デジャヴ

デジャヴ

 頭の中に、気持ち悪い情景が浮かんで来た。ああ、これがデジャヴなんだ。こんな経験今まで無い。


 暗い部屋……多分私の家……で、女の人がどこかから血を流して横たわってる映像。その隣にも誰かが横に倒れている。血は口から流れ出ている。近くに食器が落ちてるから、毒かなにかを盛られたんだと思う。


 勝った。
 私は嬉しかった。
 床の上に倒れている女の人。それはきっと、私の新しい母親だ。前の母と離婚してから、父親が突然連れて来た女だ。金に目がなくて、父が知らないところで自分よりも若い男と関係を持って、ソイツを父がいない間に部屋に上げる、そんな人間。同じ空気を吸っていると思うと気味が悪い。
 私はずっと無視したかったけど、この女は私を自由にさせておいてくれなかった。家事は全て私に任せっきり、学校では禁止されているのにこっそりバイトをやらせる。そんなわけで学校の成績は悪くなるし、出席日数も足りなくなってしまった。卒業に大きく関わることだし、バイトをしていることがバレたら即退学。先生に言えば少しは変わっていただろうか。いや、あの人達には何も出来ない。だから私は、必死にこのことを隠し通すしかなかった。
 父親は父親でギャンブルに明け暮れ、外れると私やあの女を殴ったり蹴ったりする。女を殴るのは許すけど、何で私までストレス発散の道具にならなきゃならないのか。
 この男にも、あの女と全く同じ念を抱いていた。憎悪だ。底なしの憎悪。デジャヴに映っていた、母親の隣に倒れていた人影もきっとコイツなんだ。夕食のみそ汁の中に入った毒を飲んで死んだのだ。そしてその毒を盛るのは、この私。
 その証拠に、私は今劇物を持っている。小瓶に入った白い粉。中身を全て混入すれば、コイツ等を葬ることが出来る。


 今日も女が面倒くさそうにみそ汁を作っている。日曜日だからだろう。彼女は休日はなかなか動かない。面倒なことは全て私任せ。でも、最近は料理を自分で作らないことを父親に指摘されて、嫌々作っている。
 不味いみそ汁。どぶ川の水を飲んだらこんな味がするのかもしれない。
 女は3人分の料理を作ると、適当に手を洗ってトイレに向かった。歩き方まで憎たらしい。
 さぁ、チャンスは今しかない。急いで席を立ち、みそ汁の入った鍋を覗き込んだ。珍妙な臭いがわき上がって来る。悪臭に耐えながら、小瓶のフタを開けて中身を全部ぶちまける。白い粉は白味噌の液体に混ざってわからなくなった。
 任務を終えて席に着くと、ちょうど女が戻って来た。早くみそ汁を盛れ、そして飲め。そうすれば、私の足首に取り付けられた重い足かせは外れる。

「待っててね、今、持っていくからね」

 耳を疑った。
 今の声は、この女の口から出たものなのか? 浮気相手に聞かせる下手な猫なで声とは違う、母親を思わせる声。彼女にこんな力があったとは夢にも思わなかった。

「お父さんね、あとで来るって。先に食べちゃいましょ」

 私は黙って皿を受け取り、目の前に並べる。母親も皿を、私と同じような配列でテーブルの上に置いた。

「さ、手をあわせて、いただきます」

 幼稚園みたいな挨拶が終わり、私たちはそれぞれのペースで食事をとり始めた。私は、当然みそ汁には手をつけない。私まで死ぬのは御免だ。死ぬなら1人で、いや、父親と2人でやってくれ。

「あら? みそ汁は飲まないの? 自信作なのに」

 微笑みながら母親が言う。しかし、目の奥は全く笑っていない。目尻の皺は濃くなっている。
 馬鹿だ、本当に。たった1日優しくしたくらいで思い通りになると思ったら大間違いだ。

「じゃあ私が先に飲んじゃうわよ? おかわりもあるのに、もったいないなぁ」

 はいはい、勝手に言っていればいい。もうおかわりを飲むことはこの先一生無いのだから。
 私は白米を口に入れた。ちょっと酷かもしれないけど、目の前の女の死に様をおかずにしようと考えたのだ。相手が私よりも馬鹿で良かった。こんなに簡単に作戦が成功してしまったのだから。
 少し啜っただけで、女は苦しそうに咳き込み、目を大きく見開いて私を睨みつけた。何か言いたかったようだが、喉が痛むのだろう、全く声が出ていない。

「ああ、おいしい」

 女の死をおかずに、白米をどんどん口に運ぶ。まるで、女に見せつけるかのように。
 とうとう力尽き、母親モドキは椅子から転倒した。口を打ったようで、ぽたぽたと血が口から垂れている。
 やった。遂に、遂に解放された! これで私は自由に……。
 そのとき、突然喉が激しく痛みだした。手で痛む箇所を押さえ、もう片方の手でテーブルの端を掴んで踏ん張る。声は苦しくて出すことが出来ない。これじゃあ目の前の女と同じ……。
 そこで漸く、あの女が私に毒を盛ったんだということに気づいた。さっき部屋から出て行ったのは、毒物を持って来るためだったのだ。そしてその毒を、私に渡す直前に料理に混入したのだ。

「こ、い、つ」

 視界がぼやける。耳が遠くなる。手足が痺れる。テーブルを掴むことが出来なくなり、私も床に転倒した。
 あのとき見たデジャヴ。あの女と、もう1人の人物が倒れている。
 その人物は父親ではなかった。……私だったんだ。

デジャヴ

デジャヴ

初めて見たデジャヴは、私が家族を殺す光景。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-20

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