カルテ

助けてください。未知の病に倒れた夫を助けてください。

彼がウチにやって来たのは、つい一週間前のことだった。

彼は未知の病に侵されていた。治療は困難を極め、どの病院も受け入れを拒否。だが、彼の家族は頑なに治療を望んだので、最終的にウチに来たって訳だ。

ウチがどうして受け入れたかって?

それは違う。受け入れたのでは無いのだ。



「あなた、ねえあなた!」私がいくら呼びかけても返事はない。私の夫は未知の病に侵されてしまっていた。一昨日のことだ。「何か打つ手は無いのですか?」そう聞いたら、医者はたしか、困惑したような様子でこう言っていた。「奥さん、落ち着いて聞いてください。彼は既に」その時混乱していたせいもあって、そこから先は、医者が何を言っていたか思い出せない。

医者はなにやらゴニョゴニョ言っていたが、そのうち、私の夫を何処かへ連れて行こうとした。私は必死に抵抗したが、その甲斐も虚しく、看護師に阻まれて、夫は何処かへ連れていかれてしまったのだ。

夫は拉致されたのだ。私は今も探し続けているが、思うに夫はやはり、未知の病に侵されてしまったために、何処かの研究機関に連れていかれたのだと思う。もちろん私は同意していない。

必死に探し続けていたある日、遂に夫の居場所が分かった。夫は私が予想していないような場所に居た。教えてくれたのは、じゅうしょく、と呼ばれている人だった。彼は、「夫がこの世界にはいない」ことを教えてくれた。

私は言葉を失った。あの時私が、連れていかれそうになる夫を止められていれば、こんな事にはならなかった筈なのに。私は自分の失敗に泣いた。止められていれば、止められていれば。

さすがの私でも、違う世界に居る夫を見つけるのは困難だと分かっていた。だから私は一層悲しくて、どうしたら良いのか分からず、落ち着きなく歩き回っていた。当然、じゅうしょくに、「どうすれば夫に会えるか」と聞いたのだが、彼は教えてくれなかった。しつこく聞いたが、それでも彼は最後まで口を割らなかった。

こんなことを考え始めてから、もう一週間ほど経過していた。私の精神はもうボロボロになっていたと思う。食事も全然喉を通らなかった。朝起きてから夜寝るまで、夫のことだけを考えたが、結局どうすることもできなかった。

夫は私の全てであり、生き甲斐であった。夫がいなくなってからというもの、私の心は崩れて消えかかってしまっていた。そしてそれは今、完全に無くなってしまった。夫にはもう会えない。もう、希望は完全に消えて無くなったのだ。

医者は、「私は病気」だと言っていた。そんなことない、と信じていたけれど、もしかしたらずっと私は病気だったのかもしれない。今の私には分かる。夫がどうなってしまったのかもたぶん理解できる。病気とは恐ろしいもので、気づかぬ間に進行し、そして私を死に追いやってしまう。

「そういうことだったのね。」私は病院のベランダの手すりから降りた。

カルテ

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  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-12

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