I am crooked

「何だ、いたのか」

司令室の扉を開けると彼は何も映っていないモニターをじっと見ていた。振り向く様子はない。
私は彼に構わず椅子に腰掛け、手に持っていたスポーツ新聞を読み始めた。

「なぁ、冬月」
「なんだ」
「………二人は無事か？」
「一応な」

目立った外傷はなかったが大事をとって病院に運んで診察を受けているという事を最後に付け足した。それを聞いた彼は「…そうか」と再び口を閉じてしまった。
全く、心配ならあの時みたく様子を見に行けばいいのに……不器用な奴だ。私は呆れ交じりの溜息をつきながら再び新聞に目を通す。
新聞が芸能記事のページになったところで机の上の電話が鳴った。彼は鳴り続ける電話に気付いてないのか微動だにしない。
お前の部屋の電話だぞ、出る気ないのか？そう思ったが口にしない。無駄だと分かってる。四度目のコールが鳴ったところで私は諦めて受話器をとることにした。

「もしもし」

電話の声は葛城君だった。

◇

「では、後を頼むよ」

電話を切り受話器を元の位置に戻す。と、同時に大きく息を吸い吐く。

「診察の結果異常なしだそうだ。様子見で一日入院するそうだが」
「……誰がだ」
「お前さんの息子だよ。レイも同じだと言っていたがね」
「……そうか」

常日頃思うのだがこいつの「そうか」という言葉は本当にどうにかしほしい。何故ならこれ以上会話が続かないからだ。

「見舞いに行かんのか」
「…………」

そして黙り癖もどうにかして欲しい。会話が返って来ないと寂しいじゃないか。
だが、こいつはこれ以上口を開かないだろう。それは長年、彼と付き合ってきたが故分かっている事。私もこれ以上の会話を期待せず黙り込む事を決める。

「なぁ、冬月」
「…………」

予想外な事が起きた。珍しく彼から話し掛けきたのだ。

「私は失格、だな」

私が返答する前に勝手に話を進める。しかも傍から聞けば主語がなく何に対して失格なのか分からない。誰かこいつに『正しい会話の仕方』なるものを教えてやって欲しい。
私は今日一番の深い深い溜息をついた。

「……お前は不器用なだけだ」

全く年と経験は重ねるもんじゃない。彼が何を言いたいのかは分かっている。だから答えてしまう、こいつの今求めている『答え』を。

きっと失格なのは『父親』

息子を信じてやれなかった負い目。
先程のヤシマ作戦での葛城君とのモニターでの会話。あれから彼はモニターの前でただじっと立っている。
自分をずっと責めている。本当ならシンジ君の元へ行き一目無事を見たい。でも、自分にはその資格はないと行きたい気持ちを必死で堪えている。
本当に不器用な男だ。用事があって見に来た、それでいいじゃないか
第四の使徒の際、そういう理由だと自分に言い聞かせ一目見に行ったのだろう？本当に一目だったと聞いた時には「お前らしい」の一言しか出なかったが。
レイ君には素直になれるくせに息子には捻くれた態度しか取れない。だから距離が縮まらない。

ポジトロンライフルでの第六使徒への攻撃が外れ、使徒の反撃を喰らった初号機は吹き飛ばされた。
パイロットの安否を確認を急ぐと内部のモニターは破損、サウンドだけが繋がった。
スピーカーからは恐怖に打ちのめされたシンジ君の泣き声が聞こえた。

『もう立ち上がらないかもしれない』

私も思った。きっとコイツもそう思ったのだろう。だから彼はポジトロンライフルの狙撃者をレイに変更するように命令した。
しかし、葛城君は却下した。

「自分の子供を信じてあげてください、私も初号機パイロットを信じます！」

葛城君は『彼は出来る、まだ諦めてない、逃げてない』と信じた。
その思いが通じた。シンジ君は泣きながら、恐いと思いながら、それでも立ち上がりポジトロンライフルを持ち再び引き金に指をかけた。

「………信じてやれなかった」
「でも、その後信じたんだろ」

彼はその答えは返さなかった。答えがないという事はきっとＹＥＳなのだろう。

「信じる事も親の勤めだ。だが、心配するのも親の役目だ」

親の立場になった事がないので言える立場じゃない。しかし、今の奴には必要な言葉。

「シンジ君が来た時、無理やりにでも初号機に乗せる事も可能だった。でもそれはしなかった。何故だ？」

彼は答えない。代わりに代弁してやる。

「危険な目に遭わせたくないから、だろ？」

シンジ君を呼び寄せたのは初号機の魂が暴走だけが目的だった。それがゼーレの、人類補完計画に必要なシナリオ。シンジ君を呼び寄せたあの日に使徒が出現したのは本当に予想外の出来事だった。
あの時の戦況状況は零号機は凍結、レイ君は安静状態で最悪。残された手はシンジ君を無理やりでも初号機に乗せる事。どんな形であれシンジ君を初号機に乗せれば『息子』の不安定な精神状態に『母親』は応える筈だ。シンジ君の意思関係なくエントリープラグ乗せた時点で目的は達成される。初号機暴走と使徒殲滅、それがシナリオ遂行と私達の生存の条件。

『乗るなら乗れ、でなければ帰れ』

息子に二択の選択を突きつけた。恐怖ですぐに答えが出ない息子、彼は見棄てる『ふり』をして『最悪な選択』で使徒と自爆心中しようとした。まぁ、それは成されず『息子』が初号機に乗り『母親』が応える結果でゼーレの目的が達成された。

碇ゲンドウは息子の前で非道というものになりきれない。むしろ、安全を願う『親心』がある。
しかし、よく考えればあの時帰った方が実は一番危険だったという事は頭になかったのだろうか？まぁ、こいつの目には使徒の前に息子を差し出す方がよっぽど危険に見えたのだろう。

「お前ほど不器用な父親はいないだろうが、お前ほど我が子を思っている奴もいないだろうな」

『人類補完計画』

その計画達成の為、全てを犠牲にしてきた男『碇ゲンドウ』
彼がこの計画を何処で知り、何に興味を持ったのかは詳しく聞いていない（知りたくもないが）
この計画に関わる為、ゼーレに近づいた。そこで彼は碇ユイに出逢い、人並みの幸せを手に入れた。出逢った場所がゼーレでなければその幸せは永遠に続いただろう。
そう、彼らは出逢った場所が悪かったのだ。
ゼーレのシナリオは彼らの幸せを奪った。
彼女を失って行き場のない憎しみから生まれた『たった一つの私欲』
それを叶えるために彼は『ネルフ』を作った。
それは全ての人類を巻き込む壮大なシナリオ。
その為にコイツは全てを犠牲にして、恨みを買って生きてきた。

気付けば彼は扉の方へ歩いていた。どうやら自分を責める事を止めたらしい。私に声をかけることなく彼は扉の向こうへと消えていった。話し相手がいなくなった司令室を見渡し先程の会話、思考を振り返る。

早く気づけ。
お前が大切にしなければならないのは生きている『息子』だろう。
いつまで夢にしがみ付いているのだ？

――――人の事は言えない、か。

私も彼の私欲にしがみ付いている者、彼と同じ願いを叶えたいと思っているのだから。
私も人の親なら「止めろ」と言えたのだろう。
しかし、私は『親』ではない。

『男』なのだ。

奴と同じ、ただ一人の女性に逢いたいだけなのだ。

不意に笑いが込み上げた。誰もいない部屋でくっくっくっと笑った。

運命の歯車は動き出してしまった。
もう止まる事はないだろう。
私も、彼もブレーキを知らないのだから。
どこから引き返せなくなったのか分からない。

私はこの誰もいない空間でいつまでも笑い続けて、一滴の涙を流した。