虚言の代償

虚言の代償

 何事もビッグでなければ、世間は認めてくれない。それが、この10年間宗太郎が信じてきたことだった。
 何か新しいことを初めても、何か面白いことをしても、周りは自分のことを人間として認識してくれない。形式的な挨拶はしてくれるが、ビッグでなければ永遠にひとりぼっちだ。小学校にいた頃、宗太郎の周りには友達が全くいなかった。いつも教室の隅で本を読んでいた。
 読書以外の趣味は人間観察。教室の人気者を見て、何故彼等の周りには人が沢山いるのかを考えていた。上記のモットーはそのときに生まれたものだった。結局、人はビッグな存在に近づきたがる。そうして、自分も彼等の仲間入りをしたと感じたいのだ。そんなもの、ただの妄想に過ぎないのに。
 自分も大きなことをやらなければ。そう思い立ったは良いものの、宗太郎には誇れるものが何1つ無い。両親はごく普通の日本国民だったし、住んでいる家も場所もごくごく普通の地域だった。何か資格を持っているわけでもないし、帰国子女でもない。平凡な男子生徒だった。成績は良かったが、その程度のことで周りは評価してくれない。所詮は小学校のテストなのだ。
 ではどうしよう。毎日毎日、登校する度に作戦を考えた。検定でも受けてみるか、いや、そこまで秀才ではない。頭脳も経歴もルックスも何もかも普通の自分が注目を浴びるためには、何が必要だろう。
 そこで彼が考えたのは、嘘で自分を塗り固めることだった。嘘は良い。何しろ自由なのだから。何を言ってもそこでは全てが正しいものとなる。バレなければ良いのだ、バレなければ。

「僕の親、ロンドンに別荘持ってるんだぜ」

 それが、最初に言った嘘だった。
 流石は小学校低学年。別荘というだけですぐに生徒が群がる。どんな別荘か、いつ行くのか、何をするのか等、色々な質問が飛んで来る。宗太郎はそれらの問いに丁寧に答えてやった。当然、それも全て虚言で対応した。クラスメート達はすぐに信じた。それが嘘だと疑う者は誰1人いなかった。
 祖父がゲーム会社の副社長なんだ、両親は普段付けて来ないが、家には高価なアクセサリーがたくさんあるんだ、実は前に、大きなパーティーに招待されたことがあるんだ。こんなことを毎日クラスメートに言って聞かせた。彼等は眼を輝かせて宗太郎の話に耳を傾けた。
 これらの嘘をつく際、宗太郎は幾つかのルールを作っていた。まず、両親の履歴に関する嘘をつかない。授業参観や保護者会があるため下手な嘘はつくことが出来ない。また、自宅に関することも極力少なめにした。クラスメートの中には1度宗太郎の自宅に来たことがある生徒もいる。自宅の構造も把握している。そのため嘘を指摘される危険がある。虚言生活を始めてからはクラスメートを家に招くことも止めた。



 細心の注意を払って嘘をつき続けた。だが、徐々にその嘘を持ってしても、周りが評価してくれなくなる時期が到来する。
 昔は宗太郎の家の事情に興味を持ってくれた生徒達も、中学に上がった頃は全く聞いてくれなくなった。他人の家の事情などどうでも良くなってしまったのだ。そんなわけで、再び宗太郎の机に氷河期が到来した。
 本を読むフリをしながら、どんな嘘が効果的かずっと考え続けた。生徒達の会話をじっくり聞いてみる。すると、ある傾向がわかってきた。この学校では恋愛話や性にまつわる話がブームだった。そう、ここでは交際した人数、経験の有無が武勇伝になるのだ。

「俺、地元じゃ人気者だったんだ」

 幸いクラスの大半は新顔だったため、宗太郎の過去を知る者はそういなかった。交際していたときのことを得意げに語る。どれも嘘だからシナリオを考えるのは骨の折れる作業だった。が、1度それでクラスメートの心をつかむと後は簡単だった。これまでの嘘も通用するようになったのだ。
 こうして再び、嘘で地位を確立してゆく宗太郎。しかし、舞台はもう小学校ではないのだ。宗太郎が注目されるにつれ、それを忌み嫌う者も現れたのだ。
 中学3年に上がったときのこと。いつものように嘘をついて人気を得る宗太郎のもとに、1人のクラスメートがやって来た。彼は宗太郎とは真逆の孤独な生徒だった。初めは友人もいたが、彼は極度の僻み屋だったために徐々に孤立していったのだ。
「別荘があるとか何とか言ってるけど、ホントなのかよ?」
「え? ああ、そうだけど?」
「宗太郎が嘘つくわけないだろ?」
 生徒に囲まれた宗太郎と、孤立した生徒とでは、前者の方が有利に決まっていた。
「へぇ、そうかい。でも小さいよな、そんなことで人気を取ろうとするなんてさ」
 そう言い捨てて、生徒は帰って行った。
 彼はそれほど気にする相手でもないだろう。そう考えていたのだが、それは大きな誤算だった。
 その生徒の名は日比野雄一。陰気な学生だったが、成績はかなり良かった。宗太郎はクラスで半分ほどの成績だったが、雄一は常にトップ、あるいは5番以内には入っていた。統一模試では、なんと学年トップの成績をおさめた。すると、今まで宗太郎の周りにいた生徒達は少しずつ雄一の側に移行するようになった。生徒が集まってくると、雄一の性格も少しずつ改善されていった。それが功を奏したのか、雄一と宗太郎の立ち場は逆転した。
 中3だったため、クラスメート達は高校受験に必死だった。自慢話をしていた宗太郎よりも、成績の良い雄一の所に学生が集まるのは必然だった。
 どうしよう。これではまた、あの頃に逆戻りだ。どうにかして生徒の支持を取り戻さなければ。
 宗太郎が選んだのは、やはり嘘だった。それも今までのような生易しいものではない。自分の地位を確立するためのものではない。今回の嘘は、相手を蹴落とすための嘘なのだ。
 雄一が誉め称えられることを憎む者は当然存在した。宗太郎はまず彼等に近づき、ありもしないことを吹き込んだ。雄一は冷たい人間で、前にいじめられている生徒のことを見殺しにした、というような話だ。
 予想通り、彼等はすぐに食いついた。しかも彼が撒いた嘘は芽を伸ばし、いつの間にか解釈が大きく変わっていった。これは予想していなかったことだが、再び地位を確立するのに好都合だった。
 嘘はクラス全体に広まり、雄一は再び孤立した。今度は精神的なダメージが強かったらしく、成績は少しずつ下降し、いつしか彼は学校に姿を現さなくなった。受験本番が近づいても雄一は登校しなかった。そんな状況で受験に望める筈も無かった。
 受験が終わった後。
 宗太郎はなんとか志望校に合格した。あの嘘を忘れてしまうほど喜んでいた。友人達ともその喜びを分かち合った。
「はい、静かに」
 そこへ担任教師が厳しい表情でやってきた。ただならぬ様子に生徒達はすぐ黙った。
「悲しい知らせです」
 次に教師が言った言葉が、宗太郎の喜びを半減させた。

「日比野雄一君が、亡くなりました」

 2度目の孤立の後、雄一はやはり受験に失敗したのだという。それがショックだったのか、それともこれまで溜まっていたダメージのせいなのか。彼は学校へ向かう途中にある駅で飛び降り自殺したという。
 クラス中が沈黙する。顔を上げられなかった。上げたら、彼等全員と目があってしまうような気がしたからだ。
 たった1回の嘘が人を殺してしまった。鳥肌が立った。背中で感じる風が、空気が、とてつもなく冷たく感じた。



 高校に上がって、宗太郎の虚言癖は少し収まった。少しなので、まだまだ嘘はつき続けていたわけだが。
 彼には恋人が出来、いつも一緒に話をしていた。半分は嘘だったが、相手はそれに気づかず、宗太郎の話をずっと聞いてくれていた。交際が楽しくなり、いつしか中学での悲劇をすっかり忘れてしまった。
 そんなある日、1つの変化が起こった。その日は猛暑日で、熱中症で何人もの生徒が倒れてしまうほどだったのだが、
「それでさ、その大臣が俺に……」
「ねぇ、何か寒くない?」
「え?」
「何だろう、寒い」
 言いながら、彼女は縮こまった。
 初めは全く気にも止めていなかったのだが、彼女が感じる寒さは日に日に増していった。それだけではない。宗太郎と会話する者全員が寒さを訴えるようになっていったのだ。
 宗太郎が何か話しだすと、皆口々に「寒い、寒い」と漏らす。教師の質問に答えるとクラス中の生徒が縮こまる。教師も同じように寒そうにしていた。それは気温に関係なく、兎に角宗太郎が言葉を発する度に起こった。

「大丈夫? 風邪?」
「わからない。何か……背中がもの凄く寒いの」

 背中……。
 宗太郎の脳裏に、雄一の死の知らせを受けた日の記憶が蘇った。

虚言の代償

虚言の代償

注目を集めるために嘘をつき続けて偽りのビッグになった男。そんな彼に与えられた代償とは・・・。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-31

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