ボクとじゃらしとデブおじさん

猫達の小さな物語。

「いいですか、この高貴なるボクがこのようなあばら家に来てやったということをあなたがたは伏して感謝しそしてボクに美味しい焼きカツオほたてミックスを献上すべきなのです!」
「何生意気言ってんだクソガキ」
 ペチッ!
「ふにゃあああああああああああッ!? な、何をするのですか、このボクの高貴なるおつむりに!? い、いいですか、ボクは本来ならキミのようなスタイルの崩れた雑種など口を聞くこともできない高貴なる純血種、ロシアンブルーなのですよ!?」
「うるせえなあ、ピィピィピィピィわめくなクソガキ。俺の安眠を邪魔するんじゃねえよ」
「うるさいとはなんですかうるさいとは! ボクが不満の意を表明したら、世界中の生き物は可及的速やかにボクの不満を解消すべく全身全霊をあげて粉骨砕身すべきなのです!!」
《あらー、ロシアンブルーって鳴き声をあんまりあげない猫種だっていうのに、この子はけっこうよく鳴くわねえ。やっぱりまだ子猫ちゃんだからかしら?》
「おや、ボク達の生活を快適にするためにだけ生存を許されている下等生物が何か騒いでいますよ?」
「ああ、ほっとけほっとけ。嬢ちゃんはいつもああやって俺達になんやかんやしゃべりかけるんだ。こちとら何言ってんだかさっぱりわかりゃしねえっていうのにな」
「そうですか。まったくもって愚かなる下等生物ですね」
「まあそう言ってやるな。嬢ちゃんだって俺らによかれと思ってそうしてるんだろ。……たぶん」
「そうですか。それにしても、キミはとっても不公平です!」
「は? 何がだクソガキ?」
「ボクがキミに話しかけるとキミはうるさいというのに、どうしてあの下等生物がボク達に話しかけてもキミはうるさいとは言わないのですか!?」
「あ? そりゃおまえあれだ、あの嬢ちゃんはいつも俺のところに美味いもんを持ってきてくれるからなあ。おまえは俺のところに何か美味いもん持ってこられるっていうのか、クソガキ?」
「は? キミは何を馬鹿なことを言っているんですか? いいですか、全世界、全宇宙の生き物たちはすべて、高貴なるこのボク、ロシアンブルーのシエロに奉仕すべき存在なのです。断じて逆ではありません!」
「こりゃ、前の家で相当甘やかされてきやがったな……」
「だからキミも全身全霊をあげてボクに奉仕しなさいッ!」
「やなこった」
「なんでですか!?」
「んなめんどくせえことするかよ」
「な、なんということをいうのですかキミは!?」
《あらら、喧嘩しちゃだめだよー? うーん、モップは喧嘩する気ないみたいだけど、シエロちゃんのほうが興奮しちゃってるなー。やっぱり、モップは体が大きいから怖いのかな? 大丈夫だよシエロちゃん。モップは怖くないよー。若葉が旅行から帰ってくるまで仲良くしてちょうだいねー》
「愚かなる下等生物が何やら騒いでいます。キミ、行って黙らせてきなさい」
「やだよめんどくせえ。ほっときゃどっか行っちまうよ。ほっとけほっとけ」
「まったくもう、キミには自分の生活を改善しようという意欲というものはないんですか!?」
「知らんわんなもん。だから俺はもう寝たいんだっつーの。これ以上騒いだら部屋の向こう側まで吹っ飛ばすぞクソガキ」
「ボクはクソガキじゃありません! シエロですッ! 少なくともあの下等生物達はボクのことをそう呼びます!」
「ああそうかい。それだったら俺だって、嬢ちゃんにはモップって呼ばれてるよ」
「ボクだったらむしろ、デブおじさんと呼びますね!」
「ああそうかい。そう呼びたいんだったらそう呼びな。俺は別にかまわねえよ」
「えっ……い、いや、あの、え、ええと……」
「んじゃ、おやすみ」
「ああッ! なぜボクを放っておいて寝ようとするのですか!? 起きなさい! ボクを楽しませなさい! もっとボクと遊びなさーい!!」
「うるっせえ」
 パシッ!
「あんまり騒ぐと食っちまうぞクソガキ」
「えっ!? ボ、ボボボ、ボクを食べるですって!? な、ななな、なんということをいうんですか!? か、かかか、神をも恐れぬ発言です!?」
「へっ、神ねえ。俺ぁまだそんな代物にゃあお目にかかったことはねえがな」
「だだだ、だめですー! ボクを食べちゃだめですー! きっと美味しくないですー!!」
「おまえ、自分で自分のこと食べてみたことあんのかよ?」
「そ、そりゃ、そんなことしたことないですけど……」
「だったら美味いかまずいかわかんねえじゃねえか」
「でも、食べちゃだめですー!! 絶対絶対、だーめーでーすー!!」
「うっるせえなあ。食いやしねえからそんなにギャアギャアわめくんじゃねえよ」
「キミがひどいことを言うのがいけないんですー!!」
「別にそんなにひでえこと言ってねえぞ。メスの中にゃあ、自分が産んだガキを食い殺すやつも結構いるぞ」
「!?!?!? う、ううう、嘘ですそんなのッ!!」
「いや、ほんとほんと。俺、野良だった時見たことあるもん」
「……のら? のらとはなんですか?」
「えっ、おまえ野良って知らねえのかよ!? 野良っていうのは、そうだなあ……暑くて死んだり寒くて死んだり腹減って死んだり病気で死んだり事故で死んだり、他にもまあ、いちいち数え上げるのがばかばかしくなるくらい、いろんなことであっさり俺達が死んじまうってえことだよ」
「えっ? ボク達にそんなこと、起こるはずないじゃありませんか」
「起こるんだよ、それが。まあ……知らなきゃ知らねえほうが幸せだわなあ……」
「キミはどうしてそんな嘘をついてまでボクのことを怖がらせようとするんですか!? あれですか、そんなにボクの優位に立ちたいんですか!? フン、ボクに知性では勝てないからって姑息な手を使いますね!!」
「いや俺、別にそんな手使わなくてもおまえのことなんか片手で殴りとばせるけど?」
「な、なんという野蛮なことを言うんですかキミは!? いいですか、ボクはですね――」
「だーもううるせえ! 頼むから俺を寝かせてくれよ! いつまでくっちゃべってるつもりだこのクソガキがぁッ!!」
「寝ちゃだめですー! ボクはまだまだしゃべり足りないんですー! 遊び足りないんですー!!」
「だーもううっるせえ! ほんとに食っちまうぞ!?」
「キャアッ!?」
《あっ、モップ、シエロちゃんはまだ子猫ちゃんなんだから優しく――あら? ……あらららら、まあまあ……》
「……フン、デブおじさん、寂しかったら寂しいと素直に言えばいいではないですか。こんなふうに無理やりボクを抱きしめなくても、キミがこのボクにふさわしい敬意を持って頼みこめば、ボクだってキミといっしょに休憩くらいしてあげても……」
「ああ、うるせえうるせえ。黙ってじっとしてろ。……ガキなんざあ、あったかくしてちょっとなめといてやりゃあ、あっという間に眠っちまうもんだからな……」



 ボクの名前は、シエロというのです。
 ボクは今、デブおじさんといっしょに暮らしています。
 目下のボクの急務は、この無知で乱暴で礼儀を知らないデブおじさんを、ボクの同居人にふさわしく教育してやることなのです。
 まったく、楽な仕事じゃありませんが、これもまた、高貴なるものの義務の一つなのです。



「デブおじさん、高貴なるこのボクがキミと遊んであげましょう!」
「うるせえ」
 ああ、本当にまったく、なんという無礼なやつでしょう! 高貴にして至高の存在、生きて脈動するこの世の至宝たるこのボクが、わざわざ遊んであげると言っているのに、だらしなくブワブワとふくれた尻尾の一撃でボクのことを吹っ飛ばすだなんて!
「俺は眠いんだ。遊びたいんだったら嬢ちゃんに遊んでもらえ」
「あの人間は、じゃらしの使いかたが単調で面白くありません。しかたがないから、キミと遊んであげるのでありがたく思いなさい」
「俺はいっこうに、ありがたくもなんともねえがな」
「そんなことを言って、ボクがもっと大人になったら、きっと絶対後悔しますよ。目がくらむほど美しくなったボクを見て、ああ、あの時もっと優しくしておいてあげればよかったなあ、って――」
「あのな、おい、俺はオスで、おまえもオスだろうが」
「そんなの関係ありません。ボクの美は性別を越えます!」
「あ、前言撤回。俺もうオスじゃなかったわ」
「……え?」
「俺、もうオスじゃねーの」
「え? デ、デブおじさんは本当はデブおばさんだったんですか?」
「デブっていうのは訂正しねえのな……」
「だってデブじゃないですか」
「うるせえ。とにかく俺は、おばさんでもねーよ」
「え? え? ん? ん? んー???」
「おめえ、ずっと俺といっしょにいるのにわかんねーのかよ。俺ぁもう、オスでもメスでもねーんだよ」
「……そんなことってあるんですか?」
「あるぞ。だって俺、ずいぶん前に人間にタマ抜かれたんだもん」
「…………は?」
「だから、人間に金玉とられたの」
「…………はああああああああああああああああああッ!?!?!? な、なんで人間がそんなことするんですか?」
「さあな。知らねーよそんな理由なんか。おめーもそのうち抜かれるかもな」
「えええええええええええええええええええええッ!?!?!? い、いやです! ボクそんなのぜーったいにいやですッ!!」
「まあ、タマなんかなきゃないで、別に対して困ることもねーぞ。変にムラムラしなくなって逆に楽になったかもしれねえなあ」
「ええええええええええええええええええッ!?!?!? ……っていうか、ムラムラって、いったいなんです?」
「あー、おめーもタマがついたまんま大人になりゃわかる」
「ボクは今知りたいんです!」
「ガキにゃあわかんねえよ」
「子供扱いしないでください!」
「ガキを子供扱いする以外どうしろっていうんだよ?」
「もっと敬意を払ってください」
「やなこった」
「うううー、デブおじさんの意地悪!」
「ったくうるせえなあ。だからガキは嫌いなんだよ」
「あっ、またぼくのことを子供扱いした!」
「それがいやなら赤ん坊みてえにピィピィピィピィ騒ぐんじゃねえよ」
「ボク、赤ちゃんじゃないですッ!」
「だったら少しは大人しくしてろっつーの」
「デブおじさんはそんなふうにゴロゴロしてばっかりいるからそんなふうにデブになるんです。ぼくの忠告を素直に聞いてもっと運動をするべきです」
「いいじゃねえかよデブで。肉がいっぱいあるとあったかくっていいぞ」
「……ボクも、その意見に賛成するのにあたってやぶさかではありません」
「ゴチャゴチャ言ってねえで、おめえも俺といっしょに昼寝したらどうだ?」
「……フン! キミがそこまで腰を低くして頼むのなら、しかたないからキミのお願いを聞いてあげることにしましょう!」
「……ったく、めんどくせえガキだな……」
「……ん? にゃにかいいまひたかデブおじしゃん……」
「もうろれつが回らなくなってるのかよ。ああもう、めんどくせえからさっさと寝ちまえ、チビ王子様よ」
「……わかりぇばよろちい……ムニャ……」
「……後悔なんかするかよ、ばーか」




『若葉へ

 パリはどう? 見たがってたルーブルの絵、ちゃんと見られた?
 シエロちゃんは毎日とっても元気だよ。うちのモップと仲良くなれるかな、ってちょっと心配してたんだけど、相性がよかったのかな、2匹ともとっても仲良しになったよ。毎日一緒にお昼寝してるの。画像送っとくね。でも、リアルタイムで直接見るのがやっぱり一番可愛いよ~❤

 でも、2匹があんまり仲良すぎて、若葉が帰ってきた時にお別れさせるのがちょっとかわいそうになってきちゃった。若葉、旅行から帰ってきたあとも、時々シエロちゃんを連れてうちに遊びにきてね。そうしてくれたらモップもきっと、とっても喜ぶから。あ、もちろん私も大歓迎するよ♪

 それじゃ、お土産楽しみにしてるね。これからも旅行楽しんでください(^^)/』




「……ねえ、デブおじさん」
「なんだ、ガキンチョ?」
「オスでもメスでもない猫は、いったいどんな猫のことを好きになるんですか?」
「俺が一番好きなのは、俺の餌入れとあったかい俺の寝床だよ」
「ボクのことは?」
「はあ?」
「デブおじさんは、ボクのこと好きでしょ?」
「はあ? 何素っ頓狂なこと言ってやがるんだチビ助?」
「だってデブおじさん、ボクのこと好きでしょ?」
「いや、だから、俺がいつそんなことおまえに言ったよ?」
「言葉に出せないキミの気持を、ボクが察してあげているんです。ありがたく思いなさい」
「いや、俺別に、おまえのことなんか特になんとも思ってねーけど?」
「……それは嘘です」
「いや、嘘じゃねーよ?」
「それは嘘です」
「嘘じゃねーったら」
「それは嘘です! 嘘なんです! う……ううう……う……」
「お、おい! こんなくだらねーことで泣くんじゃねーよ!? ああもうまったく、これだからガキはいやなんだ!」
「うう……デブおじさんはボクのことが好きなのです……」
「ああもう、それじゃめんどくせえからもうそれでいいよ!」
「ほんとですか? ほんとにボクのこと好きですか?」
「あーはいはい、好きだ好きだ大好きだ。これでいいだろ?」
「フン、はじめっから素直にそういうふうに認めておけばいいのです!」
「ほんとに死ぬほどめんどくせえガキだな……純血種ってやつはみんなこんななのかよ……?」
「……ねえ、デブおじさん」
「へいへい、なんでございましょ」
「……ボクも、デブおじさんのことを好きだって言ってあげてもいいんですよ?」
「へいへい、そいつはまことにありがたいこって」
「でしょう? 喜びなさい。君はこのボクの高貴なるお眼鏡にかなったのです!」
「ったく、頭がいいんだか悪いんだかわかんねえガキだな……」
「何を言っているのですかデブおじさん。ボクの頭が悪いわけないでしょう?」
「っていうわりには、いまだに俺の名前すら覚えてねえみてえだけどな」
「え? えーっと……デブおじさんが名前じゃなかったんですか?」
「……おまえ、それ素で言ってんのな。俺の名前はモップだよ。掃除に使うあれとそっくりに見えるからだと」
「……デブおじさんとたいして変わりませんねえ」
「うっせえ」
「……ボク、モップさんのこと好きですよ」
「わかったわかった。そいつはどーも」
「……ボク、真面目に言ってるのに」
「……真面目になんかなるんじゃねーよ、ばーか」



 猫にだって、いろいろあったりなかったりするというお話。

ボクとじゃらしとデブおじさん

ボクとじゃらしとデブおじさん

仲がいいのか悪いのか。

  • 小説
  • 短編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-16

CC BY
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