かんがたり
『信仰』全般に対する風刺的なお話です。何らかの信仰を持っている方は不快に思われる可能性が高いので、読まないでください。
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むかしむかし、ある国に、シフゥ様と呼ばれる神様がおりました。
諸説ありますが、その中で最も合理的な説をとると、神様というものは色々な種類ありまして、そのありがたさも高低様々です。
神様の管轄、あるいはその支配領域について、これも仕切られ方は様々で、同一地域に数種類混在している事も少なくありませんが、今回のお話の舞台となる国においては、まだ外来品の神様の入り込みは殆どありません。
その国は昔ながらの絶対王政がひかれており、非常にシンプルかつ硬直的な身分制度が確立されております。とは言え、平民が極度に虐げられるわけでもなく、適度なバランスを保っています。
人口は約八千人。小国でありながら、他国と地理的に離れている事や、幸か不幸か、これといった目ぼしい産業・資源も無い事から侵略等といった外的干渉も受けず、実質鎖国に近い状態で、細々と生活を営んでおりました。
この国は、まだ新人神様であるシフゥ様にはもってこいの環境でした。当然、神様にも新人・ベテラン等の区分の他、その仕事の出来や身分の差、特に支持者数の大小により、明確な順位こそないものの、暗黙のランクというものが決まっています。
シフゥ様は、この小国における自然信仰から近年に生まれた新人です。とは言え、もう二百年以上の歴史があるのですが、神様界ではまだまだ新人です。この信仰には、某の巨大宗教の派生だとかと言う後ろ盾もありませんし、信者数は少ない上に、今後の拡大もあまり期待できません。
そういった意味では非常にランクの低い神様ではありますが、基本的に愚直な地元民からの信仰は厚く、例えるに田舎の地方で人気者な政治家さんの様な具合で、ゆるぎない地位を保っていたのでした。
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さて、そんなシフゥ様は、その小国内に数か所の活動拠点を持っています。
主な勤務先兼住居は、王様の城内にある小ぎれいに装飾を施された礼拝堂です。こちらは絶えず高品質なお供え物がいただける他、専属の司教様が毎日格式の高い儀式を行いますので、非常に快適に過ごす事が可能です。
その他、定期的に訪れる常駐先としては、城下にある百人程度が収容可能な礼拝堂と、国の入り口に当たる村に置かれた礼拝堂の二つがあります。
城下の礼拝堂は、最も多くの信者が訪れる場所ですので、シフゥ様は自らへの信仰度を確かめる為にも足しげく通い、時折り信者たちの祈りを聞き入れたり、信者の枕元に立ってそれらしいお告げを残したりします。
但し、大切な事はあまり働き過ぎない事です。頻繁に信者たちへ奉仕してしまいますと、神様としてのありがたさが薄れてしまう恐れもあるからです。それに神様界は非常に強固なカルテルが組まれており、どこかの神様があまり目立った奇跡を起こし過ぎると、他の神様から大きな圧力がかかります。例えばある新興宗教が、稀に宙に浮いてみせたり、信者の病気を治したりしていますが、そういう事をし過ぎた宗教は圧力によって社会的制裁を手回しされ、最終的にカルトとして弾圧されます。とにかく、飽くまで『奇跡』と呼ばれる程度の件数に留めるのがコツです。
さて、もうひとつの礼拝堂ですが、こちらは小さなこの国の中でも外れの地方に位置しており、お城からも離れている事からシフゥ様としてはなかなか足が向きにくい拠点です。神様にとって距離の問題は本来無いに等しいのですが、人間の秩序を慮ると、必然、ある程度人間と同じような感覚を持つようになるのだそうです。
しかしながら、この小さな外れの礼拝堂にも、シフゥ様にとっては決して蔑ろに出来ない大切な地方信者との接点です。それに、この外れの礼拝堂には城下とはまた違った、何とも手作り感こもった、ぬくもりのあるお供え物が多いため、物質的なそれよりも、精神的な捧げ物を喜ばなければならないシフゥ様としては、そういう意味でも大事な拠点です。
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そういった主要三拠点の他、シフゥ様は国内の至る所へ出張します。お祭り、お葬式、結婚式などの各種催事を始め、時には各家庭等、国内をくまなく巡業します。
その事を、どういう由でか認知している大人たちは、子供たちの悪戯を戒める時には、「シフゥ様が見ておられますよ」等と言うのですが、これはまさしく事実となり得るのです。
そんな風に戒めとして用いられているのは子供に対する事例以外にも多くあります。そういった意味でのシフゥ様のこの国での役割は非常に大きく、憲法にも影響を与えるほどです。憲法条文では「シフゥ神の名のもとに、嘘つくべからず」と言う様な内容をもっと色々と格好つけて、長々と文章化していますが、要するにこれも政治の眼の届かないところでの悪事を戒めんとする用途で、うまく神様の存在を活用している好例です。
そんな具合で、人々の暮らしや制度とうまく共存しながら、シフゥ様の信仰は守られていたのでした。
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ある日の事。シフゥ様は城下街の外れで行われるお葬式へ訪れました。
一般市民の小規模なお葬式で、それ程珍しい事ではなさそうでしたが、よく見ると、まだ十八歳にも満たないであろう、美しい少女が、その肌の色に見合った白い花と共に、質素な棺に納められていました。
凶悪な事件や流行病が殆どないこの国で、このような年代の若者が亡くなる例は非常に稀なので、シフゥ様は殊更関心を示しました。
参列者の話から察するに、どうやら元々かなり病弱だったところに、肺結核をこじらせてしまった様です。
死因はがっかりするほどつまらないものでしたが、なにせうら若い少女の、その美しい死に顔は、それだけで何やらとっても悲劇的でした。
その悲劇を更に盛り立てているのは、棺にすがってをんをんと泣く、故人の恋人です。
その青年は華奢な体躯でありながら、どこか男らしい芯を持った美しく凛々しい顔つきで、まさにこの男女は悲劇の主人公とヒロイン、そのものでした。
シフゥ様はその後しばらく彼らの様子を見守っていました。すると案の定、その青年は葬儀後、一人ふらふらと自宅の部屋へ戻ると、床へ跪いて祈りを捧げたのでした。
「我が親愛なる神、シフゥ様、これはなんと残酷な運命でしょう。愛し合う二人は、突然の死によって永遠に隔てられてしまいました。このうえ、私に一人で生き続ける価値がありましょうか。あぁ、どうか彼女を生き返らせてくださいませ。それが叶わぬのなら、私が彼女の許へ行かねばなりますまい。」
シフゥ様はあまりに典型的な悲劇のシナリオにあるこの恋人たちにこそ、奇跡を起こさねばなるまいと考えました。
早速関係各所(この場合、主に死後世界の事務関係の方々)と連絡をとり、いかに本件が人間たちの宗教観にドラマチックな印象を与えるかを力説しました。
シフゥ様の日頃の熱心な勤務態度と力説が功を奏しました。また、タイミングも良く、たまたま開催されていた定期復活審議会において、シフゥ様の説明を基に、奇跡の妥当性、影響度等が『程好い』と判断され、見事陳情は受理されたのです。こうして晴れて、少女は生き返らされました。
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さて、いかに奇跡とは言え、人間界に即して、ある程度現実的な説得力を持たせる事が肝要です。
幸い、まだ埋葬されず、死後二日間は自宅に安置されるというこの国の習慣に従って、遺体は棺に入れられたまま、少女の家の居間に置かれていました。この国は一年を通して涼しい気候でしたので、少女はまだ美しい姿かたちを保っていました。
シフゥ様自ら考案され、この少女は肺結核で一時的に心肺停止したものの、偶然棺の上に倒れた何か家具の衝撃で、心臓がまた再活動するとのプランを立てました。
多少無理がある気はしますが、奇跡だからそれでちょうどいいのです。
シフゥ様がその現場に向かうと、これまた都合良く、棺のすぐ傍に小さな棚がありました。
多くの神様にとって、天災を起こす事は得意分野です。
シフゥ様は早速この国にマグニチュード四程度の小さな地震を起こし、さもその影響下のように見せかけて棚を棺の上に倒しました。
関係各所の復活に向けた手回しも円滑に行われており、大きな物音に気付いて家族が棺の周りに集まった時には、棺の中から細い呻き声が聞かれたのでした。
家族たちは仰天しつつも、すぐに棺をこじあけると、少女は寝惚けた様子で家族たちに言うのでした。
「あれ?私、どうしたのかしら。」
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すぐにこの奇跡は恋人である青年に知らされるとともに、国中の噂になりました。
恋人は愛する者の復活を大いに喜びました。シフゥ様へ心からの感謝を示し、以前にも増して熱心に礼拝に通うのでした。
ところが、全ての周囲の人たちがこの事件をドラマチックな側面でだけ捉えていた訳ではありませんでした。
少女と親しい人たちは、勿論この奇跡を手放しで喜びましたが、一方でこの奇跡を魔術的と訝う者もおりました。
その発端となったのは、少女の三軒隣に住む独り者の老爺で、数年前に突然の病で夫人を亡くしてからは、非常に偏屈な性格になってしまいました。
また、この老爺は変に物知りで、他国から輸入された色々な書物を読み漁っておりました。その中で、まだこの国ではあまり馴染みの無かった『魔女狩り』の知識を得ていました。
その老爺は人に会う度にこの『魔女狩り』の知識を皆に話しました。多くは真剣に聞き入れはしませんでしたが、一部の者にはそれは他国における、最新の危機管理の手段に聞こえたのでした。
そこから、徐々にこの『魔女狩り』の話題は広まり、なにせ話題の少ないこの国の事、次第にこの少女が実は魔女なのではないか、という噂があちこちで聞かれる様になりました。
少女の周りの人々の耳にもこの噂が入るようになると、初めはそんな馬鹿な、と笑い飛ばしていたものの、噂が根強く広まっていくにつれ、次第にただ無視している訳にもいかなくなりました。
シフゥ様もこの情勢には気付いておりましたが、まぁその内収まるだろうと甘く考えました。
第一、神様は自分の過ちを決して認めてはなりません。この世界に存在するあらゆる悪意が、元々は神々が創った人間によるものである事。すなわち最大の過ちの根本の原因が人類を創造した自らにあるという事も、神様は決して認めてはいけないのです。
しかし、一向に噂は収まりを見せず、それはやがて過半数を超える意見となりました。国家はあまりに奇異な事件だけに、状況を静観するばかりでした。
少女やその周囲の者たちは魔女狩り論者たちの眼に怯え、戸惑いつつも、おかしな噂には負けまいと団結し、断固として抗う覚悟でした。シフゥ様は自らの行いを過ちとしない為にも、彼らを陰ながら応援しつつ、様子を見ておりました。
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しかしながら、シフゥ様にとって最大の誤算となったのは、恋人である青年でした。
誰よりも少女を信じなければならない筈の彼は、文学青年であり、書物の情報を盲信する傾向がありました。例の老爺に言いくるめられ、一度読んでみろと渡された魔女狩りに関する書物を読んでしまってから、次第に彼女が実は魔女なのではないかと疑い始めました。
それでも少女が魔女であることを心の何処かで疑いつつ、暫くは恋人として彼女を守ろうと考えていたのですが、少しでも疑念が芽生えてしまった彼には、少女のちょっとした仕草が魔女らしく映ってしまいます。
例えば、彼女がほんの少しぼうっとして空を見上げているだけでも、何か悪事を考えているのではないか、あるいは悪魔と交信しているのではないか、と疑います。
更には、彼女が青年に向ける無償の優しさに対してすら、何か裏の企みがあるのではないか、と疑ってかかるのでした。
そんな具合で、すっかり少女を魔女であると信じ込むようになった彼は、やがておかしな正義感・責任感から、非常に滑稽な決意をするのでした。
「私が彼女の復活を願ったばかりに、彼女は魔女として蘇ってしまった。しかし、私は恋人としての最後の責任を持って、彼女をまた本来あるべきところへ送ってやらなければならない。すなわち、非常につらい事であるが、彼女をこの手で再び葬ってしまわなければならない。」と。
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青年はこれと決めると、恐ろしいほどの行動力を発揮する性質を持っていました。
地方拠点を訪問していたシフゥ様が彼の強い意志に気付くよりも先に、彼は素早く手はずを整えて、少女へ会いに行きました。
当然まさか自分の恋人がその様な決意を持っていようとは知らず、少女は喜んで青年の呼びかけに応じて、街はずれの森へと喜んでピクニックへ出かけるのでした。
使命感に燃える青年には躊躇いすらありません。森を少し入り、完全に人気が無くなたっところで、浮かれてスキップしていた少女の背中へ駆け寄り、ふいにナイフを突き刺しました。
全く状況を把握する事も出来ないまま、その場でうつ伏せに倒れた少女を、彼は手早く仰向けにすると、その真っ赤に染まった白い上着を脱がしました。
清い交際を続けていた青年は、その時初めて少女の裸を目の当たりにしたのですが、彼にとってそこにあるのは愛する恋人の死体ではなく、魔女の死体なのです。すぐに隠し持っていた木の杭を取り出し、近くにある手頃な大きさの石を拾い上げると、例の本に書いてあった通りの方法で、彼女の胸に杭を打ち込みました。
見事に急所を一突きされ、既に絶命していた少女は、何の反応も示しませんでしたが、杭を打ち込まれるたびに血を噴き出し、彼の顔を汚しました。
「もしかしたらこの魔女の血が、私の罪を洗い流してくれるかもしれない」等と全く訳のわからない事を思い浮かべながら、彼は黙々と杭を打ち込んでいきました。
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骨の砕ける音を聞き流しながら、遂に杭が背中から貫通したのを確認すると、彼はそのままどっさりと後ろに倒れ込みました。
彼の息はすっかりあがりきっており、汗まみれです。血走る眼は見開かれたまま、木々の隙間から見える青空を虚ろに見つめています。
彼は少女を再び失った悲しみと、それを上回る不思議な達成感により、何とも言えない気持ちでただ息を整えようとしていました。
そこへ何とも間の抜けたタイミングで駆けつけたシフゥ様は、その状況を見て唖然としました。
しかし、繰り返しになりますが、神様は自らの過ちを認めてはいけません。これは全て、この青年の心の未熟さや悪意が引き起こした結果でなければならないのです。
罪に対しては然るべき罰が必要です。幸い、ここには人気がありませんでしたので、シフゥ様は自ら、息を整えて漸く体を起こした青年の前に姿を現しました。
「ずいぶんとまぁ、大変な事をしてくれましたなぁ。これは、ちょっと私から、直々に罰さねばなりませんよ、もう。」
青年は唖然としておりましたが、あまりに思い描いた通りのシフゥ様像そのままの姿だったので、名乗られた訳でもないのに、その目の前にいる方をシフゥ様と認めざるを得ませんでした。
それもそのはず、本来神様に実体はありませんから、人間たちの想像に合わせて相応の姿になって現れているのです。
シフゥ様は基本的には温厚な神様ですから、あまり直接人間を罰するような事はしませんでしたが、恋人を不信のまま殺してしまったこの男を赦せば神様としての威厳にもかかわります。シフゥ様はそれらしい口上を述べる前に、唖然としたままの青年を丸焼きにしてしまいました。
業火に焼かれながら、青年は呻きつつ、シフゥ様への怨念を燃やしました。「何故、私はこんな不遇な運命に晒されなければならないのか。シフゥ様を信じ、祈り、そして魔女を退治したこの私が何故…」と。シフゥ様はそれに敏感に反応し、燃え上がる不信仰な若者に説教されるのです。
「神様を疑うなんて、本当にイケナイことですよ。信じなさい、されば救われます。ほら、ちゃんと改心するまで、死ぬ事も出来ないまま、苦しみ続ける事になっちゃいますよ。」
まさに死を上回る程の苦しみの中で、青年はもがき苦しみましたが、このような状況にあって、「シフゥ様、万歳!信じます!」なんて、改心出来るはずありません。
尚もシフゥ様への怨念を募らせていた青年も、あまりの苦痛についに狂乱してしまいました。信仰云々の前に、まともにものを考えられなくなってしまいましたので、さすがにシフゥ様はこの拷問を取り止めになり、死なせてあげる事にしました。
焼けただれ、真っ黒になった青年と、血まみれになった少女は、シフゥ様のご慈悲でそのまま同じ場所、森の土中へ埋められました。
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二人の行方不明について、その国の人々の多くは魔女の評判を苦にした駆落ちと捉えました。やはり少女は魔女だったのだと言う人もいましたが、どちらにせよ、この噂話は当人たちの消失によって話題性を失い、やがて消えて行きました。
一方でシフゥ様信仰は、その後も滞りなく続きました。
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さてその頃、時同じくして、東の隣国ではペストの大流行で何万人と言う人間たちが死に絶えました。西の諸国では大規模な戦争が起きて何万人と言う人間たちが血を流しあいました。
しかし、神様の管轄は厳格であり、特に信仰の無い地方への手出しは固く禁じられています。
従ってシフゥ様は、その惨状を知ることすら無いまま、今日も相変わらずその国の中を見回っています。
次はどんな奇跡を起こそうか、等と考えながら。
かんがたり
作者のひねくれた宗教観を思想実験的な物語で示したものです。"人知を超える何か"すなわち霊的な存在は否定できないものだと思っていますが、だとしても全知全能の存在としての一般的な印象としての神、またそれに付随する宗教は、私には理解出来ない思想です。
かといってそれらを拒絶しようという訳では無く、それを信じる人たちを否定する訳でも無いという事を、ご理解頂きたいです。例えばそれらから生まれた様々な作品類の多くには、それ自体に芸術的な価値を感じます。
相互を受容する柔軟ささえあれば、決してある信仰とまた別の信仰、もしくは無信仰とは反発し合うことも無いはずです。私が問題視しているのはそういった異なる思想間の反発や衝突であり、他の意見を拒絶する盲信性とそれによる判断力の欠落です。つまり「まぁ理解できないところもあるだろうけどさ、人それぞれだし、仲良くやろうや。君の話も聞くからさ、僕の話も聞いてくれよ。」という事です。強制はもっての外と。