木霊

木霊

秘密の山

秘密の山

幼いころに不思議な体験をした。

五歳くらいだっただろうか。
幼稚園に通っていた気がする。
そんなときに起こった出来事だ。

私は自然に囲まれた田舎に住んでいた。
近くには大きなお店もゲームセンターもマンションもビルもなくて、幼稚園や学校もバスにのって行かなければいけないほど遠くにあるところだ。
ただ自然だけがたくさんあった。
いろんなところに田んぼがあって、ここにいる人は大体知り合いで、草も木も花も有り余るほどあった。
このあたりの子供たちはみんな川で水遊びをしたり、木登りをしたり、その辺で走り回ったりして遊んでいた。

もちろん私もその一人だ。
みんなで虫取りをしたこともある。川で釣りをしたこともある。
田んぼに入ってカエルを捕まえたことだってある。
だが、私には、もうひとつとっておきの遊びがあった。

私の家の裏には山があった。
山と言っても木や草が生えたちょっとした丘という感じだが、当時の私にとって、そこは山以外の何物でもなかった。
私のお気に入りは頂上だった。
そこからは大きな山がたくさん見える。
その景色を一人占めしたくて、私はこの場所を友達の誰にも教えなかった。
(両親は知っていた。当然だ。息子のすることなど何もかもお見通しだったのだから)

この頂上に上って私がすることは一つだけだ。
私は大きく息を吸うと精いっぱい叫んだ。
「やっほーーーー!」
『やっほーーーー!』
そうやって返ってくる。
前にテレビで誰かがやっているのを見てから、私は毎日こうして叫んでいた。

ある日、いつものように山に登って叫ぶと、母が来た。
「お墓参りに行くわよ」
その日はお盆だった。
私は父と母と父方の祖父と暮らしていたので、うちのお墓は家の近くの墓地にあった。
私は家に戻ると大勢の親戚たちとともに墓参りに行った。
終わって家に帰ってくると大人たちはワイワイガヤガヤと楽しげにお酒を飲み始めた。
子どもがいなかったせいか、私はつまらなくなって外に出て山に登ることにした。

私が頂上へ行くと、そこには、同い年くらいの女の子が一人こちらをむいて立っていた。
「君はだあれ?」
私が訊くと、女の子は答えた。
「こだま」
こだまの耳のところで二つにくくられた髪がぴょんぴょんと跳ねる。
「こんな所で何をしているの?」
そう訊くと、こだまは答えた。
「かえってきたの」
まだ幼かった私は、ただ単純に一緒に遊べる友達を見つけて嬉しかった。
こだまの言った意味などわかっていなかった。
私たちは遊び始めた。
木に登ったり、転げまわったり、走りまわったり…。
気がつくとあたりは暗くなっていた。
「もう行かなきゃ」
こだまが言った。
「もっと遊んでいたいよ」
そう言うと、こだまはにっこりとわらって言った。
「またね」
こだまの姿は、夜の闇にとけるように見えなくなった。
私はこだまがいたところをずっと見つめていた。

少しすると、父と母が私を探す声がした。
私は慌てて山を下りて家に帰った。
当然、父と母にはこっぴどく叱られた。
考えてみると、こんなに遅くまで山にいたのは初めてのことだった。

次の日、私は、父と母にこだまの話をした。
すると、二人はハッと顔を見合せて悲しそうに微笑んだ。
「かえってきたのね…」
小さな涙声で母が呟いた。
ずっと後になって(中学生くらいだっと思う)この一連の出来事を思い出し、気になったので母に訊ねてみると、、母は小さく微笑んだ。
「あなたには、双子の兄妹がいたの。でも、あの子は体が弱かったせいで、数カ月で死んでしまった。その子の名前がね、『こだま』と言うのよ」
それから母は呟くように言った。
「きっと、あなたに会いたくて、あなたと遊びたくて還ってきたのね」
母のその一言で、ようやく私はあの時こだまが言った『かえったきたの』と言う言葉の意味を理解することができた。

それから私は中学生になってから何となく登らなくなってしまった山に再び登り始めた。
お盆の日には勿論、まったく関係ない日にも昇った。
正月にも、クリスマスにも、子供の日にも、ひな祭りにも、私たちの誕生日にも…。
次の年も、また次の年も、次の次の年も。
だけど、こだまは還ってこなかった…。
そうこうしていると、私は大学生になり、一人暮らしをすることになった。
私は引っ越しの日、家を出る前に山に登った。
壮大な自然を目に焼き付ける。
視線を感じたような気がして後ろを振り向くと、ちらりとスカートの端を見た気がした。
でも、きっと気のせいだ。

あの日。
またね、と言われてから私は一度もこだまを見ていない。
大人になっていく私には、こだまの姿は見えなくなってしまったのだろうか。
人生は長い。
だから、いつかこだまに会えるようにと願い、僕は大きな声で叫んだ。
いつもよりも大きく、いつもよりもこだまに聞こえるように。

やっほー やっほー かえってこい

やっほー やっほー 会いにこい

やっほー やっほー 待ってるよ

ずっと



またね

木霊

木霊

幼いころの不思議な体験。 あの日出会ったあの子はいったい誰だったのか。 また会えるのか。 そう思いながら大人になる。 やっほーー

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-31

Copyrighted
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