キツネっこについて
私には気になるおなごがいる。そのおなごには、キツネの耳が付いていて_。
気になるあの子はキツネっこ。
私には最近、気になるおなごがいる。
おなご、女子。
たぶんあれは女子高生なのか?いや女子高生なのだろう。いつも制服を着た取り巻きをつれている。
私はいつもバスのつり革に捕まり、自慢の銀縁眼鏡を押し上げ文庫本を手にしながら、鋭い目でその子を睨む。
キツネ。あれはキツネだ。
その子はいつも黒のジャージーなフードを被っているのだが、そのフードには耳が付いている。
黒い三角の耳。
普通ならば猫かと思うだろう。しかし、その女子には、耳だけではなく、なんと尻尾もついている。
それも黄色い尻尾。ふさふさの、ちゃんとした太いあの、
キツネの尻尾。
それに本人も会話の折に、「コーン!」とおどけて鳴いて見せる。
キツネ、キツネ。何故に狐?
私はいつも?を浮かべながら、バスに揺られて公園の噴水前を通過する。
町を歩いている間も、あの女子がコーンと鳴いて、そこら辺をうろうろする様を思い浮かべる。
コンビニのレジで友達と。
肉屋でコロッケを頬張りながら。
カラオケでピースサインを飛ばしながら、やはり友に囲まれて。
「羨ましい・・・」
ふいに零れた言葉に唖然とし、慌てて口元を抑える。
ふ、所詮私はしがないパート事務員だ。男の体で、なんという体たらく。いそいそと会社の玄関をくぐる。
私は職場では、あまり喋らない方だ。
昼休みもあまり群れない方だ。
会社帰りに飲みにも行かない方だ。というか、行けない方だ。
そうだ一人だ。ぼっちだ!私はぼっち。
でもそれってしょうがない。生まれつき強度のぜんそくで運動はてんで駄目。それに付随する繊細な心臓と貧血のせいで、昼間は日の本で働けないし、この体なので酒も飲めない。
なので必然、男の付き合いというものがてんで無かった人生である。かといって、女性に人気があるかといえばそうでもない。
昔から、勉強していれば、自分の人生どうにかなると思っていた。勉強がきっと、ひ弱な私を助けてくれる。
しかし実態は、堅物の上の堅物が育っただけである。冗談の一つも返せない硬派な私に、女性陣は舌を巻いている。
「あの人って、ものすごーく取っ付きにくいのよねえ」
言われて当たり前の言葉に私は深く傷つき、布団の中で涙した。だれも、わたしを、わかってくれない。
私に優しい女性といえば、五歳上の姉と、叔母、そして母だけだ。
ガチンコの土木系一族の皆は私に振り向きすらしてくれず、それどころか「役立たずの獄つぶし」とこの物に溢れた現代では聞きなれない悪言を頂いた。
私だって、はっちゃけたかった。
高校時代は明るい髪の連中と付き合いたかったし、大学時代はサークルにでも入って気軽な広い付き合いとやらを楽しみたかった。
しかしこの口が、手が、言葉を文章を、こうも固い物へと変える。
その言葉を受け取った人たちは、皆、私のもとを去っていく。
「この堅物め」と、皆そう言っている。
正午の鐘がなり、私は席を立った。
半袖のポロシャツから出た腕にサブいぼが立ち、今日も冷房は25度を保っていたなあと思いながら会社を出る。緑の階段を降りるとき、業者の方たちが、その黒い肌に汗を滴らせながら談笑しているのが目に入った。
男はああであくては。
誰かの言葉を思い出し、無言で横を通り抜け、外へ出た。早朝勤務とはいえ、世間はまだまだ働き時だ。
ふいに、文庫本の本の案内に載っていた小説が欲しくなり、今日は本屋に寄ろうと、駅前の商店街に向かう。地球の真上に来ている太陽がじりじりと照り付け、暑い。ふらふらしながら日陰を伝い歩く。
「あ」と思った。ただ一言。くらあっと眩暈がして、膝から頽れていく。
「あ、大丈夫ですか」
小さな声で聞こえる。
「だいじょうぶです」答えながら、この暑いのになんでこんな分厚いジャージを着ているのだこの人は、と思う。そしてはっとした。
「ねえ、おじさん大丈夫?」
その女子の腕には、何かの跡があった。多分、やけどの。火傷の、後。ケロイドが、たくさん、ジャージの下に。
「・・・大丈夫です」
初めて正面から見た。その子は酷く痩せて、でも目の大きな、可愛らしい顔をしていた。
「ごめんね、ありがとう。参ったなあ・・・」
久しぶりの会話は、すらすらと滑らかに言葉が出てきた。優しい顔で話せていたと思う。
女の子は私が立ち上がると、優しい顔でにっこりした。
「気を付けてよ、おにーさん」
そして、たくさんの友の元へと走っていく。
私は。
私は今、初めて、大人になった自分を自覚している。
自然と小さな笑みが、私の口に溢れている。
くるりと私は踵を返し、賑やかな町の中へと歩いて行った。
キツネっこについて
大人も子供も、それぞれ大変なんです。みんな抱えています。