彼と私の誰かの為の嘘(改) part2
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Ⅴを新しく追加しました。
Ⅲ
それから再び私に彼の母から連絡があったのは、約半年後一月十日。とにかく来てほしいと、それだけ言われた。
*
病室の前で私は深呼吸をした。この扉の先にどんな現実があろうと、受け入れる。たとえ悲しずぎる事実でも。
「失礼します。」
どうぞ。と言われて入るとそこには、彼の母と、起き上がって瞳を開いている彼がいた。
「よっ。」
と彼は片手をあげて、それから痛そうに顔をしかめた。
「コウ?生き返ったの?」
「ひでぇなその言い方。つーか、まず、死んでないっての。」
半年前、事故の直前に彼が私の名前を呼んだのと同じ声だった。強く惹かれる声。
「ごめん、ごめん。驚いちゃって。」
「その割には、感動が薄いな。もっと泣いてくれるのかと思った。
「な、泣くわけないでしょう?ったく。」
四年半ぶりの彼との会話。ここ半年冷えきっていた心に温かいものが溢れてきた。
想いが伝わらなくても、こうやって話せるだけで幸せだったよな。なんて昔を思い出した。
「でも、オマエ案外泣くじゃん。俺、結構見た事あるよ。」
「そりゃ、泣くに値する時はね。」
「今はそうじゃないってか?」
そんな会話を聞いていた彼の母は、微笑んで、「仲が良いわね。あなた達は。」
「ま、付き合い長いからな、藍原とは。」
彼は、そう言って笑った。そうだね。私は曖昧に言った。付き合いが長いかから、彼のとは息が合う。
色々知ってる。でも、どんなに友達をやっていても、想いが届くことはない。
恋ってそういうものなんだ。長い時の中で生まれる恋もあるし、一瞬で気持ちをさらっていく恋もある。
そんな恋に人々は振りまわされて生きるのだ。
ふと彼は思い出したように言った。
「そうだ。母さん、ちょっと外に出ててくれないか?」
「あら。何?未帆ちゃんに変なことするんじゃないわよ。」
「んなことするかよ。」
彼の母を意味深に笑って、ごっゆっくり、と病室を出て行った。そんなんじゃない、少なくとも私にそんな思いを彼は抱かない。
それを私は、痛いほど知っている。
彼の母の足音が聴こえなくなると、彼は、私に向き直って、
「改めてごめん。迷惑かけた。」
そう言った彼の顔は、本当に申し訳なさそうだった。
「なんで謝るのよ。一番大変だったのは、コウじゃん。」
「でも、俺が不注意だったから。」
「いいから。過ぎた事は変わんないよ。私は、アンタがこうやって生きているだけでいいんだけど。」
「ありがと。」
駄目だ。彼が好きだ。その想いを隠す為に私は、杏の話題を出すことにした。
「そういえば、聞いた?アンタ眠ってるときに杏って何回も言ってたらしいよ。」
そう言うと、彼の顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「は、えっ、マジで?」
「うん。マジ。お母さんに聞いてないの?」
「まったく。初耳。」
「よっぽど杏が好きなんだね。生死を彷徨っている時にまで、名前を呼ぶなんて。」
彼は照れながら、でも悲しそうに言った。
「告った。でも駄目だった。好きなやつがいるらしい。
でも、どうしても諦められなくて、アイツの恋応援してやらなくちゃいけないのに。アイツの事ばかり思い出す。」
やめて、それ以上言わないで。そんなに熱い想いを。話を振ったのは間違いだったかな。そう思った。
「そんなことないんじゃない?好きって想ってても。好きな気持ちってそんなに簡単には消せないもんだよ。」
まるで私に対する慰めを言ってるようだった。
「だよな。消せないよな。」
「うん。」
「藍原には、居ないの?消せない人?」
心臓が飛び出るかと思った。
「なに、いきなり?」
まさか、あなただよ。とは言えない。言ってはいけない。隠し通すと決めたんだから。
7月の蝉の声が響く病室で絞り出すように小さく想いを叫んだあの日から心にしまいこんだのだから。
「ほんとか?居るだろ、一人や二人。」
「さぁね。いたとしても教えないし。」
「なんだよ。冷たいな。」
「大体ね、女子に直接訊くもんじゃないの。」
「いいさ、当ててやるよ。当たったら、言えよ。オマエ、俺の事好きだろ?」
彼の言っていることが理解できなかった。
でも感覚で解った。誤魔化さなければならないということを。
「は?何言っての?誰情報よ、それ。」
「母親。ついさっき、オマエがくる一五分くらい前かな。言ったんだよね。『未帆ちゃんってアンタに惹かれてるんじゃない?』って。
詳しくは教えてくんなかったけど。」
見抜かれていたんだ。それが、女の勘なのか、偶然なのかはわからないけれど、知られてしまったんだ。
「どうなんだよ。当たってんのか?」
彼は、ワクワクしたよな顔で訊いてきた。まともに答えれば、うん、だけれど、そうするわけにはいかない、今の彼との関係を壊したくない。
ワガママだけれど、ここまできたら友達のままでいたい。
「だとしたらどうするの?」
「は?」
「私が、コウを好きだとして、それを知ってアンタはどうにかするわけ?」
「そういうわけじゃねぇけど。」
「じゃぁ、答えは教えない。」
「なんでだよ。」
「私だけ、答えを言って何も起こらないなんてつまらない。コウだけが答えを知って得するじゃない。」
「そりゃぁ、そうだけどさ。」
「だから、教えない。もっと確かな確証を持って。行動を提示して、また訊きな。そしたら教えてあげる。」
「わかった。絶対、答えさせてやるかんな。」
「まぁ、頑張りなよ。」
何とか誤魔化せたと思う。いつもの気軽な会話に持っていけた。話を逸らせた。それだけで十分だ。
「それで今日私を呼んだ理由は、それだけ?」
「それだけって。ひでぇな。でも、それだけじゃねぇよ。」
そう言って彼は、小箱を取り出して私に渡した。
「ほら、これ。あげようとしてたやつ。大分遅れたけどな。」
「ありがとう。」
開けてみた。中には、ネックレスが入っていた。ホワイトゴールドの星モチーフにオレンジと青のガラスがはめ込んであるものだった。
「キレイ。」
素直にそう思った。
「だろ。オマエに似合うと思ってさ。」
よくそんな恥ずかしい言葉が言える。そう思った。
でも、私がオレンジ色を好きなことや星モチーフをよく身に着けていることを、覚えていてくれたのは嬉しかった。
「ありがと。」
そう言うと、へへと彼は、恥ずかしそうに笑った。
「じゃあ、私からも。」
と、選んだブレスレットを渡した。
彼は、箱を開けて、
「おぉ、かっけぇ。すげぇ。」
と言って手首に着けた。喜んでくれて安心した。
「似合う?」
「うん。なかなかいける。あんまりそういう大人っぽいイメージなかったんだけど、成長してるっていう前提で選んだから。
四年前からまったく変わってなかったら、どうしようかと思った。」
「成長しただろ。俺。でっかくなったし。」
「うん、でかい。そしてなんかムカつく。私と同じくらいだったのに。見下されるなんて…。」
「成長期の特権だな。藍原は、うん。でっかくはなってないな。でも。」
「でも、何よ?」
「い、う、いやなんでもない。」
彼は焦って言った。
「変なことでも考えてたんじゃないの?」
「考えてねーよ。」
図星だな、と思った。
そこから、会話が弾んでかなり話した。彼は四年間の事をぶっ通しで話した。私は、時々それにツッコミを入れたりしながら、聴いていた。
楽しい時間だった。久々に本当に笑った。
夕方の五時を知らせる地域の放送が入ると、
「もう、こんな時間か。早いな。藍原、今日はわざわざ来てくれてありがとう。久しぶりにオマエと話せて楽しかったよ。」
「こっちこそ。楽しかった。ネックレスも、ありがとうね。」
「おう。大切に着けろよ。あとブレスレット、ありがと。」
「うん。じゃあ、行くね。」
そう言って、病室を出ようとすると、
「待った。藍原、これ。俺のメアドだからメールして。退院したら、連絡するからまた会おうぜ。いいだろ?」
「わかった。家に帰ったらメールしとく。」
「絶対だぞ。」
「はいはい。じゃあね。」
「おう。」
こうして私は、予期せずして彼のメールアドレスを手に入れ、また会うことにもなってしまった。
彼と一緒に居る分想いはつのり、心は一層苦しくなるけれど、それでも、彼が望むなら断る理由がない。
これからもまた会えると思うと、少し嬉しかったりもするから。
病院帰り、
気温は一桁台の寒さだったけれど、私の体温はあがってちょっとスキップなんて似合わないことをしながら歩いた。
事故以来ずっと消えそうだった「嬉しい」という感情が舞い戻ってきた。
Ⅳ
メールアドレスを交換してから、彼と杏の恋に進展があったのは四ヵ月後、彼の怪我が完治してからは二ヵ月後のことだった。
メールで呼び出された。ケリをつけた。
そう書いてあった。その一文でおおよその事は読めたけれど、今は彼の話を聴いてあげようと思った。
*
「おう。来たか。でも遅いぞ。」
彼は、私を見て片手をあげた。
「いいじゃない、ほんの数分でしょ。来てあげたんだから。」
「えらそうな。まぁ、いいか。」
そう言うと、彼は私に向き直った。
話している彼はとても落ち着いていた。もうとっくに吹っ切っているかの様に見えた。きっと彼もそう演出したかったのだろう。
でも、私は彼の瞳が僅かに赤くなっている事に気づいた。胸が苦しい。無理しなくていい。
そう言うのも、彼の努力を無下にするようでただ黙って聴いていた。
「だから、俺、杏を応援したんだ。そしたら次の日、告白したらしくってな。それが成功しちゃって、もう凄いよな。」
「うん。」
「もー、ビックリよ。翌日だぜ。ありえねぇって。」
「うん。」
「俺の応援の賜物だな。」
「うん。」
「って、藍原?聴いてるか?」
「うん。」
「うわー。聴いてねぇ。こいつ。」
「うん。」
「ほら、もう、認めちゃったよ。うん。って。藍原?おいっ。」
「あぁ、ごめん。聴いてる聴いてる。」
ほんとか?と彼は怪しがっていたけれど、すぐに、
「俺、間違ってないよな?」
と訊いた。
訊かれると思っていた。そう思って昨日からずっと答えを考えてきた。
でも、今日の彼を見てそれは崩れた。必死に取り繕う彼は痛々しくて、切なくて、愛おしかった。
「間違ってない。それがコウの答えでしょ?ならいいんだよ。誰も間違いだなんて言えない。
人を想う気持ちに間違いとか正解とか決められる人なんていない。コウがそれで良かったと思えるのなら、それでいいんだよ。」
彼は、その言葉を噛みしめていた。そして、
「そうだよな。うん。」
彼は一言そう言った。
「そう!新しい恋すればいいさ。今すぐは忘れられなくても、また次好きになる人が現れる。そうしたら、また全力でいきなよ。」
私も、きっと新しい人を好きになれる。
今はまだ彼を好きでいても、いつか時が流れて変わる、私も彼も、それが私の心も変えてくれるようにただ祈っている。
その後、日常的な会話をして、彼はだんだん笑顔になっていった。
「うん。やっぱ、藍原に話しておいて良かった。ありがとな。」
「いやいや。」
「また、連絡するな。今度は勉強教えて。」
「勉強?」
「長い間学校を休んでたのはまずい。全然わからん。点数やばい。今回なんて赤点二つも取った。」
「なに?マジか…。」
「だから、ねっ?お願い。」
「わかった。じゃぁ、連絡して。」
「ありがと、恩にきる。」
「はいはい。じゃーね。」
「またな。」
彼の後ろ姿を見ながら思った。彼は、どれくらい杏の事を想い続けるのだろう。
私よりが、彼を想っているよりも長く?もしそうだとしても、私にはどうする術もない。
諦めるってとても大変で、踏ん切りがつかないものなのだ。
よっぽどの人が現れない限り、次はない。今以上の恋を期待してしまう。
でも意外ときっかけはその辺に転がってたりするもので、
けど、失恋した人の目に何故かそれは映らないわけで、まったくもって、ややこしい原理である。
必要でないときは、目の前にあるのに、必要な時はどこにも無いように思える。
その中を彼は乗り越えようとしている。彼なら早いだろう。私みたいに、ウジウジしてないから。頑張ろうとする人だから。
そんな彼の頑張りを励みにしている私。つくづく駄目なヤツだな。でも、今の私はそうすることが精一杯なのだ。
Ⅴ
彼と私はそれから幾度となく会っていた。
デート。
なわけはなく、落第寸前のを助けるためだ。
彼の成績は、長い間学校に通えなかったせいもあってかなりよろしくないところまでいっていた。
けれど、彼は元々頭は悪い方ではなかったからちょっと補習程度に手伝えばすぐに内容を理解することができた。
そして、彼も私も無事に高校を卒業し大学へと進むことができた。
省き過ぎかもしれないが、古典や英語をただただ解きつづけるだけの時間。なにをとっても特に面白いことはなかった。
ただ心の中に優しい温かさが溢れていた。
どんどん理解していく彼をみていると、もっとこのまま一緒に勉強していたいという欲を持つようになった。
贅沢になったと思う。
前は彼がメールを出せばすぐに連絡できるそんな近くにいることが奇跡のようだったのに。
*
卒業式の帰り道。
「藍原。」
彼が声をかけてきた。
「コウ。今帰り?」
「おう。これから打ち上げあるけどな。」
「私も。コウ、なんとか卒業できて良かったね。」
「あぁ、藍原のおかげだよ。」
「そりゃどうも。コウの頭はスポンジみたいに柔らかかったからね。」
「まぁな。もともとの素質ってやつ?」
「こいつ、むかつく。」
こうやってじゃれあうことも大学生になったらできないのだろうか。
そう考えると心に穴がぽっかりとあいたような気分になる。
ふと、彼を見るとシャツが淫らにはだけていた。
彼は、私の視線を感じとったように訊いた。
「やっぱり、気になっちゃう?ボタン。」
「そりゃ、そんだけフェロモン出してたら、嫌でも目に入るでしょ。」
「後輩にたかられちゃってさ。」
「ふーん。」
もし、まだボタンが付いていたら勉強を教えてあげた報酬として貰おうと思っていたが甘かったようだ。
「あ、もしかして藍原欲しかった感じ?」
彼は、ここ最近急に勘が鋭くなったようだ。今みたいにこちらが思っていることをズバズバ当ててくる。
「は?いい気になるなよ。そんなわけないでしょ。」
こちらは、無理やり誤魔化すしかない。
「へー。」
彼はニヤニヤ笑ったまま答えた。どうやら誤魔化せていないようだ。
でもさー。と彼は、夕陽に顔を向けながら言った。
「俺、頑張ったっしょ。」
夕陽を眩しそうに見つめるその顔は注意していないと見惚れてしまいそうだ。
私も、その顔を見ないように夕陽を見て言った。
「そうかもね。」
「じゃぁ、ご褒美頂戴。」
「なんでよ。てかご褒美って何あげたらいいかわかんないし。」
「答えがいい。」
答え。きっと、私が彼を好きかどうかの答えだろう。そう予想はついたけれど、素直に答えるのは癪なのではぐらかしてみた。
「なんの。」
「オマエが俺を好きなのかどうかっていう答えだよ。」
やっぱり。
「ああ、それの事。どうしようかなー。」
「えー。こんなに頑張っても教えてくれないのかよ。」
「私のおかげでもあるわけだしな。」
「教えてよ。藍原。」
そうせがむ彼に私はたまらずこう答えた。
「未帆でいい。」
「えっ?」
「未帆でいい。藍原じゃなくて。それが答え。」
彼の目は点になったいた。
答えというほどの答えではなかったかもしれない、むしろ私の欲かもしれない。
「答えなのか?それは。」
「すべての答えではないけれど、でも一部ではある。」
「難しいな。」
「素質があるんでしょ。自分で考えなよ。」
「未帆かー。そういえば、長い間一緒にいるのにずっと藍原だったんだな。」
さりげなく彼が呼んだ私の名前は、沈みゆく夕陽よりも眩しく輝いていた。第二ボタンよりも何よりも最高のご褒美だった。
こんなにも名前で呼ばれる事がくすぐったいことなら、三回に一回くらいでいいのかもなと思った。
日が暮れ、周りの気温が下がってきた。
「じゃあ、未帆、そろそろ帰るか。打ち上げにも遅刻するし。」
「うん。」
未帆。その言葉の愛しさを心に抱え。私は高校生活を終えた。
こんなにも長い間片想いをしていても想いが色あせないのは、日常のなかにちょっとした宝物がおいてあるから。
私は、そんな宝物をちょっとずつ拾っていくだけの恋でもいいと思った。
今は、目の前の彼が愛しくて大切だから。それが全てだから。
彼と私の誰かの為の嘘(改) part2
コウの初恋はあっけなく終わりました。
そして、高校生生活も突風のように終わりました。
もっと書きたいことはありましたが、私の今の力では無理でした。
というわけで、ご想像にお任せします。
次は、大学生編へと入ります。
本当に書きたかったのはここから!
時間がかかったり、ややこしくなったりしていきますが、
どうにか最後までお付き合いください。
次回partで完結予定です。