堕天使の飛び方

7月後半のある夜。
時刻は午前2時15分。
丑三つ時真っ最中のこの時間は、見える人には見えるものがそこらをうろうろしているのだろうか。
無論、その見える人たちが寝静まっている今では、見えるものもきっと見えないのだが。
もしかしたら、逆にそこを利用した、ただの迷信なのかもしれない。
信じる人がいなくなれば、そのうちなくなってしまうのだろう。

闇に包まれた空の中から落ちてくるのは、鳥でも幽霊でもない、一人の青年。
汚れた翼を生やした、一人の青年。

「くっ…。」

最初は何とかして翼を動かすが、重力に従ってものすごい速度で落ちていく体を抑えるには程遠い力しか出せない。

青年は諦めて力なく落ちるがままに落ちる。
一粒の涙を流しながら。

1 始まりは案外誰も知らない所で始まっていたりする

「んじゃ、たった今から夏休みってわけだけど、おまえらは多分毎日学校に来るだろうから、また明日か。」

3年A組の担任、山田が熱そうにうちわを仰ぎながら話す。
解散の合図とともに、生徒たちが立ち上がり帰り支度を始める。

「はーるかっ、一緒にかーえろ。」

長い髪をポニーテールに結び、ゆらゆら揺らしながらこちらに来るのは私、安藤遥の親友である大宮優である。

「うん、あ、アイス買ってこーよ。ガリョガリョ君の新しい味、今日からだしっ」

「いーねー、何味だっけ?」

「モモんがっ「こら安藤、おまえ日直だろ、これ職員室まで運べ。」

山田に捕まり、遥は職員室へ引っ張られていく。
先帰っていーよーとひきずられながら言われた優は、

「…モモンガ味?」

と眉をしかめた。
そんな3人のやり取りを見ていた男子、高橋正人は、クラス…いや学年1のモテ男である。
成績も上の方だし、何よりも抜群の運動神経と整った顔が彼の武器である。
本人の自覚はあまりないが、周りには常に化粧の濃い女子が数人と、仲の良い男子が数人いる。

「あー、マサがまた遥のこと見てるぅ。」

そう言われ、正人はハッとする。
いつの間にか無意識に彼女のことを見てしまう。
それを小さな恋だと気付いたのは、彼自身ではなく、周りの仲間たちだった。

「あ、ホントだ、つい見ちゃうんだよなぁ。」

「前から思ってたんだけどぉ、なんで遥なの?
ウチのがずっと可愛いのにぃ。」

柔らかい胸を正人の腕に押し付ける。
しかしそれに反応するのは、彼ではなく周りの男子なのだが。
気にすることなく、正人はその子に笑顔で答える。

「あの着飾ってない感じがいいんだよ。ありのままって感じでさ。」

「な…。」

自分のことを否定された気がした彼女は一瞬固まる。
そんなつもりは無かった正人はハテナを出す?
それを聞いてた仲間の男子がポツリ。

「フラれ…「うっさい!」…っだはぁ!」

みぞ打ちされたのは言うまでもない。

2 出会いはいつだって突然

「うへー疲れた。」

大量のプリントを職員室まで運んだ遥はヨタヨタと帰り道を歩く。

しぶしぶ山田とともに職員室に向かっているとき、

「なぁ安藤…にーちゃん元気か?」

「え…あー、相変わらずですよ、ハハ。」

たまに山田は、遥の兄、志信(しのぶ)の様子を問いかける。
志信はこの高校を卒業してから、大学にも行かない、遊び人である。
常に外出して、フラッと帰って来たかと思えば独り身で遥たちを育てている母親に「生活費」などという言い訳をして金を要求する。
どういうわけか何も言わずに金を渡す母親だが、決して安易なことではない事を遥は知っている。

「あいつは3年になってからだいぶ荒くなったからなぁ、入学当時はもーちっと可愛かったんだけど。」

「その話何回も聞きましたよ。」

「だろうな、でもそれだけ心配なんだよ、元担任としてさ。」

フフ、と浅く笑う山田の顔は、いまいち何を考えているかわからない。
不思議そうな顔をしている遥に、

「もちろん、頑張ってるおまえも、ちょーっとは心配してるよ、彼氏出来るか。」

「このシーズンにそういうの求められてもねぇ。」

「はは、大丈夫だ。おまえは頭いいもん。」

「心配すんならプリント半分子しろってのー…」

つぶやきながら森の中に入る。
塾もない田舎のこの町には、あらゆるところに森がある。
夏なら夕方でも明るいし、なにしろ直射日光を避けることができる。
それでも、熱いものは熱いのだが。
額に滴を浮かばせて、遥は森を抜け…ようとした。
ある感覚に、遥は足を止める。

「…なんだろ。……涼しい。」

風が吹いたわけでもない、雲が太陽を覆ったわけでもない。
でも体が、冷たい空気を感じている。

「こっちだ。」

気になった遥は、微かな冷気を頼りに、森を散策し始めた。
さっきよりも涼しくて気持ちいい。
いつの間にか汗も引いてしまった。
しばらく歩いていると、何かがそこらじゅうに散らばっている。
遥はそれを拾った。

「羽…?」

白いとは言いがたい、少し汚れている羽だった。
遥は、顔を上げた。

「……あ。」

つい声が出る。
驚いたと言えば驚いたのだが、驚く前に声がでた。
人が倒れていた。
この羽と同じ色の髪をしている、人。
汚れた白い服装の、男の人。
汚れた白い翼を持った、

「…え、人なのかな。」

そう思いながらそっとそれに近寄る。
傷だらけの身体。
気を失っているのか、死んでしまっているのか、静かに全く動かない。
遥は考える。
この人なのか良くわかんない人は、助けてもいいのだろうか。
いやもしかしたら、コスプレかも。
コスプレだとして、そうするとこれは人であって…。

「…よし。」

よっこいしょと、遥はグッタリしている青年を担いだ。
……軽いな。
マジで飛べるんじゃないだろうかと思いながら、遥は元来た道へ歩き出した。

堕天使の飛び方

堕天使の飛び方

ある夏、彼女が出会ったのは、自分の使命を知らない、飛べない天使でした。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-27

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  1. 1 始まりは案外誰も知らない所で始まっていたりする
  2. 2 出会いはいつだって突然