True Sky Memories page1&2

Skyシリーズの第2作目、True Sky Memoriesです。これは前作のDouble Skyと違い、長編になる予定です。ストーリーの概要は、バーチャルワールドと呼ばれる仮想世界で繰り広げられるロボットアクションです。

第一章 page1

第1章?仮想現実? page1

 子守唄のような授業という言葉をよく耳にするが、それはまさしく今の授業のことだろう、と彼――樋渡陽次(ひわたり ようじ)は思った。昼食を取った後の体は胃に血液を集中させるため、その分頭がぼんやりとする。教壇から三列目以降は、ほぼ全員が机の上に体を突っ伏しており、前列の真面目な生徒たちですら、手にあごを乗せて小刻みに頭を動かしていた。教師も、さすがに長年この光景を見ているためか、半ば諦めた様子でそれを黙認していた。こんな授業にいったいどれほどの価値があるのだろうか。陽次はいつもそれを疑問に思う。
 幸か不幸か陽次は授業中に眠くなるということがまったくない。これを周りに話すと、嘘だ、と言われるが本当なのだ。まったく眠くならない。彼の数少ない特徴の一つだ。しかし、なら真面目に授業を聞くのかというと、それは別の問題であり、陽次の意識は授業とはまったく別のところに向けられていた。いや、この現実世界すら彼の目には映ってはいない。そう、彼の意識はネットの世界に向けられているのだから。
 学校内では、専用のルータを介して外部のネットにアクセスする。そうやって、常にネットの状態を監視されているため、授業中は基本的にネットにアクセスできない。しかし、ちょっとした知識とツールさえあれば、簡単に監視を破ることができる。陽次はそれを使い、ネットの仮想世界に意識を集中させていた。
 この数十年でネットの世界は大きく変わった。ナノリアクターというシステムのおかげで、いつどこにいてもネットにアクセスできるようになり、モニター越しでしか眺めることのできなかった世界は、いつの間にか仮想的に体感できるようになった。家、工場などの建築物、道路や街路樹、自然の景色はおろか、太陽の光、空気、風、そして感触、あらゆるものが再現されており、本人の自覚さえなければ、それがネットの世界だと気がつけないほど精密にできている。中には、ネット世界こそが理想郷だと言う人も現れるほどだ。多少大げさではあるが、その気持ちはわからなくもない。現実では味わえないものがネットの仮想世界にはあり、陽次もそれを求め、暇さえあればここに足を運ぶ。それほどまで仮想世界は魅力的だった。
 一連の処理を済ませ、仮想世界にログインをする。その瞬間、急速に視界がブラックアウトしていった。初めはこの感覚にまったく慣れなかった。まるで二度と帰ることのできない奈落へと落ちていくような感覚。子ども頃、初めて部屋を真っ暗にして眠らされた時と似ている。今ではすっかり慣れてしまった陽次であるが、やはり本能的に暗闇とは怖いものなのだろう。反射的に拳を閉じて身構えてしまう。やがて、ぼんやりとした風景が浮かんでくる。そして、ログインという音声とともに、視界が開けた。見慣れた風景に心が落ち着く。木と水の街「グランデ」。ネットワーク上に構築された仮想都市であり、レンガ造りの美しい町並みと、町の至るところを流れている用水路、そして豊かな自然が町中にあふれている。中央の丘陵部を取り囲むようにして街が作られている、現在この国で最も多くの人が利用している仮想都市だ。
 音声サポータが、ここでの注意事項とともに、今日のイベントや店舗のセールス情報の案内を表示する。目の前に表示されたメッセージログをスクロールさせ、内容にざっと目を通す。あいにく、気になるようなものは何もなかった。ログを閉じて、辺りを見回す。今日もグランデはたくさんの人であふれていた。また、人だけでなくアバターを使用しているものもいる。ネットへダイブする際、そこでの容姿を変えることができる。基本は、現実世界と同様の姿で映るのだが、犬や猫といった動物などをデフォルメした姿に設定することもできる。これをアバターと呼び、都市内でも多くの人が使用している。初めてこの光景を見たとき、陽次は若干頭痛を覚えた。
 とりあえず、歩こう。陽次はそう思い、当てもなくグランデ内を進む。商業エリアに近づくと、一気に人が増えた。業務用のソフトウェアだけでなく、仮想用の洋服や装飾品、果ては食べ物まで売っている。ネットの世界はもはや現実世界と遜色ない。どこか落ち着ける場所はないかと思い、検索をかける。グランデの町はかなり広い。商業エリア、歓楽街エリア、スポーツエリア、ほかにも様々なエリアが存在しており、すべてを合わせると、二,三日程度では回りきれない。そんな中、各エリアの情報を見ていると、比較的人の少ないエリアを発見した。自然エリア・グランドパーク。いわゆる公園だ。陽次はすかさず公園エリアのアドレスを選択し、そこへリンクする。現実世界と違い、必要であるならば目的の場所に一瞬で到達できるのが仮想世界の強みだ。

「また、来てしまったか」

 手で日よけをしなければまぶしすぎるぐらい晴れ晴れとしている太陽。体にまとわり付く風は程よく温かい。風に吹かれた芝生が一様の方向になびいており、それに合わせて視線を向けるとグランデの町が一望できる。グランドパークはグランデの中央部の小高い丘陵部に設けられている。グランデのシンボルとして作られ、五十万平方メートルを超える広大な敷地には、現実世界の都市部では見られない木々、動物、昆虫などが多数生息している。ほかにも森林浴のできる樹林郡、バーベキューのできる川辺、子供向けの巨大遊戯などもあり、公園というよりは一種のテーマパークに近い。そのため家族や恋人同士で来る場合が多く、今日のような平日、しかも昼間の時間にはあまり人がいない。
 夏に向けて少しずつ強くなる日差しを浴びながら公園の中を歩く。それが彼の最近の趣味だった。一人でいると気分が落ち着く。
 陽次は空を見上げる。まるでそこに答えを求めるように。当然、答えは返ってこない。しかし、何かが頬に当たるような感触があった。手でそれをぬぐってみる。水滴だった。今日、降雨警報があっただろうか。

「あ、もうそんな時間か」

 陽次は視界の端に時計のウィンドウを開く。予想通り、時刻は午後二時を回るところだった。そして、次の瞬間、頭上から霧状の水が陽次に降りかかってきた。空を仰ぎ、その犯人を見る。グランデの中央、そして最も高い部分に位置しているグランデの象徴――世界樹。全長百メートルを超える超巨大な樹木であり、グランデ内を駆け巡る水路の水源に根を張っている。世界中は体内に溜め込んだ水を、一日に二十四回、時計のように噴水する。これを見るため、わざわざ他国からやってくる人も少なくない。ふと、視界に七色の帯が入る。虹だ。世界樹の噴水により、虹が発生したのだ。もちろん、そのようにセットされたプログラムであるのだが。陽次はそれを見つめ、子供の頃を思い出す。あの頃も、このように清々しい大空が広がっていた。世界樹の撒いた水のお陰で、草木の匂いがいっそう強くなる。匂いもそっくりだった。

「そろそろ、時間か」

 思考を断ち切るように陽次はつぶやく。二時ということは、もうあと数分もすれば授業が終わる。さすがに放課後教室に残ってまでネットサーフィンをしようとは思わない。陽次は、ログアウトプロセスを起動させる。徐々に視界が薄れていき、間もなくサーバとの接続が切断されるその時だった。

「……え?」

 しかし、その言葉は音にはならなかった。接続が切断され、仮想世界が終わりを告げる。そして、次の瞬間には現実に戻っていた。相変わらずつまらない教師がつまらない授業を続けている。ほどなくして、チャイムが鳴り、授業が終わった。今日の授業はこれが最後であるため、クラスメートたちはクモの子を散らすように教室から出て行った。しかし、陽次だけは席から動かない。彼の頭は、最後に一瞬だけ視界に映ったある少女の姿でいっぱいだった。絶えず身に着けているペンダントを握る。運命は少しずつ動き出した。

第一章 page2

授業が終わり、荷物をまとめると陽次は三階へと足を向けた。しかし、その足取りは重く、表情は若干暗い。緊張しているようにも見える。校舎を三階へ上がり、廊下を進む。そして、生徒会室というプレートの付いた教室の前で止まった。

「ふぅ……」

 陽次はため息を漏らす。そして意を決すると、ノックをしてからドアを開けた。

「ん、樋渡君か。今授業が終わりかい?」

 生徒会室に入ると奥の机に腰掛けている人物が声をかけて来た。
――三島 恭介(みしま きょうすけ)。彼が白河学園の生徒会長だ。身長は陽次よりもやや高いぐらい。頭髪は茶色く染まっており、すらっとした顔にかけたメガネが良く似合っている。知的、そんな言葉が良く似合う人だと陽次は評価している。

「ええ、今さっき終わったところです。あ、この間の会議で言っていた各部活への予算の割当額をまとめてきました」陽次はカバンからファイルを取りだすと、それを恭介に渡した。

「うむ。相変わらず仕事が早くて助かるよ。良い部下を持って私も嬉しい」

「ありがとうございます。後で目を通しておいてください。では、僕はこれで…」陽次は恭介に背を向け、生徒会室を去ろうとする。

「まあ、陽次君。せっかく来たんだ。お茶の一杯ぐらい飲んでいったらどうだ?」恭介は紅茶の入ったポットを軽く掲げる。

「その、今日はこれで失礼しようかなと」

「君とは一度じっくり話してみたかったしね。それとも私と一緒にいるのが嫌かい?」

「いや、そんなことはないですよ」

「ならよかった。じゃあ、早く座りな」

「では、ごちそうになります」陽次は恭介の机の前にあるソファーに腰掛けた。

「はい、どうぞ」恭介はカップを差し出した。陽次はありがとうございます、と礼を言ってからそれを受け取る。鮮やかな紅色の液体が湯気を立てている。陽次はカップにそっと口をつけた。

「どうだい?」

「おいしいですね、この紅茶。アールグレイですか?」

「おぉ、君は紅茶の味がわかるのか」

「えぇ、少しは……。といっても、わかるのはアールグレイかダージリンかってぐらいですけど」

「いやいや、それだけでも大したものだよ。まぁ、その紅茶はダージリンなんだけどね」

「えっ?」

「すまない、嘘だ。アールグレイであっている」

「……本当、会長って息を吐くように嘘をつきますよね」

「嘘とは失礼な。ただの冗談だよ」

「まったく……そうやっていつもみんなをだますんですから」

「愛嬌だよ、愛嬌」そう言いながら恭介は自分の椅子に座る。「しかし、今日は良い日だな。あの陽次君がお茶に付き合ってくれるなんて」

 満足そうな顔で恭介は言う。

「一昨日、一緒にバーメヤンに行ったばかりじゃないですか」

「あれ、そうだったっけ?」

「そうですよ。席に座るなり、『メニューの端から端までお願いします』って言いだしたじゃないですか……」

「はっはっは。誰しもが一度は言ってみたい台詞だろう?」

「さすがにあの時はメニューの角で頭を叩こうかと思いましたよ」

「あの時の店員の顔は面白かったものだ。こいつ……やるな、って顔をしていたな」

「いや、何言ってるんだこいつ、って顔だったと思いますよ」

「しかし、お酒類は抜きでって言ってしまったからな。やるには中途半端だったか」

「そのあと、やっぱ結構です、って言った後の気まずさは半端じゃなかったですけどね」

「……いちいち釘をさすでない」

「だって事実ですし」

「おっはようございます! あれ、もうこんにちはか」

 勢いよくドアが開き、女の子が中へ入ってきた。身長は陽次よりもやや低い程度。茶色い髪は後ろで軽くまとめられており、馬の尻尾のようにゆらゆらと揺れている。そして何より、その丸く大きな目が印象的だった。――日野 灯(ひの あかり)、陽次と同じく白河学園一年生で、生徒会の書記を務めている。

「こんにちは、灯くん。今日も元気だね」

「会長、こんにちは。あ、樋渡君も来てたんだ」灯は陽次へと視線を向ける。

「うむ。この間の各部活の予算割り当ての報告書を出してもらったんだ。陽次君は仕事が早くて助かるよ」

「相変わらず仕事は一人前ね。これでもーすこし、人付き合いが良かったら言うことないんだけど」

「まあまあ、人にはそれぞれペースってのがあるんだ。それに、まだ生徒会に入って一カ月しか経っていないんだ。時期に慣れるだろう。ねぇ、陽次君?」

「えぇ、どうもまだ学園の空気に馴染めなくて」

「ふぅん。そんななよなよしたこと言っているといじめられるぞ」灯は腰をかがめて陽次に顔を近づける。思わず陽次は腰を引いてしまった。

「ま、樋渡君は妙に器用なところがあるからね。そんな心配はないか」灯は姿勢を元に戻す。「で、会長。今日は何かするんですか?」

「あぁ、今日は七月にある体育祭の打ち合わせをしようかなと思っている」

「え、けど、今はまだ五月ですよね? さすがにちょっと早すぎるんじゃないですか?」灯はカレンダーに目をやる。

「まあ、少し早い時期から用意するぐらいがちょうどいいんじゃない。二カ月なんてあっという間だし」

「そうかしら。一か月もあれば準備できると思うけど」

「うむ、陽次君の言うとおりだ。他の仕事やテストなんかの関係でこのぐらいの時期から計画しないと間にあわないんだよ。去年はそれで酷い目に遭った」

「なら今から準備した方が良いですね。泉さんと御乃原さんは来るんですか?」

「あの二人か。どうだろうね。ちょっと電話してみよう」恭介は自分のコンソールから通話用のウィンドウを表示させる。すると、生徒会室の中心付近にテレビほどの大きさのウィンドウが表示された。しばらくのコールの後、ウィンドウに人が映る。

「はい。泉です。会長、何のご用でしょうか?」

 ――泉 水霞(いずみ すいか)。白河学園生徒会の副会長を務める二年生。すらっとした長身で、肩まで伸びた若干青みを帯びた髪が特徴的な女性だ。

「急に電話してしまってすまないね。ところで、今日は生徒会室に来られるかい? 体育祭の打ち合わせをしようと思うんだけど」

「今日ですか……その、今日はちょっと……」水霞は画面の右側に視線を送る。

「あああああああああああああ、もう! なんでうまくいかないかなぁ!? 完成まであと少しっていうのに!」

 突如、ウィンドウ中の水霞の向いた方向から叫び声が聞こえた。陽次たちはすぐにそれが誰なのか想像ついた。

「ちょっとキリカ、声が大きいって。今会長と電話をしているんだから」

「たはは、ごめんごめん。つい熱くなっちゃって……」

 ――御乃原キリカ(みのはら きりか)。白河学園生徒会の書記を務める二年生。生徒会で一番背が低く、それに合わせて顔立ちも幼い。一見すると中学生、いや小学生と思うほどだ。トレードマークは肩ほどまで伸びた緑色の髪と、それと同じ色をしたメガネだ。

「そしてなんでまたきょーくんから電話? もしかして、ついに毎回紅茶に塩を入れたのがばれた!? 一グラムでアウトだったかー」

「キリカ君……君はそんなことをしていたのか」

「あ、い、いやぁ?。きょーくんの味覚を試してみたくてですね。新学期から毎回ちょっとづつ量を増やして……」

「よし、みんな。今年の部活連絡会の担当者はキリカ君に決定だ。異論はないね?」

「「「はい」」」陽次、灯、水霞は声をそろえて返事をする。

「えええぇ、そんな! あの、めんどくさい役を……」

「何か文句あるのかい?」

「い、いえ……喜んで引き受けさせていただきます」

「よろしい」

 悪さをしてしまった手前会長の決定には逆らえず、キリカは肩を落とし、ため息をつく。

「で、結局二人とも、今日は生徒会室に来られるのかい?」

「えっと、その、今日は……」再び水霞はキリカの方を見る。

「そうだ! ゴメン、きょーくん! あと少し、あと少しで完成するの! だから、今日だけはなにとぞ、なにとぞ寛大な処置を……」一瞬のうちに気持ちを切り替えたのか、再びキリカはウィンドウに姿を現すと、そう言いながら盛大に頭を下げる。

「わかったわかった。今日は君の好きなことに専念しなさい。その代わり、明日は打ち合わせをするから、ちゃんと生徒会室に来るように」

「おぉ、さすが我らが生徒会長! 下々の気持ちを汲み取ってくださる。ではっ、わたしめは早速・・・・・・」
 そう言うと、キリカはものすごい勢いで画面から消えていった。その方向からはすさまじい勢いでキーボードをたたく音が聞こえる。

「……と、いうわけです会長」改めて水霞が言う。

「あぁ、わかった。君も相変わらず大変だ。ともかく、さっき言ったとおり、今日はいいから、明日はちゃんと来るように」

「はい、わかりました。ありがとうございます」水霞が丁寧にお辞儀をすると、プツン、という音とともに通信画面が閉じた。

「キリカさんは相変わらずですね、ホント」陽次は苦笑いをしながら言う。

「彼女は良くも悪くもマイペースだからな。まあ、これも個性というやつだろう。少しぐらい大目に見てやるさ」

「いいんですか、会長。生徒会がこんなので」灯は口を尖らせる。

「事前に連絡をしなかった私も悪かったからな。今日はいいさ。というわけで二人とも、今日は解散だ。わざわざ来てくれたのにすまないね」

「いえいえ、特に予定はなかったので大丈夫ですよ」

「僕はどのみち資料を持ってこなくちゃならなかったですし」

「そう言ってもらえると助かるよ。では、二人とも気をつけて帰るんだよ」

「会長はまだ帰らないんですか?」灯が問いかける。

「あぁ、ちょっと先生に頼まれたことがあってね。それを片付けてしまおうかと思ってね」

「さすが生徒会長ですね」

「雑用を押し付けられているだけさ」

「それでも信頼されているってことだと思いますけど。では、私、日野 灯はこれで失礼させていただきます!」そう言うと灯は扉の前に行き、敬礼のポーズをする。

「僕も失礼します。お疲れ様でした」

「二人ともご苦労様。また明日」

 灯が扉を開け廊下に出る。陽次もそれに続き、軽く礼をしてから扉を閉めた。

「さて、もうみんな帰っちゃったかなぁ。しかたない。あたしも帰ろうかな」右手の時計を見ながら灯が言う。「樋渡君はどうするの?」

「僕は帰るよ。特に予定もないし」

「じゃあ、途中まで一緒に帰ろっか」

「そうだね。行こう」

 二人は廊下を進み、階段を下り、玄関へ向かう。陽次たちの学年はすでに授業が終わっており、クラスメートたちは遊びに行くか、部活へいくか、帰宅しており、すでに見当たらない。他の学年はまだ授業が残っており、途中誰ともすれ違わなかった。靴を履き替え、二人は校舎から出る。

「はぁ、学校から出ると、なんともいえない開放感があるわよね」灯は両手を空高く伸ばし、伸びをする。

「日野さん、勉強が苦手そうだもんね」

「へぇ、樋渡君。それはどういう意味かしら?」

「い、いやぁ。特に深い意味はないよ。ほら、むしろ得意な人のほうが珍しいじゃない」

「ふんっ。学年で五本の指に入る人が何をおっしゃいます」

「いや、まあそれは……」

 陽次は入学した直後に行われたテストで非常に優秀な点数を取り、校内に堂々とその名前が張り出された。それ以来、陽次は周囲から勉強のできる奴という認識をされている。ちなみに灯は下から数えたほうが早い。

「いいですよーだ。人間の価値は勉強じゃ決まらない! うん、そうよ! あたしにはあたしの良さがあるわ!」顔の前でこぶしを握り、決意をあらわにする灯。その瞬間、二人の目の前に一台の車が止まった。

「すごい。ゼノア社のニューモデルだ・・・・・・」陽次は目を丸くして驚く。ゼノア社は世界的に有名な自動車のブランドメーカーだ。そこで作られた自動車は数千万という値段がつけられ、全自動車愛好家の憧れとなっている。特に、この春に販売されたニューモデル【ゼフィア】は世界でもまだ十数台しか走っていない。

「ほ、本当に本物……? アバターじゃなくて?」

 この世には、二種類の仮想現実がある。一つは、授業中に陽次が足を運んだグランデのような、全てをプログラムで作成した仮想現実。もう一つは、レイヤーシステムを使った仮想現実だ。レイヤーシステムとは、ネット上で設定した情報を、ナノリアクターを介して、現実世界に投影するシステムのことである。たとえば、ネット上で洋服のアバターを設定し、レイヤーシステムを使えば、その洋服が現実世界でもレイヤーシステムを起動している人の目に映る。もちろん、洋服に限らず、アクセサリや靴から自動車、家までと何にでも設定できる。このシステムにより、高くて手が届かないブランド品を着られたり、本来ならありえないデザインの家に住むことができたりと、人々の夢を叶えることができる。今、二人の目の前に止まった自動車もレイヤーシステムを使ったもので、レイヤー機能をOFFにすれば本来の姿が見える。灯はそう思い、自分のターミナルからレイヤー機能をOFFにする。

「え、うそ。本……物……?」

 灯に続き、陽次もレイヤー機能をOFFにする。二人の目にはしっかりと、正真正銘、本物のセフィアが映っていた。精錬されたスタイリッシュなフォルム、黒を基調とした質感のある配色、技術の粋を集められたシステム。どれ一つとってみても非の打ち所がない姿がそこにあった。

「いったいどんな人が乗っているのかしら・・・・・・」

 灯がそう言った時だった。セフィアのドアが開き、そこから一人の男性が出てきた。男の身長は陽次よりも少し高く、百八十に届くか届かない程度。やや明るく染まった髪を短くまとめており、顔立ちは整っている。黒のスーツを身にまとった姿は、その端麗な容姿と相まって、有能な青年実業家を思わせる。彼はゆっくりと陽次たちの方に歩いてきた。そして、二人の前で足を止めた。

「こんにちは。私の名前は高柳 彬(たかやなぎ あきら)。ここの学園長に用があるのだけど、どの辺りに学園長室があるのか教えていただけないかな?」滑らかで、そして研ぎ澄まされた声で高柳は言う。

「えっと、その、あの・・・・・・」突然の出来事に戸惑ったのか、灯は思うように言葉が出てこない。

「学園長室は三階の一番端にあります。階段は玄関を入ってすぐ左です」代わりに陽次が答える。

「ありがとう」右手で感謝を表すと、高柳は二人の横を抜けて、校舎の中へと入っていった。

「なんか、ものすごい人だったね」

「うん。あんなにかっこいい人見たことないわ。俳優か何かかしら」

「いや、そういうことじゃなくてさ・・・・・・」

「わ、わかっているわよ。あんな車乗っていて、あんなに美形でもそれをぜんぜん自慢していないというか・・・・・・そう、達観していた」

「へぇ・・・・・」灯の言葉に陽次は目を丸くする。なぜなら、彼女の評価が自分とまったく一緒だったからだ。別に、彼女を馬鹿にしている、格下に見ているわけではない。ただ単純に、自分と意見が合ったことに驚いた。
「あによ。あ、あたしのこと馬鹿にしているでしょ?」灯は手に腰を当て、眉を吊り上げる。

「いやいや、そんなことはないよ」

「そーですかそーですか。別にいいですよだ」そう言うと灯はやや急ぎ足で歩きだす。陽次はそれを追いながら謝るが、帰路の間、灯の機嫌は悪かった。しかし、分かれ道に差し掛かった時には、「また明日」と挨拶を返してくれた。

True Sky Memories page1&2

True Sky Memories page1&2

僕たちは日々後悔をしながら生きている。あの時こうしていれば、あれをやっていなければ、そんな適うはずもない願いを抱いて生きている。僕はそんな自分が嫌いだ。だが、それこそが僕の本質、本当の自分。いつになったら、僕は変わることができるのだろうか。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • アクション
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-20

Copyrighted
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