鈴の音
クリスマスまであと3日。私はいつもの赤い服を着て、子供達にプレゼントを届ける準備をしていた。
当日子供達のほしい物を知るのでは、12月の25日に全ての子供達におもちゃを渡すことが出来ない。そこで、クリスマスイヴより前から、私は子供達の家々をこっそり回るのだ。3日前に調べるのは、おもちゃを用意する時間が必要だからだ。
今日も雪が降っている。家の外に置いてあるソリにトナカイを繋げると、記録帳を持って私は出発した。ヨーロッパから時計回りに行くことにしている。
世界には、本当にたくさんの子供達がいる。頭のいい子、優しい子、元気な子。中には周りの友達にちょっかいを出す、いわゆる悪い子もいるが、彼等は生まれながらにして悪い子なのではない。どんな子だって、本当は純粋な心を持った良い子ばかりなのだ。
「あの子はゲーム、この子はクマのぬいぐるみ、それから……」
初めは真っ白な記録帳も、あっという間に子供達の名前とプレゼントの名で埋め尽くされた。子供達のほしい物は毎年変わる。だから年が変わる度に新しい記録帳を準備している。こうして記録を続けていると、子供達が望む物も徐々に固定化されているように感じる。昔は人形やサッカーボール、ボードゲームなど、色々なものがあったのだが、最近はテレビゲームをほしがる子供が多い。ゲームを造った大人達の技術は素晴らしいものだ。1つの国だけでなく、世界中の子供達を魅了してしまうのだから。
おもちゃの人気がわかるのは面白いが、記録を続けていると、嫌なものも目に付いてしまう。私がこの仕事を始めた頃と現在を比べてみると、子供達の数は確実に減ってきている。数年くらい前からだろうか、記録帳のページが余るようになってきたのは。
色々な理由があるだろう。たとえば少子化とか、結婚する大人が減ってきているとか。だがそれ以上に問題なのは、子供の命が奪われることだ。学校でのイジメが主な原因だが、中には親に命を奪われた子もいた。
信じられないようなことが、現実に起きている。世界には、プレゼントを渡すぐらいでは心を癒せない子供達もいる。私には何が出来るのだろうか。ここ数年、そんなことを考えている。
ヨーロッパ、アメリカ大陸での仕事を終え、次はアジアの子供達の家に行く。世界の3分の2の国をまわったが、やはりページはまだ半分白いままだ。
次の子の家を見つけると、私はいつもやっている挨拶をするため、あるものを取り出した。その挨拶とは、鈴を鳴らすこと。やはり黙って入るのは失礼に値する。これは私なりの「こんにちは」なのだ。鈴の音なら、言葉が通じない場所でも通じる。……この時間まで起きている子供は少ないのだが。
だが、この家の子はまだ眠っていなかった。お母さんが早く寝なさいと男の子をしかっているが、男の子は言うことを聞こうとしない。
「早く寝なさい」
「やだ」
「そう? じゃあ……今年はサンタさんは来ないかもね〜」
可愛い子供だ。私にはどうしても来てほしいようで、すぐに言うことを聞いて布団の中に潜った。すると、お母さんはニコッと微笑み、男の子の横に腰掛けた。すぐに眠ることが出来ないらしく、寝るまで見守っていてくれるようだ。
「サンタさんには何をお願いするの?」
お母さんが尋ねると、男の子はただひと言、こう答えた。
「お父さん」
一瞬、お母さんの表情が強ばった。
調べてみると、彼のお父さんは1ヶ月前に交通事故で他界していた。男の子は、そのお父さんにもう1度会いたいと思っているのだ。
私の手は固まっていた。
残念ながら、亡くなった人間をこちらに呼び戻すというのは私にも出来ないことなのだ。
「お父さんと、キャッチボールするんだ」
お父さんが戻ってきたときのことを嬉しそうに話す子供。彼の笑顔を台無しにして良い筈がない。だが、私に何が出来るのだろう。世界中の子供達を笑顔にするのが私の使命。1人でも悲しむ子供がいてはならないのだ。
1度深呼吸して、私は鈴を鳴らした。すると、その音が聞こえたのか、男の子とお母さんが窓の外を同時に見た。姿を見ることは出来ないが、この音だけは誰の耳にも届く。
「ほら、ちゃんとお願いしなさい」
「うん、わかった」
布団から起き上がると、男の子は正座して手をあわせた。
「サンタさん、お利口にしますから、お父さんを連れてきてください」
男の子が願い事をやめるまで、私はずっと鈴を鳴らし続けた。願いは確かに聞き入れた、ということを伝えるために。
記録帳に男の子の名前を書き、その隣にお父さんと書くと、私はその家から去った。
クリスマスイヴ。
私は男の子の家に足を運び、彼にあるプレゼントを渡した。
それは、夢。あの子がお父さんと過ごした中で1番楽しかったときの情景だ。
たった1晩で消えてしまうプレゼント。本来願ったものとは違う物。彼の心に残るかどうか、それが心配だった。
夢の中で男の子は笑っていた。きっと、ずっとやりたかったキャッチボールをしているのだろう。
ちょうどそこへ、自分で用意したプレゼントを持ってお母さんがやって来た。さて、そろそろ次の家に行くとしよう。
彼の心に、この日の思い出がいつまでも残りますように。鈴を鳴らし、次の家に向かった。
それから何年もあの子のことが気がかりだった。楽しい時が夢だったと知ったら、彼は悲しんでしまうのではないか、と。
でも、私の心配などいらなかった。現在、あの子は34歳になり、大手企業に勤めている。誠実で逞しい男性になった。社内でも慕われているという。
さて、何故私が彼のことについて詳しいかって? 簡単なことだ。彼にも、子供が出来たからだ。
「よし、じゃあそろそろ寝よう」
「ええ? もっと遊びたいのに」
「駄目よ、パパは明日も仕事があるんだから」
「また明日な」
今日も彼が息子と話をしている。今日はクリスマスの3日前。いつものように、子供達がほしい物を調べにきたのだ。
鈴を鳴らして挨拶すると、彼と子供、そして彼の妻が同時に窓の外を見た。特に彼は目を大きく見開いている。いくつになっても、あの頃のあどけなさはまだ残っている。
「隆。願い事、何だっけ?」
「え?」
「サンタさんにお願いするんだろう?」
「あ、そっか!」
子供の反応に、両親が笑みを浮かべた。
「サンタさん、ほしいゲームがあるから、それをください!」
鈴を鳴らすのを止め、ほしい物を記録帳に書き込んだ。
私の仕事はこれからも続く。世界中をこのソリで回るというのは少々骨の折れる仕事だが、それでも、この仕事の先には素晴らしいものが待っている。子供達の笑顔だ。その笑顔が、私にとって最高のクリスマスプレゼントだ。
鈴の音
自分も幼少期に鈴の音を聞いたことがある。クリスマスの前だったと記憶している。なかなか寝ないでわがままを言っていた時のことだった。あれは父と母の作戦だったのか、はたまた本当にサンタクロースが来たのか、今となってはもうわからない。……神秘的だから、出来れば後者のほうが嬉しいが……。