのよね。

だけど…きっと使わないだろうな。
いいえ、使えないといったほうが正しいわ。

だって、お兄様はとても優しいから。
優しいのは良いことだと思うんだけど、
国を治めるには少し優しすぎるのではないか
と大臣たちが話すのを最近よく耳にする。

王様は時にはとても辛い判断をしないといけないらしいものね。
犬一匹、いいえ、虫一匹ですら殺すのを嫌がるお兄様は大丈夫かと
…大臣たちの噂で少しだけ私も心配になったの。

本当はまだ王位継承の儀式は早いのよね。
お兄様は明日やっと20歳。
権利はあるとはいえまだまだ若すぎるし、
政治のことだって学んでいる途中。

ただ、お父様の調子が最近よくないらしいから。
早めに王位を譲ってお父様に教えてもらいながら政治を行うそう。
お兄様、無理しないといいのだけど。

…そうよ!
お兄様のため、国のために、私もお手伝いしなくては!
とは言っても、きっと私は頼りにはならないんだろうな。
今ですら何もできていないもんね。

…でも私たちには弟がいるから大丈夫!
弟の名はユエ。
意地悪で不器用なところもあるけど、
賢く、凛々しい立派な弟…。

きっと3人で力を合わせれば、
きっとこの国はますます繁栄することでしょう。

私も2人の役に少しでも立てるようにならないと!
その前にちょっと乱暴で、
おっちょこちょいなところを直して素敵な姫になろうっと。
可愛さだけでは勝負には勝てませんものねえ…。

「お兄様、喜んでくれるかしら…?」

そんな風に今日の計画を再確認しつつ、
考え事をしながらベッドに少しだけ横になる。
久しぶりにこんなに頭を使ったから、眠くなったわ…。

「5分だけ…。」

―☆―☆―☆―☆―☆―

そして気がつくと、いつの間にかすっかり眠ってしまったよう。
時計を見るとあと5分で0時…。

た、大変!
これほどの計画が水の泡になってしまう!
ここから部屋まで、は走っても3分ほどかかるわ…。

私はプレゼントと時間をきっかり揃えた時計を持ち、
慌てて部屋を飛び出す。

バターンと扉が豪快にしまる音が私のいる階全体に響き渡る。
プレゼントの箱はしっかり手に持ち、ペンダントは首元に下げた。

だけど…。
ああ、もう私ったら!
また乱暴なことをしている。
ついさっき素敵な姫になろうと、決意したばかりなのに。

自己嫌悪…。
隣の部屋のレイヤを起こしてしまったかもしれないわね…。
ごめん、レイヤ!
レイヤの怒った顔も怖いけど。
でも、今はこっちに間に合わないほうが大変!

階段を最上階まで一気に上りきる。
今日、お父様とお兄様はこの書斎といわれる、
本がたくさんある部屋にいると言っていたわ。

あまり私の部屋から遠い部屋でなくて、本当によかった。
間に合わなくなるところだったもの。

私は荒くなった息を深呼吸して整える。
体力、もう少しつけましょう…。

秒針を確認すると10秒前!
せ、セーフ!

そしていよいよ、カウントダウン!
お兄様が喜ぶ姿や、二人が驚く姿を想像してわくわくしてしまう。

「5、4、3、2…」

秒数が少なくなるにつれ、
カウントダウンする声もどんどん大きくなってきてしまう。

「1っ!」

その時下の階で、誰かが私を呼ぶ声が聞こえたような気がしたのだけど…。
今はそんな場合じゃないわ。

私は時計の短針が動くのをみて、
すぐに目の前の重々しい扉を開けた。
そして部屋に入って、声を張り上げる。

「お誕生日、おめでとうございます!お兄様!」

大声を張り上げてから気づく。
今は夜中でした。
侍女や護衛の人も起こしてしまったかも。

またやっちゃった…。
みんなに申し訳ないなあ。

でも少したっても、あれほどの大きな声を上げたというのに…
お兄様も、一緒にいるはずのお父様も返事をなさらない。

「どうしたのかな?」

私、部屋を間違えた?
部屋を見渡すとたくさんの本棚に、
その真ん中には大きい長方形の木製デスク。

…やっぱりこの部屋であっている。

てっきり二人はこの正面のデスクで、
話し合っているとばかり思っていたのに。
そこには読みかけであろう資料が山積みになっている。

「二人そろって、トイレなんてことはないでしょうし…。」

奥の部屋にいるのかしら?
私の声、聞こえてないのかな?

あたりを少し警戒しながら、ソロソロと奥の部屋の方へ進み始める。
すると、

「来るな、ルナ!」

という、切羽つまった声が聞こえてきた。

今のは
…お、お兄様の叫び声?!

普段はおっとりしていて、大きい声など出さない、
あのお兄様が…あんな風に声を張り上げるなんて。

ただ事ではない。

私は確かめたくて奥の部屋に行く。
でも、なんだか嫌な予感がしていた。
なんだかわからないけど、心臓の音がやけに早く大きくなる。

確実に何か、おかしい。

いつものこの部屋のはずで、同じ本棚と本の数なのに、
なんだか今日は、とても部屋全体が禍々しい雰囲気に包まれている。

「行ってはいけない」と頭が言うけど…。
恐怖よりも、お兄様が心配だという心が動く。

足が一歩、また一歩と確実に動く。
奥の部屋で何か、確実に起こっている。

奥の部屋までそんなに距離はなく、
すぐに扉の前に私は着いた。
その扉はいつもより大きく、黒く見えて…。
目が、逸らせない。

深呼吸をして、ごくりと唾を飲み込み、
震える手で、ドアをゆっくりとあけた。

ギギギギィっと音がして、いつもより重く感じたドアはあいた。


その瞬間。


「く、来るなっ!…ぐはっ!!!」


飛び散る血。

鈍く光る剣。

冷たい瞳。


私はそこで信じられない光景をみた。

そこでは、お兄様が、
お兄様の腹部に1本の剣が突き刺さっている状態の、お兄様が…いた。

私はその時、すべてを疑った。

自分の目を、耳を、頭を。
生々しい血の匂いを。

あれはお兄様の…血、なの…?

月明かりにかろうじて見えるお兄様の顔は
…驚き、戸惑い、悲しみに満ちて…でも、抵抗した様子はない。

私はよく、分からなかった。
これが頭が真っ白になるということなのかもしれない。


だって、ありえないもの。


その、お兄様を刺している剣を握っているのは…

返り血を浴び、冷酷な瞳でお兄様を見ているのは。


「ゆ…ユエ…なの…?」


そう、私の弟であるユエだった。

銀色の髪に雪のように白い肌。
小さなころは、よく女の子に間違えられたくらいの美少年。
私の自慢の弟のユエ…。

ユエは何も答える様子はなく、剣を黙って引き抜く…。
お兄様の真っ赤な血が、
大量に、辺り一面に飛び散った。

周りの本棚に、ユエに、
私に、その血が勢いよくかかる。
お兄様は力なくその場に崩れ落ちた。

私はハッとしてお兄様に駆け寄り、叫ぶ。

「お、お兄様?!返事をして、お兄様?!」

恐怖と混乱。

動かなくなったお兄様の体を、必死に動かす。
どんなに動かしても、お兄様は起きてくれない。
いつもみたいに「冗談だよ」って、優しい笑顔を見せてくれない。

そして、ふと頭を見ると黄金の髪にも血はついていることに、
私はハッとした…頭からも血が出ている?
私が来る前に、誰かに殴られたのだろうか。

いつもは澄んでいるの紅色の瞳は、何も移していなく虚ろで。
どんなに動かしても、声をかけても反応はない。
目頭があつくなる。


いやだ…!
お兄様、起きて下さい!


そう叫ぶ。
しかし唇が震えていて叫びすぎて、
もう声という声にはならなかった。

ふと自分の手の生温かいものに気づく。
おそるおそる、自分の手を見ると
…お兄様の血がベトリとついていた。

「あ…。ああぁ…。」

手が震える。
これは自分の手が震えているのか、
視界がぼやけているからそう見えるのか。
私は愕然としながら、目の前にいるユエを見た。

何も見えていないような、真っ暗な銀色の瞳。
瞳と同じ色の短い髪は血がついて赤く染まっていて
…右手にはまだお兄様を貫いた剣を持ち、私を眺めていた。

「ユエ、あなた、あ、あなたが…?」

私は信じられずに尋ねる。
声も震えてうまく話せない。
たまらず、何も言わないユエから目をそらす。

するとユエの足もとに、
お父様がいることに気づいた。

お兄様と同じで腹部からも頭部からも胸部からも、血が出ている。
その血の量はお兄様の何倍も多く、お父様と分かるのに時間がかかった。

栗色の髪の毛が、
わざと血をかけたかのように真っ赤である。
そして、今まで見たことがない位、
憎々しいものを見る目をしてお父様は亡くなられていた。


あの血で、怪我で、生きられるものなどいるのか。

今度はもう、声も出なかった。

理解が、できない、わからない。
自然と涙が流れだす。

脱力感と無力感。

でも一縷の希望を捨てたくなくて、
私はユエに目をもう一度向け、
言葉を振り絞って尋ねる。

「ゆ、ユエ?
これは強盗の仕業なんだよね、そうなんでしょ?
優しくて賢いあなたがこんなこと、しないものね?」

ユエがやったのではないと、言って欲しくて半分笑いながら、
でも目の前で今起きたことは…ユエがやったことに間違いないと分かっていて
半分泣きながら、私はユエに話しかける。

「違うでしょ?!私は、私は分かってるよ!
ユエはそんなことするような子じゃないもんね?」

口調はだんだん荒くなる。
泣きながら、懇願する。

ユエは黙ったままだ。

「ユエ!ユエがやったんじゃないって…違うって、違うっていってよおおおお!」

もう限界で、たまらず叫び声になる。
叫び声というより、断末魔のような、自分でも恐ろしくなるような声。
それでも、ユエは眉ひとつピクリと動かさなかった。

いつの間にか握っていた自分の手は、強く握りすぎて血が出てきていた。
しかし今は、そんなことはどうでもいい。

信じられない、信じたくない!

否定してほしいのにユエは沈黙を貫く。
ああ、夢なのかもしれない。

いやだ!
涙で顔がぐちゃぐちゃになる。

そして、私はいつしか嗚咽と泣き声しか出せなくなった。
するとユエは目を数秒つぶり、そしてカッと目を開くと剣を持っている右手をゆらりと持ち上げた。
剣が月明かりでまた鈍く光る。

こ、殺される…?

ううん。
でも、ユエはそんなことしないよね?

私は固くなり、目をギュッと閉じた。
さらに手を固く握る。

剣が振り下ろされる気配がしたとたん。



その刹那。
キーンと剣と剣がぶつかり合う音がした。

「姫様、ご無事ですか?!」

剣を短刀で受け止めていたのは、赤茶色の髪に赤色の瞳。
いつも笑顔を絶やさない…とっても頼りになる、
私の護衛兵の一人。

「アルト…。」

私は、アルトが来てくれたことを素直に喜んだ。

アルトは私が心から信頼する人間の一人。
まだ、私が絶望の中にいることに変わりはないけど、
アルトという光が…ほんの少しの希望を期待させた。

アルトは私を背中でかばいながら、必死に剣を受け止めていた。
どうやら私が目をつむっている間に、私とユエの間に入ってくれたらしい。

その背中は汗でぐっしょりで、
急いで駆け付けてくれたことがわかった。
まだ呼吸も荒いのは、そのせいなのだろう。
いつもはバカなアルトが…今はとても頼もしい。

アルトは剣を弾き飛ばして、
半分叫ぶように言った。

「姫様、早くお逃げ下さい!…くっ!」

その一瞬をつき、ユエがアルトに攻撃する。

ユエは頭脳明晰でありながら、
武術、剣術とも王族歴代トップといわれるほど、秀でている。
そして氷の魔法を使うことができる。

アルトも武術は得意で私の護衛兵のトップであり、
動体視力を極限まで高める魔法が使える。
でも、その能力ももって10分程度。
しかも息が乱れている状態のままで、
私をかばいながらの防戦一方なので苦戦している。

アルトが少しでも優位に動けるように、私が移動しないと…。

でも私は体が動かなくなっていた。
足に力をいれようとしても、体が言うことを聞かないのだ。

ユエはそんな私をちらりと一瞥して、目と髪の毛を白銀に輝かせ始めた。
これは、ユエが魔法を使う合図だ。

このままだと、
もしかしたら私はアルトまで失ってしまうかもしれない…。
そんな恐怖が不意に私を襲う。

「た、立たないと…」

でも、私の思いとは裏腹に体はピクリとも動かない。
他の誰にも、もう死んで、ほしくないのに。

このままでは私もアルトも、殺されてしまう。
そんなのは、絶対にいや!

私は思わず、手に持っていたペンダントをぎゅっと握りしめた。
それを見たユエが何かを言おうと口を開きかけたその時。

ドアのほうから、すごい勢いで誰かが走ってきた。
いや、正確には突進して来た、の方が正しいのかもしれない。
そしてそのまま私を持ち上げ部屋から連れ出す。

その人は大きなトランクとかばんを持っているにもかかわらず、私を持ち上げている。
だが、運動に慣れていないせいか、
とても大変そうであり足どりもあまり速くはなかった。

しかし私を持つ手の力だけは緩めることなく、
苦しそうな顔ひとつせずにその人は私に言った。

「ご無礼をおゆるし下さい、ルナ様。」

その言葉を聞いてハッとする。
私を「ルナ様」と呼ぶのはただ1人…。

レイヤしかいない。
レイヤも来てくれた!

私はたまらずレイヤに抱きついた。
レイヤは一瞬体をこわばらせたが、
すぐに冷静ないつもの態度に戻り廊下を駆け抜け、そのまま馬小屋の方角へ城から飛び出した。

「レイヤ…?城をでるの?」

私は、目を見開きレイヤにわけを聞いたが、
困ったようなそれでいて、申し訳なさそうな顔をするので、
私はそれ以上聞くのをやめ、大人しくされるがままだった。

レイヤもアルトも来てくれたのだから…もうそれでいい、と。
私はもう一度レイヤに強く抱きついた。

「申し訳、ございません。」

そんな希望をみつけた私とは対照的に、
…レイヤは本当につらそうな顔をしていた。


―☆―☆―☆―☆―☆ー

そのまま走り続け数分、
馬小屋につく少し前、アルトも追い付いてきた。

アルトはユエのすきを見て逃げて来たそうだ。
まともに戦えば…二人ともきっと命にかかわるような傷を負うか、
最悪死んでしまうだろう。
そう考えると、バカで喧嘩っ早いアルトにしてはよく考えたものだと感心する。

「無事で…本当によかった。」

思わず息が漏れる。

アルトまで失ってしまったら…
私は…。

アルトは一瞬驚いた顔をして、
その後本当にうれしそうに笑った。

ふと気づくと、思ったよりも自分の手足が震えている。
私は震える手を必死に両手を強く握りしめた。
大丈夫、アルトもレイヤも来てくれたから。
と自分に必死に言い聞かせるので精一杯だった。


そのあと私たち3人は馬に乗り、この城を抜け出した。
私は馬に乗れないので、アルトに一緒に乗せてもらう。
馬の心地よい揺れに揺られながら、
私はふと後ろを振り返る。


エストレア王国。
エストレア城。

ここにはすべてがあった。
平和と幸せとまさに光のような、魔法の国であると思っていた。

しかし実際は…影があったのかもしれない。
お母様の言葉が思い出される。

「ユエ…」

私はこの世でただ一人の、大切な弟の名前を呟く。
優しく、思いやりにあふれていた
…あのユエはどこにいってしまったのか。
そして、本当にお兄様もお父様も、本当にユエに殺されたのか。

そこまで考えて、胸が苦しくなる。

昨日まで幸せに満ち満ちていた城は、
今日はまがまがしいオーラをまとっていて、
とても暗く無気味に見え、目をそむけた。

私はまだ混乱し続けていたけど
…アルトにレイヤ、信頼する2人がいたため
…そして極度の緊張と疲労から、フッと眠りにつけた。

全部夢であればいいのに、
目が覚めたら日常に戻ればいいのに、と心から願いながら。

―☆―☆―☆―☆―

何が、いったい…何が起こったというのでしょうか?

私は混乱していました。
いつも冷静を保てる私が現に、
手を震わせております。

ふと東の空をみるともう夜明けで、明るくなっていました。
いつものこの色は、希望を思い出させてくれるのに
…今日だけはいつもより赤々として、
まるで空が…血に染められたように見えました。

それは先ほどのヒカル様の血を思い出させるもので、
私はそれ以上みているのがつらくなり、目をそむけました。

ふと目をそむけた先には
…ルナ様、私の人生のすべてをささげても守りたい人がいらっしゃいます。

腰までゆるやかなウェーブがかかった、美しい金色の髪。
今は閉じてしまっているけれど、いつもは希望に満ちている藍色の目。
何よりも、どんなものにでも優しく、
他人のために泣くことが出来て、それでいてドジな面もあり、人一倍寂しがり屋で…。

なんと愛らしいのでしょう!

…私が守らなければ。
守りたい…唯一無二の大切な人。

決意を固め、まずはルナ様のためにも冷静に状況を、
私の知っていることを整理しましょう。



あの晩、私はいつもどおりにルナ様の部屋に行きました。
そしていつもどおりの、何気ない会話をしました。
別れた後は自室へ行き、本を読んで過ごしました。

その時の私といえば、

ルナ様のことでしょうから、一生懸命にヒカル様へのプレゼントをお考えになったのでしょう。
そう思うと心が温かくなります。
頬を桜色に染めて、笑顔を見せていたルナ様の顔を思い出すと…
ヒカル様に嫉妬してしまいそうになりますけれど、幸せそうでなによりですわ。

などと笑いながら、そんなくだらないことを考えつつ、
0時になるのを…私も待ちわびておりました。

ルナ様の喜びは、私の喜びでもございますからね。

そして、いよいよ…その時間がやってきました。
ちょうど0時の5分前ごろでしょうか?
ルナ様の部屋のドアが開け放たれ、バタバタとした急いだ足音がしたのは。

私がいた部屋はちょうどルナ様の部屋の隣ですので、
ドアの開閉の音がとても響きます。
まあ、あの勢いで開けたらこの階の人はみんな気づくでしょうね。
そして、その階段を登る音でルナ様の慌てる様子が手に取るようにわかりました。
また居眠りでもしてしまったのでしょう。

さあ、ルナ様はちゃんとサプライズで…
ヒカル様をお祝いすることができるのでしょうかね?

あとでヒカル様にじっくりお伺いしなければと思いつつ、
また本の続きを読もうと視線を下に戻したのです。



しかしその数分後のことです。

「レイヤ!大変だ!」

と、私の部屋のドアが乱暴に開けられました。

…いきなり私の部屋に入ってきた、この乱暴者はアルト。
ルナ様の護衛兵の役割を担っているので剣の腕や武術には秀でているのですが、
ルナ様への丁寧さや、敬う気持ちなどが言葉に微塵もありません。

もう少し彼は、勉強をするべきなのです。
要は馬鹿なのです。

「アルト。何時だと思っているのですか?
それに幼なじみといえどもノックはするべきですよ。」

そう、アルトと私は幼なじみでもあります。
まあ、姫様のほうがアルトと長い付き合いらしいのですが。

しかし、アルトといえばすごく慌てている様子。
何かあったのでしょうか…?

「ばか!ノックとか、そんな場合じゃねえ!姫様はどこだ?!姫様があぶねえ!」

なっ?!
いきなり、何を…?!

しかし、確かに冗談を言っている顔ではないですね。
それにアルトは体力だけは無駄に有り余っています。
それなのに、息を切らすほど慌てているなんて、
どれほどの危険がルナ様に迫っているというのでしょうか。

私は想像するだけで、背筋が凍る思いがしました。

私はアルトの言葉を聞くや否や、すぐに部屋を飛び出して伝えます。
アルトもその後にすぐについてきました。

「ルナ様はヒカル様を祝うために、例の書斎にいらっしゃるはずだ!
…どういうことか説明しろ!」

おもわず口調が荒っぽくなってしまいました。
しかし、アルトは冷静さを取り戻していて、端的に要点だけを私に言いました。

「王様と王子様を殺そうとしているやつがいる。
この城に姫様の味方はほとんどいない。ここから逃げるぞ!」

な、どういうこと!?
信憑性もかなり薄い…。

でも!
アルトは嘘をつけるほど、器用な人間ではない。
長年の付き合いから…それは十分承知の上です。

「ルナ様が逃げるために必要なものをそろえて来る。
その間ルナ様のことを任せるぞ!」

少し迷いましたが、私はアルトのいうことを信じることにしました。
動揺していましたが、手早く一通りの簡単な準備を済ませ、ヒカル様の部屋へ急ぐ。

「姫様、どうぞご無事で…!」

自分でも驚くほどの、手早さと足の速さでした。



書斎の部屋のドアに来ると、
『キーーン』という激しい金属音が…何度も鳴り響いています。
これは、誰かと誰かが剣を交えている証拠にほかなりません。

足早に部屋の中に入るとその人物は、
アルトと…ユエ様?!

な、なぜ、ユエ様が?!
ルナ様を、狙っていたのがユエ様だとでもいうのですか?!

信じられない、そんな馬鹿な。
私は、冷静さを失いかけました。

しかしその私の目に、次に映ったのはルナ様でした。
私はハッとして、あたりをよく見まわしました。
するとルナ様の足元にあるのは、国王様とヒカル様の死体でした。

一刺し。
剣でおなかを一刺し。


あたりは血の海、一色でした。

血の量がすさまじく、入口までに生臭い匂いが漂って、
なんとおぞましい光景なのでしょう。

蘇る記憶。

心臓をわしずかみにされたような、この胸の苦しみ。
この光景はとてもショックでした。
私は、人の血が苦手なのです。
頭がズキリと痛み、手が震えだしました。

でもルナ様の顔を見て、
冷静さをなんとか取り戻します。

他人の私ですらこんなにつらいのに、
血縁者のルナ様はもっと、何倍もつらくないわけがありません。
ルナ様は、現に動けなくなっていました。

私は、ここでルナ様を守らずに…いつ恩返しをするのです。

私はそんな風に自分を鼓舞し、
何よりもルナ様を守りたいという一心であの部屋から、
ユエ様からルナ様をお救いできたのです。

…ここまで来る道中、
アルトに私があの部屋にいたるまでの…
ルナ様の目の前で起こったのであろう惨劇を、簡潔に教えてもらいました。

なんということでしょう。

私がルナ様についていながら、
私は何も、何もできませんでした。

…今も、ルナ様はアルトに抱えられながら馬に乗っています。
体力も馬の扱いも、アルトのほうが上なので仕方ありませんが…。

私がじっと見ているのも知らず、
アルトは短い赤色のまじった茶髪を揺らしながら…まっすぐ堂々と前をみて、
本当に男らしくルナ様を守っています。

鍛えられている腕を見ると安心もしますが、
それと同時に自分の頼りなさに落ち込みます。

でもルナ様のため私が出来ることが少しでもあるのならば、
私はこの命にかえてもルナ様につくしたい…。

そう、強く私は決心をより強固なものにしました。


―☆―☆―☆―☆―☆―☆ー


「姫君を…逃したのか?」

「なんということを!」

「国の兵力をすべて使い…姫をつかまえましょうぞ!」

「姫のことは後回しに。
それより明日の王位継承式は、中止にしましょう。
王と王子は不治の病にかかりました。
そして姫は、ショックのあまり倒れたということに。」

暗い東の空。漆黒の中で風に揺れる木々…。
陽はまだ上りそうにない。


「ルナ、逃げろ…」


騒がしい王宮の中、
ただ一人の男だけがルナを心配していた。


―☆―☆―☆―☆―☆―☆ー 


ここは…どこだろう?

ひどく懐かしい草の匂い。
ああ、私はこの匂いを知っている。
小さい頃によく遊んだ、あの場所…?

「ルナ、いつまでそうしているつもりなんだい?」

優しい声が聞こえる。
この声は、お兄様?

「ルナが欲しいっていうから俺たちは探しているんだぜ?
…当の本人が居眠りとか…。」

と飽きれたように言ったのは、ユエだった。

…あれ?
さっきまでのは…まさか、夢?

「でもとてもよく眠っていたからね、起こさないでおいてあげたんだよ。」

「兄上はルナに…みんなに優しすぎるんだよ。」

ユエが半分拗ねたように、
でも笑いながら言う。

「…何を、呆けているんだい?
ルナ、怖い夢でも見たのかい?」

うん。
と私は答えながら上半身を起こし、
あたりを見回す。

ここは…「約束の草原」。
お母様の故郷のリルタ村の小高い丘の上にある草原だ。
かわいらしい春の花が沢山咲き、丘を彩っている。
なぜ、約束の草原というのかはわからないのだけど
…私は小さなころからここが大好きだった。

「あったよ、おまえが探していた『四つ葉のクローバー』とかいうやつ。
兄上が見つけたんだ。」

呆けていると、ユエが私に四つ葉のクローバーを差し出した。
それを聞き、私はすっかり目が覚めた。

「お兄様?!もしかして、クローバー摘み取ってしまったの?!」

私は茫然としお兄様の洋服をひっぱる。
そんな焦っている私に気づかずにお兄様はコクンと頷く。

「ちゃんと、四つの葉がついているだろう?」

お兄様はのんびりとした口調で、クローバーを見せた。
確かに四つ葉のクローバーだ。

「で、でもっ…四つ葉のクローバーは、摘み取った本人じゃないと!
願い事は叶わないの…!
私、どうしてもお願いしたいことがあったのに…。」

私は涙目で言う。
お兄様ったら絶対に摘み取らないでと言ったのに、
摘み取ってしまったのね!

私は泣き出してしまって、お兄様はおろおろするばかり…。

「兄さん、もう一つ見つけてくるよ、ルナ…ごめんな。」

お兄様はもう一つクローバーを探し始めた。
そんなお兄様の一生懸命探す様子を見ると、なんだか申し訳なくなる。
…本当に優しすぎます、お兄様。

私も一緒に探そうとお兄様に近づこうとする。

「おい、ルナ。お前は何をそんなにお願いしたいんだ?
簡単なことならおれが魔法を使ってなんとかしてやるって。」

ユエが私を、不思議そうに見上げながら尋ねた。

当然だろう。
魔法を使うこの世界で、おまじないに頼ろうとしているのだから。
しかも、私はいつも以上に必死だし。

でも、不意に聞かれて私は返答に戸惑う。
だってその理由は、ユエには言えないことだったから。

というのも私は、お母様が…ご病気にかかりもう長く生きられないであろう、
と医師の方々が話しているのを、偶然聞いてしまった。
魔法でも医学でも治せないという病気にかかっているらしい。

本当にショックで、どうすればよいか、どうすればお母様に長生きしてもらえるのか…
必死に私が考えだした結論が「四つ葉のクローバーにお願いする」であった。

魔法では人の生死に関われない。

関わることができるのは、何年も前に封印された禁忌の魔法だけだ。
それは法律違反だし、自分の命まで奪われてしまう。

おまじないでもなんでも、藁にもすがる思いだった。
私、お母様ともっと一緒に暮らしたい!

でもユエもお兄様も、お母様がもうあまり長くないことは知らない。
言ったら二人も悲しんでしまう!
伝えたくない、私が解決したい…!

そうこう考えている間にも、
ユエはまっすぐに私を見てくる。

私はなんだか落ち着かなくなって、とっさに

「し、幸せが欲しいの!」

と言った。

少し声が大きかったのか、
ユエは目を丸くしたけど、私はそんなことは気にせずに続ける。

「お、お母様…体の調子があまりよくないというし。
く、国中のみんなの病気や怪我を治したいの!
そしたら、みんなが幸せにきっとなれるもん!
私は姫として…た、民の幸せを心から願っているのです!」

おもいつきの言葉ではあったが、本心だ。
しかし本当の本当は、お母様の病気を治したかったから。

でもユエがあまりにも真剣な顔で見てくるから。
私はなんだか嘘をついたような、変な気分になり唇をかんだ。

少しの沈黙の後、ユエは何か言おうと口を開いた。
が、いつから聞いていたのか。

遠くから、

「ルナ、そういうことだったのかい!」

とお兄様が話しかけてきたため、口を再び閉じてしまう。

それが慌てているように見えたのは、
私の勘違いかもしれない。

「ルナはみんなのことを考えてあげられるとてもよい子だね。
よし、じゃあ…その願いを兄さんが叶えてあげるよ!」

お兄様は満面の笑みでつづけました。

「ぼくがこの四つ葉のクローバーにお願いすると願い事は叶うんだよね?
よし、僕はこう願うぞ!
『この国中の人の怪我や病気が治りますように、
そして平和に…みんなが同じように幸せに暮らせますように』ってね。
これはきっとこの国みんなの願いだと思うよ。
そして、この国の人々が幸せに暮らすには、
僕たち3人が力を合せて国を統治していくことも大切だ…。
兄さんだけだと失敗しちゃうかもしれないからね。
3人ならきっと大丈夫だと思うんだ。 手伝ってくれるかな?」

「もちろんですっ!」

私は首がとれるほど、強くうなづく。

これで…お母様もお父様もお兄様もユエも、
この国のみんなが幸せに暮らせる!

しかし私の喜びとは反対に、冷たい声が後ろから聞こえてきた。

「兄上、それではなりませぬ。
そのようなことは無理ですから。」

と、ユエがいきなり口を開いたのだ。
その目と口調は冗談ではない。

私は驚く。
…どうして、これの何がいけないの?
私は疑問いっぱいに、ユエを見つめた。

「幸せの定義は測りかねるもの。
一人一人にとって幸せは違うものでしょう?
全員が平等に同じ幸せを目指す世界など、この世には絶対にありません。」

ユエは凛々しい顔をして、ハッキリとお兄様の顔を見る。

む、難しい話みたいだったけど…お兄様は分かっているみたい。
だって最初は本当に驚いた顔をしていたお兄様だけど、
少したつと穏やかな顔で、涙ぐみながらうなづいていらっしゃったもの。

でも、私にはまったくわからないわ。
全員が幸せになることを願うのはよくないことなの?

「ユエ、私にもわかるように言ってよ。」

「やだ、ルナに説明していたら日が暮れるもん。」

「お、弟のくせに!!」

「じゃ、俺より頭が良くなればいいじゃん。」

生意気だ。
本当に、なんて弟!


だけど数日後、
一通の手紙が四ツ葉のクローバーとともに送られてきて、
私の考えはすぐに変わった。

そこには丁寧な字でこう書いてあった。

―――この国中の人を幸せにするなんて俺にはできないよ。
    けど、俺は俺の周りの人間を笑顔に…幸せにすることならできるだろ。
    それは時間がかかるかもしれない、でも俺は人が傷つくのは嫌いだから、全力を尽くす。
    だから、ルナが傷つくのも嫌だから。このクローバーに本当にしたかったお願いごとをしろ。
    俺が摘んだやつだけどルナの願いを叶えてくださいってお願いしといたから。
    そうすればきっとルナの本当の願い事も叶うよ。
    あと、今度からその幸せの道しるべは自分で探す努力もしろよ―――

名前こそ書いてないけど、
この手紙の差出人はどう考えてもユエしかいない。

ぶっきらぼうに書いてあるところもあるけれど、
優しさに溢れたこの手紙。

あれから何日もたっているのに、
四ツ葉のクローバー…探してくれていたんだ。

思わず手紙をそっと抱きしめる。

ユエは賢くて、立派な考えを持っていて、
人のことを思いやることができて、
そして本当に優しい自慢の弟だ。

私は心からそう思った。



そして、これは昔…本当にあったこと。
まだお母様が生きていた時。
3人で四つ葉のクローバーを探した、
あの時のことを私は夢で見ているんだ。


あの頃は、本当にただひたすら
…この国の人が幸せになったらいいと願っていて…。
優しくて陽だまりのようなお兄様と、
ぶっきらぼうだけど心はまっすぐな弟と、この国を治めていけると信じていた。



信じていたのに…!

あの恐ろしい出来事が、脳裏によみがえってきた。

ユエの冷徹な瞳。
お父様とお兄様の、流れだす血。

ユエは…変わってしまったの…?

お兄様とお父様が、ユエに殺されていたの…?
あの、優しい、正義感あふれるユエが、本当に?
そして、ユエは私をも殺そうとしていた?


…信じたくない、やだ、やだ、やだ、やだ!

楽しく、温かかった3人の思い出は、いつしか悪夢へと変わっていった。

2話~笑顔~


う…ま、眩しい。
太陽の光が私を照らす。

たまらずに目を覚ますとそこには…、

「お、姫様!おはようございまーすっと。」

私の護衛であるはずのアルトがいた。
私が寝ているベッドのよこにいすを置き,そこに座っているのだ。

どうして、アルトがここに?!と言いかけて私はハッとした。
そうだ、昨日の深夜私たちは城を抜け出して来たんだ。
ふと冷静になると、悲しい思い出も同時に思い出された。

さっきの夢、どうしてこんなことが起きた後にみたんだろう?
優しいユエを思い出して、余計に辛くなるだけなのに。
おもわずうつむきかける。

そんな私を見て、
アルトは私に明るく話しかけてきた。

「姫様!おれ、新しい発見したよ。」

寝ぼけた頭でぼんやりとアルトを見る。
なんだかとても楽しそうだ。
まるで鼻歌を歌いそうな勢い。

「姫様って、寝てるときあんな風にいびきかくんですね!
女の子にあるまじき…の大きないびきでびっくりしましたー。
いや…お姫様っていってもやっぱり一人の人間だよな、うん。」

え?!

「わ、私っていびきをかくの?!」

し、知らなかった。衝撃だ。
そして女子としてはショック…。
レイヤにいびきの対策法とかを教えてもらわないと!
あ、でもアルトにはもう聞かれてしまったのよね…?!
は、恥ずかしいわ。

自分の顔が赤くなるのがわかる。
私は布団をかぶりながらアルトに言った。

「いい、アルト!
そのことは誰にも口外してはダメだからね!絶対よ!」

恥ずかしいっ。
…当分アルトの顔を見れそうにない…。

だから、私は一生懸命にそう伝えたのだけど、
アルトはいきなり笑いだした。

「冗談だよ、姫様。ぐっすり寝てはいたけどいびきはかいてなかったよ。
いや、それにしても顔を真っ赤にして…一生懸命な姫様、かわいいなー。」

と、また大きな声で笑いだす。

こ、このやろう…!
かわいいとか言われても、嬉しくないっ。

私は布団から顔を出す。
アルトと言えば、まだおなかを抱えて笑ってる。
私は握りこぶしを作り、ニコリと笑う。

「そうよねー!姫だけど、人だものね!人間の一人や二人殴ったっていいわよね!」

ちなみに目は笑っていない。
するといきなりアルトは慌てだす。

「ひ、姫様?姫様はお優しいし、穏やかでお上品で、
だからそんなことしないってガキの頃、姫様がそういったんじゃないかよー!」

「それはそれ。これはこれ。」

うわーっといいながらアルトは下の階に下りていった。
まったく。アルトはいつもこんな感じ。成長していないんだから。
昔のことを思い出して私は思わずクスリと笑った。

そして…ふと自分がとても楽しんでいることに気づく。
アルトは無意識なのかもしれないが。
ばかばかしいこの会話もこのときはとても穏やかに、
幸せに感じられた。

「私は、2人に助けられてばかりね。」

そんな2人がいることがうれしいような、
同時に情けない自分がいるんだと認識して悔しいような。
自分の胸に手を当てる。
規則正しい心臓の音はなんとなく私から不安を奪っていくみたい。

私は少しの時間そうした後で、
アルトを追いかけて下の階に行った。

―☆―☆―☆―☆―☆―

「まあ、ルナ様。お目覚めになったのですね!」

下の階ではレイヤが食事を作っていた。
ここ、いったいどこだろう?
見たことない場所。

でもそんな質問をする間もなく、
2人は話し続ける。

「今日の夕飯はとびきりなものを作らせていただきますわ!」

「昨日はひどかったもんな。」

「ルナ様以外に食事を作るのに、
ましてやあなたに、そんな豪華な食事などさせませんよ。」

「おれ、肉が食いたい」

「聞いているのですか?!」

いつもどおり、本当にこの二人は仲がいいわね。

あ、私ったら。
2人の会話があまりにも面白くて、大事なことを忘れてた。
アルトをぽかっと殴ってから、私は二人に向かい頭を下げた。

「二人とも、危ないところを助けてもらいありがとう。感謝しきれないわ。」

二人は喧嘩をすぐにやめて
笑顔を私に向ける。

「当然のことをしたまでですわ。」

「お、おれもそうだけど…殴った後にいうの?!」

レイヤはお上品にお辞儀をし、
アルトは頭を押さえて訴えた。

「そりゃ、あんな風に私をバカにしたんだから。
一発殴るにきまってるわよ。」

アルトはため息をつきながらも笑いだす。
つられて私も微笑んだ。
昨日のことなんか、嘘みたい。

私は幸せを感じつつも、
心の中のわだかまりが残っているのを感じていた。

ユエ…。


そしてレイヤはテキパキと食事を作ってくれた。
ええ、それはもう張り切って…。

しまった・・・!
私としたことが迂闊だったわ…。

「レイヤ、せっかく作ってくれたところ悪いのだけど
あまり食欲がわかないのよ。」

私は少し弱弱しい声で言った。
本当のところはおなかが減って死にそうなのだけど。

レイヤのご飯を食べて死ぬのはいや。
レイヤは超完璧な人なのになぜか料理だけはうまくできないのよね。
栄養を考えすぎて何でも入れてしまうものだから。
軽い闇鍋状態。
どこに毒が入っているのやら。

レイヤはすると顔色を変え、
すごい勢いでこっちに突進してきた。

「ちょっ…レイヤ!!」

いきなり抱き付いてきて、は、恥ずかしいじゃないっ!
でも本人は全く気付いていない様子。

「ルナ様、ご気分でも悪いのですかっ?
ああ、無理もありませんわ…どうか安静になさってください。
でも、少しだけ待っていてくださりませ!
食事は軽めの物をお作りいたしますので…。」

と、涙目で私にしがみつきながらレイヤは上目づかい。

…か、かわいい。
こんな可愛い生物がこの世にいていいの?!
ねえ!もう、どうしよう。
怒るなんてとんでもないわ。
この子のためになら、私なんでもできそう!

私はそんな少し変態じみたことを考えながら、笑顔をむける。

「大丈夫です。少しまだ眠いので寝てきますわ。
あ、そこにあるパンだけいただいておきましょう。」

レイヤは私の言葉を笑顔で首を振り、否定する。

「パン?そんな栄養のないものよりも、
こちらの私特性の栄養ドリンクはいかがですか?
どんなに食欲がなくても飲めるのですが、
世の中のすべての栄養素を沢山いれてありますので、
とても体に良いのです。」

どぷり。


レイヤがさしだしたそのドリンクは緑色だった。
緑色のなかに黒くて丸い物体がいくつも浮いている。

無理。
いや、というかあれは人間の飲むものなの?
世の中のすべての栄養素を入れたということは、
超デラックス闇鍋ということで間違いない。

「アルト、あのジュース、どうにかしてあんたが飲みなさいよ。」

私は小声でアルトをつつく。
レイヤの笑顔を断るのはつらいけど、死にたくない。
だとしたら選択肢は一つ。
アルトに無理やり飲ませる。

「嫌ですって。
昨日だって、死ぬほどまずい飯食ってるんすよ?
あいつ…断っても無理やり食べさせるし。
もうそろそろ、死にます…」

「あんなどろりジュースを姫に飲ませるの?」

「健康にいいとか、美人になれるとかの効用もあるそうっすよ。」

ニカリと笑ってアルトが言った。
美人に…? 
まあ、私はもう美人だからいいのだけれど。

「超美人になれるって、侍女の間では超人気!
お肌すべすべ&モチモチだとか…」

「…ひ、一口なら。」

別に、今の自分に自信がないわけじゃないのよ。
ただ、その噂の真否を確かめるため。
姫として、試してあげるのよ。

私が返事をした途端、レイヤの顔がぱあっと輝く。
素敵な笑顔ねえ…。

「本当ですか?! 
ではすぐに用意いたしますね。」

レイヤがジュースを注ぎに行く。

綺麗になるのに、あんなジュースを飲まないといけないなんて…。
美を保つのって本当に大変。
勢いで言ったけど、やめておけばよかったかな。
レイヤがコップに並々とジュースらしき液体をいれるのをみて、
少し後悔していた。

「もちろん、美人になれる効用なんてでたらめですけどね。」

そうして、後悔に押しつぶされそうになっていると
アルトはそんなことをさらりと言った。

なんですって!?
私は、じゃあ、何のためにあんなものを飲まなくてはいけないのよ?!
アルトに文句を言おうと口を開いたけど…。

「ルナ様、どうぞぉー♪」

レイヤが笑顔でグラスを向けてきた。
そのあと私がこんなかわいいレイヤに逆らえるわけもなく、
地球の裏側までおちるようなマズイジュースを飲み、
マズイレイヤのお手製料理も、食べたのであった。



そしてその後、食事もひと段落して、私からきりだした。
2人にいつまでも心配かけてはいけない。
こんなにも私を気遣い元気にしてくれた。

…立ち向かわなければならない。

「昨晩のこと。
2人が知っていることをすべて包み隠さずに話して。
失礼なこと、無礼なことも許すから。
・・・私は真実を知りたい。」

コクリと二人は重々しい顔でうなづいた。
まずは…とアルトが語りだす。

―――あの晩、俺は魔力増強の稽古のために裏庭にいたんだ。あんまりあの場所は人来ねえから…
     稽古にうってつけなんだぜ!
          
     あっと、んで魔法練習をしていんだよな。
     そしたらすんげー怖い話が聞こえてきたわけ。
     その会話の内容ってのが…。
     ひ、姫様にいうのはアレなんだけど…いいか?
     無理だったらギブアップしろよ。
 
      確か…
     「今宵はいよいよ我ら革命派の満願が叶う日じゃのう!ゆかいなものぞ。」
     「あの老いぼれ王の政治はもう終わり。これからは我らが王子の時代。楽しみで血が騒ぐ!」
     「酒をもっと飲め、お祝いだ!王暗殺計画もうまくいっておる様子じゃし、騒ごうぞよ」
     ってさ。  

     王暗殺って聞いておれ、頭に血が上っちまってよ。 
     だっておっちゃんを殺すって意味だろ?
   
     そしたらびっくりしたぜ! 
     なんたってこの国の大臣どもがうじゃうじゃいるんだからな。
   
     植物大臣に、魔法大臣、外交大臣に…確か、今は王側近の部下であるはずの…ヒューも、いたぞ。 
     いなかった大臣のほうが少ないんだろうな…。

     とりあえず大臣たちを、一発ずつ殴ってやろうとしたんだけどよ。
     どうしても、入り口が見つからなくて…。
     様子をもう少し見ていることにしたんだ。

     そうしたら、みんなのなかでひときわ酔った声で

     「あの愚かな王も、王子も、そしてあのバカな姫も、
      今頃は皆殺し、泣いてこの世にしがみついているんだろうねぇ…。」

     マジで、ホント許せねえ。
     その台詞を言ったのはヒューだったから、なおさら裏切られた気分だったぜ。

     姫様たちの危険を聞いたからその後は、レイヤの部屋に行った。
     姫様の場所を教えてもらおうとしてな。
     ほかに頼れる人がわからなかったし、レイヤしか連れてこれなくて…本当に悪い。

     んで、レイヤがヒカル王子様の部屋にいるっていうから行ってみれば、
     姫様は殺されかけてるし。
     ヒカル様もおっちゃんも、死んでるし。

     つーか、俺、正直に言うと何があったのか分からないんだ。
     あの大臣たちの会話を聞いて、無我夢中で姫様を助けたい一心だったのさ。

     でもとりあえず、あんたが、姫様が生きていてくれてよかったよ。―――

そう、言い終えたアルトは私の目をまっすぐに見つめた。
赤茶色の目が、ほんのりとゆれているように見えたのは気のせいだろうか?
レイヤも本当に何も知らないようで、アルトの話を息を殺して聞いていた。

それにしても、大臣総出で裏切った、のか。
ヒューまでも…信じていたのに。

私はつい最近までヒューとしていたことを思い出し、暗い気分になった。
ヒューは昔、私のお世話係で、よく面倒を見てもらっていたから。
本当に悲しくて、悔しくて、切なくて。
しかし、今の私にはその重大なことも、どうでもよい気がしていた。

もっと重要で、ずっと目をそらしていることがあるから。
ちゃんと、言葉に出さないといけないことがある。

「お父様と、お兄様は…死んだのね?」

数分の沈黙。

私はレイヤの目をまっすぐ見つめる。
しかし、レイヤは早くにその目をそらしてしまった。
アルトを見ると、悲しそうな顔で、
しかしまっすぐ目を見ながら言いづらそうではあったが、
ハッキリといった。

「あの後、ユエとの戦いの最中。確認したけど、もう、冷たくなってた。」

今度はアルトから私が目をそらした。
やっぱり、とわかっていながらも、心のどこかでが否定して、ほしかった。
あの出来事は全部夢で、旅行か何かでここにきてるということだったらどんなにいいか。

2人の供養もお葬式もできないからなのか。
あの赤い血の池を見たのに、剣が抜かれるところを見たのに…どうして信じられないんだろう。

さっきのような、ばかばかしい日常が、続いてほしかった。
特別な日なんていらなかったのに。
私は唇を強く、かみしめた。
血の独特な味が私の口の中いっぱいに広がる。

2人が心配しているのが、見なくても伝わってきた。
だから私は、わざと明るい声を出して二人に言う。
心配、かけたくない。迷惑、かけたくない、から。

「…大丈夫よ!それより、今私たちのいる場所と、お城の様子などを
…今わかっているすべてのことを教えてくださらない?」

声が震えていたかもしれない。
ちゃんと笑えていたのかわからない。

でも精一杯、明るく私は尋ねた。

―☆―☆―☆―☆―☆―

その後、二人が教えてくれたのは決して喜ばしいことではなかった。

まず、ここは貴族の町「ウーガ」。
ごく一部の名門貴族のみが住める一等地だ。
お城から一番近く、警備機能が充実しているので、私たちが隠れるにはピッタリ。

ちなみにこの家はレイヤの家の別荘。
レイヤの家は水を操る貴族「ヒュードル一族」の、
しかも本家であるので、別荘がいくつもあるらしい。
まあ、跡取りであるレイヤは女の子だし、
水を操る力は受け継がれなかったらしいから…
いろいろ家で騒動があったらしいのだけど。

そして、今はあの事件の2日後だそうだ。
私、結構寝てたのね。

一番気になる、あの後のお城の状況はというと…
お兄様の戴冠式は二人の「急病」により中止になったそうだ。
そして私はそのショックで倒れたことになっているらしい。

ずいぶんと頭がいい人間が王国にいたものね。
私たちが病死したらユエに自然と王位はうつる。
そんな策略かしら? 

まあ、どんなに頭の良い人でも…アルトの力にはかなわないわ!
アルトは動体視力を極限まで高める魔法「特殊視力」だけでなく、
聴力もすごくなる「特殊聴力」もあるんだから!

その能力によって、大臣たちがひそかに私を殺そうとしているのがわかった。
目撃者であり、王位継承者でもある私を殺そうとしているんだ。

状況は、よくない。
私は王国に狙われる身になったのだ。
私みたいなか弱い乙女一人では、すぐに捕まってしまうでしょう。
一般的に姫というものは世間知らずとか言われるけど、私は常識あるほうだと思っている。
まあ、どっちにしろ…戦闘もできないし頭もバカだから、頼りがいのない…超邪魔な人だろうけど。
自嘲気味に私は笑った。

そして、状況を整理したうえで、覚悟を決め、また2人に微笑む。
怖いけれど、言わなくてはいけない。
私は両手を握りしめる。

「レイヤ、アルト。これは命令ではありません、お願いです。
嫌なら拒否してね。」

2人の顔は真剣だ。
…私は2人から顔をそむけるように後ろをむいた。

「私は、狙われていますね。
しかし非力な私には、なす術がありません。
どうか、お願いです。…私を、守っていただけませんか。」

最後のほうは声が震えていたかもしれない。
本当は泣きながらでも「助けてほしい」と、すがり付けばよかったのかもしれない。
命令すればよかったのかもしれない。
でも、そんなこと…してまで生き延びようとは思えない。

…この2人が断ったら、どうしよう。
自分でいったことにすぐに後悔した。

背中ごしに2人の目線が突き刺さる。
5秒にも満たない沈黙は、とても長く感じられた。

「ふふ…」

「あははは!」

2人がいきなり大声で笑いだす。

何よ、人が真剣に聞いているというのに!
私はクルリと後ろを振り返り文句を言おうとする。

しかし私の口が開く前に、
2人は跪き大きな声で言った。

「この…1度は捨てたおれの命、姫様にささげるつもりでございます!
一生ついて行かせてください。」


「もちろんでございます。
ルナ様無き人生など、私にとって生きる価値はございません。」


…っ!
大きな声にびっくりする。
そしてその瞬間、胸に温かいものがこみ上げてくる。

「…ありがとう。」

ありきたりな感謝の言葉じゃ、伝わらないくらいのこの心の温かさ。

昨日の夜、私は沢山のものを失った。
お父様に、お兄様。
姫の地位、平穏で贅沢な生活、
沢山の家来と召使たち、そして『優しい』弟。

でも…私には、
まだなくなっていないものがたくさんある。

―☆―☆―☆―☆―☆―

私たちはその後、ウーガを出発した。
これ以上いてはレイヤのご家族に迷惑をかけてしまう。
でも何より私は命を狙われているから。
ひっそりと暮らすため、田舎でも探そうかしら?ということになったの。

こうして3人で決めたけれど。

「ちょっと、そっちは東ですよ。」

「だって、明るいほうに行けばなんとかなんだろ?」

「お城から少しでも離れたほうがいいに決まっています。
この道は左に進むべきです。」

分かれ道すら、行く方向を決められない…。
こんなことなら、先に目的地を決めてから出発するべきだったわ。

「姫様、どっちがいいと思う?」

「どこに行くか、を決めるのが先決でしょう?」

レイヤの言葉にハッとする。
私が、行きたいのは…。

「リルタ村…」

あ、声に思わず出ていたのかしら?!
2人が同時に私を見つめた。

「リルタ村…って確かおばさん…じゃなくて、王妃様の故郷だよな?
確か姫様のおばあちゃんもいるんだろ?」

「え、あ…。」

言葉につまる。

私ったら、なんてことを呟いているのかしら。
確かに夢でみたリルタ村が懐かしいとは思っていたけれど。
まあ、あの土地はここからそう遠くはないから、
今日中に行くことはできると思う。
今、とても早い時間だし…。

でもすごい田舎だし、城の者ならこの村がお母様の故郷って知っているから、
私がここに行くだろうとすぐに予想できてしまうでしょう。
そう、すぐに見つかる可能性がある。
それでも、おばあさまに会いたい。
あ、でも…おばあさまにこの事態をどう説明すれば?
そう考えだすと…行きたいけれど、行きたくはない。

不安と欲がドンドンでてくる。
そんな風に完全に思考が止まってしまった私を見て、
お言葉ながら…と、レイヤが言う。

「リルタ村には賛成しかねます。
あの村は十分な警備もなく、城の者にすぐ見つかる可能性が…」

私の考えることと、同じ、ね。

でも、私はおばあさまに会いたい。
どうなるか、どうするかわからないけど。

「おばあさまに、会いたいの。」

レイヤの言葉を途中で切り、少し大きめの声がでた。
風の音が私の耳元を吹き抜けてゆく。

恐る恐る2人の顔を見上げると、複雑そうな顔をしたレイヤと、
すがすがしい顔をしたアルトがこっちを見ていた。
あまりにも対照的な顔だったから、驚いてつい間抜けな顔をしてしまう。
…こんなに対照的になるとは思わなかったわね…。


「おれは姫様にどこでもついていくって決めてるから!好きなとこ、行こうぜ?」

アルトが明るく言う。

「リルタ村には、間者がすでに潜んでいる可能性もありますわ。
ルナ様のお命を危険にさらしたくはありませんの。
それでも、どうしても、行きたいのですか?」

レイヤの心配そうな顔を見ると行きたいって言いづらいな。
でも、私はあの村に行きたいの。
不安もあるけど、行きたい。

「私は、おばあさまに報告をしなければなりません。
それに、もう2度と行かないでしょうから…最後にあの思い出のつまった村に…。
少しだけでいいから…。」

そう、お母様の思い出はもちろん、
お兄様とユエとの思い出も沢山ある、あの場所。

さっきの夢の場所にも久しぶりに行きたい。
あの場所に行けばユエの考えてることが、もしかしたら分かるかもしれないし。

ユエ、あなたは本当に変わってしまったの…?

そんなことを思っていたから、
私の顔はとても苦渋に満ちていたようで。

「ルナ様…。わかり…ました。」

とうとうレイヤがおれた。

「しかし、一人で行動することは慎んでください。
必ず私かアルトについていてくださいね?」

と、強く念を押されたけど。
それは私を心配しているからなのよね。
ごめんなさい。わがままを言って。

でもユエの気持ちに少しでも近づければ…。
おばあさまに相談すればわかるかもしれないし、
昔のユエの言動を思い出せば何かわかるかもしれない。

私たちは道を戻り、リルタ村へと出発した。


―☆―☆―☆―☆―☆―


あいつは昔からそうだ。

一人の時はとても泣く癖に、
誰かが周りにいるとどんなに悲しいことがあっても決して泣かない。
それどころか心配させまいとして笑顔を見せる。

その笑顔は、美しく、はかなく、そして切ない。
悲しい笑顔なのだ。

おれがあの晩のことを話した後も全然泣かねえ。
それどころか笑顔を見せるんだ。

本当、まいっちゃうよな。
おれ、頼りねえなあ。
頼られないってことは、まだまだ未熟者で力が足りないんだろうな。

つーか、それどころか…あの夜の後以来、あいつの心からの笑い声をみてねえや。
微笑んだりはするけど、そんなのあいつらしくねえ。
あいつは、おもしろいことや楽しいことがあったらすぐに声をだして笑うんだよ。
おれ、あいつ一人も笑わせられねえのか…。

もっと強くなりたい。

あいつが「アルトがいないとだめだ」と言うくらいの存在になりたい。
あいつがつらいときは支えられるやつになりてえ。

あいつは強いよ。
優しさという強さを持ってる。

おれはそんなあいつだから惚れたんだ。


そんなあいつがリルタ村に行きたいっていったときは正直驚いた。
あの村は地理的にも王国の兵士に見つかる危険がある。
…隠れるには最悪だろう。
正直、おれもレイヤと同じく反対だ。

あいつを守りたいからな。
あんな田舎なんかにいたら…、マジですぐに見つかると思う。

でも、あいつの悲しそうな横顔を見てたら、
わがままをきいてあげたくなったんだ。
それにレイヤと話してる会話を聞くと、あいつの考えが痛いほど伝わってくる。

まだ、ユエを信じているんだ。
推測でしかないし、あいつ自身も気づいてないかもしれないけど。
ユエがそんなことをする人じゃないって、おばあさまってやつに言ってほしいんだ。
ユエは確かに優しい奴だったし、おれもびっくりしたもんな。
今も、実はちょっと戸惑ってるんだ。

でもどんな人間もかわるんだぜ、姫様?
おれがかつて、そうだったもんなあ…。
昔を思い出しそうになり、かぶりをふる。

おれがこの世で信じるのはあいつだけだ。

あいつを傷つける者はどのような者も切り捨てる。
それがおれの血縁者でも、どっかの王様でも、たとえレイヤでも。

だから安心して、自由に暮らしてくれ。
幸せになってくれ。
おれは、おれのすべてをかけて守り抜くから。


リルタ村に行くまでの森の中の道。
おれは一人、心の中で誓った。

3話~静寂~

何時間もかけて着いた…。

懐かしいリルタ村。
ここは何一つとして子供のころから変わっていない。

澄んだ空気、青空、緑色の森に、色とりどりのお花畑、約束の草原。
風が通り抜け、田んぼや独特の土のにおいが、かすかに鼻をくすぐる。

お母様はこの村の出身者。
もと庶民だったの。

偵察にきたお父様がお母様に一目ぼれをして、
周囲の大反対を押し切って結婚したらしいわ。
なんてロマンチックなんでしょう!
お父様、意外とやるのねえ。

お母様のことはあまり覚えてないけど、
昔からこの村が好きで、よくお兄様に内緒でユエと遊びに来たのよね。

ユエは行きたいからついて行くって言ってたけど、
本当は、「ルナが一人だと心配だから行くんだ」ってお兄様に言ってた。
偶然聞いちゃったのよね。
その後、お礼を言ったら…、ユエはすごい恥ずかしがって怒ってたけど…。

この村はなにひとつ変わってないけど、
ユエのことを思い出すと…少しだけ色あせて見えた。

ユエ、あんなに優しいユエ。
私があの晩見たのは、本当にユエだったのかしら?
もしかしたら、そっくりさんかもしれない。
だってこの世には同じ顔の人が3人いるっていうし。

でもあの剣さばき、端正な顔はまさしくユエだった。
思わずため息をつく。

「幸せ、逃げちゃうよ…?」

突然声をかけられて、変な声をあげてしまった。
私はそっと後ろを振り向く。

そこにはなんともかわいらしい女の子がいた。
ふわふわの髪の毛はサイドに2つに縛られていて、目は愛らしいたれ目。
お人形さんみたいで、抱きしめたくなるような感じ。
可愛いものが大好きな私は…しばらくその女の子に見惚れていた。

でも私がボーっとしていると、遠くで突然男の子の大きな声がした。
夢の世界から引き離されたような感覚に陥る。
可愛いもの好きな癖…なおさないとなあ。

「リー!ほら、行くぞ!」

リーと呼ばれた、その可愛い女の子は
返事をしてすぐに男の子のもとへかけていった。

この村の子かなあ?
それにしても、本当にかわいらしい女の子だった。
レイヤみたいな黒髪まっすぐな美人も大好きだけど…やっぱり、あーいう子も大好きっ!
…へ、変態みたい。私ったら。
でも女の子ってかわいいじゃない?

そんなバカなことを考えていたら、レイヤとアルトが戻ってきた。
実は、2人はこの村に間者がいないか、確かめに言ってくれていたのよね。
2人が大切なことをしてくれていたというのに、…私のバカ!

「この村には今のところ間者はいないようですね。」

「よかったなあ、姫様。ばばあのとこにも行ったけど、
変なものも人もいなかったぜ!」

「ありがとう、2人とも。」

本当に頼もしい…。
私が少し安心していると、レイヤが厳しい顔をして言った。

「おばあ様に、少しだけわたくしから事情を説明しておきました。しかし…」

…そこで口ごもってしまう。
な、なに?!
おばあさま、倒れてしまったりしたの?!
私は次の言葉をドキドキしながら待った。

すると、アルトが青い顔できりだす。

「あのばばあ、ただものじゃないぞ…。」

ごくり、と思わず唾をのんだ。
アルトが尋常でないくらい震えていて、私もついドキドキする…。

「あの、ばばあ…は…。」

「おばあさまは?」

「カエルを飼ってるんだ!」

アルトのあまりにも青い顔にびくびくしていたというのに、
あまりにひょんな言葉が出てきて、私はずっこける。
おばあさまが少し変わっているのは前から知ってるし。
カエルを飼っているのなんて昔から知ってるわよ!

「お、恐ろしい…。しかも5匹も。おぞましい。」

…思い出した。
アルト、カエル苦手だったっけ?

すると、それまで黙っていたレイヤが、フルフルと唇を震わせて言った。
ちなみにカエルが怖いからではない。

「アルト?それ以上無駄口をたたくと、あなたの顔にカエルをぶつけますよ。
あと、ばばあなんて…なんと無礼な。おばあ様とお呼びなさい。」

笑顔、だけど…レイヤの目は笑っていない。
ひぃいいい!とアルトは私の後ろに隠れた。

…従者が主人の後ろに隠れていいの?
私はクスクスと笑いながら後ろのアルトを覗いた。
すると、アルトは拗ねてしまったのか、そっぽを向いてしまう。

な、なによ。
…小動物みたいでかわいいじゃないの。
…おっと、危ない。また変態になるところでした。

アルトのおびえ方は面白いけど、そろそろレイヤの話も気になる。

「レイヤ、本題に戻ってくださいな。」

私はレイヤに話を続けるように促した。
レイヤはいつも通りの笑顔に戻り、ああ!という風にこちらを向き話し始める。

「おばあ様は、すべてをもうご存知だったのです。」

「知っていた…?」

「ええ。ヒカル様、王様、ユエ様のことも。
更には今日ルナ様が来ることまで…。」

アルトも真面目な顔になって、私に尋ねた。

「あのばばあ、じゃなくっておばあさまは何ものなんだ?
強さは感じなかったけど、独特のオーラがあったぞ。」

アルト、さすが…護衛隊隊長の名はだてじゃないのね。
私は二人に微笑みかける。

「先に、話しておくべきだったわね。
実は…おばあさまは、魔女なの。
と、いっても占いしかできないのだけど。」

「「 魔女?! 」」

2人の声が重なった。
それもそうだろう。
この世界で、魔女は幻のような存在。空想上の生き物。
「魔女」は魔法使いの単なる女版などではない。
この世界を創り、魔法石に力を与えた神の末裔と言われている。
別名を「女神」。
女性の魔法使いが近年増えてきているため、
差別化を図るために作られた言葉なんだけど…大げさ。

魔女は占いや魔方陣を使い、世の中を正しく導く…。
こんな立派なことはできないけど、存在はしているのよね。

「この世に、魔女なんて本当にいたのかよ。」

「ええ。私も一応、血を受け継ぐ者。
何も、能力は使えないのだけど。」

アルトは神妙な顔をして、しきりにうなづいていた。

「なるほど、だからカエルなんて飼っていたのか…。」

そういうわけではないと思うのだけど…。
少し変わった人だから…。
ま、とっても優しい人なんだけどね。

とりあえず、2人を引き連れて、懐かしいおばあさまの家に行った。

―☆―☆―☆―☆―☆―

古びた家に、不気味な髑髏マークがところどころにある扉。
その扉を開けると、その外観とは全く違った匂いが鼻をくすぐる。

「ルナ…。」

落ち着いて、深みのある声が私を呼ぶ。
しわくちゃな顔をもっとしわくちゃにして、おばあさまは微笑んだ。
その笑顔は昔から変わらない、優しさが溢れ出るようなそんな顔。

そして、私をじっと見つめたあと…ギュッと強く抱きしめた。
…温かい。
人の温かさが胸にしみる。

「ルナ。生きていてくれて、ありがとう。」

ああ。
おばあさまは何もかも知っているのだ。
大臣が私たちを裏切ったことも。
ユエがお父様とお兄様を殺したことも。
私が今、命を狙われていることも。

私はおばあさまの服の袖を握りしめ、
俯き、おばあさまの温もりに身をゆだねた。


どのくらいそうしていたのだろう。
おばあさまがやんわりと私の体を離す。

「魔女について、ルナに話さないといけないことがあるの。」

黒い瞳を細める。
その漆黒に吸い込まれてしまいそう…。

「あなたのこともステラのことも、話さないといけないことがあるのよ。
ずっと内緒にしてきたんだけどね…。」

ステラ…。
私のお母様。

「でも、もう少しだけ私に時間をくれないかしら?
自分勝手なことを言っているのはわかっているのだけど…。
ごめんなさい、明日まで待ってほしいのよ。
明日、あなたにすべてを話すわ。」

私の両手をつかむ手が微かに震えていた。
そのことに気づいて、何も言えなくなる。

「約束の丘にでも遊びに行ってきなさいな。
あ、レイヤとアルトくん?だったかしら?二人は残っててもらっていい?」

おばあさまが、2人に?
気になったけど…おばあさまの優しい目に促されて、
私は後ろ髪を引かれる思いで丘に向かった。


―☆―☆―☆―☆―☆―

約束の丘。
いつもと変わらない景色が私の目に映る。

いや、違う点はいくつかある。
私が少し成長したため丘から見える町が小さく見えること。
いくつかあった木が何本か切り倒されていること。
そしてなによりも、私の隣に誰もいないということ。

この丘はけっこう高くて斜面も急なので、
落ちて打ち所が悪ければ最悪死んでしまうだろう。

実は、小さい頃落ちかけたことがあって…今考えるとゾッとする。
お兄様とユエが助けてくれたんだけどね。
それ以来、この丘に来るときは2人が必ずついてくるようになった。
もう、ドジな私が落ちないように。
そんな2人の気持ちが伝わってきて、申し訳なくて、
でもその何倍も嬉しかったっけ…。

懐かしい思い出が、今日の夢がよみがえってくる。
四ツ葉のクローバー…懐かしいな。
お母様の生きていたころの、ユエが優しかったころの、
みんながまだ生きていたころの…温かい記憶。

温かい記憶のはずなのに、不意に涙が出そうになる。
風が私の胸のスキマを通り抜けて行った。

1人になることでより、孤独を理解する。
涙がこぼれないように、上を向くと太陽が目に痛い。
眩しくて、私はそのまま大の字で横になった。
気持ちいい。

すると、たくさんのクローバーが私の横にあるのが
不意に目に飛び込んできた。
ゆらゆらと、自由に、のびのびと生きている…。
私も、このまま何もかも忘れて、
このクローバーたちのように風に揺られていれたらいいのに。

私はふと、四ツ葉のクローバーを探し始める。

「四ツ葉のクローバー、ないかなあ?」

重くなった心を少しでも軽くしたくて、
明るく独り言を言う。

「お願い事、かなえてくれないかなあ?」

お願いは、
そんな世界征服とかじゃなくていい。
昔のような温かい日常に戻らせてください。
それだけだ。

もう、誰にも死んで欲しくなんかない!
笑顔でみんなが暮らしていたあの頃に、戻りたい。

クローバーにそんな力はないと知っていても、
何かにすがらずにはいられない。
でも、何分経っても、何時間経っても、
クローバーは見つからない。

「…どうして?どうして、私には見つけられないの…?」

小さいころからずっと、どうして?

幸せになどなれないやつだ、と神様が
私に向かってサインを示しているのだろうか?

どうして…?!

お母様は死んでしまったの。
お兄様も、お父様も、死んでしまったの。
ヒューも、大臣みんなで裏切ったの。
ユエは2人を殺したの…?
どうして、どうして、どうして!!!!

あまりに理不尽なことが続いて、
悔しさと悲しさと無力感と脱力感と、いろんな感情が渦巻く。

どうして、私はルナという名前なの?
ルナは月の意味。自分から決して輝けない、
太陽がいないと輝けない、月。

どうして、悲しいはずなのに、
あの後…目が覚めてから一滴も涙がでないの?
2人の死なんて本当は悲しくない、薄情なヤツだったの?

疑問が、私をかきむしる。
どうしようもなくなって、
近くのクローバーの束を思い切り引き抜く。

やっぱり、この中にも四ツ葉はない。
クローバーを投げ捨て、別の束に手をかけた。

「クローバーさんをいじめないで!可哀想だよ!」

いきなり、背後から小さな女の子の悲鳴に近い声が聞こえて、ハッとする。
慌てて振り向くと、
6歳くらいの女の子が頬を膨らませて私を涙目で睨んでいた。

こんな小さな子にお説教を、
しかもとっても正論を言われて私はバツが悪くなって素直に謝る。

「ご、ごめんね。」

「ううん、ちゃんと謝ればきっと許してくれるよ!」

とっても純粋ないい子みたいだ。
曇りの一点もないこの目は、これから何を見ていくのだろう。
あれ、よく見ると、この子…さっき村の入り口で会った女の子…?

「リー、お前何バカなこと言ってるんだよ。
しかも、誰に許してもらうんだ、それ…?」

リーと呼ばれた女の子の横に立っている、
これまた同じくらいの年の男の子がため息を吐きながら言う。
さっき、この女の子を呼んでいた男の子だ…。

「クローバーさんだよ?
クローバーさんは、優しいからきっと許してくれるよ!」

「やっぱり、お前はバカだ。」

「ふ、フーだってお勉強はできないくせに!」

「うるさいなあ!」

ふふ、可愛い。仲良しさんなんだね。
女の子のほうがリーちゃんで、男の子はフーくんっていうのか。

「ってか。おい、ばばあ。
なんで四ツ葉むしってたんだ?腹、減ってたのか?」

…。
前言撤回。
可愛いのはリーちゃんだけです。

「そうだよ、お姉ちゃん!クローバーさんも生きてるのに…ひどい…。」

うわあ!
な、泣かないで、お姉さんが悪かったから!

「四ツ葉のクローバー、探してたの。ごめんね。もうこんなこと絶対しないから。」

「絶対だからね!」

小さな手を握りしめて訴えてくる。
私ったらこんな小さな子に怒られるなんて、へこむなあ。

「どうしても四ツ葉さんが欲しいなら、フーが探してくれるから。」

「なっ!おれかよ?!」

「…ダメ?」

「っ!くそ、わーったよ!
探してくるから、そこ動くなよ!あ、一応ばばあもな。」

そういうと、フーくんは駆け足で、
一番クローバーが多そうな場所に行った。
ん?今更だけど、ばばあって…失礼ね!
私はまだ17歳だっての!


そしてリーちゃんと、2人きりでその場に座り込む。
リーちゃんはサイドの髪の毛を揺らしながら、澄んだ目で聞いてきた。

「お姉ちゃん、名前は?」

「わたしは…」

言おうとして、ハッとする。
言ってもいいのかな?
まあこんな小さな子が暗殺者なわけはないし、いいか。

「わたしの名前は、ルナ。よろしくね、リーちゃん。」

「うん、よろしくです。ルナお姉ちゃま。
あと、フーのこと、許してね。」

ああ、「ばばあ」とか呼んだことのことかなあ?

「うん、怒ってないよ。」

本当はちょっと怒ってるんだけどね!
お姉ちゃんだから、我慢。

「フーは、自慢のお兄ちゃんなの。同い年でね、7歳!」

「え、双子なの?」

それにしては似てなかった気がする。
リーちゃんはフワフワの髪と目が赤茶色で、
どちらかというと、おっとりとしている印象。
でもフーくんはサラサラの髪と目は漆黒。
鋭く相手を射抜くような目線は、
小さいながらにもとてもかっこよくて将来が楽しみなシュッとしたイケメン。

ふと考えていると、リーちゃんは何の躊躇いもなく頷く。

「素直じゃなくてね、不愛想ってよく言われるの。
でも本当はすっごく優しいの!
今も、きっとお姉ちゃまのために、一生懸命に探してくれてると思うの。」

ニコニコと言われて、相槌を打ち続ける。
それからもリーちゃんは、フーくんがいかに優しいかを語り続けた。

そしてどれくらいたったのであろう?
真上にあった太陽が西の山に沈みかけ、空が真っ赤になる。

ふっと、大量の血を思い出した。
お兄様の体から溢れ出る血を。
そう、何も解決してない。ここに来たけど、分からない。
ユエの気持ちが、見えない。

リーちゃんはちらりと私のほうを見た。
そしてもう一度夕日を見る。

「明日も、きっと晴れるね。」

のびやかな声に思わず目を向けた。
そこには夕日を浴びて立っている、リーちゃんが微笑んでいた。

神々しい、とでもいえばいいのか。
自分より年下だとか、小さくてかわいらしいとか、
そんな気持ちをすべて吹き飛ばす・・・笑顔。

「本当。明日も…きっと、晴れる、ね。」

たどたどしくそう答えるのが精いっぱいだった。

「お姉ちゃまの心も早く晴れるといいね。
そのためにも…ケンカはよくないよ、早く謝ろうね。」

リーちゃんが不意にこちらを向き、
そんなことを言うので息が止まるかと思った。

「仲直り、したいんでしょ?
ねぇ、人って…いつ死んじゃうのかわからないんだよ?
死んじゃったら何も、できないの。
…ケンカの理由はわからないけど、きっと両方とも悪いとこがあったんだよ。
相手だけが悪いんじゃないの。
早く、生きている間に仲直りしちゃってね。」

リーちゃんはどうしてこんなことをいうんだろう?
これが、7歳の子供が考えること?
そして、どうして私が悩んでいることに気づいたの…?

聞こうと口を開いた途端、体当たりをくらった。
・・・フーくんだ。
そのまま2人で地面を転がった。

「な、何するのよ!」

「四ツ葉、見つけてやったぞ。
ありがたく受け取れ、ばばあ。」

・・・リーちゃん?
私はどうしてもフーくんが優しい子には思えないよ…?

―☆―☆―☆―☆―☆―

その後、2人は用事があるから、
と太陽が完全に沈み終わるまでに帰ってしまった。

私はまた一人になって、たそがれていた。

フーくんがくれた、四ツ葉を手に持ちくるくると遊ぶ。
私は自分で幸せの四ツ葉を探す力はないけど、
探してくれるひとがいるんだ。
ちょっと嬉しくなる。

リーちゃんとフーくん。
また、会えるといいなあ。
どこの家の子供なんだろう?
そして、また会えたら…恩返しをしたい。

この気持ちをできるだけかえせたらいいのに。
薄暗い夕方…空の一番星だけが私を見ていた。


―☆―☆―☆―☆―☆―

嵐の前の静けさ。

そんな言葉があるけれど、
まさにさっきまでがそうだったのだろう。
でもこの仕打ちはひどいよ。

「恨むよ、神様…。」

あの後、あたりが真っ暗になったので、家に帰ると…
おばあさまの家は赤々とした炎に包まれていた。
もうそれは消せる火力でなく、
村人の消火活動もむなしくどんどん炎が強くなる。

みんなの、家族の思い出が詰まったこの家。
温かい記憶が蘇る。
お母様、お兄様、ユエ、おばあさま…。

そうだ、おばあさまはどこに?
それにアルトとレイヤも見当たらない。
まさか、あの火の中では…?!

炎の中に駆け込もうとしたとき、誰かの手が私を掴む。
一瞬びくりとするが、見知った顔だったので
ほっと安堵のため息をつく。

「アルト…。」

「おい、行くぞ!来い!」

でも怖い顔のまま、私の腕をぐいぐいと引っ張る。
あまりの勢いに抵抗することを忘れ、そのまま引っ張られて行かれる。

「リー!!!」

誰かの叫び声がそばで聞こえた。
泣き叫ぶその声はあまりに痛々しく、最初は気づかなかった。
でも声のする方へ顔を向けると、
見知った顔…フーくんが必死に叫んでいた。

炎の中に飛び込もうとしているのを、
周りの大人が3人がかりで止めている。

「お願いだ!行かせてくれよ!
リーが、リーの叫び声が聞こえたんだ!」

え…?
今、なんて…?

嫌な予感が胸をざわつかせる。
足も必然的に止まった。

アルトが何か言っているけど、もう構う余裕がない。
私はアルトの手を振りほどいてフーくんに近づく。

まさか、リーちゃん。
まさか…。

人ごみをかき分けて、フーくんの近くに行った。

「俺の、妹なんだよ!世界でたった一人の家族なんだ!
それに、恩人のおばあさまもいるんだぞ!見捨てるのかよ!」

フーくんが周りの大人に抗議する。
その勢いは3人では止められなくなって、ついに大人5人で止めている。

その姿に周りの人はみな、涙していた。
フーくんの声はそれほど強く心に響いて、胸が苦しくなる。
そして、嫌な予感は的中してしまった。
リーちゃん、やっぱりあの炎の中にいるんだ。
フーくんの代わりに私が助けよう!
そう思って、もう一度家に目を向ける。

すると、2階の窓におばあさまが見えた。
くしゃくしゃに顔をして、寂しそうに、でもすべてを悟ったように。
そして昔より一回り小さくなった手をこっちに振る。
それはまるでバイバイと、さよならの挨拶をしているみたい。

さよなら…。
サヨナラ…?

素敵なお香のにおい、優しく私を諭してくれたあの目、
頭をなでてくれたおばあさまが、今…私に、別れを告げている?
それも永遠の別れを。

嫌よ!
お母様も、お兄様もお父様も、ユエも私から離れて行ってしまった。
おばあ様まで、行ってしまうの?!

「もう、誰もいなくならないで…!」

懇願するように呟いて、しゃがみこみ、ぼんやりと炎を見つめた。
赤い炎以外のものはみんな色を失う。窓が炎に消える。
…いってしまった。

なんて自分は無力なんだろう。
一国の姫でありながら、家族の一人も救えない!

ふわりと、背中に洋服をかけられる。
後ろを振り向くとレイヤが、
今にも泣きそうな顔でこちらを見ていた。
私は、極力笑顔をつくって話しかける。

「ありがとう。そして無事でよかったわ、心配してたのよ。」

「ルナ様、申し訳ありませんでした。
そして、これから行うことも、先に謝罪しておきます。」

どこからかアルトが来て、私を抱えて馬に乗せる。
そして私たちが持ってきた荷物も馬に乗せ始めた。

「2人とも、どこに行くつもりなの…?」

2人は答えない。
ただ作業を黙々と続ける。

「おばあさまを見捨てるの?!
助けないと、助けましょう!助けて!
それにあの中には7歳の女の子がいるの。
とってもいい子で、まっすぐな目をしていて…助けないと!」

私はまくしたてて馬から降りた。
でもアルトにまたつかまり…馬の上に戻される。

「邪魔しないで、アルト!」

「今行ったら、あいつらの思うつぼだぞ!
おばあさまの死を無駄にする気かよ?!」

え…。おばあさまの死…?
2人はこのことが起きるって知っていたの…?

それよりもあいつらって、
まさか。
全身の血を抜かれたかと思った。
この、火はもしかして。

「ユエの、大臣たちの…つけた火?」

じゃあ、私がこの村に来たから…?

「私のせいで、
おばあさまは、リーちゃんは…?!」

歯がガチガチと震えだす。

「アルト、このおしゃべり!
ル、ルナ様のせいではありませんから…。悪いのは、ユエさまで…」

「お前も黙れ!とりあえず、逃げるぞ!」

言葉が出てこない。
そうか、2人は私のせいで。

ごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい。

私はそのまま…半分放心状態で、リルタ村を去った。
思い出のつまったこの村にくることはもう二度とない。
これが最後の思い出なんだろう。

でも、私が最後に見たのは、
あの丘と、おばあさまの家が崩壊する様子と・・・

フーくんの鋭い目つきだった。

4話~ココロ~

山の中、草をかき分け進んで行く。
もうあれからどれくらいたったのだろう。

随分立った気がするけど、
そんなに遠くには行っていないのかもしれない。

すごく遠くだけど、
微かに村人たちの声が聞こえるから…。

黙々と草むらをかき分けて進む。
誰も、何も言わない。
重苦しい雰囲気。


その沈黙は、アルトの明るい声で打ち破られた。

「おーっ!寝場所発見だ!
ここなら少しはゆっくり寝られそうだぜ。」

ちょっと無理やりに明るくしているのがわかる、乾いた笑い声。
レイヤも、頷き…私に笑顔を向ける。

「今夜はここで、泊まりましょう。
ルナ様、野宿は初めてでいらっしゃいますよね…?」
「おれらに任せとけよ!」

いえ、初めてではないわ。
…という前に、2人はてきぱきとテントや毛布を出して、
おまけにたき火も作ってしまった。

あまりの手際の良さに、
そんな場合ではないのだけど、…おもわずため息を漏らす。

そしてレイヤが丁寧に…
寝袋らしき温かい毛布を用意した後、私に寝るように促した。

しぶしぶ、横になるが寝つけるわけもない。
でも起き上がって、真実を聞くのも怖い。

だって、そうじゃない。
さっきのみんなの叫び声と炎の赤さ、おばあさまの最期の顔が…。
忘れられない。

瞼を閉じると、炎の熱さまでもが蘇ってきそう。
恐ろしい光景をなんとかふりきり、寝ようと…試みる。
体は疲れているはずなのに、不思議なものね。


毛布がだんだん、自分の熱で温かくなってきたころ、
2人は私が寝たものだと思ってか、ぽつりぽつりと話し出した。

「レイヤ、おばあ様の話を信じているか?」
「…現に、こうなりました。
信じざるを終えないでしょう。しかし…」

ここで2人は口を閉ざす。
たき火が燃える音だけが、静寂を邪魔する。

後ろを向いて横になっているので、2人の顔は見えないが、
笑っていないことは明らかだ。

「過ぎたことをぐちぐちいうのはよそう。
これから、どうするかだ。」
「ええ、そうですね。
…なぜ王宮の者はルナ様本人ではなく、おばあ様のお宅をねらったのか…。
それから、じっくり考えなければ。」

「いや。そんなことはとっくに分かってるよ。
…姫様に自分から、城に来させるためだって。」
「…?どういうことですか?」

私もわけがわからず、アルトの声に耳を傾けた。
アルトはバカだけど、
戦術や政治についてはとても詳しいのだ。

「姫様、一応王家の正統後継者だろ?」
「ああ、この国には男女の区別なしに王になれます。
ルナ様は、現在の第一継承者になりますわ。」
「そうだ。だが年齢が足りない。」

あ。
私は最近習い始めた『法』について思い出す。
後少なくとも私は3年。
ユエは私の一つ下だから4年は待たないと、
継承可能年齢の20歳に届かないわ。

「すると、姫が20歳になる前に殺しておきたい。
だが…。
今姫様が暗殺されれば、間違いなくユエ様が疑われる。」

ユエは第2継承者だから、か。
私にも少しずつ理解できてきた。

「んでもって、王様とヒカル様は病気ってことにしたらしいが、
それもユエ様のせいだと疑われてもおかしくないだろ。」


難しい話だけれど、必死に頭を働かせた。
…ユエは王座につきたいだろうが、20歳になるまで無理。

そして王の座につける者がいないとき、
次の王になるべき人が、代理王としてこの国を治める。

本来は姉の私が代理王をするけど、
今私は倒れているという名目である。

きっと今頃はユエが代理王をしているのだろう。
そして、姫である私が何者かに殺されたのであれば、
真っ先に王位争いでの動機が疑われる。

そうなると第2の王位継承者のユエが、
私を暗殺したと思われるだろう。


「まあ、疑われる…だけかもしれないけどな。
国民は間違いなく、ユエに不信感を抱くだろう。」

「一理ありますが、では早くルナ様を殺せばよい話では?
面倒くさくなくなりますわ。」

「だから、姫を殺すために、王宮に呼ぼうとしてるんだ。
王宮なら人に見られる可能性はゼロに等しいし。
誰にも気づかれない場所なんて、いくらでもあるだろ。」

「なるほど。
では、王宮に…?どうやって…?」

ああ。とアルトはすこし、
言いずらそうに…咳払いをひとつして、
真面目なトーンで続ける。

「姫様の周りの、権力のない人間を殺すとどうなる?
姫様は優しいからなおさら、
『周りの人を殺さないでくれ』って王宮に頼みに行きたくなるだろう。
そうやって、ユエは精神的に姫様を追い詰める気なんだ。」

そんな、私を殺さないのは…。
私の周りの人が死んでいくのは…。

「おばあ様が魔法使いだってしってるのは、姫様だけなんだろ?
それがなきゃ、あのおばあさまはただの狂ったおばあちゃんだし、
あのもう一人の女の子も、村の庶民の子供。
権力がなく、死んでも周りが騒ぎ立てない。
ユエの信任に何の影響も及ぼさない。」

あの二人は、
私の周りにいたから、殺されたの…?

そしてこれからも、周りにいる人が殺される。

私が大好きな人が。
一緒にいると安心する人の命が。

ただ、私と行動を共にしているというだけで。
何も、罪なき人が…私のせいで。


私が好きな人を殺してしまう。


気分が落ち込み、布団の端をぎゅっと握る。
想像もしてなかった。

私が2人をとても危ない目にあわせていること、
ううん。
知っていたけど…、きっと認めたくなかったんだ。

でも、リーちゃんとおばあさまが殺された。
そのことが私に『現実』をつきつける。

私は布団から出ようと、ごそり動いた。


そしてそれは突然のことだった。

「うりゃあああああああ!」

3人の沈黙を一瞬で引き裂く、気合の入った、怒鳴り声。
カーンと、いう金属音と
私が飛び起きたのはほぼ同時だった。

私を狙っていただろうが、アルトが短剣をぬいて、
草むらからでてきた誰かの剣を、寸前のところで留めさせる。

金属が擦れる音が、かすかに聞こえた。
でも…その小さな姿が、誰なのか想像もできなかった。
ユエの配下のものにしては小さすぎる。

そしてその疑問に答えるように、
月にかかる雲がなくなり…。
途端、その人物の顔が浮かび上がった。

その人物は、憎しみでいっぱいの瞳でアルトを…。
いや、アルトの後ろにいる私を睨みあげていた。
漆黒の瞳は涙で潤んでいて、憎しみと悲しみに満ちている。


「フー、くん…。」

リーちゃんのお兄ちゃん。
綺麗な漆黒の髪の毛はあちこち焦げていて、
さっきの火事のすさまじさを物語っている。

頬を伝う涙の跡が…痛々しい。
荒く息を吐きながら、
目の前にいるアルトではなく私に向かって怒鳴りだす。

「話は、聞かせてもらったぞ!
お前が、お前のせいで、リーは死んだんだ!
おばあさまも死んじまったよ!」

息が苦しくなる。
私のさっきまでの葛藤が、見えない鎖が私をしめあげる。

「おれはおまえを、許さない!
お前が姫であろうとおれが殺してやる。
そうでなきゃ誰もお前を殺してくれない。
大人はみんなそうだ。
権力、財力、国。
大きなものが怖いからヘラヘラ笑って媚を売る。
…くだらねえ…。」

フーくんの刀を握る手がぎゅっと握られるのが、
すこし遠いここからでも見えた。
血ばしった目はまっすぐに私を睨み、今にも襲い掛かってきそう。

「お前のせいだ!
お前さえこの村に来なかったら、
おれたちは幸せに、ずっと幸せに暮らせてたはずだったのに!」

『おまえのせいだ』という言葉が…。
殺してやるという言葉より、何よりも胸に突き刺さる。

そう、私さえ…いなかったら。
さっきのアルトの言葉とともに、ぐるぐると頭の中をめぐる。

「お前さえこの世にいなかったら、俺たちはずっと幸せに暮らせたのに!」

泣きながら、声がかれるのではないかという
大声で叫びながら言う。

「もう、黙れ!貴様、一国の姫君に向かって
なんと無礼なことを申すのだ!」

レイヤが私の前に立ち、私をかばった。
でもフーくんはまっすぐにこっちを見てくる。
なんて…、なんて暗い瞳。
光などなにも見えていないかのような…。

そのことに気づき、恐怖よりも悲しみがおそってくる。
さっき、私に四ツ葉のクローバーを渡してくれた…あの優しさは、
どこにいってしまったの…?

「こいつら家来の2人がいなきゃ、なんもできないんだろ。
どーせ意気地なしだろうし、自殺もしてくれねえよなあ。
まあ、安心して待ってろよ、俺が殺してやるから。…っ!?」

フーくんの顔が一瞬苦しみに歪む。
その瞬間、ふっとその場に倒れこんだ。
それをアルトががっしりと支える。
アルトがフーくんのみぞおちに、鋭い拳を一撃加えたのだ。

「こいつは、自分で悲しみを乗り越えなくてはならない。
憎しみを超えていかなければ、ならない。」


そういったアルトの横顔は怒っているようにも、
泣いているようにも見えた。
でも今の私にアルトを気遣う余裕はなかった。

私さえいなければよかったのに、と頭の中で声がする。
あざける笑い声が、怖い。

そして何よりも怖いのは、
私が、私を助けてくれた二人を。
リーちゃんを身体的に、フーくんを精神的に、
壊してしまったという…とんでもない事実だった。


―☆―☆―☆―☆―☆―

その後、レイヤが馬でフーくんをリルタ村まで送りに行った。

アルトのほうが武術に優れているからという理由で、
レイヤが自分から役目を申し出たのだ。
私がアルトと一緒にいたほうがよい、と言ってくれた。

かわいらしいレイヤにまで迷惑をかけちゃったな…。

私はぼんやりとアルトの横に座りながら、
ぱちぱちという軽快な火のリズムに目を向けていた。

さっきからずっと沈黙だ。
いつもはうるさいアルトも、
アルトなりに何か考えているのかもしれない。
まあ、こんな状況であのテンションで来られても、
私は答えられる自身はないのだけれど。

火が少し小さくなってきて、
アルトは火のもととなる、たきぎをほおり投げた。
何度、この動作を見ただろう。
火はまた、強い炎へと変わる。

そしてようやく、アルトはその重い口を開いた。

「なぁ…。お前、ずっと起きてたのか?」

「…うん。」

アルトは視線を炎に向けたままだ。
私は小さく頷きながら…、
火に負けてしまうんではないかと思うほどの、
か細い声でようやく答える。

「じゃあ、おれたちの話も聞いてたんだな?」

「…!」

「聞いていたんだな。」


無言という名の肯定をする私をちらりとみて、
ため息をつく。
また、沈黙が訪れた。

『話』とは、私がみんなを殺す元凶になっているという話だろう。
私のせいでみんなが…。
さっきのフーくんの言葉が、
顔が、瞳が不意に思い出された。

いたたまれなくなる。
あのリーちゃんにむけられていた
優しい黒色の瞳の面影は、もうどこにもなかった。

「…ごめんなさい。」

私さえ、2人に出会わなければ。
この村に来なければ。
わがままを言わなければ、
2人に護衛を頼まずにおとなしく死んでいれば。

そう、私なんて、死んでしまえばよいのに。
このままずっと2人のそばにいて、
大好きな2人を傷つけてしまうのならば…。

いままでは、2人にいてほしいという私のただのわがままだった。
2人が殺されてしまうかもという想像は、
想像にすぎないと思っていた。
現実は違うと思い知らされた。
そう、現実を知って。
私は思ったのだ。

2人が死ぬのはもっと…嫌だ。

どんな手段を講じても、私はここで1人にならなくてはならない。
2人だけは殺させない。
もうこれ以上、人が殺されるのは見たくない!

覚悟は、決まった。
私はその場にスッと立ち上がる。
ちょうどレイヤも帰ってきた。タイミングがいい。

さあ、ここからは私の全神経を使って…2人を騙しましょう。

「アルト、レイヤ。私はここから1人で旅をします。」

いきなりの発言に、2人が目を見開いたのが見えた。
でも、かまわずに続ける。

「これは、命令です。
今朝とは意見をそっくり変えて申し訳ないけど。…よく考えたのです。
まず、3人でいると目立ちます。
1人のほうが、目立ちませんし宿も見つけやすいでしょう?
それに、役に立たない護衛は必要ないのです。
…私の護衛を名乗っておきながら、
今回の火事の一件をどう捉えているのですか。
もしあの家に私がいたら、どうするおつもりでしたの?
…今頃私は灰となっていた、違いますか?」

レイヤが少しうつむき、アルトは下唇をかむ。
ごめんなさい。
でもどうしても2人には、生きて幸せになってほしいのよ。

「何が、護衛?助ける?
…反吐が出ます。笑っちゃいますわ。」

いいえ。
あなたたちの笑顔に、もう何度も救われています。
現にここまで来られたのも…2人のおかげ。

「1人でいるのも危険かもですけど、
あなたたちのような、無能な家来と共にいるのよりも全然気が楽。
それに、よく考えたら…あなたたちもユエの味方で、
いつ私を殺そうかと、狙っているかもしれないですしね。」

いつもはこんなに使わない、命令口調や敬語。
ドスの入った声と冷たい目。
昔から、気合が入った時の演技力には自信がある。

「そんなこと、ございません!」

レイヤが目に涙を浮かべて断言する。
知っているわ。
あなたたちはそんな人じゃない。
でも、ごめんなさい。

「証拠はありますか?本当に自分はユエの味方ではないと証明できます?」

これでもかというくらい、意地悪な口調で聞く。
早く、早く…私を嫌いになって!
レイヤのつらそうな顔に一瞬ひるみそうになりながらも、演技を続けた。

「だからここでお別れです。早くどこかに消え失せなさい。
…せいぜい、長生きできるといいですわね。…さようなら。」

ここまでありがとう。
幸せになってください。
長生きをしてください。
大好きでした。

…さようなら…。

私は自分の分の荷物の整理をし始めようと、歩みを進めようとした。
が、アルトが私の手首をつかむ。

「証明できるよ。おれはユエの手下じゃない。」

予想外の言葉に、おもわずアルトの顔をまじまじと見た。
まっすぐな赤茶色の瞳が私にそそがれている。

「どうやって、するのですか?」

そんなこと、できるわけないじゃない…。
私が動揺していると、アルトはニコリと微笑んで、
スッと、短剣をこちらに差し出した。


「おれを殺してください。」

私はその瞬間から、演技を忘れた。
何を言っているのかわけがわからない。

淡々と告げるアルトの目は笑っていない、
真剣そのもので…それがむしろ私を動揺させた。
一瞬で、パニックになる。

「どうして…?」

かすれる声で、疑問を言うしかできない。

「だって、姫様護衛の任務に失敗しましたから。
役立たずの護衛をここで罰してください。
ここで別れるなら、おれに制裁を下してからにしてください。」

「…っ!なんで?!」

耐えきれずに大きな声が出た。
自分への不甲斐なさからか、
思いが伝わらないもどかしさからか、

アルトの忠誠心の強さに嬉、しくなったからか…
思わず涙がでそうになり、顔をそむける。

「では、私も同罪ですね。
ルナ様、私も殺してくださいませ。」

レイヤの凛とした声が耳に届き、
ますます涙が出そうになる。
どうして、こういうときだけ命令を聞いてくれないのよ…!?

「もう、沢山よ!」

思わず、叫ぶ。
そして涙がこぼれてしまった。
久しぶりのせいか、涙はとまりそうにない。
そして私も、もうとまらない。

「私はそんな価値のある女なんかじゃない!
姫だったのは昔で、本来なら護衛も侍女もいなくなって当然なのよ。
…2人が命を懸けるような存在なんかじゃ…ない。」

こんなこと、いうはずじゃなかった。
2人の顔を見るのが怖い。
でも小さな子供の癇癪のように、もう止まらない。
肩を震わせながら膝をついてしゃくりあげる。

「私のせいで、おばあさまもリーちゃんも死んでしまった。
フーくんも壊してしまった。
私の周りにいれば、あなたたちもいつか死んでしまう!
もう私は誰にも死んで欲しくないのに…。」

脳内にお父様とお兄様の最期の姿が…
業火に包まれた家が…
蘇り、あわててかぶりをふる。

あんな悲しみ、二度と味わいたくない。
あんな光景、もう二度と見たくない。

「私という存在がいつか2人を…。
そんなことになってほしくなんかないの!
大好きな2人だから、生きてずっと幸せに暮らしてほしいの。
それには、私が離れればいいのよ。」

だんだん、しゃくりをあげながら話すので、
何を言っているかわからなくなってきた。


「私の周りの人間はみんな不幸になる!
大好きな人を不幸にするなら、
私なんて生きている価値なんてないもん!
みんなが私を殺そうとしてるのよ?
私はこの世に生きていない方がいいんだって…分かった。
私はもうどうなったっていい…。
死んだっていい。ううん、死にたいのよ!!
私は、死にたい!!!!」


パチーン!

森にかわいた音が響き渡った。
同時に私の口も止まり、静寂が再び森を包む。

あまりの突然のことに、
頭が真っ白になって涙も出なくなる。
自分の左の頬が、熱と痛みを帯び始めたことに
気づくのに少し時間がかかった。

アルトが私の頬を平手打ちしたんだ。

呆然と上を見ると、
とても苦しそうな顔をしたアルトが、こっちを見下ろしていた。
そして私の両肩を掴み、視線を合わせる。
目が少しも笑ってなくて…怖い。

「目を覚ませ!ばかやろう!」

大きな声に足がすくむ。
でも、あまりにまっすぐ、目を合わせるからそらせない。

「だって…、だって!」

「だってじゃない。
お前はもう少し周りの人間を信用しろよ。
…少なくとも、お前の周りにいる…おれは不幸だなんて思ってない。
レイヤもそうだろうし。
つーか、おれはむしろお前のそばにいれて、
すっげぇ幸せだって、思ってる。」

肩を掴む手の力が、少し強くなった。
口調もいつのまにか…優しくなっている。

「昔、お前は覚えてないかもしれないけどよ。
実は、おれたち小さい頃に出会ってるんだ。」

フッとアルトは空を仰いで、いきなり違う話をしだした。
でも、その内容に驚いて、
そんなことに構っている余裕はない。

だって、アルトが護衛兵になってから
私たちは初めて会ったんじゃないの…?

「あの時、すっげえ小さかった俺は、王宮の外で餓えそうでさ。
まー、お前が助けようとしてくれてたんだけど…。
おれは死にたいって言ったんだ。」

死にたい。
今の私と同じ言葉だ。

「でも、お前はそんなおれに笑顔で言うんだよ…。
ははっ。やっぱり、その顔はやっぱり覚えてねぇな?」

思わず、バツが悪くなり、目をそらした。
出会いを覚えてないなんて、失礼だもの。

「覚えてないなら、教えてやるよ。
まっすぐにお前は俺に、
『本当に死にたいって思っている人は、誰かに死にたいって言わないよ。』
って言ったんだ。」

…!?

アルトはさらに苦笑交じりで、続ける。

「さらにつづけて、
『死にたいって言う人は、生きたいって思っている人なんだよ。』
だとよ。」

私、そんなことを言ったの…?

「確かに、そうかもしれなかった。
俺はその時…絶望してたけど、まだやりたいことがあったし。」

遠い目をする。
そして真剣な顔つきに戻り、さらに肩に力を込める。

「んで、ここからが本題。
姫様はまだ起き上がらないおれに、
その後、手を差し出しながらいったぜ?
『でも、どうしても生きる意味が見つからないのなら、
私のために生きてください。私はあなたを助けたいの。』ってさ。
昔からわがままで自己中心で、女王様気取りで、でも優しくて。
あの時の絶望してた俺に、
その言葉は…不思議と胸に届いたんだ。」

…。

「だから、今度はおれがお前を救いたい。
お前が死にたいなんて、嘘だ。
おれたちのために死のうとしてるなら筋違いだぜ。
なんてったって、おれの生きる意味はお前なんだからな。」

どう考えても、2人から離れたほうがいいのに。
2人が好きなら離れるべきなのに。

「お前はおれのために生きろ。」

アルトのその優しい命令は、涙が出るほど嬉しくて…。
私の決意をとかす。心が軽くなる。

「だって…、私、誰にも死んで欲しくない…。」

「おれは絶対に死なないよ。
おまえが悲しむことは、しない。」

物理的に考えるとありえないことなのに、
なんだか…信じたくなる。
ほんの少しの笑顔と決意を込めたアルトの表情は、
とても頼もしく見えた。

「本当は、本当は…私も3人で旅をしたい。」

心からの願い事は、
きっとこれが最大でたった一つだ。
レイヤとアルトの微笑みが、私をつつむ。

火の音はさっきとかわらず、ぱちぱちと言っているけど…。
なんだかとても…軽く明るい音に聞こえる。
暗かった森も、星の光が眩いくらいに見えて、
怖さはなくなっていた。

「ありがとう。」

もう、何度言ったかわからない。
…ありきたりでこれだけでは伝わらない。
これから、私は2人にすこしでもこの恩返しができるだろうか?

「大好き。」

呟くように、
囁くように言ったその言葉は2人に届いたのかな?

明るい満月だけが、私たちを温かく見守っていた。

―☆―☆―☆―☆―☆―

はあ。
私は何度目にもなる、ため息を再びつきました。

ルナ様が元気になられたのはとても喜ばしい。
でも、それがアルトのおかげというのがどうしても気に入らないのでございます。
私は、なんと心が狭いことでしょう!
自分に嫌気がさして、そしていつもヘラヘラしているアルトなのに
…こういうときだけかっこいいアルトに対して、すごくイライラしております。

自分の力不足故なのですから、自業自得なのですが。
私も、もう少しルナ様のお力になることはできなかったものでしょうか?
少し、考えてみることにしましょう。
考えることは私の得意分野であり、他ではアルトにかなわないのですから。

確か、私が2人のところに戻ってきたとき、
ルナ様はもう演技に入られていたのでしょうね。
冷たい目をしていらっしゃりました。
そして、普段は使わない敬語で私たちをお叱りになった。

なぜ、この時に気づかなかったのでしょう?
ルナ様の演技がとても上手だということに。何度騙されてきたことか!
いえ、今はおいておきましょう。

そして…私は、ユエの手下ではないということを証明しろと言われましたわね。
なぜ、あの時言葉がとっさに出てこなかったのでしょう。

悔しい。

でも、こういう性格ですから…
ちゃんと理にかなった証拠を、と思ってしまったのですよね。

ルナ様はそんなことは、望んでいなかったでしょうに。
自分のことをいらない存在だと思っていて、
自分では気づいていなくとも、本心ではそれを否定してほしかったはず。
だから、あんな言い方をなさった。

自問自答していると、どんどん改善点、反省点が見えてきますわ。
…落ち込みます。
でもルナ様のお力に少しでもなれるように、もっと頑張らなくては。

私はもう一度考えだす。

そして、あの後アルトが言った「殺してください」の台詞。
その時のルナ様の動揺をみて、やっと嘘だと分かったのです。
アルトはもうとっくに気づいていたでしょうに。

その後の説得方法も、たいへん素晴らしいものでしたし。
私も感動しましたわ。
悔しさを通り越して羨望の気持ちがこみ上げます。

それにしても、どうしてアルトはあんなにルナ様のことがわかるのでしょう?
私のほうが長くお仕えしているというのに。
ああ、また気分が落ち込んできましたわ。

あと、気になる点をあげるとすれば
…あの時聞いた、2人の出会いのことでしょうか。

驚きました。
まさか、ルナ様がアルトの命の恩人だったとは。
まあ、私もルナ様との境遇は似ていますが…。
だからこそ、アルトだけは信用できるのでしょうか?
そして、さらにアルトだけには負けたくないという気持ちが働くのかもしれません。

それにしても、
ここまで自分がルナ様にとって役立たずとは。

「…はあ。」

「レイヤ?どうしたの?落ち込んでいるようね?」

先ほどの演技とは打って変わって、
素晴らしく晴れ晴れとしているルナ様。
この笑顔が見れるのは嬉しいですけど、
これもアルトのおかげ…。

ああああ!
もう、私はなんと嫉妬深いのですか!
それにしても、長い間考え込んでいましたわ。
ルナ様にご心配をおかけしていないとよいのですけど…。

「い、いえ…。
この度、ルナ様のために何もできずにすみませんでした。」

私が少々焦り気味でいうと、
なんだ、そんなこと?とルナ様はクスリとお笑いになる。

「バカね。今回はすべて私のせいよ。
勝手に1人だと思い込んで、
…あんなひどいことをいってごめんね。」

「そんな、すべて本当のことでしたもの。」

…事実。
あの火事で、ルナ様に何もできていない。
護衛失格ですわ。

「レイヤ。私は、あなたに笑顔をもらっています。
あなたは大切な私の仲間。
いいえ、友達よ!」

友達…。
素敵な響きに頬が熱くなる。

「ありがとう、ございます。」

本当に、いつもあなたは…。
こんな時ですら優しく、気の付く人なんですね。

まあ、ルナ様を元気にしてあげた、今回はアルトの勝ちですね。
でも、私も負けません。
ルナ様が大好きなので。負けていられませんわ。

私にも私の良さがあるはず…
アルトにはない私の長所といえば「知能」と「料理」と「家事」ですわね。
よし、今日から日記をつけましょう。
それと、今晩の夕飯は腕によりをかけますわ!

ルナ様を笑顔にしたい、
それが私の一番で唯一の願い事でございます!

―♪―♪―♪―

1日目

今日は、リルタ村に到着そして出発した。
おばあ様とリーさんという小さな少女が、火事によりお亡くなりになってしまいました。
あの火事が本当にユエ様の手下のものかはわかりませんが、その線が有力でしょう。

また、リーさんの双子の兄だというフーさんがルナ様を逆恨みしています。
護衛強化を提案しましょう。

また、ルナ様の悲しみからアルトが救ってくれました。
感謝です。
これから私たちは話し合いをします。
これからどうするのかという話し合いを。
決まったら、ここに追記しましょう。

これからも、
ルナ様のおそばにいることをここに誓って。

―♪―♪―♪―

私は日記帳をパタリ、と閉じ
…2人のもとへ向かった。

空を見るとぽっかりと月が浮かんでいた。
その光がまるでルナ様みたいにお美しい、
などとバカなことを考えながら。

5話~未来~


本当に月が綺麗な夜だ。
満月ではなく2、3日欠けてしまっているし、
大分西へ傾いてしまっているのだけど…。
なぜか…何よりも神々しく見える。

「じゃあ、これからのことをざっくりと決めようぜ。」

アルトはレイヤが荷物整理から帰ってくるなり、すぐに言った。
まるでこれから、遊ぶ計画を立てるみたいに。
真面目な話は重い気分になりがちだけど、
アルトがいればそんなこともないみたいね。

「そうですわね。田舎でひっそりと暮らします…か?」

レイヤが私の顔を覗き込んでくる。
『そうした方が賢明です。』と目で訴えてくる。

これから…か。
お父様とお兄様を、ユエに殺されたかもしれない。
命を狙われていて、
どう動いても出会った人々に不幸を招くかもしれない。

この2人のために生きようと思ったはいいけど、
どう生きるかまではまだ決めてなかった。

「姫様、うまく…言えねえけど。
あまり考えすぎねぇでくれ。」

アルトは、赤茶色の髪の毛を右手でわしゃわしゃと動かしている。

「姫としてではなくて、
『ルナ』という一人の少女として、本当の願いを言ってくれ。」

私、として…?
沈黙を貫く私に、痺れを切らしたようにアルトが続ける。

「ユエが…弟が、嫌いか?…憎んでいるか?」

お父様とお兄様を、あんな目にあわせたユエ。
この目でしっかり見たもの。
事実でないわけがない。そして私の命を今狙っている。

嫌わなければならない。

王と王子を殺した第2王子。
立派な犯罪者。

「犯罪者、だもの…。私がそれ相応の刑罰を…。
だからユエのことはもちろん!」

大嫌いよ!と、続けようとしたのだが…。

「ひゃにするのほ!」

いつの間にか私の背後に回っていたアルトが、
私の両頬を思いっきり引っ張った。
かなり、痛くて涙目になる。

「『ルナ』として考えろって、言ったよな?」

あ…。
だって私は偉大なお父様の娘で、エストレア王国の姫で、
昔からそうやって言われてて。
民のことを考える義務が…あって。
ユエに独裁させるわけにはいかないし。

「くそっ!
こいつは自分のことだと疎すぎるんだよ!」

なぜかアルトはイライラして、さらに頬を引っ張った。

「いひゃいっ!」

「ごちゃごちゃ考えるんじゃねぇっての。」

理不尽!
なんだか、私は無性にイライラしてきた。
目の前のアルトの頬を、お返しに全力で引っ張る。

「や、やめりょよ…!」

「しょっちこしょ…!」

戦いは均衡状態になる。
痛い思いをする中で、ふと懐かしい場面が蘇ってきた。
銀色の挑発的で、でも優しい目が。

…本当に昔のこと。
ユエともよくこうやってケンカばっかりしてた。
こうなると、いつもお兄様がユエと私の間に入ってきて
ケンカを止めてくれたのよね。

…あ。
私はアルトの頬をつねっていた手をふっと離す。

幼いころから、ユエとずっと一緒だった。
ケンカも沢山したし、相談相手はいつもユエだった。
お兄様は教育のためいつも忙しいし、
お父様はもっと忙しくて、お母様は死んでしまったから。
ご飯も、寝る時も、教育も、
同じようにいつも一緒に時間を過ごしていたっけ。

あたりまえにユエが隣にいた。
胸が高鳴るのがわかる。
こんなこと、姫として言っちゃいけないことだけど。
でも、自分の気持ちがやっとわかったんだ。

「ユエは、本当は優しくて…本当にいい子なの。」

「うん。」

「小さい頃は『お姉ちゃん』とか言ってね。
すごく可愛かったんだから!
いつからか、ルナって呼ぶようになって。
私よりも身長も高くなって、頭脳も運動も優秀で。」

一瞬、脳内に溢れ出る血が思い出される。
お兄様の最期の言葉は私への注意。
『逃げろ』という警告だった。
鮮明にあの声が蘇る。

でも…ごめんなさい。
わがままな私を、
姫として失格な私を、許して…。

「私、お兄様が嫌いとかそういうわけじゃなくて。
ユエもお兄様もどちらも、大好き。
でも・・・。たとえ、私がユエに殺されそうになったとしても、
私はユエを憎めないわ。
お兄様もユエのことは、憎んでないと思うの。」

アルトは満足そうに腕を組み、
レイヤは少し下を向いて…2人は黙っていた。

「だって、私のたった一人の優しい弟なんだから。」

そう、生意気で私をバカにしてばかりで、
自信満々で、頭がよくて、かっこよくて、自慢の弟だ。

ううん。
きっと不細工でバカでも…
ユエのことは嫌いになれないし、憎むなんてもってのほか。
理由なんてない。
大切な存在。

あの子がもしも、本当に道を誤ったなら。
犯罪者であるならば。

「今はもう…唯一の家族である私が、ユエをとめます。」

ユエが大好きで、大切だから。
ユエに会いたい。
そうしなければいけない。

「うん。わかったよ。『ルナ』。」

アルトは姫ではない、本当の私に微笑みかけた。
…アルトはやっぱり、
私の本当の気持ちを知っていたんだろうな。
だからこうして私に、考えろって言ってくれたんだね。
いつも私より私のことを分かってくれてる。

そう、そして今も素敵な作戦を考えてくれているはず。
アルトは大きく深呼吸をして、意気揚々と話し出す。

「んじゃ、姫様が素直になったことだし…俺の作戦を言おう。
それはズバリ『ユエ、お城からcome here!作戦』だ。」

ダサい名前には、
あえて突っ込まないであげよう…。

「ユエが王宮というか城に、
姫をおびき出そうとしていることは分かってるよな?
だからユエに今会いに行っても、
捕まってユエに会えずに殺されるのがオチだ。
城の大半は敵の可能性が高いからな。
と、いうことはこっちから城にはいけない。
じゃあ、ユエに来てもらえばいいんだよ!」

…なるほど。

「それで、どうやってユエを城から出させるのよ?」

「…そこまでだ。」

え?!

「ここから先は、みんなで考えようぜ!?」

…あんなに自信満々で話し始めたくせに。
結局、何も決まらないじゃないのよ…。
私とレイヤが同時にため息をつく。

「ちょっ、なんだよ!?その態度は!
俺、考えるの苦手だからしょうがないじゃんかー!」

「まあ、3人いればよい案が浮かぶかもしれませんわね。」

「…その3人のうち、1人が戦力にあまりならなそうだけどなー。」

「ちょっと?!私はバカだって言ってるの?!
そんなことないわよね?!」

…沈黙。

「なによーーー!?」


でも、その後20~30分くらい3人(2人?)で考えたけど、いい案は出なかった。

すぐに考えることを挫折した私は、
一人ぼんやりとしている。
あくびが止まらないし、このままだと寝ちゃいそう…。

だ、だめよ!
2人に考えさせておいて私だけ眠るなんて。
眠くならない方法は…。
あ、そうだ!
私はポケットの中をゴソゴソと探る。

「あったー!」

そう、お兄様にあげるはずだった誕生日プレゼント。
ペンダントは光輝いているから、
多少は明るくなって眠くなくなるかも!

「姫…何があったんだよ…って、え…?!」

アルトが、私の持っているペンダントを見て絶句した。
震える手でこっちを指さしながら、レイヤの頭をたたく。
書物で調べ物をしていたレイヤも…ふとこっちを向き、同じ表情になった。

「ちょ、おい…それって?!」

「あ。」

これ、そういえば王位継承のためのペンダントだったわ。
そしてこっそり持って来ちゃった…ヤツ…。

レイヤの頭から角が生えてきた!
…気がした。

「ルナ様!!!!なんてことを?! 
一歩間違えれば、あなたが姫でなければ大犯罪人ですわよ?!
いえ、姫でも罪に問われるかもしれませんわ。」

「す、すぐに返すつもりで…。」

しどろもどろになりつつも、
私はなんとかごまかそうとした。
でも私たちとは対照的に、アルトの顔が笑顔に変わる。 

「いや、よくやった!姫様!
これをエサにユエをおびき寄せられるかもしれねえぞ!」

「え…?」

「だって、これないと王位継承の儀式出来ねえだろ?
『ユエ、お城からcome here!』作戦が実行できるぜ!
ユエはこれを取り戻しにやってくる!」

「そっか…。やった!私のお手柄ね!」

私は上機嫌になって、アルトとハイタッチする。
アルトも機嫌がよくなったのか、いきなり話し出した。

「勝手に盗むことなんか、俺だってよくやってたよー。
お城のパイ。すげえうめえからよく一切れ貰ってたんだぜー☆」

「ええ、うちのパイ職人はすごいのよ。…っていつの間にそんなことしてたの?!
よく気づかれなかったわね…。」

「魔法を使えばちょろいんだって。」

「何よ、ずるいわ!」

2人で和気あいあいとしていると、
後ろから不穏な空気が漂ってくる。

「2人とも、言い訳は結構です。
あとでたっぷりとお説教してあげまいす。」

レイヤがすごく、素敵な…怖い笑みを浮かべて
私たちの肩を掴みながら…言った。

―☆―☆―☆―☆―☆―

「話を戻しましょう。」

レイヤが、少し低い声で私たちに話しかけてくる。
ちなみに、場合が場合だからお説教は免れた。

「でも、この3人だけでの旅は危険すぎます。
魔法使いが出てきたらひとたまりもありませんよ…?!」

「そ、それは…」

「それに、ユエ様本人がペンダントを奪いにくるとは限りません。
必ず強い部隊を率いたり、
または部下のみだけが奪いに来るかもしれませんしね。」

正論を言うレイヤにぐうの音もでない。

「ですから、魔法使いを探しながら旅をしましょう。」

てっきり反対されると思って、
肩に力をいれていた私は、拍子抜けした。

「え、いいの?」

「ルナ様のご覚悟を聞いて、反対できなくなってしまったのです。
…まあ、本心は田舎でのんびり暮らして欲しかったのですが。
ペンダントを持っているなら、それも無理でしょうし。」

レイヤは私の頭をそっと撫でて、微笑む。

「…いつのまにか、こんなに頼もしくなって…。」

何か、ぼそりと呟いていたけど、
私にはよくわからなかった。

「では、そのペンダントと王位継承の儀式について…
ルナ様は知らないでしょうから、お話しいたしますわ。」


そういってしたレイヤの話は、アルトと違ってとても長かった。
端から端まで全部説明するんだもん。
王位継承の儀式の歴史とか、
今はぶっちゃけどうでもいいのに。

だから要点だけをまとめてみると。
*王位継承の儀式を行わないと王の象徴である王冠がもらえない。
  だからユエは必ず王位継承の儀式をする。
*王位継承の儀式にはペンダントが必要である。
*そのペンダントには5つのくぼみがある。
  最大の魔力と言われる『自然魔法』のうちの5つの力をこめるためだ。
*王位継承の儀式を一人で行わせないように、『自然魔法』の使い手5人の協力が必須。
*ちなみに『自然魔法』とはそのままの意味で、自然を操る力を持つ者。
  「光、火、水、風、植物、土、闇、」が主な種類だ。
*私が王になるには『自然魔法』の使い手の協力者が最低5人必要だ。


…要点をまとめても、こんなに長いなんて…。

「でも、魔法使いはお城付近にしかいないわよ?
5人も見つかるかしら?」

「貴族以外にも魔法使いは、ごくわずかですが…います。
魔法というのは、後天性といい、生まれて少したってから
いきなり目覚めることもあるそうなんです。」

「へえ、知らなかったわ。じゃあユエとかお兄様は?」

「ユエ様やヒカル様は先天性と言われます。
生まれながらに力を持っている。
この場合が9割なのです。」

「大抵は、両親の力を受け継ぐことにより魔法が使えるのですが、
本当にごくまれに、両親に魔法使いがいないにもかかわらず
魔法を使える人もいるそうです。
これは1000万分の1ともいわれる確率で・・・。」

これ以上だと話がややこしくなりそうだ。
私は慌てて話を打ち切る。

「…レイヤ、詳しいわねえ。」

「そういや、レイヤは水の家系の貴族様じゃないのか?」

ふと、アルトが疑問をぶつけると、
レイヤはアルトにも私にも目を向けずに、肩を震わせた。

「…私は、残念ながら魔法使いではないです。」

それ以上聞くと、レイヤが壊れてしまいそう。
そう私が思うくらいの顔をしていたからか、
鈍いアルトもそれ以上は聞かなかった。 

「まあ、とりあえずー、『仲間探し&ユエ様おびき寄せ作戦☆』の開始だな!」

「そうね!」

「…はい。」

私も、そして切り替えたレイヤも、
アルトの元気いっぱいの言葉に頷く。

「よーしっ!」

そのままアルトは3人の真ん中に手の平を下にして、
腕を下の方へ伸ばした。

…?

「って、おい?!無視かよ?!
この流れは『エイエイオーっ!』ってやる流れじゃん?」

突然そんなこと言われても
分かんないわよ…。

「もう一回やるぞ!」

アルトの手の上に私の手が。
私の手の上にレイヤの手が。

2人の手が私を包み込んだ


「「「エイエイオーっ!!!!」」」


思いっきり右手を突き上げて、そのまま空を見上げる。
いつしか東の空が明るくなっていて…。
新しい私たちのスタートの日は始まったのだ。

この先、きっと何があっても
あの手の温かさがあれば、私はどこまででも行ける。
そんな気がした。

ルナの冒険1章~始まりの物語~

ルナの冒険1章をご覧になった方、ありがとうございました☆
この作品のヒロイン!
ルナ・ド・エストレア姫よ♪

最後まで読んでくださった方に
最大級の感謝をこめて・・・
1章は私からのあとがきよ!

今回、私は本当にいろんなことを学びましたわ。

そうそう、1章は冒頭でいきなり人がたくさん死んだし。
最初は少しやり過ぎかな?ぐらいの描写をしてたから、
作者が心配してたわよ・・・。

グロいのがだめだったという方、申し訳ありませんでしたわ。
不甲斐ない作者に変わり、私が謝罪いたしますね。

それに、ギャグの下手さや説明文が多かったりするのは
「作者の処女作だから…」ですってよ。

誤字脱字確認もしてみたらしいけど、
涙で画面が見えなくなるくらいあったらしいわね…。
ホント、私より作者の方がおっちょこちょいなんじゃないかしら?

だから・・・誤字脱字、あったら教えてくれると助かるわ。
Twitterをしているから、フォローしてくれれば泣いて喜ぶし!
不満でも、感想でもなんでもOKよっ!

私ももっと可愛く描写してほしかったし、
不満書いてこようかしら・・・?

あ、ツイッターのアカウントも載せるわ!
私、超優しいお姫様♪
@utapri_421

って・・・?!
宣伝ばっかりじゃないのよ!

作者が言いたいこと多すぎなのよ!
もう文字数がいっぱいだわ・・・。

とにかく!
今回私はダメダメな印象が多かったかもだけど
次回からは、超スーパー素敵なお姫様として
大活躍するから、2章も見なさいよね!

ほら、2章のURLもはっておくから!
http://slib.net/25477


「そーだよ。
ねーさんを助ける華麗なぼくに会いたいなら、2章・・・見に来てね♪」

・・・今の、誰?

ルナの冒険1章~始まりの物語~

≪現在修正中≫ 超長編ストーリーとなっております。 ファンタジーでけっこう重め。 でもギャグ要素や恋愛要素も沢山入れていきたい! お姫様、魔法、イケメン、ファンタジーが好きな人はぜひともっ(*´ω`) 主人公のお姫様ルナちゃんはもちろん…美人のレイヤちゃん、明るいアルトのほか沢山のイケメンを出すつもり(笑) 生意気年下とか真面目眼鏡とかチャライケメンとか…? ゆっくりお楽しみいただければ幸いです! 2章→ http://slib.net/25477

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-31

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1話~悪夢~
  2. 2話~笑顔~
  3. 3話~静寂~
  4. 4話~ココロ~
  5. 5話~未来~