僕ノ葬式ト彼女ノ生キルセカイ
第一譚 奴らがくる
第一譚 奴らが来る
四方を海で囲まれた孤島である嬉々金島は、古くから権力者達の秘密の領地として利用されてきた。そのためなのかはわからないが、この島に住む島民達は、本土の人間達とは違った価値観を持っつ。少なくとも、島の住民たちはそう考えていた。
本土、つまり、本州との連絡は日に数回の船のみ。それも、天候の良し悪しによっては何日間も途絶えてしまう。しかし、嬉々金島は周囲と隔絶する事で、独自の発展、文化の発達を遂げていた。彼らは、いつしか本土の人間にとっては予想もつかないような禁忌を幾つか信じるようになっていた。
嬉々金島の漁村の一つ、角園村。この村には村役場くらいしか目ぼしい建物はない。
山岡修造は、17歳の高校生だったが、彼は村のパンク系ライブハウス「デズゴ」に入り浸るのが趣味だった。
「殺せーーーー!!」
「殺せーーーー!!」
「うおおおおおお」
「わーわー」
「キャーキャー」
「あああああああああああああああああああああああああああ!!」
なんとそれはブルドーザー!!
「あああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ドゴゴゴゴ」
今日のライブでは三人が救急車で運ばれ、内二人が骨折した。その中には、修造の友人、雲野五郎も含まれていた。
「なんで逮捕者でないんだろうな。」
この島に引っ越してきたばかりの修造はカウンター席のモヒカン刈り男に言った。服は着ていない。
「この島は禁忌さえ守れば他は何してもいいから。」
わかりやすい回答である。これが、この島に来た者が始めに驚く事の一つだ。島民にとって一番大事なのは禁忌であり、法律はあんまり重要ではない。
ライブハウス「デズゴ」もそうである。そもそも島内では今パンクがマジクールであり、パンクライブハウスは大盛況で、村の一大産業になりつつある。パンクライブハウスという性質上、連日怪我人が絶えないが、逮捕者はまだ一度も出た事がない。本土から来た修造も最初はパンクという破壊活動に否定的な印象を持っていたが、今ではそんな自分がマジダセェ奴だったと考えるようになった。特に修造のお気に入りはアーマードドラゴンインペイルメンツというパンクバンドだ。彼らは島内でも比較的穏やかな部類だが、しかし、アーマードドラゴンインペイルメンツの活動には何故かメロディが存在しており、その辺りが島内の他のバンドの追随を許さない。これはパンクが本来破壊活動という反社会的行動に過ぎない事を鑑みれば当たり前の事だ。パンクに音楽性など存在しない。だが、アーマードドラゴンインペイルメンツには奇跡的に音楽性があった。それはボーカルが尺八を用いてしか会話出来ない特殊な性癖を持っている事に由来するのかもしれない。ボーカルの名前は曽良であり、そのクールな名前もあいまってアーマードドラゴンインペイルメンツはナンバーワンパンクバンドだった。そう、この日までは。
一位 アーマードドラゴンインペイルメンツ
二位 ペンペンリーフイズデッド
三位 ダークフォースズ
四位 Mr.Xレヴォリューション
五位 HONDAGLAYモン
六位 メタルオバマ
だいたいこんな感じだった。
だが、この日は違ったのだ。この日、何とアーマードドラゴンインペイルメンツのドラム担当、AYACOがチームを脱退してしまったのである。理由は病欠であった。アーマードドラゴンインペイルメンツの中で、まともに声を出せるのはAYACOただ一人だけだった。そのAYACOが体調の悪化を理由にチームを脱退してしまった。そのため、アーマードドラゴンインペイルメンツは音楽性のあるバンドから、尺八を吹く奴が居るだけの比較的穏やかなパンクバンド、つまり、ゴミ屑に成り下がったのだ。翌日、ライブハウス「デズゴ」はペンペンリーフ派の暴徒達に討ち入りされる事になる。
三日後。
山岡修造は学校の帰り、海岸近くに寄って行こうと思い立った。普段はあまり赴く事のない海岸沿いの坂道からの海は絶景だったが、通学路ではなかったので、修造は滅多に通る事はなかった。
「あそこにいるのは誰だろう。」
修造はふと、向かい側を歩いているセーラー服の女性に気が付いた。普段通る事がないので知らなかったが、この道を通学路とする生徒もいたようだ。夕日がセーラー服の姿を照らしていた。
「おや」
修造はビックリした。ビックリした。一瞬、彼女の姿が魂の無い人形のように見えたからだ。いや…アレはむしろ、死体ではないか?それ程までに美しかった。まるでボーカロイドがこの世に顕現したかのような美しさだった。
「きゃああああ変質者よ。」
いきなり修造はスタンガンを食らった。
修造が起きると、布団に寝ていた。
「起きたかね。」
和尚が言った。
「えっと…あなたは。」
「ワシは鮫山和尚と申す者じゃ。そこな娘がお主をここまで運んできてくれたのじゃ。」
修造が起きた場所はお寺だった。修造は寺に詳しくないが、坂の近くに寺がある事は知っていた。その寺に運び込まれたのだ。目の前には和尚がいた。その隣には先ほどのセーラー服女が。さらにその隣には仏像が安置されている。わけがわからなかった修造はとりあえず仏像を見つめた。
「この仏像は。」
「十一面観音様じゃ。」
よくわからなかったのでそれ以上は聞かなかった。修造はセーラー服を見た。
「さっきはごめんなさい。」
セーラー服は謝り出した。いきなりスタンガンを食らった身としては、修造は意外に感じた。
「私、最近変な人達に後を付けられてて。あなたがその変な人だと思ってしまったの。」
「そういうことだったのか。」
まだ足がうまく動かない修造はセーラー服女、本堂麻美乃と一緒に帰る事になった。ここで、始めて修造はこのセーラー服女が悪名名高き事で有名な女生徒、『魔弥乃』である事を知った。
「あんたが先生や校長を手玉に取って、学校で好き放題やってるっていう噂の『魔弥乃』だったのか。そりゃスタンガンなんて持ってるわけだな。」
修造は先程の坂を登りながら、魔弥乃に対して遠慮なく言った。
「あら、心外ね。私が貴方をさっきのお寺まで運ばなかったら、貴方はこの坂に放置されて一晩過ごしていたかも知らないのよ。」
魔弥乃は微笑した。先程の平謝りとはえらい違いだ。その態度ははっきり言って横暴だった。
これが、修造の隣を歩いている本堂麻美乃の正体だった。彼女は、一人では歩けないでしょう、と言いながらも、決して修造を助ける様な事はしなかった。一方で、麻美乃は校内では品行方正を絵に表した生徒として教師の間では評価が高かった。表向きは。生徒達の中では、孤立していた。はっきり言って裏表の激しい性格が最悪だからだ。
「まずアンタがスタンガンなんて使わなきゃ俺は気絶しなかったじゃねえか。」
「それでもマミノで呼ぶ事なんて無いじゃない。今、魔の付く『魔弥乃』で呼んだでしょう。」
図星だ。『魔弥乃』とは、学校で密かに言われている本堂麻美乃の蔑称、畏怖を込めた呼び名だ。彼女の妖しい感じが出てると修造は感じていた。
「私は気に入らないわ。その呼び方、私の嫌いな人が言い始めたんだもの。」
魔弥乃はそう言った。
「あれ、そうなのか?」
「勝手に広まったのだと思ってた?」
魔弥乃は修造の顔を覗き込んだ。修造は改めて麻美乃の美しい顔立ちを確認する事になる。マネキンに特殊メイクを施した様な、艶のある無機質な印象、ただし、驚く程均整が取れて美しい。
「まあいいわ。物事には原因があるのよ。別に私だって妖怪や幽霊の類でも無いわ。クラスメイトが私に抱く印象だってれっきとした理由があるのよ。」
麻美乃は今度は海の方を向きながら言った。修造からはその顔が見えない。
「つまり、誰かアンタのイメージをワザと下げている奴がいるって事か?よくある話だな。」
修造は言った。
「さあ、そんな事は一言も言ってないわよ。どちらにしろ私には興味のない話ね。それより、貴方に話があったのよ。」
麻美乃は修造の方を向いた。
「どういう事だ。」
「貴方、本土から来たんでしょう。この島は嫌い?」
「いや、あそこの船。」
修造は波止場の船を指差した。
「あれは?」
船の中にいたのは、肉がドロドロに腐ったおっさん、つまりゾンビだった。
「ゾンビね。」
「えっ。」
「ゾンビ。」
「なんで。」
「私も知らないわよ。」
恐怖に駆られた修造と麻美乃は全速力で逃げ出した。しかし、この孤島に逃げ場など存在するのだろうか。生き残りをかけたゾンビバトルが始まった事を知る者はいなかった。
第二譚 闇の支配
第二譚 闇の支配
角園村の海岸沿いに長々と続いている坂は村人達から「黄泉転がり」と呼ばれている。何故そう呼ばれるようになったかは、今となっては定かではない。近くの波止場から高台まで、急勾配の坂道が何十メートルと続いている。また、坂を下った先にある波止場は主に漁師達が船を停める為のもので、本土からの定期便はこの波止場に来ることはない。つまり、この辺り一帯は基本的に島の住人達しか寄り付かない地域だった。
黄泉転がり坂の中伏辺りに居を構える、佐渡島豪次は漁師だったが、この日は家の窓から奇妙な光景を見ることになった。
「何だあれは。他所者かいな。」
豪次が見たのは、波止場に止まっている、見たことのない一隻の船だった。豪次は続いて坂を見た。日が沈んで来たのでよく見えないが、若者二人が坂を全速力で駆け上がっていた。
「さては本土の悪ガキどもが断りもなく上陸したか。」
豪次はそう呟くなり、壁に立て掛けてあった猟銃を手に取って外に出た。何故、漁師の家に猟銃かあるのかと言うと、万一の時の為に常に備えているからだ。
「他所者んがぁー!!ぶっ殺してやるらぁーー!!」
ドラッグタブレットからドラッグを摂取して興奮状態に陥った!
最早そこにいるのは人間などではなく一体の狂った獣でしかない。
狂獣は右手に猟アサルトライフル、左手に灯油を持って若者二人に駆け寄った。
「あ、佐渡島おじさん。」
「おお、本堂さん家の麻美乃お嬢ちゃんじゃねえか。」
豪次は即座に理性を取り戻した。なぜなら、本堂家は島内でも有数の実力者でもあり、豪次は権力と可愛い女の子に弱い正義漢だからだ。豪次はロリコンだった。
「なぁんだ。麻美乃ちゃんなら大丈夫だな。」
豪次は笑った。麻美乃はしかし、そんな場合ではないと言った様子だった。麻美乃の隣にいた学生も恐怖に顔が引きつっていた。
「ゾンビがこっちに来ているんです。」
「何だって!?」
豪次は驚くと同時に波止場の方へともんどりうっていた。薬物使用の弊害か、今の豪次に自己を省みる余裕はない。
「ぶっ殺していいのかぁー!!」
次の瞬間銃声!興奮しきった豪次はとりあえず適当に動くものを撃ったのだ。それも走りながら!だが、猟銃がたまたま連射式であった為か、薬物摂取状態の運動能力が常人のリミッターを超えてしまったのか、四秒半で坂を下りきっていた豪次の撃った弾丸は何かに命中した!ゾンビだ!
「ああーうー」
ゾンビは醜く腐り切ったおっさんだった!船に乗って島にやってきたのだ!どうやって!?多分適当に運転してたらここに行き着いたのだろう。この辺りは他に島も多い。
「あーうーうー」
顔面を破壊されたゾンビはなおも呻きながら豪次にパンチを繰り出す。しかし、日々の漁と狩りで鍛えた豪次の肉体は一流アスリートの四倍は強いだろう。少なくとも豪次はそう考えている。豪次はパンチを受け止め、逆に自らの持つアサルトライフルを勢いよくフルスイングした。
「ああー!!くたばりぃ!!やがれってぇっ、くしょーぁーっ!!」
最早ゾンビよりも呻いている豪次のスイングはゾンビの頭部を完全に破壊した。ゾンビは活動を停止!肉やら液体やらが豪次に降りかかったが、特に気にもとめていない。
「次は船だ。」
そう言うと、船に乗り込む。次の瞬間また銃声!別ゾンビだ!今度は一撃でゾンビの頭部を破壊した。
「ゾンビ如きが俺に叶うわけないだろうが。幼女のゾンビが出てきたら別だけどな。」
そう言う豪次は船内の操縦室に入り込んだ。中には幼女のゾンビがいた!
「ぐああああー!!助けてくれー!!」
本堂麻美乃と山岡修造は既に豪次の家近くから離れ、寺をも通り越して、高台へと登っていた。それにしてもこれ程までにこの坂の傾斜が激しかったとは。普段から運動を怠っている二人にはあまりにも辛い試練だった。耳には豪次の物と思われる悲鳴が聞こえてくる。
「やはりあやつ程度では足止めにもならんかったか。」
今更だが、この二人は戦略とか合理的な行動とかそういう考えは一切持ち合わせていなかった。
「誰だったんだあのおっさん。」
「本土で凶悪犯罪を起こして島流しになった佐渡島豪次さんよ。」
修造は詳しく聞かない事にした。
高台は木々に囲まれていた。よくわからないまま高いところに登ったが、これはどういう事なのだろうか。修造は麻美乃を見た。
「さっき豪次から気づかれないうちに灯油を拝借してきたのよ。」
そう言うと、麻美乃は灯油を坂にぶちまけた。
「これで奴らは登ってこれないわ。」
「下にいる人たち全滅じゃないの。」
「まって!何か聞こえてこない?」
確かにそうだと修造は思った。何か聞こえてくる。戦車?いや…これは、チャリオット!
船だ!その瞬間、船が爆発した
!辺りはすっかり暗くなっていたが、その爆発はまるで太陽が西から登ってきたかのような錯覚を覚えるほどの激しさだった。
それよりも、足音だ。チャリオットのような足音は段々とこちらに近づいて来る。
「豪次さんだ!ヤバイ!豪次さんが来ちゃった!」
麻美乃が叫んだ。豪次さんは火だるまで坂を駆け上がっていた!
「ヤバイ!何も考えてなかったわ。」
やっぱりそうだったのだ。麻美乃はわりと後先考えないところがあった。
「うおあおお!!」
豪次が坂にぶちまけられた灯油に触れた。
「うわ」
坂が爆発した。修造と麻美乃も吹き飛ばされた。咄嗟に修造は麻美乃を抱えるようにして林の茂みに飛び込んだ。生木は燃えにくい。
「やったぜ。」
坂を見ると、そこには焼け焦げたアスファルトと肉片が転がっていた。
「きゃー爆発よー」
そこら中から悲鳴が聞こえる。既に、辺りには騒ぎを聞きつけた野次馬やパンク人間達が集まりつつあった。
「なんだなんだ。」
「祭りか?」
「祭りなのか?」
パンク人間達は松明とかを持ち出していた。このままでは騒ぎに乗じた暴徒達によって街は破壊されてしまうだろう。それはゾンビとどっこいどっこいの恐ろしさだ。
「うおおお殺せー!!」
突然、一人のモヒカンがそこらへんにいた若者をギターで殴った。
「殺せー!!」
「殺せー!!」
「人間どもは殺せー!」
モヒカンの暴力を合図に、パンク人間達は一斉に凶暴化した。
「あのモヒカンは。」
修造はギターで若者を滅多打ちにするモヒカンに見覚えがあった。あれは。
「あれはアーマードドラゴンインペイルメンツのメンバーの人じゃないか。どうしてこんなところに。」
「この島狭いからね。」
麻美乃は冷たく言った。そう、この島は狭いので、超有名バンドの人とかも普通にスーパーとかで会うのだ。
「あの人はアーマードドラゴンインペイルメンツの人なんだよ。名前は忘れたけど。」
修造は興奮気味に言った。
「私、ペンペンリーフ派だから。」
この瞬間、二人の間に名状し難き緊張感が生まれた。
一方、暴徒達の蜂起はなおも激しさを増しており、既に高台は大パニックに陥っていた。
「早くここから脱出しないと。」
そう言うと、二人は林の中を進んで行った。何か暴徒達に突っ込んで行く影が見えたような気がしたが、そんなことはよくあるので無視した。
修造と麻美乃はとりあえず林を抜けた先にあるという麻美乃の家に向かう事になった。麻美乃の家は権力があるので、暴徒達も躊躇して襲撃することができない。また、知能の低い暴徒達では罠の張り巡らされた林を抜けられない。これで安全は確保されたのだ。
「まさかお前金持ちとかなのか。」
修造は本堂家の門の前で言った。木造りの広々とした家で、全貌が見えない。
「何か問題でもあるのかしら。」
麻美乃が相変わらず冷たくいう。どうやら先ほどから起こっているようだ。
「悪かったよ。ペンペンリーフもそれなりに良いと思ってるからさ。」
修造は適当におだてて見た。
「本当にそう思って行ってるのかしら?…まあいいわ。ここから先は下界とは違うと思って最大限の敬意を払って行動することをオススメするわ。」
「敬意ってなあ…なんだよそれ。」
麻美乃はカバンから家の鍵を取り出した。
「彼らは自分たちのことを神様だと思っているのよ。」
修造は麻美乃の家に泊まる事になった。麻美乃の家は大きいので、客人一人くらいは余裕で泊められるらしい。全ては修造が色々を考えを巡らせるよりも早く決まった。
「気を付けてね。」
と、麻美乃は言った。
雲が月を覆い、闇は一層濃くなった。果たして日が登るまでに米軍はこの島まで辿り着けるのか。米軍によるゾンビ掃討作戦まであと七時間。
第三譚 隔絶の異化作用
第三譚 隔絶の異化作用
荒引二水衛門は天才科学者を自称する36歳のおっさんだ。彼は嬉々金島から漁船で1時間程の距離に位置する無人島に研究所を構えていた。村八分にされたのだ。島という閉鎖社会に馴染めぬ弱者はあの島で生きることは出来ぬ。だが、彼は米軍の特殊部隊に誘われ、ゾンビに関する研究をしていた。やがて世界を襲うであろうゾンビに関する研究を。米軍の特殊部隊もかなり確証は無かったが、ゾンビがいつ世界を支配しても対応できるように常に備えていた。その為、天才的頭脳を持ちながら、無人島で無意味に無駄な生活を送る二水衛門はプロジェクトに適任の人材だったのだ。二水衛門にとってもゾンビの研究はきっと自分の名声を高めてくれるんじゃないの、という感じのアレだった。こうして、二水衛門と米軍の特殊部隊『モンスター対策作戦部隊ゾンビ部門』通称AMTFはおそらくこの世に存在するであろうゾンビが、いずれこの世界を、多分襲った時のために5年間も秘密裏に研究を続けていた。
研究所内は慌ただしく研究員達が動いている。二水衛門はスーツケースを抱えて地下室に急いで移動していた。
「所長!荒引所長!本当にゾンビが出たって本当ですか。」
所員の一人が驚きながら問い詰める。決して規模の大きい研究所ではない。だが、その分彼らは変態じみた危険思想の持ち主達であり、そして連帯感があった。
「ああ、驚く事にゾンビは実在したらしい。そして、現在嬉々金島にゾンビは向かっておる。もう既についているかもしれん。」
「馬鹿な!このままじゃあ米軍から我々に莫大な研究費が割かれる事になってしまいます。研究所の存在も公になってしまいますよ!?真面目に仕事しなくちゃいけなくなるじゃないですか!!いや、そもそもゾンビ対策の主導権自体が米軍側に行ってしまう…ああ、どうするんですか!!所長!!」
この期に及んで、この研究員は自分達の築き上げたセクトが瓦解する事しか頭に無かった。
「愚か者!この事態がわからんのか!我々が研究していた事を覚えておらんのか。」
二水衛門が恫喝すると、研究員は額から汗を流した。
「研究…ですって?何言ってるんですか。我々の研究が社会の役に立つわけが……。」
研究員は絶望しきった様子で言った。所長は首を横に振った。
「むしろ悪化…悪化?まさか!我々の研究が悪用された可能性が?」
二水衛門所長は所員を殴った。
「そんな事はどうでもいい!ようは嬉々金島だ!あそこの財宝を守らなくてはならん!その為に今まで莫大な研究費を賄えてきたんだ。資金源は確保せねばならぬ!」
「ですがゾンビが危険すぎます。」
二人は既に地下室に入っていた。
「安心しろ。ワシの体はゾンビ化せぬよう特殊な措置を施した。」
「ゾンビ化しないって…あんたまさか。」
研究員は無意識に地下室のコンピュータを操作し、秘密ハッチを展開した。眼前には大海原が広がっている。
「いつでも発信できます。」
『wake up.』
博士は高速艇に乗り込んだ。
「既に米軍がこちらに向かっておる。ワシは彼らを支援しに行く。」
『yes master.』
高速艇から音声が流れた。博士の乗った高速艇は秘密ハッチから海へと発進した。
そして現在、嬉々金島角園村波止場。ここには焦げた肉塊がそこかしこに散らばっており、炎上する船が沈没しかけていた。
波止場から坂を登った先にある高台ではモヒカンパンクの暴徒達が殺し合いをし、そして全員死んでいた。総相討ちだ。
生々しい死体達の只中、何故か全身が真っ黒に焼け焦げた右半身のない死体が転がっていた。
「あー」
動いている!焼死体は左手に掴んだライフル銃のトリガーを引く。ライフルから弾が射出された。再びトリガーを引く。再び弾が射出された。
焼死体だけではなかった。何時の間にか、モヒカン達の死体の何体かが脈動のような痙攣を起こしつつあった。
「うー」
高台からさらに林を進んだ奥地。そこには島の実力者、本堂家の邸宅があった。地元の高校に通う、山岡修三と本堂麻美乃はこの邸宅にいた。
山岡は客間で座布団の上に正座していた。麻美乃も座布団で正座していた。
「いいから黙っていなさい。」
麻美乃がそう言うと、ふすまが開いた。いや、開いていたのだ。何時の間に、全く気付かなかった。
「お嬢ちゃんに…客人が一人ですぜ。」
ふすまを開けた男は言った。その男はスーツ姿のヤクザである。目は白目を向いており、半ば意識が無い。
「ご苦労。」
ヤクザを押しのけ、客間に入ってきたのは女性だった。
「えらい騒がしかったなぁ、麻美ちゃん。」
着物を着た女は言った。
「そんな事わ無いわ、叔母様。」
麻美乃が返事した。
「何や外ではゾンビが出た言うて騒いではるみたいやけど。」
着物の女性が言う。その目は恐ろしく冷たい。
「ええ、そうよ。この家なら大丈夫ですよね?」
麻美乃はそう返した。麻美乃の目はこの世の何物も信頼していないといった悲しい目をしていた。もちろんこの家の事も信用していないだろう。
「またおもろい事言うなぁ。お爺様もいつもおもろい言うてはるからなあ。お気に入りの人は違いますなあ。」
ふいに、女性は修三の方を向いた。
「何やえらいかっこいいクラスメイトですなあ。きっと頼りになるやろなあ。」
「ああ、どうも、お世話になります。」
修三は適当に返事した。
「まあこの家におったら安全やろうから、安心しいや、僕。」
「ああ、ありがとう、ございます。」
「fuck you.」
そう言うと、着物の女性は部屋を出て行った。
「何だったのあの人。」
修三は麻美乃に尋ねた。しかし、麻美乃は修三を無視して、
「私の部屋に武器あるからとってくるね。」
と、言って、部屋から出て行ってしまった。修三は麻美乃が影で魔弥乃と言われる事も仕方ないと内心思った。部屋には修三と白目がちなヤクザが取り残されたのだから。
修三はヤクザに向き直った。ヤクザは思った以上に体が細く、顔もやつれている。ヤクザはふすまの前で直立したままだった。一瞬、彼がゾンビなのでは無いかと疑念を抱いたので、声をかけて見た。
「えっと、僕はどうしたら。」
出てきた言葉はそんな間抜けな質問だ。
「坊やは客人。それは仰せつかっておりますゆえ、どうぞ客間では自由にお過ごし下さい。」
ヤクザは機械のように眈々と言う。
「あ、じゃあ、立ち話も何なので、どうぞ、遠慮なく座って下、下さい。」
「かたじけなくごぜえ。」
修三が席を進めると、ヤクザは先程まで魔弥乃が座っていた座布団の上に胡座をかいた。
「えっと、この家って麻美乃さんの家ですよね?」
修三は思っていた事を聞いた。どうも麻美乃の振る舞いが自宅にいるような様子ではなかったからだ。
「あっしは、本土の人間でしたが。」
ヤクザは切り出した。
「この島には禁忌が幾つかありましょう。」
「ええ、まあ。」
「坊ちゃんはこの島に来てまだ数ヶ月でしょうが、その事はわかっています。要は…興味本位で禁忌に触れるなと言う事です。」
どうやら修三の素姓についても向こうに判明しているようだ。
「この家の事は禁忌の一つに含まれています。死ぬか、この家に一生忠誠を誓う羽目になるか…。嫌でしたら、これ以上の詮索はよしなせ。」
釘を刺された。
「坊ちゃんはお嬢ちゃんのご学友でしょう。」
今度はヤクザが切り出した。
「ええ、まあ。」
「麻美乃お嬢ちゃんの事、よろしくお願いします。あの娘さんはこの家に味方がいないんです。多分学校に仲間もいないでしょう。」
突然の申し出である。魔弥乃の友達になれというのか。無理だ。
「姐さんはお嬢ちゃんと仲が良くありません。この家にお嬢ちゃんの味方は…誰一人。このままではお嬢ちゃんは孤立して死んでしまう。」
ヤクザは震え出した。
「えっと、まあ、わかりましたから。震えないで下さい。怖いです。」
「よろしくたのんます。」
不意に銃声が聞こえた。
「始まったか。」
ヤクザは立ち上がった。
「何?ゾンビ?」
「違います。」
突然、壁から日本刀が突き出した!刃はヤクザの背中を貫通し、ヤクザは即死した!
「えっ?えっ?」
ヤクザは何時の間にか拳銃を握っていた。銃口は修三を向いていた。
「どう言う事だ?」
そんな事を言っている間に、日本刀の突き刺さった壁が切断された!壁の向こうから出て来たのはミイラじみた末期老人!
「今宵…徳川家康…の…血を…」
老人は日本刀を構えた。修三を切り殺すつもりだ。
修三は改めて日本刀を見た。その日本刀には柄が存在せず、銘がむき出しになっていた。いや、その妖艶な刃紋は始めて見るものにも用意にその銘字を思い起こさせる。銘を見て確認する必要などなかった。
「村正…村正二刀流…これぞ最強…」
おじいちゃんは村正の二刀流使いだったのだ。つまり達人である。
「ワシは自らを武神だと自覚しておる。」
おじいちゃんは何か言い出した。
「武神、つまり、この島で最強だと言う事。それ即ち、島の支配者たる事を意味する。徳川幕府滅亡の時まで、武神たるワシは剣を振るい続ける。」
「徳川幕府ってもう、滅んでますよね。」
修三は言って見た。
「ワシの心の中では徳川幕府はまだ息づいでおる…お主の中にも…徳川滅ぶべし!」
おじいちゃんは言った。
「えーと、おじいちゃんは麻美乃ちゃんのおじいちゃんですか?」
修三は聞いた。
「おじいちゃん!」
その時だった。麻美乃がこちらに戻ってきたのだ。その腕には鉄筒のような物々しい物体、長刀、手榴弾などが抱えられていた。
「本堂!これは一体どういうことなんだ。」
「いいからこれで武装しなさい。これがこの家の禁忌、島の禁忌よ。この家は武芸者たちの集まった家なのよ。」
時を同じくして一席の高速艇が波止場に到着した。
第四譚 暴かれた墓
角園村で最も格の高いと言われる家に本堂家屋敷があった。この屋敷では日夜宴会が開かれるという。また、島の一般的な住民ではその宴に参加できない。その為、宴の内容について知る一般住民はいなかったし、知ろうとする者もいなかった。これは古くからこの島にある厳然とした決まり事だった。
今、本堂家に招かれた少年、山岡修三は眼前に繰り広げられる宴を目の当たりにしていた。即ち家人同士の殺し合いである。
「この家では弱者は生きることを許されないのよ。だから毎晩皆で殺し合って弱者を淘汰しているの。」
魔弥乃はさらりと言った。これこそがこの島での禁忌の一つ、本堂家の秘密だった。
「このヤクザは。」
修三は目の前で死んだヤクザについて聞いた。
「彼は少し見込みがあったから本土から拉致して叔母さまが教育を施したの。でもどんな人間でもとりあえず殺そうとしてしまう判断力の無い人間だったから、いつ死んでもおかしくなかったわ。」
「一応客間は不可侵だからのう。客人を殺したら面倒故。」
魔弥乃のおじいちゃんが笑いながら言った。つまり、魔弥乃がこの家を安全地帯だと言ったのは、客間を不可侵として、その周囲では手練れの剣士達が尋常ならざる殺し合いを繰り広げている故なのだ。この剣の嵐に突っ込めるゾンビなどいないと魔弥乃は踏んだのである。だが、このヤクザは言葉巧みに修三に取り入り、隙を見て殺そうとした。その為、おじいちゃんに粛清されたのだ。しかし、不可侵と言いつつも、壁を破壊して客間に入室したのはこのおじいちゃん本人である。
「剣術とは即ち殺人術。剣術を極める者は殺人を極めなくてはならぬ。本堂流剣術は殺人剣を磨くため、このような訓練をしておる。」
まさに島の閉鎖性が成せる現代の修羅場なのである。
「遅れたけど紹介するわ。このおじいちゃんは私の祖父よ。」
「本堂美濃一郎と申す。96歳じゃ。」
その時、外の庭から70代くらいの老婆が修三の方に飛んできた。
「危ないっ!!」
魔弥乃は銃弾を放った。銃弾は老婆の首に直撃した。
「一応麻酔銃よ。3日は起きられないわ。」
一方、その頃。波止場近くの高台はゾンビの集団で埋め尽くされていた。
「何だ何だ。」
「ゾンビがいるぞ。」
近隣住民達も異変に気づき始めた。ある者は興味本位でゾンビの集団に近づき、またある者はライフル銃でゾンビを狙撃したりしていた。自宅にバリケードを構築する者もいた。
「ゾンビはヤバイですね。」
サラリーマンの矢部さんは言った。隣にいるのは同僚の牧原さんだ。
「そうですなあ。では退路を確保しましょうか。」
そう言うと二人はマサカリを構え、ゾンビの列に突っ込んで行った。
「皆はやく逃げろおおおお。」
矢部さんと牧原さんのマサカリは正確無比にゾンビ達の頭部を破壊して行く。二人は島の中でも弱くは無いが強くもないレベルである。しかし、佐渡島豪次は島の中で一番腕相撲が強かった。その佐渡島豪次が死んだ事はにわかには信じられなかった。あいつが戦って負けるわけがなかった。きっと卑怯な手段で殺されたに違いなかった。
だが、二人の奮戦も虚しく、ゾンビの流れを止める事は出来なかった。二人は高台からゾンビを出さないために、坂を封鎖していたのだが、その為にゾンビ達の一部は林の中に入って行ったのだ。
「バカめ!林の中に入って生きて帰れる者が居るはずなかろう。」
案の定、爆発音や土砂の崩れる音が林の中から聞こえてくる。林の中は一歩間違えれば即死するトラップが満載なのである。
だが、二人は想定していなった。海に投げさだれて死んだ人間の死体がいた事を。その死体達10数体はゾンビ化して坂を下った波止場に漂着した。
「くたばりやがれえええ」
ふいに聞こえた叫び声に、矢部さんと牧原さんは波止場の方向を見た。そこにいたのは陸上を無理矢理に泳ぐ高速艇と、高速艇に乗ってゾンビを轢き殺そうとする中年の男だった。
「あいつは荒引ではないか。」
矢部さんは言った。
「島を追い出された奴がなぜここに。殺さねばならぬ。」
牧原さんは拳銃を構えた。
「まてっ!射程距離圏外だ。」
高速艇はスクリューでゾンビの脳天を掻き乱しながら、反動で坂を登ってゆく。その姿はまるで浜に打ち上げられた鯨がくつろぎながら超音波攻撃をしかけてきたかのような光景だった。その凄惨な光景を見ていた牧原はふと思いついた。
「そうだ、奴と協力しよう。ここは奴を使わない手は無いぞ。」
「正気か。奴は島を追放されたんだぞ。」
矢部さんは言った。
「だからこそだ。」
牧原さんは笑った。高速艇は既に坂の中腹あたりまで登ってきている。ここからなら拳銃の射程距離にギリギリ入る。
「今だっ。」
牧原の撃った弾丸がスクリューに直撃した!牧原さんは荒引博士を囮に使うつもりなのだ。だが、この場合は牧原さんの見通しが甘かった。スクリューはなんと弾丸を切り裂いたのだ。
「バイクフォーム!!」
『bike form,sir.』
荒引博士の咆哮と同時に、高速艇が変型し始めた。そう、この高速艇は高速艇であって本来高速艇ではない。コレは荒引博士の開発した可変式対応型学習機道車三式、愛称を高速使徒マレビトである。
『i am killing macine.』
だが、バイクに変型したのが一瞬の油断となった。ゾンビは変型するまで待ってくれないのだ!荒引博士はあっさりゾンビに噛まれた!
「無駄だっ!」
ゾンビが口を開くとその歯が消え去っていた。ゾンビの歯が耐えきれずに砕け散った!?続いて荒引博士がゾンビにパンチをお見舞いする。ゾンビの頭部が四散した。人間の硬度、そして腕力ではない!
「私を誰だと思っている。私はゾンビについて5年間も研究してきた人物だぞ。専門では無いがな。だが、だからこそゾンビについて一から考える機会を得たのだ。ゾンビとは何か?ゾンビとは、詰まるところ動く死体であろう。そして、ゾンビに噛まれればまたゾンビとなる…ならば噛まれても良い体にすればいい!全身をサイボーグ化すればゾンビに噛まれても大丈夫なのだ!」
ゾンビに噛まれた荒引博士の袖が引きちぎれた。そこから見えたのは、鋼鉄で出来た無骨な腕だった。
「私はサイボーグとなって人を超えた。つまり、今の私は荒引ではなくアラバキだ。」
『yes,sir.』
荒引博士が変型していく。
「そして、地上での機動力と火力を得れば最早無敵!マレビト!合体だぁ。」
『ok boy.』
バイクが荒引博士の下半身にまとわりついて行く。変型し、合体して行くのだ。
「『縄文合体!メタルアラバキ!』」
そこにいたのは鋼鉄でできた超人だった。メタルアラバキはビームを発射した。
一方、林の中に逃げ込んだゾンビ達は既に罠によって全滅していた。
だが、ゾンビ達も知るはずがなかった。林の奥ではさらに凄惨な戦いが繰り広げられていることを。
「この屋敷にいる人間は全部合わせて12人。そのうち、ヤクザが
死に、老婆が戦闘不能。残りは私たちも合わせて10人。」
魔弥乃が状況を確認する。
「減ってきたのう。また補充せねばのう。」
美濃一が平然と言った。
「残った10人は修三くんを除いて皆常連よ。」
魔弥乃は名簿ノートを床に広げ、その内二人の名前の横に×印を書き込んだ。
本堂 美濃一郎
本堂 夕乃
本堂 魔弥乃
白士剣 伝蔵
勝 譲治郎
一郎丸 藤正
お幸
お圭
お由
×お甲
×吉沢栄七
「お甲がここで気絶してるババアよ。一応使用人という体で雇ってるけど、見境のない殺戮者よ。吉沢栄七がヤクザね。」
魔弥乃が説明する。
「この中では一郎丸が厄介だのう。お圭も中々。」
美濃一が呟いた。
「この本堂夕乃っていうのは」
修三が尋ねる。
「さっきの叔母さまね。」
ふいに、正門の方で爆発音が鳴り響いた。
「何奴。」
客間から見える庭には首のないゾンビの死体が転がっていた。
「『叔父貴。アレを預かりに来たぞ。』」
聞こえて来たのは肉声と機械音声の混ざったかのような声。この世のものとは思えない声だった。
「ぬ、」
美濃一が構えた。だが、次に修三と魔弥乃が見たのは美濃一がすぐに構えを解いてしまった光景だった。美濃一の行動は孫娘の魔弥乃ですら予測出来ない。この美濃一の非戦闘体制は剣を極めた者特有の構えの無い構えという奴なのか?断じて違う!美濃一は側転しだした。
「ビームがくるぞ!」
美濃一が叫ぶと同時に、客間は光に包まれた。美濃一は老人とは思えない素早さで修三と魔弥乃を側転しながら破壊された壁の向こうへ追いやり避難させた。
瞬間的に爆音と煙が辺りに充満する。修三はわけもわからずただ状況把握に努めるが、不可能である。
「『5年前より強くなったな叔父貴。メタルアラバキの戦闘能力は叔父貴を基準に設定している筈なんだぜ。』」
煙の向こうから声が聞こえる。
「久しぶりじゃのう。二水。」
美濃一が叫ぶ。それをきっかけに煙がしだいに晴れて行き、見えたのは鋼鉄で出来たロボットだった。
「『久しぶりだなぁ義父さん。まだこんなことを続けているのか。叔父貴。』」
ロボットは喋った。不謹慎ながら修三はときめかずにはいられなかった。喋るロボットは人類の夢だからだ。
闇夜は一段と濃くなって行く。それに連れて混沌はより一段とその姿を露わにしていった。
第五譚 鬼の骨髄
ゾンビに汚染されつつある嬉々金島。その島に厳然とそびえたつ本堂家では、現在秘密の祭りが絶賛開催中だった。つまり、血と肉が飛び交う、暗黒の祭りだ。祭りの中では沢山の人が死ぬだろう。基本的に全員死ぬと考えても別におかしくはないのではないか。本堂家裏門を貼っている、本堂麻美乃の叔母、本堂夕乃もまた死の嵐の渦中に身を置いていた。
「なんや、おかしいな。」
夕乃は一人呟いた。彼女は何かに違和感を抱いていた。夕乃の目の前には老婆が佇んでいた。
「夕乃様、何がおかしゅう賜れますか。」
老婆が言った。この老婆の名はお幸。本堂家の中でも本堂夕乃に仕える二人の人間の片割れである。彼女が夕乃の前に立って護衛しているのは常の事なので、夕乃が特におかしいと思う所などない。ちなみに、もう一人の吉沢栄七は既に死んでいるが、その事を二人は知らない。
「何や、懐かしい感じがしよる。これは懐かしい。」
夕乃は彼女自身が知覚し得ない家内での異常を夕乃自身の戦闘経験と野性的感覚から読み取っていたに違いない。でなければ運命的な虫の知らせが彼女を呼んでいるのだ。
「今この家に何かおるぞ。」
夕乃は笑った。狂人の目だ。
「何か、とは?何にごさいましょうや。」
お幸が無粋に尋ねる。だが、夕乃は機嫌が良さそうに今度は微笑んだ。だが、やはり狂人の目だ。
「fuck.」
夕乃はそれだけ答えた。確実に狂っている。事実、夕乃が抱いている違和感の原因は本堂家客間にいた。人型ロボットだ。
一方、波止場のゾンビ達は既に全て殲滅されていた。波止場から坂にかけて、辺りは生々しいビーム痕と焼け焦げた肉片が残されていた。
「まさか荒引があれ程までに強くなるとは。」
牧原さんが独り言のように呟いた。
「あれは卑怯でござろう。」
矢部さんが答える。牧原さんは矢部さんを見て大きく笑った。
「生きる為に全力を出す事に、卑怯もクソも無かろう。我々とて全力だった。」
牧原さんが言う。矢部さんもまた笑った。二人の胴体に生々しいビーム痕が大きく穴を穿っていた。二人は地に崩れ倒れた。
「ならば消えゆくのみ。」
「いや、諦めるのは早いぞ。」
牧原さんは血を吐きながら言った。
「諦めるのは早い。荒引は言った。ゾンビとは死体が動いているだけだと。」
矢部さんはそれ聞いて首を横に振った。
「我らもゾンビとなって復讐するという事か。しかし、ゾンビは全て倒されてしまったぞ。」
矢部さんは言った。
「まて、奴はそしてこうも言った。ゾンビに噛まれた者がゾンビになると。つまり、ゾンビに噛まれても生きている内は人間のままなのだ。死んで始めてゾンビとなる事になろう。」
「成る程な。ならば我らは死んで奴に復讐する事を願おう。」
そう言うと、二人は最後の気力を振り絞り立ち上がった。そして、そのまま歩き始める。
「間もなく我らは死ぬだろう。だが、死んで尚我らの肉体が奴を討ち取る為に、ゾンビを増やす必要がある…高台を降れば街に出るはずだ。」
二人の妄執は地獄の炎のように周囲の住居を燃やしていた。
一方、本堂家屋敷にはロボットがいた。
「『俺は合体ロボットとなった。』」
ロボットは言った。彼の名は縄文合体メタルアラバキ。孤独の科学者、荒引博士の成れの果てである。メタルアラバキは肉声と機械音声の入り混じった独特の声で喋っていた。メタルアラバキはビームによって破壊された客間から、隣の部屋を見つめる。
「『隣の部屋に居るのは…叔父貴と、魔弥乃と……あと一人、客人か。』」
メタルアラバキは冷静に分析した。客間に客人が居るのは当然だ。
客人にあたる山岡修三はこの状況を飲み込めずにいた。目の前に居るのはロボット。自分はゾンビから逃げていたはずだった。それがどうしてこんな事に?
今更であるが、修三は全裸であった。趣味なのだ。
「何で修三くんは服を着ないの。」
修三の隣、本堂麻美乃もまた状況を飲み込めずにいた。そして混乱していた。そのためわけのわからない質問をしたのだ。
「趣味だ。」
だが、麻美乃がこの場で唯一普通の人間かと思っていた修三からの返答がこんなんだったのだ。麻美乃はさらに混乱に陥った。
「ほら俺、パンクとか好きだから。」
修三が言い訳がましく言う。
「ああ、変態だったのね。あなた。」
「そうだ。」
修三は何故か誇らしげだった。
麻美乃は発狂したかったが、発狂して暴れると多分目の前にいる自分の祖父に殺されるので平静を装った。
麻美乃の祖父にあたる、本堂美濃一は村正二刀を胸の前で交差させる体制をとっていた。
「長年剣を振るっていると、自分が新しい扉を開いたと感じる時がある。」
美濃一は、普段のボケ具合からは想像もつかない程凛々しく直立している。
「10年前がそうだ。ワシは超理性の扉を開き、自我を失った。」
おじいちゃんはなんか言い出した。
「そして5年前だ。ワシは魔界の扉を開いたと思った。おそらくその影響で世界には魔物が溢れ、文明は中世レベルまで衰退した事だろう。あれから5年。」
おじいちゃんはちょっと呆けていた。おじいちゃんの目が光だした。
「だが、まさか中世の世界にロボットがいたとは!二水よ、褒めて遣わすぞ。ロボットと戦えるとはな。くらえ究極剣術!」
おじいちゃんは目からビームを放った。いや、より正確に言うならこれは美濃一が剣術を極め過ぎたあまり開眼した新しい剣術なのだ。その新しい剣術がたまたま目からビームを出す剣術だっただけなので、これは立派な剣術の範疇であり、言ってしまえばごく普通に刀を振るう事と根本的には何も変わらない。ただ、目からビームは出る。
「『その技はメタルアラバキにプログラム済みだ。回避可能。』」
メタルアラバキは残像を残しながら空中を飛んだ。ビームはメタルアラバキの残像に当たっただけだ!
「『こっちまでこいよ叔父貴。どうせ5年前よりも空を飛べるんだろう?』」
メタルアラバキが空中で挑発する。なんて事だろう!美濃一は既に空を飛べるというのだ。人類の夢だ!
「愚か者め!高度に鍛えられた剣術は錬金術に近い進化を遂げるのだ。ガソリンを錬成してやろう。」
おじいちゃんの両手から電撃が走り、やがてガソリンが吹き出た。
「ガソリン塗れにして燃やしてくれるわあああ」
おじいちゃんは両掌を獅子が咆哮するような形で前方に突き出した。手から溢れ出すガソリンは激流となってメタルアラバキに直撃した!
「『ガソリン如き、このメタルアラバキには効かぬ!くらえ電撃!』」
メタルアラバキの右手から電撃が!瞬間、ガソリンの激流は炎の渦と化した!炎は爆炎となっておじいちゃんとメタルアラバキ、そして部屋中を飲み込んだ。
「しねええええ」
おじいちゃんは何と炎を吸収し出した。火炎が一人でに美濃一の肉体と融合した。肉体に入り切らず、飽和した炎は美濃一を包み込み、やがて炎の鎧に変型したのである。
「『若返って…ゆく……だと。』」
人間は老成して全盛期になる、と言うが、それは真に老成した人間は若返るからなのだ。炎を吸収した美濃一は20代くらいの年齢に若返った。今後、20代の若者の間では炎の鎧を身に纏う事がトレンドになるであろうとメタルアラバキは本能的に知覚した。
「終わりだ。」
美濃一は既に人の域を超えていた。彼こそは剣の道に生きて剣そのものとなった剣鬼である。
「『駄目だ…勝てない!奴は歴史に残る剣豪のレベルにまで強くなってしまったのだ!』」
絶望がメタルアラバキを包み込んだ。
「諦めんのは早いんとちゃうか。」
メタルアラバキは声の聞こえた庭を向いた。そこにいたのは本堂夕乃である。
「『夕乃。』」
メタルアラバキは気がつけばそう呟いていた。
「まさか再びあんたに会えるとはな。人生何があるかわからんな。」
夕乃もまた気がつけば呟いた。今更だが二人は夫婦の仲だった。
「『由一は…俺たちの子は元気か。』」
「奴は女になった。」
「『えっ』」
「女になった。」
夕乃は抜刀した。
「受け取れっ!村正だ!」
夕乃が抜き身の刀をメタルアラバキに投げる。メタルアラバキは高度なコンピュータの計算によって的確な角度で刀を受け取った。
「はじめからこれが欲しかったのだろう。この島の禁忌、解き放つがいい。」
夕乃は笑っていた。
「貴様、禁忌を破る気か。」
美濃一が叫んだ。夕乃はそれを見てさらに笑い声を挙げる。
「『夕乃、お前の気持ち確かに受け取った。』」
村正が輝き出した。
「『解き放たれよ。村正の禽獣よ。』」
また一方、街では生々しいビーム痕をレールとして、死の夜行列車に乗った二人の吟遊詩人は街に向かって歩いていた。つまり、さらりの矢部さんと牧原さんだ。
「おいっあれを見ろ。」
矢部さんが高台の方を指差した。既に二人は高台を降りて、市街地の道路を歩いていたが、この時、高台を見上げる事になった。
「高台が崩れる。」
凄まじい轟音、そして地響きと共に、高台が土砂崩れのように破壊されたのだ。いや、土砂は一度持ち上げらてから、地に向かって
落ちた。つまり、高台の土中にいた何かが浮上したのである。
それは鋼鉄で出来た鷹であった!
『我こそは初代村正の作り出した最強唯一の刀にして翼。名を天空秘剣ハバタキと言う。我が所有者の元に馳せ参じ、その刃となろう。』
天空秘剣ハバタキは全長10mの鷹ロボットだ。鷹ロボットは大きく飛び上がり、一度旋回してからジェット噴射で主の元へ、禁忌村正の持ち主メタルアラバキの元へと急降下した。行け!ハバタキ!
第六譚 町は危機にさらされる
本土からそれなりに離れた嬉々金島であるが、この島には県立高校が一つ存在した。しかし、県立とされ、公立高校としての体裁を一応とってはいるが、その実、この高校に通うような生徒は、この島の生徒くらいしかいなかった。全校生徒は100人弱。これでも離島に存在することを考慮するとそれなりの人数の生徒が通っている事になる。果たしてこの島では過疎化が本当に進んでいるのかと疑ってしまうほどの人数だ。まだこの島に100人も十代の人間がいたとは。
この島に住む柿内多和子もまた、この県立先負高校に通う高校一年生だった。クラスはA組。本人は一年A組であることを何となく縁起が良い文字数字だとして深く気に入っていた。
現在、多和子は島で唯一の病院にいた。病院内は田舎によくあるような木製でなく、リノリウムで出来た床にLEDライトという、全体的に純白で、それなりに清潔感のある造りだ。本当は良くわかっていないが、多和子は病院といえばリノリウムだと考えていた。
病室の扉の前に立つ。扉には2-D室と中途半端で不吉な文字が大きく書かれた上に、「雲野五郎」と書かれたプレートが貼り付けられていた。
「お邪魔します。」
病室に入ると、病院のベッドには筋肉質の青年で四肢と顔面と首に包帯を巻いた巨漢と、彼を取り囲むようにして立っているクラスメイト達が4人いた。
「お、多和ちゃんじゃん。」
そう言ったのは髪が黒髪を宝珠付きのゴムで二つ結いにした長髪の少女だ。いわゆるツインテールという奴である。
ツインテールの名は九門御所子という。いつも明るく周りに対しても元気な態度で接する、一見好感触の抱かれそうな今時のティーンエイジャーといった感じの女子高生である。
「何だか遅かったですね。」
御所子の隣、茶髪の、いかにもチャラそうな女が言った。
「ごめんねー。ちょっと居残り練習が遅れちゃって。」
多和子は釈明した。茶髪は怪訝そうな顔をする。その肌はアフリカのサバンナで日光浴をしてきたかのような黒色に染まっていた。顔面の化粧も、目の周りを中心に、まるで呪術を扱い敵部族を呪い殺そうとするアフリカの戦闘民族から学んできてそうな、白塗りと暖色系の色で描かれた禍々しい不思議な紋様である。唇や耳たぶには骨董屋にでも持っていけば高く売れそうなデザインのピアスやイヤリングが装飾されている。極め付きが背中に背負った竹槍だ。先端部は分厚い動物の皮で覆われており、さらに反対側の先端部にはファーがつけられていた。明らかにこれはコギャルメイクである。田舎の閉鎖性がコギャルメイクを絶滅させずに現存させたのだ。
「まあいいわ。」
とだけコギャルメイクの女は言った。彼女の名は石田季姫。島の中でもそこそこ金持ちの家に住む。
「まあまあ、いいじゃないの。来てくれたんだしさ。」
相変わらず怪訝な顔をする石田を、ベッド巨漢と話していたイケメン風の男が諌めた。このイケメンの名は都桐仁正。名前までかっこよ過ぎてどう読んだら良いかわからないくらいのイケメンだ。実際はそこまでイケメンではないが、本人たっての希望でイケメンキャラとして定着している。
「多和子さんでも遅れる事はあり得るんですね。少し意外と言えば意外です。」
和やかに言ったのは眼鏡を掛けたおかっぱ頭の少女。彼女は磨ヶ瀬 芽。すりがせ めばえ と読む。この土地独特の苗字であり、本土ではそんなに見ない名前だ。
「いやぁー。今度から気をつけるよ。ごめんね。」
多和子はベッドの男に謝った。
「いや、良いよ別に。」
巨漢は言った。
「それよりも俺は修造の奴が来てないのが気に食わないね。今日は皆俺の見舞いに来てくれたのにだぜ。なぜ奴だけこない。」
「私たち同じクラスなのにねー。今日は一人で早く帰っちゃったみたい。」
多和子は言った。同じクラスメイトと言っても、同じクラスなのは目の前の巨漢と、多和子自身と、修造のみである。他はB組だ。
「あいつ忘れてやがんだ。どこに行きやがった全く。」
巨漢は悔しそうに言った。この男は雲野五郎。修造の親友であり、三日前にパンクライブハウス『デズゴ』で肋骨を折られ入院した。その後、病院を通りかかったパンク人間に救急車が襲撃され、さらに重傷を負ったのである。
「何か薄情よねー。修造くんって。」
九門御所子が言った。
「馬鹿野郎っ、あいつはそんなんじゃねぇよ。」
雲野が叫んだ。
その時、病室のドアが開いた。
「死ねえええ」
マサカリを持ったサラリーマン二人が乱入してきたのだ!サラリーマンの胴体には穴が空いている。
多和子は死を目前にしたサラリーマンが発狂して無差別殺戮を開始してしまったのだと思った。ここは病院なので、死にかけの人がいてもおかしくは無かった。
「ぐああああ」
鮮血が純白のリノリウムに飛び散った。サラリーマン一体の顔面がコギャルメイク石田の竹槍反撃によって破壊されたのだ。
「死ぬのはてめえだあああ」
サラリーマン矢部さんの顔面に刺さった竹槍はそのまま貫通し、背後にいたもう一人のサラリーマン、牧原さんの顔面に突き刺さる。
「ぐああああ脱出しなければ」
矢部さんのマサカリは竹槍を切断した。 そのまま倒れこむ勢いでコギャルメイク石田は竹槍の切断面を矢部さんの心臓部に突き刺した。
「ぎゃああああ」
だがこれが命取りとなった!牧原さんは手に持っていたマサカリを破れかぶれで投擲した。マサカリは都桐の顔面に直撃した。
「逃げよう。」
「ああ。」
そう言って、竹槍によって連結した二人は死ぬ前の最後の気力を振り絞って病室を脱出した。二人が逃げた後の病室には顔面にマサカリの突き刺さって即死した都桐の死体が残された。
「うわ。」
多和子は狼狽した。
「何これヤバイんじゃないの?埋めるの?」
御所子が狼狽える。
「待って、それよりもさっきの奴らよ。一体なんなの。この病院の隣はパンクライブハウスだから、騒ぎを聞きつけたパンク人間達が暴動を起こしちゃうじゃない!」
石田は急ぎながら病室を出る。
「バリケードよ。病院にバリケードを築くの。」
その時爆発音が鳴り響いた。
「遅かったか。」
病院内にパンク人間達がなだれ込んできた!その様子は病室の窓からも見えた。パンク人間達が病院に押し入ってゆく。彼らは病院の隣に建てられたパンクライブハウス『ヘルオンド』の常連達である。後列でギターを振り回しているのは、モヒカン刈りの上半身裸のおっさんだ。
彼の事は柿内多和子もまた知っていた。彼は大人気パンクバンド、ペンペンリーフイズデッドのベーシスト、goroに違いない。全身に施されたモヒカン装飾がそれを物語っている。『ヘルオンド』は現在ナンパーワンのパンクバンド、ペンペンリーフイズデッドの活動拠点でもある。そこにgoroがいないはずが無かった。
「きゃーgoroよ。」
突如として、病院内でgoroのゲリラライブが始まったのだ。これは過激なゲリラだった。goroに続いて後方より現れたのは神輿だ。これはgoroの実家の近所にある神社から拝借してきた物だ。神輿には棘タイヤや鎖、電気網やモーターエンジンなどによって禍々しい装飾が施されている。神輿の上に
立っているのはただのパンク人間だ。彼は危険な装飾を掻い潜って勝手に神輿の上に登り、わけのわからない言葉を避けんでいた。
神輿の中から聞こえてくるのは虎の鳴き声であろうか。そういえば最近、島の動物園から動物が消失したとのニュースが報道されていた気がする。神輿を取り囲むように、槍や鋤、鍬や三叉を掲げたパンク人間達が神輿を警戒していた。
「ヤバイ。本格的なゲリラライブじゃない。」
既に入り口の方では派手な銃撃戦が始まっていた。ナース連合が小銃を放っている。次々とパンク人間達の肉体が破壊されていく。だが、パンク人間達の物量に押されつつあるのが現実だ。ナース連合は通称AK47と呼ばれる。いまや世界中で大人気のアイドル小銃、AK47からその名前を決めているのは言うまでもない。
「これ外に出れないんじゃない。」
磨ヶ瀬が絶望ながら呟いた。
戦いはどんどん激化してゆく。パンク側、神輿よりも後方のパンクライブハウス『デスオンド』の壁が爆発した。中から飛び出たのはバギーカーだ。バギーカーの上部には、玉座が取り付けられていた。玉座に座っているのは、ペンペンリーフイズデッドのベーシスト、nogchだ!nogchは華美な装飾が施された黄金の鎧を着込んでいた。nogchは玉座の上に座り、優雅に足を組んでいた。バギーカーは先程の爆発によって運転手がいない。加速しながら一直線に病院めがけて突っ込んでゆく。しかし、その前方には神輿が!神輿とバギーカーが激突!しかし、加速を続けるバギーカーは、神輿を押しながらナース連合AK47と衝突した!バギーカーは爆発炎上!神輿からは虎が飛び出し、先程まで神輿の上にいたパンク人間を喰い殺しながら病院内へと侵入した。
虎を皮切りにバリケードが完全崩壊した。パンク人間達が次々と病院内に入ってゆく。ベーシストのgoroがギターを振り回しながら周囲の人間に危害を及ぼす。ベーシストのnogchに至っては玉座に座ったまま腕を組んで思わしげに笑っている。ゲリラライブの開始だ。
一方、病院から少し歩いた場所
にある高台の林、そのさらに内部にある古い屋敷では、ロボット対炎の鎧を纏ったサムライの戦いが繰り広げられていた。
この屋敷で二人の戦いを目の当たりにしていた、山岡修造と本堂麻美乃は既に客間を出て、比較的安全な金庫に移動していた。
「さっきも客間は安全だとか言って無かったっけ。」
修造は麻美乃に言った。
「あの科学者は予想外だったのよ。」
麻美乃は言い訳した。その顔はこんな事は日常茶飯事ですわ、とでも言いたげな顔だった。
「でもこの金庫は多分大丈夫よ。この金庫には島の禁忌が封印されている。島の禁忌に触れる人間はそうはいないわ。」
そう言って麻美乃は金庫室の扉に手をかける。
「あの科学者は何者なんだよ。」
修造は当たり前の疑問を口にした。
「あいつはおそらく荒引二水衛門という、この島を追放された弱者よ。元々叔母様と夫婦で禁忌の秘密に迫ろうとしてたのそれで島を追放されたのよ。でも強くなって復讐しにきたみたいね。」
修造はこの麻美乃の発言を聞いて、島の禁忌とはどういう物なのか気になった。島の禁忌は複数ある事は知っているが、その中でも人間一人を島から追放させてしまうほどの隠された秘密とは何なのか気になった。
「あれっ無くなってる。」
麻美乃が驚きの声をあげた。修造が金庫内部を見ると、そこには確かに何も無く、禁忌と呼べそうな物も見つからない。
「どういう事だ。」
「誰かが持ち出したのよ。一体誰が。」
その時である。轟音が鳴り響き、高台の広場の方で土砂が崩れ落ちる音がした。
「まさかっ誰かが禁忌を解いたというの!?」
その時、二人が見た物は上空を飛翔する鋼鉄の鷹だった。
「禁忌が解かれたわ。」
麻美乃が何か言い出した。
「禁忌に触れようとする人間ってそんなにいないんじゃないの。」
「重大事件ね。恐らく島中の人間がこの家にくるわ。このままじゃ島民全員皆殺しよ。」
その時だ!二人の背後で誰かが歩いている音がした。
「家の人間がいるわ。とにかく隠れないと。」
「全然安全じゃ無かったね。」
修造が言うと、麻美乃は修造を無視して金庫の中に隠れた。
「早く扉閉めるわよ。」
「金庫って内側から開かないんじゃないの。」
そうこうしているうちに、林の中から男が一人飛び出した。その男は貴族風全身タイツにマントという、奇妙な出で立ちの40代後半のおっさんだった。顔面は金箔で覆われてギラついており、頭部にシャチホコをイメージしたような兜を被っている。
「彼はこの家の剣士の一人、勝譲治郎よ。あの珍妙な姿で気を緩めた人間を容赦なく殺戮する狂人よ。白士剣 伝蔵とコンビで行動してるから、今も一緒にいるはず。」
森からさらに出て来たのは抜き身の刀を掲げたゴリラだった。
「奴が白士剣伝蔵よ。動物園から拉致して来た動物を調教したらしいわ。」
「そんな馬鹿な。」
とにかく金庫にいる事がばれたらゴリラと変態に殺戮されるであろう事は目に見えていた。
第七譚 逃げ場なしの勇気
ライブハウス『デスオンド』内部は狭い室内にスポットライトが13基設置されており、照明はこれしかない。目立った飾り付けと言えば内側が灯油で満たされた水槽や小学校の人体模型、マッサージ機や落とし穴程度と簡素である。人数もせいぜい100人入りきればせいぜいといった所の小規模なライブハウスである。だが、それでもどこから湧いてくるのか、パンク人間たちは尽きる事なくライブハウスに収納され、そこから順次病院に突撃していた。
「殺せー!!」
「破壊しろー!!」
「生きて帰すなー!!人類は皆殺しよー!!」
今、モヒカン騎馬隊が病院の正門に突撃していた。病院側は戦線が崩壊して統制が取れない。しかも、モヒカン騎馬隊は何と猟銃で武装していた。まるで武田騎馬隊の中に織田信長が混じって百姓に挑むが如き歴史的絶望感が今まさに現代の離島においても展開されようとしていた。
続いて爆音!病院の駐車場から出てきたのは救急車だ!音量MAXでサイレンを鳴らしながら走行を開始した。この騒音の中でまともに活動出来るテロリストなど存在しないだろう。病院側の形成逆転か?
この様子を見守る者は多かった。主に病院の患者や見舞いに来た人々だ。しかし、病院内の窓から救急車を見た九門御所子は顔を青ざめた。救急車を運転しているのはモヒカンのパンク人間だ!救急車は病院の壁を突き破って内部に入ってきた。廊下を伝ってサイレンの音が病院内に鳴り響く。
「きゃー」
一方で、病院一階受付カウンターでは、ナンバーワンパンクバンド ペンペンリーフイズデッドのベーシストnogchとgoroがゲリラライブを強行していた。辺りには興奮したパンク人間達が暴力行為に及んでいる他に、重傷者や死体などが無作為にばら撒かれている。これはgoroがかつてペンペンリーフイズデッドが病院送りにした人間を病院内から見つけ出して並べた物だ。この行動はgoroのパンク哲学に基づいている。
「うぬらまだワシらの儀式を見尽くしていないであろう。」
goroの低音地獄ボイスが鳴り響く。重傷者達は発狂した。
「いやぁ、もう見尽くしました。もう見る所はないです。帰してください。」
全身を包帯で巻かれた男が叫んだ。男をよそに、ライブハウスのスタッフ達は禍々しい音楽機材を設置する悪趣味な行為に及んでいる。goroは叫ぶ男を無視してそこら辺にいた重傷者にギターを叩き込む。
「ぎゃああああ」
「ぎゃああああ」
goroはライターを懐から取り出した。
「このギターは特別製でな。地元の家具職人に100年の技術で作らせた名品よ。頑丈に出来ていて、中々壊れない。だからワシはこのギターを武器にしている。」
重傷者は自身の顔面に叩き込まれたギターを見た。いくら頑丈と言っても、荒々しい使用方のせいで傷だらけ、弦はあちこちに飛び出してギター中央の空洞まで絡まってしまっている。そして空洞にはダイナマイトらしき物体がガムテープで貼り付けられている。ギターの弦はダイナマイトに直結している!
「あわわわわこの改造は良くない。」
「ワシは物を大事に使わない主義でな。このギターはこうやって使うのだよ。」
goroはギターに火を放った。火は弦にまで引火し、火花を立てて燃え上がり出した。
「ふはははは命乞いをするがいい!」
パンク人間達が喜びの唸りを挙げる。既にライブは佳境だ。
そこに現れたのは顔面に竹槍が突き刺さった男二人組だった。二人は熱狂の中、走りながらそこら辺のモヒカンに噛み付いたのだ。
二人組は次々とモヒカン達に噛み付いてゆく。そのうち流石に変な奴がいる事に気づいたのか、パンク人間達が二人組を鋤や鍬で打ち始めた。
「これで万事OKですな。」
そう言って、二人組の片方、牧原さんは地に伏した。もう片方の矢部さんも笑うと地に伏して死亡した。
だが、二人組の死にも気づかぬほど、場の熱狂は高まっていた。ダイナマイトが爆発したが、誰も気づかない。ただ騒いでいるだけだ。虎が場に乱入したが、これも気づかない。パンク人間達はわけのわからない事を言いながら適当に動いているだけなのだ。そのうち二人組の死体が動き出した事にも気づかない。爆発で巻き込まれた死体達も動き出したが、誰も気にも止めない。一人、また一人とゾンビ化していく。だが、これはいつもの彼らと何も変わらなかった。
「あーうー」
「うー」
病院の病室では、コギャルメイクの石田が廊下に灯油を撒いていた。
「バリケードを築くのよ。みんな手伝って。」
灯油を撒いた上にドラム缶や机、ベッドで廊下を塞ぐ。そして、隣の病室にも灯油を撒いたり色々する。
「これでパンク人間達はここまで来れないわ。せいぜい隣の病室の明かりをつけるくらいしか出来ないわね。」
そう言っていると、廊下からパンク人間達が殺到してきたのだ。彼らはバリケードを見つけると、怒り狂い出した。
「人間どもがいやがるぞー!!わざわざ殺されるためにバリケードを築くなんてな!殺しちまえー!!」
そう言ってパンク人間は手に持っていた松明をバリケードに投げた。次の瞬間、灯油に引火した松明とともに廊下は激しく炎上したのだ。パンク人間達は炎に包まれた。
「ぎゃああああ」
「わ、わーすごい。」
炎上するパンク人間達。その様子を多和子がやや恐怖しながら喜ぶ。この女子生徒は平時に於いてはほんわかした雰囲気で場を和ませる振りをして周囲からちやほやされるのが得意だが、緊急時に於いてはとにかく保身に走り、自身の逃げ場だけは確保しようとする醜い一面を覗かせる。つまり、この女が騒いでいる間は自分達は無事であると石田は知っていた。集団行動の重要性は柿内多和子も知るところだからだ。だが、石田の仕掛けた罠はこれだけではなかったのだ。苦しい炎から逃れようとしたパンク人間達がとった行動はとりあえず火の手の回ってない病室に逃げ込む事だった。
反射的に病室の明かりをつける。その瞬間、石田の仕掛けたライトの何かの装置によって、病室は爆発した。
「やったわ。大成功よ。」
石田はガッツポーズ。
「やり過ぎだよ。」
注意するのは御所子である。御所子はバリケードを見た。炎上するパンク人間達は爆発によってうまい具合に廊下のドラム缶や机の上に載せられ、燃え上がるバリケードの一部と化している。
「そんな事を言ってる暇があったら早く脱出しましょう。」
眼鏡女子の磨ヶ瀬が言う。彼女は窓の外を見た。既に自警団のヘリがこちらに向かってきている。
「早く屋上まで行ってヘリに乗りましょう。」
石田と御所子、柿内多和子、磨ヶ瀬、そして車椅子に乗った雲野五郎は病院を出た。バリケードとは反対方向に階段がある。そこを駆け上がれば屋上まで辿り着き、自警団のヘリによって救助される。何も問題は無い。
「反対方向からパンク人間が来ないうちに早く行きましょう。」
磨ヶ瀬が注意を促す。さっきから自分は何もしてないのに、やたらと指示だけ出したがるが、この女はこれでいい。なぜならこの女は頭が良く優秀だからだ。注意喚起もまた重要な役割だ。特に頭がお花畑のクソ女と騒ぐだけ騒いで他人をこき下ろし、とにかく自分が正常な人間である事を声高に主張しようとする異常者のクソ女と、普段は筋肉に拘りやたらと暑苦しく、場の雰囲気を熱気で居心地の悪いものにするくせに、緊急時の今は全身包帯に巻かれて何の役にも立たない木偶の坊がいる中では、次の行動を適宜把握する事は何より重要だと、磨ヶ瀬自身は考えていた。石田が車椅子を押す。
今更だが、磨ヶ瀬はこの島が嫌いだった。彼女が好きなのは完璧超人、つまり石田である。石田はあれで優しく、文部両道でカリスマ性があり、実はお嬢様だ。そしてあれは都会のメイクだ。
その時だ。石田の背後で何かが壁にぶつかるような音がした。金属音だろうか。外から何か小石でも投げられたのか。石田は警戒しつつ振り返る。
石田が見た物は、フックロープの鉤だった!金属で出来た鉤がこの病室の窓に掛かっているのだ!外にいるパンク人間の仕業に違いない。先程の爆発で、この場に人間がいる事を悟られたのだ。ここは二階だ。鉤付きフックロープならば二階まで登ってくるのは用意だろう。
石田は急いで窓際まで走り、手刀でロープを切った。誰かが落下する叫び声が聞こえた。
「次々こっちにくるわ。早く行きましょう。」
石田が促し、四人は灯油を撒きながら病室を出た。次々と金属音が聞こえる。
その一方で、病院から離れた高台の方にはロボットがいた。
「『この島は古くから妖刀村正の隠れた産地だった。』」
ロボットは何か言い出した。
「『初代村正が隠棲したのがこの地だったからだ。そもそもこの島は遥か古より権力者達の別荘だった。時が移り変わり、権力者が入れ替わっても保養地としての立場は変わらなかった。京との距離がそれなりで、風土に優れ、良い金属の隠れた産出地だったからだ。この島の所有者達は代々この島が争いの場になる事を危惧し、その存在をひた隠しにして来た。これこそこの島の第一の禁忌に他ならない。』」
ロボットは饒舌に嬉々金島の歴史を語る。
「『朝廷との戦いに敗れた蝦夷がこの島まで逆走し、住み着く事さえあった。それにしても初代村正の見聞は大したものよ。自力でこの島を探し当てる事は当時としてはかなりの難行だったはずだ。逆に運のみでこの島に辿り着いたのが叔父貴の先祖だ。ただの殺戮者に過ぎなかった叔父貴の先祖達は弱かった故に故郷を追い出され、この島まで流れ着いた。そこで大殺戮を繰り返し、現在の地位を手に入れたのだ。運が悪ければすぐに死んでいたものを。この血塗られた歴史こそがこの島の第二の禁忌。』」
叔父貴と呼ばれた本堂美濃一は黙っていた。彼は剣術を極め、二十代の若さまで若返っていたが、そのオーラは老境をも超えた神のごとき凄まじさである。
「『この島の後半生は本堂家との争いの歴史だ。村正一族は本堂家を打ち倒す事を夢見て、寺内町連中と組んで最強の村正を量産したが、逆に村正を奪われた。その為、村正そのものを恐れた島民達は初代の作りし最強の村正ロボット、つまりハバタキをこの高台に封印したのだ。これこそがこの島の最後の禁忌。』」
ロボットの背後には巨大な鷹のロボットが佇んでいる。これこそが最後の禁忌、最強の村正ハバタキである。
「『私はこの家に婿養子になった時、最強足る事を目指した。その為、叔父貴の強さを基準にしたサイボーグ計画を発案した。この装甲も村正の強度を参考に作り上げている。だが、村正一族は既に滅亡していたのだ。私の開発は難航した。しかし、現在の私は米軍の兵器開発に貢献する事で技術力を得た。このメタルアラバキもハバタキとの合体を想定した機構となっている。』」
「うむ、やってみよ。」
メタルアラバキは空中に飛び上がった。そのまま背面が展開し、両腕が分離した。ハバタキもまた胸部を展開し、両脚を直角に変形させる。二体のロボットは結合した。ハバタキがメタルアラバキに潜り込んでゆき、メタルアラバキの両腕がハバタキの両脚と絡みつく。やがて、まるでマンモスのような鉄の巨人が形成された。
「縄文弥生合体!ゴッドアラハバキ!」
ゴッドアラハバキはパンチを繰り出す。美濃一はパンチを受け止めようとしたが、耐えきれずに遥か彼方へ飛んで行った。
「素晴らしい。殺しがいがあるぞ。荒引よ。」
空中を舞いながら美濃一は笑った。
屋上までは比較的安全に登る事が出来た。ヘリは既に屋上に着陸しており、ヘリからは和尚が出てきた。
「ダイアナ和尚!」
ダイアナ和尚と呼ばれた和尚は外国人だ。ダイアナ和尚は外国人でありながら仏の道を志し、日本に渡来して和尚となった人物である。島中にその名は知れ渡っており、皆から慕われていた。ちなみに鮫山和尚とは仲が悪い。
「おはよう諸君。では急いでここを出ようか。私の寺に向かおう。」
その時だ。再び爆発音が鳴り響いた。急いでここを脱出せねば。
「ぐああああ」
「ぎゃあああ」
突如としてパンク人間達の悲鳴が聞こえてくる。何かが炸裂するような研ぎ澄まされた回転音も聞こえる。何かが起こったのか。
速やかにこの場所から離れた方が良いと判断したダイアナ和尚は救助を打ち切り、すぐさまヘリを浮上させた。
「床が割るぞ。」
誰かがそんな事を言った。ダイアナ和尚はまさかそんな筈は無いと屋上の床を見る。上空から見えたのは、コンクリートが燃え上がり、破壊され、溶けてゆく光景だった。
「病院が崩れ落ちる。」
病院は一瞬にして炎上し、炎に包まれた。ほんの少し飛び立つのが遅ければあの場で自分達は死んでいただろう。しかし、次にヘリが見たものは、突如として目の前に現れた巨大なロボットだった。
「『これがゴッドアラハバキの力だ。私は鋼鉄の神となったのだ。よし、人類を滅ぼそう。』」
ゴッドアラハバキはビーム病院を放った。病院は蒸発した。
「『ふはははは。私は最強だ。』」
その時だ。クレーターとなった病院から何か電気のようなものがゴッドアラハバキに直撃した!
「『なにっ』」
その電撃は美濃一が錬成したものだった。
「貴様の弱点がわかったぞ。貴様の弱点はコンピュータが脆弱である事だ。ワシの肉体から直接ハッキングして貴様のシステムを停止させる。」
「『やめろおおおお』」
ゴッドアラハバキの一瞬の油断が命取りとなったのだ。美濃一はゴッドアラハバキのメインコンピュータへのハッキングに成功した。メインコンピュータは全てのデータが削除され、すぐさま機能が停止した。つまり、電子化した荒引博士の意識も消えてなくなったのだ。全ては一つ瞬きの内に起こった出来事だった。
第八譚 包まれた世界の結び目
嬉々金島は最早修羅の世界となっていた。島の高台は土砂が崩れ落ち、その土砂は坂に降り注ぎ、家々を破壊した。坂を下った先にある、鮫山和尚のお寺にも土砂が降り注いでいた。
「この島はもう終わりじゃ。」
鮫山和尚が念仏を唱える。ふいに、彼の背後で何かが動く音がした。
「何だ!?」
そこにいたのは、右半身を吹き飛ばされた豪次おじさんのゾンビだった。背中に幼女のゾンビを載せている!
「ぎゃああああ」
一方、病院は蒸発した。病院にいたペンペンリーフイズデッドのメンバーも、パンク人間達も、ゾンビ達も全てが一瞬にして消えてなくなった。
病院を蒸発させた張本人である縄文弥生合体ゴッドアラハバキもまた、この世から去っていた。彼はメインコンピュータを破壊され、意識が吹き飛んだ。その巨体だけが地面に横たわっている。
「所詮武器に頼るなぞ弱者の手段。真の剣士は己自身が武器となる。それは少年漫画でも証明されている。」
クレーターとなった病院の真ん中で、本堂美濃一だけが生存していた。
「島の禁忌が解き放たれてしまった。かくなる上はワシ自身が新たなる禁忌となって島に封印される他あるまい。ならばこの島の人間は全て殺してしまおう。」
美濃一の精神は魔境に足を踏み入れていた。美濃一は歩き出した。
「あーうー。」
そんな声が聞こえたのはその時だ。美濃一は振り返ったが、あたりは焦土であり、誰もいない。
「荒引か。」
美濃一は大地に横たわっているゴッドアラハバキを見た。彼は完全に死亡している。つまり、彼がゾンビとなった可能性は十分にある。
「面白い。やってみよ。」
ゴッドアラハバキが動き出した!機械の結合を停止、部品達が分離を始める。ゴッドアラハバキは、荒引二水衛門、マレビト、ハバタキに分離した。
「!」
マレビトに乗った荒引博士のゾンビは街に向かって走り出した、ハバタキもまた、大空を飛翔する。
「あーうー」
「うー」
「二手に別れたか。では私は気に入らぬ若者共を殺してしまおう。」
そういうと、美濃一もまた走り出した。
高台の本堂家では、修造と麻美乃がまだ変態達と隠れんぼしていた。
金庫の外にいるのは、ゴリラ剣士 白士剣伝蔵と、貴族風全身タイツを纏った 勝譲治郎だ。
「わんっわんっ」
勝譲治郎が吠えた。実は二人の関係は勝譲治郎が白士剣伝蔵に仕えるという形なのである。これは強さが全てである本堂家に於いてはおかしいことではなかった。
「おらあっ」
突然、勝譲治郎は何者かに殴られて死んだ。白士剣伝蔵は発狂して林の中へ駆けていった。
「ワシの名は一郎丸藤正。112歳じゃ。ワシは新参者が気に入らぬ。ワシより歳の若いものは全員殺してしまおう。そうしよう。」
一郎丸藤正は何やら一人でに呟くと、金庫を殴った。金庫に穴が空いた。
修造と麻美乃は藤正と目が合った。
「うぬらは何歳じゃ。」
「114歳です。」
とっさに二人は嘘を吐いた。
「おおおおお。ならばワシは214歳じゃあ。」
負けず嫌いの藤正老は一郎丸家の人間であり、本堂家の分家、つまり、この島で唯一の本堂家以外の本堂流の血を引く人間だった。そんな彼らは殺戮者の血を高める内に、常人の数倍の勝利願望を持つに至った。
「しねええええ。」
藤正のパンチが炸裂する。二人は咄嗟に避けるが、これは何とかパンチを避けたというよりも、狭い金庫内で追い詰められたと言った方が正しい。
「藤正おじいちゃんは理性のみで動いているほぼ死体よ。戦って勝てる相手では無いわ。」
麻美乃が説明する。
「どうすればいいんだ。」
修造が聞くと、麻美乃は待ってましたとばかりに威張った顔をした。
「歌を歌うのよ。歌はあらゆる生物に通じるわ。理性の塊である藤正おじいちゃんならば寧ろ常人よりもすんなり理解してくれる筈よ。」
「どういうことだ。」
「お経ね。」
麻美乃は読経を始めた。
「むう、もうこんな時間か。」
そういうと、藤正は勝手に座禅を組んだ。
「わかってくれたようね。」
修造はイマイチ納得がいかなかった。
その時だ。林の中から何か音がする。
「誰かくるわ。」
二人は再び金庫に隠れた。
林から出て来たのはゴリラの白士剣伝蔵、ただし、ゾンビとなった白士剣伝蔵だった。白士剣伝蔵ゾンビに続いて林から出て来たのは鮫山和尚ゾンビ、幼女ゾンビ、豪次ゾンビだ。さらに何かが出てくる。それは仏像だった。十一面観音だ。十一面観音がゾンビと化していた。
鮫山和尚のお寺に安置されていた十一面観音だ。アレもゾンビとなったのか。修造は思った。十一面観音ゾンビは十一の顔面が付いており、近付けばいっぱい噛まれそうだ。
「あれはヤバイわね。」
麻美乃は冷や汗を流した。
一方、町はハバタキゾンビが上空からビーム爆撃を行って壊滅状態だった。
「あー」
ハバタキは呻きながらビームを発射する。既に意識は無い。
荒引博士もまた、マレビトで爆走しながらビームを発射していた。
「あーうー」
そこまでだっ!!
二体のゾンビの前にヘリが立ちふさがった。それは米軍のヘリだ。
「まさか荒引博士がゾンビ化するとはな。だが知り合いだからと言って容赦は無しだ。しねぇ!」
米軍のヘリ内で何かのスイッチを押した音がする。有事の際に託されていた荒引博士の自爆スイッチだ。
「さらばだ荒引博士。」
荒引博士ゾンビは爆発した。
ハバタキはヘリに襲いかかる。しかし、ビーム爆撃程度でへこたれる米軍ヘリでは無い。米軍ヘリは荷電粒子砲を放った。ハバタキは撃墜!所詮数百年前の兵器である。
「この島の住民を皆殺しにしろ。ゾンビ化する可能性がある。ゾンビになった者は全て射殺するんだ。」
ヘリから特殊部隊AMTFの隊員達が降り立つ。
「状況開始!」
AMTFのメンバーは五人いる。長官のダグエル・シュリーマンは黒人。責任感のある皆のリーダーだ。紅一点のバジリコ・ペバーミントはヒスパニック。明るく元気なキャリアウーマンだ。しかしやる時はやる。ゲリラ戦闘担当のベトコニアン・ドイモイヤーはチーム唯一のアジア系。真面目で黙々と作業をするタイプだが、実は怒りやすく、やや凶暴な性格だ。メカニックのアイラック・オーシャンマンはイスラム教徒だ。やや個人主義的な傾向があり、チームとの軋轢を生みやすい。ゲバルトキューブリックはチームに欠かせないカリスマ性の持ち主だ。快活なイケメンで、態度もやや飄々としているが、その行動には確かな知性と確実性が伴う。喧嘩っ早いのが玉に瑕だ。キューバ出身。
五人の前に老人が立っていた。
「馬鹿な、いつの間に。」
ダグエルは狼狽した。老人はこちらを素通りした。しかし、そこには死体が残されていた。五人の死体が。
「弱い。」
美濃一は瞬間移動した。
上空ではヘリが何とかダイアナ和尚のお寺に着陸した。
「ありがとうございました。和尚。」
雲野五郎、柿内多和子、石田季姫、九門御所子、磨ヶ瀬芽はダイアナ寺に降り立った。寺内は坊主達が慌ただしく駆け回っている。
「ダイアナ和尚。ご無事でしたか。」
ダイアナ和尚に寄ってきたのはマックス函館。雲野五郎の学校の先輩だ。
「マックス函館先輩。」
雲野は驚いた。
「おや、雲野では無いか。お前も入信しないか。」
「喜んで。」
雲野は入信した。
美濃一が現れた。
「しねええええ。」
美濃一の突きが雲野の心臓を貫いた。
「本堂美濃一!」
ダイアナ和尚が驚愕する。すかさずマックス函館が手裏剣を投げた。手裏剣は美濃一の額に突き刺さる!
「バカめ、ワシはこの程度では死なない。普段から体を鍛えているからな。体を鍛えているからアカシックレコード(大宇宙の知識)ともつながる事が出来た。」
美濃一は燃え上がった。
「ワシは神になったのだ。よってこの肉体も最早不要。」
美濃一は手をかざした。全てを滅ぼそうと言うのか。
「お待ちください。この島には現在ゾンビが溢れかえっています。」
ダイアナ和尚は美濃一に語りかけた。
「ゾンビはやがてこの島を、この星を埋め尽くしてしまうでしょう。神であるあなたがこの事態を感化する事はけして無い。」
ダイアナ和尚は炎上した。一瞬で灰になった。
「ふん、ゾンビだと。」
美濃一の手から電撃が走る。手から出て来たのはダイアナ和尚のゾンビだった!
「神となった私はこんな事も出来るのだぞ。」
神となった美濃一はゾンビを作り出す事すら容易だった。これも地道な鍛錬の積み重ねである。
その時、何かを呟くような声が聞こえた。坊主達が念仏でも唱えているのだろうか。
否、磨ヶ瀬だ。磨ヶ瀬が聖書の文言を唱えながら天に祈りを捧げている。
「こうなれば私達の勝ちよ。この男は神になった。つまりこの男は唯一神様に喧嘩を売ったのよ。この世で唯一神様に勝てる人間は存在しないわ。ほら空を仰げば。」
「!」
美濃一は空を見た。何者かが高速でこちらに近づいてくる。少なくとも人間では無い。あれは、神話に出てくると言う大天使ミカエルでは無いか?
「しねええええ」
ミカエルは槍で美濃一を突いた。美濃一は血を吐いた。
「神に逆らう悪逆の悪魔めええ地獄に堕ちて永遠に苦しみ続けるがいいいい死ねええええ死いねねええええ。」
ミカエルは怒り狂いながら美濃一の突き刺さった槍を高く掲げた。美濃一は即死である。これは聖天子ミカエルの聖性によるものだった。神の力の前にはあらゆる他教の神は悪魔として扱われ無力だ。
「ほおら、ほおら、苦しいだろぉぉぉ~。辛いだろおぉぉぉ。だが許さん!神に代わって神を名乗るなぞ何たる不敬!悪魔めぇ、この世を穢す悪魔めぇ。出来るだけ苦しんで死ぬが良い。ほぉれ、ほぉぉれ。」
ミカエルは美濃一を地に叩きつけた。その衝撃で周りの人間達は吹き飛ばされた。
「ふひひひひ。楽しいのぅ。非キリスト教徒を処刑するのは楽しいのぅ。」
ミカエルは磨ヶ瀬の方を向いた。
「この者たちよ。貴様らはキリスト教徒か?」
「この坊主達は違います。」
磨ヶ瀬は即答した。
「正直でよろしい。非キリスト教徒は全て殺してお終いなさい。」
そう言うとミカエルは消えた。あとには美濃一の死体と恐怖で狂った坊主達だけが残された。
「うおおおお!キリスト教徒を殺してしまええええ。」
寺内では大暴動が起こった。
本堂家屋敷ではゾンビパニックだった。
僕ノ葬式ト彼女ノ生キルセカイ