海を見上げた。
1.涙の海
あの人が死んだ。つい5か月前まで存在すら覚えていなかった、あの人。
今日は通夜だというのに、ちっぽけな会場の中には私ともう一人だけしかいない。花だって一つも届いていなかった。25歳の私にとって人生で3回目の葬儀。
「咲穂さん、家に戻ってますか?」
「……いいわよ。どうせあと少しで朝でしょう。サトくんこそ、少し眠ったら。」
透き通った瞳をこちらに向け、首を振った。まだ中学生なのに、しっかりした物腰。もう中学生なのに、こんなにも澄んだ瞳。私と半分血がつながっているなんて信じられない。私がこの子と同じ年の頃はこんなにしっかりしていなかったし、もっと擦れていた。
似てるのは名前だけ……か。
「ねぇ。サトくんのお母さんってどんな人?」
「……母は姿勢と威勢がいい人です。」
ふっ……。思わず笑ってしまった。
「そうなんだ。私の母に似てるわね。
……ねぇ、どうしてお母さんについていかなかったの?」
沈黙が続いた。1分以上経った頃、サトくんは口を開いた。
「……直感です。」
「私と一緒ね。直感の方向は真逆だけど。
……君は優しいのね。」
こっちを向いたサトくんの透き通った瞳に私が映っている。何かを聞きたそうな瞳。その瞳に導かれるように、私は口を開いていた。
「私、7歳まであの人と一緒に暮らしてたのに、最後の1日しか覚えてないの。
あの人に背を向けて、母と一緒に出ていった日のこと。」
『お父さんとお母さん、どっちと一緒に暮らしていくか決めなさい。』
「……私の母、厳しい人だけど理不尽なことや間違ってること言わない人なの。」
だからあの日のあの問いは辛くても、苦しくても答えなければならないものだと分かった。小さな手で手を握った時の母の泣きそうな顔、あの人の泣きそうな顔。
海を見上げた。