月の夜,光の朝 ~君が導いてくれた『時』の物語~

月の夜,光の朝 ~君が導いてくれた『時』の物語~

読者の皆さん、こんにちは。
私の名前は、鍵錠心月です。
これは、たった一つしかない物語。
だから、私の作品にあうほんの一部の人をにだけ、私の言葉を教えます。
あなたは、泣いて生まれましたか?
私は、泣いて生まれてきました。みんなそう。
でもその時、みんな笑っているのです。
おかしいと思いませんか?
だから私は――
この答えを知るために。
私は、生まれてきた意味を知るために。
ほんのささいな、ちょっと不思議な世界の高校生活を見ていただければと思います。
私は、

今ここにいるあなたに見てもらうことが、とても幸せです。

どうか、あなたは、自分の幸福を当たり前の物にしないでください。

どうか、私の願いを聞いてください。

あなたが、ここにいてくれた軌跡。


私は、大切に、心にしまっておきます。では、作品で会いましょう。

第0章 『プロローグ』


君はいた。

闇の構築された世界で。

剣の様なものを持った少年が、何かを突き刺している。
「嫌ッ」
 私はその光景を見ると、思わずそんな声を発してしまった。
 『ヒト』が心を突き刺され、蒼い光となって空のかなたへ散らばっていく。
 その光景は、闇で覆われた世界が夜空となって、星が散らばっていくようで。
 少年は、「    」と言ったような気がして。その隙をついて『ヒト』は、銃の先端を彼に向けた。
「……ッ!」
 とっさに、それをかわそうと、身を翻す。刹那。
「やめ――」
 ――――――、意識は飛んだ。

『                            』

第一章 エイプリル【久遠の光、夢の空間へ】

一節 悲しみに暮れる心を
 
朝日が昇るとき。私は目覚めた。
 カーテンを開けると、今すぐ日が昇りそうだ。あたりの森に隠れた光がいかにも幻想的な風景と思わせる。やはり、高層マンションの景色はすごい。
 さて。
 洗面台で顔を洗い、いつものことをし、そしてまたリビングに戻る。
 キッチンに立つと、殺風景だな、と改めて思わせるほど、簡素な物だった。キッチン自体が簡素ではなく、自分が何も置かないのだ。このマンションの向かいに、コンビニがあるので、いつもそこに頼ってしまう。いけない週間だ、と思っていても、学校から帰って調理するなんて面倒だ。
 試しに冷蔵庫を開けてみると、麦茶、卵、炭酸ジュース、牛乳、等々。基本的な食品が多い。それに比べ、野菜室は潤っている。姉の夫がちょっとした富豪なので、家庭菜園でとれたものが良く届くのだ。だから、朝ごはんはほとんどサラダと牛乳。いつも通りの朝食に、久しぶりに変えてみようという私の意向で、パンとかぼちゃの煮物(隣の向井さんからもらったもらい物)を食べようと思う。が。
「簡素すぎるかな」
 と思い、冷蔵庫の中の卵を二個取る。ボウルを出し、卵を割り入れる。混ぜて、フライパンを出す。そう、卵焼きを作っているのだ。巻くところがうまくいかないのだ。何度やっても。
 でも、今日はうまくできた気がする。塩コショウを振り皿に乗っける。
 今日の朝ごはん完了。

 おいしかった。特にかぼちゃの煮つけが。向井さんにお返ししなきゃ、と思う。お世話になります。
 制服に着替える。私立聖ヴァルニアリア学院。共学で、そこそこの進学校で、自主性を重んじ、キリスト教・アリア教を取り入れている。教会と言うか礼拝堂がある。シスターさんも。制服は、胸元のリボンは、三種類あり、リボン・ネクタイ(細い紐をちょうちょ結びしたもの)そして、何もない三種類。一〇〇%女子だとしたら、五〇/五〇でリボンとネクタイ。だが、私は何もしない派だ。私しかいないと思うが。女子の制服は可愛い、と言われている。

 そして、登校。扉をガチャリと開け、閉める。
「ふわぁあ」
 あくびをする、と。
「そんなことするんだ。へぇ、男子に教えてあげよ」
 誰?隣から声がした。そんな親しみを持った人は私の中ではいないはず。
「誰?」
 漆黒の瞳が隣の人をキッと見つめる。
「一年三組、定木相良。君の後ろの席にいる奴」
「そう」
 ああ、いたような、いなかったような…。でも、こんなに活動的じゃなかった。クールで、何考えているのかわからない人。そんな印象を持ってた。
 そして背を向け、階段で降りる。自動ドアの機械的な音を聞き、マンションから出る。
 向かうは、正面にあるところだ。
カランコロン「いらっしゃいませー。」
 ほぼ同時に音を出す。
「おっ、シンゲツじゃん。」
 私と親しいような口ぶりで言う彼女は、名前を北条時路と言う。北条財閥の娘さん。多分歳は二一とか。で、なぜ彼女と知り合いかと言うと、私の姉が富豪と婚約したので、その時知り合ったというわけ。妹がいて、高校2年生と言っていたような。私は見たことないけれど、とてもいい人らしい。会ってみたい。
「朝から元気ですね。北条さん」
「まーね。元気じゃないとやっていけない職業柄だから。それにしてもすっかり常連さんだねっ。いいことだよ。とーさんも「そりゃいいことだな、はっはっはっ」って。」
 似た者同士ですね…。
「あははっ、面白いこと言うね!でも、これ役立つっしょ?朝からこんな五月蠅い奴がいて、勉強に集中できるってか」
「まあ、そこはそうですね。結構集中できたりしてます。自分でそんな大きな声で悪口言う人、初めて見ますけど」
「つまらないんだよ、世界は。だから、私自身が盛り上げてかないとつまんないだっ。勉強なったかいっ?」
 いい言葉が、言い方のせいでこれほどまで堕ちるとは…。
「夢から目が覚めた?じゃ、このコンビニにお金を貢がいいさっ」
「はいはい
 そそくさとカレーパン&豆乳(イチゴラムネ味)を購入。168円のお買い上げ。
「から揚げ…どう?」
 刑事口調で言うもんだから、
「いりません」
「えーなんで?それだけで足りるのー?私、揚げ物ねぇと物足りないよ?」
「これで足りるの。じゃ、これで。間に合わなくなる」
「そっ。じゃーねー。カレシ見つけてきな」
「え?なんか言った?」
「何でもっ。いってらっしゃーい」
「ええ。」
 カランコロン。涼やかなベルの音が心に響くよう。
「母上…父上…。」

 なぜか悲しく、聞こえたようだった。

 「おはよう」と言う声が行きかう桜並木の坂。私は友達と言う友達が一人しかいないので、静かに上ってく。
「おはよっ」
 そんな私に話す人がいる。
「千年。どうしたの?」
 潺千年。私の話し相手。これは友達と言うのだろうか。前の席で、
「心月?綺麗な名前だね!」
 と言ってくれたのが始まりだ。千年と言う名前も、なぜか古風な感じで、澄んだ名前だと思う。セセラギっていうのも、何故か綺麗。潺の川、千年の時…。とても綺麗、って空想が膨らむ。
「おはよう」
 そう返事をした。
「ね。ね、心月ってさ、好きな人いる?」
「え?いないけど。あ」
「ん?何か心当たりがあるようだね?」
 別に…。昔、小学五年生の時…。一緒に遊んでた男の子がいたけど、今は会っていない。
「ううん。昔一緒に遊んでた人がいたなーって思いだしただけだから」
「ん。そう。」
「そう言う千年はどうなの?」
 昇降口まで来ていたようなので、
「上履き、履いてからね」
 照れたように言う。千年は、女の子らしいからな。運動抜群、ショートカット。男の子みたいだけど、女の子っぽいから。
「で?」
「ううう。」
 顔を赤くして、恥ずかしそうに
「誰にも言わない?」
「ええ。」
「………定木相良」
「えっ定木?」
「声が大きい!」
 オモシロイナァッ。でも、今日の朝会った人が好きな人とは。面白いこともあるもんだね。
「はぁ――――言っちゃったよ。もー。」
 ため息をたくさんつき、席に着く。
「絶対にばらさないよ。…あ、二〇分もある」
 時計をふと見ると、八時五分を回っていた。
「ちょっとごめん。席外すね。」
「う、うん。いいけど」
 千年に手を振りかえし、屋上へ向かった。階段を上がり、Rを示した階へ。
 ガタンッ。そんな鈍い音が私の耳を刺激する。
 朝の爽やかな風。私の体は風なのか、と思う位の一体感。涼しい。
 思い出すなぁ。夢路雅麻と遊んだこと。
   ◇
「心月!早く行こうぜ!花火もう上がってる!」
「ちょっと待って!」
 夏の日の夜。花火大会に来た二人。雅麻は、私の浴衣には目もくれず、お菓子やら金魚すくいやらに夢中になっていた。着るの勇気出したのに。
「着るの勇気出したのに…」
「知ってる!」
 え?まさか私声に出してた?
「浴衣、似合ってるぜ!てゆうか、とても素敵だ。…なかなか言えなかったんだよ。紺色の髪に漆黒の瞳。俺には、とても手が届かないくらい、素敵」
 『素敵』。その言葉が心にしみた。夏の夜の爽やかなな風が吹き抜ける。
「雅麻…」
 目頭が熱くなるけど、その感情を押し殺して走り続ける。これからもこんな毎日が続くんだ、そう思うとうれしくなる。
「ほら!花火上がってる!」
「うわぁ…綺麗。とっても」
「そうだな…」
 二人、見上げる夜空は、とても輝いていた。
「なぁ」
「何、雅麻」
 笑顔で、雅麻に返答する。そんな笑顔が、雅麻はとても苦しかったのも知らずに。
「ううん。なんでもねぇよ!」
「そう?」
 それが、私達にとっても影響を与えた、軌跡だった。
   ◇

「雅麻…どこにいるの?」
 予鈴だ。教室に戻らなきゃ。


「あー終わった。ね、心月。最近できたアイス屋さんいかない?」
「いいよ。いこう」
 桜並木は、ちょうど花弁が舞っていた。きらきら光って、幻想的。坂を下って、商店街へ行く。
「心月、好きな人、誰?」
「いないって言っているでしょ」
 今日の朝の会話を蒸し返すので、何かのボケかな、と思っていた刹那―――
「小学生の時、仲良くしていた友達って?」
 雅麻の事、か。
「なんだ、そのこと。何で聞きたいの?」
「私にも、小学生の時、仲良くしていた男子がいたの」
「…」
 千年が、そんな人がいたなんて。
「その子は、どこ行ったか忘れちゃった。でも、心月の事を聞けば何かわかるかもなって」
 思わず俯いてしまう。
「雅麻。夢路雅麻って言うの。漢字は、夢に道路の路、雅に麻。それが、仲良くしていた男の子の名前」
 大きく息を吸って、海の波が引くように、ゆっくり息を整えた。
「なにもわかんないや。…あ、ちょっとごめん」
 携帯の音楽が鳴り、携帯に出る千年は、どこか浮かない顔。
 アイス屋さんは、すぐそば。
そして
「いらっしゃいませ!」
 と言う店員さんの声を聞き、店内に入り、アイスを選ぶ。
「ブドウとキャンデーパラダイスを」と私。
「オレンジフェスティバルとチョコミント」と千年。
 店員さんが分ける途中、隣で千年が「心月…」と今にも泣きそうな声で、言った。
「どうしたの?」
 店内には、人が二、三人。二階を使おうと思っていることを考えながら、千年に声をかけた。
「はい、どうぞ!ごゆっくりしていってくださいね!」
 タイミングよくアイスが出来たようで、私はそれを二つ持ち、階段を上がった。二階には誰もいなくて、貸し切りみたい。
「ここに座ろう?」
「うん…」
 千年には元気がなくて、普段とは全く違った。
「ごめんね。こんなテンションで」
「ううん。いいけど…、どうした?本当に元気ないよ?」
 いつも通りの元気、テンション、覇気がなかった。千年が、こんなに…ッ。そうだ。千年の家は。忘れていたけれど。
「偽のお父さん…、違うわ。あんな人、お父さんじゃない…!またお母さんに、暴力を振って、お母さん、怪我しちゃって…ッ…」
「うん。ゆっくりでいいから。泣いてもいいから。人、誰もいないから」
「全治一週間で、ッ…」
 目に涙をためて、それでも彼女は我慢しているようで。我慢しなくてもいいのに。
「うっ…うわぁぁあああああ!」
 涙があふれてきて、頬に何度も涙が流れる。ショートカットの髪が涙にぬれて、頬に髪がついていて。机に雫が落ちてきて、持っているティッシュを彼女に渡した。
「ごめんね」
 黙って首を振った。
「アイス食べよう?溶けちゃうから」
 千年は、数ミリ程度のうなずきを返し、スプーンを手に取った。
 大丈夫かな?
 家に帰したら、次は、千年が…そうか。そうなるかもしれない。そうなったら、私が許さない…!絶対、絶対に!そうだ。
「千年」
「……何?」
 つぶらな瞳を私にむけて、首をかしげた。
「今日は私の家で泊まる?そっちの方がいいんじゃない?」
「ちょっと待ってて」
 携帯を取り出し、番号を打つ。
「もしもし?」
 大丈夫?と言っている様子から、母に掛けているのだろうか。相槌や、頷きが多くみられる。私は、千年のあの人を見たことはないが、母だったら見たことがある。とても優しそうな人だった。笑顔が素敵な人。尊敬に値するくらい。一緒にいると、なぜか顔がほころび、微笑みを浮かべてしまうような、相手がとても心安らぐ人。
「ええ。じゃ、安静にしていてね。じゃあね」
 携帯を閉じ、私の方を見る。
「大丈夫だって。そうしなさい、って進めてたわ。ごめんね」
「いいの。千年が悲しむ顔なんて、私見たくないから」
 それは、本音だ。千年に悲しむ顔は、似合わない。母親譲りで、笑顔がとても素敵な人だから。
 幸いにも、明日は土曜日なので、休むとか関係なかった。

   四月一九日、メモリアル。

二節 あなたがそばにいたから

四月二七日土曜日
頭が痛い。
 頭痛は学校でもしたのだが、保健室に行く自体面倒だった。
 家で、お風呂に入りながら、考えていた。
 千年、大丈夫かな。一九日に泊まりに来て、少しは落ち着いたようだった。親、か。小さい頃だったので、忘れていた。
 寝間着に着替えながら、頭痛はどうしようと思った時、インターホンが鳴った。
 がちゃり。
「あら、寝る間際でごめんなさいね。」
「いいえ。早めにお風呂に入ったので。どうしましたか?向井さん」
 そう、目の前にいるのは、向井さんだった。
「あら、どう?試してみたの、お汁粉。でも、余っちゃったから、どうぞ」
 おしるこ?二〇代って若い社会人がお汁粉を作っていていたのか。
「ありがとうございます」
「じゃ、カレシできた?」
「あいにく、まだできていませんよ。向井さんはいいんですか?」
 はぁ、とため息。
「心月ちゃん、そんなの若い子に禁句の言葉よ?」
「ごめんなさい…」
「でもいいのよ。私は彼氏なんていらないから。一生独身を通すわ。男なんて、最低な下等生物よ。私はそれをよく知っているの」
 どんなことを経験していたのか。少し気になるところはあるが、まぁ、気にしない方が良いのだろう。
「じゃあ、雅麻君、帰ってくるといいね」
 私は少し会釈して、扉を閉めた。ガタン、と閉める音を聞いた瞬間、タイミングを図ったように電話の音が鳴った。
「もしもし」
『おー、心月。ちゃんとやってるかー。』
「お姉ちゃん…どうしたの?」
『暇だからかけてみようかなーって』
「そんな理由でかけてこないでよ」
 受話器の先の声の持ち主は、詔陽。ミコトノリアタル。詔って言うのは、彼女が、結婚してから苗字が違くなったから。本当は、鍵錠陽だったけれど。詔財閥は、ちょっとした富豪で、野菜とか、このマンションだって支援を回してくれる。富豪、って聞くと悪いイメージが少しあるけれど、詔家はそんなことこれっぽちもない。人のためにお金を使うのが好きな息子さんと、お姉ちゃんは結婚した。頭痛い。
『元気かい?』
「ちょっと今頭痛いかな」
『野菜が不足してんだよ。4月の末か、5月の上旬に春野菜とか届けるから』
「でも大丈夫だよ」
『最近アイツも不調らしくてねー。野菜とかふんだんにこの頃使っていると、治ってくるわけさ。ヘルシーだねーって』
 向井さんの言葉を思い出し、姉に聞いてみようと思った。
「何でお姉ちゃんは、秋さんを好きになったの?もしかしてお金目当て?」
 詔秋。それがお姉ちゃんの夫。とても仲が良いようでなにより。そういうと、少しの沈黙が起きた。
『お金目当て…それもあるかもしれないね』
 お姉ちゃんが、とても深刻そうというか、悲しく冷たい声で言った。
『だって、財閥の息子さん、って聞いて、お金目当てな人というか、お金のこと考えない…、少しでも考えない人なんているの?そう思うと、親がいなくなったから、心月に心配かけないように、ってお金をいっぱい持っている人に近寄ったのかも』
 私は、何も言えなかった。そんな声で言われたら、だれだって黙ってしまう。
『でもね。秋の事、好きなのは事実。その気持ちは、親にも負けない。だって、…今だから言うけれど、親が亡くなった時、悲しかった。でも泣かないようにこらえてた。だって、心月は絶対心配するから。優しいから。学校なんて、行きたくないくらい、嫌だった。だから、学校をさぼったんだよ』
 お姉ちゃんは、確かにあの時、泣かなかった。親のお葬式の時、私を連れて、皆のところへ、あいさつしに行った。そのとき、お姉ちゃんが私の手を握っている手は、とても温もりがあって、優しかった。でも、片方のハンカチを握りしめていた手は―――とても強く、我慢をこらえるように握っていたんだ。
『その時、秋が声をかけたんだ。それがとても嬉しかった』
 ただそれだけさ、と言うお姉ちゃんの声は震えているようで。私は目頭が熱くなった。
「お姉ちゃん…」
『健康に気を付けてね』
 いつもこうだ。お姉ちゃんは、いきなり電話を切る。それに、いやだ、と思っていた私だけれど。今日だけ。
――ありがとう。
 最後の言葉が、胸に沁みて。

 私は、外に出てみた。頭が痛いのに。道路の真ん中に立ってみたかった。分からない。でも、その行動に運命を感じた。
 キィ――ン。頭でそんな音が鳴り響く。
 意識が、無くなった。


「目、覚めた?」
 まぶたを開けると、男の子が立っていた。
「何?」
 ここは、どこ…。
「異常はないみたいだから。寝てて」
「どういうこと?」
「道路の真ん中に倒れてたんだよ」
 頭が痛かったからか…。起き上がろうとすると、キィ――ン、という音が頭に響き渡って、体が動かくなる。
「寝てろ。まだ治ってねぇんだから」
「治る?」
「風邪みたいだな」
 私は息をついて、ベッドに横たわった。
「誰?」
「相良。隣だからいいだろ」
「…ええ」
 私はまた眠りについた。そして、不思議な夢の続きを見た。

「………」
 起き上がると、少しは動くのが楽になった。頭はボーっとしているが。隣に、本が置いてあった。相良がテキトーに置いたのだろうか。しおりが挟んであったので、そこのページを開いてみる。
 瞬間、まばゆい光が、私の眼の前で解き放たれる。
 それは夢の続き                !
「ここはどこ…!」
 言った時、気が付いた。ここは夢で見た記憶に似ている。闇で構築された世界。だったら…
「いた」
 少年が剣の様なものを持って『ヒト』と戦っている。私はなぜ、宙に浮いている少年と同じ目線なのだろうか?影の様な、あの『ヒト』は何なのだろうか?心の中で、問いをたくさん見つけていたのに、答えが見つからない。
 少年がこちらに気付き、叫ぶ。
「心月!後ろ!」
 後ろ?叫ばれたコンマ数秒で、バックステップを繰り出す。
 私は、飛んでいるの?
 私は、どこにいるの?
 それは、夢の中なの?
「危な――ッ」
「ッ…」
 影の『ヒト』は、持っている武器を、剣を、私の目の前で振りかぶる。とっさに手で頭を守る。
 数秒程度たったので、手をおろすと、そこには知らない杖を持った女性がいた。
「大丈夫?」
 簡潔な言葉で、私に問うた。
「ありがとうございます…」
「礼を言われる覚えはない。自分のためにしたこと」
 また、簡潔に、無表情で、私の言葉の意見を述べた。
「ザ フューチャー トゥ ユー」
 そう呟くと、上を向けた杖の先から光に満ちた直線が闇の空を貫き、
「ヒカリ トゥ トゥエネリィー バイ スター」
 と言い、一本の直線が影に突き刺さる。その『ヒト』は、蒼き光となりて、空に舞う星の光の様に闇に消えていった。
「また、」
 彼女は、光に包まれ、いなくなった。
 誰だったのだろう。
「心月。大丈夫か」
 後ろで息を切らした定木は、私にそう、言った。
「ここはどこ」
「分からない」
「何で、この『ヒト』達は死ななきゃいけないの」
「俺にだって、分からない」
 ばっと定木に振り向く。
「とぼけないでよッ!この世界は何なの?何のために存在しているの?教えてよ!定木!」
「名前は相良でいいから」
「そんなのどうでもいい!」
 必死になって叫ぶ私を、どう見ているのかすらわからない。それほど、自分の声を世界に響かせた。
「俺にも、分からないんだよ。どうなってこの世界が構築されたのか…」
 ふざけるな。ここにいるくせに。人が死ぬ世界。ここの居場所。どこに存在しているんだ。夢じゃない。相良や、さっきの女性は、実体がある。
「だか…ッッ」
 突然声が出せない。
「やばい!プログラムが組まれてないから…」
 闇の世界での存在がかき消される刹那。
「大丈夫か!」
 相良がひたすら、私の名前を繰り返す。大丈夫だよ。だって、

――あなたがいたから。


「おはよ!心月!」
 四月二九日(月)休日。私はとある喫茶店で、千年と待ち合わせをしていた。
「ごめん、遅れて」
「いいの。それより行こう?」
 衝撃の夢から覚めて二日。まだ忘れられなくて、あまり寝れなくて寝不足。
「いらっしゃいませー!二名様でよろしいでしょうか?」
「はい、って、四葉?」
「あら、千年、久しぶり」
 千年がウェイトレスさんに反応した。
「こちらの方は?あ、ちょっと座ろうか」
 四葉さんは、席に案内してくれた。
「もうちょっとで、休憩だから、待っててくれる?」
「いいよ。心月もいい?」
「うん。いいけれど…」
 四葉さんは何故か、気のせいかもしれないけれど、あまり『関わりを持たない』方がいいと思った。
「何か頼みますか」
 四葉さんがニコッ、と微笑んだ。
 この人、

 ―――悲しいの?

「じゃ、ドリンクバー」
「私も」
 とっさにそう言ってしまった。
「はい。セルフでね」
 厨房に去ってしまった。
「千年」
「何?持ってこようか?」
 あ、アイスティー持ってきてくれる?と言った私は、心で、四葉さんが気になった。
 さっきの笑顔、とても悲しそうだった。千年と私に、何を映したのだろう。まるで、前のお姉ちゃんの声みたいな笑顔。
「はい。どうぞ」
「ありがとう。…千年」
「ん?」
 炭酸系の飲み物をを注いできた千年は、ストローを入れ、飲み始めた。
「さっきの四葉さんって?」
「ああ、四葉は小学生の時、子供会が一緒でね。よく遊んだの。翔真と一緒に」
「そうなんだ。…」
「どうしたの?」
 四葉さんって、私とか、千年とか、不幸な過去を持っているの?そう聴こうと思ったけれど、口を塞いだ。
「ううん。なんでもないよ」
 ストローを入れ、すする。少し苦い。
「そういえば、転校生来るらしいよ」
「この時期に?4月の後半に来るんだったら、始業式に来るべきじゃないの?」
「それは分からないけれど…。そんな噂が立っているのよ」
 自慢げに話す千年。
「誰から聞いたの?」
 うーん、と人差し指を顎にあてた。悩むのか。
「あ!宗谷さんから!」
 宗谷さん?クラスのリーダー格の女性。リーダーシップがあって人望も高い。でも、私はあまり好きじゃない。あんなタイプは、あまりかかわらない方がいい人だから。
「いいかしら?」
 テーブルに顔を出した人は、四葉さんだった。「ドリンクバー1つ」と言って、席に座る。
 何と言うか、四葉さんは大人な女性だ。深緑の瞳は何事も見抜いているような威圧感がある。とても同年代には見えない。
「またバイト増やしたの?」
「正直言って、お金があまりないから」
「お父さん社長さんでしょ?」
「私のお小遣いが少ないの」
 なぜか親近感がわいた。
「そう言えば、自己紹介していなかったわね。私は、凌野四葉。貴方は?」
「鍵錠心月です。心っていう字に、月」
「素敵な名前ね」
 ツーンという違和感。悲しい笑顔。
「失礼かもしれませんが、ご家族を教えてくれますか?誰がいる、だけでいいので」
 失礼なのは重々承知している。でも『悲しい笑顔』の真実が知りたい。
「…四葉…ッ」
 千年の顔色が悪い。何かがある。言った千年は、四葉さんの手によって、行動が止められた。
「千年、ごめん。ドリンク持ってきてくれる?オレンジの炭酸でいいから」
「あ、うん…」
 丁度千年のコップは、空だった。
「父と、妹二人、弟一人よ」
 隠している。そんなことはどうでもいい。
「ありがとうございます。四葉さん」
「やめてよ、さん付け。普通に四葉って呼んで。心月」
「…」

 メモリアルは、まだ続く。

 頭がボーっとしている。
 斜め後ろを向くと、相良がいて。あの夢を思い出す。
「今日は転校生を紹介します」
 先生の声で、あっと思い、千年の肩をやさしくたたく。千年は私の方を向き、ニコッと無邪気な笑顔を見せた。
「晴陽坂梓月です」
 ハルヒザカ・アズツキ。変な名前。見た目は、とてもすらっとした人。みんな、魅了された。その理由。銀髪に、灰色のかかった銀の瞳。とても神秘的なのだ。
「じゃ、席は藍色の髪の子の後ろね」
 私の後ろか。目立つな、多分。銀髪の晴陽坂に、藍色の髪の鍵錠。

エイプリルメモリアル。

第二章 メイ【動き出す運命、見つけたモノは】

一節 恋、晴れ、過去の涙

 朝日が昇ってくる。
 5月の快晴は、とても気持ち良いもの。
 身支度を済ませ、朝ごはんは昨日貰った(もらいすぎ…。向井さんも向井さんだよ、こんなくれなくていいのに)たこ焼きを食べる。
 ピーンポーン。インターホンが鳴る。立ち上がり、通話のボタンを押す。カメラには、千年が映っていた。
「はい」
『やっほー。一緒に行こう!』
「あ、えーっと、ちょっと待ってて」
 バッグを持ち、ドアを開ける。
「鍵錠さん」
「え?」
 急に話しかけられて、驚愕しながらも後ろを向くと、
「晴陽坂…さん?」
「…これ。貴女のお姉さんにあげて」
 冷酷と言うか、冷たい声で、私にビニール袋を渡した。お土産物?
「何でお姉ちゃんに?」
「このマンションを取り締まっているのは、…貴女の姉。だから」
「う、うん」
 週末には行く予定だったから、構わないけれど、何故それを知っていたのだろう。それを聞こうと思ったら、透明に消えて行ったのかと思うくらい、部屋に去っていった。

「おはよう、千年」
「おっはよー!」
「あのさ、ちょっとコンビニ寄っていい?」
 首をかしげながらも千年は「いいよー」と言ってくれた。ちょうど、北条さんが黒い車に乗せられて、降りてきた。
「よっ、シンゲツ。あら、可愛い御嬢さんも一緒じゃねーか。ずりぃな」
「男の子みたいですよ、北条さん」
「コンビニに金貢げよ。給料アップ!なんてな。そこの御嬢さん、コンビニの中ではそうか」
「は、はい」
 ゆっくりめに歩くと、コンビニの中にはもう、北条さんがいた。
「着替え早いんだねー」
「いつものことだよ。北条さんはとてつもなく凄い人だから」
 普通の人に言ってもわからない。見た目で判断しちゃいけない。本当に、神みたいだよ、あの人は。何やっても失敗しないし。
「ちょっと、北条さんと仲良くなってて」
「う、うん。分かった」
 と言い、レジの隣の椅子に座った。
 私は、ささっと買うものを決め、レジに持っていった。すると、何やら笑っている。二人、ある意味凄い。一、二分で仲良くなれるとは…。
「これ、買います」
「ありがとね。そういえば御嬢さん」
「はい?」
「名前は?」
「まだ言って無かったんですか…」
 値段をレジに打ち込んだ後、照れるように
「いやー、たまたま趣味があったというか。ね?」
「そうなのよー。(にやにや)」
 何で趣味が合ったのかは知らないが、私にとって面倒なことが趣味に合ったのが確か。それだけは分かる。千年の反応を見ていると特に。
「さっきの続きでしたよね」
 千年が話を戻す。商品をバッグに入れ、千年が座っていた隣に腰を掛ける。このコンビニは、カウンター席の様なものが置いてあって、全部で一〇席。
「私は、潺千年って言います」
「セセラギチトセ?なんか、爽やかな名前だねっ」
「よく言われます。『潺』って漢字が難しくて。千年って漢字も、センネンって読むので、そう読まれたり、漢字は『千歳』って言う漢字がよく使われちゃいます。北条さんは、お名前はなんていうんですか?」
 そりゃ大変だねぇ、とか、そうか、そうかー、と相槌を繰り返す。聞き上手な点もあるのだな~と観客気分になっていた。
「私はね、北条時路っていうの」
「トキジ?どういう字を当てはめるんですか?」
「時間の時に、路地裏とかの路。時を歩む路って、親とかは覚えてるらしいけどね」
「素敵…、時を歩む路って、何故かその先に未来が待っている、希望が待っているって思っちゃうかも。とても素敵」
「そんなにほめないでよ~照れる照れる。そういえば、シンゲツ、っていうのは、何で?」
「苗字が『鍵』とか『錠』だから、そんな閉められた心にも、月の光がありますように…だった気がする」
「幻想的だっ。親は、シンゲツのことを相当可愛がっただろうね」
 お姉ちゃんの顔が頭によぎる。あの時のお姉ちゃんに似ている。でも、気にしない方がいいか。
「千年は?」
「千年生きて。みたいな感じかな。永久に自然を忘れないで、とか」
「素敵~」
 北条さんが、からかうような言いぐさで言う。
「大丈夫かい?学校」
「やばいよ千年!」
「うん、走力問題なし!いってきます!」
「おうよ!いってらっしゃいっ」
 そんな元気の貰えるお言葉をいただき、全力で走る。ようやく着いた正門前。時計は、八時ちょうど。余裕で大丈夫だった。
「きゃぁぁああ!」
 正門前で何やら騒ぎが起きている。ほとんど女の子のメロメロ声だけれど。何やら、四人の(男子三人・女子1人)人が囲まれ、しかも道を開けるようにしているのだ。
「副会長さーん!」
 男子も。何が起きたんだ?と、その時。どん、と一人の女の子が押され、その子がある一人の男性にぶつかる。
「何やってんだよテメェ!早くどけッ」
 その子がまた、その男性によって押し倒される。でも、女の子たちがまた押す。カチン、と来た。あれは、一種のいじめではないのか?そう思うと、行動してしまう私である。我ながら、苦笑物だ。
「心月!さすがにあの人は…」
 千年は私の行動を詠んだように、注意した。でも、私はまたもや走り、その子をかばう。
「ごめんなさい、は?」
「はぁ?」
 先頭に立つその男を睨みつける。その男は、会長らしかった。
「何言ってんだよ!」
「謝りもしないの?」
「何で謝んなきゃなんねーの?そいつは俺が通る道を塞いだ奴だぞ?うっせぇよ!」
 何にも悪気はない、か。そんな言葉、聞いたことある。中学生の時。
「ダメだよ、心月!その人は学院の生徒会長、なおかつ、親は理事長だよ?そんな人にそんなことしたら…」
 千年が叫んでいる。でもそんなことは関係ない。そして、頭の中に一言がよぎる。
『――ごめんね、心月。じゃあね』
 許せない――!でも、ここは抑えなきゃ…。余計にあの子を傷つける。
「大丈夫?」
 女の子に話しかける。
「は、はい…」
「気を付けてね」
 微笑んだふりをした。そしてそのまま、学院内に入った。
「ちょっと待ってよ、心月―!」
 千年の声を聞きながら。

「運動会だね~」
 中休みに、千年が私に話しかけた。
「そうだね」
「何に出場したい?私は、障害物かな~」
「私は何も決めてない。残り物には福があるの」
 はぁ、とため息をつく千年を横目に、私は後ろを向いた。
「晴陽坂さんは、何にするの?」
 聞いてしまった。あまり晴陽坂さんは、皆と話して無いようだし、この際仲良くなるのはいいかな、と思ったりもした。
「…別に」
 冷酷な声。
「そうなんだ。…私と一緒だね」
 テキトーな返事をしてしまった。自分から話しかけたのに。
 ――久しいな、涙雨。
 頭に言葉が流れ込んでくる。しかも、その声の主は。
「晴陽坂…さん?」
 晴陽坂さんは、少しだけ眉を空に向け、目を見開く。そして何事もなかったように、また俯いてしまった。

 一時限目。予定通り、五〇m走。
 背の順になる。背丈が高い方が上、と言うものだ。私は女の割に背が高い方なので、男に紛れている感じだ。隣には、ルイセン翔真。ルイセン、とカタカナなのは、分からないから。忘れてしまった。
「ルイセン君」
「うん、お前はどうしてカタコトなんだよ。あと、俺は翔真って呼んでくれ」
「いいけど…。ルイセン君の『ルイセン』ってどうやって書くんだっけ?」
 わざと『翔真』じゃなくて、『ルイセン君』と言ってみると、翔真君は苦笑している。笑えたかな?
「心月って、わざとなんていうんだな。そんなタイプじゃないと思っていたよ。いつも真面目なタイプかと思ってたからさ。ごめんごめん」
 そんな感じに思われていたんだ。ちょっと客観的な意見に納得。
「ルイセンって言う漢字は、涙に川。覚えた?」
「へー。不思議。そういえば、翔真君って、妹さんいたよね?」
「よく知ってるな。いるよ。中学二年の妹が。てもまあ、ほとんど家にいるけど」
 家にいるんだったら、…何でだろう?まぁ、いいか。
「んじゃま、今日はよろ、な。陸上部一〇〇m記録保持者として、御前と闘うぜ」
「お手柔らかに」
 記録保持者なんて、とてもすごい。その人と走れるなんて。
 ふぅ、と息をついて後ろを見る。…。奇数だから一人余っちゃうのでは?
「先生」
「どうした、鍵錠」
「奇数人数の場合、一番後ろを三人にした方がいいのではないでしょうか」
「そうか…、相良も足が速い方だし、この列の中で一番足が速いグループ…、お前たちの中に入れさせてもらう」
「どういう意味ですか」
 足が速いで決める先生の基準に、納得がいかなかった。
「足が速い人と足が遅い人、二人がペアになったら、必ず、遅い方はモチベーションが下がる。それを配慮しての考えだ」
 はぁ。とういうか、私の権限はないんですか。足遅いですよ、普通に。
 先生は、相良を翔真の隣に呼び寄せた。と、その瞬間。
「は、速ぇ!何だアイツら!」
 集団にざわめきが起きた。千年だ。千年は足が速いので、驚異のスピードでゴールに駆けてく。でもそれ以前に、隣が問題。
「何だ?千年が追い抜かれそうなんて、見たことねぇぞ!」
 隣は…晴陽坂梓月。晴陽坂さんが、千年を追い抜こうとしている。これは世に言う、名勝負と言うヤツだ。
 とてもすごい勝負に圧倒される中、隣を見てみる。
「…千年、   」
 翔真君が、千年、と言ったのは分かったけれど、空白の部分が分からない。多分、口の動き的に、ううあ、だった。
「翔真君、なんていったの?」
「え!聞いてた?ヤバい…。俺の好きな人、初のお披露目かっ」
 千年の事、好きだって言っていたのね…。ううあ=好きだ。なるほどね。
「お互い、頑張ろうぜ」
 そうして、私達はスタート位置に立つ。先生が旗を持っている。下がったまま。スタートと同時に、旗が上がる仕組み。
「位置について」
 旗はまだ上がらない。
「用意」
 上げるタイミングを掴み、一気にエンジンをかける。
「ドン!」
 自分の思う限りのパワーを足に託し、私自身で最高のスタートを切る。
 何も、思う暇なんて…ない。
 走り抜ける。
 風となって。
 そう、風になって!
 ピッと言う、機械音が聞こえる。私はタイムを伸ばせただろうか。
「鍵錠心月、六秒七八。定木相良、六秒九七。涙川翔真、六秒七七」
 記録が声に出される。
「うっわ―!お前すげえな!」
 息を整えている間に、翔真君が私に話しかけた。
「はぁ、なんで?」
 何故かわからず、問うてみる。だってよ、と続ける。
「千年と俺が秒数同じで、その〇秒〇一差でお前だ。運がいい日にやったら、心月が一位になるかもしれないな」
 千年のタイム見たのかい。よっぽど好きなのかな。
 チャイムが鳴り、皆が教室に戻る。私は、昇降口の前で水を飲んでいた人に話しかける。
「ねぇ、翔真君」
「ん、何?」
 ちょっと深刻な声で言ってみる。
「好き、ってどんな気持ち?」
 ぶほぉぁ。音的にはこんな感じの音で、言葉で言うと、ふいた。
「な、何言ってんだよっお前は!」
 照れたように、もう一度水を口に含む。
「だって、千年のこと好きなんでしょ?」
 本日二度目のぶふぉぁ。そして顔を真っ赤にして、
「シ、シ、シ、シンゲツ君?き、君は何を言っているのかなー?」
「翔真君、思いっきり『千年』って言った後、好きだって言ってたよ?」
「何言ってくれちゃってんのーッ!」
 面白い。さっきまで、立場が全然逆だった。なのに、からかう、って初めてだったから。思わず笑ってしまう。
「ふ、ふん。覚えてみやがれ!」
 翔真君…片思いなんだ。
 不思議だね。人って。

 私も、いつか恋する時が来るのかな…。

五時限目
 運動会についての話し合い。
 千年は私に話した通り、障害物走に立候補。
「では、学年男女混同リレーにおいて…、立候補者はいませんか?」
 運動会実行委員が言う。学年男女混合リレーとは、一・二・三年生すべてが混ざり、男女関係なくリレーをする。
「今年って、生徒会ってうちのクラスだよね」
「何番が開いてるんですかー!」
 一人のクラスメイトが実行委員に質問する。
「アンカー、と聞いています。生徒会長いわく、実力が見たいとおっしゃっていたようです」
 なんであんな人柄の奴に尊敬語使ってるんだよ。
「じゃあ、これでこのクラス優勝しなかったら」
「クラス全体でいじめ…!」
「そんなんやだよー!」
 次々に愚痴がこぼれる。
「早い奴入れようぜ!」
「残っている奴で、速い奴いねぇの?」
「えっと、心月さんです。晴陽坂さんは心月さんよりタイムは遅いので」
 皆の期待の目が、私に集中する。
「いいです…けど」
 そうして、ひき受けてしまったのが、運のつきかもしれない。

   ◆◇◆◇◆

「これから、会議を始めます」
 司会が進める。その司会の目は、妙にうろついていた。会長の御機嫌取り、そう呼ぶにふさわしい。
「今回の議題は…」
「うるせぇ、早く進めろ」
 遂に、会長の悪口が勃発した。
「は、はい。えっとでは、各クラスの代表者を発表してください」
 司会が余計な部分を割いて、重要な部分を伝えた。
「一年一組さんから」
 はい、といううろたえた声で立ち上がる。
「緊張するな、皆。同じ生徒同士なのに、堅苦しいのはいただけない」
 副会長が雰囲気を壊してくれ、一年一組の実行委員は穏やかに話せた。
 一年一組、一年二組、そして。
「一年三組さん、どうぞ」
 司会も結構楽になったようで、ほっと息をついた。
「はい」
 会議室に声を全体に響かせる、透き通った声。
「三組か。しょーもねー奴だしてきやがったらぶっ殺す」
 名簿を副会長に渡す。そうして、やっと話を進めるところ、
「えっ」
 副会長が声を上げた。
「うるせぇ」
「会長、この子」
 あるところを指さす。
「ほぉ、ますます興味深いな」
「えっと、」
 話は順調。そして最後。
「学年男女混合リレーの選手は、鍵錠心月さんです」
 やっと話終った三組代表は、そのまま席に座ろうとした。
「待て」
 会長の声がかかる。その声に、三組代表の実行委員はひるむ。
「鍵錠…、なんでこうした」
「彼女は足が速いです」
「それだけか?いう事は」
「…はい」
 会長は、いきなり立ち上がり、代表を殴る。
「なっ、会長、なんてことするんだっ」
 副会長が声をあらげていう。
「よりにもよって、俺が今、一番ムカついている奴を選ぶとは、いい度胸してんな、おい!」
 代表はガタガタ震え、顔をこわばらせる。
「その鍵錠さんから、伝言があります」
 冷静を装い、会長に告げる。
「『殴るなら私を殴れ。ほかの人を傷つけるのは許せない。私を標的にしろ』」
 びくびくしながらその言葉を伝える。
「いい覚悟じゃねェか…!」
 その会議は終始、ピリピリしたムードで終わった。
つづく

月の夜,光の朝 ~君が導いてくれた『時』の物語~

月の夜,光の朝 ~君が導いてくれた『時』の物語~

高校1年生に進学した鍵錠心月。 心月は普通の生活にとても満足していた。 でも、相良と言う男子高生の自宅で、不思議な本に触れてしまって――? さまざまな過去が行き来する、ファンタジーと友達と、恋が交差する物語!

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-20

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 第0章 『プロローグ』
  2. 第一章 エイプリル【久遠の光、夢の空間へ】
  3. 二節 あなたがそばにいたから
  4. 第二章 メイ【動き出す運命、見つけたモノは】