宗教上の理由・教え子は女神の娘?  最終話

まえがきに代えたこれまでのあらすじ及び登場人物紹介
 金子あづみは教師を目指す大学生。だが自宅のある東京で教育実習先を見つけられず遠く離れた木花村(このはなむら)の中学校に行かざるを得なくなる。木花村は「女神に見初められた村」と呼ばれるのどかな山里。村人は信仰心が篤く、あづみが居候することになった天狼神社の「神使」が大いに慕われている。
 普通神使というと神道では神に仕える動物を指すのだが、ここでは日本で唯一、人間が神使の役割を務める。あづみはその使命を負う「神の娘」嬬恋真耶と出会うのだが、当初清楚で可憐な女の子だと思っていた真耶の正体を知ってびっくり仰天するのだった。

金子あづみ…本作の語り手で、はるばる東京から木花村にやってきた教育実習生。自分が今まで経験してきたさまざまな常識がひっくり返る日々に振り回されつつも楽しんでいるようす。だったのだが…。
嬬恋真耶…あづみが居候している天狼神社に住まう、神様のお遣い=神使。一見清楚で可憐、おしゃれと料理が大好きな女の子だが、実はその身体には大きな秘密が…。なおフランス人の血が入っているので金髪碧眼。勉強は得意だが運動は大の苦手。
渡辺史菜…以前あづみの通う女子校で教育実習を行ったのが縁で、今度は教育実習の指導役としてあづみと関わることになった。真耶たちの担任および部活の顧問(家庭科部)だが実は真耶が幼い時天狼神社に滞在したことがある。担当科目は社会。サバサバした性格に見えて熱血な面もあり、自分の教え子が傷つけられることは絶対に許さない。無類の酒好きで何かというと飲みたがる。
高原聖…渡辺の同僚で、同じクラスの副担任。あづみが教育実習していた時もお世話になっていた。ほんわかした雰囲気が強い。
屋代杏…木花中の前生徒会長にしてリゾート会社の社長令嬢、キリッとした言動が特徴。でもそれとは裏腹に真耶を着せ替え人形として溺愛している残念な部分も。しかし性格が優しいので真耶からも皆からも一目置かれている。
御代田苗…真耶の親友。スポーツが得意で活発な性格。家はペンションを経営している。
(登場人物及び舞台はフィクションです)

1

 「あづみちゃんは水臭いなぁ。来るなら来るで言ってくれればいいのに」
見つかってしまった。苗ちゃんに。雪だるまのオブジェに作られた覗き穴から、逆に覗かれてしまった。
「なんかさー、怪しいとは思ってたんだよねー。雪だるまの角度が時々ビミョーに変わってるんだもん」
観戦しやすい角度を求めて、屋代さんに時々オブジェを回してもらっていた。微細な調整だったはずだが、勘の良い苗ちゃんはそれに気づいた。なんとなく人の気配も感じたのだろう。
 苗ちゃんの家が経営するペンション「かみさまのすみか」。屋代さんの家にずっとお世話になるのも悪いかなと思ってきたところでこの出会いは正直ありがたい。お客さんも今日はいないということなので、客室を一つあてがってもらえた。夕食は屋代さんの家から私用に用意されていたものをデリバリーしてもらった。当然苗ちゃんたち家族の分もあるので一食分の予算が浮いたとみんなで恐縮していた。うちでお預かりするはずの先生をお願いするのだから当然、と屋代さんは言うのだが、本来なら私が一番恐縮すべきところだ。まあそんなことを言った所で、
「人を頼れる時は、頼らなきゃダメよ」
と言われるのだが。

 苗ちゃん家のペンションは、木花村の神社にちなむ四種類の動物の名前が部屋に付けられている。こじんまりとしているが落ち着いていて、それでいてかわいらしい建物。周囲はかつてペンション村だったが、ここを残すと皆廃業してしまったのであたりは静けさに包まれている。かといって辺鄙なところというわけでもなく、村の一番奥にある集落にも近い。そしてその集落のはずれに、天狼神社がある。私は少しずつ、真耶ちゃんに近付いている。
 私は当然のように、オオカミの部屋をあてがわれた。一人ではやや広いかとも思うが、今日はほかにお客さんがいないから良いのだという。そしてその部屋に苗ちゃんが遊びに来ている。
「つかどうすんの? 明日からウチら学校休みじゃん、どっちみち真耶と遊んだりするよ?」
氷雪運動会は、寒中休み前の一区切りも兼ねている。つまりそれが終わったことイコール寒中休みの始まり。私が就活に苦戦していたことは苗ちゃんたち一年B組の子どもたちも感づいていたらしい。それを察しつつも連絡を取らなかったのは悪いと思っているが、私の感じている気まずさにも理解を示してくれている。そんなみんなの優しさが心に染みて、そして、つらかった。
 だが、苗ちゃんは言わなければいけない厳しいことを告げる勇気を持っている。
「先延ばしは出来ないよ」
 学校が休みということは、私が下手にウロウロしていれば真耶ちゃんとも先生ともバッタリ会う可能性があるということ。しかも苗ちゃんは真耶ちゃんの親友。一緒に行動すればいつか出会ってしまう。真耶ちゃんがこの家に遊びに来ることだってあるだろう。かといって今から屋代さんのところに戻ったり、ましてこのまま村を出立するのも罪悪感がある。だが苗ちゃんは、厳しいことを言うと同時に助け舟を出してくれる優しさも持っている。
「でも、明日一日くらい、それ忘れてもいいと思うよ? つか、ウチ手伝ってくれると嬉しいんだけど」

2

 「体動かすのもストレス解消にいいかもよ? それに今日は真耶と別行動だし」
翌朝。寒中休みの初日。寒中休みとは寒さが一番厳しい時期に学校を休みにすることで、昔は雪国で広く行われていたが現在も木花村の小中学校には残っている。休み中苗ちゃんはペンションのお手伝いを積極的にこなす。これから食材を買いに行くので、私も手伝いの手伝いで同行することになったのだ。
 しかし…。外は寒いのでスキーウェアを着込むまではまだいい、雪国の子どもにとってそれが普段着だと知ったから。しかしスキー靴もしっかりと履いている。お使い、のはずでは? と聞くまでもなく、私もスキー用具一式を身に付けるよう言われた。このペンションはスキー場に近いのでレンタルのスキーも用意してあり、どれでも自由に借りていいという。私はせっかくなので一番かわいいと思うものを選ばせてもらった。そして一番カッコいいものは苗ちゃんが着ていた。ペンションの娘ゆえの役得とばかりに。
 スキー専用出入り口から出ると地面は真っ白。そのまままばらな白樺林の間につづく細い雪道をわずかに平地滑走すると、眼下には一面の緩やかな白銀の斜面! そう、ペンション「かみさまのすみか」は、村営スキー場にスキーを履いたまま行けるという、最高の立地条件。先導の苗ちゃんはスイスイ滑っていくように見えて、実はスキー初心者である私を気遣い、蛇行して進みを遅くしながら私に合わせてくれている。
「急斜面無いから大丈夫だよ。こっから向こうまでゲレンデ横切るよ」
苗ちゃんは、そう言うとゲレンデをそのまま滑っていったかと思いきや、再び林の中へ。ここから伸びる小径も村の観光資源の一つで、夏の間は遊歩道なのだが、冬になると雪に埋もれたままにして、そこをスキーやスノーシューで移動できるようになっている。昨日の全員リレーでも村じゅうに張り巡らされたこの小径の一部が使われた。今はわりと早い時間だがすでに自然観察ツアーが始まっていて、カンジキを履いた人たちが数名歩いている。その横をゆっくり慎重に追い越させてもらう。雪に埋もれた遊歩道は時々人家の軒先をかすめるようにコース取りがされている。さっき通過したスキー場だって、民家のすぐ脇を滑り降りて集落に食い込んでいるのだ。レジャーと生活とが、ここでは当たり前のように共存している。
 やがて道が二つに分かれる。標識には右に行くと中学校だと書いてある。なんで中学校を示す標識があるのか? というと。
「ここから曲がると、ウチの冬の通学路」
なんと、苗ちゃんは普段の通学もスキーでやっているという。家が標高の高いところにあるので、学校まではゆるやかな下り斜面、数キロに渡るロングコースなので、スキー好きにはたまらないだろう。そしてこのコースを真耶ちゃんも使っている。普段から一緒に登校していたのだから当然なのだが。
 それにしても、まさかスキーを履いて登校する子どもがほんとうにいるなんて。もっとも私が知っているのは、大雪が降ると交通が途絶するような村の話だ。この村の場合は違う。あくまでも移動という単なる手段を少しでも楽しくしようとする意志が感じられる。
 だからこそ寒中休みというのも、冬の厳しさゆえというのはこの村には当てはまらないのだろう。だってこうやって、楽しみながらスキーで村内を自由に移動できるのだ。

 木花村唯一の商店街は、村にしては結構な規模。八百屋、肉屋、魚屋といった三大アイテム以外にも豆腐屋、和菓子屋、乾物屋などなど。それらがコンパクトな領域にまとまっていてなかなか楽しい。大型スーパーが進出していないのでここが村人にとって重要な買い物の拠点。そして人口の少ない村で商店街がやっていける理由の一つは、お宿で出す食事等もここで調達されるから。もちろん私達がやってきたのも、それが目的。
 まだ量り売りが健在のお店たちで買い物を済ませた私たちは商店街の奥にあるちっちゃなマーケットを抜けた先の広場で一休み。その間にも近所に住んでいる子どもたちがスキーで通り過ぎたり、雪遊びをしたり。なかには大人もいる。いつも通っている商店街への近道が冬は雪で埋もれるので、買い物にはスキーを履いてくるのだと。生活の中にスキーが根付いている。言い換えれば、雪や寒さとのつきあいかたを心得ている。
 そして私たちは当然、雪原に寝っ転がってロングコースの滑走でほてった身体をクールダウン。でも実際こうやって寝転んでみると、風も雪も冷たいが、暖かな陽射しが優しく身体を包み込むようでもある。そして雪はどこまでも柔らかく、真綿のようだ。
「なるほど、木花村の冬は寒くて厳しいけど、それと折り合いつけて、楽しくやっていこうって先人の知恵だね」
「それ、フミちゃん先生の受け売りじゃん」
そう、そのとおり。渡辺先生が日本地理を教えていた時に話したこと。
「つか、東京みたく雪あんまし降らないトコじゃスキーできないじゃん。こうやってせっかくここに住めるようになったんだからさ、ウチ的にはここでしか出来ないこと楽しみたいわけ」
その言葉に、はっとした。
 苗ちゃんは、実の両親と別れて暮らしている。元の両親がは離婚したとき母親に引き取られたのだが、母が同居を始めた新しい父とは折り合いが悪かった。おそらく虐待といったこともあったと思う。苗ちゃんは児童相談所によって救済されこの村へやってきた。だから、今両親と呼んでいるペンションのオーナー夫妻は里親に当たる。
 悲しそうな目で私は苗ちゃんのことを見ていたのだろう。だって、そんな辛い理由でこの村へやってきたというのに、それをそんなにポジティブな理由に転化出来るなんて、なんて強い子なんだろう…。でもそんなことはまるで無かったかのように、今の苗ちゃんは明るく活き活きしている。それは今のペンションのご家族の愛情のなせる技でもあるし、この村の人を暖かく迎える風土もあるだろう。
 「ところでさ。真耶のあのキーパーの格好あったじゃん?」
苗ちゃんが言った。
「あれさ、ウチが初めてチームの助っ人やったとき、応援に来たときのことなんだけどね」
近隣の市町村の児童が対抗でやるアイスホッケー大会がある。だが一番小さな村である木花は競技人口が少ないどころかジュニアのチーム自体無かった。そこで苗達数名が呼ばれたのだが、初めての防具に皆戸惑うばかり。
「重いよ~、動きにくいよ~」
そんな声を聞いていた真耶ちゃん。運動が苦手なので当然今日も応援のために来ていたのだが、立ち上がるとキッとした表情になってこう言った。
「じゃあ、あたしも着る!」
 自分だけあったかいトコで応援してるだけってのが我慢できなかったんだろうね、というのが苗ちゃんの見解。
「だからせめて自分もカッコだけは大変な思いしようって。真耶らしいよね」
他人がつらい思いをしているのを、黙って見ていられない。それなら自分が肩代わりするか、自分も一緒にそのつらさを分かちあう。そういう意志が真耶ちゃんにはある。結局その日一日その格好で過ごしたそうだ。
 真耶ちゃん。友達が困っているのは黙って見ていられない、それでいてそのためには頑固なまでに思ったことをやり遂げる、本当の意味で優しい子。そんな優しい子を、いま私は遠ざけている。それって…やっぱり…。
「やっぱり、謝らなきゃダメだよ、あづみちゃんは」
そう言おうとしたすんでのところで、苗ちゃんに先を越された。でもそれは、私にとっても転換点になるであろう提案だった。
「そうだ、今夜さ、ちょっとおもしろいことやろうよ。あづみちゃんも一緒だよ?」

3

 帰り道は登りになるのでバスを使う。村営のコミュニティバスは運賃がリーズナブルでしかも片道だけだから大した出費ではない。ペンションに付くと買ってきたものを厨房に持ち込み、仕込みなどを苗ちゃんと一緒に手伝った。このあとのことについては、苗ちゃんが希和子さんに話をつけてくれた。
「あづみちゃんはウチらにお任せでいいから。大船に乗ったつもりで、さ」
おもしろいこととは、真耶ちゃんの家でのお泊り会のこと。苗ちゃんは私を真耶ちゃんと引きあわせてくれて、気まずくなってもフォローしてくれるというのだ。何とも嬉しい話、ではある。その反面、不安でもある。真耶ちゃんにどうやって謝ろうか。最近の私は人を避けてばかり、心を隠してばかりなので、ひどく臆病になっている。だがそんな事情にお構いなくなのか、だからこそなのか、時は順調に流れ続け、真耶ちゃんの家に行く約束の時間があっという間にやってきてしまった。

 苗ちゃんの家と真耶ちゃんの家は歩いてもそれほど遠くない。歩道までしっかり除雪された車道を歩く。冬用の長靴を貸してもらっているので雪もへっちゃら。ウィンターブーツなんて呼ぶこともあるそうだ。
 正式な石段の山道は雪のため閉鎖してあるので、つづら折りの林道をたどって神社へ。ぱんぱんと手を鳴らしてお参りしてから真耶ちゃんの家に向かう。このあたりは苗ちゃんの家よりもさらに標高が高いので、一段と雪が深い感じもする。でもそのおかげで、真耶ちゃんもまた学校までスキーで通えるのだ。
 今回ここに来るにあたって、苗ちゃんのみならず、苗ちゃんのご両親にも色々アドバイスを貰った。あえて構えたりすると緊張する。無心で、もしくはコンビニにジュースを買いに行くくらいの感覚で行けばいい、と。だからあまり色々考えないようにしていた。苗ちゃんがかわりに呼び鈴を鳴らし、大きな声で挨拶をして扉を開けた。

 「こんばんは」
あまりにもあっさり、真耶ちゃんと再会した。でもやっぱり私から話しかけるのは気が引ける。それでもなんとか日常会話はした。当たり障りの無いことばかりだけど。寒いね、雪が今年は多くてね、東京は北風が厳しいよ、そうなんだ、ちょっと背伸びた? はい、という具合に。そんなぎこちなさを解くように、希和子さんが夕食を促してくれた。
 「夜のイベントに備えて、ちょっと控えめにしたの。ごめんね」
と言いつつも、結構なお食事が並ぶ。色々な食材が入ったお鍋だ。締めのうどんの頃にはかなりな満腹感。おつゆは一晩寝かせておいて、明日の朝雑炊でいただく。お腹を落ち着かせてからお風呂に入ると、いよいよ今夜のメインイベント。

 第一級の寒気が入り込んだ名残で、外は連日冷え込んでいる。今夜も晴空なので、朝には相当寒くなっているだろうとのこと。
「おあつらえむきだね」
花耶ちゃんがニコニコしながら言う。境内の端っこに近い、村を見渡せる所。頭上には星が、眼下には夜景が拡がる。それ以外に灯りは見えないが、足元には雪がぼんやり光っているように見える。
 雪をかき寄せた上に私たちは立っている。が、誰が言うでもなく体育座りを始める。やがて優香ちゃんとお花ちゃんが、お花ちゃんのお父さんの運転する車で到着。
「よし、始めよっか」
お花ちゃんがそう言うと、皆雪の上に寝転がる。ここまでは私にも、木花村では普通のことだという知識がある。しかし。
「って、みんな一斉に寝転んじゃダメじゃん!」
と言った苗ちゃんが再び立ち上がる。ノリツッコミに対応して他のみんなも立ち上がるが、その中から花耶ちゃんだけが皆に促されて再び寝転がる。
「みんなでやれば早いじゃん」
と、苗ちゃんが言うが早いか、みんな一斉に、

 花耶ちゃんを、雪に埋め始めた。

 もともと境内に作られた雪山には、六人分のくぼみができていた。前もって私と苗ちゃん以外の四人で掘っていてくれたという。苗ちゃんは私のお相手をしてくれていたのだから、実質私のためだけにみんなで下準備をしてくれていたようなものだ。このお泊り会が私を元気づけるために催されていることは暗黙の了解なのだろう。そういうことをしてくれる、優しい子たちだ。
 しかし、お泊り会と言いながらこの行動は一体何なのか、という疑問はあって当然だろう。ただ私はことの概要を一応聞いては、いた。
 雪の上で寝転んでひなたぼっこしたり、人間が中にはいった雪だるまを作ったり。でもそういう雪遊びの延長上にある、究極の遊び。

 雪に埋まった状態で、一晩過ごす。

 「海水浴の時、砂に人を埋めたりするでしょ? あれと同じよ」
と希和子さんは言うのだが、いやいやそれとはまるで話が違う。零下何度という冷え込みの中での話だから、なまじっかな準備では歯がたたない。だから私たちは、スキーウェアにウィンターブーツ、足にはスパッツ。斜面なので一応かぶっておくヘルメットは防寒も兼ねている。ゴーグルとフェイスマスク、それにもちろんスキーウェアの下も重装備。あったかい下着の上に防寒性のスキーインナー。そして雪がしみてこないように、ウェットスーツやエナメルの全身スーツを着て防水も防寒も完璧。そしてスキーウェアの上にさらに大きめのレインスーツを着こむ。幾重にも重ね着しているのでみんなもこもこだし、動きにくいけど、それでもみんな頑張って花耶ちゃんを埋めると次は優香ちゃん、そしてお花ちゃんと、順番に埋めていく。子どもの人数が足りなくなると希和子さんとお花ちゃんのお父さんが加勢する。真耶ちゃんと苗ちゃんが雪に埋もれた所で、いよいよ私の番。
 寝ている自分の上にスコップで雪が容赦なくかぶせられていく。冷たいのもそうだが、重みが感じられてくる。軽い粉雪とは言え量がかさんでしかもスコップで固められるとこれはかなり堪える。あっという間に私も真っ白な雪に埋もれてしまった。そして全員を覆う雪にホースで水をかけて完了。しばらくすればカチカチに凍るのだろう。

 でもあら不思議。冷たい雪に包まれているはずなのに、存外暖かいのだ。
「雪が風を防いでくれるからね。服も厚着だし、雪の重みがあるから体温は閉じ込められるの」
希和子さんはその説明を最後に、じゃあおやすみ、と言って家の中に消えていった。お花ちゃんのお父さんも帰っていった。私を除けば全員子ども。それが雪に埋もれている。
 境内にある雪山に、私たちは斜めに埋められている。ちょうど高台のへりに当たるので、村全体を見渡せ、キラキラした家々の灯りを眺められるような配慮だ。埋め方が徹底しているので、みんな顔の一部しか露出していない。これくらいしないとかえって寒いのだろう。身動きは取れないがその対策もしてあり、口のそばにはそれぞれスポーツドリンクなどを入れた水筒のストローを伸ばして水分補給が出来るようになっている。また万一に備えて防水ケースに入れたスマホや防犯ベルがそれぞれの手に持たれていて、大人と連絡が取れるようになっている。これらから察せられるとおり、いったん雪に埋められたら自力では出られないくらい厳重に押さえつけられている。ただ私だけは自分でも抜けられるようにしてもらった。だって、さすがに…。他のみんなはそのための準備をしているけど…。

 私にはこのままの体勢でトイレを済ませる覚悟はまだ出来ていないから。

4

 しばらく、雪中女子会という感じで話に花が咲いた。テーマは中学に入ってから一年間の出来事が中心。思えばいろんなことがあった。私は途中からだけど、それでもいろんな学校行事に参加させてもらった。それらはどれも個性的で、ほかのところでは見られないものだった。けれどその話はすぐ止んだ。私が会話に入りにくくしていることを察してくれたみたい。
 いつも思うのだけど、木花村の子どもたちはどうしてこう、大人びているのだろう。まわりを見渡し、適切な気配りができる。思いやりとか、親切とか、そういう行動が当たり前のように身体に染み付いている。電車やバスの中でも騒いだりは決してせず、お年寄りなどに席を譲ったり、降りる人がいると道を開けたり。家でのお手伝いも普通にする。学校行事やイベントの時も、大人任せにせず、進んで雑用をする。
 一方で、学校にゲームやマンガを持ってくることも、授業中に見たりしない限りは認められている。制服はあるが、それ以外の鞄や靴は自由だし、寒い時期になってからスキーウェアでの登校も認められるようになっている。体操着は指定のものでなくてもよい。まあ指定のものは泥んこ運動会などで汚れてしまうことにもよるのだが。そんなに自由でも着崩したりはしないし、言われなくてもコーディネートをしっかり自分で考えている。
 一度、観光客の人に尋ねられたことがある。バスに乗り合わせてきた校外学習帰りの小学生があまりに行儀良くしているので、それに驚いたのだろう。その中のひとりが、ちょっと意地悪を言ってやろう的な顔つきでこう言った。
「余程厳しく管理されているのではないですか?」
私は答えに窮した。木花中の子どもたちが行儀良いことは知っている。でもその理由が厳しく管理されたりしているから、というのは納得行かない。ちょっと考えこんでしまった時、横から助け舟が出された。
「そうでもないですよ。学校でも家庭でもむしろ自由にやっているくらいです」
キョトンとしている観光客の人。別の人がそれを補足するようにこう言った。
「自由だからこそ、行儀良いのです。」
いずれも学校とは何の関係もない、普通の村の人達。その人達にとっても、子どもたちを自由にさせることが自律心を育てるということが共通の認識になっていることを実感した。

 そんなわけで、私たちのトークは方向転換された。寒中休みに何をするのか、どこに行くのか。テレビの話。マンガの話。中学生の他愛もないおしゃべりなのに、それが私には心地よくて仕方なかった。
 だけど…。どうしても話が弾みきらない。それもそうだろう。

 だって、私が乗りきれていないのだから。

 どうしたって、気持ちの奥底に沈んだものが残って仕方ない。木花村に来てからだいぶ気持ちは晴れてきているが、本質的解決にはなっていない。それに皆気づいていたため、微妙な空気が流れていた。だからこそ、何とかしなければと思った。私はこの中で一番大人。しっかりリードしなければと思った。
「そうそう、スキーとかまたやりたいなぁ。せっかくお休みなんだから、遊ばないと損だよねぇ…ねぇ…」
景気よく言葉を弾ませたつもりだったのに、失速した。沈黙が流れた。冷え込んでいた空気が、なおさら冷たくなったように思えた。
「…やっぱり、あづみさん、つらいんですか?」
真耶ちゃんが閉塞した空気を破った。やっぱりこういうとき、行動を起こせる度胸がある。一見おっとりで臆病に見えて、芯の強い子だ。
「あづみちゃんは生徒思いだし、子供のためになる先生になれると思うけどなー」
苗ちゃんが続く。切られた口火は確実に広げる、そんな乗りの良さがある。
「あづみさんが先生だったらいいのに。渡辺先生も高原先生も好きだけど、来年は変わるかもしれないし、そしたら金子先生が担任か副担任とかなったらいいのに」
優香ちゃんは、人を褒めるのが上手。嬉しい気分にさせる名人。
「いいねーそれ。アタシ、そしたらフェンシング教えてあげるよ。あと大道芸もね」
自分の夢を語りながら結果他人の幸せも引き寄せるお花ちゃん。この子の行動はそういう力を持っている。
「あづみさんのこと、みんな大好きなのに。もったいないよ。たからのもちぐされ、だよ。しゃかいのそんしつ、だよ」
かしこいだけじゃない。言葉を知っているだけではない。花耶ちゃんはその知識と言葉を組み合わせて、他人のためになる言葉を生み出すことに長けている。
 でもこれらのスキルは、五人みんなが同じように持っている。でもその中でも得意分野があるというだけ。私なんかよりよほど立派だ。だって私なんて、結局採用試験全部落ちて。でもみんな私のことを心配して、慰めてくれている。それなのに。

 涙が、止まらない。

 「…どうしてよ…」
私は、絞りだすように声を発した。
「…どうして、私、先生になれないのよ…」
みんな、涙声に気づいた。慰めの言葉がかけられるかと思えば、違った。私の耳に今度は、真耶ちゃんが、次いで他の四人が相次いですすり泣きを始めたのがわかった。他人が泣いていると、つられて自分も悲しくなる。相乗効果でどんどん悲しみが膨らんでいく。

 「うわああああああーーん!」
堰を切ったように、私の腹の底から、泣き声が溢れだした。
「どうして、どうしてよぉぉぉ」
ゴーグルの奥、両手も雪で塞がれた中、拭えない涙が滝のように流れ落ちていた。それは他のみんなも同じだった。真っ白な雪山の中から、わんわんという泣き声が、響きわたっていた。それに時を合わせるように、星空を隠すように現れた雪雲が、白いものを振りまき始めた。それは少しずつ私達の顔を覆い始めた。

5

 いつまで、泣き続けただろうか。

 雪は止んでいた。いつの間にか眠っていたみたいだ。多分もう真夜中だ。身体は寒くないが、フェイスマスクとゴーグルのわずかなすき間から冷気が差し込んでくる。というか、トイレに行きたくなった。漬け物石のごとく身体の上に横たわる雪のなかからむくむくっと身体を起こし、境内のトイレに行った。やはり雪から出ると寒い。寝る前より明らかに気温は下がっているのだろう。
 トイレから戻り、自分で自分に雪をかけていると、隣から声がした。
「…あづみさん、トイレですか?」
ゴソゴソ音を立てた結果、隣の真耶ちゃんを起こしてしまったようだ。
「あっごめん、起こしちゃった」
「いいですよ、あたしちょうど眠りが浅いタイミングだったみたい。それより大丈夫ですか? 寒いから。あたしたちはトイレここで出来ちゃうけど、初めての人には抵抗ありますよね。というか、あたし、もうしちゃいましたけど」
トイレの話はともかく、寒さについては問題ない。はねのけた雪は必要最小限だったので、雪に埋もれた状態をかなり復元することができた。まぁさっきほど暖かくはないけど。
「本当は、ガチガチにしたほうがあったかいんですよ。風が当たらないし、雪がお布団みたいになるの」
真耶ちゃんたちを包んでいる雪はその通りしっかりしていて、星の灯りでわずかに輝いている。美しい。
「この遊び、子供どうし仲良くするためなんだって、希和子さんが言ってたんです」
真耶ちゃんの顔の部分には積もった雪がそのまま乗っかっていて、わずかに目が覗いている。しばしの無言のあと、真耶ちゃんが言った。
「雪の中にいれば他にやること無いし、お話することしか無いし。あと昔は家の中に子供部屋とか無くて子供だけの時間ってなかなか作れなかったから、そのチャンスだったんだって」
それに、これなら嫌でも一晩一緒にいないとならない。これは否応なしに仲良くならざるを得ない。あと、
「雪の中だと、なぜか本音が出るの」
雪が心をキレイにしてくれるから、思ったことが素直に言えるのだ、そう言い伝えられているのだという。おそらくそういうことを知っていて、苗ちゃんはやろうと言ったし、希和子さんたちも話に乗ったのだろう。すべては私の心を清らかにして、溜まっていた嫌な気持ちを吐き出させるために。
「星がきれい」
不意に真耶ちゃんが話を変えた。何の気なしに言った言葉かもしれないし、雪が降り止んで晴れてきたことを言いたかったのかもしれない。でも私は、一番言わなくてはならないことを言わねばと思った。
「ごめんね」
だが拍子抜けするほど、簡単に言えてしまった。真耶ちゃんはすかさず、
「ううん、あたしが」
答えるけど、それを遮って私は言った。
「ダメ、それ言ったら」
私の気持ちを察したのだろう。真耶ちゃんはそれ以上続けなかった。
「全部私の実力不足。運も無かったかもだけど、それは真耶ちゃんのせいじゃないよ。運も実力のうちだから」
自分でも信じられないくらい晴れやかな気持ちで、とうとうと話した。
「なんか、泣いたらスッキリしちゃった」
「あたしも」
真耶ちゃんもそう言う。
「ねえ、あづみさん。木花村で仕事する気はない?」
そして思わぬ提案。
「観光とかのお仕事結構あるし、あたしから杏先輩の会社にお願いできるよ? そういうのイヤかもしれないけど、困っているのを助けるのって、この村の決まりみたいなものだから」
正直嬉しかった。でも、好意はありがたく受け取りつつも、断った。
「ありがとう、でももう少し自分でやってみる」
真耶ちゃんが、珍しく苦笑した。
「あづみさん、意地っ張りだなぁ」
いつの間にか、真耶ちゃんの言葉が敬語ではなくなっている。でもそれは私にとっては心地よい。意地っ張り、そのとおり。でももう少し、そうさせてもらってもいいかなって思う。
 そのあとは、もうふたりとも何も言わず、星空と、眼下に広がる夜景を眺めていた。いつの間にか真耶ちゃんの寝息が聞こえていた。私もほどなく、眠りについた。

6

 日が昇って、雪が緩んでくると私たちはそこから抜けだした。もう昼前。希和子さんがゆうべの鍋を持ってきて雑炊を作り、これまた雪の上に座って食して身体を暖める。何事もなかったように、私たちは他愛もないおしゃべりを続けていた。でもゆうべと違うのは、私が心底楽しんでそれに参加していることだ。
 みんなは翌日から、寒中休みを利用してあちこちに出かける予定になっている。他の地域では平日なのだから旅行はすいていて安い。私もみんなから一緒に旅行とかしようと誘われたが、真耶ちゃんや花耶ちゃんが両親のもとに帰ることになっていたので、一緒に東京に戻ることにした。二人は家族で遊園地に行ったりして遊ぶらしいが、私はそこには行かないことにした。
 遊びはこれでしばらくお預け。もうひと頑張りする。そう決めたから。

 翌日。東京へと出発する前、私は単身中学校へ赴いた。
 久しぶりに会う渡辺先生は、今までとほとんど同じ雰囲気だったけど、鋭いイメージは弱まっていた。ひどい言葉を投げつけたまま別れ別れになっていたことを詫びると、先生のほうが深々と頭を下げた。
「済まない」
それしか言うことがない、と先生は言った。私もうなずいた。よく分かっています、と。結局は私の実力が足りなかったのだから、と言おうとしたが、多分それでは納得しないだろう。先生も、私も。だから、こう答えた。
「私を選んでくれない面接官のほうが悪いんですよ」
軽口とも思える私の言葉に安心したのか、先生が頷きながら微笑んだ。久しぶりに見る、先生の笑顔だった。

 「終わったの~?」
職員室の外に、高原先生がいた。私を木花村に連れてきてくれた恩人。改めて礼を言う。
「あら~、私は何もしてないわよ~? あとごはんの代金とか~、いくらか忘れたから~、返さなくていいわよ~?」
何言ってるんだか。でも高原先生の好意は素直に受けることにした。だって、人に助けを受けることは当たり前だって、わかったから。そして、この村には、そういう人の背中を後押ししてくれる人たちがいることも、わかったから。
 壁の掲示板に貼られた一枚の紙が私の目に留まった。そこには「このはな子ども憲章」と書いてあった。

たにんのいけんをよくききましょう
じぶんとちがうたちばやいけんをそんちょうしましょう
はだのいろやせいべつ、かんがえかたのちがいなどで、ひとをさべつするのをやめましょう
よいことをしたひとはほめましょう
ひとにながされず、じぶんがよいとおもったことをすすんでしましょう
こまっているひとをたすけましょう
こまったときには、ひとにたすけをもとめましょう

7

 東京に戻った私は、家族に暖かく迎えられた。必ず立ち直ってくれるとばかり見守ってくれていたんだと気づいたら、涙が出た。もちろん就職活動を再開、教育にこだわらず色々な職種にトライした結果、学習塾の内定をもらった。もう先生になれなくてもいいやと思ったら、学校ではないとはいえ実現するだなんて、ものはためしだと思った。
 いよいよ明日は入社式という三月三十一日、私は再び木花村にやってきていた。真耶ちゃんからメールでお誘いがあったのだ。お祭りがあるのだという。そしてそれは予想通り、木花村らしさが満載のものだった。
 今年は春の訪れが早く、この時期にしては雪の量がかなり少ないという。歩きやすくていいのかと思いきや、雪解け水が歩道にあったりするので結局長靴のほうが便利だし、かえって雪の上のほうが歩きやすい。そんなわけで標高の高い天狼神社には結構雪が残っていたのがありがたかった。これから儀式が執り行われる。今回の主役は花耶ちゃんだ。天狼神社の神様はオオカミだが、それを守護するのがウサギなのだという。肉食のオオカミが草食のウサギに守られるというのもおかしな話だが、いずれにせよ花耶ちゃんは神使である真耶ちゃんの「守り人」という使命をおおせつかっている。守るとか使命といっても、やることはこういったお祭りで真耶ちゃんをサポートしたりすることなのだが。そして神使と守り人の関係はそのまま、オオカミとウサギの関係。つまり、真耶ちゃんがオオカミなら花耶ちゃんはウサギ、というわけ。

 てなわけで。
 当然のようにウサギの着ぐるみをまとった花耶ちゃんと、オオカミの着ぐるみをまとった真耶ちゃんが、祭りの主役なわけである。天狼神社でお祈りを済ませたら、ウサギを単独で祀っている神社へその格好で行進する。そこで再びお祈りをしたあとがメインイベント。オオカミの真耶ちゃんと、ウサギの花耶ちゃんが、舞を踊るのだ。
 重くてかさばる着ぐるみを着ているのに、それを感じさせない優雅さ。そしてふたりともさすが姉妹、息が合っている。私を含めた観客は皆見とれてしまっている。まさにクライマックスだった。

 ただし。神社のお祭りの、だ。

 思い出してほしい。秋の祭りはハロウィンと一緒の日にちだったことを。西洋のお祭りに日本の神社のお祭が日程を合わせたという木花村ならではの、他では異例のケース。そして今日三月三十一日は西洋では一般に何の日か。そしてそこではどんなお祝いや習慣があるのか。

 「でも祭礼を日曜日にずらす神社も最近は多いから、それと似たようなものでしょ?」
と、すっかり私への解説役が板についた屋代さんが言うのだが。確かに一理あることではある。
「まあ、楽しみましょうよ。ハロウィンはすっかり日本でも普通になったけど、こっちはまだまだ、じゃない? 千葉のおっきな遊園地で盛り上がったりしてるけど、まだまだ浸透はしてないでしょ。先取り感が得した感じでしょ?」
そう、今日はイースター。復活祭という訳語で分かるとおり、春が来て草木や動物が動き出すことを祝う西洋のお祭り。そしてそのシンボルはウサギ。さらには天狼神社が春に祀る神使でもウサギ。

 同じ動物を祀っているのなら、同じ日にやればいいじゃないか!

 先人たちの合理的思考は、兎神社の祭礼をイースターと同じ日に合わせることを選んだ。それ以来午前は兎祭り、午後はイースターのイベントが行われるという習慣が定着した。
 さっき屋代さんが言った先取り感とか、物珍しさもあるのか、見物の観光客が多い。ハロウィンを地域単位で祝うところは増えてきたが、イースターはそれに比べてまだまだ少ない。それもあるのだろう。もっとも、見物客を見物客のまま終わらせるつもりも、ここの村人には無いわけで。当然のように彼らも巻き込まれていくのだろう。特に、子どもは。

 「おかげさまで、人間雪だるまを観光の子どもたちにやってもらう企画は大成功だったのよ」
そう言って笑う屋代さんは卒業後早くも木花村の観光振興のために色々動き回っている。これから始まるイースターのパレードでも、スタッフを務める。が。
「…まあ、予想はできてたけど、予想通りのパターンだよね」
私がそう言う先には、ウサギの着ぐるみを着た屋代さんがいるわけだ。スタッフの腕章をつけているのは、他の参加者も皆ウサギの格好だから区別をつけるため。形は色々で首から上は無くて耳だけウサギのやつとか、顔だけ出てるやつとか。バニーガールみたいな人もいるがそう多くないというか、寒いのであの格好はそのままじゃ無理だろう。
 その中から、フルフェイスタイプでも言えばいいのか、商店街の大売出しとかで見るような、中の人の顔が見えない着ぐるみ。それが近づいてきた。でもその上品な歩き方で、中の正体はすぐ分かった。
「真耶ちゃん、今日はそれなの?」
私が問いかけると、真耶ちゃんウサギは耳元でささやいた。
「うん、一度これも着てみたかったの。それにあたし、舞を舞って目立っちゃったでしょ? そのあとで顔出すの恥ずかしくて…」
ここぞという時には気丈な、でも普段は控えめな真耶ちゃん、そのままだった。

 パレードが始まった。しかしこれだけ大量のウサギが行進するのも壮観だ。ちなみに雪が残っている道を歩くので着ぐるみの足に合う特製の長靴を履いている。寒さが緩んでいるのは有り難いのか、それとももこもこの着ぐるみを着ているとかえって暑いのか。ちなみにイースターだから子どもがウサギの格好をする、というのは木花村で産まれた習慣であるらしい。伝統行事を取り入れるときに独自のアレンジを加えたわけだ。もっともバレンタインデーが日本に入ってきた時に変化したみたいなのとは違う変化だ。あくまでオリジナルの精神を活かした上で新しい要素を加えている。
 そしてイースターといえばもうひとつ楽しみがある。道中のあちこちにお菓子が隠されているのだ。それを見つけるのが子どもたちの楽しみ。でもそこは日本的なところがミックスされているので、枝におやきが刺さってたりもする。モズかよ、と苗ちゃんが突っ込んでいた。
 そして甘いものを食べたら、飲み物が欲しくなる。それを見計らって村の牧場が提供した牛乳が無料配布される。そのカウンターの前で、首までの着ぐるみに黒い布のウサギの耳を付けた小瀬さんが牛乳瓶を両手に持ちながら微笑んでいる。よく見ると、唇が白くなっている。
「こないだ無理矢理飲まされてみたら、好きになっちゃった」
雪だるまの中で飲まされている時は拷問かと思ったが、結果オーライになっているのはいいことだと思った。でもそれも木花村ならではというか、一見無茶なことでも最後にはハッピーな結末が訪れる、マジックみたいなものがこの村にはあるんだと思う。

 やっぱり、神様に守られているのかな。

 後ろ髪を引かれつつも、その日のうちに新幹線で私は帰宅の途に付いた。木花村のみんなに元気をもらった気がする。明日から私も会社員。頑張っていこう。

宗教上の理由・教え子は女神の娘?  最終話

 木花村の子どもたちは良い子すぎる。物語を書き進めているうちにいつの間にか真耶たちと真耶たちを取り巻く世界を理想化していることに気付きました。確かに現実離れしているのですが、いいじゃないですか。物語なのだから。それにもしこんな村が本当にあったら素敵じゃないですか。誰もが幸せそうですし、そういう世界が実現することを願うのって自然だと思います。
 あづみはもともと物語の単なる狂言回しと考えていたのですが、やはり次第に情は移るもので、彼女のあり方についても色々書きました。狂言回しであるがゆえに冷静な性格で一歩引いた立場に置いていたのですが、最後に感情を爆発させたあたりは自分でお気に入りです。主人公に据えて続いてきた物語は今回で終わりますが、まだ木花村の愉快な子どもたちを描いた物語は続けていこうと思います。よろしければまたご贔屓に。

宗教上の理由・教え子は女神の娘?  最終話

真冬に熱く燃える氷雪運動会も終了。皆から隠れて見物していたあづみだったが、突然視線を感じて…。このシリーズ最終話。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-24

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