電車内で化粧する女とは? パターン2
場違いな場所に来てしまった時の恥ずかしさ、 勿論誰かに咎め立てされる訳じゃない。
勢いで入ったレストランのメニュー見て料金の¥〇一つ多い、慌てて退散なんてことも、よくある事。
世間という名の形の無い幽霊に脅かされたり、またそれのご機嫌とったり、時には都合よく利用して、
自身を納得させたりする。
場違いな場所と、本人が思っているだけ? 否、世間の幽霊が見ている。
「お前はここにふさわしくない」無言の圧力を感じて、ハニカミながらイソイソと退散。
しかしおおよそ、絵画のギャラリーと縁のない安サラリーマンがこの場違いな場所に立ち尽くす。
彼に何があったのか?。
場違いな場所
東京は銀座のギャラリー街、綺麗に磨かれたショーウィンドーが並んでいて、余程の高額所得者で、
絵画に興味のある者しかその店舗に足を踏み入れることはない。
一般人におおよそ無縁、一生行かずに過ごしても何の支障もないのも事実。
選ばれし者の為の聖域なのか?それと無駄と浪費の極地か?
いずれにしても、オーラを漂わせ一般市民を寄せ付けない。
その一角で老画家の個展が開かれていた。
その老画家は人物の表情や仕草を表現するのを、好んでいた。
そして数々の作品は見るものを引きずり込む不思議な感覚にさせた。
時を忘れて魅入ってしまう、或は考え込む、無言のメッセージを感じるからだ。
当然、高額だが値札は張られていない、そしてギャラリーの主人が気に入らない客には決して売らない。
店内はこの辺りでは広く7~8人の客があるがまだまだ余裕がある。
そこに招待状を持った一人の安サラリーマンが現れた。
店主は少し眉を寄せたが直ぐに表情を和らげた、何せ招待状を持った客、ぶらりと場違いな場所迷い込んだ
憐れな仔羊ではない。
「ようこそ、いらっしゃいませ」店主は丁寧に挨拶したが、安サラリーマンは気が付かないのか?
店内に目を泳がせてから「あっこれは、おじゃまします」と招待状を店主にみせ、又何かを探すように目を泳がせた。
「何か、お探しで」気配を察した店主が尋ねた。
「いやー、何かというか、マァあんまり、絵には興味がなくて。いやいや決してつまらないとか、じゃないです・・・」
「そうでございますか、お探しの絵があれば、なんなりとお尋ねください、処でどなた様から招待されました?」
「えっ・・招待というか、なんと言うか、この個展の画家だと思うんですが、・・・なにしろ、絵には疎くて、
有名な方なんですか?」
店主は少し混乱した《招待状を持っているのの画家の事をしらない?それにこの画家はかなり有名だぞ。》
しかし気を取り直して
「はい、有名な方でございます、だいたい個展の後、販売させていただいてますがもう、完売状態でございます」
「はぁーそうなんですか?いや知らなくてお恥ずかしい・・・そうかぁ、有名なねぇ、・・・そりゃそうだろねぇ!」
安サラリーマンは何かを納得させるように、頷きを繰り返した、そして
「あのー私に似た絵がありますかね?」とこの場違いな店に来た理由ともいえる質問を店主にした。
東海道線、上り
安サラリーマンは、東海道線上り電車で東京に向かっていた、時刻は午後四時を回った。
会社は東京駅から更にメトロに乗り換えて4駅だったので、定時の五時には間に合うが雑用などを計算すると、
サービス残業になるだろう。
安サラリーマンは少し苛立っていたが、どうにもならないことも知っていながら念じたりしていた、しかし
(念力が通じて電車が予定より速く到着することはない)
妄想を終えて、ふっと対面の座席に目をやると、23~24の女性がブランドバックからポーチを取り出すのが見えた。
(まさか、ここで化粧始める訳ないわな)
しかしその女性は男の想いを裏切り口紅を直し始めた。
(まじかよ!)その女性は可憐で清楚な面立ちだったから、そして初恋の人を思わせる黒髪・・・
口紅を指すと口をつぼめたが、その表情がたまらない。
しかし周りの人々は憎悪の表情だったり、呆れ顔だったり、誰かが彼女に文句をつけないのか?
誰もがそう思っているようだ。
違うのは安サラリーマンだけだった、うっとりと見惚れて体から力が抜けていく、恍惚の表情になった。
ず~と見つめていたかったが、いつの間にやら終着駅の東京に着いていた。
勿論彼女はスクッと立ち上がり足早に人混みに紛れ消えてしまった。
それからというもの、安サラリーマンは事あることに彼女を思い出した。
仕事の手が空くと思い出す、食事中にも思い出す、とにかくそんな感じで心は奪われていた。
(綺麗だったなぁ、もう一度会えないかな?)を何度も繰り返していた。
そんなある日、安サラリーマンにチャンスが巡ってきた、彼女と会った時間帯の電車に再び乗れたのだった、
(まさか、いないだろう)そう思いながらも探さずにいられない、わざわざ車両を3両ほど移ると、彼女はいた。
(えっ彼女だ)天に願いが通じたと思った、そしてまた彼女は化粧を始めるのだった。
それは憎悪に満ちた顔に囲まれた天使に見えた、あまり近づくと返って表情が見えないので、
安サラリーマンは少し離れたところから見ることにした。
どこからみても可憐で清楚、なぜこんな女性が電車内でマナー違反の化粧をするのか?
安サラリーマンは疑問に思った、そして禁断の行動・・・尾行してみたくなった。
見ていたつもりの人々
女性を尾行する。
それは、それだけで犯罪なのか?イヤ決してやましい心はない。
安サラリーマンは自問自答しながら、ある程度の距離を置いて追いていく。
彼女はそんな事など、お構いなしに改札をやや速足で抜けると、公衆トイレに入った。
「あ~ここまでにしよう」安サラリーマンは安堵した、今なら会社の終業時間に間い合う。
それに何所までも付いていきそうな、本当の犯罪者になりそうな自分に気が付いていた。
「しかし、マァ俺も用を足そう」トイレに入り用を足した。
そして安サラリーマンがトイレから出ると、彼女も出てきて、偶然顔を見合わせる恰好になった。
間近で見る清楚な顔は非常に美しい、そして驚いたことに化粧を少し落としていた。
「え~なんで?」思わず口から出そうになったが、息を呑み込み堪えた。
当然ながら彼女は安サラリーマンなど又お構いなしに改札に向かった。
「もう追いていくしかない」導かれるように改札に向かった。
彼女は東海道線の下りに乗り込むと、また化粧を始めた、清楚で綺麗な顔立ちは、また憎悪、妬み
険悪、で包まれたが、安サラリーマンだけは違った。
彼女のガードマン気取りで、冷静に当たりの乗客を見渡した、そして彼女を見る目はもう憧れだった。
そして彼女は二駅の品川で下車した、当然ながら安サラリーマンもつられる様に降りた。
彼女はまた足早に改札を出たので、「ここまでにしよう」自制をかけた時、彼女は直ぐ近くにある、
コーヒーショップに入った、「もう少し、ここまで」当然安サラリーマンも店に入った。
カウンター席じゃなくテーブル席に彼女は座った、安サラリーマンは彼女が見えそうなカウンター席へ座った。
「誰か来るのか?」そう思う間もなく、一人の老人が後を追うように現れた、
老人といっても立派な身なりで腰も曲がっておらず、かくしゃくという表現がぴったりだった。
「今日も、ご苦労様だったね」老人はそう言うと、かなり厚みのある封筒を彼女に手渡した。
「いつも有難うございます、今日はどんな風でした?」
「うん、マァ良いのが観れたね、いつもの憎悪類に加えて、憧れも観れた、しかし毎度君には申し訳ない」
「何がです?」「ウ~ン危険な目に合わせているというか、いつ爆弾が爆発するか?、そんな感じだね」
いいながら老人はコーヒーを啜りながら顎の髭を擦った。
「ウフフ、だからいい絵が描けるのでしょう、それにお礼だって十分すぎるくらい貰っていますから、
気にしないでくださいよ」
安サラリーマンは、事の起承転結がよく呑み込めなかった。、聞き間違いなのか?イヤ現にあの分厚い封筒は
どう見ても現金だ、そして彼女は老人と一通り雑談をかわすと 店を足早に出て行った。
残された安サラリーマンは老人が気になって仕方なかったが、話しかける訳にもいかずチラッと見ながら
冷めたコーヒーを飲み干して店を出た、もう彼女の姿は何処にもなかったが、それで良かった。
トボトボと改札に向かっていると、「失礼ですが」と不意に呼び止める声がした。
振り返ると、今まさに彼女と話をしていた老人だった。
安サラリーマンは、後ろめたい心を衝かれ内心慌てたが、なんとか冷静を装いとぼける様に
「あ、私ですか?」と何食わぬ顔で答えた。
「そう貴方です、実は私は画家でしてね、電車内であなたの事、見ていました」
安サラリーマンは、ギョッとなった。
尾行した事も当然「バレているだろう」と覚悟したが、不思議と落ち着けてきた、老人には品格があり、
尾行した事を攻撃するようには思えなかったから。
「そうですか、じゃぁ隠しても仕方ありませんねぇ、彼女に見惚れて・・・尾行までしてしまった」
スラスラと言えた、案の定老画家は「イエイエ、気になさらずに」そう言うと、カバンから案内状を取り出した、
「これは、まだ2か月先の私の個展の案内状です、予定は未定ですから、その時は悪しからずで、
そしてその個展にはあなたの表情をいただきました絵を出品する予定です、お暇ならいらして下さい。」
老画家はそう言うと、立ち去ろうとした。
今度は安サラリーマンが慌てて止めて質問した。
「すみませんが、・・・彼女は…一体?何者ですか?」
「オーこれは、気が付きませんで、彼女はモデル、いやモデルじゃないなぁ、モデルして貰ったこともありますが、
今回は彼女を見る人々をモデルにしたので・・・簡単に言うと彼女はオトリですかなぁ、辛いことをさせました。」
じゃぁこれでと老画家は消えた。
安サラリーマンは呆気に取られたまま改札の前にしばfらく立ち尽くした。
「そんな事もあるんだな?、彼女の美貌なくしては出来ないモデルだ、いやモデルじゃなかったけ!!」
題名
「あのー私に似た絵がありますかね?」
店主は意味が分からなかった、しかし何か返答しなければならない。
「お客様に似た絵でございますか?」「そうです、そして似顔絵ではないんです、たぶん題名は憧れだと・・・」
「憧れですか?、う~んちょっと存じませんねぇ」「そうですか、絵を見て廻っていいですか?」
「どうぞ、どうぞ、ごゆっくりと」「ありがとうございます」
サラリーマンは、おおよそ五十枚程あると思われる作品を、丁寧に一つ一つ見て廻った。
するとあの日の電車内が、思い出される絵が何枚かあった。
「憎悪かぁ、この表情凄いなぁ、確かにこうだったよ、背景は違うけど、う~んいいなぁ」
「次は困惑、これは・・・彼女だ・・・すごい・・・天才っているんだぁ、欲しいなぁ…無理かな」
次々と感心しながら見ていくが、男の絵は出てこない、諦めかけた時にひときわ大きい絵が目に留まった。
「これだ・・・題名は・・・無謀な挑戦者・・・なんで・・・確かに・・・ハハッハ、最高だ、アハハ」
静かな画廊で一人で頭を抱えて笑う安サラリーマンをだれも注意しなかった。
なぜなら「無謀な挑戦者」は連作で個展がある度に「無謀な挑戦者」の前では良くある光景だったから。
(完)
生死一如
電車内で化粧する女とは? パターン2
マナーだとか、ルール。
守れるのは理想的だと思います。
しかし必要以上に気にする事ではないとも、それが犯罪でしかも誰かに直接迷惑掛けてないなら、
介入するのは、どうでしょう、と言う物語。