カルト

カルト

 父親は超能力者だった。
 からっからの土地から水を出したり、他人の心を読んだり、物体を動かしたり。どこかにタネがあるのだろうと思って探してみても、どこにもそれらしきものは無い。テレビや雑誌の超能力者特集には出たことは1度も無いが、コイツは本物の超能力者だった。
 でも、このままどの特集にも出ずに生涯を終えてもらったほうが良いかもしれない。何しろ彼は、某カルト教団の教祖だからだ。超能力者としてではなく、危険人物としてなら数えきれない程特集されている。勿論その中には嘘偽りもあるが、80%は的中している。父は超能力を使って着実に信者を増やしていった。母親も父に協力し、信者から財産を奪い、【神の加護】とやらを渡している。政治、芸能、スポーツ、教育……。どれも完全にではないが着々と父の支配は進行している。残るは報道のみ。報道さえ牛耳れば、ゆくゆくは世界を掌握することが出来るというわけだ。
 どいつもこいつも本当に馬鹿野郎だ。騙す側の両親も問題だが、騙される側は何故コイツ等の本心に気づけないのだろう。信者どもは父のことを【神】と呼ぶが、人間みたいにずる賢くて欲深い生き物が神様なんかになれるワケがない。誰かが言っていたが、神(God)というのは絶対的な存在であり、誰もそれを交代することは出来ないのだそうだ。
 俺はそんな両親のもとに生まれた。生まれたのは、ちょうど教団が芸能界という世界を支配し始めた頃だ。
 名前は護。察しの通り、【神の加護】から名前が取られている。これは後で知ったことだが、両親は信者に俺を見せびらかして、神の子供だと高らかに宣言していたという。気持ちが悪いことこの上ない。
 幼少期から、俺は彼等のことを好きになれなかった。彼等はいつも、お前は神の子なんだ、いずれはこの教団の未来を切り開く、なんてことを聞かせながら俺を育てた。耳にたこが出来るくらい、いや、耳がたこになるくらい、何度も何度も。そんな大人が授業参観やら何やらに来るものだから、幼稚園、小学校低学年の頃までずっと虐められていた。教師もビビってしまってまともに対応してくれなかった。俺は彼等の息子ではない。幼い俺は脳内でずっとそう唱えていた。
 しかし、俺があの父親の息子であるということを認めざるを得なかった。何しろ俺にも、超能力というものが備わっていたのだから。体の特徴が遺伝するというのはよく聞いたことがある。この力も遺伝したということなのか。
 初めにその力を使ったのは母親に怒られた日のことだった。
 俺は教団の儀式に使用する鏡を割ってしまった。そこらの家具屋で買えるヤツだから、また買ってくれば良いのだが、母親は血管が浮き出る程に怒りをあらわにして俺を怒鳴った。このとき、俺は小学校1年生で、ちょうどいじめの全盛期だったため、母親の罵声でスイッチが入ってしまったのだ。で、「うるさい!」って怒鳴ってしまった。するとどうだろう、鏡だけではなく、儀式用の皿や花瓶、更には家の窓ガラスまで木っ端微塵に割れてしまった。母親は最初恐れていたが、すぐに笑顔になり、俺のことを抱きしめた。まぁ、良い商売道具が出来たとでも思っていたのだろう。
 しかしこれは素晴らしい力だ。今まで親には不信感しか抱いていなかったが、これだけは感謝すべきだろう。
 まず、俺は力を他人に向けて使用した。こういう場合、最初に己の力を把握するべきなのだろうが、そんなことをしている暇はなかった。アイツ等を、いじめっ子どもをどうにかしないと頭がおかしくなりそうだった。
 力に目覚めた翌日、いつものように登校すると、いじめっ子のリーダーにケンカをふっかけた。こいつは威張り腐っているが、1人では何も出来ない弱虫だ。必ず子分を引き連れて報復に来る筈だ。放課後までずっと様子を窺っていると、案の定ヤツは数人のクラスメートに声をかけて俺のところにやって来た。俺の首根っこを掴んで、床に叩き付ける。すると周りの連中が蹴り始める。暴言を吐きながら。どこで覚えて来たのか、子供は意味もわからないであろう言葉をいくつも吐いてきた。
 いい、これでいい。内部で力が目覚めてゆく。もっとだ、もっと俺を怒らせろ。
 そろそろ体の感覚が無くなってきた。いい感じだ。もう少しで、もう少しで爆発する。……そして、リーダーが「死ね」という言葉を吐いた瞬間、俺の中に眠っていた何かが、わっと体の外に出てきた。最初にリーダーが派手に吹き飛ばされ、窓ガラスに首だけ突っ込んで失神した。俺はヤツを睨みつけ、あることをイメージした。すると、その通りにヤツの体が動いた。首を突っ込んだまま、全身を上下左右に激しく動かしたのだ。そうなれば当然……。
 取り巻き連中も恐れをなして逃げ出す。だが逃がしはしない。計6人の動きを止め、同じように外に吹き飛ばしてやった。威力が強すぎたためか、奴等はリーダーの体もろとも外まで飛んでいってしまった。ちょうどそこへトラックが2台ほどやって来たので、奴等を垂直に地面に叩き付けた。その先は気持ち悪そうだったのでよく見ていないが、今まで聞いたことのないような音がしたのは覚えている。いつも小うるさい他の生徒達も恐怖で声が出ない様子だった。
 静かな部屋。その中で、俺だけがほくそ笑んでいた。



 数日後、トラックの運転手が逮捕され、俺はお咎め無しだった。生徒達は俺のことを教師に訴えたようだが、ガキの言い分なんてまともに聞いてくれるわけがない。正義感ぶって俺を怒鳴ったヤツもいたが、ソイツが進級することは2度となかった。
 そんなことをしていると、俺の周りにも【しもべ】が出来るようになった。奴等は自主的に俺の部下になったのだ。恐怖故の忠誠心だった。それは中学に上がっても変わらなかった。俺が行った中学には、小学校の同級生も沢山いた。そのため、嘗ての俺の噂を流したヤツがいたらしく、俺を虐める者は1人もいなかった。信者も増えた。
 あのいじめっ子なら喜んだだろうが、俺は逆だった。両親のような人間にはなりたくなかったからだ。いじめから解放されて楽になる筈だったが、前以上に窮屈になってしまった。だから、常に屋上にいた。ここには奴等も来ない。奴等はゲームや漫画、アニメの話で夢中だ。そういったものを全て禁止されていた俺には無縁のものだった。
 ただぼーっと、空を眺めているだけで幸せだった。確かに領空という概念は存在するが、この空には壁は無い。どこまでも繫がっている。閉塞感のある世界に住む俺も、空とにらめっこしているときだけは幸せだった。
 家に帰ると母親があの事件のことを誉め称える。神の天罰だとか何とか言っちゃって。ここまでくると彼等が滑稽に見えてくる。この頃も月に数回教団の集会に参加させられたのだが、皆俺のことを神の子供だと言って手をあわせた。ここにいる者達は、人殺しを神として讃えるのだ。いずれは消してやろう、コイツ等も文句は言うまい。そんなことを考えていた。
 食事も連中と一緒にとる。すると奴等は、自分たちの食事を俺のところに持って来る。その汚い手で。目の前に山積みにされた料理。当然子供1人が食べられる量ではない。隣を見ると、父のところも同じようになっていた。父は笑顔で礼を言っているが、心のうちでは俺と同じことを考えていたに違いない。
 そんな俺に、1つの変化が起きた。
 いつものように屋上で空を見ていると、隣に1人の学生がやって来た。違うクラスの女子だった。知らん顔をしていると、彼女の方から話しかけてきた。話によると、彼女はクラスメートから無視されていて、話す相手がいないのだという。それで屋上にいたとき、たまたま俺のことを見かけて、それ以来ずっと気になっていたらしい。
 虐められているため暗い表情をしているが、顔質はかなり良い。思わず一目惚れしてしまうほどだった。こんな少女を虐めるとは、心の腐った人間だ。俺が、皆殺しにしてやる。
 俺は彼女からいじめっ子のリーダーが誰なのかを聞き出し、すぐさま下の階に戻ってソイツを探した。彼女にも協力させた。彼女は不思議そうな顔をしていたが、俺に言われるがまま、その敵を探していた。
 少しすると、彼女は小さな声をあげて一点を指差した。そこにいたのは、お澄ましした偉そうな女子。見るからに卑しい生徒だ。これは持論だが、女子のいじめというのは本当に陰湿だ。彼等は群れで動く。サバンナとかでハンティングをしているメスライオンを思い浮かべてくれればわかりやすいだろう。
 アイツがいじめっ子か。俺はこの前のように意識を集中させ、あの力を引き出した。成長するに連れて、自分でもその力を制御出来るようになっていた。力をヤツに向けると、まるで爆風に吹き飛ばされるかのごとく、相手の体が真っすぐに廊下の奥へ飛んでいった。その先には壁があるのだが、コンクリート製のその壁をも突き破って、いじめっ子は外へ飛んでいってしまった。
 ほら、これでいじめからは解放される。少女に笑顔でそう言うと、彼女は、

 こんなの、望んでない。

 それだけ言って俺の前から去ってしまった。
 何が、何が悪かったのだろう? 俺は彼女を助けたつもりだったのに。
 その翌日から、彼女は屋上に現れなくなった。教室をこっそり見に行くと、彼女はまだそこにいた。が、相変わらずいじめは続いていた。あの言葉はまだ気になっていたが、それでも彼女を助け出すことの方が大切だ。俺は扉越しにいじめっ子を襲った。重傷を負う者もいれば、そのまま何日も意識を失ったままだった者もいた。そうこうしているうちに虐めはピタリと止んだ。これで、今度こそ彼女は幸せになれる。
 そう思っていたのだが、今度は教室にも姿を見せなくなっていた。何だか怖くなった。自分の力が、彼女まで殺してしまったような気がした。
 それから卒業するまでの間、俺は力を使うことはなかった。




 高校に上がっても、俺は滅多に力を使わなかった。だがこの頃は思春期まっさかりだ。良からぬことに力を使うこともあった。それでも他人を傷つけることには決して利用しなかった。
 進学しても度々教団の集会に出席させられた。しかも年を経るに連れて求められる業務は多くなっていった。たとえば、能力を信者に見せたり、信者の心を苦しみから解放したり。まれに、この教団を蔑視する者を殺せと頼まれたことがあったが、それは断った。父親は力が弱ってきたのか、自分の力を使用する機会が少なくなっていった。何となく、嫌な予感がしていた。
 そして、高校を卒業した春、その予感は的中することとなった。
 突然、父親の体調が崩れたのだ。後々わかったことだが、このときの父は末期がんだった。体中に癌が転移していて、助かる確率はほぼ0に近かった。
 教祖が弱ったのを好機と見て、脱退する信者が増えていった。これまでは父の超能力を恐れて逃げ出せずにいたが、その父が力を失い、更に俺に力を使う気がないことを知ると、彼等は次々に姿を消した。出席者は日に日に減っていった。この非常事態に、母は逃げ出した信者の抹殺を命令する。未だにここに残っているのべ3200名……東京以外の信者をあわせればまだまだいる……は、未だに神に従順だ。彼等は喜んで裏切り者を始末した。その中には芸能人もいたが、彼等は裏切った同業者を社会的に抹殺していった。
 更に母は、より多くの信者を集めるための暴挙に出た。手当たり次第たくさんの人間を勧誘し、断った者には様々な嫌がらせをした。芸能界、政界の信者は大活躍だった。彼等の中には知名度の高い者もいたから、社会的抹殺は容易だったのだ。
 そんなことをしていれば警察にも睨まれそうだが、運の悪いことに、信者は警察内部にもいた。だから事件が明るみに出ることは滅多になかった。
 だが、そんなことをし始めてから2年後、遂に父親に最期のときがやってきた。
 教団が造った祭壇の上に横たわる父親。その前で信者達が泣きながら跪いている。
 父は俺を最後の集会に呼んだ。嫌だったが、母親は欠席を許さず、無理矢理俺を参加させた。
 横たわる父が、俺を呼び寄せる。ああ、きっと引き継ぎの件だ。何となくそう感じた。かすれた声で父が言ったのは、やはり引き継ぎのことだった。
 大切なことを伝えると、電池が切れたように、男は動きを止めた。天に召された。本物の神のところにいったのだ。
 父が死ぬと、信者達は俺の方を見た。そして、俺のことを神と呼び、一斉に【神】コールを始めた。今まで流していた涙もピタリと止まっていた。……そうか、コイツ等にとっては教祖が誰でも良いのだ。自分が神の加護を受けていると錯覚することが出来ればそれで良いのだ。
 母も信者の先頭に立ってコールしている。後ろを向いて、信者達を更に煽る。それはそうだろう、教団が存続していれば、彼女の財布は永遠に乾涸びることがないのだから。
 コイツ等を見ていて、心の内で何かが盛り上がった。それは11年前のあの感覚に似ていた。いじめっ子達に蹴られ、罵声を浴びせられたあの日と同じような気持ち。
 さぁ、新たな神を称えよ。そう叫ぶ母を睨み、封印していたあの力を遂に解放した。長年使っていなくとも、超能力は全く鈍っていなかった。むしろこれまで以上の力を発揮することが出来た。母の首は360度回転し、床の上に倒れてしまった。信者は一瞬黙ったが、俺が神になった証拠だと錯覚してより一層盛り上がった。ああ、うるさい。コイツ等もどうにかしなければ。近くにロウソクが置かれている。この火をコイツ等につけてやろうか。
 が、結局そうはしなかった。それよりももっと良い方法を思いついたからだ。
 俺が黙れと叫ぶと、信者達はピタリと声を止めた。彼等は俺に従う。従順なしもべとなったわけだ。
 さて、早速俺を楽しませてもらおう。最初に彼等に命じたこと、それは……殺し合い。
 やはり初めは不思議そうに首を傾げている。信者の1人が俺に真意を尋ねてきたので、迷わず火をつけてやった。悶えながら床を這いずり回る同朋を見て、もう逃げられないと悟ったのだろう。信者達は俺の目の前で互いを攻撃し始めた。1人が始めれば、自然に周りの者達も争いを始めた。
 これが正しいことなのか。彼等は皆疑問を抱いて他人を攻撃した。その疑念が表情にも出ていた。
 今更気づいても遅いのだ。これが、お前達が今まで賞賛し、求めていたものなのだ。
 俺が思いついたこととは、彼等に教団の教えが誤りだとわからせた上で根絶やしにすること。潰れちまえば良い、こんな場所。
 中の人間はとうとう半数になった。鉄臭いニオイが鼻を突く。部屋にいると気持ち悪くなりそうだったので、俺は部屋を出て鍵をかけた。彼等はもう、自分の意志で出ることは出来ない。全員が倒れるまで、あの醜い争いが続くのだ。
 さて、ここ以外にも教団の施設がある。そこでも同じ命令を下そう。復活出来ないよう、完璧に始末するのだ。
 殺し合いを強要する俺にも、確実にあの両親の、教団の血が流れているということか。
 もうどうでも良い。これで地獄送りになろうが構わない。
 上で見ているか、偽りの神よ。俺はこれから、お前が頑張って造ってきたものをぶち壊してやる。

カルト

舞台が宗教団体で、鍵括弧を使わない初の作品となったが、展開は急だし、やはりめちゃくちゃだし、もう言葉も出ない。
また後味の悪い話を書いてしまったので、ぼちぼち明るい話を書きたいと思う今日この頃であります。

カルト

カルト教団教祖の息子としてこの世に生を受けた男。彼が選んだ人生とは・・・。 *色んな意味で後味悪いです。

  • 小説
  • 短編
  • サスペンス
  • ホラー
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-08-21

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