君はいつも笑ってた

登場人物紹介

朝比奈 輝琉‐Asahina Hikaru‐
ー少年は生きるために偽りを覚えた
・6年前に街から引っ越し、再び街に戻って来た少年
・母親・春灯としょっちゅう喧嘩している
・性格は生意気で飄々としていて、マイペース
・人が困っているのを見るのが好き
・幼馴染の少女・暁羅の事が好き
・現在は母親と二人暮らし

神楽坂 暁羅‐Kagurazaka Akira‐
ー少女は生きるために孤独を選んだ
・6年前に街を出て、2年前に帰って来た少女
・持病があり、体が弱かった
・性格は正義感が強く、素直
・体を動かす事が大好き
・両親が海外で働いているため、鈴成と二人で暮らしている
・幼馴染の少年・輝琉の事が好き
・輝琉の事をいつも心配している

朝比奈 春灯‐Asahina Haruhi‐
・輝琉の母親
・街が嫌いで都心に住んでいた恋人の元に行く
・父親は輝琉が小さい頃に亡くなった
・反抗期な輝琉に手を焼いている
・ヒステリック
・自分は正しいと思い込むタイプ

神楽坂 鈴成‐Kagurazaka Suzunari‐
・暁羅の祖父母?
・性別は不明
・鈴成さんと呼ばないと怒る
・何故か花魁のような口調
・着物をいつも着ている
・暁羅の事を優しく見守っている

Prologue

輝琉と暁羅は同じ日に同じ病院で生まれた。
母親の病室が隣同士だったため、二人はすぐに仲良くなった。

「輝琉!」

「ほら、早く!」

「うん。っ…!」

「っ!暁羅!?」

暁羅は生まれた時から体が弱かった。
そのため、何回も入退院を繰り返していた。
苦そうな薬を泣きもせず、飲み、いくつもの管を刺されても暁羅は笑っていた。
辛くても、悟らせないように笑うんだ。

「暁羅、大丈夫?」

「大丈夫だよ」

皆を安心させたくて、懸命に笑うんだ。
悲しくても、寂しくても、苦しくても。

「残念ですが、暁羅ちゃんは…」

輝琉はどこかで思っていた。
暁羅はすぐによくなるって。
そしたら、自分みたいに思い存分走ったり出来るって。
けれど、知ってしまった現実はあまりにも酷だった。

「う゛っ…ひっく…」

暁羅は誰もいない病室で一人、泣いていた。
暁羅もどこかで思っていたのだ。
すぐによくなるって。
眺めてる事しか出来ない外で思いきり遊べると。
輝琉とずっと一緒にいられると。
暁羅の願いは脆くも砕けた。

「輝琉、どうしたの?」

なのに、暁羅は笑う。

「きっとよくなるからね」

「うん」

明るく振る舞う。
後になって、一人で泣いても。
そんな暁羅に声を掛けられなくて、輝琉も泣く。
でも、本人の前だと笑えた。
何でかは分からない。
けれど、それが一番いいんだと二人は信じていた。

「暁羅が…助かるんですかっ!?」

そんなある日、突如として、救いの手が現れた。

「アメリカで手術をすれば…。しかし、成功率は30パーセントです」

「さ…30パーセント…」

暁羅が生きるためには、それにかけるしかなかった。
輝琉は暁羅に言った。

「暁羅、約束しよう」

輝琉は自身の右手の小指を暁羅に差し出した。

「約束?」

「うん」

暁羅の小指がゆっくりと輝琉の小指に絡めた。

「また、会えるように」

指切り、げんまん、嘘吐いたら、針千本飲~ます。

「「指切った」」

6年越しの約束

暗くて、長いトンネルを抜けた先に幼い頃に住んでいた街がある。
6年前に引っ越した時は、もう帰れないと思っていた。
案外、あっさり帰ってこれたせいか、帰って来たと言う実感がない。
ずっと帰りたかった、流星街は昔と同じで何も変わっていないように見える。

「輝琉、聞いてるの!」

運転席に座っている母親・春灯が怒鳴り声を上げた。
ヘッドフォンをしていた輝琉の耳にまで、その声は聞こえてきた。

「…何?」

「ヘッドフォン、外しなさい!」

「はいはい」

面倒と言わんばかりに深いため息を吐くと、輝琉はヘッドフォンを首に下げた。

「高校の話よ」

「だから、言ったじゃん。寮に住むって」

ごそごそとカバンを探り、中からチューイングガムを出した。
母親の話などほとんど聞かないで、輝琉はチューイングガムを口に入れた。

「…っと言う事。大体、母さんと暮らせばいいじゃないの」

「…」

「ちょっと、輝琉!」

母親が勢いよく、クラクションを鳴らす。
輝琉は両手で耳を塞ぐと、ギロリと母親を睨んだ。

「聞いてるの!」

「ごめ~ん。全然聞いてない」

「茶化さないで!」

「キーキーうるさい」

プクっとガムを膨らましながら、輝琉が言った。

「輝琉!」

「いちいち怒鳴んないでくれる?鼓膜破れそう」

輝琉が言ったのと同時に母親が路肩に車を止めた。
シートベルトを外し、こちらを見ようとする母親より先に、輝琉はシートベルトを外し、車から降りた。

「待ちなさい!」

「そう言って待つ人、いないと思うけど?」

輝琉は少し大きめなカバンからスケボーを取り出すと、勢いをつけてスケボーに跳び乗った。

「輝琉っ!」

母親の怒号が遠くから聞こえた。

ーーーーーーー

暁羅がアメリカに行ってからすぐ、輝琉はこの街から出た。
元々この街が嫌いだった母親が都心にいる恋人に輝琉を連れ、押し掛けたのだ。

「何でガキもいるんだよ」

しかし、母親は輝琉の事を恋人に話しておらず、「バツイチとか子持ちとか面倒」っと言う理由から追い返されてしまった。
行く宛のない輝琉達は、都心を転々とした。
母親は何度も職を変えては、男を漁った。
父親がいなくなってから、母親は異常な程に男を求めた。
女手一つで子供を育てる不安から来ているものだった。

「あんたさえいなけりゃ、私は…」

酒を飲みながら、母親はごちる。
輝琉は輝琉でこんな母親が嫌だった。

「暁羅と約束、したのに…」

それでなくても、転校生は何かと目をつけられる。
特にイジメの標的に。
イジメ自体は別にどうでもよかった。
暁羅がしていたみたいに笑っていれば、大丈夫だった。

「暁羅…」

輝琉は母親から早く解放されたかった。
自由になりたかった。

「輝琉、早く片付けて」

「…」

「輝琉!」

ストレスを解消出来ずに母親はヒステリックになっていった。
一方の輝琉も母親に逆らうようになった。
元々絆のない、輝琉達家族は崩壊寸前だった。

「輝琉、流星街に戻るわよ」

そんな時に母親はあの街に戻る事を決意した。
輝琉にとってはずっと待っていたチャンスだった。

「暁羅に会える…」

6年も前の約束を今でも覚えているかは、怪しいがそれでも流星街に戻っている可能性が高い。

「暁羅、待っててね」

今まで通っていた高校に未練などない。
輝琉は学校を調べ、流星街で一番有名な私立流星学園高等部に転校する事にした。
流星学園、通称・流学は私立と言う事もあり、学生寮がある。
母親と二人暮らしを鬱陶しく思っていた輝琉は、ラッキーと口に笑みを浮かべた。

ーーーーーーー

「次は流星病院前、流星病院前」

バスのアナウンスが聞こえて、輝琉はボタンを押した。
懐かしい景色に輝琉は、やっと帰って来たのだと実感した。

「眩しっ…」

バスを降りた途端、太陽の陽が輝琉に鋭く差した。
夏真っ盛りな今、木に張り付いている蝉がやかましい。

「こんにちは~」

病院の中に入ると、小さな女の子がにっこり笑って挨拶してきた。
くまのぬいぐるみを抱えた女の子はどことなく、暁羅に似ている。

「こんにちは」

「ね、おにぃちゃんがヒカル?」

女の子が輝琉を見上げる。
首が辛そうだったので、輝琉はしゃがんだ。

「アサヒナ ヒカル?」

女の子が首を傾げる。

―可愛いなぁ…。

「そ。俺が朝比奈 輝琉」

「何で名前知ってるの?」っと輝琉が聞こうとすると、女の子は輝琉の服の袖を掴んだ。

「おねぇちゃんが待ってる。行こう」

「おねぇちゃん?」

輝琉は女の子に引っ張られるまま、後をついて行く。

「ここ」

女の子がパっと袖を離す。

「ここって…」

「じゃあ、おにぃちゃん、ばいばい」

女の子は可愛らしく手を振ると、パタパタとどこかに行ってしまった。

「…最後まで可愛いかったな」

―名前聞くの忘れた。

輝琉は女の子の背中を見送ると、目の前の病室を見た。
プレートに名前はない。
どうやら、空室のようだ。

「変わってないな」

ここは6年前まで暁羅がいた病室だ。
約束をしたのもこの場所である。
輝琉はドアに手をかける。
鍵はかかっておらず、ドアはガラガラと小さな音を立てて、開いた。

「っ…!」

眩しい光が目を襲い、輝琉は目を閉じた。

「輝琉?」

不意に声がして、輝琉はゆっくりと目を開けた。
眩しい光の中に佇んでいるのは、同い年くらいの少女。

「暁羅…」

「えへへ。6年振り」

暁羅が柔らかく笑う。
それにつられて、輝琉も笑う。

「えっと、ただいま」

「順番おかしくない?」

輝琉はくくくっと肩を揺らすと、「おかえり」っとにこやかに言った。

偽りの笑顔

「いやぁ~、びっくりしたよ。まさか、こんなに綺麗になってるとは思わなかった」

「ありがとう。輝琉もかっこいいよ?」

「そう?ありがとう」

病室を後にした二人は、病院内にある売店近くの休憩スペースに移動していた。

「…へぇ、俺よりも早く戻って来てたんだ」

「うん。術後の事もあったしね」

成功率30パーセントの手術は見事成功し、暁羅は大好きなスポーツを好きなだけやれるようになった。
子供の時の反動か、暁羅は興奮気味に話をする。
その様子が可愛くて、輝琉は相槌を打ちながら、話を聞いた。

「そう言えば、輝琉、高校はどこ行くの?」

「流学だよ」

「あ、やっぱり?あたしも流学」

「マジで!?」

―流学にしてよかった。

「そう言えば、何で暁羅、ここにいたんだ?」

「鈴成さんの付き添い。腰が痛くなったらしくって」

暁羅が手に持っていた、抹茶フロートに口をつける。
一方の輝琉はコーラについていたストローを口に加え、「鈴成さん、生きてたんだ」っと呟いた。
鈴成は、性別不明な暁羅の母方の祖父母である(どっちか聞くのはご法度)。

「生きてて悪かったね」

ぶほっ!

「す…鈴成さん」

「コーラを噴くんじゃない。汚いだろう」

振り返れば、そこには夏でも着物を着ている老人・鈴成が立っていた。

「鈴成さん、腰大丈夫?」

「あぁ、ただの腰痛だよ。あんがとよ」

鈴成は暁羅ににっこりと微笑むと、輝琉に目を向けた。

「久しいね。元気そうじゃないか、輝琉」

「鈴成さんもね」

「まぁね。元気だけが取り柄みたいなもんだからさ」

鈴成は実の孫に会うような、優しい視線で輝琉を見る。

―平和だ…。

ギスギスした毎日から早くも解放された感が輝琉を襲う。

「あんた一人で帰って来たのかい?」

「本当はそうしたかったんだけどね…」

「おや、春灯と喧嘩でもしたのかい?」

「…まぁ、そんなとこかな」

暁羅と鈴成には知られたくない。
そう思い、輝琉は咄嗟に誤魔化した。

「春灯さん、元気?」

「うん。すこぶる」

にこっと輝琉は笑う。
作り物の笑顔は嘘を吐く度にがっちり張り付いてくる。

―嘘ばっかり、上手くなる。

「そっか。会いたいなぁ」

昔から、暁は何故か母親を慕っている。
「どこがいいの?」っと小さい時に聞いてみれば、「輝琉のお母さんだから」っと返って来た。

―正直、悶えたよ。色々と。

「っと…あたしは帰らせてもらうよ。老人会の集まりがあるからね」

「鈴成さん、送ってくよ?」

「なに、あたしなら大丈夫さ。じゃあね」

鈴成は着物の裾を翻すと、病院の出入り口の方に向かって行った。
年齢も知らないが、しっかりとした足取りだ。

「元気だな…。鈴成さん」

「鈴成さんだもん」

「答えになってないけど、鈴成さんなら納得」

輝琉はコーラを飲み干すと、後ろにあるゴミ箱に投げようとした。
けれど、暁羅が輝琉を見ていたため、捨てに行った。

「よっし!じゃあ、遊び行こうかっ!」

暁羅もフロートの入っていたカップを捨てると、輝琉に言った。

「おっ!いいねぇ」

「輝琉、どっか行きたいとこある?」

暁羅が輝琉に尋ねる。
輝琉は少し考えた後、「暁羅のオススメなとこ」っと言った。

「あたしの?」

「うん。変わってないとは言え、俺遊ぶとことか分かんないし」

「そっか。分かった」

暁羅は「任せて」っと親指を立てると、輝琉の手を掴み、繋いだ。

「えっ…とぉ…?」

完全に不意をつかれ、間抜けな声を出す輝琉。

「迷子防止」

―あの、小さい子感覚で言わないでよ。

そんな輝琉にはお構いなしに、暁羅は嬉しげに繋いだ手を振っている。

「あ~…、可愛い…」

「ん?何か言った?」

「いや、何にも」

ーーーーーーー

「じゃあ、負けた方がお昼オゴリで」

ゲーセンでシューティングゲームの銃を構え、暁羅が言った。
その傍らにいる輝琉も同じく銃を構え、「面白い」っとニヤリと笑った。

「Lady GO!」

機械から開始の合図が鳴ったのと同時に、画面のあちこちあらゾンビが現れた。
結構リアルにグロいゾンビに一瞬、ビビったものの、平常心を保ち、銃を撃った。

ブシャっ!

耳にへばりつくそうな血の音。

ギャーーーーーーー!

精神を抉る断末魔。

―…完成度ヤバくない?

輝琉は傍らで銃を乱射している暁羅を見た。
怖がっているかと思えば、だいぶ楽しそうだ。

「そんな乱射して大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫」

暁羅は銃のスコープを覗き、一人のゾンビを狙う。

「こいつ倒したら、ボーナスで銃弾増えるから」

「え、何。やりこんでるの?」

「うん。楽しいから」

ドォンっ!

パッパラ~♪

ガチャンガチャンガチャン。

「やった♪」

「これ、俺負けるパタ?」

ーーーーーーー

「輝琉、ポーズどうする?」

「ん?えっと…」

「撮影を始めるよ」

「まぁ、テキトーに!」

輝琉はそう言うと、暁羅の肩を抱き寄せ、ニカッと笑う。
暁羅は赤い顔でキョドりながらも、ピース。

カシャッ!

「いきなりびっくりするじゃん!」

「ごめん、ごめん。可愛かったから、つい」

「ついじゃないっ!」

―怒っても怖くないよぉ~。

暁羅はムッと輝琉を睨む。

「撮影を始めるよ」

「輝琉」

「ん?うわぁっ…!」

ぐいっと腕を引かれ、バランスを崩す輝琉。
一方の暁羅は輝琉の顔に顔を寄せ、満面の笑顔。

カシャッ!

「…あのねぇ」

「仕返し」

「なら、俺だって」

「えっ!ちょっ…バカ!」

ーーーーーーー

「あ~、すごい顔w」

「笑いすぎっ!」

昼、シューティングゲームに負けた輝琉が約束通り、昼御飯を奢る事に。

「輝琉だって、変な顔してるじゃんかっ!」

「いやいや、暁羅には負けるから」

「嬉しくないっ!」

―いやぁ~、面白い♪

必死な顔をして、反論しようと来る暁羅が可愛くて、思わずイジメてしまう。

「…輝琉、携帯鳴ってるよ?」

また反論しかけていた暁羅が、机の上に置いてある輝琉の携帯を見て、言った。
発信者は誰か考えてなくても分かる。
一気に現実に引き戻された輝琉は、イライラしながら「ごめん、ちょっと出て来る」っと席を外した。

「…」

『輝琉!どこにいるの!』

出た途端、飛んできたのはヒステリックな母親の声。
輝琉は携帯を当てていない耳に指を突っ込んだ。
携帯を当てていた方の耳は母親の一声により、キーンと鳴っている。

「…」

『とにかく、早く帰ってきなさい!』

「…さい」

『え?』

「うっせぇよ、猿。キーキー喚くな」

ぷつり。

俺の中で何かが切れた。

「俺が何してようが、俺の勝手だろ。つか、母親面すんな。腹立つ」

『なっ…!誰があんたをここまで育てたとっ…』

「自分が不幸なのを俺のせいにして、逃げてるだけだろ。あんたは」

―俺もそうやって、生きてきたから。

人の事を偉そうに言える程、偉い人間などではない。
だけど、ぷつりと切れた理性から溢れだした思いが勝手に口から出ていく。
ぶちまけて、楽になりたい。
誰かのせいにしてしまえば、生きていけた。
それを糧に前に歩けた。
けれど、もう逃げる訳にはいかない。
本当の意味で自由になるために。

「いい加減、うんざりなんだよ」

『輝琉!』

「二度とかけてくるな」

ブツリ。

電話を一方的に切り、輝琉は笑顔を作ると暁羅の元に戻った。
暁羅はジュースを飲みながら、首から下げたロケットを見ていた。

―えっ…。

さっきまで笑っていた暁羅の面影は一切ない。
悲しげな瞳はゆらゆらと揺れていて、今にも泣きそうな顔をしていた。

「あっ…」

暁羅が輝琉の視線に気付いて、ビクリと体をびくつかせた。

「おかえり、輝琉」

にこっと暁羅が笑う。
その顔を見て、輝琉は昔の暁羅を思い出した。
無理して笑う、あの時のような悲しむ事などないはずなのに。

「ただいま」

「どうかした?」

何事もなかったかのように振る舞う暁羅に、触れられたくないのだと察し、輝琉は「何も」っと返した。

―暁羅も同じなのか。

一度張り付いた笑顔が取れなくなっているのだ。
そうする事が最善策だと、信じているから。
分かるからこそ、輝琉は何も言えなかった。

月の兎と地上の僕ら

太陽が傾き出し、辺りがうっすらとオレンジ色に染まっていく。

「あ~、楽しかった」

大きく伸びをし、暁羅が言った。

「暁羅、はしゃぎ過ぎ」

「だって、輝琉が帰って来たんだよ?はしゃがない方がおかしいって」

にこっと暁羅が嬉しそうに笑う。

―その笑顔も嘘?

フラッシュバックでよみがえた光景に輝琉は一瞬、眉をしかめた。
しかし、それは本当に一瞬で、輝琉はすぐに笑顔を作った。
素直に喜べない自分が輝琉は忌々しく思った。

「ありがとう。俺も、暁羅に会えて嬉しいよ」

嘘のない本心を言う時でさえ、偽りの笑顔が姿を現す。

「…何か、照れるね」

その笑顔を疑いもしない暁羅。
うっすらと頬を赤く染めている暁羅に輝琉の良心が抉られる。

「暁羅から言ったのに、変なの」

「…うっさい」

不貞腐れたようにそっぽを向いてしまう暁羅。
輝琉もそれに合わせて、暁羅とは反対方向に顔を向けた。

「何?すねちゃった?」

「すねてない…」

泣きそうな声色に輝琉は驚く。
慌てて、暁羅の方を見ようとしたが、輝琉の気遣いがそれを止める。

「なら、どーしたの?」

あえて、気付かないフリをする輝琉。
座っていたブランコがギィっと小さく軋む。

「輝琉が…」

「俺が?」

「かっこよくなってるから、ドキドキしただけ」

思いもしない言葉に輝琉は勢いよく、ブランコから立ち上がり、暁羅を見た。
カァーと熱を帯び始めた顔を隠す事もせずに。

「輝琉、顔真っ赤!」

あははっと笑う暁羅の頬も輝琉同様、赤い。
「一緒じゃん」っと輝琉が言えば、暁羅はもっと笑った。
輝琉もそれにつられて、大きな声で笑った。

「…帰ろうか。送ってく」

「うん」

ブランコから立ち上がった暁羅は迷う事なく、輝琉と手を繋ぐ。

「こっちだっけ?」

「そうそう」

伝わってくる暁羅の体温が心地よくて、輝琉は少し強く手を握った。
あの頃から何も変わってない。
そう思っていいのだと輝琉は自分に言い聞かせるために。

「あ、ここだよ」

暁羅の声と離れていく手の温もりに輝琉はハッと我に返る。
気付けば、そこは暁羅もとい鈴成の家の前。

―…な訳ないよね。

月日が経てば、経つ程、人は変わっていく。
それは自然の理(り)であり、抗えない理(ことわり)。
輝琉にはそれが分かっていた。
何故なら、自分がその変わり果てた一人だったからだ。

「送ってくれて、ありがとう。また明日!」

暁羅は手を振る。
屈託のない笑顔を浮かべて。
輝琉もそれに応えるように笑う。

「じゃあね」

輝琉は帰りたくもない、家に向かって歩き出した。

ーーーーーーー

ガチャリとドアを開けると、そこには山積みの段ボールがあった。
運ばれた状態のままの惨状に輝琉はため息を吐いた。
その中から輝琉は、自分の荷物の入った段ボールを抱えると、近くにあった空き部屋に移動させた。

「ふぅ…」

ドアに凭れかかり、輝琉はまた深いため息を吐いた。
真新しい部屋には、備え付けのベッドがあるだけでひどくガランとして見える。
輝琉は段ボールを床に置くと、ベッドに背中からダイブした。
ぼふっと小さな音を立て、布団に沈んでいく体。

「輝琉!帰って来てるの!」

母親の声に舌打ちし、輝琉は首に下げていたヘッドフォンを耳にした。
大音量で流れ出した音楽のおかげで母親の声は聞こえない。
輝琉は月明かりの差す窓辺に目をやった。
カーテンのない窓からは綺麗な月がよく見えた。

「月の兎はいいよね…」

ボソっと輝琉は呟いた。
月にいる兎は神様が降りて来た時、神様にあげられるモノがなく、自身の肉を差し出したとされる。
神様はそんな兎に月を与えた。
兎の優しい気持ちが神様の心を動かしたのだ。
そこまで思い出した輝琉は、まじまじと月を眺めた。

「月みたいに遠い所にいたら、よかったのに」

そうしたら、きっと嘘を吐かなくてもいい。
偽らなくてもいい。

「もう、疲れたよ…」

偽る事にも、嘘を吐く事にも。

ーーーーーーー

「鈴成さん、お先に頂きました」

「暁羅、髪は乾かしな。風邪をひくだろう」

「はーい」

暁羅は縁側に座ると、壁のコンセントにドライヤーのプラグを差した。

ぶおぉぉん…。

ドライヤーをつけ、髪を乾かしていく。
ドライヤーの音に混じって、鈴成が「さて、あたしも頂くとするか」っと言う声がした。
縁側にはドライヤーの音と風鈴の音だけが流れる。

「今日は楽しかったなぁ」

カバンを探り、暁羅は今日撮ったプリクラを取り出した。
輝琉が余裕そうに笑っている隣で、暁羅は赤い顔をして、ピースをしている。

「…でも」

何故か、暁羅は違和感を覚えた。
笑っているはずの輝琉の顔が嘘臭く見えるからだ、と気付いたのはついさっきだ。

「気のせい…だよね」

―そうであってほしいな。

暁羅はドライヤーのスイッチを切ると、手櫛で髪を直した。

「暁羅、あたしはもう寝るからね」

風呂から上がった鈴成が暁羅に言った。
カラスの行水並みに早い入浴時間だ。

「うん。おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

鈴成の足音が遠ざかるのを聞き、暁羅は夜空を見上げた。

―…綺麗。

夜空には大きな月が出ていた。

「兎、見えないかな」

暁羅は目を凝らすが、月の兎は見えない。
当然といえば、当然だが、暁羅は少しがっかりする。

「見える訳ないか…」

月の兎をある人はクレーターだと言った。
クレーターがそんな風に見えるだけで実際には、月に兎などいないと。
ましてや、餅などついていないと。
しかし、ある神話では月の兎は存在しているという。
その兎は神様にあげられるモノがなくて、自身を差し出し、神様が月に住まわせたとされている。
皆はこの話を聞くと、美談だと言う。
だけど、暁羅はそうは思わない。

「月で一人なんて、寂しいよ」

神様はよかれと思っていても、当の兎にとってはただのお節介だったかも知れない。
地上には仲間の兎がいて、月には自分しかいない。
しかも、月にいる兎からは仲間達が見えてしまう。
寂しい上に悲しい思いをするだけの月に兎はいて、幸せなのだろうか。

「一人は…寂しいよ」

暁羅は膝を抱え、顔を埋めた。
震えだす体をいなし、ギュっときつく目を瞑る。

―でも、初めから一人だったら、そんな思いもしないのかな?

「だったら、一人でいい…」

全てを拒めば、この苦しみも、悲しみも消える。
暁羅は自分に言い聞かす。

「誰も、気付かなくていい」

暁羅は願うように呟いた。

笑顔に差す影

ピンポーンっ!

ガチャ。

「おはよー、鈴成さん♪」

「おはよーさん。暁羅ならまだ寝てるよ」

「そうなんだ。じゃあ、出直そう…」

「いいよ。上がって行きな」

鈴成は輝琉に手招きをすると、家に招き入れた。
小さい頃以来の鈴成の家は、昔と変わらず、懐かしく感じた。

「あんた、朝飯は食べて来たのかい?」

「朝飯って…」

「で、食べたのかい?」

「…食べてない」

今朝、目を覚ました輝琉は母親が起きない内に家を飛び出して来た。
また説教を食らうのは御免だったからだ。
それ以前にあそこにいたくなかった。

「ちょっと待ってな」

「ん?」

輝琉が振り向くと、鈴成は台所に向かっていた。

「何、突っ立ってんのさ」

声をかけられ、輝琉は台所に向かった。

「うわぁっ…」

目の前には典型的な日本の朝御飯があった。

「俺はパン派とか言ったら、引っ叩くからね」

「あ、いや。言わないよ」

輝琉は椅子を引き、席に着くと「いただきます」っと手を合わせた。
正直、焼き魚は苦手だが、鈴成の目が厳しいため、必死で骨を取る。

「下手くそだね、あんた」

呆れ顔の鈴成に輝琉は「慣れてないからね」っと返す。

「あんた、毎朝ちゃんと食べてるのかい?」

向かいの席で、新聞を読んでいる鈴成が輝琉に尋ねる。
輝琉は味噌汁を啜った後、「朝はほとんど食べないかな」っと返した。

「ダメじゃないか。朝飯は大切なんだよ」

「分かってるよ。けど、どうしてもさ…」

「言い訳するんじゃないよ、全く」

鈴成は読んでいた新聞を閉じると、輝琉を見た。
小鉢片手に箸で納豆を混ぜていた輝琉は尋ねる。

「何?」

「あんた、朝飯はうちで食べな」

「えっ…?」

「春灯のやつは面倒臭がりだからね。朝飯なんて作らないんだろう?」

鈴成の言葉に輝琉は「うん」っと頷き、答えた。
朝御飯は大抵コンビニで買ったおにぎりやサンドイッチだ。
母親は働く事か男の事で頭がいっぱいで、御飯もろくに作らなかった。
今でもそうだが。

「…いいの?」

「悪けりゃ、こんな話しないさ」

鈴成が柔らかく笑う。
口は悪いが鈴成が優しい事を輝琉は知っている。

―…ありがとう、鈴成さん。

輝琉は「じゃあ、そうしてさせてもらうよ」っと笑って見せた。

「鈴成さん、本当に料理上手だね」

「おだてても何も出ないよ」

そう言いながら、スッとプリンを出してくる辺りが鈴成らしいなっと輝琉は小さく笑った。

「おはよう…、鈴成さん」

「あぁ、おはよーさん」

「おはよー」

「おはよう、輝琉…って、何で輝琉っ!?」

寝ぼけていた暁羅の目が輝琉を捕らえた瞬間、暁羅は輝琉を二度見した。

「朝からうるさいよ」

「ごめんなさい。…じゃなくて」

暁羅は不思議と言いたげに輝琉を見た。

―そんな驚く?

「鈴成さん、本当に呼んだの?」

「見て分かるだろう。そういう事さ」

「…そっか。了解」

暁羅は鈴成の言葉に納得したらしく、さっさと席に着いた。

「いただきます」

暁羅の朝御飯は輝琉と少し違い、納豆の小鉢が冷奴に、味噌汁の具が豆腐ではなく、油揚げになっていた。

「鈴成さん、食堂開いたら?」

「バカ言う暇あったら、とっとと食いな」

「鈴成さん、味噌汁美味しい!」

「黙って食べな!」

ーーーーーーー

朝食後、輝琉と暁羅は鈴成に頼まれ、近くのスーパーに来ていた。
夏休みという事もあり、子供がお菓子売り場を占拠している。

「暁羅、カゴ貸して」

重くなり始めたカゴを持っている暁羅に、輝琉が手を差し出す。

「ありがとう、輝琉」

輝琉はカゴを持つ代わりに、持っていたメモを暁羅に渡した。

「あのさ、二人暮らしなのに多くない?量」

「鈴成さん、買いだめするタイプの人だから」

「にしてもでしょ」

「あはは…」

暁羅が苦笑する。

「えっと、後は…」

気を取り直して、暁羅が買い物を再開しようとした。
その時。

「うわぁーーーーーーーん!」

スーパー内に響いた、子供の泣き声に二人が振り返ると、そこには小さな女の子がいた。
その女の子の頭の上には、黄色い風船が。
どうやら、風船を離してしまったらしい。

「…ハァ。しゃーないな」

輝琉はカゴを床に置くと、暁羅に「ここで待ってて」っと言って、女の子の元に走り出した。

―走ってジャンプすれば、大丈夫か。

幸いにも風船までの道のりはまっすぐだ。
輝琉は勢いをつけて走ると、思い切り床を蹴った。

「っと…」

パシッ!

トンっ…。

「はい」

輝琉が女の子に風船を差し出した途端、周りから拍手が沸いた。
見れば、輝琉を取り囲んで子供達が集まっていた。

「お兄ちゃん、かっこいい!」

「ヒーローみたい!」

さっきまでお菓子売り場にいた子供まで集まり出し、輝琉は目をパチクリさせた。

「もっかいやって!」

「ダーメ。アレ、危ないから一回しか無理」

輝琉は集まって来た子供達に「ほら、お母さんのとこに戻りな」っと言った。

「ちょっと、あなたっ!」

子供達が渋々散り始めた時、輝琉の元に一人の女性が駆けて来た。
風船を持った女の子は女性を見た途端、嬉しそうに顔を輝かせた。
どうやら、女性は女の子の母親のようだ。
女性は輝琉をキッと睨むと、「どういうつもりっ!?」っとヒステリックに声を上げた。

「この子が怪我したら、どうするのよっ!」

「あのっ!」

そこに暁羅が割って入って来た。

「関係ない人は口を挟まないで!」

「関係あります!確かにさっきのは危なかったけど、そんな怒鳴らなくてもいいじゃないですか」

「何よ、偉そうに…。大人がどんなに大変か、知りもしないガキのくせに」

女性の言葉に輝琉の眉がピクリと動く。

「大人がそんなに偉いの?」

輝琉は笑顔のまま、女性に尋ねた。
心の中で渦巻く、黒々しい感情を押し殺し、輝琉は笑顔の仮面を被る。

「子供ほっといて、仕事とか男とか優先する、あんたら大人はそんなに偉いの?立派なの?」

「あ…当たり前じゃないっ!」

「私が働かなきゃ、誰がこの子を育てるの?とかって逃げるくせに?」

「なっ…!」

女性はカァっとなると、輝琉の頬を引っ叩こうとした。
けれど、その手は暁羅によって、受け止められた。

「子供の前で暴力はダメです!」

暁羅の言葉にハッとした女性が女の子を見る。
女の子は大きな目に涙を溜め、女性を見上げていた。

「そんな事も分かんないくせに、母親面しないでくれる?」

輝琉は笑顔の下からチラリと本性を覗かせた。
笑顔など似合いもしない、殺伐としたオーラを纏った素顔を。
女性は女の子の腕を引き、その場から立ち去った。

「輝琉、大丈夫?」

「俺は慣れてるからへーき。暁羅は?」

「あたしも大丈夫」

暁羅はカゴを持ち、「さっさと終わらせようか」っと微笑んだ。

―引いてるかと思った…。

「ってか、カゴは俺が持つって!」

ーーーーーーー

買い物を終え、鈴成の家に帰ると鈴成はいなかった。

「散歩かな?」

暁羅はカバンから予備の鍵を出すと、玄関を開けた。

「また老人会とか?」

「あ、買い置き」

リビングのテーブルの上には、達筆な字で書かれた買い置きがあった。
暁羅は書き置きを見て、輝琉に「やっぱり散歩だ」っと告げた。

「輝琉、炭酸飲めるよね?」

「飲めるよ。普通に」

「じゃあ、はい」

買った物を冷蔵庫に詰めた後、縁側にいた輝琉に暁羅は缶の炭酸を渡した。

プシュっ!

缶を開けたのと同時に、暁羅が輝琉の隣に座った。

「…」

「何?」

「いや、髪綺麗だなぁって」

輝琉は暁羅の髪に手を伸ばし、撫でた。
暁羅はビクリと体を揺らすと、顔を赤らめた。
初々しい、暁羅の反応に輝琉は内心ドキリとする。

「ねぇ」

「な、何?」

「いじっていい?髪」

「汗、かいてるよ?」

「いいから」

輝琉は暁羅の後ろに回ると、髪をいじりだした。

「…何か、慣れてない?」

「俺、器用だから」

輝琉は自信満々に答えた。
暁羅は「そっか」っと納得したように、振り向きかけていた顔を元の位置に戻した。
手櫛で髪をとき、束ね、ねじる。
暁羅からはもちろん見えないため、暁羅は妙に緊張していた。

「はいはい、動かない」

「くすぐったい…」

「我慢してね~」

「う゛~…」

それから、数分後。

「可愛い~!」

「モデルがいいからね」

暁羅は鏡に映っている自分を見て、嬉しそうに笑う。
少し離れた所から、その様子を見ていた輝琉は「ナイス、自分」っと呟いた。

―ヤバイ、本気で可愛い。

「すごいねっ!輝琉って」

子供のようなにはしゃぐ暁羅に輝琉は心の中で悶え始めた。
片手で口を押さえ、必死で表情を隠す。

「か、髪長いんだし、アレンジしない方がもったいないよ?」

「…そう、だよね」

不意にさっきまでの勢いが全くない声がして、輝琉は暁羅の方を見た。
そこには、寂しげな背中の暁羅がいた。
顔は鏡の方を見ているため、どんな表情をしているかは分からない。
輝琉はその背中に吸い寄せられるように、暁羅に近付いた。

ギュッ…。

暁羅が輝琉の腕の中で小さく震えた。
輝琉は暁羅の耳元に口を寄せ、「動くなよ」っと囁いた。

「大丈夫、だから」

「…輝琉」

「何があったとかは聞かないから」

「…ありがとう」

暁羅は輝琉の回された腕に震える手を添えた。

―俺が、守るから。

輝琉は暁羅の首元に顔をうずめ、密かに誓うのだった。

禍福は糾える縄の如く

家に帰ると、輝琉は酷い喪失感を感じた。
幸いな事に母親はいない。
仕事なのか、それとも男なのかはこの際、考えない事にした。

―…暁羅、大丈夫かな。

頭の中は暁羅の事でいっぱいだった。
あの後、鈴成が帰って来ると暁羅は平然と笑っていた。
何もなかったみたいに、屈託のない笑顔を。
輝琉はその笑顔を見る度に、暁羅の周りだけ時間が止まったように思えた。
あの笑顔だけは昔から、何も変わっていない。

―何で、あんな寂しそうに笑うんだろう。

鈴成みたいないい人と一緒で、大好きな両親もいる。
輝琉からすれば、暁羅が悲しむ理由が分からなかった。

~♪~♪

不意に携帯が震えだして、輝琉はびくりと体をびくつかせた。
母親とは違う、着信音にびっくりしつつ、携帯のディスプレイを見れば、そこには【鈴成さん】の名前が表示されていた。

「鈴成さん?」

『あぁ、あたしだよ』

「どうしたの?鈴成さん、電話嫌いじゃなかったっけ?」

『嫌いだよ。だから、早く本題に入りたいんだけどね』

心なしか、鈴成はいら立っているみたいだ。

「…暁羅の事?」

『相変わらず、察しがいいねぇ。あんたは』

鈴成が苦笑いする。
察しがいいせいで輝琉が苦労している事を鈴成は知っているかのように。

―鈴成さんには負けるけどね。

『あんた、あの子に何かしたのかい?』

「髪、いじったくらいしかしてないけど…」

『髪…ねぇ。あんた、あの子が髪伸ばしてる理由、聞いたかい?』

「いや」

輝琉は短く返した。
何か、嫌な予感がする。
聞かない方がいいっと輝琉の中でストップがかかる。

―ビビるなよ。

輝琉は自分にそう言い聞かせ、鈴成の声に耳を傾けた。

『あの子の両親は海外にいるってのは、実は嘘なんだ』

「えっ…」

嫌な汗が背中を伝う。

『あの子の両親は、五年前に亡くなってるんだよ。交通事故で』

鈴成の凛とした声が輝琉の中で響く。
こんな時でも堂々と口を濁さない辺りが鈴成らしい。
そんな事を輝琉は頭の中で思っていた。
頭はひどく真っ白だ。
びっくりする訳でもなく、悲しい訳でもなく、ただ現実を受けとめられるように全てを無へと化していく。
輝琉の感情は無の中へと消え入った。

『あの子がアメリカに行って、手術が成功して、一ヶ月後の事だった』

鈴成は静かに語り始めた。

ーーーーーーーーー

暁羅達がアメリカに渡って、一年後。
待ちに待った手術は無事に成功し、暁羅達はアメリカで新たな生活を始めていた矢先の事だった。
暁羅の両親はその日、仕事で帰りが遅くなるはずだった。
しかし、家で一人きりの暁羅が可哀想だと両親は早目に家路につこうとした。
大雨の降る中、両親は車を走らせた。
すると、家から一本の電話が。
相手は隣の家のおばさんからだった。

『暁羅ちゃんがいないのよ』

二人は凍りつき、車のスピードを上げた。
次の瞬間、目の前に小さな何かが飛び出して来た。
車を運転していた父親は慌てて、ハンドルを切った。
その小さな何かは黄色いレインコートを着た、少女だった。
両親にはその少女が暁羅に見えた。
だから、咄嗟に体が動いたのだ。
が、ハンドルを切ったせいで車はスリップし、ガードレールを突き破って、海へと落ちた。
それから、まもなくして、暁羅は見つかった。
家のクローゼットの中から。
暁羅は友達とかくれんぼをしている最中に眠くなり、クローゼットの中で眠っていたそうだ。

「暁羅ちゃん!」

そして、暁羅は両親が亡くなった事を知った。
あまりの事実に幼かった暁羅は理解出来なかった。
そんな暁羅を哀れに思った、おばさんはつい嘘を吐いてしまった。

「暁羅ちゃんがいい子にしてたら、両親は帰って来るわ」

暁羅はその言葉を信じた。
葬儀を行った後、暁羅はおばさんに連れられ、日本に帰って来た。
鈴成はおばさんからその事実を聞き、激怒した。
真実を知った時、どれ程暁羅が傷付くか、鈴成には目に見えていた。
元々、我慢強い暁羅の事だ。
今だって、寂しいはずなのに泣き言一つ言わない。
必死でいい子でいようとしている。
あまりに残酷すぎる現実に鈴成は言葉を失った。

「鈴成さん、ただいま」

あの日から、暁羅はよく笑うようになった。
泣きたい気持ちを隠すように。
本心を悟らせないように。
それを分かっていた、鈴成の心は痛んだ。
何もしてやれない自分がひどく情けなかった。

「どうかした?」

「いや、どうもしないさ」

だから、鈴成も本心を隠した。
せめて、暁羅が傷付かないように鈴成は暁羅の家族でい続けようと。
そして、もう二度と暁羅を傷付けさせないと。

ーーーーーーーーー

懐かしい夢を見た。
暁羅は目尻に溜まった涙を拭い、ベッドから起き上がった。
いつの間にか、寝ていたらしい。

「鈴成さん、ごめん。寝て…」

居間に出ると鈴成の声がした。
どうやら、電話をしているようだ。

―鈴成さんが…電話?

珍しいと思った暁羅は部屋に引き返そうとした。

「…亡くなったんだ。交通事故で」

鈴成の言葉に暁羅は足を止めた。

―亡くな…った?

ドクリ、ドクリ…。

心臓がうるさい。
暁羅は胸を押さえ、その場に崩れ落ちた。
ハァハァと呼吸が荒くなり、上手く息が出来ない。
苦しさから目から生理的な涙が流れ出す。

―母さん、父さん…!

忘れていた記憶が甦る。
否、忘れようとしていた記憶が現実を見ろと言わんばかりに脳内で再生される。

―鈴成さん…、ごめんなさい。

「輝琉…」

暁羅は泣きながら、そう呟いた。
やがて、意識は遠退き、暁羅は気を失った。

もう笑えない

深い眠りから意識が覚醒していく。
見れば、辺りは明るくなっていた。

―鈴成さんと電話した後、そのまんま寝ちゃったんだ。

輝琉は目を擦り、携帯に手を伸ばした。

「ん?」

電源ボタンを押し掛けて、不意にランプがついている事に気付く。
寝ている間にメールでも来たんだろう。
輝琉は軽い気持ちで電源ボタンを押した。

―どうせダイレクトメールか何かでしょ?

『From.鈴成さん
暁羅が倒れた』

『From.鈴成さん
あの病室にいる。起きたら、来な』

―…倒れた…?

一瞬、思考が止まる。

「暁羅っ…!」

そして、理解した。
輝琉はベッドから飛び起きると、カバンを手に部屋から出た。

「輝琉、朝から何して…」

「うるさい」

母親の言葉に輝琉は冷たく返した。
母親はそんな態度が気に入らないと言わんばかりに、眉をしかめた。

「輝琉、ちょっと来なさい」

「嫌」

輝琉はにっこりと笑って言った。
こんな状況でも作り笑いの出来る自分を輝琉つくづくすごい思った。

「輝琉!」

母親のヒステリックな叫びを消すかのように、輝琉は勢いよくドアを閉めた。

―暁羅が倒れたって…。

輝琉は病院に向かって、走った。
走っていれば、余計な事を考えないで済むと輝琉は思った。
だが、頭はいやに冴えていて、走れば走る程、頭は余計な事を考え出す。
それを振り払いたくて、輝琉はもっと走った。
暑い日差しがアスファルトを照らし、サンダルに熱が伝わる。

―暑さのせいで頭がボーっとしてくれればいいのに。

「暁羅…」

滴る汗が目に入り、視界が滲む。

―泣いてるみたいじゃないか。

輝琉は自身を嘲笑った。
こういう時こそ、笑っていたいのに。
暁羅が起きた時に情けない顔なんて、見せたくないのに。

―何で、笑えないんだろう。

輝琉は目に入った汗を拭った。
額から流れ出した汗のせいで顔中、汗まみれだ。

「かっこ悪いなぁ…」

誰に言うでもなく、輝琉がつぶやいた。

―――――

「ん…」

ふわふわとした意識がゆっくりと覚醒する。
目を開けば、そこは白一色の世界。
何もかもが白い。

「ここは…」

掠れた声にカーテン越しに誰かが反応する。

―ここは…あそこだ。

小さい頃の大半を過ごした、あの病室だ。
暁羅はゆっくりと体を起こす。

「起きるんじゃないよ」

カーテンの向こうからやって来たのは、鈴成だった。

「鈴成さん…」

「まったく、心配かけんじゃないよ」

少し怒ったような口調の鈴成に暁羅は申し訳なくなる。

「ごめんなさい…」

「あたしより、あいつに謝りな」

「今頃、血相変えて走ってきてるはずだからね」っと鈴成が窓の外に目をやった。

―輝琉か…。

暁羅は鈴成同様、窓の外に目をやった。
ベッドに寝ているため、外の景色は一切見えない。
子供の頃から、何も変わっていない病室に暁羅は懐かしいとさえ、感じていた。
いつもこうやって、輝琉が来るのを待っていたんだっけっと頭の端で思う。

「輝琉にあんまり心配かけるんじゃないよ」

「…うん」

昔からずっとそうだ。
輝琉は暁羅をいつも心配していた。
寂しそうにしているのを気にして、病室に友達を連れてきてくれた事もあった。
泣きそうになったら、頭を撫でてくれた。
輝琉はいつだって、暁羅に優しかった。
だから、いつか暁羅は恩返しがしたいっと思っていた。
もう心配しなくてもいいと胸を張って、言いたかった。

―こんなんじゃ、駄目だ…。

暁羅は下唇を噛み締めた。

「暁羅っ!!」

バァン!!
勢いよくドアが開き、閉められていたカーテンが乱暴に開かれる。

「輝琉、落ち着きな」

「ハァ…ハァ…、ごめん…鈴成さん」

汗まみれで立っているのもやっとという状況の輝琉が焦点の定まらない目で暁羅を見る。

「よかった…暁羅…、生きて…た…」

グラリと輝琉の体が傾く。

「輝琉!」

「ちょいと誰か来とくれ!!」

鈴成が慌てて、廊下に向かって叫ぶ。
暁羅は倒れた輝琉を揺さぶり、ただひたすらに輝琉の名前を呼んだ。

「輝琉!!輝琉!!!」

―嫌だ…、輝琉。起きてよ…。

「どうしました!?」

鈴成の呼んだ医師と看護師が病室に駆けつける。
状況の分からない鈴成と暁羅はただただ、輝琉を見ていた。

―輝琉までいなくならないでよ…。

「輝琉…」

――――――

「…ん?」

パチリと目を開ければ、そこには白い天井があった。

―病室…?

子供の頃、暁羅のいた病室でよく居眠りをした時にいつも見ていた天井に輝琉はハっと我に返った。

「暁羅っ!?」

「やかましい」

バコ!
後頭部を勢いよく叩いたのは、鈴成だった。

「鈴成さん」

「全く…脱水症状起こすまで無理するんじゃないよ」

鈴成に言われ、輝琉は腕に管が繋がっているのに気がついた。

「心臓が止まるかと思ったよ」

「ごめんね、鈴成さん…」

「謝らなくていいさ。ちゃんと状況を説明しなかったあたしのせいでもあるからね」

「鈴成さんが謝る事ないでしょ」

輝琉が言うと、鈴成さんは苦笑いを浮かべた。

―暁羅にも心配、かけちゃったな…。

チラっと横を見れば、そこにはぐっすりと眠っている暁羅がいた。
ベッドからはみ出した右手が輝琉の服の袖をギュっと掴んでいる。
いつ掴んだのかは分からないが、ひどく愛おしく感じる。

「点滴が全部落ちるまでは安静にしてな」

「はーい」

輝琉が返事をすると、鈴成は安心したようにふっと笑うと、病室から出て行った。

―さぁて…、どうしたもんか。

正直、何もしないでじっとしているのは退屈で仕方ない。
だからと言って、輝琉の左腕は点滴と暁羅が独占しているため、動かせない。
身動きして、暁羅の手が離れるのも不本意だ。

―そういえば、鈴成さんはあいつに連絡したのかな?

あいつというのは、輝琉の母・春灯の事だ。
あいつがくれば、連れ戻されて、説教に決まっている。
律儀な鈴成なら、母に連絡を入れていてもおかしくない。

「なんで、俺には親がいるんだか…」

いらないと言われるのは慣れた。
けれど、いらないと言うくせに心配する心理が未だに分からない。
邪魔なら、捨てればいい。
自分が男にされたみたいに、我が子を捨てればいいじゃないか。

「なんで、暁羅の親はいないんだ…」

理不尽だと思った。
輝琉は暁羅の手が離れないように、慎重に寝返りを打つ。
見えるのは、暁羅の寝顔。
親がいれば、暁羅は悲しまなくてもよかった。
苦しまなくてよかった。
なのに、何で上手くいかないんだろうか。

―俺の親なんかいらないから…。

輝琉の服を掴んでいた、暁羅の手を輝琉がゆっくりと握る。
寝ているせいか、暁羅の手に力はほとんど入っていない。

―暁羅をこれ以上、苦しめないでよ。

誰に言う訳でもなく、輝琉は心の中で呟いた。

――――――

「もう笑わなくてもいいのよ?」

不意に声がした。
遠い昔に聴いたきりの、懐かしい声に目は潤む。
喉は詰まったような感覚に襲われ、言いたい言葉は一向に出てこない。

「辛かったよね、苦しかったよね」

「ごめんよ、暁羅」

体は一切動かない。
ギュっと抱きしめられた感覚と共に優しい温もりが暁羅を包んだ。
その途端に溢れだした涙が頬を伝う。

―母さん、父さん…。

言いたい事はたくさんあるのに、口は全く動かない。

―これは夢だ。

「無理して笑う必要なんかないんだよ」

「お前には鈴成さんや輝琉君がいる。独りぼっちじゃないんだ」

父の手が暁羅の頭を撫でる。
ボロボロと落ちていく涙を拭う事も出来ない、暁羅の代わりに母が涙を拭う。

「もっと周りに頼っていいのよ?一人で頑張りすぎるのは、貴方の悪い癖だわ」

「幸せになってくれ、な?」

―幸せになんか…なれないよ。

「なってほしいのよ。私達の…大切な娘だもの」

暁羅は涙で溢れた目で両親を見た。
両親はあの時と変わらず、微笑んでいた。

「あたし…幸せになるから……」

開いた口に涙が入り、口の中がしょっぱくなる。
それでも、暁羅は構わず言葉を続けた。
最後になるであろう、別れの言葉を。

「だから、天国から見てて…」

一生懸命に笑みを浮べ、暁羅は笑って見せた。
両親は名残惜しそうに暁羅の頭を撫でると、やがて消えていった。

夢から覚めた夢

「朝比奈さ〜ん!起きて下さい」

看護師の声がして、輝琉は目を覚ました。
点滴はすでに終わったらしく、看護師が点滴を片付けていた。

「気分はどうですか?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「廊下にご老人…、えっと、鈴成さんが待ってますよ」

―鈴成さんって偉大だな…。

ベッドから起き上がった輝琉は伸びをすると、ベッドから降りた。
握っていた手は寝ている間に離れてしまったらしい。
輝琉はだらんと垂れた、暁羅の手を布団に入れると、病室を出た。

「よく寝てたみたいだね」

廊下の椅子に座っていた鈴成が声をかけた。

「安心しな。あんたの親には連絡してないさ」

「…ありがとう、鈴成さん」

「今、春灯を呼んだってヒステリ起こすだけだろうからね」

鈴成は「困ったやつだよ、本当」っと呆れた口調で呟いた。

「面会時間が終わったんだ。帰るよ」

「はーい」

「伸ばすんじゃない」

「…はい」

輝琉が言い直すと、「よし」と言うように鈴成は歩き始めた。
何歳かは分からないが、しっかりとした足取りだ。

「あんた、もう無茶するんじゃないよ」

「分かってるって。心配かけるのはご免だからね」

輝琉はばつが悪そうに頭をかいた。

「鈴成さん、今日一人だけど大丈夫?」

「心配しないでも大丈夫さ。暁羅が来るまではずっと一人だったからね」

鈴成が少し寂しげな声で言った。
暁羅がこの街に帰って来て、輝琉と同じくらい嬉しかったのは、鈴成だろう。

「…不謹慎だけどね。あたしは、あの子が戻って来て、嬉しかったよ」

バス停のベンチに座り、鈴成は言った。
隣に座っている輝琉は何も言わずに次の言葉を待った。

「もちろん、輝琉、あんたもね」

鈴成が口の端に笑みを浮かべた。

「あんた達が生きてるだけで、あたしは…」

「鈴成さん?」

輝琉が鈴成の顔を覗き込んだ瞬間、鈴成の顔がぐにゃりと歪んだ。

―あれ…?

「何…これ…」

「ごめんよ、輝琉」

視界が暗くなる。
凄まじい眠気に抗う術もなく、輝琉は重い瞼をゆっくりと閉じた。

―――――――

機械音の鳴り響くICUのベッドに横たわっている、二人の患者。
ガラス越しにその様子を眺めていた鈴成は悲しそうな表情を浮かべていた。

「いい加減に目を覚ましたらどうだい」

声は廊下に虚しく響くばかりで返事など返っては来ない。

「いつまでも夢にしがみついてんじゃないよ」

鈴成はガラスに手を当て、諭すように言った。

「輝琉は死んだんだよ、暁羅」

ICUのベッドの上にいたのは、暁羅と輝琉だった。
暁羅の具合が悪くなった、あの日、暁羅は昏睡状態に陥った。
原因は不明だった。
一方の輝琉は病院に駆けつける際に交通事故に遭い、脳死状態だった。
輝琉の母・春灯は「まだ死んでない」と言い張っていたが、医者は助かる確率は極めて低いと言った。

「輝琉を縛るのはやめな」

―嫌だ。

「わがまま、言うんじゃない」

―輝琉を…死なせたくない。

「だからって、夢の中に縛るのかい?それはあんたのエゴってもんさ」

―人間じゃないあなたに何が分かるの?

「おや、知ってたのかい」

鈴成は少し驚いたように目を開いた。
暁羅の言った通り、鈴成は人間ではない。
鈴成は夢魔と呼ばれる、夢を司る生き物なのだ。
暁羅の祖父母でもなければ、血のつながりも全くない、赤の他人。
違う理(ことわり)に住む物だ。

「あんたらの夢を見させてもらったよ」

―悪趣味だね。

「うるさいね。それが仕事なんだ、仕方ないだろ」

鈴成は怒ったような口調で暁羅に言った。

「あんなおかしな夢を見させられてる、こっちの身にもなってほしいね」

―あたしの夢なんだから、いいじゃない。

「よかないよ。あんた達のせいで他の夢にも影響が出てるんだ」

鈴成の言葉に暁羅は黙り込んだ。
しばらくの沈黙の後、鈴成が再び口を開いた。

「例外は認めない。夢の中に人を縛りつけるのはルール違反だ」

―………。

「今すぐ解放しな。さもないと、あんたを夢から追放しなくちゃいけなくなる」

―追放?

「あの世に連れて行くって事さ。生きてる人間には夢が必要だからね」

鈴成は淡々と話す。
無機質な機械的な話し方に暁羅は凍りついた。

―死ぬって事?

「言ったろ?生きてる人間にはって…」

―死んだら、輝琉と一緒に…。

「いられる訳ないだろ。行き先は輝琉とは別さ」

―別?

「天国でも、地獄でもない、狭間の世界で一生彷徨うのさ。もちろん、転生なんてもんはない」

それが夢にしがみついた者の末路だった。
真っ暗な世界で一生彷徨うだけの終わりのない、世界。
現実から逃げたっていい事などないのだ。

―…あなたはそこにずっといたの?

暁羅の言葉に鈴成は驚いた。

「そうだけど、それがどうした?」

―だから、あたしの家族のフリをしたの?

「…そうさ。悪いかい?」

暗い狭間の世界に鈴成はずっと一人ぼっちだった。
人の夢に干渉し、眺めるだけの生活を何十年、何万年と繰り返してきた。
月の兎の様に物事を見れるだけで、虚しいばかりのそんな日々を。
誰も存在を知らないし、存在している事すら認知されない、そんな存在である事がいかに報われないか。
鈴成にはうんざりするくらいに分かっていた。
そんな時に鈴成は暁羅を見つけた。
両親を交通事故で亡くし、行く当てのない、幼い少女に鈴成は自分自身を重ね合わせていた。
両親が亡くなってから、暁羅は夢に引きこもるようになった。
見る夢はいつも家族と楽しく過ごしている、ごく当たり前の日常だった。

「夢に引きこもられちゃ、困るからね。記憶をほんのちょっとばかりいじらせてもらった」

鈴成は暁羅と一緒に暁羅達のいた、あの街に戻ってきた。
夢に引きこもらないように見張るつもりで、暁羅の家族のフリをして。

―鈴成さん…。

「なんだい?」

―ありがとう。

暁羅は笑う。
厳密には声しかしないのだが、鈴成には笑っている暁羅の笑顔が浮かんだ。

―ありがとう、鈴成さん。

「…おかしな娘だよ、あんたは」

―あたし、鈴成がいてよかったよ。

暁羅はまた笑う。
暁羅が笑う度に鈴成は複雑な心境になった。
騙していた事への罪悪感なのか、それとも別の何かなのか、鈴成には分からない。

「…で、どうするんだい?」

複雑な心境を隠しつつ、鈴成は暁羅に尋ねた。
暁羅は少しためらった後、意を決したように答えた。

―解放するよ、輝琉を。

「そうかい」 

―勝手に決めないでくれる?

「おや、聞いてたのかい。輝琉」

不機嫌そうな声色の輝琉に鈴成がいつものように言った。

―輝琉…。

―俺は死なないよ。だから、暁羅、目を覚まして。

「何言ってんだい」

鈴成が声を荒げる。

「あんたは死ぬんだ。これは決定事項だ」

―それが死なないんだよ。

輝琉が得意げに言う。

―地獄が今、満員らしくてさ。行く場所がないんだって。

「馬鹿な事言ってんじゃないよ」

鈴成の言葉に輝琉は言った。

―俺は死なないよ。

―輝琉?

―暁羅、行こう。いい加減に起きないと。

定期的な弱々しかった電子音が力強く鳴り始めた。

―――――――――――

「輝琉、聞いてるの?!」

怒鳴り声がして、眠っていた輝琉は目を覚ました。
寝ぼけた輝琉の目に飛び込んで来たのは、壁に掛けてある時計だった。
時刻は現在、8時。
 
「学校、遅れるわよ!」

「うわぁ!!!」

輝琉はベッドから飛び起きた。

「暁羅ちゃん、下で待ってるわよ」

制服に袖を通し、鞄を掴むと輝琉は部屋を飛び出した。
部屋の外にいた母親はびっくりして、小さく声を上げた。

「朝ごはんは?」

「あー、ごめん。食べてる暇ない」

「トーストくらいは食べていきなさいよ」

「はいはい」

「はいは一回」

「はーい」

輝琉はトーストを一枚口に加えると、「いってきます」っと家を出て行った。
初夏みたいな暑さのなくなった秋、輝琉は流星学園に通い始めた。
夏に大きな事故に遭ったものの、奇跡的に一命を取り留めたのだ。

「輝琉!」

昏睡状態に陥っていた暁羅も無事に目を覚ました。
あれから、もう1ヶ月の月日が経とうとしていた。

「ごめん、暁羅!」

「また寝坊?」

「うん。夢を見たんだ、何だか懐かしい夢を…」

輝琉の言葉に暁羅は「懐かしい夢…か」と呟いた。

「どんな夢?」

「誰かと一緒に笑ってる夢。誰かは分かんないけど」

輝琉は不意に空を見上げた。
青空にうっすらと浮かぶ月に輝琉は何故か懐かしさを感じた。
存在しているのに、それが誰だか分からない。
けれど、不思議とそれでもいいと思えた。

「輝琉ー!学校遅れるよ」

暁羅の声に輝琉ははっと我に返る。

「今行くよ」

輝琉は暁羅の所に駆け出した。

_元気でやんなよ。

風に紛れて、誰かの声が聴こえた。
懐かしい、その声は穏やかで心が安らいだ。
まるで一緒にいたみたいに。

「…誰だか分かんないけど、ありがとう」

輝琉は誰もいないはずの場所を見て、そう呟いた。
何故かは分からないがそうしたくなった。

「お待たせ」

「ほら、行こう!」

慌ただしくも2人は走り出した。
秋空は澄み渡り、太陽が優しく2人を照らす中、月は2人を見守るように空に浮かんでいた。

君はいつも笑ってた

グダグダ感が否めない…。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

君はいつも笑ってた

小さい頃に交わした約束を守るため、少年は再びこの街へとやって来た。 Bluebird同様、舞台は流星街。 少年は生きるために偽りを覚えた。 少女は生きるために孤独を選んだ。 これはそんな二人の物語。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-08-19

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  1. 登場人物紹介
  2. Prologue
  3. 6年越しの約束
  4. 偽りの笑顔
  5. 月の兎と地上の僕ら
  6. 笑顔に差す影
  7. 禍福は糾える縄の如く
  8. もう笑えない
  9. 夢から覚めた夢