宗教上の理由・教え子は女神の娘? 第十九話

まえがきに代えたこれまでのあらすじ及び登場人物紹介
 金子あづみは教師を目指す大学生。だが自宅のある東京で教育実習先を見つけられず遠く離れた木花村(このはなむら)の中学校に行かざるを得なくなる。木花村は「女神に見初められた村」と呼ばれるのどかな山里。村人は信仰心が篤く、あづみが居候することになった天狼神社の「神使」が大いに慕われている。
 普通神使というと神道では神に仕える動物を指すのだが、ここでは日本で唯一、人間が神使の役割を務める。あづみはその使命を負う「神の娘」嬬恋真耶と出会うのだが、当初清楚で可憐な女の子だと思っていた真耶の正体を知ってびっくり仰天するのだった。

金子あづみ…本作の語り手で、はるばる東京から木花村にやってきた教育実習生。自分が今まで経験してきたさまざまな常識がひっくり返る日々に振り回されつつも楽しんでいるようす。だったのだが…。
嬬恋真耶…あづみが居候している天狼神社に住まう、神様のお遣い=神使。一見清楚で可憐、おしゃれと料理が大好きな女の子だが、実はその身体には大きな秘密が…。なおフランス人の血が入っているので金髪碧眼。勉強は得意だが運動は大の苦手。
渡辺史菜…以前あづみの通う女子校で教育実習を行ったのが縁で、今度は教育実習の指導役としてあづみと関わることになった。真耶たちの担任および部活の顧問(家庭科部)だが実は真耶が幼い時天狼神社に滞在したことがある。担当科目は社会。サバサバした性格に見えて熱血な面もあり、自分の教え子が傷つけられることは絶対に許さない。無類の酒好きで何かというと飲みたがる。
高原聖…渡辺の同僚で、同じクラスの副担任。あづみが教育実習していた時もお世話になっていた。ほんわかした雰囲気が強い。
屋代杏…木花中の前生徒会長にしてリゾート会社の社長令嬢、キリッとした言動が特徴。でもそれとは裏腹に真耶を着せ替え人形として溺愛している残念な部分も。しかし性格が優しいので真耶からも皆からも一目置かれている。
(登場人物及び舞台はフィクションです)

1

 一夜明けた村営スキー場は雪。吹雪いたりずっと降り続けたりするわけではなく、時々雲が切れるのでまあまあの運動会日和か。外は相当寒いと思われるが、雪だるまの中はホカホカで自分だけ悪い気がする。この私専用の観客席は屋代さん家の車で運んでもらえた。感謝。
 さて、このスキー場であるが。こじんまりしたところと村人は皆言うが、それは謙遜だと気づいた。近所の市町村に巨大すぎるスキー場がいくつもあるのでそれと比べたら小さく見えるってことはあるが、実際にはかなり標高差のある本格ゲレンデだ。設備も古いがシンプルイズベストというか、音楽も流れない中で純粋に滑りが楽しめる、通好みの場所とも言えるかもしれない。昔ながらのリフトやロープトウは見かけこそ地味だがメンテナンスがしっかりされていて乗り心地が良い。見えない所にお金を使っているかどうかが良いおもてなしを見極めるコツとは屋代さんの談。ホテルなどでもいくら外観を綺麗にしても、水道管が劣化している、排水管が詰まっている、湿気で漏電の危険がある、そういう見えない所に欠陥が隠れているのは三流なのだとか。
 上部にはコブ斜面もあり、モーグルの公式大会が開けるくらい。実際村ではさかんなスキー競技だという。スキーの中でも特に女子選手の活躍が目立つ競技だし、プロで活躍するモーグル選手に憧れる女子たちが日々練習している。下部の初心者コースも結構な距離を誇り、またなんといっても独特なのは民家の軒先をかすめるように滑走できるところだ。ゲレンデの脇に住んでいる人は玄関からスキーを履いていけるのだから楽しかろう。
 さて、競技内容はといえば、いつになく本格的スキー競技が目白押しだ。滑降だったり、ミニジャンプだったり。ちなみに貸切というわけではないので一般のお客さんも混じっている。もちろんそれはお客さんに了承の上だが、中学生の躍動する感じにお客さんたちも見入っているようだ。
 午前の種目はモーグルをもって終了。派手なアクションが売りの種目だし、これを普通にこなす生徒たちに舌を巻いた。正直、春から秋の部活動はぱっとしない木花中である。それは生徒数が少ないことも影響しているが、ウインタースポーツにかけるウエイトが高いのもあるのだろう、どの種目もレベルが高いと思う。

2

 だが、安心するのは早かった。まじめな種目が目白押しで少し遅めの昼休み。今日も今日とて差し入れられたお弁当を食べていると、なにやらゲレンデが騒がしくなる。どうやら昨日同様、エキシビジョンが始まるようなのだが…。
 …どうやら、お笑いを求める性はやめられないようで。ソリダイブと呼ばれるそのイベントは、三人一組でソリに乗った生徒たちが急斜面を滑り降りる。その先には二つのゲートがあり、それぞれに幕が下げられていて先は見えない。どちらかを選択してその幕の中へとソリでダイブする。
 うーん、説明を聞いただけでいやな予感しかしない。私が入っている雪だるまのオブジェはこともあろうにコースのすぐそばにある。最高の観戦席ではあるがそれだけに、生徒たちの歓声やら悲鳴やら、いやむしろ主に後者をそばで聞かされることとなるのだろう。
 最初の組が登場。右のゲートを選ぶとそっちめがけてソリが威勢良く走り出す。と同時に幕があげられ、その向こうに待ち構えるものが姿を現す。そういえばソリに乗っている生徒たちはプラスチックのヘルメットを装備、半袖とスパッツの体操着の下にはタイツを着ている。タイツは防寒のためだとは思うが、スキーウェアからわざわざ着替えるというあたりにこの企画の意図が見え隠れする。そしてその予想は案の定的中した。
 「きゃああああー!」
ソリの中からも、観客席からも悲鳴が上がった。ゲートの先には雪を掘って作られた小型のプールがあり、そこには泥がなみなみと注がれていたのだ。勢いの付いたソリはすぐには止められず、ゲートの所で金具に引っ掛ける形で停められる。当然そんな急停止をしたら慣性の法則で搭乗者は前に放り出されるわけで、生徒たちは泥の中にダイブする羽目になった。
「げほ、げほ…」
しかもソリに乗るときの姿勢は、顔を前にしているので始末が悪い。泥で真っ黒になった顔を上げ、滴る泥の中から目をきつくつぶり、口をパクパクしているようすがなんとも可愛そう。彼らが着替えさせられた理由は他でもない、汚れるからだ。でも観客席はそれを見て盛り上がっている。まあバラエティとしては成功なのだろう。
 次のチームは、セーフのほうのゲートを選んだ。そこにはクッションがあって軟着陸するようにソリは停まる。しかしその次の組は見事やられた。たたえられた液体はおそらく石膏。全身真っ白な女の子三人組がふらふらと立ち上がり、その身体から白いどろどろの石膏がボタボタ垂れるさまはまるでお化けのようだ。さらに数組が成功と失敗を繰り返し、失敗した子達はほとんど泣きだしてしまう。そして次に出てきたのはなんと真耶ちゃんをはじめとするチーム。
 真耶ちゃんと一緒にソリに乗っているのは、クラス委員の女の子と、小学校の時モデルをやっていたという女の子。ふたりとも東京から越してきたクラスでは目立った存在。スクールカーストというものが木花中にあったとしたらその最上位にいそうなタイプだ。それに加えて、神の娘であるところの真耶ちゃんが、あわよくば罰ゲームの憂き目に遭うというのだから、観客席は否が応にも盛り上がる(それを狙ってのチーム編成なのだろう)。しかも真耶ちゃん、運動が苦手である上に怖がりだ。スキーは平気なのにソリは怖いのか、顔色が良くない。ああ、高い所苦手なのか…。
 しかしそんな事情はお構いなしに、三人の乗ったソリが勢い良く滑りだす。同時に幕が開かれる。って…。

 ええーっ!!

 「精力剤の原料になるから、養殖してるトコあるのよ。オリジナルの製法らしいんだけど、冬眠中に一度目を覚まさせるといい油が取れるらしいの。ちょうど今がその時期で、こうやってお湯でもって温めて、しばらく置いたらまた冷気にさらして冬眠させるの」
屋代さんは冷静に解説するが、真耶ちゃん達はたまったものではない。これまでの組でも失敗した子達は泣き叫んでいたが、今回はそれどころですらない。
「きゃー! 巻き付いてくる!」
「服の中に入って来た!」
 三人を待ち構えていたのは、容器いっぱいにうじゃうじゃしている蛇。毒もないし噛むこともない種類だが、グロテスクな外観と人の手足に絡みついてくる時の気持ち悪さは只者ではない。
「泥とかと違って、服が汚れないのは良いわよね」
いや、これなら真っ黒けとかになったほうがマシだと思う…。皆抵抗しているのだが、容器が深く、壁面には蛇の身体を保護するため油が塗ってあるので逃げることも容易に出来ない。
「ああやって人が入って引っ掻き回すのも蛇にとっては良い運動になるのよ。一石二鳥、生産者も学校もウインウインなわけ」
う~ん、養殖の人はともかく、生徒にとってはウインウインなんだろうか…。この蛇は油を取るとは言っても殺さず、何年も繰り返して使われ天寿をまっとうする。だから大小取り混ぜた蛇がうようよしており、大きな蛇は人間の身体に巻き付き、小さな蛇は服の中に入っていく。寒い中に体温三十度台の生き物が飛び込んでくれば、爬虫類が暖を求めてやってくるのは自然なこと。そこまで計算されているとすればすごいことだ。
 格闘すること数分、ようやくのこと脱出するも、足をガクガク言わせながらしゃくりあげている二人。襟元からまだ子どもの蛇が顔を出している。スパッツの両足の間が濡れている気もするが…詮索はしないでおいてあげよう…。
 ところが。
「なんか、くすぐったかった~。ねえ、ふたりとも、大丈夫?」
真耶ちゃんだけは平気な顔で、他の二人を気遣う余裕を見せている。他人と感覚のずれた天然キャラの真耶ちゃんだが、さすがに周囲もびっくりしたらしく、皆口々に大丈夫かと尋ねる。しかし、
「え~? くすぐったかったよ~。でもいいのかなあ? 他の子達に比べて、あたしたちラクしてない? あんまり罰になってなくない?」
いや、真耶ちゃんたちが一番つらい目に遭っていると思うのだが…。ただ本人は平気らしい。
「動物全体があんまり苦手じゃないっていうか、生き物は皆友達、って思ってるんじゃないかな。自分もオオカミの化身なんだみたいな気持ちでいるだろうから」
屋代さんが小声で解説している間も真耶ちゃんは他の二人を慰めている。でもその慰め方がちょっとズレているのは確かだ。
「やっぱり都会だとヘビさんあんまりいないもんねー。もう大丈夫だよ」
いや、都会も田舎も関係ないと思う…。というかよく見たら、真耶ちゃんだけ下半身がまだ蛇の中に埋もれている。どうやら自分が下に入って、二人を先に外に出したみたいだ。
「あーほらほら、いい子にしてなきゃダメだよー」
と、蛇に話しかけつつ二人を慰め、首にまとわりついている子どもの蛇を取ってあげているさまは、それはそれで優しい真耶ちゃんらしくはある。

3

 「子供って意外と、虫とか平気だったりするのよ? でも大人が怖がったり、気持ちわるがったりするのを見て刷り込まれるんだと思うの。手に持って見せに行ったら、捨てなさい、って怒鳴られたりしてね?」
真耶ちゃんはそういう教育受けてこなかったんだろう、なんたってあの神社にあのお母さんだもの、と。
 それはそうと、どうやら彼らのお笑いを求める性はやめられないらしく、午後からはバラエティ系種目が主体となった。始まったのは雪上プロレス。というか水を足して踏み固められた雪なので実質的には氷上プロレスだ。わざわざ雪を固めて氷の上と同じ環境を作る手間をかけるのは、周辺のふかふかの雪の部分と組み合わせることで、試合展開に幅ができるのだという。
 ここで登場したのはマスクを被ったレスラー、というか苗ちゃんであることはバレバレなのだが。首から下は全身タイツ、氷と雪の切れ目で怪我しないようにヘルメットも装備している。ゴングが鳴ると同時に取っ組み合いが始まるが、つるつるの氷の上ではなかなか技も出せない。苗ちゃんがうっかり滑って尻餅をついた。このときのためにおしりにもパッドを入れているそうだが、痛い痛くないとは別に、勝負は不利となる。泥んこ運動会では暴れまわった苗ちゃんが今度は逆にフォールされるという意外な展開。なんとか逃げようとするがつるつる滑るのでうまくいかない。
 だが、少しずつ位置をスライドした結果、ふかふかの雪の部分に入り、そこから苗ちゃんの逆襲が始まった。体をひっくり返すと今度は攻勢に出て、相手の子を雪に埋めるようにフォール。フォールされた方は暴れて雪しぶきを撒き散らす。それを浴びながらも力をゆるめない苗ちゃん。その後何度か跳ね返されるが、苗ちゃんが勝ちを収めた。
 なるほど、つるつるの氷の上とふかふかの雪の上では戦い方が違ってくるんだ。これは面白い。勝ち抜いた苗ちゃんは、次の対戦相手と当たることになる。だが今度は背の高い男の子が相手。苗ちゃん、大丈夫か?
 その不安は的中した。今度は一点空中戦となり、持ち上げられた苗ちゃんが雪の上に投げ飛ばされるという事態に。プロレス技といってしまえばそれまでだが、それにしても凄い。一応氷の上に投げ飛ばすのは禁止ということだが雪の上ならクッションが効くという理由でお咎め無し。男の子が頭上に持ちあげては雪の上に叩きつけるを繰り返すので、相当なダメージが苗ちゃんにはあるのでは…。
 そのまま苗ちゃんはフォールされる。早く勝敗をつけるためにうつ伏せでもいいというのがルールで、でもその結果苗ちゃんは雪に顔を埋め、ゲホゲホ言っている。なんかあまりに可哀想…やめて、あげて…。
 と思っていた瞬間、苗ちゃんがするりと男の子の腕をすり抜けた。やられたと油断させて、力を抜いたところを狙ったようだ。そのまま一気呵成に攻めまくり、フォールをゲット。苗ちゃん逆転勝利。
 って、また次も苗ちゃん、リングに立つの?
「うん。勝ち抜き制だから」
一人が勝ち抜けば勝ち抜くほどその組に入る点数は高くなる。負けたチームはその都度選手を用意するのだが、負け続ければそれだけ選手のなり手がなくなる。だから連勝こそチームのためでもあるし、本人にとっても名誉なことなのだ。が。
「もしかして、勝ち続ける限りああやって雪まみれなの?」
という私の問いに、屋代さんは大きくうなずいた。このまま苗ちゃんは勝ち続け、そのハードな内容では奇跡的な史上初の五人抜きをやってのけた。

4

 ちなみに来夏には泥んこレスリングも同様のルール改正が予定されており、勝ち抜く限り泥まみれ状態が続くんだとか。勝てば勝つほど雪やら泥やらにまみれた状態が長く続くのは、勝利者のご褒美としてはどうなのだろう…。
 とまれ。そんなこんなで最終競技の全員リレーだ。これはゲレンデとその周辺をフルに使ったもので、スタートはゲレンデの最上部。ここから林中をつづら折りに続くコースを滑走し初級者コースに出る。ここからは無数に立てられた旗の間を滑り降りるいわゆる滑降競技。初級ゲレンデ中間点でバトンタッチしたあとはスノーボード。一番下まで滑り降りると今度はクロスカントリーだ。林中をしばらく行き、風景が開けるとそこに小学校がある。花耶ちゃんも通っているところで、ここにもスケートリンクがある。スピードスケート・アイスホッケー・フィギュアスケートの三種類のスケート靴で順番に滑り、再びクロスカントリーへ。
 林中にちょっとした広場があり、コースの先に的が設置してある。これはバイアスロンを模したもので、銃の代わりにダーツを投げて的に命中したら初めて前に進める。スキー場に到着するとそこにスノーモービルが待ち構えていて、運転できる教師が担当する。白組は運転と名の付くものといえば渡辺先生ということで。
 一気にゲレンデ頂上まで駆け上ると、今度はコブ斜面を滑り降りる。途中にはモーグルのジャンプ台もある。それを通過すると緩やかな初級者ゲレンデを一気に滑り下りて、フィニッシュ。バラエティに富んだ種目が組み合わされ、生徒個人個人が得意種目で勝負できるのが良いところだ。今のところ赤組と白組の点数は拮抗している。すなわち、これを制したほうが勝利をつかむ。
 と、言うわけで、みんな真剣に取り組んでいるはずなのだが…。

 真剣さが、格好から見えてこない…。

 「仮装するのがルールだから」
と平然と言い放つ屋代さんも、ちゃっかりキツネの縫いぐるみを着ている。スキーウェアの上に着ぐるみをはじめとする色々な格好をするので、皆もこもこになっている。まぁ可愛いといえば可愛いが、あれで滑るのは大変だろうと思う。
 勝負の模様は随時コミュニティFMやインターネット生中継などで配信されるので、私はゴール地点でもある雪だるまの中に居ながら勝負の行方を追うことが出来る。屋代さんはこの場所にノートパソコンを持ってきて配信状況の監視をする係で、私に戦況を観せつつ解説をしてくれるのに丁度良い。
 赤組トップバッターはお花ちゃん。普段ピエロの格好をしている彼女だが、ここでは冬または雪にちなんだ格好が求められる。屋代さんも冬毛のキツネであり、お花ちゃんは白い毛のウサギの着ぐるみに道化師の衣装を合わせている。動きにくいとは思うが彼女はそれをものともせず、素早い身のこなしでグングン飛ばし白組を引き離した。しかし後続の段階で白組が盛り返す。ちなみに赤組と白組の点差は拮抗しており、ここで勝った組がこの運動会を制する、といった状況だ。
 初心者コースに降りてくると、肉眼でもレースの模様が確認できる。バトン(といっても手には持てないのでワッペンを貼られるのだが)を受けたのは篠岡美穂子さん・佳代子さんの双子の姉妹。姉妹揃ってポールをスラロームしていくさまはまさに双子といった感じで、敵同士なのに息がぴったりという感じだ。もちろん二人の間に手加減する気配は感じられない。
 ただ、真剣勝負している二人の服装が雪だるまの着ぐるみなので、緊張感は無いのだが…。

 レースは平地滑走によるクロスカントリースキーに移行した。木花村の豊かな森にはその木々を縫って遊歩道が整備されており、冬にはそれがそのままスキーやスノーシューのコースになる。スノーシューとはすなわち「かんじき」のこと。靴にはめることで雪との接地面を大きくし、潜らないようにしたもので、これを履いて自然を観察するツアーが木花村でも盛んになっている。このルートはスキーを使ったロードレース、クロスカントリースキーにも利用される。
 今までもそうだが、公共の場所をレースに使う以上一般の観光客も混じっているのであり、勿論ビジターへの配慮は忘れてはならず、それをおろそかにしたら即刻反則負けとなる。お祭りだからといって道を独占するとかは許されない。なにしろ林間の狭いルートだ。無鉄砲に飛ばすことは不可能だがかといって追いぬくことも出来ないので、圧倒的に先行有利となる。クロスカントリースキーコースに体一つ分先に入ったのは赤組であり、その結果白組はずっと後塵を拝することとなる。もちろんそれで諦めては元も子もない。ピッタリとくっついて追い抜く機会を待つ。

 急に風景が開ける。小学校だ。私が雪だるまの中に持ち込んでいた小型モニターにはスピーカーが付いていないにもかかわらず、黄色い歓声が聞こえてきたのにはびっくりしたが、どうやら小学校から生で聞こえてきたものだった。それくらい盛り上がりは激しい。当然この中に花耶ちゃんもいるのだろう。そして数年後には自分がこの選手の中のひとりとして活躍することを夢見ているのだろう。
 もっとも、小学校の校庭に作られたリンクには着ぐるみの雪だるまが溢れており、滑るどころか転がっている子も多いのだが…。

 さて、善戦むなしく白組は徐々に引き離されていった。しかし再び戻って来たスキー場のふもとに待ち構えているのはスノーモービルに乗った渡辺先生! 合わせる顔が無いと思っている私は、バレやしないかとドキドキしているのも確か。でもそんなモヤモヤもこのいっときだけは吹っ飛んだ。ハンドルを手にした先生の颯爽とした姿と言ったら! 一気にスピードを上げ、赤組担当の先生を抜き去ってしまった。

 ゲレンデの頂上には優香ちゃんがいる。コブ斜面を華麗に滑り降り、そのままスピードを緩めること無く苗ちゃんにワッペンを託す。この組み合わせは二人の息のあったところを買ってだ。そして苗ちゃんがこのポジションにいる理由も簡単。ここからはモーグルコースとなる。クラスにモーグル経験者が少なく、また全体的に選手層の薄い白組。となるとあらゆるスポーツに順応でき、このスキー場を庭のようにして遊び(何しろ彼女の家はスキー場のすぐそばだ)、その結果趣味とはいえモーグルコースの経験がある(でも趣味でありながら腕前は相当なもの!)苗ちゃんが抜擢されるのも自然なのだ。モーグル独特のジャンプを華麗にクリアし、小技まで見せた苗ちゃんは一気に赤組を引き離した。

 そこから数名の走者を経てのアンカーは、なんと真耶ちゃん! 会場には否が応にも盛り上がる。

 が。

 運動が苦手な真耶ちゃんのこと。スキーはわりと得意なことが分かってはいるが、相対的に村の子ども全体のスキースキルが高いので苦戦は免れないだろう。それでもアンカーになったのには意味がある。
「いざというとき、度胸のすわる子がアンカーには一番いいの」
なにしろ、緩斜面とはいえゴールまで一直線。そう。

 直滑降で、一気にゴールを滑り抜ける度胸が必要。

 そして、いざというときの度胸。そう。確かに真耶ちゃんは適役だ。

 しかしいったんは広まった赤組との差は走者数名の間にまた縮んでいた。再び逆転されてもおかしくない戦況。しかし。

 真耶ちゃんは、ひるまない。前傾姿勢を強めてますます速度を上げる。内心相当怖いはずだし元来怖がりな子だ。だがここぞという皆の期待を集めた時には人一倍肝が座ることも、私は知っている。

 !!!

 ゴールラインを、ほぼ同時に二つの疾風が駆け抜けた。

 写真判定に持ち込まれ、結果…。

 白組、僅差で勝利!

 だが。

 ブレーキに失敗した真耶ちゃんは、クッション代わりの雪山と抱擁し合っていた…。不恰好なミカンの着ぐるみが、結果的に身を守っていた。

 祝福の輪があっという間にできた。ちなみに苗ちゃんが、
「よくやった真耶。大丈夫? おしっこちびってない?」
と尋ねた。とんでもないスピードだからな、というジョークなのだが、それに対し、
「苗ちゃん…そんな、その…」
と真耶ちゃんが口ごもったことには突っ込まないでおいてあげよう。

5

 というわけで、寒中運動会は白組が優勝。同時に三大運動会ひっくるめての総合優勝。表彰式がおごそかに行われ、

 たのは、最初だけだった。

 白組側から大量のクラッカーが炊かれ、歓声が上がる。シャンパンファイトを模して理科の実験で作られた炭酸水が苗ちゃんをはじめとして活躍した選手に浴びせられ、胴上げも始まる。幸か不幸か地面はふかふかの雪で覆われているわけで、胴上げの後にはそこに強制ダイブさせられるわけだが。ただ、この子達の伝統的悪ふざけはこんなものでは終わらなかった。

 「かかれーっ!」
その掛け声に合わせて数名の生徒が羽交い絞めにされる。これももう見慣れた風景だ。今回のターゲットは苗ちゃんをはじめとする活躍した子達を中心として、さっきは蛇の中にダイブする羽目になった委員長の子も再び餌食となっている。そして今回もまた、真耶ちゃんが狙われている。すっかりクラスのみんなとの垣根が無くなったのはいいことだが、どういうわけかいわゆる「おバカ」なイベントごとに限って真耶ちゃんは祭り上げられる気がする。実際真面目な場面では他の子にスポットが当てられ、真耶ちゃんは端のほうで祝福する側に回っている。裏を返せば真耶ちゃんが引っ張りだされたということは、これからしょうもない、でも楽しいことが始まるということだ。

 しかし。これが勝利チームの功労者たちにしていい仕打ちだろうか…。
「これはご褒美だからいいのよ? だって、負けたほうがやったら、いじめみたくなっちゃうじゃない?」
それは一理ある。負けたほうに罰ゲームで、というのがバラエティ的お遊びの定石だろうけど、そうなれば自然とギスギスしたものがお互い残る。だったら勝った方の、それもお祝いされるべき立場の人にそれをしたほうがいい。まあ、それだったら最初からしなければいいのだが、そういう選択肢はないようだ。
 ゲレンデに雪だるまが並んでいる。私が入っているオブジェでも、さっきのリレーで使われた着ぐるみでもない、正真正銘、雪で作られた雪だるま。でも唯一特徴的な点。

 中に、人が入っている。

 苗ちゃんや真耶ちゃんたち、勝利チームの功労者たちは、人だかりの中に消えたかと思えば、あっという間に全身を雪に埋められた。負けた赤組の子どもたちはせめてもの腹いせとばかり、より一層気合が入っている。そしてあっという間に、顔だけを雪から出した状態の、人間雪だるまが完成する。
 小学校が放課しているので子どもたちも観戦に来ている。高校生や地元の大人たち、数少ないながらもやってきている観光客も。写真を撮られたりするのは当たり前、なかには顔を触られたり、くすぐられたりすることも。しかし手足が雪に埋もれているので一切抵抗できない。
 そしてそれをいいことに、周囲の雪だるまいじりはエスカレートする。顔に絵の具でペイントされたり、さっきのソリダイブで使った泥や石膏を塗られたり、バラエティ用のパイを投げつけられたり。味方チームの仲間は祝福の気持ちで、負けたチームにしてみれば敗北の鬱憤を晴らして後腐れがないようにする効果もある。
 でも、そこまではまだマシだったのかもしれない。
「そういえば小瀬ちゃん、牛乳嫌いだったよね?」
真耶ちゃんたちとも親しい小瀬さんは比較的運動が得意で、今回も活躍した。その功績を讃えて(?)雪だるまの中に鎮座させられたのだが。相方の星野さんが牛乳瓶を片手にニヤニヤしている。この際克服させてあげようというのは友情の証という表向きなのだろうか。
「いやあ、友達同士だからこそ多少の無茶も許されるんでしょ」
屋代さんの冷静な解説。ああ、やっぱり無茶であることに変わりないんだ。
「さ、覚悟してよ?」
「え、ええ、そ、そぐぐぐーーーーっ!!」
瓶が口に突っ込まれているために拒否の言葉も叫べず、言葉にならない悲鳴が上がった。鼻をつまんだ状態で一気に牛乳を注ぎ込まれる。注ぎ込まれている小瀬さんは手足が雪の中で固められているので抵抗できない。事が済んだあとの小瀬さんは涙をポロポロこぼしつつも放心状態で、よだれと牛乳が交じり合った液体が口から一筋の滝を作っている。事情を知らない人が見たら明らかにいじめだろう…。不思議と悲壮感がないのは、勝利という事実のおかげだろうか。

 結局雪だるまにされた子達は、日没の頃に解放された。うんざりした顔の子もいれば、真耶ちゃんのようにまんざらでない顔の子もいる。
「ペインティングとか牛乳飲ませたりとかは違うけど、人間雪だるま自体はこの村の伝統的な遊びなの。雪の上でお昼寝とかもそうだけど、雪と仲良くするのが厳しい冬を乗り越える知恵ってわけ」
まぁ雪国と言っても来る日も来る日も屋根を雪下ろしするほどのレベルではないし、気温は北海道並みに寒いといっても防寒具完備で家には十分な暖房があるから今の木花村は昔に比べて冬を越すのも楽なのだと思う。それでも伝わってきた先人の知恵は忘れられていない。
 そういえば、自分もハリボテのオブジェとはいえ、雪だるまの中に入っているんだった。そろそろ出ないと。あれ、なんか急に暗くなって…。
 「じーっ」

宗教上の理由・教え子は女神の娘? 第十九話

スキー場の描写は、こんなとこあったらいいなという自分の願望がかなり含まれています。玄関出たらそこはスキー場なんて憧れちゃいますよね。スキーは昔はやりましたがすっかりご無沙汰しちゃってます。道具が高いのがなんとも…でも今はレンタルも充実してるし、って真夏に言っても説得力無い話ですが。
 しかし自分で書いていながら呆れるというのは、もうお笑い番組の罰ゲームをも超えてますよね、泥だらけになったり蛇まみれになったり…。木花中の子どもたちのM度合いすごすぎだと思います。

宗教上の理由・教え子は女神の娘? 第十九話

寒さの厳しい木花村では、の冬でも一大行事として運動会がある。真耶たちの奮戦の模様を隠れて見守るあづみだったが…。残暑厳しい折、まだまだ冬の描写が続きますので涼しい気分でお読み下さい(脱稿が遅れたことへの言い訳ともいう)。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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