深海の真珠とあまのがわ
深海の真珠とあまのがわ
幼いころから、ずっとひとりで素潜りの練習をしてきた子がいました。
その子の家族は、北のほうから村に移り住んだものたちですが、母親ははやくに亡くなり、父はその子をよく殴りました。
だから家にいたくなく、村の子供達にも混ざれずに、ただひとり青い海の底によく潜っていたのでした。
村の子供達はその子をからかい、頭がたりないと馬鹿にしたり、その子のものを隠したり、石を投げたりしていました。
ところで、その村ととなり村とは争い合っていました。はるか昔に、ふたつの村がひとつだったころに失われたという一粒の真珠をめぐって、いがみ合い、盗みや暴力、殺しあうまでの血みどろの争いになっていました。
あるかないかもわからない、大昔に失われたという一粒の真珠。
「お前の村にあるのだろう。」
「いや、そちらこそ隠しているのだろう。」
そんなことで、人が殺されているのに誰もどうすることもできないでいました。
村の祈祷師は、寄付でもらった焼き菓子を頬張りながらヨゲンしました。
「あの一粒の真珠さえ!大昔に失われた伝説の栄光の究極の光り輝く一粒の真珠さえ取り戻されれば!ふたつの村の争いはなくなり、平和になるであろう〜!げっぷ」
太った村の祈祷師と、その信者たちのすぐ横を、あの素潜りのうまい子は通り過ぎて行きました。
その子は、知っていました。
他の誰にも潜っていけない海の深い底に、一粒の綺麗な真珠がまつられてある場所を。
村の誰よりも深く潜れるその子は、知っていました。
けれども....
その子は、村のみんなが嫌いでした。
ひとりで潜っている自分をからかい、かってに決めつけて笑い、石を投げ、着物を隠していたその子たちが、となり村の誰かに殺されようと、それはどうでもいいことでした。
父も嫌いでした。
父が自分を殴るのは、父もいじめられているからだと思っていました。だから、村の大人も嫌いでした。祈祷師も信者も嫌いでした。
ただ亡くなった母だけを、よく知らない母を想像して、きっと優しさかったのだろうと想っていました。
村ととなり村の争いは続き、人が傷つけられたり殺されたり強姦されたりしました。
それでもその子は彼らに対して何をしてあげる気にもなれませんでした。そしてある日の夜、深い海の底に潜ったまま、二度と帰ってはきませんでした。
その子の父は、亡骸を葬ったあと、ひとり村を去っていきました。
おしまい
深海の真珠とあまのがわ