ゴーストからのアイ・ラブ・ユー
別に恋人ってわけじゃあない。とってもとっても、遠い相手。
顔の見えない相手を、私はゴーストと呼ぶ。
あっつい。
毎日あっつい。ほんと。
私はしがない事務員をしている。
経理なんてできない。ただのデータ入力だ。書類をパソコンに起こして、文章作って、表の枠をデザインして、と、大して難しくはない。
今日いらついたこと。
部長が、パートのおばちゃんに私の引継ぎをするとき、私のことを「こいつ」と言いそうになり、慌てて修正した。いつもやたら目を覗いてきて距離を縮めてくるおっさんに辟易していたところ、まさかこいつが私に辟易していたとは。女性を大事にしない屑野郎あんて、高が知れてる。なんで世の中、こんな奴ばかり大成するのだ。
ムキーっと怒り、ポテチの袋をびりっと開けた。
ビールのつもりで、ダイエットコーラをジョッキにとくとくと注ぐ。
ああイライラする。こんな小さなことが、積み重なると大変だ。大人は大変。
帰ってみれば誰もいないし、ペットの猫ですら起きてきてくれない。近所のガキはムカつくし、その母親も会えば何故か嫌味のオンパレード。ああムカつく。
ブーッ、ブーッっと、携帯が鳴った。
出てみれば、こないだメル友募集の掲示板で、アドレスを交換した人だ。
こんなものに余生を費やすようになったか、と我ながらケッと笑い、メールの文面を見て、なんだかほーっとした。
私にしてみれば、メル友とは幽霊みたいなものだった。真面目一徹!みたいなところがあった私は、中学生のメールのやりとりにさえ、眉をしかめてきた性質だから。
だが、いざ自分がしてみると、癒されちゃうんだな、これが。
:私も本が好きです云々。趣味は車をいじることです云々。あなたの好きな作家は誰ですか。
「阿川佐和子が好きです・・・と」
早くも反響があった。
:阿川佐和子はまだ読んだことありませんが、憧れの人です。どんな作品なんですか。
えーっと。
「正義感の強い女性が、色んな事件について自分の気持ちを語るんですが、その一言一言に共感できます・・・」
:阿川佐和子さんといえば、白洲雅子さんの本を出されてましたよね。そういった芸術方面へ関心がおありなんですか。
「いや、そこまでは・・・へえー、そうなんだ・・・」
「それは知らなかったです。お詳しいんですね・・・」
こうして、夏後半の夜が今日も過ぎていく。
ゴーストからのアイ・ラブ・ユー
実体験です。あのときの空気管が出せてるといいなあと思います。