ルミちゃんのこと

忘れられない、幼少期の友達。あなたにも、そんな人はいますか。

忘れられない、あの子について


私には、忘れられない人がいる。

1999年、秋。本当に、あの頃のことが、懐かしいと思えるような大人になった。それだけ遠くへ来てしまった。

あの子。
あの子は今
どこで、何をしているだろうか_。

小学校四年生だった私は、いつも掃除のとき、いの一番にごみ当番を買って出ていた。焼却炉で各学年がごみを持ってくるのを待っている管理人のおばあさんに会いたかったのだ。とっても優しい、小さな人。

その日も、私は「ごみ当番する人ー」という声に、すぐさま「はい!」と手を挙げた。と、

「私もごみ当番、する」という声がした。
声の主は、いつも一人で、誰とも話さずにいる、「だんまりのルミちゃん」だったので、皆も私も驚いた。
「ルミちゃんが喋った!」
男子が半ば歓声を上げる中、ルミちゃんはさささっと私の隣に来て、黙ってごみ箱の片方を持ち上げた。そういったことに何の反応もせずすぐさま順応するのが私という等辺朴で、「ん」と小さな掛け声を出し、ルミちゃんと廊下に出た。

もしかしたら、もしかしたらルミちゃんも、新井さんに会いたいのかな?と思った。新井さんはおばあさんの名前だ。

ルミちゃんがせっかく一緒のごみ当番になったのだからと、私は、「あ、見て見て、赤とんぼ!」とか、「なんか秋って感じの匂いするねー」とか、無邪気に話しかけた。誰彼かまわないところが私の良いところだと、先生も通信簿に書いてくれるほど、私は相手に対して見境が無かった。
母はそんな私の性質を、半ば「成長が遅いのでは?」と心配していたようだ。その性質があってこその人生を、今歩んでいるわけだが。

ルミちゃんは、じっと、はにかんでいるような、ともかく恥ずかしそうにしているように見えた。いつもと同じ、だんまりのルミちゃんだ。

焼却炉につき、私は先輩ぶって、「あの人にごみ箱渡すんだよ。子供じゃ燃えてて危ないから」と言った。ルミちゃんはごみ当番がどうして人気があるか知っていたから、その時は嬉しそうに顔を上げ、生き生きした目で前を見た。

新井さんが笑顔で、私たちを待っていてくれた。
「おねがいします!」と声を揃えて、私たちはごみを渡す。
「はいよ」と新井さんは優しい声で受け、豪快な動きでごみを焼却炉の中へと入れた。

ここまで来ると、掃除が終わるまで、子供たちは新井さんの近くで遊んでいる。中庭には畑があり、放課後子どもたちを請け負ってくれる教室があり、ごみの燃える香ばしい匂いと午後の柔らかな日差しの中、優しい新井さんの傍にいられて、子供たちは幸せだった。

「ルミちゃん、あの山登ろう!」
私は、畑の隅の、いらない野菜や落ち葉を集め固めて出来た高い山にルミちゃんを誘った。ルミちゃんは嬉しそうに頷き、山を一緒に登ろうとした。

「どけどけー!五年生のお通りだ!」
と、そこへ、この寒い季節に半袖半ズボンの、すごく太った、こう言ってはなんだが、シャツも顔も汚らしい男の子が、わざとそのごみ山に突っ込んできた。
「とう、とう」と言って、山の落ち葉を持っている棒で散らそうとする。

私もルミちゃんも唖然とし、登るのを止めてその子を見た。
新井さんが、「こら、太一君!乱暴するな!」と大きな声を出した。
その太一君は、何が目的なのか、とにかく私たちが登るのを楽しみにしていたごみ山を、台無しにしようとしている。むかむかとこみ上げてくるものがあり、私は大きな声で、「止めなさいよ!」と怒鳴った。

すると、太一君は怒った顔をし、棒をべっと捨てると、なんと女の子である私に、「ヘッドローック!」と。ヘッドロックをかけてきたのだ。
私は本当にびっくりした。何が何やらわからない内に首が締り、「ぐええ」と声を出し、ばしばしと右手で太一君の体を叩いた。ルミちゃんが泣いている気がする。
「太一ー!!」と言って、新井さんがこちらへ向かってくる。
太一君はそのまま、ぐるぐると回りだした。私は首がこきんと音を立てた気がし、本当に死ぬかと思った。
するとその時、「いてえ!」と言う声がし、私は放り出された。

ぐらぐらした視界の中、ようやく周りを見ると、ルミちゃんが傍に立って、肩で息をしていた。その手には、大きなプラスチックの破片。
太一君が、右耳のところを抑えてうずくまっている。

「ルミちゃん、」と声をかけ、私は何と言って良いか分からずに、言葉を失った。後ろで見ていた他の子達から悲鳴が上がり、誰かが「先生、先生!」と叫んでいる。

ルミちゃんは肩で息をしたまま、ただただ立っていた。



その後のことは、私は全て母から聞いた。
あの事件の後、私は一週間も学校を休まされ、再び学校へ行ったときには、ルミちゃんはいなくなっていた。お父さんの仕事について、ドイツへ渡ったとのことだった。
「ルミちゃんは、最後の学校生活で、あなたと友達になりたかったのよ」
母にそう言われ、私はじっと黙っていた。じんわりと感じるものがあった。いつも一人で本を読んでいたルミちゃんと、一人だったり、誰かと一緒にいたりと、節操のなかった私。
「太一君は、」と私が聞くと、母は、「あの子もね、かわいそうな子なのよ。母親があんなでなければね」と言葉を濁した。触れてはいけない、そんな感じだった。

あれから、十年たった。
誰よりも聡かったルミちゃん、ナイチンゲールの本が好きだったルミちゃん。今はきっと、ドイツで素敵なお嬢さんになっているはずだと、私は信じている。

ルミちゃんのこと

割と実話です。あったような、無かったような、大切な思い出。大切な人。

ルミちゃんのこと

いつもだんまりのルミちゃんが、声を出して手を挙げた_。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-22

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