噓下手

噓下手

 さてさて、お客様も集まってきたところで、ひとつお話を。なぁに、難しい話じゃあございません。あたしの知り合いの話でござんす。若い人の言葉を借りれば、【のんふぃくしょん】というヤツにござんす。
 面白いかどうか? いやいや、そいつは旦那、この話を最後まで聞いてから判断してくださいな。んで、面白かったら、お友達にでも教えてあげてくださいな。
 さぁ、そこでタバコ咥えてぼけーっとしてるお父さんも、【すりーでぃーえす】に夢中になってるそこのお坊ちゃんも、準備は良いですかい? ……よろしい! それじゃ、始めましょうか。




 あれは、ひと月程前のことでしたかな?
 その友人というのは、名前を昆平と申すのですが、兎に角嘘がヘタクソなんですねぇ。すぐに嘘だと気づかれてしまうというわけではない。その、嘘の使い方と言いますかね、その辺のことがまぁ苦手でして。
 たとえば、誰かが怖いおじさんから逃げているとしますよねぇ。そのとき、逃げている人が昆平に、
「俺をかくまってくれ」
 とかなんとか言うわけです。ですが、この昆平という男に頼んだのが運の尽き。彼は正直に、逃げた男の居場所を教えてしまうんですね。
「おい、こうこうこういうヤツは見なかったか?」
「へい、そこに隠れてますよ」
 ってな具合にね。
 まぁこれはたとえ話ですが、これと似たようなことはもう何回もやらかしてる。そんなわけで酷い目に遭った人も大勢いるんですよ。
 さて、何故昆平は嘘が下手なのか。それは、彼が幼少期に受けた教育が関係しているのです。彼の両親は共に厳格な法律家でした。なので昆平は、「嘘つきは泥棒の始まり」だと言われて育てられてきました。彼は素直だから、言われた通り、全く嘘はつきませんでした。だが、しばらくしてそのことが仇となってしまったのです。何でも正直に言うものですから、秘密を共有することが出来ない。子供の頃は、みんな親には言えない、色んな秘密を持ちたがるものですからねぇ。特に、思春期って言われるあの時代なんかその気が顕著でしょう?
 友達が出来ないことを両親がかわいそうに思い、新しく「嘘も方便」ってことを昆平に教えたのです。それが、20になる手前でしたかね。これまた素直に聞き入れて、実践しようとするわけです。ところが、正直者の時代が長かったせいで、昆平は嘘の使い方がわからなかったんですねぇ。別に嘘をつかなくても良いところで嘘をついて、逆に嘘をついた方が最良なときに正直者になってしまう。これでは今までと全く変わりません。さぁ大変だ!



 昆平の嘘下手は成人した後も続きます。
 まず、大人になったら仕事をしなくちゃなりません。【すりーでぃーえす】の坊ちゃん、聞いてますか? ……よろしい。
 世の中には色んな仕事があるわけですが、多くの場合、就職活動ってものをしますね。それで、会社の試験を受けて、面接を受けて、良ければ採用、悪ければ不採用と、こういう流れになっとるわけですね。
 昆平もその就活をやったんですね。しかしそれは本人の意志ではなかった。アイツは【ろっくばんど】を結成したかったんです。学校を卒業したらすぐに活動を始めるつもりだった。でも、それを両親に反対されましてね。まずは就職して、充分稼げるようになってからだったら好きなことをしても良いってコトになったんです。
 そんなわけで色んな会社の面接を受けたんですがね、全部駄目だったんです。何故かって? いやぁ、お父さんも酷ですねぇ! 言わなくてもわかるでしょう?
「志望動機は?」
 って聞かれれば、
「ありません」
 と答え、
「この会社、どう思う?」
 って聞かれれば、
「特にありません」
 とこうなんですから。
 本人には悪気は無いんですよ? あくまで正直なだけなんですから。
 就職もろくに出来ないくらい嘘下手で、両親も困っちゃいましてね。しばらくはお父上の法律事務所で働いてたみたいですよ。
 でね、これもまぁ可哀想な話なんですが、昆平はこういう場で嘘を言っちまうんですねぇ。
 たとえば窃盗犯が起訴されるとするでしょう? で、犯人が犯行を自供するわけです。この昆平は、その証言を大きくねじ曲げて書いちまうんです。
 でも裁判は被告人の運命を大きく分ける場ですからね、供述を曲げられちゃ困りますよねぇ。実際に、昆平のせいで被告人の判決が大きく変わりそうだったことは4度もありました。もうここまで来ると、彼の嘘下手は有罪モノなんですわ。……あ、面白かったですかおじいさん? ありがてぇありがてぇ!




 仕事にも就けなくて、親の仕事にも支障を来す。今までの教育が間違っていたということか。両親は後悔します。
 生来幽霊や神様を信じてこなかった2人は、町外れの神社に行って、昆平の嘘下手を治してもらおうとしました。何を隠そう、あたしはその神社の子供でね。3人の様子は見ていたのですが、兎に角昆平が申し訳無さそうに俯いていたんですわ。見ていたこっちも胸が痛くなりました。
 神社も初めはかなり困ってましたね。嘘つきをどうにかしてほしいっていうお願いはよく来るのですが、嘘つきにしてくれなんてお願いは初めてでしたからね。まぁ親父も正義感の強い神主でしたから、どうにか昆平を嘘つきにしようと色んなお経を唱えたり、色んな札を体に貼ったりしていました。が、どれもこれも全く効果がない。神社に保管されていたもの全部試しても、昆平は嘘つきにならなかったんですねぇ。
 自分はなんて迷惑な男なんだ。とうとう昆平は、泣きながら飛び出して行っちまいました。20歳過ぎの男が大泣きするなんて、笑っちまう話でしょうけど、アイツはそれぐらい追いつめられていたんですねぇ。
 後で聞いた話なんですが、昆平は隣町まで走ったそうです。隣町って言うと、【白山】と【神保町】の間くらいの距離がありますかね。その距離を足だけで進めるってのも驚きですがね。
 そこには知り合いはいませんからね。泣きじゃくってる大人を見て、町の人間もどんどん遠ざかっていったそうです。のけ者にされてるような気がして、余計に胸が苦しくなって、更に泣きじゃくる。とうとう彼の周りから人がいなくなってしまいました。
 この後、昆平は更に隣の町まで行こうと思っていたみたいです。涙を拭って、歩き出す。ジンジン痛む足を無理矢理動かしていたそうです。
 とぼとぼ歩いて、町を出ようとしていたとき、あるお方が声をかけてくれました。
 それは結構なお年のお坊さん。優しい表情をしていましたが、その体からは何かこう、言いようの無いものが放出されていたと昆平は言ってました。
「何を泣いているのですか?」
 お坊さんが尋ねてきました。
 この人なら、自分を助けてくれる。何となくそう思って、昆平は自分の嘘下手について話したそうです。お坊さんはえへらえへら笑いながら話を聞いていました。希有な悩みですからね。でも、話を聞き終えると、お坊さんは優しい笑顔で昆平にこう言ったそうです。
「いいですか? あなたの嘘下手は決して恥ずべきものではありません。むしろ誇るべきものです。あなたの嘘下手は、個性なのです。世界広しと言えど、このような個性を持っているのはあなただけなのです」
 と。
 それを聞いた途端、昆平は心が晴れたような気がしたと言っていました。心を覆っていた靄が晴れたような感じがしたってね。
 自信を取り戻した昆平は、お坊さんに礼を言うと、走って道を引き返しました。痛みなんか何処へやら。帰るときも泣いちまったのですが、それは行きとは違う、嬉しさから来る涙でした。
 彼の両親は心配して警察にも連絡したのですが、その日のうちに、昆平は2人のもとへ帰ってきました。あの厳しかったご両親が、泣きながら昆平を抱きしめたときは、あたしも思わず泣いてしまいました。



 それからもう何10年も経ちましたが、昆平は今も嘘下手なままです。でも、前みたいに辛くは感じていません。
 いつの間にか、彼はまた嘘のつけない男に戻っていました。その性質が功を奏したのか、彼は30のときに可愛い娘さんと結婚したそうです。あたしは追い抜かれてしまいました。え? 何ですお父さん? あたしを励ましてくれるんですか? ありがとうございやす!
 さて、昆平の話はこれで終わりでござんす。……ああっ! お母さん、まだ、まだ話は終わってませんから!
 ええっと、あたしが言いたかったことはねぇ……自分の性格だったり癖だったりで悩んでるお客さんもね、少し考え方を変えてみてくださいな。悩んでた頃が馬鹿らしくなってくるかもしれませんよ?
 まぁ、人生1度きり! 楽しくやっていきましょうよ! それでは今回は、これにてお開きとさせていただきやす。皆さん、どうもありがとうございやした! お忘れ物にご注意を!

噓下手

噓下手

よってらっしゃい、みてらっしゃい。あたしにとっちゃ面白い話、皆様にとっちゃどうでも良い話。それでも良いよと言うかただけ、どうぞよってらっしゃい。

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-23

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