黒き竜が飛び立った村

昔々の ことなのか
未来未来の ことなのか

昔々の ことなのか
未来未来の ことなのか
山に抱かれた 小さな村に
一人の老婆が 現れた

浅黒い肌 白い髪
銀の瞳を 輝かせ
にっこり笑って こう告げた
あらまあ皆さん こんにちは
実は私は 竜なのよ

あきれるものや 笑うもの
馬鹿を言うなと 怒るもの
それぞれ騒ぐ そのただなかで
一人の子供が こう叫ぶ

ほんとだ あなたは竜なんだ!
はじめまして こんにちは
僕らの村へ ようこそ竜さん!
いったい何を しにきたの?
僕らといっしょに 遊んでくれる?

老婆は笑って こう言った
あらまああなたは わかるのね
だったらここに 決めようかしら
それじゃ皆さん よろしくね
私はここに 決めちゃった

笑う老婆が 宙に浮き
閃光はなって 姿を変える
村の上空 埋めつくす
ああたくましき 黒き竜

うろこは輝く 黒曜石
爪はギラリと 短剣のよう
牙をむき出し ニヤリと笑い
輝く瞳は 銀の海

竜は笑って こう言った
実は私は 身重なの
もうはや私は 年老いて
これが最後の 子になるわ

だから私は 欲しいのよ
卵を産める 優しい場所が
ここはとっても いいところ
ここに決めても いいかしら?

もちろんいいよ! と子供が叫ぶ
楽しみだなあ 僕とっても!
ねえねえ竜さん お願いだよう
僕にも卵を 見せてちょうだい

村人達は 大騒ぎ
だけども竜と 子供だけ
にっこり笑って 見つめあい
やがて来る日を ながめてた



少年の日の いつの日か
子供は竜に こうたずねた
ねえねえ、竜さん 教えてよ
おなかの子供の 父さんは誰?

竜は笑って こうこたえた
この子の父は 白竜よ
真珠のうろこに 翡翠の瞳
神にもひとしき 力を持って
とても若くて 美しい

ねえねえ坊や 聞いてちょうだい
私達はね 同じ竜でも
個体によって ずいぶん違う
私の寿命は とっても長い
だけどねだけど この子の父の
寿命はもっと 長いのよ

私が老いて 衰えて
そうしていつか 死を迎えても
この子の父は 変わらずに
若く美しく いるでしょう

ほらほら見れば わかるでしょう?
私は老いた 衰えた
そうしてもうすぐ 死を迎えるわ
人にとっては 久遠でも
竜にとっては 須臾なのよ

子供はちょっと 小首を傾げ
そうして竜に こうたずねた
ねえ、竜さんは 寂しいの?
とても不思議な 目をしてる

竜はにっこり かぶりをふった
寂しくないわ かわいい坊や
ただね、ちょっぴり 思っただけよ
産まれてくる子の 寿命のことを



青年の日の いつの日にか
子供は竜に こうたずねた
ねえ、竜さん 聞いてもいい?
卵はまだまだ 産まれないの?

竜は笑って こうこたえた
まあ、せっかちね かわいい坊や
いつかあなたに 言ったでしょう?
人にとっては 久遠でも
竜にとっては 須臾なのよ

きっともうすぐ 産まれるわ
だけどもそれは 竜の時間で
人間達の 時間にすれば
それはとっても 長いのよ

あなたが寿命を 迎える前に
私の卵は 産まれるかしら
どんな卵が 産まれるかしら
ねえねえ見たい? かわいい坊や?

子供は頬を ほてらせて
胸から腹から 声を出す
もちろん見たいよ 決まってる
僕に卵を 見せてよね!

竜はにっこり うなずいた
だったら坊や 頑張って
長生きしてよね 出来るだけ
卵の都合は わからない
私にだって わからない



壮年の日の いつの日にか
子供は竜に こうたずねた
ねえ、竜さんは どこから来たの?
山の向こうの そのまた向こう?

竜は笑って こうこたえた
いえいえもっと ずぅっと遠く
私は世界を こえてきた
世界の外から やってきた

子供は大きく 息を飲み
そうして竜に こうたずねた
世界の外には 何があるの?
あなたは何を 見てきたの?

竜は笑って 小首を傾げ
世界の外にも 世界があるの
無数の世界が うごめいている
そうよ私は 竜だから
世界のあいだを 渡れるの

子供はグッと 身を乗り出して
力一杯 こう叫ぶ
お願い 僕も連れてって!
あなたといっしょに 世界の外へ!

竜は笑って かぶりをふった
いえいえ坊や それは無理
だってあなたは 人だから
竜ではなくて 人だから

人は世界を 渡れない
渡れるものは 人ではない
だからね坊や あなたはここで
一つの世界で 生きなさい



老爺となって 時が流れて
最後の時を 迎える時に
子供の元に 歩みきたるは
あの日のままの 黒き竜

老爺は笑って こう言った
やあやあ竜さん よく来たね
あなたはちっとも 変わらないのに
僕はもうはや 年老いた
だけど今でも やっぱり僕は
あなたのことが 大好きなんだ

竜は子供の 手をとって
耳に口当て ささやきかけた
そうよ、あなたは おじいちゃん
そして私は おばあちゃん

ほら見てちょうだい かわいい坊や
やっと卵が 産まれたの
優しく輝く 真珠の色は
父のうろこと 同じ色

子供は笑って 卵をなでた
ようこそチビちゃん 僕らの村へ
僕はもうすぐ 出かけるけれど
君はゆっくり しておいで

卵をそうっと 地におろし
竜は子供に 問いかけた
ねえねえ坊や あなたはいつか
いっしょに来たいと 私に言った

かわいい坊や 教えてちょうだい
今でも心は 変わらない?
一人の旅は ちょっぴり寂しい
二人の旅は きっと楽しい

子供の顔が 輝いて
最後の息で こう叫ぶ
もちろん行くよ! いっしょに行くよ!
あなたといっしょに 連れてって!

――息することを やめた体を
その鉤爪で そうっとつかみ
黒き老竜 つぶやいた
さあさあこれで あなたはもう
『人』の枠から はずれたわ

だからね坊や 行きましょう
二人いっしょに 行きましょう
世界の外の そのまた先を
二人そろって 見に行きましょう

息することを やめた老爺と
最後の卵を 産みおとした竜
二人いっしょに 飛び立って
二度と降りては こなかった

黒き竜が飛び立った村

黒き竜が飛び立った村

とある黒竜ととある少年の、長くて短い恋物語。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-15

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

CC BY