Mission!!

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是非どちらにも感想を頂けると幸いです。

第1話「Negotiation」


見渡す限り緑の風景が広がっている田舎町 この日も青い空をバックに、太陽がサンサンと輝いていた。酪農を営むそのだだっ広い大地には、ところどころに木造小屋が立っており、その建物の壁面には星条旗がペイントされ、いかにもアメリカ青年らしい若い男性がせっせと働いている様子が見えた。
アメリカ合衆国オハイオ州 春の訪れを感じる頃、そののどかな生活風景とはまるで似つかわしくない、黒塗りの車が2台・・・、フリーウェイを走り過ぎていく。

『あそこに見える男のように、彼女は平和に普通の生活を送っているのだろうか・・・。』助手席に乗っている厳つい男性が、じっとその景色を眺めながら、そんな事を思っていた。

やがてフリーウェイを抜け、森の中の一本道に入っていくその車列の周囲には、道路から奥まったところにひっそりたつ民家がポツポツと見え出した。徐々に車はスピードを落とし、1台は道路から右折してはずれ、林の中の未舗装の道路を通り抜け、その奥にひっそりとたたずむ小さな家の前でその動きを止めた。もう一台はメイン道路で停まったままアイドリング状態だ・・。
隣の家といえば、そう、このまたはるか彼方に見える。

「ここが?」家の前に停まった車から、先ほどの厳つい男が降りて来た。歳は45歳くらいだろうか・・・・、背が高く筋肉質なその男は、ぐるっと家の周辺を見渡した。突然彼の背広の一番ボタンを空けたままだったのに気づき、それを不器用にかけなおす。
「はい。ベンジャミン様、彼女は半年ほど前から住んでいるようです。」
「行ってみよう」2人の男はその足を家に向かって進めだした。もう1台の車には3人ほどの人影が見えるが、車の中から降りる気配は感じられない。
ベンジャミンことベンは、その家の玄関口にたどり着くと、飾り気のない庭を眺めながらドアのチャイムを鳴らす。
しかし一向に誰か出てくる様子がない。

「不在か?」
「調べによると、彼女は月に一度しか外出していないそうで・・・。一日のほとんどを家で過ごしていると聞いています。」
別の男がドアを4回ほど叩く。しかし中からは何の反応もない。

「私だ!!ベンジャミン・ゴードンだ!」
玄関から遠く離れた林の中にある監視カメラが2人の男を狙っていた。それを知ってか、ベンはわざと林のほうに顔を向けた。不思議そうな顔をするもう一人の男。
しばらくすると、ドアの鍵が外れる音が聞こえてきた。

「ああ、ベン、久しぶり・・・どうしたの?」眠たそうな顔をして、くしゃくしゃの髪を後ろで縛り上げながらドアの向こうから顔を出す女性。どことなくけだるそうだ。
「久しぶりだな、軍曹」彼女の視線がベンの胸元へと移る。武器を携行しているかどうかを確認する、軍人としての悪しき習性だ。
「・・・よしてよ、今はそんな風に呼ばないでくれる?」
「May I?」そういって家の中に入ってもいいかと手をかざすベン 
「アンタだけねって言いたいけど・・・そうなりそうにもない感じね。・・・知らない人を家に入れたのは今日が生まれて初めてよ。記念すべき日だわ」
そういってドアを大きく開けるサラ 中に入るなりもう一人の男性が彼女に手を差し出す。
「それは光栄だ。はじめまして、サラ・ブルックナー軍曹、私はリックといいます。」
軽く握手する二人。サラは林の向こうにもう一台の車が止まっているのを見つけた。
「あの車は?」
「心配ない、護衛の車だ。」ベンはそう答えを返した。サラはそのままドアを閉めると、突然何かに気づいたかのように、慌てて着ていた男物のシャツとジーンズの身だしなみを整えた。しばらく他人と接触してなかったかのようだ。

「あの任務の後、すぐここへ?」そこへ今度はベンがさらに尋ねた。
「え・・・ええ、丁度いいタイミングで除隊できたし、しばらくゆっくりしたくてね。ベンはあれからなにを?」
「前にも話したとおりこのボディガードの仕事を見つけたんだ。危険な戦場にいるよりかまだましだ・・・・それにしても、君がこんな家で落ち着いているなんて、ちょっと信じられんよ」
家の内装を見回すと飾り気のない庭と違って、しゃれたカーテンが窓に取り付けられ、花などが飾ってあった。
「少しは人間らしい生活ができてるでしょ? まあ、座って・・・・コーヒーは?」
「いや、結構だ。早速本題に入りたいんだが」
ベンは勝手にソファに座り込むと、これも勝手にテーブルの上にあった花をどかした。まるで、他人ではないような行動だ。
「いやよ、またろくでもない仕事を持ってきたんでしょう?」
「資料を・・・」リックは、アタッシュケースから茶封筒を取り出しベンに渡した。
「話だけでも聞いてくれないか?返事は後でもいい。こっちもいろいろと困っているんだ。君の助けを借りたい」
「時間の無駄だろうけど・・・」そういってサラもしぶしぶソファに座った。

「ある男のボディガードになってほしい。」
「ある男?政治家?それとも・・・」
「南欧にある小さな国、フォイオンの王だ。この国で新エネルギー鉱石3Xが発見された。物が物だけにこの3Xがもたらすエネルギーの科学的発表は、未だ慎重を極めている。安易にそれを発表したら、世界中のテロリストがこの国を襲うだろう・・・・」

「まずは外交の仕事ね。」
「しかしこのところどうも王の近辺がざわついてきており、フォイオン国王であるアンドレを密かに取り込もうと各国の情報部が動き出している。もちろんこの国に忍びこみ3Xを盗み取ろうとする連中も増えているそうだ。」
「そりゃそうでしょ・・情報なんて完璧に隠せるものじゃないわ。これだけの価値のある鉱石だったら、武力でこれを取ろうとする単細胞な人間は世界中にごまんといる。外人部隊でさんざんそんな連中に会ってきたからわかるわよね。で、私に王の護衛を?」
「そういうことだ。」

「フォイオン国にもしっかりした軍隊があるじゃない?なんで外国人の私なんかに王の護衛を頼むの?不自然だわ・・・」
「残念ながら、フォイオン陸軍の大佐が某国からの口車に乗せられて、アンドレ王の誘拐を手助けする事件が発生した。今のところ表ざたにはなっていないが。」
「王だって馬鹿じゃないんだから、自国でそれくらい対処できるでしょ?」
話が急展開した。そこにいたリックはその二人の会話に口を挟めず、遠いアメリカまでやってきて、重要事項に何一つタッチできないでいる自分にもどかしさを感じていた。
ここで、勢いよく次の台詞をねじ込んだ。
「しかしながらアンドレ王は聡明、実直で争いごとの好まない男ですから!・・・また3X鉱石についても平和的有効利用を図りたいと考えておいでです。そこで、王は逆にその言い寄る各国の首脳陣や研究者に自ら会ってみたいと・・・」
「それに私もついて回れと?・・・肝心なことを忘れてもらっちゃ困るわよ。もし、私がこの鉱石を盗みたがってるとしたら?」
「それはないな・・・君の素性は私が一番知っている。特に我々のような人間は祖国なんてものを持たない・・・。よって母国に加担することもない。」まるで彼女の過去を知っているかのように、きっぱりとそう言い切ったベンだった。
「ま、そうなんだけどね・・・」
リックが資料をテーブルの上に広げた。そこに書かれてあるのは彼女の軍経歴だ。

「軍曹はイギリス陸軍SAS所属後、フランス外人部隊にも所属し、ウクライナに渡り爆破処理の教官として陸軍に雇われていますね。ここはこの経歴を生かして、是非お願いしたいと思うのですが・・・。」
「・・・・報酬は?」
「申告のままに」
「考えとく・・・」ベンは背広のポケットから何かを取り出しと、テーブルの上に広げられた資料の上にそれを置いた。
「携帯電話だ。自由に使っていい。世界中どこででも使える日本製の優れものだ。いい返事を待っているよ。」
「・・・・・・・」ベンとリックは立ち上がると、玄関に向かって歩きだした。
ふとベンは立ち止まり、もう一度部屋の中を見渡すと、そこにあったカーテンを手に取った。
「サラ、君のインテリアセンス、なかなかいいんじゃないか?特にこのカーテンの色とソファの色合いがマッチしていい感じだ。」
「Thank you.」サラはソファに座ったまま、短くそう答えた。リックはそんな二人の会話をいぶかしい表情をしてみていた。
「しかし、部屋全体に火薬の匂いがする。それが唯一のマイナスかな。」
ベンジャミンとリックは部屋から出て行った。サラはソファから立ち上がると、カーテン越しに立ち去っていく二人の後を目で追っていた。そこから見える二人は、リックがなにやらベンに質問をしている様子だった。
『きっと私とベンとの関係を聞いているに違いない・・・・。』

2台の車が去っていくのを見届けると、テーブルの上の資料を引っつかみ、隣の部屋に通じるドアをあけた。そこには黒光りした数多くの武器が並んでいるのが見えた。
無造作に置かれた机の上のパソコンの隣に、ベンからの資料を投げると、その資料は立てかけられたフォトスタンドにぶつかり、パタンっと音を立てて写真が倒れた。
それを手に取るサラ。ベンと一緒にいたフランス外人部隊当時の写真・・・。

「せっかく普通に過ごそうと努力してるのに・・・・」深いため息をつくサラだった。

第2話「フォイオン国」

南欧の地中海に浮かぶ小さな島国フォイオン 3月初旬にはもうすでに、大勢の観光客が早々と夏の気分に酔いしれている様子が伺えた。
気候も温暖で経済的にも豊かなこの国は、例年この国で長期休暇を楽しもうと大勢の外国人観光客が訪れる。
島の中央付近から北に向けて切だった山々がそびえ、その最高峰から一気に急勾配な坂が下り、そのまま海に突入している。その山の中腹辺りまで伸びている道路のその先には、華やいだフォイオンの首都全般を見下ろすかのように、大きな宮殿がそびえたっていた。

そこへ大きく旋回してきたヘリコプターが、その宮殿の敷地内に舞い降りた。ドアが開き、中からアメリカに渡っていたベンと、その他4人の男たちが、次々と前かがみになって降りてきた。
「アンドレ王は?」ベンは荷物を受け取ろうと、駆け寄った女性のメイドに耳元でそう尋ねた。ヘリから巻き上がってくる強風に、黒いメイド服のスカートを気にしながら、小さい手荷物を受け取ると、長旅で疲れているであろうベンに向かって精一杯の笑みを浮かべてこういった。
「お部屋にてお待ちしています。」その台詞を聞くと同時に、ベンは小さく微笑むと疲れた様子も見せずに、目の前に聳え立つ豪華な宮殿建物に向かっていった。
宮殿の前には、見事な噴水のしぶきが滴る水を光らせながらベンを迎えた。その向こうから、若いスーツを着込んだ男性が現れた。
「フランツ、異常はなかったか?」
この男は国王の第2秘書および側近だ。ベンがいない間、彼の仕事を一切任されていた。ベンが帰ってきたことを、2番目にうれしく思っているに違いない。
もちろん、第1秘書および側近はこのベンジャミン・ゴードンだ。役職はこれだけでなくボディガードも兼任していた。
「はい、王には何も。・・・しかし入国管理局からの連絡によると、不法入国しようとした者の数がここ1週間で数倍に・・・」
「だろうな。あとでリポートを。」
「はい わかりました。」
ゴージャスな宮殿内の廊下を突き進んで行くベンは、大きな白い扉の前で立ち止まった。3回のノック後、部屋の中へと続く重層な扉を開けた。
「失礼、ベンジャミンです。」
ちょうどその時、メイド達が部屋の片づけを終え、開いたドアからベンとすれ違ように出て行った。
「おかえりなさい・・・」
窓辺にもたれていたその男は、読んでいた本のページにしおりを挟み、机にそうっと本を置いた。肩まで流れるような金髪が、窓から差し込まれる太陽の光に反射してキラキラ輝いていた。年齢は24、5歳くらいだろうか・・。
「どうでしたか?少し滞在期間が短すぎたのでは?せっかくアメリカまで行ったのですから、ゆっくりされてもよかったのに・・・」
「いえ、要件だけ済ませてきました。」
「律儀な方ですね。彼女は僕のところに来てくれますか?」
「まだ具体的な返事はもらっていませんが、彼女は大丈夫です。わたしの勝手な勘ですが・・・。」
その言葉を聞いた彼は少し微笑むと、きれいに片付けられた机にもたれた。きちっとスーツを着こなし、上品なそのしぐさと語り方には、王室育ちのオーラを醸し出していた。
背の高いこの男こそ、若くしてこのフォイオンの国王になったアンドレ・ウィルヘルム・スタインベック国王だ。 
「彼女のことを聞いて、私はすっかり気に入ってしまいました。ベンの勘が当たっていることを期待します。」
そう言うと机の上に飾ってあったサラの写真を手にとった。迷彩服を着て顔には擬装用のペイント塗料を塗ったフランス外人部隊在隊当時の彼女の写真・・・・。 こんな写真しかなかったのかといいたくなるほど、周りのこの宮殿の雰囲気とはマッチしない写真だ。
「・・・・・よかったらこれを」ベンはそう言って、アンドレの机の上に携帯電話をおいた。
「これは?」
「彼女からの返事が来るはずの電話です。」
「これが鳴ったら・・・」
「いい返事ということです。」にこやかに笑いその携帯を握り締めるアンドレ王だった。屈託のない笑顔が人の良さを現わしているようだった。 
そこへまたドアがノックされた。そばにいたメイドがドアを開けると、さっきの第2秘書フランツが書類を手に持ちながら顔を見せた。
「失礼します。・・ベン、少し話せますか?」ベンはそれを聞いて黙って王に挨拶すると、二人して部屋から出て行った。

二人は廊下に出ると、周りを警戒して、壁を背に話をしだした。
「かなりの情報屋がこの国にもぐりこんでいる様です。例のものの情報を知りたがっているのでしょう。これがその詳しいリポートです。」
「早いな・・・。どうだ?フランツ・・・現場のセキュリティは十分だと思うか?」
「いや・・・もう少し人間を増やしたほうがいいとは思います。・・・軍にも危険人物が多いとは聞いていますが・・・この前の件もあるし・・・。明日陸軍大佐に依頼しておいた、ここフォートフォイオン警備強化策についての会議があります。できれば他国の軍人から見てこの警備体制でいかがなものか確認してもらいたいのですが。」
フォートフォイオンとは直訳してフォイオン要塞だ。フォイオン国王のいるこの宮殿は、昔は軍事要塞として使われていた。
「他国といっても外人部隊だが・・。わかった。参加しよう。ま・・この敷地内で発見されたから、まだセキュリティ対策はしやすいだろうが・・・」
そういってベンは窓から外を見下ろした。
その視線の向こうには、王室敷地内の裏庭にある、まるで工場現場のような、とても豪華な建造物とは似合わない3X発掘現場だった。

数日後の夜、観光でにぎわうこのフォイオンでは、日が暮れだすと同時に昼間は静かだったバーやパブが一斉に光を放ち始めた。そんな通りでは観光客が通りすぎていく中、数人のスーツを着たビジネスマンの姿もチラホラ見えた。
通りに掲げられたパブの看板 Roseと書かれた看板の下を、若い男女がくぐっていった。
パブ内では、薄着の女性がせっせとビールを運び、所狭しと並んだテーブルの間をすり抜けていくと、彼女はタバコをふかしている男のテーブル横でぴたりと止まった。
「ごめんね、カッコイイお兄さん。この国はどこもかしこも禁煙なんだ。」
「おっと、それはすまない・・・」そういってタバコを飲み干したビール瓶の中に投げ捨てた。笑顔で去っていくウェイトレスの代わりに2人の男が近づいてきた。
「ジョルジュ、一発でこの国の人間でないことがわかちまったな。」
「そういうなよ、マシュー、・・・・ん?その男は?」
「宮内庁の幹部で国王の側近らしい。やっと俺たちの味方になってくれるそうだ、そうだな?フランツ・・・」
「わ・・・私は・・」
マシューとジョルジュと名乗る男 いかにも悪者らしい顔つきをしていた。どこの国のものとも判別しにくいこの二人は、少々粗雑で荒々しい雰囲気をかもし出していた。
どちらかというと、身だしなみにも気を使わない性格か、ジョルジュのはやした髭は、もう何日かそられていない様子だった。
椅子に無理やり座らされたのは、宮殿で働く第2秘書のフランツだった。ベンの不在間、彼に代わって国王アンドレの1番秘書という大役をやり遂げたところだった。
しかし、今彼はこの不精な男マシューとジョルジュに、なにやら脅されている様子だ。
「私を、どうする気です・・・警察に・・」
「いいのかい?そんなことを言って・・奥さんや子供たちのことを考えろ」そう言われると、黙って何もないテーブルに視線を落とすフランツだった。
「こいつ知ってるのか?3Xのことを?」
「どこにあるのか話せよ。それを知らないんだったら、アンドレ王を拉致する計画がある。それに一役かってくれ。そしたら妻と子供は助けてやる。」
「・・・・・・・」
楽しげなパブの片隅に座っている3人は、周囲の雰囲気とは相容れない、暗いムードだった。 

第3話「フランス外人部隊」

宮殿ではすっかり電気も落とされ、静かな闇だけが辺りを包んでいた。ところどころに見える警衛隊員のポストだけが、こうこうと光を放ち、そこを行き来する小銃を持った軍人だけが動きを見せていた。
彼らには宮殿の裏庭に何があるのか知らされてはいなかった。
宮殿建物の拡張計画に基づき、ただその工事が継続しているだけだと信じていた。まさか、ここに世界を揺るがす新エネルギー鉱石3Xが発見され、地下ではその研究が着々と進められていることなど、彼らが知る由もない。
ただ、いつからか警備体制が上がり、増強人員による補充、警備計画の見直し、そして小銃と閃光手榴弾が携行されることになり、何かそうしなければならない理由があるのだろうとは思っていたが・・・。

暗い宮殿の建物内の、ある一室だけが電気を放っていた。
宮殿2階中央に位置するアンドレ王の居室の斜め前の部屋。部屋の内部は国王の部屋ほど広く豪勢ではないが、それでもあちらこちらの装飾は、まことしやかに美しかった。広い部屋の中央に置かれたソファ それを取り巻くように本棚がめぐり、その向こうには別室になっているバスルームが見える。入り口から入って右側には、書類が散乱した机とデスクトップコンピューターが置かれていた。そのモニター画面の前に座っているのはベンだった。
彼はふと、パソコンの手を止め窓に視線を向けると、閉め切られた窓のカーテンをじっと見つめていた。
そのカーテンは、深緑の光沢を放つサラの家で見たものと同じものだった・・・・。
「かれこれ7年ほどたつのか・・・ブルックナー軍曹・・」

話はかれこれ7年ほど前にさかのぼる。
フランス外人部隊 第4外人連隊 南仏カステルノダリ
小さなリュックサックだけ担いで、外人部隊のゲートをくぐるサラがいた。今まで女性の雇用軍人は存在しなかった。今回の彼女の入隊も、さんざんもめたことは言うまでもない。彼女が現れると同時に、周りにいた男達は或る者はニヤニヤして笑い、或るものは蔑んだ目つきで彼女を迎えた。しかし、感情の起伏がないといってもいいサラの表情はそんな周囲状況など、全く視線にはいっていない様子であった。

翌日には、サラは配置となった班員12人に紹介されることになった。各国から集まった猛者の前に立つよう、班長であるベンジャミン・ゴードン中尉が指示をした。彼女が全員の前に立つとベンは大声で話し出した。
「今日から正式に所属になったサラ ブルックナーだ。元SAS隊員 階級は軍曹 これから4ヶ月の新兵教育をみなと一緒に過ごすことになる。揉め事があって入隊は1週間ほど遅れたが、よろしく頼む!」
「了解ですよ〜〜」
「仲良くしましょうね!!」
まるで飢えた猛獣の中に、彼女は放り込まれたとでも言ったほうがいい・・・。無茶すぎる。女性専用の部屋もあるわけではない。バラックの一番入り口に近い場所に、ただカーテンだけで仕切られたベッドとロッカーがあるだけ・・・。
志願してきたとはいえ、それを受け入れるほうもどうかしている!!
ベンは第4連隊長に直訴した。

「大佐!何で入隊を許可したのですか!?しかもなぜ私のところに!私は反対です!!いくらSAS隊員だったといっても、彼女は女です!!」
大きなテーブルの向こうには、頬のこけたやせっぽちのフランス人将校がいた。
なんとも頼りなさそうな男だが、噂では頭は切れ者との評判だった。彼は静かにこういった。
「わかっているよ、ゴードン中尉。わたしも最初は反対した。しかし、彼女のSAS時代の記録を読んだか?」
「いえ・・」
「正式な発表はされてはいないが、かなりの功績を残している。あのクイーンエリザベス女王からも、極秘に勲章を授かっているらしい・・・内容は開かされてはいないがね。」
「では、この女がただものではないと?」
「そうだ。ただものではない。それに、・・・彼女は我々の知らない戦場を幼少から体験している。」
「・・・・おもしろそうですな・・では本当に記録の通りかどうか、私がこの目で確かめることにしましょう。過去にもSAS隊員は腐るほど見てきた。中には途中で除隊するやつもいましたがね・・・・」
そういってベンは部屋を出て行った。

訓練が始まった。この日の訓練はキャンプを後にし、トラックで山岳地帯まで移動し、山の頂上に位置する敵陣地を攻略する訓練だった。
急勾配の山をかけ登るが、何人もの男達が途中で弱音を吐いて、頂上までたどり着くことができなかった。ペイント弾による頂上からの射撃を受け、戦死扱いになると、仲間は彼らをいったん下まで運ばなければならなかった。それの繰り返しで疲れ嘔吐してヘルメットを谷に落としてしまうものもいた。
「何をしている!!貴様、ヘルメットなしでどうやってこれから貴様の頭を守るつもりだ!!」
険しい斜面の途中にいる教官のベンががなりたてる。
そのとたん、山の頂上から射撃をされ、みな岩陰に隠れる。サラも潜みながら、時計に目をやった。時間は1600を指している。夕日が傾き山の下に見える川が、よりいっそうキラキラ輝いてみえた。
「あと1時間で攻略しなかったら、お前たちの作戦は失敗だ!このへぼ野郎ども!!」
「ちくしょう!こういうときは空軍にお願いして、空から支援してくれるもんじゃないのか!!」
「それか、高射砲と歩兵のセットで戦うもんだぜ!くだらなすぎる!!」
彼らがそういうのは無理もない。通常ならば、榴弾砲、迫撃砲等の支援または空からの援護射撃もあるのが普通だ。距離を計測して歩兵がいる場所に当たらないように、遠くから砲弾を撃ち込む。その間は敵からの射撃はできないから、じわりじわりと、敵陣地へ匍匐して近づくのだ。
日露戦争203高地攻略では、ドイツ式戦法を学んだ、陸軍大将児玉源太郎がこの作戦で成功を収めている。それまで突撃作戦一辺倒で、多数の多くの日本人が無駄死にした。ただ腕力や精神力・・といったものだけでは戦には勝てず、そこに戦略という知恵を持たねば、勝つことができないということを学んだわけである。

サラは急に緑の戦闘服を脱ぎだした。バッグの中から銀色に輝く防寒毛布を、下着姿だけになった体に羽織ると、全部の装具をそこに置き、小銃と手榴弾のみ持ち、また時計を見た。
そばにいた男が、ごくりと生唾を飲み込むと、毛布から出ている白い足につい触ろうと手を伸ばした。
「私が飛び出したら援護してくれ。」
「!!わ・・・わかった・・・え?逆じゃねえの?ブルックナー軍曹がおとりなんじゃ・・・」慌てて離れたところにいる仲間に手合図を送ったその男は、もう少しで生足に触れたのにできなかったことを悔やんでいた。こんなときにでもそんな事を考えてしまうものなのか・・・。戦場でもそうなのか???
ゆっくり太陽が西の方角に傾いていった。厳しい西日が川面に反射してまぶしい。
「行くわよ!」
一斉に射撃をしだす仲間達 サラは身軽に岩山を駆け上がっていった。
「スコープが使えねえ。下の川が乱反射してやがる!」
「見えなくったって大丈夫さ、どうせここには来れないよ。」
川面に反射した太陽光が、頂上にいた隊員たちの視力を奪った。そういった瞬間、手榴弾が投げ込まれる・・・・・、といっても本物ではない。小麦粉の白い粉をティッシュでまいた偽手榴弾が舞散り、二人とも粉をかぶって呆然としていた・・・・。そんな白煙の中にサラは現れ、二人に銃を突きつけた。
「お・・・お前は・・」
「ジロジロみるんじゃないよ。」やっとの思いで頂上に駆け上った同僚たちは、一斉に大喜びし、ガッツポーズをしてみせた。
「時間内に攻略したぜ!!サラ!!」そういって彼女を抱きしめると、サラは笑いもせず思いっきり彼を突き飛ばした。その様子を双眼鏡で見ていたベンが現れ、彼は黙って自分のBDU(戦闘作業服Battle Dress Uniform)を脱ぐと、それをサラの肩に羽織った。
「とりあえず・・服を着ろ。」

『確かにあの頃、お前の輝かしい記録を信じていなかったな・・ただ女っていうだけで・・。』
ベンは外人部隊を理由があって除隊したあと、フォイオンの宮内庁に雇われた。普段なら自分のような外国人に、王の側近を任せることはないのが普通だ。しかし外人部隊という場所は、雇われ兵士の集まり。金のいいほうへ雇われるのは当たり前。時として昔の戦友が、今は敵ということもありうる。
いわば、彼はフォイオンに雇われた雇用軍人だ。
彼は机の上にあった写真立てに目をやった。それはサラの家にもあったものと同じ写真。それを手に取り眺めた。

ふと、その隣にある紙面を見つめたベン 表情が一瞬にして変わっていった。
「マシュー・ロドリゲス・・・ジョルジュ・トウエイン・・・まさかこの二人・・・」
入国管理局からのリポートに記された二人の男の名前と写真をみて、愕然とするベン・・・。
「この男達は危険だ・・・」

アメリカ合衆国オハイオ州 自宅の机に足を投げ出し、彼女の目はベンと同じく、パソコン画面を注視していた。コンピューターを通じて流れてくるその音声は、フランスにいるホウィ・ラマルクの声だ。女性問題の多い男だが、情報屋としては1流だ。
「その情報は確か?ホウィ」
「間違いないね、マシューとジョルジュは3日前にフランスから出国してる。やつらのことだ・・何をしでかすかわからんぜ」
「そうね・・・」
「サラ、行くんだったら俺も行くぜ!シャルルで待ってる!」
シャルルというのはフランスの玄関口シャルルドゴール空港のことだ。
「心強いわ。ありがとう」
そういって電話が切れると、しばし呆然とパソコン画面を見つめていたサラだった。
翌日の早朝 少ない荷物をまとめて家を出る彼女の姿が見えた。
彼女の手はベンからもらった携帯を、握り締めていた。  

Mission!!

Mission!!

幼少から戦火の中で育ったサラ。笑いを見せない物静かなこの女性が世界有数のエリート軍人としての道を歩き出す。輝かしい軍歴を誇りながら、いつかは血なまぐさい傭兵屋からの脱却を望んでいた。そんな中、南欧の島国「フォイオン」で新しいエネルギー鉱石3Xが発見され、世界の資本主義が一変するニュースが起きた。フランス外人部隊での上官から、フォイオンの若き国王アンドレを護衛するという新しいMissionを依頼される。しかしその任務は、驚くべきことに国王の婚約者を演じなければならないものだった。ボディガードと婚約者、2つの仮面をかぶる羽目になったサラ。新しいエネルギー資源をめぐって、黒い陰謀がフォイオンに襲いかかる中、事態は徐々に深刻になっていく…。フォイオン王家の暗い過去、アンドレのまっすぐな愛、3Xをめぐる熾烈な外交とセレブリセレブリティの嫉妬・・・。愛を知らない元傭兵屋サラの心は・・・。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-24

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  1. 第1話「Negotiation」
  2. 第2話「フォイオン国」
  3. 第3話「フランス外人部隊」