ドライブ

ドライブ

 彼氏の浩二と一緒に深夜のドライブに行くことになった。浩二は生まれて初めて出来た彼氏だ。優しくて、どんなときでも相談に乗ってくれる。これから先もずっと彼と一緒にいたい。そう思える相手だった。
 今日東京を出て、何処かで泊まって、明日にはまた戻ってくる予定。こうやって2人で遠くに行くのは今回が初めてかもしれない。
「格好良いね!」
「うん」
 今私たちが乗っているこの車は、先日浩二が購入したもので、計4名まで座ることが出来る。きっと、結婚した後のことも考えてコレにしてくれたのだと思う。良かった、浩二も私と同じ気持ちのようだ。
 うるさい町中を抜け、車は静かな道路へ。今日は平日なので他に車は見当たらない。何だかワクワクする。
「ねぇ、京都はいつ連れていってくれるの?」
「京都? ああ、アレか」
 何だか冷めた反応。前はもっと喜んで話してくれたのに。
 そう言えば、最近彼の態度が冷たい。付き合ったばかりの頃はもっと明るかったのに。もしかして、私に飽きた? それとも外に別の相手がいるの?
 1度考えだすともう止まらない。不安が増幅する。確か彼、携帯って1回も見せてくれなかったっけ。この頃私と会う時間も減ってきた。……会ってるんだ、知らない女に。その女と過ごす時間が増えて、それに伴って私との時間が削られてしまったんだ。
 でも何で? そんなにつまらなかった? 私は浩二につくしてきたつもりだし、他の男とは絶対に遊ばなかったし……やっぱりわからない。何で浩二がこんな態度をとるのかが。
「ねぇ!」
 つい、大声を出してしまった。浩二は一瞬肩をピクッと動かしたが、すぐにムッとした表情でこちらを向いてきた。普段あまり怒らない浩二がこんな顔をすると怯んでしまう。でも、やっぱり真実は確かめなきゃ。
「何で最近冷めてるの?」
「はぁ? 何だよいきなり」
「ほらそれ! 冷めてんじゃん! 前はそんなこと無かったのに!」
「冷めてねぇよ! お前おかしいんじゃねぇの?」
 浩二は反論してきたが、なかなか目を合わせようとしない。やっぱり何か隠していることがあるのだ。間違いない。
「もしかして、他に女がいるんじゃないの?」
「は? ちょっと待てよ!」
「いるんでしょ! 私のことなんか飽きちゃったんでしょ!?」
「そんなわけねぇだろ!」
 反応が更に荒くなった。もう少し、もう少しで真相がわかる。
 決定的な証拠を掴むために、私は更に彼を責める。
「じゃあ見せてよ、携帯」
 浩二は驚いた。声も出ないほどに。
 こっそり見ようとも思ったけど、この距離からじゃ彼の携帯を取ることは出来ない。でも、疾しいことが無いのならすぐに携帯を見せることも出来る筈だ。これでもまだ出さないと言うのなら、もう別れることも考えた方が良いのかもしれない。
「ねぇ、早く見せてよ! 早く!」
「無理だよ」
「無理? じゃあやっぱり相手がいるの?」
「いねぇよ、馬鹿」
「馬鹿? 馬鹿って何よ! 隠してないで早く見せ……」
「今運転中だろ!」
 浩二に怒鳴られて、ようやく我に返った。
 そうだ、私と目を合わせようとしないのは、よそ見をしたら事故に繫がる危険があるからではないか。携帯を今すぐ取り出せないのも、ハンドルから手を離せないからではないか。
 こんな単純なこともわからないなんて、おかしいのは私の方だった。
 私は黙り込んだ。恥ずかしくて謝ることが出来なかった。浩二はそれ以上私を怒鳴ることは無く、最初のサービスエリアに到着するまでお互いひと言も発さなかった。そのSAにも人はあまりいなくて、車は私たちのものを合わせても6、7台くらいしか停まっていない。
 トイレに行くと言って浩二が車から降りる。その際、ポケットから携帯を取り出して私に手渡した。
「見たければ見ろよ」
 彼がドアを閉める音がいつもより大きく、強く聞こえた。彼の怒りを代弁しているかのようだった。
 見られなかった。私は後部座席に移って横になった。もう寝てしまおう。彼が車に戻ってきた後のことを考えると怖くて怖くて仕方ない。
 先程暴れたことで疲れてしまったのか、横になってすぐに眠りについた。



 目が覚めると、車がもう動いていた。外はまだ暗い。今日はあそこで泊まる予定だったのに。
 もしかして、怒って引き返しているのかも。どうしよう、あんなに楽しみにしていたのに。ちらっと運転席を見ると、彼はずっと前を見たままハンドルを操作している。
 やっぱり謝った方がいい。喧嘩の原因は、どう考えても私のせいだ。こんな形で別れることになるのは嫌だ。
「あの」
 緊張して声が上手く出せない。深呼吸をして気持ちを整えてから、もう1度声をかける。
「あのね」
 今度は少しだけ頭を動かして私の方を見てくれた。でもすぐに前を向き、運転に集中してしまった。
「あの、さっきは、ごめんね」
 返事は無い。やっぱり怒っている。
「私、浩二のことが大好きでね、それで、それで、ずっと仲良くしていたいと思ってて」
 駄目だ、頭の中で何を言いたいのか整理出来ていない。また少し気持ちを整えて、再び浩二に話しかける。
「浩二には、私だけを見ていて……」
 このタイミングで携帯が振動し始めた。私のではない、浩二の携帯だ。そうか、さっき手渡されたんだっけ。「鳴ってるよ」と言って携帯を渡そうとしても、彼はそれを無視して携帯を取ろうとしない。
 それにしても、こんな時間にいったい誰からだろう。まさか、本当に浮気相手がいるの?
 見ないつもりだったけど、だんだん気になってきて、私は携帯の画面を表示した。浩二はロックをかけていなかった。
 先程の着信は電話ではなくメールのほうだった。メールのボタンを押し、受信ボックスを確認する。1番上のところに知らないアドレスが表示されている。見ようか、見るまいか。これを見て、もしそれが浮気相手からのメールだったらどうしよう。
 もう1度浩二を見る。まだ運転に集中している。見られる環境は整っている。いや、そもそも浩二の方からコレを渡してきたんだし、勝手に見ても別に構わないだろう。
 意を決してそれを開くと、そこには「アドレス変えたんで宜しく」という文面が。浩二の男友達だった。
 何だ、やっぱり私の勘違いか。ほっとして元のページに戻ると、新着メールの下にもう1通気になるメールが。用件は《指輪について》。まさかと思い、それを開いてみると、
『以前予約していただいたペアリングの予約がとれました』
 と記されていた。ペアリング。浩二は私に内緒で婚約指輪を用意していたのだ。
 私は何て馬鹿だったのだろう。先程の自分がますます恥ずかしくなった。彼はまだ私のことを考えていてくれたのに、あんなことを言ってしまった。本当に失礼なことをしてしまったんだ。
 携帯を席に放り、シート越しに浩二に抱きついた。極力顔を覆わないように。
「浩二、ありがとう」
 と涙を流して彼に言った。すると、ついに彼が私の言葉に応えてくれた。


「……うるせぇんだよ」
 声が違う。
 ハッとなって顔を確認すると、そこには浩二とは似ても似つかない、目つきの悪い中年男性の顔があった。

ドライブ

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気をつけて……。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-09

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