Tr''aumerei:序論-書き手になった女性-
一人の女性が書き連ねる狼と少年の話の前置き。
物語は物語の書き手によって生まれる物語。
これは、ただの序論に過ぎない。
これは序論、物語は一人の女性から生まれたもの。
私がまだ幼い頃、アルプス山脈の元で祖父と二人で暮らしていた。
暮らしていたというのも現在、祖父は他界し、私はポーランドのシフィドニツァ郡で生活しているのだ。
人の命とは儚いモノで、あんなに逞しい猟師の祖父は立派な狼を捕獲した際、心臓発作を起こして死んでしまった。
発見時、祖父の遺体とその横に転がる血まみれな動物の死骸一匹、祖父に毛皮を剥がされたのだろう。上半身までは毛が覆っていたものの…、瞳は見開きって今にも祖父に噛み付きそうな形相だった。後から聞いた話、その狼は山の主であったとも言われている。
私はあの日の光景が忘れられないのだ。誰よりも強い祖父が何も告げずあっさりと死んでしまった事、傍に横たわる半身皮膚がさらけ出た巨大な狼、血で染まった地面から生えている苔類。死は幼い少女と山の全てから奪い去った。
そうして私は親戚の家を渡り歩く事となる。アルプスを離れ最初に訪れた場所ははパリ、次にベルリン、ロスオにストックホルム。
何処も私には賑やか過ぎる場所で、故郷を思い出し夜にはベッドの中で静かに涙を流した。
だが、待ち受けていた事は悲しい事ばかりではない。
私が十八の頃、大学で"彼"に出会った。
とても優しい彼、いつも間にかさり気なく支えてくれる存在となり、分かり合える存在となり、次第に芽吹く新しい感情。
時の流れに身を任し、自分達の愛を確信へと変え、やがて芽生えた新しい命に涙を零した。 産まれて来る子の名前は何にしようか、それが苦痛を味わう毎日の中のほんの些細な幸せだった。
そんな最中、別れは突如訪れた。彼は不慮の事故で帰らぬ人となってしまったのだ。
またもや、残されてしまった私。我が子を見る事なく死んで逝った彼の後ろ姿さえ見送る事が出来なかった。
そして、出産の時。
私は我が子の産声を聞く事は二度と無かった。
これまでは序論に過ぎない。
私の人生の中で一度たりともあの狼の瞳だけは忘れられない。さぞかし無念だったろうにと思うのと同時に唯一血の繋がった祖父を死に追いやってしまったと憎々しい気持ちも確かに有る。
だからせめてもの償いとして失った命達に物語を書き作ろうと思い立った。
古紙に羽ペンで言葉を書き連ねると、故郷のアルプスを思い出す。舞台は、故郷のような素晴らしい場所にしよう。
登場人物は一匹の偉大な狼と、銃使いと有名な旅人の少年。
嗚呼、どうか私の人生を費やした物語を語り継いで欲しい。
例え、淘汰されようとも、君が愉しめばそれで良いのさ。
物語の題名は………『Tr''aumerei』
Tr''aumerei:序論-書き手になった女性-