アメ村の吉田

アメ村の吉田

ジャングルの王者吉田

ピンクに塗りたくった気味の悪い2DKの貸しアパート。ここの大家の顔を見てみたいわと近隣の主婦達が噂をしているような気がする。
僕はここで産まれ育った。
「お母さん、お母さん、おやつの牛ロースちょうだい!」
いつもの様にお母さんに無茶を言うと、いつもより体格の良いお母さんがあらわれた。
「今日から私がお母さんよ」
一瞬自分の目を疑った。まさか、そんなはずはない。目を凝らしてもう一度良く見てみると、やはりそれは女装したお父さんだった。
そして、僕は家出した。 日本は性的な問題に関してソドム化している。
家出したといっても僕はもう29歳、「ええ歳」である。
無職でここ二年ほどお父さんとお母さん以外と会話してないので対人恐怖症と言語障害がある。 果たしてやっていけるだろうか。
これは自分に着せた挑戦でもある。
何処に行こう。お母さんの財布から失敬してきた1万円を握りしめ、見慣れた赤と白の近鉄電車に乗り込んだ。
大阪で最もイケてる場所。それはミナミのアメリカ村だ。僕もナウなヤングにバカウケのイケてるチャラい男になりたい。
そして、なんやかんやがあり、ミナミのアメ村にたどり着いた。
ミナミのアメ村を挙動不審にうろついてみる。
困ったことが山積みだ。 問題はひとつひとつ忘れていこう。
問題1・これからどうするか。 忘れよう。そんなことは自分で決めなくて良い。
自然に身を任せよう。 自然との不調和により自然破壊が産まれたのだから。
自然と調和しよう。 いきなり僕はその場で寝っころがった。 疲れたら寝る。自然の法則だ。
太陽がまぶしい。アスファルトが熱い。
繁華街の路上で寝る。これすなわち、社会からすると不自然である。
だがしかし、社会とは自然に抗った人間の、人間のための世界。社会に抗ってこそ自然体。僕は正しい。
目をつぶって寝ようとしていると、急に影が光を遮断した。「あれあれあれ~?お兄さんどうしたの~?」
6人の若者が馬鹿をしたように笑いながら僕を囲んでいる。 ファッションチェックをしよう。
髪型、モヒカン三人、オールバック一人、ロン毛一人、スキン一人。
服装は70年代イギリスパンクを意識している。 やれやれだ。チーマーってやつか?
僕は言った。
「失せろよ。ギャングの真似っこか?僕は吉田太郎、29歳中卒。菓子パンを袋に入れる流れ作業を中学卒業してからずっとやっていたが流れ作業についていけなくてやめてお父さんがリストラされておかしくなったからさっき家出してきたんだ」
なんと、言語障害が治ってるではないか。スラスラと言葉が出るぞ。
そうか、僕は社会というものを意識していたために、人を意識し過ぎていたから
「こうでなければならない」という意識に縛られて緊張してたから言語障害に陥ったのだ。

僕は自然に戻った。僕はジャングルの王者だ。ジャングルの王者吉田だ。
これだ。このストリート名でいこう。と思った。
「てめぇ面白いな。来いよ。」
彼らは僕の自己紹介をたいそう気に入ってくれてアジトに連れていってくれた。
アジトについた。
ライブハウスを改装したようなところで椅子がずらっと並び一番前中央に講壇がある。人が溢れんばかりいる。ざっと300人はいるだろうか。
そのうちの7割がモヒカンだ。
驚いた。日本にこんなにモヒカンが生息していたなんて。
みんな立派なモヒカンをしている。
モヒカンといえばパンクの代表する髪型で反社会のシンボルだ。
そういえば子供の頃家に
「モヒカン族の最後」~著:ジェイムズ・フェニモアクーパー(早川書房)~
という本があったが、ごくり・・・こいつらもしかして・・
講壇にいる男(40代半ば、黒スーツにモヒカン)が演説をしている。
彼のモヒカンは一段と高い。3メートルぐらいあるモヒカンだ。やりすぎだろ。明らかにおかしい。
僕はアジトに連れてきてくれたモヒカン(名前を通称アフロと言う)に質問をした。
「アフロさん、すいません、ここは一体・・」
アフロは答える「ここは、俺たちのような社会から見捨てられたやつらの巣窟よ。俺たちは日々偏見と戦ってるんだ。」
僕は思った。彼らは何か勘違いをしている。
見捨てられたんじゃなくてあなたたちが社会から逃げたんでしょう。
偏見と戦ってるって人は見た目で判断するんだからそんな危ない恰好をしてたら偏見持たれるでしょう。甘えてるだけだ。戦ってるってあんたたちが勝手に反乱起こしてるだけじゃないか。
っていうかあの講壇の男のモヒカンはあきらかにおかしいだろ。
なんであんな天井に届きそうなモヒカンをしてるんだ。絶対生活に支障をきたすだろ。
演説が終わりみんなで談笑会となった。
酒を浴びるほど飲みガンガンで音楽が鳴っている。
酒池肉林の宴会騒ぎだ。
演説をしていた3メートルのモヒカンが自慢のモヒカンをゆさゆさと揺らしながらこっちに近づいてきた。どうやってあの髪固めてるんだろうか。スーパーハードスプレー10本は必要だぞ。
一人でセット出来ないだろ絶対。
男はアフロに握手をした。「久しぶりだなアフロ。下界の様子はどうだ。」
アフロは答えた。「はっ。モヒカーン閣下。アメ村は日々愚民どもに汚染されてきています。最近では法律が厳しくなったがゆえにアメ村はどんどん綺麗になってきております。
風営法によりほとんどの風俗は消滅しました。その代わり立ちんぼの娼婦が増殖しております。
法律で禁止されたのなら隠れてやるしかほかありません。アンダーグラウンドが地上に芽を出していた時代は終わり私たちは再び地下へと潜ることになるでしょう。」
モヒカーン閣下はつぶやく
「愚かな・・法律で取り締まっても私たちの生き方は変わらんぞ。私たちは産まれながらの無法者なのだから」
ごくり。このモヒカーン閣下とアフロ、言ってることはなかなか深いが、彼らのファッションセンスとネーミングセンスは明らかに狂っているぞ。
「こいつは誰だ?」
モヒカーン閣下は僕を指さして言った。
「はっ。こいつは道のど真ん中で寝ていたカブキ者です。名前をジャングルの王者吉田と言うそうです。」
「貴様、何者か?答えよ」
僕はもうなんかこの茶番劇みたいなのに疲れてきたから帰りたくなっていた。
僕は取りあえずこいつらの仲間にはなりたくない。僕の目的はこの街のいただきに立つこと。
今決めた。取りあえずこの狂ったアフロをどうにかしよう。
僕は叫んだ。
「俺はジャングル王者、吉田!!貴様が俺様の一人目の生贄だ!!!」
僕はモヒカーン閣下の御大層なアフロを持っていたハサミで根本から切り落とした。
バサッ。
モヒカーン閣下のモヒカンは、地面に心地よい音とともに地面に垂直に倒れた。
モヒカーン閣下のモヒカンは2センチ弱となった。ほとんどスキンである。
「うおおおおお!!な、なにをおおおお・・・うぅ・・・」
モヒカーン閣下は絶叫とともに地面に倒れた。
アフロが叫ぶ
「貴様!!何をする!!!こいつを捕まえろ!!!」
僕はすぐさま逃げた。
捕まれば恐らく、二度とモヒカンに出来ないようにされるだろう。別にいいけど。
「閣下!閣下!お気を確かに!!」
モヒカーン閣下は絶命状態だった。アフロの腕の中で息絶え絶えに言った。
「アフロ・・・最後に一つ聞きたいことがある・・・・」
アフロは涙ながらにこたえる
「うぅ・・なんですか・・閣下・・なんでもおっしゃってください・・」
モヒカーン閣下は口をパクパクさせながら答える。
「お、お前は・・・・ど、どうして・・・モ、モヒカンなのに・・・・名前がアフ・・・ロ・・・なんだ・・・」
ガクッ
「閣下!!閣下ーーーー!!!!」
アフロの絶叫がアジトにこだまする。
僕は無我夢中で走って逃げた。
やつらに捕まれば、まず間違いなく永久脱毛にされる。
まだ髪を失うわけにはいかない。
遠くから追っ手の声がする
「あっちだ!あっちにいったぞー!違う!そっちじゃない!こっちだ!違うって!こっち!ななめ右!ちがっ・・!そっちはななめ後ろ右だ馬鹿ヤロー!」
恐らくマメ村にいるモヒカンは全員あのグループに属しているだろう。
モヒカンに気を付けねば。
息絶え絶えに逃げてきた。
ほとぼりが冷めるまで路地裏で一夜を過ごすことにした。
チュンチュン・・・
朝が来た。朝日がまぶしいぜ。
公園があったのでベンチに腰おろす。
ここは四角公園といわれるマメ村の中心点とされている。
隣にいたにーちゃん達が何やら話をしている。
「おい、聞いた?昨日モヒカーン閣下が何者かに襲撃されてあのご自慢のモヒカンをばっさり切られたんだって。あの髪の毛・・10年は伸ばしてたろうに・・凄いことをするやつがいるもんだなぁ。あのチームモヒカンに喧嘩売るとはなぁ。」
チームモヒカン・・・そのまんまじゃないか。なんというネーミングセンスの無さ。
「あぁ、そうそう。襲撃した奴の名前はジャングルの王者吉田とか言う名前らしいぜ。変な名前だよなぁ」
こいつら分かってない。このネーミングセンスが分からないとは大したことないな。
兄ちゃんたちに声をかけることにした。
「おい、この街で一番強いギャングチームは何処だ?」
「なんだこいつ・・」
兄ちゃんたちは立ち上がって威嚇してきた。
「俺はジャングルの王者、吉田だ。」
「なっ・・お前が!?まだこの街にいるなんて良い度胸してやがるな・・・よし、特別に教えてやる。このマメ村で一番強いのは「ネズミーマウス」というギャング団だ。やつらはウサギの耳をした帽子をつけて語尾に「ホロッホー」と付けるのが特徴だ。
マメ村にいるネズミを試食としている。そのため食費がかからない分、金を溜め込んでるが故にその分武器をたくさん持っている。」
ネズミーマウスというチーム名でウサギの耳をした帽子をつけて語尾にホロッホーと付けるか・・なるほど、意味がわからん。
「マメ村ではネズミーマウスが一番強いが、ミマミの街全体で言うならまた違ってくる。ミマミの街を仕切るボスがいる。そのボスはな・・・うっ・・・」
突然兄ちゃんが倒れてうずくまる。
もう一人の兄ちゃんが落ちついた様子で答える
「あぁ、こいつ貧血だから問題ないよ。いつものことだから。」
貧血かよ。聞きそびれたぜ。
それにしても腹が減った。昨日から何も食べてない。
ふと後ろに入っている財布を確認した。
526円・・・これが僕の全財産か。
ふと前方を見るとウサギ耳の帽子を被ったヒゲを生やしたのおっさんがいる。
揚げたネズミらしきものを美味しそうに食べている。
間違いない。
僕はその下手すると通報されかねない身なりのおっさんに近寄って声をかけた。
「おい、お前ネズミーマウスの者だろ?」
おっさんは一瞬動作が止まったが何事も無かったかのようにネズミを食べながら答える。
「違うホロッホー」
絶対こいつだ。
「昨日から何も食べてないんだ。腹が減った。そのネズミくれないか。」
「タダではあげないホロッホー。だが、お前、お前はモヒカーン閣下を倒した男、ジャングルの王者吉田だなホロッ・・お前の腕を見込んで、一つ仕事があるホロッホー。報酬はネズミ1年分と250万円ホロッホー。どうホロッ?やるホロッ?」
ネズミ一年分と250万か・・・
ネズミいらねぇ。
「分かった。引き受けよう。その代わりネズミはいらん。」
おっさんは少しキレ気味に言った。
「ダメホロッホー。ネズミは必ず貰うんだホロッホー」
めんどくさいおっさんだ。
「分かった。ネズミも貰う。ところでお前絶対語尾のホロッホー無理してるだろ」
おっさんはネズミを食べ終わりタバコに火を付けて仕事の内容を言い出した。
「仕事はだなホロホ。チームモヒカンは今日の朝モヒカーン閣下の解散宣告により解散したんだホロッホー、しかし食いっぱぐれを無くしたモヒカンのチンピラどもがこのマメ村近隣で暴れているホロッホー。
副団長だったアフロのヤローがみんなを率いて暴れてるんホロッホー。
あのモヒカンのチンピラどもを全員倒してくれホロッホー。元はと言えばお前のせいだしホロッホー。」
僕は一つ返事で言った。「分かった。引き受けよう。」
「よし、ではこのネズミを前報酬としてやろう。」
ネズミのから揚げを貰った。何も食ってないからなんでも食っておこう。
僕ははっとした。そうか。その手があったか。
「おい、おっさん。前払いで125万くれよ。心配するな。俺はジャングルの王者吉田だ。問題無い。」
おっさんは俺の目をじっと見た。
「そうだな。お前はジャングルの王者吉田だ。大丈夫だ。では125万前払いとしてやろう。その代わり仕事は完璧にこなせよ。」
おっさんは帽子の中から札束を取り出してそのうちの100万の束と25万を数えて僕に渡した。
「サンキューおっさん。」
おっさんはウインクした。
「うむ。俺はネズミーマウスのリーダー、名前はネズミーだ。よろしくな。」
名前も恰好も何もかもダサいな。と思いつつ握手した。
「よろしくな、ところでお前途中から語尾にホロッホーつけてないぞ。」
こうしては僕は125万を手に入れた。
僕はネズミーと別れて足早に歩いた。
もう、なんかめんどいから家に帰ろう。
家に帰っておやつの牛ロース(生)でも食うか。
別にお父さんが女装癖があったとしても特にショックでもない。
だってお父さん一回そっち系の犯罪で捕まってるから知ってるし。
もうこの頭おかしい街にも足を運ぶことは無いだろう。
僕は電車に揺られて帰宅した。
長い旅だった。世の中は謎で満ちている。不思議なことだらけだ。
僕はその一部しか知らない。
人は、全てを知ることなど出来ない。人は何かを信じたがる。
その信じるものが真実だという確証が欲しいために膨大な情報を集めて考えて答えを出そうとする。だが、理屈で真実だと信じるにはこの世の全てを知らないと出来ないのだ。
人の頭では限界がありそれは不可能だ。では何も信じることは出来ないのか?否、違う。
そんな不可知論的な生き方はしんどい。希望が無い。
自分が信じたいものを信じれば良いのだ。
自分が一番希望を持てるもの、自分を一番愛してくれているもの、それを信じれば良い。
少なくとも、あの街にはそれがなかった。この家にはあるだろうか。
台所から野太い声がする。
「何処いってたのー。心配したわよ。」
どうやらこの家にも無さそうだ。

アメ村の吉田

アメ村の吉田

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-13

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