腐った幻

 九人制バレーボールの一端を書いたものです。
バレーに馴染みがない方はちょっと読みづらいと思います。
佐部一輝の第二作になります。

青き幻を見て、オレはバケモノと呼ばれた。

 青き幻を見て、オレはバケモノと呼ばれた。
オレの名は勅使川原哲、約してカワテツとチームメイトから呼ばれている。
 年は不惑を迎えた四十才である。今もバレーボールクラブのコーチとして身体ではなく、尻に鞭打ち頑張っている。
しかし、それじゃ競争馬じゃんと言えなくもないが、これが本当なのである。
元来、腰痛持ちで尻を叩くと腰の具合がいいのである。無論、夜の鞭打ちの趣味はない。そっちの方はきわめて淡白、短命である。

 オレが現役、バリバリ21才のとき。
脳の誤作動か、空間認識能力の閃きか、あるいは神の導きか、自分では判断しかねないレシーブをした。
 その頃、底辺レベルの九人制県市町村大会と言える県青年大会郡予選があった。
オレが所属する天灯虫は前年は県青年大会において準優勝した実力クラブなのだが、あろうことか郡大会の二回戦で苦戦を強いられていた。
 敵は前年度の郡大会二位のチーム、つまり我が天灯虫に敗れているチームである。我がチームは一回戦はシードのため二回戦からの出番であった。
敵のチーム名はサケピカルと言う理解に苦しむ名だが、そこそこいいチームだった。中でもエースの円藤作次は油断ならぬスパイカーだった。
 試合が始まってすぐに異変に、オレは気付いた。
円藤がバックセミのポジションにいる。エースポジションであるレフトにいないのだ。彼は右利きだからライトちょんを打つのはつらいはずである。
ライトちょんとはクイックに近い低いトスを中心に打つアタッカーを指すことが多い。

 ここで九人制バレーボール通になるため、ワンポイントを話そう。
バレーには攻守の型、フォーメーションがある。その昔、あるいは町内ママバレーの九人制で見らる。
ネットから順に前衛・中衛・後衛とする攻守が同じポジションでプレーする333が主流だった。
本来九人制はポジションチェンジがラリー中でなくとも自由だからどこに動いてもいいことになっている。しかし、昔は動かなかった。
 ところが、九人制が進化していく過程で、守りは513や63(相手が攻撃、味方がサーブを打つ体型)が多い。
攻撃面(サーブを受ける体型)では243、あるいは252、もっと複雑になると2412いずれもネットから順に選手に数を表している。
極端の話、ブロックに自信があれば全員ネットに並んで、守ってもいいことになる。
 これを踏まえて、サーブを受ける側は攻撃のチャンスではあるが、ネットに五人くらいの相手ブロッカーがいることになる。
サーブレシーブでのイジーミスは命取りになる。つまり、ネットを越えたぐらいのミスは致命的なミスに繋がりやすいのだ。
敵のアタッカーが直接打つことが容易になるのだ。これをバレー用語ではダイレクトアタックと呼んでいる。
バレーのパス、トス、アタックで一、二がないことから、そう呼ばれている。
 試合を再現する前にもう一つ勝敗について、九人制は先に21点を取ったチームがそのセットを取る。
先に2セット取ったチームの勝利となる。20対20のデューズでは2点差つけた時点で終わり、3セット目なら差をつけたチームの勝利となる。
 
 では、奇妙な体験をするまでの流れです。試合は六月中旬。
県青年大会郡予選の二回戦。天灯虫VSサケピカル
一セット目は、21対16で我が天灯虫が先制。
ニセット目は、円藤の活躍で21対19サケピカルが五分に戻す。
三セット目は一進一退が続き、19対16でサケピカルがリードでいよいよ終盤戦に突入した。敵のサーブである。
 オレが焦って、天井を見ているとバックセンターの浅黄長治ことチョウさんが近寄ってきて、気障なことを語った。
 「負けることは恥ではない。今、負けてしまいそうと思うことが恥だなんだ。
 がんばろうぜ。まだ終わっていない。カワテツ、お前がレシーブの要だ」
 「チョウさん、サーブレシーブ一本繋ぐよ。バック頼むよ」
 敵のサーバーはここで決めれば王手になるとばかりに、強烈な変則なドライブサーブを打ってきた。
ややシュートが掛かって、オレがいるハーフセンターの左やや上を通過した。
 「あ、やばい……」
 ボールはチョウさん目がけて勢いを増していった。
オレが振り向くとチョウさんはかろうじて横っ飛びでボールを上げた。が、誰もが、でかいと思った。その瞬間、円藤に打たれると咄嗟に、オレは閃いた。
 ここから奇蹟が起きた。
ボールは外光を受けて黒玉と化し、円藤に導かれるようにネットをゆっくりと越えた。と、同時にボールのど真ん中から青白い光線がオレの目に飛び込んできた。
何が起こったか分らないが、光は不思議と眩しくはなかった。
 感覚的には、まるで時間の流れが急に遅くなって、何かが光った。そんな感じだ。
光線が指している床に、オレは思い切り転がり、ボールを待った。が、勢い余って行き過ぎてしまった。
しかし、光は消えていなかった。光線は転んでいるオレの右目を射しはじめたのだ。
慌てることなく、オレは光を遮るように手のひらを出した。ボールはきれいに上がった。
だが、、世の中はそんなに甘くないのか、またしても円藤のダイレクトアタックゾーンにボールは無情にも向かっていった。
「終わったな」という言葉がオレの脳裏をかすめた。
すると同時に、転んで起き上がろうとするオレを円藤がネット越しに一瞬睨んだ。
うすら笑いを浮かべながら円藤は人を見下すような視線をオレに向けた。今でも忘れられない。
 円藤は両手を横に広げ、悠然とジャンプをはじめた。
ボールはネットを越え、やがて円藤の右手の餌食になるべく舞い上がっていく。円藤の右手とボールが再び衝突したとき、幸運にも青白い光線がオレの左目を射したのだ。
脳の誤作動がないことを信じ、利き手ではない左の手ひらを突き出した。右手は使えないのだ。既に右わき腹に付いている。
つまり、アタックするようにレシーブしたため、すぐには顔付近には自分の手が戻せないのである。
 ボールはナイスカットされ真上に上がった。このボールをチョウさんがオレを跨ぐようして、レフトエースに二段トスを上げた。
我がエースはこのボールを上手くコンロールしてストレートのエンドラインぎりぎりの落した。これで、19対17である。
 このレシーブは円藤が最初にダイレクトアタックを打った瞬間からオレが二回目のレシーブをした要した時間は、おそらく二秒あるかないかぐらいだ。
 点が決まった瞬間、オレは茫然と天井を見上げた。
観覧席から喚声が聞こえ、チームメイトはハイタッチを繰り返す者、ガッツポーズをする者、あるいは、ただ野良猫のごとグルグル走りまわる者など、コート内外は騒然と化した。
 その後、試合は天灯虫の繋ぐバレーが功を奏し、22対20で勝利した。
勢いのまま郡大会も征したが、チームは県大会の準決勝で敗れ、涙をのんだ。
 他チームから流れてきた話では、勅使川原はバケモノだ、とささやく者もいたとか。
 
オレはレシーブに関しては変人扱いされていた。
その一端を話してみたい。
 あの青白い光線は脳の錯覚か、空間認識能力のいたずらか、はたまた神の悪戯か、その後のレシーブには、どんな場面になっても現れなかった。
だが、あの景色が見たいがため、オレは人と変わったレシーブを続けた。
 例えば、フランイグレシーブ(一般的にはフェエイントを取るプレー)を強打されたボールにも、ときより使った。床に胸部をしたたか打つときもあるが、
ケガを恐れてはレシーブできないと、強気でプレーした。
 前にフライングして、ボールを拾ってから立つことも憶えた。
体育館の床にマットレスを敷いて、チームメイトにボールを投げてもらう。
右手でボールを拾ってから右肩を左腰(自分の)方向に巻き込んで、背中を丸めて回転する。最後に、左手で受身を取りながら立ち上がるのだ。
 危険な技で、オレ以外の選手はしない。テレビでも見ることもない技だ。
これは柔道経験がないとできないプレーで、そもそもフライングして立つ意味などないので誰もしないのが現実である。
しかし、160センチしかないレシーバーがリベロ制度がない時代に生きていくには目立たなければ試合には出られないのだ。
だが、どんなに自分をレシーブでいたぶっても、あの時の青白い光線は現れなかった。

 時が流れ、オレは四十才になった。
若葉が芽生えはじめた頃、浅黄先輩がオレの家に来た。
 「喜べ、カワカツ。マスターズ県選抜に選ばれたゾ」
 「え、オレが……」
 マスターズとは四十才以上が参加可能な九人制大会である。
全国大会まであるが、その予選である関東大会に出るための県選抜チームに、オレが選ばれたのだ。
 「チョウさんは選ばれなかったの、オレだけ」
 「オレらのチームOBからはお前だけだ、がんばれ」
 
 だれが推薦してくれたのか分らないが、練習に参加するため準備を即日、オレは開始した。
久しぶりに天灯虫が練習している体育館を訪れた。
元チームメイトが監督しているといえ、現役選手にあいさつを済ませ、心おきなく練習をはじまめた。
 まずはストレッチ、パス、一対一の対人を卒なくこなした。
やがて、キャプテンがオレの所にやって来た。
 「カワカツさん、ぼくたちコンビでスパイク打ちますが、レシーブしてもいいです」
 「ブロックなしでレシーブしろ、ということ……わかった」
 断れなかった。こちとら客なのだ。オレだけのための練習などできる訳がない。
ちょっと勇気がいったが、オレは打たれる側のコートに補欠二人とともに入った。
 すると、二十代では感じなかった恐怖が芽生えた。現役バリバリのスパイクがこれほどとは思わなかった。目にも止まらぬ速さで、オレの脇をボールが通り過ぎていく。
自分に、少々いらだってきた。レフトの中衛付近にいたオレは、ふと思った。すべてを取りに行けば、すべてを失う。
 意を決し、自分が両手を広げた範囲だけでも、全力で取り行く。コートに入ったからには年は関係ない。久々の練習が上手くいくはずがないでは、甘いのではないか。
若い奴のスパイクに目が慣れれば、マスターズのボールだったら楽にレシーブできるはずだ。
 決死の覚悟でボールに向かうため、無駄でもしゃにむに両足を動かし、意識を足に向け、両手に力みない面を作ることだけを考えた。
この考えが良かったのか、徐々にボールに触るようになった。
 久しぶり身体が躍動するような感覚が戻ってきた。
 「さぁ、これからだ」と叫びながら、オレはライトのCのセミクイックに対峙した。ライトから打つ若造は、191センチある元国体県選抜メンバーの一員だ。
半端ないアタックを打つ選手でセミクイックを得意としている。
 この若造にトスが上がった瞬間、オレは思い切り素早い動きで前に突進して、アンダーハンドパス(両手)で構えた。
 だが、近距離で正面に早く突っ込みすぎた。
「しまった」と思った瞬間、一筋の青白い光がオレのレシーブする面に射した。
「来たきた、来た……もらった」
 そう、心で叫んだ。やがて、ボールがオレの面に真直ぐ近付いてくる。
確実に取れる久々の予知だ。バレーを続けていて良かった。
また、遭えた……。いや、待てよ。青味に黄色が混じっている。これは、なんだ。
 十九年前に遭ったあの光ではない。やや黄ばんだ光だ。青に黄色、黄ばみに青味か、日本語になったないではないか。そんなことを瞬時に思った。
若造の手から放たれたボールが勢いよくオレの手(面)に触れた瞬間、光は消えた。が、力学的にいけば、互い(ボールの勢いと突っ込んだ体から伝わる手)の力で
ボールは遥か彼方に飛んでいってしまう。ここで、オレはあるアイデアが浮かんだ。
強打レシーブは普段から意識と身体のズレで取るものだと、肝に銘じている。この場合は完全に意識と身体が一致してボールを迎えにいってしまった。
 どこかでズレを起こす必要あるのだ。
面に触れた瞬間、手を引いてはコントロールが乱れる。手を横に振ったらなおさら悪い。
 光の導きがなく、オレは咄嗟に両肩の力を抜いた。
これは信じがたいことでだが、そう閃いた。
 ボールはナイスカットで天空に三メートルほど上がった。
「ナイトカット、さすがカワテツさんだ」と、後輩たちが声を掛けてくれた。

 オレはかすかな自信を持った。やれば、できる。その心意気で練習を続けようとしたが、ボールが来るたびに黄ばんだ光線が見えはじまえたのだ。
「テツ、どうした。しっかりしろ……」
 神の領域に入った、と思ったのも束の間、いや、これは眼の異常ではないか、と、ふと疑問に思った。
顔を思い切り左右に振ると左眼に光線が走るのである。最早、ただごとではないことを感じた。
何度、やっても腐った幻は現れるのだ。

 翌日、オレは大手病院の眼科に診てもらった。
 「先生、きのうから眼にときより妙な光が走ります」
 「どれどれ、光視症の疑いありかな。まあ、よく調べましょう」
 「直りますか、先生……」
 「眼底検査をしてから、よく診ます」
 オレは眼底検査を受けるための特殊な目薬を左眼に付けてもらってから待合室に入った。
やがて、再び名前を呼ばれ医務室に入った。
 「はい、勅使川原さん。この機械に両目を近づけてください」
 「あ、はい……」
 オレはゆっくり機械に両眼を近付けようとすると、先生の鋭い眼が一瞬、鋭く光った。どこかで遭った眼だ、そうだ。
機械に近付くのを止め、先生の胸元を見て、オレは驚いた。
なんと、名札に眼科二科、円藤作次と刻印されていたのだ。
                          〈了〉

腐った幻

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極、並に、いやいや小波の男です。
rablove@hotmail.co.jp

腐った幻

哲はレシーブで青白い光を見た。それが幻か、神の導きか、はたまた単なる錯覚か。 妙な体験をスロー感覚で書いた作品です。

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-15

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