好きこそ


物の上手なれ。


暑いあつい。

ぬぐってもぬぐっても汗がでる。

8月中旬。
大 学2年の夏。

よりによってどうしてこんな猛暑日に人に会わなきゃいけないんだ。


クーラーがんがん聞いた部屋で、洋楽でもきいてアイスかじってる予定だった。

洋楽は、スピーディーワンダーあたりがいい。心地いいんだ。あの声とピアノ。モータウン。

アイスはモナカがいい。
ガリガリ君は却下だ歯が痛い。
あんなもん食えてたまるか。

人と待ち合わせをしている。
町田という男。

4日前本屋であった。
時代小説と某有名画家の本を二冊かって外にでようとしたら話しかけられた。

この本屋をでて二つ目の信号を右に曲がったとこの路地のつきあたりで
絵の個展やるんだ。ぜひ見に来てほしい。と。

趣味で つらつらと絵を描くことはあるが、誰かの個展見に行くほどじゃなかった。
乗り気じゃないけど行った。
暇だった。


風景画ではない。

筆をぽんぽんと置いたようなシンプルなものにも見えるが
色彩が濃い 。厚い。

濃いし厚いのになぜか冷たい感じがする。


描かれてる人はみんな悲しげな表情だ。


見たからといってこれといった感想はなかった。

帰り際にまた町田に声をかけられた
「見に来てくれてありがとう。今週末空いてるか」と。

それで今にいたる。
断る理由はないしまあ暇だし。


午前10時。
ああ来た。
スーツかよ こんな暑いのに
堅苦しいな。



スラリとしている。面長な顔つき。
狐みたいな細目。





軽く会釈をかわして

カフェに入った。
会ったはいいが僕には町田に話しかけるためのボキャブラリーはない。

押し黙る。

僕は沈黙が気まずいので、アイスココアをちびりちびり口にしていた。

押し黙る。

押し黙る。

町田はアイスココアに入っている氷をストローでつついている。細く白い指先が音を鳴らす。
ただ氷をつついている。
カランカラン

押し黙る。

押し黙る。


お前から話しかけるのが普通だろ!!!!!!!!!!!!


押し黙る。

押し黙る。

聞こえるのは町田がつつく氷がぶつかる音だけ。

ああもう。

沈黙に耐えきらなくなった僕は口を開いていた。
「なんで僕に話しかけたんですか」

「え?理由いる?」
町田の細目が、見開く。

「ないんですか?」

「なんとなく」

なにそれ

「ナンパですか」

「笑」



「理由なしに人に話しかけるんですか」からかわれてる気しかしなかったから、強気で言った。

「だめかな」と町田はどこか朧気な表情で答えた。



そこからまた 長い間黙っていた。
もう氷のつつく音も聴こえない。



なんでこんな人と会ったんだろうとつくづく思う

変わってるよこの人。
帰ろうかと思ったけど何かが許さない。
そんな気持ち押しのいてまで帰ることはしなかった。

町田の鞄が半開きになっていて、中身が覗いていた。

水彩画の道具と、スケッチブックが入っていた。その横に薄い茶色がかった扇子があった。
団扇じゃないのか。
扇子なんて粋な奴だぜ。
とまで、心の中でベラベラ話していた。


「絵、よかったです」
こんどは、沈黙に耐えきらなくなったからではない。会話がしたくなった。


「ありがとう」
すごいほんわかした笑顔だった

「君は何かやっていることはあるの?」

「え、」
普通の会話できるんじゃん!!!!

「特に、、、、。大学も普通科ですし、専門性ないし。1年のとき絵画教室通ってたんですけど、辞めました。あ、あとバイトも先月辞めました。絵とかすごい前は描いてたんですけどね、ここずっとなんにも描いてないですね」

我ながらネガティブトーク炸裂。

町田は顔色ひとつ変えもせず
「そっか」

とだけいった。

町田の白く細い手がアイスココアのグラスの水滴をぬぐった。

ゆっくり喋りだした。

「小説書いて出版したり絵描いて個展出したり、色々かじってるんだよね僕。でもどれも売れなくて評価されなくて。
実力のなさは僕自信が一番わかってるんだけどね。
やっぱりくやしい。
でもそれを包み込むぐらい楽しいって言う感情が強い。だからね、いくら評価されなくても売れなくても辞めたくないんだ楽しくて仕方ないんだ。」

自分に言い聞かせてるような口振りだった。

彼は朧気な表情だった。

でも僕にはその言葉が突き刺さって少し痛かった。

結局僕は、なんでも なあなあにやって適当でいい加減で。
評価されないと苦しくてすぐ投げ出した。

絵もバイトも。


町田とはそれ以来あっていない。

大学3年の夏。
町田に会ったあのときから絵を毎日欠かさず描いている。



うまくなっている。とかそういう物は目には見えない。

バイトも探してる。まだやる気はないけど。

でも楽しい。



僕には、楽しさが足りなかった。


9月に入って学校が始まった。
ある時幼少時代の夢を見た。

アトリエに絵が飾られている。

僕のおじいが描いた絵に、白装束を纏ったきれいな男性がいた。

時代背景としては、平安だろう。縁側にスラリと腰を降ろし、朧気な表情だ。
細く白い手には、薄い茶色がかった扇子が握られている。


おじいは不思議な絵をたくさん遺して去年の夏に死んだ

色っぽくてすきだった。

片親だったからかもしれないが、母親はある意味厳しかった。何度も対立した。

おじいは唯一僕のやることに応援してくれた。

一番の理解者だった。

おじいが死んでから、やることなすことに楽しさが減っていたんだ。

風が吹いている。夕立でもくるのか。

町田に会いたくなった。
下の名も、職業も、なにも知らなかった。
あれだけの会話だったのに、僕はあの人に惹かれた。

なんか励まされたみたいでくやしいじゃん。ばか。



見に行った個展の場所はなくなっていた。
なくなっていた。のか。
最初からそんな場所なかったのか。

わからない。

そうか、お盆がおわっちゃった、墓参り行くか。
会いてぇなおじい。

秋休みには実家に帰ろう。


キャンパスに筆を滑らせながら、自分色の未来図を作っていくんだ。

好きこそ

好きこそ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-17

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